2023-06-08 21:46

《旅》父と娘のヨーロッパ旅行記⑩~フランス🇫🇷モン・サン・ミシェル

こちらの旅は、両親の結婚25周年記念㊗️🎉

家族5人でイギリス🇬🇧➡️スペイン🇪🇸➡️フランス🇫🇷を
旅した記録を父が日記に✍️

私と弟2人でベルギー🇧🇪➡️スイス🇨🇭➡️ドイツ🇩🇪を
旅した記録を私が日記に✍️

認めたものを読み上げています🍀*゜

父の日記編最終回です❣️

#なおちゃん先生の旅バナ
#父と娘のヨーロッパ旅行記

で、過去回お聴きいただけます💛

前回配信はこちら⬇️
《父と娘のヨーロッパ旅行記⑨》

https://stand.fm/episodes/645122ec65947b1837bbd2de

《父と娘のヨーロッパ旅行記⑧》
https://stand.fm/episodes/64409a50af4593f9cbb9aa1a


BGMは…… 💛💛💛
《フランス🇫🇷》

ハッピーピアノヒーリング🎹✨あきよさん

https://stand.fm/channels/60b60ea1b82bc5e1f34fd948

オリジナル楽曲です🥰

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#旅の思い出
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00:06
こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
さて、今回は、少し間が来ましたが、
父と娘のヨーロッパ旅行記、10回目の配信をしたいと思います。
こちらの父と娘のヨーロッパ旅行記は、
私の両親、父と母が、結婚25周年の時に旅行したその記録を、
前半は父が、後半は私が、それぞれ旅行日記にまとめたものを、帰国してから一冊の本にまとめた家族の記録です。
とてもプライベートな内容になりますので、聞いていて面白いかどうかは正直わかりません。
とはいえ、なんだかんだと10回目の配信になりました。
こちらはですね、1日目から10日目、16日目ですね、8月6日から8月21日の様子を、
父が記録に残しているものを、現在私が読んでおります。
早くも父の旅行記、残り3日となっておりまして、
最後の2日間、3日間ですね、3日間のうち2日間は一つの配信としてまとめてお届けする予定です。
今回は、14日目の旅行記、8月19日の様子を配信していきたいと思います。
それでは、まずは父の旅行記を読んでいきたいと思います。
8月19日木曜日 朝5時40分目覚ましに起こされる前に起きる
今日は京高群モンサンミッシェル1日観光である 6時20分
食堂一番乗りで朝食を済ませて 7時15分集合場所の現地旅行者
ビューの事務所前に集合 すでにほとんどの参加者が集まっていた
リラックスな2階建てバスに定員は25名でシートもゆったり 片道
4時間と長い長い道のりへの気遣いが感じられた 7時30分
どん天のパリを出発 ガイドさんの説明に耳を傾けながらもパリ郊外に出た頃には
ゆったりシートでぐっすりと眠りに落ちていた バスは西へ西へとノルマンディ地方に向けてひた走る
途中一時雷雨を伴う激しい雨にあったが次第に晴れ上がり やがて目的地近くの昼食場所へ
03:07
バカンスシーズンとあってヨーロッパ各地からの大変な人であり 渋滞に巻き込まれなかなか到着しない
12時20分 ようやく昼食にありつく
観光コースにセットされたメニューはハムのサラダ ご当地名物ふわふわオムレツにアップルパイのデザート
そして飲み物はもちろんおすすめの特産リンゴ酒をグラス一杯 モンサンミッシェルを背景に赤ワインをもう一杯
そして庭に出て記念撮影を撮り 青空に太陽がまぶしい
13時30分 観光客の自家用車の列をかき分けてバス専用のパーキングへ
モンサンミッシェルの場内は大変な人混みでまずは小柄なガイドさんを見失わないように 狭くて急な階段を登っていく
このツアーにはかなりな高齢者の方も参加しているが大丈夫か ガイドさんも必死の様子であった
モンサンミッシェル フランス北西部サンマロ湾の中にある岩でできた
塩水系の小島 陸地とは砂丘上の道でつながっている
海際の低地には小さな家や店などが並び 海抜70メートルの岩の上にはベネディクト海の修道院が島を覆うように建っている
13世紀に再建されたゴシック建築の部分が多く 独特な立地と建築の美しさで知られている
修道院は司教オーベールによって 西暦708年に作られた
百年戦争ではイギリス軍の攻撃に耐え フランス革命時には政治犯の牢として使われた
現在はフランスの歴史記念物の一つになっている 今回の旅最後の世界遺産モンサンミッシェル
高さ70メートルの小さな岩山を城壁で囲い その上にそびえ立つ大聖堂
モンサンミッシェルは大天使ミカエルの山の意味だ 19世紀終わるまでは現在陸とつながっている土手は気づかれていなかった
この島の周りの海域は潮の干潮の差が激しいことでも有名で 特に大潮の時には馬が全力で走る様子と文豪ドクトルユーゴーが表現した
そしてこの自然の要塞はイギリスフランス百年戦争の際 イギリス軍の攻撃から9年間も耐えしのんだという
06:06
内部を慌ただしく見学すること2時間 狭い城内は混雑していてトイレに行くにも一苦労だった
結局遅れた老夫妻はリタイアしたようであったが やはり心は外から見る方が良い
遠くに目をやれば内部の喧騒をよそに多くの人たちが現れた砂の上を裸足で歩いている キラキラと光る砂浜の上を
どこへ行くともなく 次回チャンスがあれば近くに一泊してたっぷりとこの砂地を歩いてみたいものだ
夕暮れとともに浮かび上がるこの城壁のライトアップはさぞかし幻想的であろう 15時30分
エアコンの効いた車内でキロ4時間半 途中トイレタイムを除いて起きているものはほとんどいなかった
20時 オペラ通りに着
今回の旅行最後の晩餐は 少し奮発して柿料理を予定していた
時間も遅くなり全員すでに腹ペコ 来来券で友人と合流をして早速当たりをつけていた
店に飛び込もうとしたが その前にカードが使えるか否かを要確認
友人が何やり話していたが結局はノン その後2件聞いたがいずれもノン またしてもカードの壁だ
ダメだなぁ海外でのJCB 手持ちの現金は乏しいし腹は減る一方だし
どうやら今回は柿を食うなと神のお出しか そこで柿を諦めて安上がりな
愛妻のご所望のムール貝に変更した たまたま近くにあったガイドさんの推奨のレストランレオンに飛び込んだ
しかしこれがどうしてどうして安くてうまい この物価高のパリでは信じられないぐらいだ
山盛り一杯のムール貝にフライドポテトを添えて 15ユーロ程度種類も豊富でワイン蒸しカレー風味
トレディショナルガーリックソーセージ トマトミックスの4皿にグリーンサラダ2皿
エビのサラダを注文しまずは冷えたビールで乾杯 そしてもちろんボルドーの赤
ムール貝の食べ方は貝の殻の尖った方をピンセットのようにして次の貝の中身 をつまみ出す子供たちも無言で食べ始めていた
ムール貝なんてフランスでは捨ててあっても誰も食わないからさ なんてバカにしていた友人もむちゃむちゃ食っている
そして結構美味しいなだって どうもこいつはこれまでムール貝を食ったことがなかったらしい
瞬く間に次々と大きな皿が貝殻でいっぱいになっていく 貝の中身を去ることながらそれぞれのソースに本場のフランス版をつけるとワインと
09:04
合わせても最高 トラディショナルをもう一皿追加とワインをもう一本
そしてデザートまで食べて締めて160ユーロ 全員大満足で大正解
23時店を出たそこの通りは往来も激しく大変な賑わいである 最後の夜を惜しみつつ再び路上テラスのカフェで友人と乾杯
ロングドライブのおつからも手伝ってかかなり酒が回ってきた 離れた異国の基地で給油と飲み交わすワインの味は格別であった
午前1時 友人がホテルまで送ってくれた
ふらつく体でシャワーを浴びそのままでいすい はいということで
旅の14日目の記録 8月19日の様子を
読ませていただきました 心のモンスターミッシェルですね
これはですね 世界遺産に登録をされておりましてその外観の美しさ
その景色の得意性から皆さんの中でもご存知の方は多いんじゃないかなと思います そしてパリからのツアーもたくさん出ているんですが
なかなかに遠いんですよね 日帰りツアー片道4時間半かかっていました
もしかしたらねあのかなり昔のことな大昔のねお話なので今はもう少しあの良い 交通手段があるかもしれないんですけれども
当時はね そんな感じでとにかく遠かったという
イメージがありますそしてこのモンスターミッシェルの名物である フワフワオムレツ
こちら皆さんもご存知かもしれませんね 日本でもこのフワフワオムレツ
ラメールプラールというお店が出展をしてきています こちらのオムレツはですね
卵白をすごく泡立てて大きくしているんだそうですけれども 当時ね
このモンスターミッシェルで食べた時すごくびっくりしました 大きくてフワフワで今まで食べたことのないような口当たりだったのを覚えています
そしてですね最後のムール貝お話なんですけれども
フランスで牡蠣を食べるパリで牡蠣を食べるっていうのがまあ どうやらね両親は念願だったらしいんですけれども
牡蠣がねなかなかお高いですよね なのでカード払いが必須だったんですけれども
前々からの配信をご存知の方は 聞いてくださっている方はねご存知のように実は実は
12:00
父が持っているカードの上限額に達してしまっておりまして その時にカードが使えなかったんですね
で唯一使えたのが 母に持っていたJCBカードだったんですけれども
なかなか今はちょっとわからないんですけれども 当時まだJCBカードを使える店舗がやっぱりビザとかマスターよりは
店舗が少なかったんですね なので牡蠣を食べたいと言って当たったお店が全然使えなかった
ということで父が粉買いしている様子が記録に残されております そうまでして食べたいのかという感じなんですけれども
結局はムール貝の専門のお店に入りました こちらのレオンというお店はおそらく現在でもあると思いますが
ベルギーのお店でチェーン店なんですね 牡蠣の専門 牡蠣料理の専門店
大きなバケツに 銀色のバケツにですね入って
テーブルにやってくるんですけれども これが本当に美味しかったです 日本で牡蠣を食べるっていうね
なんかちょっとしたパエリアの付け合わせとかに添えられているイメージがあると思うんですけれども そうじゃなくても牡蠣を食すという感じでね
とても美味しかった記憶があります
写真を見返しているとですね 8月末盛りにも関わらず夜はどうやらねパリは結構冷えていたようで
私も母も長袖を着ていました これ20年近く前の話になると思うので
この20年でおそらくヨーロッパ 日本もそうですけれどもヨーロッパの気候もどんどん変わっていったんじゃないかなと思っています
はい ここまでで14日目の旅行記を読み終わりました
で次がどうやら私16日まであると思ったんですけど 次が最終日でした 15日が最終日なんですね
こちらの最終日の要素が非常に短いのでこのままこの後読ませていただこうと思います それでは15日最終日8月20日金曜日の様子をお伝えいたします
朝7時少し飲みすぎたせいか頭がぼーっとしている 目覚ましのために少し強めのシャワーを浴びてから
同室の息子たちを起こす 彼らは本日朝10時初のベルギー駅の列車に乗る予定だ
8位30分 5人での最後の朝食を済ませホテルの出口で別れを告げ子どもたち3人は
パリノルド駅 そして彼らの旅は続く我々もチェックアウトを済ませ空港行きのタクシーを午後4時に予約を
した 大きなトランクを4つホテルに預けて
10時閉会館のオルセイ美術館に向かう ここは1848年から1914年までの美術品を展示しており
セザンヌゴッホモネマネルノワールなど印象派の作品が多い 2時間半ほど見学して外に出ると入り口には長い長い両列ができていた
15:11
晴天の下セーヌ川沿いを歩くと初秋の風が顔に当たる 橋を渡ると広場では未来のロートレックを目指す青年が声をかけてきた
そこを行くマダムとムシュ お二人の絵を描きましょうか
ノンメルシー 13時
再び来来県でワンタン麺とタンメン やはり昼食は麺類が良い
友人が現れてしばし簡単しシャンゼリエズ通りへ向かう コンコルの広場を抜けると急に暗雲が立ち込め
まもなく激しい雨が降ってきた 街路地の下で20分ほど雨宿りをする
雨が上がり雨雲が去って再び青空が現れる 雨に現れたシャンゼリゼ爽やかな風の中
凱旋門を正面に見ながらマロニエの並木を腕を組んで歩く ここはまさにシャンゼリゼである
最終日にして初めて銀婚記念らしい風景となったようだ ホテルへの帰り道
裏路地のカフェに立ち寄る 不愛想な女性店員と常連客らしきものが数人
会話もなくコーヒーを飲んでいた ホテルに帰ると友人が待っていた
手にはおにぎりと巻き寿司日本茶 おおなかなか飽きが利くなと茶化したが心の中では深く深く頭を下げる
ありがたきは良き友である 再会を期してタクシーに乗り込みドゴール空港へ免税品の
タックス返金手続きを済ませて早速おにぎりをいただいた 18時50分チェックイン
最後の買い物ワインを6本買い込む さすがにワインの本場の国だけあって
通館後のデューティフリーにワイン専門のショップがあり 高級ワインもずらりと並んでいた
20時 ラウンジでドライマティーニを舐めながら日記の整理をする
21時50分予定通りテイクオフ 目をつぼりしばし旅の余韻を楽しんだ
さて現実に戻るか はいということでここまで父の旅行記
イギリスから出発しスペインフランスまでの16日間の旅の様子をお伝えいたしました
この旅行記ね 私は本当にかなり久しぶりに開いてじっくりと読み返したんですけれども
まさか最後にねシャンゼリゼ通りを両親が腕を組んで歩いた というところで終わるストーリーであったということは
18:01
本当に初めて気がつきましたね そんな時代もあったんですね
この数年後にですね私は母と2人でまたパリに来ることがありまして
その時ね一緒にウルセイ美術館にまた母と行っています でレオンねまた
ムール貝を食べたり ライライ犬ですね今はもうないんですけれども
オペラ座の隣裏手にあったライライ犬という中華料理屋さんにも行きました
そしてねシャンゼリゼ通りといえば一つ忘れられない思い出があるんですけれども
母と私がおそらく旅行した時なんですが 母がフランスに来る前 私は
数日前から先にパリに滞在していたんですね一人で
その時にパリの市内を一人でねうろうろと歩いていたんですけれども
シャンゼリゼ通りを目指して歩いていました ところがですね
当時皆さんねシャンゼリゼ通りっていうとこうなんて言うんですかね表参道みたいなイメージ
マロニエの並木が繋がってというイメージをされるかもしれないんですけれども意外と長いんですよね
通りとしては そして私が行ったちょうどその時がですね
街路樹の整備をしてまして 名物の木がね覆われちゃった状態で道路がね
何て言うんですかね並木が 工事現場になっていたんですよね
でわからなくて 私は工事現場の人にすいませんシャンゼリゼ通りはどこですかと
聞いたところですねここだよというふうに言われたことが今でも記憶にあります
とにかくスペイン語とかイタリア語とか英語と違ってですね フランス語とかねドイツ語は
全く標識に書いてあっても音がその文字から想像が私はですよできないので シャンゼリゼって書いてあってもね全然読めないんですよね
そして発音もできない フランス語は全くわかりません
はい そしてですねえっと父の最後の15日目の旅行機の一番最初にあったように
私たち3人は大きなトランクを両親に持って帰ってもらって それでこの後3人で
兄弟の旅を続けることになります ということで次回
からは父と娘のヨーロッパ旅行機 もう父は帰国してしまうんですけれども
娘編がスタートします こちらは私が兄弟3人の旅
21:01
そして途中でね一人旅に切り替わるんですけれども その一人旅の様子をお伝えしたいと思います
8月20日から8月31日までの旅行機を
お伝えしたいと思いますので興味のある方はぜひ聞いていただければと思います それでは長くなりましたがこちらで父と娘のヨーロッパ旅行機
父編は終了となります ここまでお付き合いいただいた皆様
とってもとってもコアなファンの皆様本当にありがとうございました 次回もまた楽しみにしていただけたら嬉しいです
21:46

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