2024-04-29 27:46

《旅》プチセレブ・バックパッカー🇮🇳インドへ行く❣️15日目【聖と俗の都・バラナシ】

《プチセレブバックパッカー💛インドへ行く🇮🇳
~B級グルメとダイヤ💎はお好き❓》

15日目をお届けします!!
🇮🇳(副題)【聖と俗の都・バラナシ】

バラナシの醍醐味は、
なんといってもガンガ(ガンジス川)のほとりに並ぶ
ガートにあります。

ガートとガンガに広がる人間模様
生と死が当たり前のように
日常の中につながっているこの場所で

私は実に不思議な体験をしたと思っています。


📷サムネはバラナシで出会った「サドゥー(聖者)」

インド旅行記のシェアと写真のシェアを
Xにて行っています‼️

良かったら見てね😘

1回目はこちら👇
1日目「いざ、出陣!」
https://stand.fm/episodes/65a8d5aff86bbfccead40adc

2日目はこちら👇「カルチャーショック」
https://stand.fm/episodes/65b2307647a599985d7be273

3日目はこちら👇
3日目・エローラ石窟寺院(前半)
https://stand.fm/episodes/65bb6afdaae00175137ed03a

4回目はこちら👇
3日目・エローラ石窟寺院(後半)
https://stand.fm/episodes/65c47be34247697bf70901b7

5回目はこちら👇
【4日目・ムンバイ再び】

https://stand.fm/episodes/65d01953a3efff6227214349

6回目はこちら👇
「席は無くても、情熱はある!」コルカタ(前半)

https://stand.fm/episodes/65d6ef1243ac877d61474566

「席は無くても、情熱はある!」コルカタ(後半)👇🏻

https://stand.fm/episodes/65d80272cea411848b4271a1

7回目はこちら👇
「ソレは突然やってきた……」
https://stand.fm/episodes/65e4476e3ea52313829e47ee


8回目はこちら👇
【Help😫】
https://stand.fm/episodes/65f6b38e6e273841f3c4bd44

9回目はこちら👇🏻

9&10日目【一難去ってまた一難」
https://stand.fm/episodes/65feb93843a5df5441b2e6ff

10回目はこちら👇🏻
11日目【茶園と茶摘みガールズ👧】

https://stand.fm/episodes/6604352d08ba266a85efce46

11回目はこちら👇
12日目「ダージリン最後の日」
https://stand.fm/episodes/661169c2a4c5bc918aa6a4a4


12回目はこちら👇
13日目「さらば、ダージリン☕️」
https://stand.fm/episodes/661c9eb7d2493dea00babb5b

13回目はこちら👇
14日目【聖地、バラナシへ……】
https://stand.fm/episodes/662472365bdc6f690979c35d

BGMはハッピーピアノヒーリング🎹
あきよさん💛オリジナル曲
【インド🇮🇳】です☺️

あきよさん、ありがとうございます✨️🙇‍♀️

これから数ヶ月にわたり
週一回のペースでインド🇮🇳旅模様をお伝えしていきますね🍀*゜
近くて遠い未知の魅力に溢れたインド🇮🇳✨️
一緒に懐かしい旅に出かけてみませんか

よろしくお願い致します🙏

#なおちゃん先生インドの旅  ⑬
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犬のトレーニングの実践🐕話、犬業界の裏話、アニマルコミュニケーション等は、《メンバーシップ限定》でお話しています❣️

https://stand.fm/channels/5fd49189dd3aea937b455b50
00:06
こんにちは。横浜で15年以上、犬が保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
本日は、旅の配信をさせていただきます。
プチセレブ・バックパッカー🇮🇳インドへ行く❣️
B級グルメとダイヤはお好き❣️
こちらは、私が学生時代を共に過ごした親友と2人、
21日間、インドへバックパックの旅に出かけた、その時の旅行記を1日ずつお届けしています。
前回の旅の配信は、ラジリンを立ち去り、丸1日24時間近くをかけて、寝台列車を乗り継いで、やっとバラナシに着いたよ、というところまでお話をしました。
そして、バラナシの様子を少しお話したところで終わっていましたね。
今回は、5月24日水曜日、インド滞在15日目の記録をお届けいたします。
それでは始めていきましょう。
生徒族の都、バラナシ。
朝方の方が涼しいので、行動するのは朝からにしよう、と午前6時30分に起きた。
日本ではねぼすけな私たちだが、いざという時は、やる時はやります。
メランダから外に出てみると、驚くほど涼しかった。
今日はもうこのまま涼しいんじゃないだろうか、と信じてしまいそう。
もちろん、そんなことは全くなかった、と後に思い知るのだが。
支度をして7時50分頃、宿を出ようとすると、宿で働いている男の子がついてきた。
年の頃は20歳ぐらいだろうか。
ちきりにガードからボートに乗るようにと進めてくる。
どうせ、ガンジス川ではボートに乗ろうと思っていたので、
彼に道案内をしてもらって、宿から一番近いジワーラーガードからテコギボートに乗ろうとした。
ボートに乗った。もちろんコグの私たちではない、ボートコキのおじさん2人と私たち、計4人が乗船した。
1時間1人100ルピーである。
はじめはバラナシのガードの中でも最も南端にある。
ガンジス川上麓にあたる足ガードの方へと向かった。
ガードとは目翼状のこと。
バラナシの町と路地を抜けるとガンジス川。
ガンガに出るがほとんどの川岸はこのガードがきちんと整備されていて階段状になっており、
下っているとそのまま川に突き当たるという作りになっている。
それは南北約40キロにわたってガンガ沿いに続いている。
03:00
バラナシを聖なる町とせしめているのもこのガードによるところが多いだろう。
ボートはゆっくりとガンガを登る。
曇ってはいたがガンガを渡る風はひんやりとして心地よい。
水や川自体は想像していたほど汚くはなく、濁った水がゆっくりと左右を流れている。
これが聖なる川、ガンガ。
ヒンドゥ郷土にとって永遠の憧れの象徴ガンジス川だ。
なんとなく経験で大らかな気持ちになる。
ボートの上からガートやガートに沿って立ち並ぶ建物を眺める。
たくさんの人々がお清くしたり、泳いだり、顔や手、頭を洗ったり、
用を足したり、洗濯したり、歯磨きしたり。
人々だけではなくもちろん牛たちもいる。犬もいる。ヤギもいる。
そうした生活の場に今もこの川は密接しているのだ。
魚釣りをしている人もいる。
ここで釣れた魚、ちょっと食べる気はしないけどね。
1時間ほどゆっくり川を登った後、再びシワーラーガートに戻る。
ここで漕ぎ手の交代。最初のメガネのおじさんはすでに汗だくである。
ありがとう。
おじさん交代して、今度は下流メインのガート、
ラーシャシュアメールガートの方へ向かう。
時刻はすでに9時を過ぎていて、あれだけ涼しかったのに気温はどんどん上がってきていた。
漕ぎ手のおじさんがガートやガート沿いの建物の説明をしてくれる。
ボートの上から眺める風景はまるで絵巻物を見ているかのようにゆったりと流れていき、
実に興味深い。
牛さんたちも気持ちよさそうに水浴びしている横をすいすいとボートは行く。
牛たちも慣れていたものでじっとこちらを見ているだけである。
たくさんの人に愛される憧れのガンガン。
川自体が今でもこんなに神聖されているということすら私には初めての概念だ。
沐浴しながら祈りを捧げる人、人類のために遠くからやってきた人々にまじり、私たちも聖なる川に願いをかけることにした。
葉っぱでできたお皿の上に色とりどりの花びらとロウソクをのせ火をつける。
それは一つは自分、一つは家族、一つは自分の神様のために捧げるのだ。
ボートに乗ってハローと言いながらこのおくもつを売りに来た花売りたちはちょっとまいつばものだったけどせっかくだからと私もガンガンに導きあげてここまでやってきたご縁に感謝しながらお花のお皿を三つ川に流す。
06:05
メインガートであるダーシャシュアメールガートはすごいにぎわいであった。
結婚式でも行われているらしく調子一発で単調なリズムを奏でる楽体の音色が水面を伝わってボートの上の私たちの耳にも聞こえてくる。
それがまたいい雰囲気。
ダーシャシュアメールガートを過ぎてガート最大の仮想場。
まるかるにガートの前をゆったりと進んでいく。
もっと周りを囲まれていたり厳密な雰囲気が漂うところかと思っていたけれどそんなことは全くなくなった。
実にはっきゃらかんとオープンな仮想場であった。
たくさんの薪が積まれていて私たちが見たときには2体のきれいな紙に包まれたご遺体が静かに順番を待っているところだった。
仮想場を過ぎてすぐ熱さと空腹の限界に来た私たちはそこからすぐに元のガートまで引き返してもらった。
そして途中で遭遇してしまったのである。
最初はそれがなんだか私にはさっぱりわからなかった。
いくつかガートを過ぎてボートが止まっている側に何かがぷかぷかと浮いている。
なんだなんだ浮いてるよ。
よーく目を凝らしてみるとおおまさかあれは最近ではめったに見なくなった噂のあれか。
どうやらそのようだったので慌てて目を逸らす。
やばい見てはいけないものを見てしまった。
いや見なかったことにしておこう。
この事実で旅の伴侶を不快にさせてはいけないと私はこの秘密を一人胸の内にしまっておこうと思った瞬間友人が言った。
ねえあれさ浮いてたよね人私。
えっ気がついてたのか。
やっぱりそうだよね。
そうかなと思ったからあんまりじっくり見るのも悪いかなと思って見ないようにしてたんだけど。
親友。
私なんか何が浮いてるんだろうと思ってじーっと観察しちゃったよ。
まさしくバラなし何でもありである。
ガイドブックには最近がんじす川では整備清掃が行き届くようになり以前のようにぷかぷかそのままご遺体が流れてくるということはめったになくなったと書いてあったのだがそのめったにない光景に私たち二人は遭遇したのであった。
その彼は布で包まれているわけでも何でもなくただただ浮いていたのでおそらくは薪代の払えない貧しい人だったのかもしれない。
09:07
しかし他の場所例えば日本ではこんな光景を見たら信じられないありえない大事件だと警察官が来て消防車が来て救急車が来てメディアが来てと大騒ぎになるであろう。
そして私たちはもし日本でこんな光景を見にしてしまったら驚き恐れてトラウマになってしまうかもしれない。
だがしかしこの時に私たちはむしろしみじみと本当に自然にこの光景を受け入れていたのである。
周囲もそうで彼の浮かぶ少し先では子どもたちが水遊びをしていて洗濯屋さんが洗濯をしていてガイドボートが点検をしていて犬が寝転んでヤギが草を食べるというごくありふれた日常が当たり前のように展開されていたのであった。
死というものは非日常ではない。繰り返される日常の一つ。日常の延長線にあるもの。人が起き働き排泄し食べるのと同じくらい自然で普通の出来事なのだ。
そんな思いが私の中に広がっていた。むしろ死から目を背け、多分視し、忌非し、恐れること、そのことこそ少しおかしいのかもしれない。なんてこの時に私は思ったのである。
先ほどの仮想版もそうだったが、ここでは死に対しての恐怖や忌非の気持ちが薄れてしまうのであろうか。
人のあるべき定めの姿として死と当たり前のように向き合い、それを淡々と自然の流れに任せて受け入れられる場所。それが生と俗の都、薔薇なしの一種の魔力であるかもしれない。
熱中症にかかる前になんとか元のガートにたどり着いた。2時間で200ルピーかと思ったら、時間オーバーでこんなに暑い中ずっと声でいたんだからもっとよこせと先ほどまでの好印象ぶりはどこやら、一変してものすごく不満そうなおじさんたちの表情。
これが冒頭の上で女の2人に対し、相手は男2人というのであったら相手を怒らせるのは大いにまずい。
が、私たちはすでに丘に上がり、その上後退した後1人のおじさんはどこかに消えてしまったのであって、相手は1人であった。
まあ、本当に暑い中頑張ってくださったのはその通りなので、追加で40ルピーを支払って、まだまだふくふくそうなおじさんをしるめにバイバイと満面の笑みでガートを去った私たちであった。
実は、冒頭の上でじりじりと日干しにされていたおかげで、熱中症の兆候に襲われていたのである。
ヒーヒー言いながら倒れるようにして宿に戻り、一度休息をとった。
12:04
エアコンの中、横になって1時間ぐらい寝ていただろうか。
宿から歩いて5分もかからない場所の、いかにも西洋人観光客目当ての小綺麗なカフェでランチをとることにした。
時刻はすでに12時を回っている。すぐそばだというのに、部屋を一歩出るともう汗がふき出してきた。
ブレッドライフカフェに入ると、思ったとおり、中は数人の西洋人観光客たちが座っていた。
私たちを迎えてくれたウェイターもよどみなく英語を話す。メニューもハンバーガーやパンケーキ、イタリアンなどが多い。そして値段も高い。
私たちはパンケーキとオムレツを頼んで半分ずつ分けて食べた。
欧米人に比べ子供ほどしか食べない私たちの注文にウェイターはちょっと不服そうであったが、案の定、私たちにとってはこれで十分。
カレーも美味しいけど、やっぱりたまにはインドじゃないものも食べたくなるんだよね。
パンケーキには日本で考えられないくらいバターとメープルシロップをべたべた塗りまくる。
うーん甘いってうまい!
ランチの後は再び宿に戻って優雅なシエスタ時間。
食ってすぐ寝るのは太るというのはこの国では禁物である。
あークーラーがあって本当によかった。
2、3時間ほどゴロゴロしたり日記をつけたり体力を回復に努めた。
少し日が陰ったようなので17時を過ぎてからようやく街に出ることにした。
今度はボートには乗らずダーシャシュアメールガートまで歩いていくことにした。
夕暮れの迫るガンガーは美しい。
オレンジ色の夕焼けが川面に映える。
水浴びを終えた牛たちが列をなして出雲かへ帰っていく。
ガンガー沿いに建てられたイニシエのマハラジャたちの離宮が
沈みゆく太陽の光を浴びて黄金に輝く。
その中にはマハラジャの血脈を受け継ぐ高貴な家系の人々が今も住んでいる離宮もあるという。
ガート沿いにゆっくりと歩いていくと人々のガンガーに対する様々な思いが眺められていて面白い。
小高い丘の上に全身を青く塗りたくり踏んどし一つ骸骨を抱えているサドゥーがいた。
サドゥーは聖者の意味。
日本ならただの変質者でもここではああサドゥーなんだと納得してしまうところがこの町の魔力である。
老いさらばえてほうれと川ばかりに見えるサドゥーがいたり
信者たちを前に説教をしているサドゥーもいた。
ボートコギのおじさんの話ではガートには大きな傘が見える。
おじさんの話ではガートには大きな傘が見える。
15:00
大きな傘の下には孤独の高いサドゥーが座り人々に説教を説いているということだ。
ダーシャシュアメールガートメインガートから町の中メインバザール方面へと階段を上って町の中へ行ってみた。
途中で出会った実に日本語が達者だ客引きの少年に連れられて
奥様は日本人であるという医療とシルクの店に入って行った。
実際ご主人はすごく日本語が達者な青年で品物自体もそんなに高くはなかったので
私はワンピース、母にパンツ、祖母に紫のパンチャビドレスを買った。
彼に聞いたところによると奥さんも通っているという女性のマッサージ師のマッサージ屋さんが近くにあるという。
じゃあ明日はやってもらおうかなと盛り上がったけれど、ん?待てよ。奥さんというカナさん。
その姿を一度も見ていないことに思い当たった私たちは探りを入れてみることにした。
するとカナさんはデリーに行っているという。なんだか怪しいぞ。うまい話には気をつけないとね。
こう言ってはなんだけどここでは誰を信用していいのか本当にわからない。
子供だってそうだ。騙されたところでたかがしは知れているんだけれどどうにも疑いを持って人に接してしまう。
日本にいると人を疑うということがほとんどないし、自分で物事を判断するということが少なくなり、
物事を曖昧にしたり流されたり依存しすぎてしまっているんだな。
インドでは常に自分で考え、自分で判断し、自分の行動に責任を持たなくてはならない。
もちろん本当は日本だってそうなんだけれど、判断の基準さえしっかり定めておけばもっともっとインドを楽しめるかもしれない。
私たちはまだまだ甘いのだ。
今夜も夕飯は昨日行ったレストランモナリザエ。
熱くて辛いキムチ卵ラーメンとタンドリーチキンカレーという、印鑑有効メニューを注文した。
そしてこのカレーは今まで食べたカレーの中でもまさにベストである。
辛味は抑えてあるのだがコクがあって最高だ。
霊によって霊のごとく帰り際に停電になったが真っ暗闇になることはない。
私たちもすでに経験済みなので、牛の糞やら水たまりやら道端に寝ている人やら犬やらに気をつけて
細い路地を街の中央部に向かってぶらぶら歩く。
途中で美しいシルクを扱う店やインドの民族楽器シタールを売る店。
渋い男はビヒリーで決めると謎の歌い文句の書かれたタバコ屋さんに目を惹かれ思わず足を止める。
ビヒリーって何なんだろう。
18:00
バラナシの裏文字では次から次へと新しくもの珍しい光景に出くわした。
まるで楽しいびっくり箱を開けているようで吐きることがない。
中央広場に着き、昨日同様、サイクリリクションに乗って帰った。
明日はバラナシ最終日。
といっても列車は夜行列車なので、この不思議な魅力あふれる街を楽しむ時間はたっぷりある。
明日は頑張って朝日を見ようねと決意を交わして、私たち二人は眠りに着いた。
はい、ということで今回の旅の日記はここまでとなります。
5月24日水曜日、インド滞在15日目、バラナシでの1日をお届けしました。
途中でショッキングなお話が出てきたかなと思います。
露骨な表現、露骨な表現を含んだ方がいいのかな。
ちょっと、はい、わからないんですけれども、もう時効ということにしていただければと思います。
バラナシはインド有数の観光地、世界的な観光地であるということは前回もお話ししました。
そのためにたくさんの外国人観光客が訪れるようになり、その結果としてかなり整備をされ、
要するに仮想場が川沿いにずっと並んでいるんですけれども、
仮想場が並び、そこで祈祷をしてもらい、ご遺体を焼いてその灰を岩実川に流す。
それがこのバラナシに人々が来る目的の一つでもあるんですけれども、
もしくは灰にしたものをバラナシまで来て流すということもあると思います。
ただですね、やっぱり貧しい人は焼き場に行って焼いてくれる親族もいなかったり、
そういったお金もなかったり、もちろんお経をあげてもらうお金もなかったりするわけですよね。
そういった人々にとっては、ここでこの地で、そして岩実川で最後を迎える、そして岩実に抱かれるという表現を使いますが、
がんがに抱かれてまた来世への旅路を始めていく、それが一種の願いという信仰があるんですね。
昔、私たちがね、私のこの旅の日記も相当昔ですけれども、もともと昔は、もともとそういう人々の姿を見たり、
21:02
そのまま流される人たちっていうのはよく見られたようですが、
ただやっぱりですね、それはこう、世界的な観光地の姿としてはよろしくないということで、
だいぶ行政もね、国の方も入って整備が進んでいた時期ではあったそうです。
ただし、私たちは遭遇をしてしまったということなんですね。
それが、私は不運だったとも思わなかったですし、この時の感情というのは非常に不思議なものでしたね。
全てがここにあるという印象を受けるんですね、このガンジス川沿いに一日いると。
本当に見ていても全く飽きることがなくて、私はきっとどんなテーマパークよりも、
ここのガートに一日座って人々を観察している方が面白かったんじゃないかなというふうに思います。
日が昇り、お祈りをし、木浴をし、しばらく経つと牛たちがやってきて、水を飲んだり、体を冷やしたり、
洗濯屋さんが洗濯物を持ってきて川で洗い始めて、
その横で頭を洗っている人だったり、体を洗っている人だったり、歯磨きしている人だったり、
子供が泳いでいたり、魚釣りをしたり、なんだかよくわからない食べ物の残りカスをそのまま捨てていたり、
もう本当に何でもありなんですよ。
これが良いとか悪いとか、そういう価値判断はさておき。
そして今はどうなっているか、また違う様子が見られるんじゃないかなと思うんですが、
こういった風景を一つの場所で飽きることなく見ることができるというのは、私の知る限りはここだけでした。
そして常に風に乗って流れてくるのは、サドゥーや仮想場の近くから流れてくるお経の声だったり、
そういった宗教音楽であったり、人々のざわめきであったり、脚引きの声であったりね。
ただ不思議なことにここはあんまり物恋はいなかったような気がしますね。
それこそコルカタンとかの方が物恋は多かったような気がします。
24:01
物恋の方々もおそらくこれだけ世界的な観光地でたくさん観光客が来る場所ですから、
目利きをされるんじゃないかなと思うので、明らかに我々はお金持ってそうに見えないですからね。
もうちょっとお金持っているような西洋人観光客の方に行っていたのかもしれないですけどね。
本当に不思議な魅力の街でしたね。
そして常に仮想場が稼働しているので、煙に乗っていろんな匂いがしてくるんですよね。
それもまた一種の薔薇なしの特徴というか、薔薇なしが慶運の街であるということは、
これらの要素が全て含まれているからなんじゃないかなと思いました。
人が死ぬということについて、日本では割と死というものは隠されていますよね。
なので、なんとなく見てはいけないもの、目を逸らすべきもの、何か特別なこと、悲しいこと、
そういったイメージの方が我々は小さい頃から持っている人が多いんじゃないかなと思うんですが、
この薔薇なしに関しては、死というものは本当に隣り合わせにあって、
それこそ物恋の人たちはそんなにいなかったけれども、道端には本当に生きているのか死んでいるのかわからないような人、動物、たくさんいました。
そして、この薔薇なしという不思議な街を語るのに欠かせないサドゥーたち、聖人、聖者と呼ばれる人たちですね。
今回はサムネにそのサドゥーが歩いている様子を載せましたけど、
全身を青く塗りたくて、骸骨を持っているサドゥーは、さすがに正面に来て撮影するのが怒られたら怖いなと思って撮らなかったんですけど、
観光客用のサドゥーもやっぱりいらっしゃるので、どこまでが本物なのかはちょっと分かりかねるんですが、
人々に囲まれて説話というか説法をされている方は本物じゃないかなというふうに思います。
本当に不思議なところでしたね。
そして、魅力のあふれる場所でした。
ということで、今回の旅の様子はこちらまでとしていきたいと思います。
27:02
5月24日水曜日、インド滞在15日目、残りは6日ですね。
21日間なので。
気がつけば21日間のインド旅も残り6日となってきました。
概要欄に全ての過去回を貼り付けてありますので、
もしまだ聞いてないよとか、聞き逃したよとか、もう一回聞いてみたいななんて嫌な方がいらっしゃいましたらね、
ぜひ聞いていただけたらとっても嬉しいです。
それでは、次回の16日目もお楽しみにお待ちください。
最後まで聞いていただきありがとうございました。
27:46

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