2021-08-31 10:00

【雑談】ホテルにいる人々~イギリス🇬🇧マナーハウスでの思い出

茶々丸ワンコさんの配信
【ホテルに居る人々】
https://stand.fm/episodes/61112d00167654000660ce23

にインスパイアさせて頂きました🙇‍♀️

古い貴族の邸宅を使った宿泊施設
イギリスの【マナーハウス】🇬🇧に
宿泊した時のある夏の夜の出来事……

写真を見つけられなかったので💦
サムネは8月のスコットランド
ヒースの原野です✨

#旅#旅の思い出#イギリス#マナーハウス#留学
#コッツウォルズ#体験談#茶々丸ワンコさん
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https://stand.fm/channels/5fd49189dd3aea937b455b50
00:06
こんにちは、横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
さて今回は、チャチャチャンネルのチャチャ丸ワンコさんの、少し前の配信に便乗して、私の過去の旅の思い出話をしたいと思います。
チャチャ丸ワンコさんの配信、【ホテルにいる人々】というお話を、もう聞かれた方もたくさんいらっしゃると思いますが、
私も過去、ホテルにいる人々に出くわしたことがあったなぁと思い、夏も過ぎようとしているこの時期、旅先で出会った、ちょっと不思議なお話をお届けしようと思います。
あれは、今から15年以上も前の出来事、ある夏の旅の思い出話です。
私はイギリスに犬のトレーニングを学ぶために留学をしていて、その最後の夏、私の荷物の配送手続きと、お世話になった方々にお礼を述べるため、両親がイギリスにやってきました。
当時、私がお世話になった人々や、場所に挨拶をした後、私と両親はイギリス中部を4日間ほど旅行し、その後、スペイン・セビリアで弟たちと合流。
グラナダやロンダなどアンドルシア地方からサン・セバスティアン、パリに飛び、数日滞在した後、両親は帰国。
私と弟たちはヨーロッパに残り、ベルギー・スイス、その後、弟たちはアムステルダムへ、私はドイツへ、ドイツでまた弟2人と再会、という3週間ほどの旅をした時の一幕です。
師匠の下で犬のトレーニングの基礎を学んだ後、私は英語を学ぶためにイギリス中部、オクスフォードの語学校に滞在していました。
オクスフォードに2泊した後、両親の希望で憧れのコッツウォルスへ行きました。
コッツウォルスはイングランド北部の湖水地方と並び、特に日本人には大人気の地方です。
美しく古き良きイギリスの田園風景と、おもちゃのようなハチミツ色の石、コッツウォルスストーンの街並みが有名な観光地です。
観光地といっても小さな村々が点在する田園風景で、至ってのどか。
両親が来たのは8月で、すべてのホテルの手配を任されていた私は、この小さな田舎町での宿探しに苦労していました。
8月はベストな観光シーズンで、もともと大きな規模のホテルなどない田舎の村々に、この時期はすぐに観光客で埋まってしまうんです。
私が最後に見つけたのは、小さな町から少し離れた場所にあるマナーハウスでした。
マナーハウスというのは、元または元貴族のお屋敷で、その一部を民宿のように使っている宿泊施設です。
03:08
数は多くなく、もちろん部屋数も少なく、しかも高い。
マナーハウスには一度泊まってみたかったのですが、私に手が出せるはずもなかったので、両親が支払うのをいいことに、一度は泊まってみたくないと承諾を得て予約をしました。
コッツウォルズ観光を終えて、夕暮れ時、そのマナーハウスに向かいました。
私たちはレンタカーだったのですが、道がわからず、ナビも不正確で、仕方なく町のインフォメーションで聞いたのですが、よくわからないと言われてしまったのです。
えー、ですよね。
でも、宿からの離婚ファームのメールも来てるし、仕方なく詳細な地図をもらって、町の人々に聞いて、何とかたどり着いた頃には、日が落ちていました。
マナーハウスのご主人は、心よく私たちを迎え入れてくれました。
どうやらこの屋敷のご主人のようで、自分たちは離れに住んでいます。
上には三つの部屋があるけれど、今日は君たちが貸切だから出入りは自由ですよ。
朝食はフルイングリッシュブレックファーストで、8時からです、とのことでした。
貴族のお屋敷と言っても、私が以前訪れたような大邸宅というわけではなく、小じんまりとした、それでいても歴史の重厚さと品の良さがあふれた家屋、ちょうど品、室内、そして広々としたお庭でした。
かすかにローズの匂いがしたことを覚えています。
1階はダイニングルームと大刹馬、2階が客室とバスルームでした。
2階への階段を上がって曲がると、廊下の先に客室があるのですが、上がってすぐの踊り場のところに不自然とも思えるほど廊下のど真ん中にイーゼルが立てかけてあって、岐阜人の肖像画がありました。
その肖像画がじっとこちらを見ているように感じて、ちょっと不気味だったのを覚えています。
まるで、今日はどんなお客が来たんだい?
どれ、ちょっと私が査定してやろうかね、と言いたげな表情で。
部屋は3つで、当然ながら両親が一部屋、私は一部屋、そしてもう一つは空き部屋。
部屋は十分な広さがあり、それぞれバスルームがありました。
二歩時をしてからふと腰掛けると、廊下を走る足音。
パタパタパタパタ。
えっ、誰?
廊下をなぞいてみても、向かいの両親の部屋からかすかな物音がするだけ。
両親が出てきた気配はないし、第一、あんなに軽い足取りじゃない。
この頃から、私はちょっと嫌な気分になりました。
なんて言ったってマナーハウスだけにテレビやラジオがないから音でごまかせない。
06:04
今みたいにどこでもWi-Fiが通じる環境やスマホでもありません。
予定より早く両親を誘って、町へ夕飯を取りに行きました。
帰ってきたらもうあたりは漆黒。
さあお風呂に入って、今夜は早く寝てしまおう、と私は思いました。
お風呂に入る。これが怖い。
なぜかわからないけれど、外国製のあのシャワーカーテンの向こうに誰かがいるような気がしてしまう。
古い映画の、私の大好きなスティーブン・キング原作、シャイニングの一幕が、なぜかこんな時に思い出してしまう。
あの廊下の肖像画のご夫人を、なぜか思い出してしまう。
旅行中、特にイギリスでは何度かあったんですけれども、こういう時、怖くて目が閉じられないから、頭が洗えないんですよね。
私は胃を消して両親の部屋のドアを叩きました。
そしてワインで酔いつぶれて早々に高い壁の父を横目に、母に言いました。
怖いから一緒の部屋に寝てほしい、と。
母もすぐにピンと来たようでした。
この当時、母は少し霊感が強かったんです。
旅行中にもドッコという物用器具と紙を持ち歩いていました。
外国の霊に効くかどうかはわからないんですけどね。
母が支度をして私の部屋に来て、ダブルベッドに腰掛けて二人で話をし始めた時でした。
サイドテープルのランプの明かりが突然点滅をし始めました。
母がしらじらしく、「あら、接触不良かしら。コンセントを抜いておこうね。」とコンセントを抜きました。
もちろん二人とも分かっていて声には出さなかったんですけどね。
シャワーカーテンの外側でお互いに歌を歌ったり、旅や旅行の話、留学の話をしながらシャワーを浴びてさあ消灯はできずに、
二人とも電気をつけっぱなしで寝るという選択を取りました。
母と同じベッドで寝たなんて何十年ぶりだったでしょうね。
母は夜中に何度か話し声や廊下を走る音を聞いたそうです。
私はそれでも疲れていたせいか若かったからか気がついたら朝でした。
翌朝は雨でした。
せっかくの広大な庭園が雨で見られないなと父は一人残念そうでした。
母はと言うと朝食会場である応接室が怖くて入れないと言い、隣のこじんまりとしたダイニングで食べたいと言って変更してもらいました。
朝食を終え煮作りをして出る頃、館の主人がやってきて父と話しながらカードでチェックを済ませ、私たちはマナーハウスを後にしました。
09:01
本当かどうかは分かりませんが、父曰くその後何ヶ月経ってもそのマナーハウスからのカードの請求がなかったそうです。
私は彼が老眼で見落としただけだと思っているんですけどね。
それはさておきあの館にはきっと先住の方々がいたのでしょうね。
きっと東洋人のお客が来てるってちょっと珍しくない?覗いてみようよと私たちが観光をされていたんだと思います。
旅のお話は今日はここまで。また次の次回に何か面白いお話があったらしてみたいなと思います。
あなたは思い出に残るホテルのお話ありますでしょうか?あったらぜひ教えてくださいね。
本日も最後までありがとうございました。次回もまたよろしくお願いいたします。
10:00

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