00:05
なるほどね。あの水崎案内人の到着がなかなか、到着しないで入港が遅れることもあるからね。
それでベテランの船長さんに変わって、パイロットに変わって入港するんだ。
クルーズ船の船長は、外湾内のところまでなんだね。
あの船って来て誘導するためだけなのかと思ったら、船長が乗ってくるんだ。
そう知らなかった。
曇ってますね。あの橋は何橋?
知らない。何回も来てるでしょ。
おー。小島がポンポンと見えますね。
皿うどんはちょっと甘いんだ。
あー、そうかもね。
長崎ってね、しっぽく料理ってあるじゃん。
不平な寮制で出されたしっぽく料理。
甘めなんだよみんな。なぜかというと、江戸時代からここが入り口だったじゃん。
そういう甘いものは贅沢品だったから。
なるほどね。高級品は甘いんだ。
そういう味付けになっちゃった。
いい料理はそういうこと。
ちょっと甘いんだね。
お、なんか教会みたいなのが見える。
有名だとしたら大浦天守堂じゃん。
初めて?
長崎はね、高校の修学旅行、長崎沖縄だったんだよ。
だからグラバー園とかさ、あの辺?
あの辺に行ったな。
10時だからもうそろそろ着岸だね。
11時だろ?
11時に入校。
バラコニーなかったからさ、俺。世界史の時。
上行こっか。
上行ってもいいよ。
上行こっか。
ということで、上に一人、みー、来ました。
すごい、入校シーンはとてもいいですね。
長崎の港。
とても小島が浮かんでいて、晴れてればね、もっと緑が美しかったと思うんですけど、
どん天です。
雨が降ってないだけ良かったでしょう。
わお、素敵ですね。
03:02
先ほど軍艦島っぽいのが見えたんですけど、
ちょっとね、客船が大きすぎてあまり近づけないようで、
はい、あまり近づかなかったです。
今日はこれから、この長崎に着岸して、
一日、夕方までね、観光して、
明日は地図島に向かうというスケジュールになっています。
それでは一度ポーズします。
はい、ということで今は、
同じ4月30日。
時刻は夜の8時30分になりました。
えーと、一日ね、長崎に我々は滞在してきました。
入校が11時、出港は夜14時。
短い時間の滞在でしたが、
長崎を疲れないようにすることができました。
今私はですね、10階デッキのバルコニーにソファーに座って、
ボイスに戻っています。
近くにいるので、子供たちと両親、そして弟夫婦が
卓球をしているので、にぎやかな声が入っていると思います。
今日は、長崎以降に入った時には、少し小雨がばらつくぐらいの
重い雲の曇り空のことなんですね。
ですけれども、日中ね、パーンと晴れて、とても暑くなりました。
そして、美しい緑と海に彩られた長崎風の街を、
簡単なストッパーができました。
私たちが路線したのが11時30分頃でしたね。
外に出て、久しぶりに何か、陸の上を歩いたような、
何かような感覚になりました。
スロープもね、そこまで船が寄せれないので、
お、お通いというね、長く船に乗っているとですね、
陸を歩いている時に揺れているような感覚になるんですけれど、
そういった感覚は今回はありませんでしたね。
私と旦那、子供二人、今回はそれぞれね、
両親と弟夫婦と家族と別々で行動しました。
私たちはまず路面電車に乗って、
長崎県の原爆資料館に行きました。
松ヶ江国際ターミナルという港に着岸したんですけれども、
06:01
そこから原爆資料館の方まで行く路面電車は乗り換えをしないといけないんですね。
なので乗り換えをしなくても済むように、
新天地中川というのかな、中川のところまで歩きました。
歩いても10分程度だったんですし、
港を見ながらね、知らない街を歩くというのは非常に気持ちがいいことでしたね。
路面電車がある街というのは、あまり関東には良くないと思います。
私はこの路面電車はとっても風情があって、いいなと思いました。
路面電車というのは広島に有名なのかな。
あとは京都も一部走っていますよね。
あれは路面電車というのがないのかな。
私がよく覚えているところとしては、
オーストリアの首都ウィーンですね。
それとプラハも走っていたかな。
あとはイスタンブールですね。
今、路面電車が走っていて、
街の中をね、渋滞関係なく一番良いところを走っているので、
観光客でも乗り降りしやすいですし、
私はこの路面電車という乗り物がとても好きなんですよね。
昔はですね、私の住んでいる横浜でも市電と言ってね、
うちの父親、母親世代が小さかった頃には走っていたようなんですけれども、
私たちが生まれる前には亡くなってしまったということで、
ちょっともったいないような時に思っていますが、
その代わりに地下鉄ができたり、
公共交通機関、それがもっと徐々になったりということなのかなと思います。
でもこの長崎の街中を走る路面電車風情があって、
見ているのも楽しいですし、
そしてね、これもね、バスと電車のあいのこみたいな感じで、
とても懐かしい気分になりました。
そして私はパスも乗っていたんですけど、
パスもね、普通に使うことができました。
初めて乗った路面電車。
でも子どもたちも喜んでいましたね。
原爆狩猟館は子どもたちにもね、
子どもたちにもね、ちょっとどうかなと思っていたんですけども、
私とだんだんね、ぜひ長崎に来たら、
やっぱり知っておかなくてはいけないというかね、
一度は見にしたいというところだったので、
子どもたちの希望を聞かないで行きました。
とても綺麗で、
なんていうのかな、見やすい展示になっていたと思います。
子どもと同時によくこんなに、
特に動画ですね、動画的種類が残っていたんだなっていうことを
09:00
本当に思いました。
途中ね、やはり目を背けたくなってしまうような
映像や写真、そして展示なんかもあって、
息子はね、何度もこう、
出口の方に向かって、
もうちょっと見てられないようなプレゼントを売っていましたけれども、
今の世界がね、成り立っている今の子どもたちの
何でも欲しいものが手に入ったり、
希望するところに向けたり、
もっと身近なところで言えば、
飲みたいときに水が飲めたり、
お腹が空いたときに何かを食べることができたり、
そういった幸せな日常というのは、
ちょっと前までこういう悲惨な歴史があった、
その上に成り立っているんだろうと、
ぜひとも知ってほしかったんですね。
そして、どうして人間は戦争なんかするんだろう、
という言葉が何度も何度も娘の口からも、
息子はもちろん五歳児でね、
娘の口からもそういった言葉が出てきました。
私たちは、今のどうして戦争なんかするんだろう、
みんな悲しくて痛くて辛くて、
そういう気持ちになるのに、
気持ちをもう忘れないで、
大人が悔しいということを子どもたちに伝えました。
それぞれどういう思いでこの場所を見ていたのかというのは、
また少し月日が経ってから聞いてみたいなと思います。
私自身も大人でさえちょっと涙が出てしまうような
描写などもありましたし、
原爆というものがどのように作用して、
どのように被害をもたらすのか、
という詳細な説明とか成り立ちとか、
科学的な分析というのが初めて知ったので、
本当に私は行ってよかったなと思いました。
原爆資料館を出た後は、
平和記念公園に行きました。
それまではとても曇っていたのですが、
原爆資料館を出て平和記念公園に着く頃には、
すっかり青空になって暑いくらいの日差しが降り続けました。
原爆資料館の平和記念公園に驚いたのは、
いる人の8割が外国人だったということですね。
そしてその中には同じ船に乗っていた
クルーや乗船客の方もたくさんいました。
私はやっぱり同じ日本人にもっと来てほしいなと思いました。
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平和記念公園はとても静かで美しい場所でした。
ほんのまだ100年も経っていない、
昔のことですけどまだ100年も経っていない、
そんな前に、原爆地であるこの公園の場所から、
半径数キロになってすべてが廃墟になる、
たくさんの人が死んだ場所で、
思えないくらい美しくて平和的で静かで、
本当に資料館を見ていなければ、
ただの綺麗な公園で終わってしまいそうな、
そんな折り紙の花々が咲き乱れていて、
そんな雰囲気があるわけでした。
怒られてよかったなと本当にそう思いました。
その後私たちはまた路面電車に乗って出島に向かいました。
その前に眼鏡橋という橋に向かいました。
眼鏡橋に向かったのは眼鏡橋に来たわけではなくて、
長崎に昔住んでいたことがあると言っていた方に、
おすすめのカステラ屋さんを紹介されたんですね。
眼鏡橋のすぐ手元にあるよということで行ってきました。
そのカステラ屋さんは昌寒堂という、
たくみむたかむおどの堂という、
中核カステラ屋さんなんですね。
関東には出店されていないと聞きました。
文明堂さんや福沢屋さん、有名なカステラ屋さんがたくさんあるんですけれども、
どうせなら長崎でしか食べられないようなカステラを買ってみようかなということで、
そのお店に行きました。
確かに菊のごもんで入ったカステラは、
普通のカステラよりちょっと高いんですよね。
これは何が違うんですかと聞いたら、原材料がかなり厳選された、
そうでなくても厳選されているけど、
さらにさらに厳選に厳選を重ねた材料でできていますということでした。
私も1箱買いました。
休みはそこに至るまでに疲れてしまって、
そこのお店の椅子で眠りこけてしまいました。
私はそこで冷たいお茶を売っていたんですね。
カフェが後ろに併設されていまして、
ただそのカフェは予約しないと入れないということだったので、
テイクアウトができる冷たいお抹茶と冷たいほうじ茶を買って、
帰ろうということにしたんですけど、
このほうじ茶の中にちょっと異物が入っていたんですよね。
15:01
息子が頼んだものだったんですけど、
私はさすがにこれを見逃せないなと思って、
そちらの店員さんに、
ちょっとこれ気になるんですということで、
異物が入ったものを持っていったところ、
お店の方が慌ててね、
大変申し訳ございませんでしたということで、
すぐ作り直してまいります。
お待ちください。お掛けになったらお待ちくださいということで、
休ませていただきながら待っていたんですね。
そこで娘にちょっと起きました。
そこで息子はトイレを借りたかったんですね。
それでですね、
お姉さんが、
ほうじ茶、新しいものをご用意しましたということで、
持ってきてくださったんですけど、
私たちがありがとうございましたと言って、
行こうとしたときに、
大変失礼いたしました。
よかったらお子様にどうぞということで、
サービスでね、
多分カステラの切れ端だと思うんですけども、
それをパックしたら、
本日中にお召し上がりくださいなということで、
くださったんですよね。
そういった心遣い、しかも2袋持っていて、
うち子供が2人なので、
そういった心遣いはやはり、
新生であり、
お仕事に大変誇りを持っていらっしゃる、
新生のお菓子屋さんならではの気遣いだなと思って、
私はすごく感動したんですよね。
お茶の味もとても良くて、
私たちは眺め橋あたりをぶらつきながら、
お茶を飲みました。
とてもその時には、
天気が良くて気持ちが良かったです。
そして近くにある、
浜町アーケードだったかな、
そこの商店街に入りまして、
練り物で、
さちこさんだったかな、
に教えていただいた、
ハトシという、
名物があるんですけど、
魚のすり身の中に、
チーズが入ったものを揚げてあるんですよね。
それを買いました。
とても美味しかったです。
食べ歩きには丁度良かったですね。
私たちはその頃は、
2時半、3時過ぎくらいだったので、
お昼飯を食べることを諦めて、
食べ歩きすればいいよね、
みたいな感じで、
ぶらぶら目についたものを食べていました。
またその後立ち寄った和菓子屋さんでは、
かん衣餅を売っていまして、
こちらもやはり、
長崎名物ということで、
かん衣餅を買って、
その場で食べました。
これは、さつまいもと、
もち米が一緒に練り込まれた、
お餅なんですね。
とっても甘くて、
すごく美味しかったです。
娘が気に入って、
パクパク食べていました。
気持ちがしないので、
たくさんは買って帰れなかったんですけど、
本当に、
出来立てなんですよって、
おっしゃってくださったんですが、
とっても美味しくて、
また食べたいなと思います。
すごくな甘さでした。
18:00
お店のお姉さんたちも、
とても気さくな方で、
座って食べていいよ、
とか言ってくださいました。
お姉さん、本当に
お優しい方々でしたね。
そして一番最後は、
男性陣ね。
ランダと息子は、
もうちょっと何か食べたいということで、
目についた、
豚まんのお店がありまして、
これも豚まんも、
とても小さくて、
一口で食べれてしまうような、
サイズの豚まんなんですけど、
桃太郎の絵が描いてありましたね。
なんていう店名なのか、
ちょっと忘れちゃったんですけど、
デジマンの近くでしたね。
そこで、
4つ、
口肉まんを買って食べながら、
デジマンに向かいました。
デジマンは、
復元したところではあるんですけれども、
当時の雰囲気をね、
感じることができる、
場所になっています。
場所自体は、
全く長崎の江戸時代、
唯一、
徳川幕府に、
南蛮貿易を許された地として、
この場所にあったよ、
ということの、
そのままの場所にありました。
教科書だけ知っていた、
そのデジマンというところに、
実際行くことができて、
ここにあったんだ、
これだけ海に近かったんだな、
とかね、
そういうのが非常に伝わって、
面白かったですね。
中は、
再現された建物とはいえ、
当時の資料を見て、
忠実に再現されたもの、
壁紙の一つに至るまで、
忠実に再現されていて、
当時の雰囲気を感じることができました。
中もとても綺麗で、
展示もとても素晴らしいものが、
たくさんありました。
もっと時間があったらな、
と思ったんですけどね。
そして最後は、
そこ、
デジマから松川へ、
国際ターミナルまで、
ブラブラと歩きました。
出港が、
7時なんですけど、
最終乗船時刻は、
18時30分までに絶対に、
船に乗っててください、
ということで、
私たちはこの後、
チェジ島に向かう、
つまり出国、
国を出るので、
パスポートチェックを受けなきゃいけないので、
そしてね、
3000人近くが一気にと、
お手物が混んでしまうから、
5時半ぐらいを目安に帰ってきてくださいね、
という風に言われていました。
その時にね、
時刻は5時過ぎていたので、
このまま船に戻ろうか、
と言ったんですが、
最後に諦めきれずに、
グラバー邸ですね、
グラバー邸のところまで、
ちょっと行ってみよう、
ということで、
ターミナルがね、
港が、
グラバー院のほんとにすぐ近くなので、
グラバー院、
少しだけ坂を登って、
見に来ました。
やっぱりちょっとね、
時間が足りなくて、
大浦天守島を、
坂の下からちょっとね、
写真を撮ったりして、
グラバー院の、
あ、ここが、
この上に登ったらグラバー院か、
みたいな感じで、
グラバー院の湯口まで来て、
坂を下って、
21:00
はい、
船に乗り込んだ、
という形になりました。
出港する頃にね、
あの、
太陽も沈んで、
美しい長崎の夜景ですね、
世界、
日本三大夜景でしたっけ、
はい、
美しい長崎港の夜景を見ながら、
出港して、
朝ね、
ちょっとだけライブをした、
女神尾橋を通って、
大浦天守島に向かう、
という形になりました。
今日もね、
ほんとによく歩いて、
私の手元の、
えーと、
iPhoneのね、
個数計では、
2万歩を超えています。
はい、
ちなみに、
昨日は1日仙台にいたんですけど、
1万歩以上歩いていました。
船の中をね、
ちょこもこするだけでもね、
そのぐらい歩くんですよね。
今日は2万、
えーと、
2万800何歩になってましたね。
はい、
えー、
ほんとにね、
娘は特に、
まあ、
途中、
少しだけ旦那に抱っこをしてもらう、
でね、
寝ちゃったこともあったんですけど、
ほんとにね、
ごさいじながら、
文句も言いながら、
よく歩いたと思います。
とっても疲れたと思うんですけど、
まだ卓球をやってますね。
ふふふ。
そして明日はね、
チェジュ島の1日観光なんですが、
朝、
起きれるのかな?
で、
ちょっと不安な母がここにいます。
ということで、
えーと、
明日もチェジュ島、
そして、
その、
次の日、
5月1日チェジュ島ですね。
5月2日は1日海の上、
5月3日が神戸港、
ね、
そして5月4日には、
帰る、
というか、
東京に戻るということになってますので、
ね、
そこまで、
なかなか、
またね、
チェジュ島と、
そして、
その次の日は電波が全く通じない日になります。
また、
ボイスメモをね、
何か残せたらいいなと思っています。
それでは最後まで聞いていただき、
ありがとうございました。