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はい、こんにちは。
三十三元堂の話をしようと思います。
三十三元堂、京都にあるんですね。
みなさんも行ったことがない方がいないだろうかぐらい有名な場所ですね。
正式名称は蓮華王院本堂と言いますが、
ここはもともと法従時代の一部の施設だったと。
言葉上校の宮殿の中にある一部の建物だったということです。
3月3日ですね。
3月3日に古寺純史と江藤誠孝氏がここで
33年ぶりに、33年後の3月3日の3時33分に
三十三元堂で会いましょうみたいな話を昔雑誌の企画かなんかでやったんですかね。
それでその言葉通りですね、実現して会うというのをですね、
多くのファンが詰めかけて、33年後に詰めかけてですね、
そこでその2人が会うのを見守るみたいなですね。
行きなイベントもやっておって、最近は話題になっておりますが、
その33年後ですね、
家に来るゲストも大体は京都に行く方が多いんですけど、
お勧めはあるかと言われると必ずここを勧めますね。
清水寺もいいんですけれども、
清水寺はあれは風景を楽しむような、ランドスケープを楽しむような場所でして、
仏像は秘仏で見られませんし、
仏像を見るんだったら33年後に行くといいですね。
千一体の観音様がお堂の中にずらっといるっていうのは壮観ですね。
その33年後は、一回焼けちゃってるんですけど、
その後ですね、
よりとも鎌倉幕府が復興させて、
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京波が作り直しているのが今の千一体の仏像ですね。
その33年後の思い出といえばですね、
大学校の修学旅行でですね、
33年後の思い出を書いてきて、
今でもちょっと僅かながら覚えているんですが、
千一体の観音様が2002年の目で僕を見つめているみたいな感じの文章でして、
その薄暗い本堂に入った瞬間からですね、
感動の渦に巻き込まれましたみたいなことをですね、
つらつらと書いていて、
結びはですね、そんな思い出をですね、
千一体の観音様に見つめられた思い出を、
33年後に残して、僕は京都を後にするみたいな。
光南郷は京都のプラットホームを離れ、
僕は京都の門出を残して去っていくみたいなね。
次に観音様に会うときはどんな自分なんだろうかみたいな感じで結ぶですね。
イメージ的には銀河鉄道するみたいなんですけど、
そんなですね、青春の日々を思い出を残して、
汽車は去っていくみたいな感じのですね、
イメージで作文の文章を結んでですね、
つまりは33元堂のシーンから始まって、
光南郷が京都駅にプラットホームを去っていくというところで結ぶっていうですね、
シンプルな感想文ですね。
修学旅行、これ全員提出させられたんだと思うんですけど、
思い出作文みたいなやつをですね、書き残したらですね、
なんと学年トップと金賞みたいなものがあってですね、
もらいました。
で、後から国語の教師に聞かされたんですね。
みんなはどこどこ行って、どこどこ行って、どこどこ行って、
どこどこの旅館に泊まって、どこどこ行って、どこどこ行って、
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帰りました、みたいな。
校庭を書き連れるのが大半の生徒でして、
お前の作文はですね、焦点を絞っていて、実にシンプルにまとめていて、
そこに感想のようなものにですね、旅の寂しさみたいなものにですね、
重厚に書き連ねているので、素晴らしいみたいなですね、
話をされて、銀河テスト3内にパクっているわけなんですけど、
そんな風にですね、学年のトップの賞をもらっていたみたいな感じでですね、
生き残って、3年間生き延びてきたわけです。
そこの中学校はですね、中村敦彦さんが言うですね、
東京最悪な街のですね、とある中学校に在学していた時の思い出です。
他にもいろいろなエピソードがあるんですが、話せたらまた話そうと思いますし、
こんな感じでサバイブしたと。
優等生的立ち位置でサバイブしたみたいな話ですね、ゲットしました。
そんな私でもですね、1学期1回ぐらいは暴力にあってましたね。
先生もね、そんな話もするかもしれません。
はい、今日のエリーコースですね。
休日とあって相当混み合っております。
桜もですね、まだ残ってますね。
あったかいですし、非常に気持ちのいい感じでございます。
はい、ではまたお話いたします。