00:02
はい、どうもこんばんは。 まずはですね、告知をさせてください。
明日のですね、24日、日曜日はですね、 方言字の東京別院の補給教講座の3回目ですね。
明日がその講座をやりましてですね、 その後、横山松任とジュリーさんと軽く打ち上げをしながら、
次のですね、補給教の第4回目の募集と、 3回目の振り返りと、4回目のこんなことになるんだよという話の募集を含めてですね、
やりたいと思っていて、補給教はですね、全然知らなかったんですけどですね、 なかなか壮大な物語でしてですね、ほぼほぼSFですね。
ほぼSFみたいな話をですね、 しているわけなんですが、
その中で例え話が出てきたり、
お経なんでというか、宗教なんでというか、 ためになる教えみたいなものがちょこちょこエピソードに入ってくるっていう構成になっているという私の理解なんですが、
その例え話もですね、 なんか現代にフィットしないような高等無形な話とか、
え、それは例え話なの?みたいなのも多々出てきてですね、 まあそれはそれでですね、
その講座の中でですね、 ちょっとそれちょっと違くないですか?みたいな、
例えられて、なんていうかな、昔話みたいなことで言うと、
ダメな方が今で言うといい話じゃないんですか?みたいなところがですね、 あったりもして、まあそれはそれで楽しいんですが、
全体としての世界観はですね、SFなんですよね。
まあそれのですね、ちょっとよく分かってないんですが、 明日もですね、前半戦の一つのクライマックスを迎えるみたいなお話をですね、
横山さんが予告で教えてくれたのでですね、
ここも壮大な話になるということですね。
まあ来ていただける方は楽しめるんじゃないかと思いますし、
まあアフタートークでもですね、そのような話をしながら、
あ、違う。
違う違う。
03:00
第4回目が超SFなんですね、らしいんですね。
まあその話もですね、予告の中で話をしていきますので、
ぜひ興味がある方がいらっしゃればですね、別にお越しいただくでも良いですし、
最近はですね、来れないですけど、ぜひ何らかしらで参加したいとかですね、
言ってくれる方がちらほら出てきていらっしゃってですね、
そういう方には音声だけをお渡しして聞いていただくみたいなことをやっていてですね、
今回のですね、第3回目にいらっしゃらないんだけど、音声と資料が欲しいという方がですね、
いらっしゃってですね、その方たちに第1回、第2回の音声と資料を渡しして、
明日収録するんですけど、収録が終わった後ですね、その音声をお届けするっていうことをですね、
やっていくので、結構そうやって注目されていらっしゃる方が出てきてですね、
面白いですよね、こういうのも。
法華経とかですね、知らなきゃ知らないで一生終えますからね、
それはそれでいいんでしょうけれども、
日本で3番目ぐらいに読まれているお経だって横山さんが言ってましたけれども、
それを知らないで死んでいくのも何なのかなと思いますので、
そういったことでですね、そういうのを知るっていうこともいいんじゃないかというふうに思ってですね、
本題はここじゃないんですけど、5分も話しちゃったんで、なかなか本題に行けないんですが、
本題を話をするのもですね、ようやく話せるかなみたいな感じもあってですね、
話してみようかなというふうに思ってずっと思ってですね、なかなかきっかけがつかめないのとですね、
なんていうかですね、乗らないと話せないので、ずっと先送りにしていたんですけれども、
ちょっと今日話してみますかねというか、ダメだったら途中でやめちゃうかもしれませんけれども、
うちのバーに来てくださった方だったらご覧になっていると思うんですけど、
06:09
とあるアーティストの映画がございましてですね、それを飾ってありまして、バーに一つあってですね、
あとゲストハウスも見学会もやっているので、それでご覧になっている方もいらっしゃるかもしれませんが、
一枚大きな百合の絵があるのと、もう一つ細長いですね、名前を忘れたんですけど、ちょっと南国系の花がある絵があってですね、
ご覧になっている方いらっしゃるかなというふうに思うんですけど、その絵を描いているアーティストというのがですね、
私の10代の恩師でして、だからこれは履歴書シリーズになるのかな、履歴書シリーズもヘンテコなとある事業の事務所に入ったというところから、
履歴書シリーズを話しているような気がするんですが、それの一個前ぐらいに当たるのかなというふうに思いますが、
ジュリーさんも話していたかな、いるような気がしますが、私が大学4年の時にですね、
もともとの夢だったというか希望だったというか目標だったですね、デザインの道に行きたいという思いがあってですね、
大学を卒業する後に就職しないでですね、専門学校とかデザインの勉強をしたいなというふうに思ったんですよね。
思ってですね、とあるですね、渋谷にあるですね、クワサワデザイン研究所というですね、デザインの専門学校がありましてですね、
そこに行きたいなと思っていて、それって大学出た後ですね、デザインの勉強を2年間ぐらいすることって、
本当にその社会に出ることにとってですね、マイナスじゃないっていう確信があったんですよね。
デザインがわかるとかですね、美術がわかるっていうのは一つのキャリアだというかですね、美意識を磨くとかいうと山口周さん的な話になるんですが、
美意識を磨くことには意味が本当にあるんじゃないかというふうに当時は漠然と思ってまして、
09:01
それを自分で手を動かしてできるってことは最高なことじゃないかなというふうに思っててですね。
大学を出た後、つまんない社会人になるってことを本当に放棄してたというかですね、それよりも本当に今の表現でいうと美意識を磨くっていうとちょっと大げさですけれども、
デザインをベースにした仕事をしたいとかっていう思いがあったんですよね、多分ね。
それで、大学を卒業するタイミングでそのデザイン学校に行こうと思ってですね、
それはそこそこ割と入るのが厳しい専門学校だったので、準備しなきゃいけないっていうのがあってですね。
それで、当時、専門学校に入るための予備校っていうといくつかあって、当時は大学に入りたいこと自体は予備校に行くっていうかですね、私も予備校マニアだったってところがあってですね。
これも確かジューリーさんが話したと思うんですけど、僕は本当に寄せ身が好きでですね。
寄せ身が大好きでというか、この話はまた別にしてもいいかなと思うんですが、大体高校がクソ高校で本当に全然全く好きになれない高校だったので、
その高校の授業を受けること自体に全く意味を成してないなというかですね。
要はつまんないんですよね、教師がね。教師が本当につまんない連中しかいなくてですね。
これも聞いている同年代しかわかんないかもしれないんですけれども、当時予備校の先生というとですね、ある人とスターみたいなところがあってですね。
その人から習うみたいなことがですね、ステータスだったり本当になんていうか、本当に身に入ったんですよね。
なので学校の教師とですね、寄せ身のスター講師でいうとですね、1000倍も違うんですね。プロ野球選手と草野球の野球の親父ぐらい違ったような気がしましたね。
なので本当に当時は寄せ身の講師に系統しててですね、寄せ身は行きまくって寄せ身しか、寄せ身オリエンテというかですね、寄せ身を信用していた。寄せ身しか信用してないみたいな感じなんですよね。
12:18
なのでその信用度がですね、いまだに僕が代々木に住んでいる理由って言っても過言じゃないぐらい代々木が好きだったんですよね。
そこのですね、それは寄せ身自体は新学校に行くためのまさに予備校だったわけなんですが、その一つにですね、造形学校っていうのがあってですね、造形予備校っていうのがあって、そこはもう完全にですね。
いわゆる美術系の大学に入るための予備校があったんですよね。
寄せ身もやってましてですね、そこにですね、大学4年の夏だかかな。
その桑沢っていうところを目指したいので、そこに入りたいですと。
そのための受験に志願しますみたいな感じですね。
学生会みたいなところに行ったらですね、カレコレカクカクシカジカのコースに通ったらいかがですかみたいなことを言われてですね。
それで造形校、今場所変わっちゃいましたね、造形校ね。造形校確か今原宿に移っちゃったと思うんですけど、当時はですね、予備のどっちかっていうと新宿寄りというか、マインスターのものですね、造形校があってですね。
そこの夏季講習に初め行ったんじゃないかな。だから大学4年の夏ですよね。夏季講習に行って、それでまずは講習に行ってですね、いわゆるデッサンとか、色彩のコンポジションとか。
そういうのを1ヶ月ぐらい行ったんじゃないですかね。
それで、授業だけ出て行っても心もとないので、相談とかって言ってですね。
講師教室、いわゆる職員室ですね、今で言うね。当時で言って職員室みたいなところを訪ねてですね。
こういうものなんですが、こういう学校に行きたいんですとかっていう風に言って、このままこういうことやってて大丈夫ですかみたいなことをですね。
15:11
質問というかしに行った時に初めてお会いしたのがですね、そのアーティストの方だったんですよね。
今ですね、リアスにある飾ってあったり、ゲストハウスを飾ってあった先生でした。
その当時、彼も人回りぐらいしか違わないんじゃないかなっていう先生でして、その当時はですね、その情景校のなんちゃら私立美術クラスだったかな、それの主任みたいなことをやってらっしゃってですね。
当時からアーティスト兼その予備校の主任講師みたいなことをやってらっしゃったんだと思うんですけど、その人といろいろ話したらですね。
何なのと、面白いけど、何でわざわざそんな大学4年生で就職をしようとしないでデザイン学校に行こうとしてるのみたいな話をしてですね。
結構面白がってくれて、そこから付き合いが始まったんですよね、そのアーティストの方とですね。
面白い人でしてですね、アフリカに数年いらっしゃって、アインシュタインに系統して、チベット仏教にも系統してて、仏教にも詳しくてみたいな。
そういう人当時結構いましたよね、中澤信一みたいな感じの人。ちょっと中澤信一みたいな人だなとかって思ってですね。
当時の思想っていうのも、荒又博史もそうでしたけど、あれもなかなか難しい話で、なかなか語りにくい話でもあるんですが、
当時って一時その信教宗教というか仏教も含めた宗教が一瞬流行って、信仰宗教も流行って、全部オウムが水を刺しちゃったんですけれども、
18:03
あれで日本の信仰宗教は一つ終わりを迎えたんじゃないかというふうに思ってるんですが、
あの当時、なんていうか、その宗教の可能性みたいなのがなんとなくあって、そんな話も横山さんとできればしてみたいんですけれども、そんな感じがありましたよね。
なかなか難しいですね。難しい話なんで、なかなかあいに語れない部分があるんですが、中澤信一的な人とか、荒又博史みたいな人とか、そういった人たちが乳赤みたいな感じの、
ある種の思想がそこで生まれそうな気がしていましたが、オウムの件で全部ポシャっちゃったみたいな感じがあるっていうのが総括かなというふうには思ってるんですけど、
まあまあまあ、そんな時代が一つあってですね、
何だろう、ホーキンスが出てきたり、フラクタルリボンが出てきたりですかね、結構面白い時期だったんですよね。
その中、彼は彼でですね、アインシュタインの、アインシュタインの話は全くよくわからなかったですけど、アインシュタインの話をしてみたり、アフリカの話をしてみたりですね、
チベット仏教、ダライラマとかですね、そんな話をしてみたりする中で、彼は彼で、当然日本美術みたいなものに対する位置づけとか自分の使命みたいなものをですね、持ってらっしゃってですね、
それをですね、なんか、正方形の、正方形とか長方形、正方形×2の長方形とか、そういうサイズで区切った美術作品を作ってらっしゃってですね、それユニット絵画とかっておっしゃってましたけど、
長方形のものをですね、長方形の90×90とか120×120とかそういうような作品をですね、細かく分割した作品を一個一個作っていって、それをですね、巨大な展示会場に持っていくと、そのユニットとしてですね、細かい正方形のものをですね、膨大にこうバーッと集めて、
21:04
それを巨大な作品にするみたいなですね、ことをやっていてですね、日本の空間、和室空間とかですね、そういったところにもですね、マッチするようなサイズ感でありながら、
巨大なですね、壁画とかのサイズに対しては、ユニットを集めてですね、その作品群を集めて、一つの巨大な作品にするとかっていうですね、ことをやってらっしゃって非常に面白い方だなと思っていてですね、
結果、当時18歳で彼にお会いしてですね、当時は大学生だった私がですね、そこからもう彼は彼で定期的に年に1回とか2回とか個展をやってらっしゃってですね、
そこからずっと延々と付き合いをさせていただいて、かれこれ、今日に至るというかですね、お付き合いをさせていただいて、彼の作品もですね、大人になって、材料が持ててですね、作品を買わせていただいてですね。
買わせていただいたというか、はじめは押し売りのようにですね、世田谷の神経を構えた時にですね、こういう絵を持ったらどうだとかって言われてですね、ある種押し売りみたいな感じですね。
押し売りのように買わされたって言っちゃいけないのかな。
たんですよ。
で、それがその百合の作品なんですけどね、まあ別に後悔してないし、本当に素晴らしい作品だと思ってですね、まして、まあそれと一緒にですね、神経祝いに細長いですね、南国の花の作品を、
それは本当に頂戴しましてですね。
という感じで、その後リアスにあるですね、細長いボケの実のですね、作品を買わさせていただいてっていう感じですね。
3点ですね、彼の作品を所有してきたわけなんですけれども。
彼自身は、そういう日本画にもですね、系統している感じもあってというかですね。
24:03
ここ10年ではですね、リンパですね。
リンパに系統をしていてですね。
リンパの正式な系統、後継者になるとかっておっしゃってですね。
まあそういうふうに、でも本当にリンパにふさわしい絵を描かれて、お花の絵とかですね。
本当に尾形幸林の後継じゃないかぐらいな素晴らしい絵を描かれていてですね。
リンパというとですね。
後列とかですね。
幸林とかですね。
そういった作品が江戸後期を、江戸中期から江戸後期を彩る、明治の初期までいってですよね。
彩るですね。
本当に素晴らしい美術集団だったんですけれども。
それを後継するんだみたいな勢いでですね、本当に植物の絵をたくさん描かれていらっしゃってですね。
なんとなくこう不幸な語り口になっているのがお分かりになると思うんですけれども。
今年の夏に亡くなってしまってですね。
本当に急な話だったんですよね。
Facebookに遺族というか息子さんだったのかな。
アカウントをそのまま引き継いだんだと思うんですけれども、亡くなりましたというふうに書かれていて、去年の夏だったと思うんですけれど。
追悼展というか 遺族の方が 奥さんと息子 娘さんが追悼展という形で
ゴールデンウィークに 彼のアトリエというのが世帯側にありまして
そのアトリエで追悼展というか 残された遺品を集めた展覧会が
というふうに言われていたので それにはゴールデンウィークだったので
その1日を行きたいなと思っていまして その予定を組んでいたんですけど
それとは別に 近場というか 結構かなり近い場所で
27:01
とあるノンフィクションライターの方の奥様が 野立をやられるということですね
それにお呼ばれしまして それで晴天の空の下で お茶をいただいて
素晴らしいお手前でお茶をいただいたんですね
お茶をいただいて その後 追悼展に行こうと思って
ノンフィクションライターの方も お誘いして ジュリーさんが
3人で行ったんですよね ありがたいことに車で行っていただいて
ノンフィクションライターの車で一緒に出かけて アトリエのアパートに行って
彼の一作を眺めて
ハスの作品というのもあって 本当に素晴らしい作品で
それを六畳間に任せていただいていたのを見て
ハスだなぁみたいな 今 俺もハス育てれるなぁみたいな
ハスブームだよなぁみたいな感じですね
そのハスもユニット絵画なんで 薄間サイズで
一個一個独立したハスの作品なんですが それを3面に集めると
一連のハスの作品が東西南北に飾られるという ユニットで出来上がっている絵画でして
素晴らしいんですけど それが東西南北なんで
東の方のハスはハスの花が生き生きと咲いていて
日中 南側のハスの花 ハスの葉っぱ
西側は本当に日が暮れていくわけなんで 浄土を思わせるような
陰った感じの西陽が当たるハスの葉っぱと ハスの花が描かれているという
素晴らしい作品なんですが それが飾られていて
あとはいくつかの作品があって その中の作品の中で
多分120x120のユニット絵画だと思うんですが
それも何十点か飾られていて 販売もされていたんで
30:03
そのうちの2点を買わせていただいて 迎えまして
それもリアスに飾られていて 今 私の目の前に飾ってあるんですが
これも2点です 本当になんていうかですね
ゴーフォール的でもあり リンパ的でもありというかですね
本当に素晴らしい作品なんですよね
飾ってあるので 興味がある方はぜひリアスに来ていただいて
これかというふうに見ていただければ 大変ありがたいと思いますが
本当に素晴らしい作品ですね
なので彼は晩年はリンパを継承するとおっしゃっていて
リンパのようなんですね 現代リンパというか
そういう作品ですよね
なので今あるこの手元にあるですね 2つの作品は
まさにリンパにふさわしい絵画かなと思っています
結果的にですね 彼の作品は5点所有することになりましたが
いずれもふさわしい作品でしてですね
若いですよね
80になって何歳ですか 75? 67ぐらいで亡くなっちゃったんで
まだまだできたんじゃないかと思いますが
という方が亡くなって 去年亡くなって
追悼天に行ってきたって話をさせていただきました
たまたまですね リンパといえば本編み講演から始まるんですけれども
本編み講演がリンパというのを築くわけですね 京都の
あれは一説によると 家康に疎まれて殺戦されたというかですね
京都の片田田舎に移されたという話もあるんですが
そこのリンパの村っていうのがあるんですけど
33:01
そこはそこで素晴らしい場所なんですけど
そこにあるお寺もですね 本当に庭が美しくてですね
京都の街が一望できる高台にあるんですが
まあ機会があればよかったら 是非行かれることをお勧めしますけれども
そうですね だからノンフィクションライターの奥様がやっている
同じグループなのかな
野太手に参加した時のですね 飯嶋さんをやられてた方がですね
後から聞いた話なんですが、なんと本編み公別の末裔だったという、末裔の方ですという話をですね、後から聞いてですね。
結婚されたので名前が変わったんですけど、その方なんですね。
苗字は本編みだっておっしゃったんです。
えーっと思って、そんなことあるみたいな。
まあそんなことがあるんですよね。
本当にちょっと面白いというかですね、何かが何かを引き寄せるですね、不思議な出会いがあったですね。
5月の初旬のお話でございました。
ちょっとどうやって話せばいいかもよくわかんないかったんですが、お話ができてよかったです。
はい、ありがとうございました。