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お元気ですか?なんばるわんです。自分らしく生きるためのラジオを始めていきたいと思います。この番組は、国際結婚25年目の私、なんばるわんが、自分らしく生きるための挑戦や、日々の暮らしの中で気づいたことなどをお伝えしていくラジオです。
今日は、前回に引き続き、パリに咲くエトワールの映画レビューをしてみたいと思います。
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今、お皿を洗いながら、昨日見たパリに咲くエトワールのストーリーを少し思い出していました。
その中で、これちょっと言語化したいなっていうことがあったので、言葉にしてみようと思います。
思い出したシーンが、主人公の藤子、絵を画家として活動したいと願っている藤子が、最初に住んでいたアパートを出る形になって、
おじさんの影響で、おじさんの行いの影響で、そのアパートを出たんですね。
助けてくれる人も、そこのアパートの周りにもたくさんいたんだけど、そこをずいぶん遠いところに今度は引っ越すんですね。
バイト、働くっていうことも初めて、皿洗いで結構苦労するわけですね。
環境的にも、東洋人名みたいな感じで言われて、差別的な言葉。
その時代背景では、当たり前って言ったら変ですけど、日常的なことだったんじゃないかなと思うんだけど、
その少女がね、年齢、細かい年齢っていうのはわからないんですけど、はいわかりましたって黙々とお皿を洗って、お金を稼ぐっていうね、社会に出て、そういった経験をしているわけですね。
そんな中、日本にいるご両親、親がね、すごく心配して、あと兄弟も海外に生活する仕事だったりして、
兄弟の知り合いが同じパリにいるっていうので、同じパリだったかな、フランスのどこかの都市だったかもしれません。
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とにかくフランスにいるっていうので、自分の妹の様子を見てくれと。
ご両親から自分は託されて、あなたのところに来たっていうのでね、引っ越し先のアパートに男性が来るわけですね。
藤子は、私はうまくやってますと。
まずね、その男性が気にしたのは藤子の生活ですね。
その引っ越し先のアパートっていうのはかなり古くて、前に住んでいたところとは全く様子が違う。
ちょっと埃がかぶったような家具とか、そこにちょっと指をなぞってね、なんか汚いな、汚れが溜まっているなっていうのを確認していくわけですね。
藤子は一生懸命、自分の古いアパートの部屋の椅子をね、その男性にどうぞ座ってくださいと差し出すんですけども、
ちょっとまあなんか薄汚れた感じで、信用してないんですよね。
で、自分も藤子は椅子を持ってきて座るわけなんですけど、なんかねギシギシ言って、
ちょっとこれ壊れかけてるっていうのが自分で恥ずかしいわけですよ。
でもその男性は気が付くんだけども、話を進めるんですね。
そうこうしているうちに、椅子が破壊しちゃうんですよ。
ギシッとバランスを崩して、足が折れて壊れちゃうんですね。
それも藤子にとっては恥ずかしいことで、えへへみたいな笑ってごまかすっていうね、ちょっと子供らしい一面もあったりして、
それを見てため息をつく男性がいて、絵はどうしてるんだと、なかなか進まない。
日本に帰って、上野のね、そういった芸術の学校があるから、そういうところで通えばいいんだと、
悟すわけですね。日本に戻ろうということで。
ご両親も心配しているし、他の人からも同じ言葉を言われているんだけど、
日本に戻っちゃうとやりたいことができないから、私はここにいると、パリにずっといるわけなんですけど、
心の中ではやっぱり友達を応援したいと思っていて、
自分のやりたいことに向かっている、前のアパートで暮らしていた時っていうのは、すごく部屋が綺麗だったんですね。
ピカピカの、なんか装飾とかもしてあって、女性らしい、すごい素敵な部屋だったんですけども、
引っ越ししたところでは、本当にほこりがかぶっちゃうぐらい、何にも手がつけられないっていう状態になっていて、
それは友をね、友達を応援するための時間。
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そして、本当だったら、絵を勉強して、画家として生活をしていきたかったんだけど、
現実的には、アパートのお金も払わなきゃいけないし、そのためにお皿洗いして、東洋人が文句言われても、耐えて耐えて。
それよりも、友達を応援している方が生き甲斐があるんですね、藤子にとっては。
多少、もやもやしたもの、自分がやりたいことが本当はできていない。
でも、友達も応援したいっていう、その狭間で葛藤があって。
その様子を、男性はきっと、日本にいるご両親、ご兄弟にね、伝えたと思うんですけども、
おそらくね、伝えきれてないところあったんじゃないかなって思うシーンがあって、
最初に暮らしていたアパートで、隣人がワインの瓶を落として割ってしまうんですね。
その音を聞いて、もう鍵も閉まってないんですよ、藤子の隣の住人が。
トントンって入っていって、何も言わずに、割れた瓶を片付けていくわけなんですね。
それもほうきとちりとりとかじゃなくて、昔ね、私の祖母がみかんの皮を捨てるのをチラシで箱を作ってたんですよ。
それ映画に出てくるのでね、その紙で、紙を折って、折り紙のように折って、箱を作る。
そこに自分で手ですくってね、ワインの瓶を、割れたものを気をつけながらすくって、その袋に入れていくっていう。
隣人の人も自分も誰も怪我することなく片付けていくっていう、まさに女性らしい人としての所作が身についていたんですね、藤子には。
それはご両親がそれまで日本で生まれてから育て上げていた、その成果だと思うんですよね。
日本にいるお母さんとかも、そんなね、パリで何かやってないで、日本でお裁縫でも習っていたほうがね、いいお嫁さんになれるわよ、みたいなことをぼやくんですね。
やっぱりそこには親として本当に自分の娘を育てられているのかっていう、自信がないような、ちょっと自分の人生をちょっと、なんていうのかな、疑うっていうか、やっぱ自信のなさがそういう言葉に現れていると思うんですよね。
自分も親として、例えばね、自分のことはできないのになんで他人のことできるんだって、思った場合、私が藤子の親だったら、なんでそんなことをやってるんだって、ちょっと怒ると思うんですよ。
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そこでね、本当だったらお裁縫でもね、日本で習っていればいいお嫁さんになるんだけど、でも私本当に母親としてね、娘に、藤子にちゃんと教えてあげられているのかしらって、考える瞬間あると思うんですよね。
その隣人の割れた瓶を無言で片付ける、しかもこのゴミ袋を自分で折って作って、そこに静かにゴミを集めて、怪我のないように処理をするっていう、その処作がね、これは本当にお母さんがそういうことをやって見せていたんだと思います。
だから藤子は何気なく見返りを求めるとかそういうことじゃなくて、とにかく怪我をしないように、そして隣人がね、瓶を割ってしまうほど荒れている、話を聞いてあげるっていう、もう人として本当になんかできてますよね。
それが、詳しい年齢はわからないけれども、まだまだ少女の時代の、藤子がまだ少女って呼べるぐらいの年齢の時に、すでに大人の話を聞いてあげて、何か汚したり割ったりしたものを黙ってね、何気なく処理をしてあげる、片付けてあげるっていう、その人としての愛情がね、もうそこにあるんですよね。
だからこれはお母さんがしっかりとしつけをね、してきた証拠だと思うんですよね。
人のためにできるんだけど、自分のことは後回しっていう、これお母さんならではだと思うんですよ。
だから藤子にはちゃんと母性がもう宿っていて、だからそのことをね、私はちょっとそのシーンを思い出して、お母さんに伝えたいなと思ったんですよ。
あなたは立派に娘を育てましたよって、何かそういうふうに言ってあげたいなって、そんな気分になりました。
やっぱりご両親とか、特にお母さんなんかもね、お父さんもかな、人と同じでいてほしい。
人と同じ道を歩んで、結婚というその、結婚がゴールでね、旦那さんを支える、家庭を支えるっていうことを自分の娘がやるのが、もう普通の幸せ。
もう普通だと思っている。その思いがやっぱり今でも、親としてはもしかしたら強いかもしれないですよね。
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子供に自分の意見を押し付けて、自分の引いた、自分が、自分たちが親として道を教えてあげる、ここをまっすぐ歩んでいけばあなたは幸せになるからって、
それが押し付けとは知らずに、いつの間にか子供に対して何かを言っているかもしれないじゃないですか。
私も自分の子育てとかを思い返してみると、かなりね厳しくしてきた部分があって、でも今はやっぱり娘のね、やりたいことを応援できる。
決してね、パパが言っていることだけが人生じゃなくて、自分で考えて自分でどっちに歩んでいくかっていうのは決めていいんだよっていうことをね、本当に個性でもありますし、
普通が当たり前じゃないし、普通で安心している人生っていうのはね、きっとつまんないと思います。
なので子供の意思っていうのもね、尊重していけたらいいなって感じました。
はい、というわけで、今日もですね、パリに咲くエトワールの映画レビューをしてみました。
ちょっとふと思い出したことでしたので、こうやって自分にも本当に子育ては失敗じゃなかったと、これでいいって思える瞬間必ずね、来ると思うんですよね。
だから私もまだまだいろいろ道に迷ったり、そういう迷う娘のことをね、受け入れきれていないところもあるかもしれないんですけど、やっぱり子供が自身で自分でやっていることっていうのをよく見てあげる。
で、1回受け止めるっていうことはすごく大事なんじゃないかなと思いました。
最後まで聞いていただきありがとうございます。また次のラジオでお会いしましょう。ナンバルワンでした。元気でいてくださいね。