具体例1つ目終わり。
具体例2つ目は、私はよくそういうところに相互するんですけど、
弊社で特定の処理、特定の手続きを踏むのに、
いろんな書類を見てから依頼しないといけないっていう、そんな手続きが社内によくありまして。
それを無視した結構イレギュラーな依頼の仕方とかも、できることにはできるっていう。
そういう時に、ちゃんと読んでほしいなみたいな。せっかく書いてるのになみたいな。
一言目に、いや、そこに書いてるんですけど。
てか、この手続きにやってほしいんですけどみたいな。書かれてて、ごめんごめん、そんなつもりじゃなかった。
悪気はなかったってやつですね。
両方とも結論、悪気はなかったっていうのが、第1世として出てくるんですけど、
すっごいいろいろ考えた結果、言い訳にはならないような気がしてる。
で、軽所の見解を聞きたいなっていうのと、
あとその一方で、僕は結構悪気がなかったら割と人のことを許しがちなんですけど、
逆に言うと、悪気があることに対して怒ってるのであって、悪気がないということを聞いた時点で結構許しちゃう。
いろいろ。なんだけど、世間的にはそうでもないんだろうなっていうのを、いろんな経験を通して感じていて、
なんかその軽所の話というか、見解を聞きたいなと思っている。
それはベストチョイス。
ベストチョイス?
ベストパーソンチョイス。
ベストパーソンチョイス?
悪気専門家です。
ということ? 軽所結構悪気を持っていろいろ行動してるってこと?
悪気というものに対する専門家。もうあの、経験し尽くした、研究し尽くした。
あ、そうなんだ。
悪気パーソナリストと言われてる。
パーソナリスト?
悪気コーディネーターと言われてる。
コーディネーター?それ悪気するめっちゃうまい人じゃない?
悪気エグゼクティブと言われてる。
エグゼクティブ?経営官部になっちゃった。
そうなんだ。
CEOW。
最後のW?悪気?
悪気。
それだったらCWOだけどね。チーフ悪気オフィサーだけどね。
じゃあCWOで。クオ、クオと呼んでください。
じゃあ本題に入りましょうか。
クオの僕からしたらですね。
CWOで言ったのね。
悪気がなかったら、僕個人としては、まずね、許す側と悪気をする側の立場でまた意見変わると思うんだよな。
で、仮に僕が許す側だとしたときに、悪気がなかったら基本許してます。
いや、それ非常によくわかる。
例えば相手に失礼なことを言われたとして、例えば容姿いじりとかを僕がされたとして、本当にその容姿をいじろうとして、
容姿いじりってさっき言っちゃったあれやな。何か身体的な特徴に関して相手から言われたとして、本当に明確な悪意を持った容姿いじりなのであれば怒るし、
ごめんちょっとそういう意味じゃなくてとか、こういうことを伝えたかったんだよっていうのがしっかり誠意と一緒にわかれば、
もやもやは残るけど、その人に対する本気で嫌いとかにはならない。
それが何か繰り返されるようなら、また別の話やけど、その瞬間で言うと許そうかなと思う。
その根幹としては自分も悪気なくやっちゃうことがあるから、自分がやってしまうようなことは相手にも許してあげたいなっていうのがあって、許す側なんですよね。
世間的にちょっと広げると感覚半々、いわゆる悪気がなかったら許す人半分、それでも許さない人半分ぐらいなのかなと。
SNSを特に見てると思う。何ならSNSだけに限って言うと、悪気がなくてもダメって人の方が多い気がする。
SNSの場合は悪気はあるだろってめっちゃ言うね。
見えないからね。
いろんなこのデータを使って悪気があるに違いないという結論になってる気がする。
この人の過去のポストを掘り下げたんですけど似たようなこと言ってましたよみたいな。一回目じゃないよとかね。
もしこの発言するってことはこういう思考過程をたどってるに違いなくて、この思考過程は悪気であるみたいな。
よく見るね、そういうの。
っていう論法が結構ある気がしますね。
戻すと、見と拷問の門所、あれで例えて話を進めたんやけど、
いって僕は世間一般的にも僕の考えとしても悪気がなかったら免罪符としては機能する。門所の効力はあるとは思いつつ、
じゃあ見と拷問の門所って海外で使えるのって言うと、多分効力発しないと思うんですよね。海外の人にある意味してもはははだとならない。
という例えのように、発する場合と発さない場合がある。それは今国内海外の場所で言ったけど年代なのかもしれないし、
どっかにボーダーはあるんやけど、許される門所の効果は否定しない。けど万能じゃないよっていう感じかな。
プラス、悪気があるかないかって結構主観に思えるやん。
例えばさっきの僕が例やけど養子をいじられた時って悪気なかったって言葉では何とでも言えるけど、本当にあるかないかってその言った本人の主観でしかないやん。
けど主観に見えて実は悪気って客観なんだよと思うよな。周りがどう思うか。
例えば身長ちっちゃいねって言った時に、あそうだよ何かみたいな人もいればものすごく傷つく人もいて、言った人にそれに悪気があったかなかったかさておき、結局その客観的に判断される部分があるよね。
一般的には身長低いって人に言うべきじゃないでしょう。これは絶対悪意を持ってるはずだとかさっきのSNSの声じゃないけど、悪気というものに対しては本来主観であるべきなんやけど、
ことこういう議論をするにあたっては、周りがどう思うかっていう要素が入ってきちゃうから、どうしても許せない、自分は傷ついたからっていう人は絶対いるし、それは正しいと思う。
例えばハラスメントとかもそうやと思うね。あれさ悪気がなかったで許されたらさ、セクハラパワハラやり放題やん。
でもあれは客観という要素がそこに入るから悪気がなかったと言いつつも、明確に人の前で怒鳴りつけてたら、悪気の生むどころか一発アウトになる。
これは知らなかったで可愛いので許される。けど、それ50歳の方とか60歳の方とかがテーブルマナーを知らなかったら、同じ基準で許されるかって言うと、世間的には、いやいやその年齢やったら一般常識として知ってるはずじゃないみたいな。
同じ知らなかったという、まあ悪気がなかったの、別の例えとしてね。
同じ知らなかったでも、なんかラインがあると思うんだよな。
なんかあるね。脱税してました。知らなかったです。みたいな。
難しいよね。
これは普通に脱税でいいと思うんだけど、つまり経営者だったら税について当然詳しいべきで、知らなかったら許されないよねみたいな。
僕今パッと思ったのがYouTubeとか。中学生高校生とかでもできるやん。
で、税金がなんとかって知らなかったっていうのはまあまあギリわからんではないけど、まあ経営者ととなって脱税知らなかったはちょっとあれやな。
まあでも、というより何だろうね、個人的話になった瞬間にそうなるっていう話だと思ってて。
だから、何だろうね。
何だろうね。なんかその立場にやっちゃうと、知らないことが罪になる領域の知識が存在すると。
お金を稼ぐみたいなことに手を染めると、手を染めるって言ったらいいけど、最低限の自分がこれぐらい税金を払わなきゃいけないとか、
見積書とは何かとか、発注書とは何かとか、そういうのとかは多分最低限知らないといけなくなって、
でもその瞬間にその人にとってそこに関する知らないは罪になっちゃうというか、ダメになっちゃう領域はあるよね。
最近さ、SNSでたびたび炎上してるんやけど、
何やったっけあれ。
人が亡くなるっていうことを結構暗優的にネットで無言の帰宅をするみたいなとかがあって、
ニュースのアカウントか何かで〇〇さんは無言の帰宅みたいな報道が出た時に、リプ欄で何か言って帰ってきたらどうやみたいな。
いわゆるそれが通じなかった層がいて、めっちゃ炎上してん。
で、大人になってそんなことも知らないのって。無言の帰宅ってそういう意味だよみたいな。
リプの人は本当に知らなかったのか、ボケで言ってんのか、それはやっぱりSNSは分からんのよね。まずその人の年齢も分からんやん。
それに対して、攻める派と擁護派がいて、僕はどちらでもない、強いて言うなら擁護派なんですけど、
まず相手の年齢も出地も、どういう人生かも分かんない状態で、その人が知らないことを叩くのはなんか不要意だなと思って。
あれXって何歳からできるんやっけ、14歳からできるんやっけ。
まあありそうですね。
すごい若い人やったら通ってきてなくてもしょうがない、そういう人なのかもしれないし、
知らないことを叩くんやったら、叩く人って全ての隠喩表現分かるんですかと思うし、ボケツ掘りやんと思うし、元の理論に戻るけど、知らなかったら次から気を付ければいいだけ。
そんなこと言ったら、あなた小学校の時に問題間違えなかったの?みたいな。間違えたから次覚えて点数丸にしていくんでしょ?みたいな。
最初からずっと100点なんですかあなたはって。知らないことを知って、それで進んできたんでしょ?と。
全員が同じ物事を同じタイミングで知るなんてことは世の中的にありえないから、知る順番ってあるやん。
そうね、まあそうなんだけど、なんか多分あれだよね、SNSを始めた瞬間に知らなきゃいけない知識群はありそうだけどね。
なんか人に悪口言っちゃいけませんとかね。
まあね。例えば。
だからまあ過剰に叩きすぎられてたからそれはかわいそうやなって思った。だってその人がもう次学ぶ機会を失うやん、そんなこと言ったら。
せっかくね、壁にぶち当たったのにと。まあもちろん、家族の方ね、家族って言ってしまったあれやけど、
方からしたらその勘違いされたリプとかもし目に入ったらさ、結構辛いかもしれんやん。ちゃんと帰ってきたわけじゃないんだよっていうのは。
まあそういう意味では人を、確かに傷つけかねない発言ではあったけど、
まあ安易にこう知ってる知らないだけで許せる許せないのラインが一本あるわけじゃないんやなと思ったな。