リテラチャーサークルの導入
第89回だと思います。
高校国語について話すラジオの時間となりました。
この番組では、高校の国語科教員であるなんばが、
普段の授業の話や、研究の話などをして、国語科の先生なみならず、
いろんな先生に、授業や教育について考えてもらうことを目的としたラジオです。
みなさん、こんにちは。パーソナリティを進めます。
なんばむっとです。よろしくお願いします。
リテラチャーサークル続報です。
2年生の文学高校の授業で、
リテラチャーサークルを前回、以前のお話で紹介させていただいたんですけれども、
ざっくり前回のお話を言うと、
リテラチャーサークルという読書教育の海外の手法で、
役割を決めて同じ文章、書籍を読んでいくというものなんですね。
その役割がいろいろあって、文章の内容を絵で起こす人だったりとか、
あとは文章の中で疑問をたくさん挙げていく人だとか、
自分に関連づけて感想というか、考え述べていく人、
あとは重要だと思った表現を抜いていくみたいな、
という大きく4つの役割がベースとしてあって、
あとはいろんな役割があるんですけど、
その役割ごとに文章と向き合って、
それで出てきたものをファンの中でグループで共有していくみたいな、
という読書教育の手法、リテラチャーサークルというのが入ってきて、
それで最初はカバン、
カバンを読んでみました、というところで紹介させていただきました。
前回のところで反省点としては、
結局完璧に理解するというか、
国語科の授業で精度化して内容を把握していくみたいなものを、
結構生徒たちもイメージをしていたので、
これだけだとちょっと不安だみたいな、ということがありました。
それを踏まえて、今、量識派という、
短いね、安倍公募の違う側なんですけど、
リテラチャーサークルをやってみました、というような感じです。
カバンのときは、合計3時間で構成をしていて、
1時間目には準備時間、2時間目には同じ役割の人たちと交流、
3時間目に他の役割、いわゆる普通のリテラチャーサークルを行っていく、
みたいな感じです。
量識派の授業実践
量識派の文章は、教科書見開き1ページくらいになっているので、
文章としても短かったので、
前回の反省と準備時間で1時間、
同じ役割と他の役割の交流2活動というか、
1時間の合計2時間で展開をしていきました。
そしたら、一番最初に、前回の反省でね、
みたいなことを話をしていったときに、
一番最初に授業では説明していたんですけど、
これテストには出さないからね、みたいなことを言うわけですよ。
そしたら生徒たちが、え?みたいな。
出ないんですか?みたいな。
うん、出ないよ、みたいな。
で、出ない代わりに小論文で評価するよ、みたいな。
あ、そうなんだ、みたいな。
わーわーわー、みたいな。
だから、授業で細かく解説をしていくってことは今回しないよ、
それが今回の目的ではないからね、みたいな話をするわけです。
で、えっと、例えばって話で、
映画とかで、見ててトマシとアダコーダーで解釈を伝えるけれども、
別に何かが改善されるわけではないよね、みたいな。
もっと知りたくなったら自分で調べるじゃん、みたいな。
それが日常の、普通の、実社会で、実生活で行われる活動だよね、みたいな。
リテラチャーサークルも実はそうだと思っていて、みたいな。
自分で調べて、自分で考えて、共有してみた。
で、なんだけど、なんで例えばタイトルがカバンなんだろうとか、
そういったところは気になるんだったら考察読んでみなよ、みたいな。
自分でいろいろ調べておいで、みたいな。
で、最初に一応それをやらないっていうか、やらないのは、
自分たちの気づきとかがなくなっちゃうから、
そういうことは授業内では最初にはやらないよ、
自分たちに見てもらってよ、みたいな。
そんなことを話していきました。
生徒たちは最終的には、ああ、なるほど、みたいな。
不良したというか、目的地が違うんだっていうところとかも踏まえて、
総合的に何か考えてくれたのかなと思います。
そうなんですよ。で、やってみたんですよ、量識派。
めちゃくちゃ面白かったですね。
カバンも面白かったけど、1回目で活動に慣れて、
カバンで活動に慣れているので、量識派でもね、
どんどんメモの書き方が変わったりとか、
すごいして、ああ、いいね、いいね、みたいな。
で、やっぱり象徴性で、何で鶏なの?とか、
授業中にもこちらから問いかけがあってもいいものなんだけど、
やっぱり向こうが気づいてくれたりとか、
途中でひらがな表記とカタカナ表記が切り替わる場所があるんですけど、
何でそれなんだろう?とか。
あとは最後の一文が、量識派って、
鶏が結局最後は多数決ではないですけど、
量識派と言われる多数の意見で、
物事を批判的に見ていた鶏が排除されるではないですけれども、
それで結局、自分たちが自由に生きられる世界っていうことではなくて、
檻の中で餌をもらってっていうような、
そんなような今の状態になっちゃったっていうものの偶和が示されているんですが、
最後だけ、その後のことはみんなが知っている通りであるみたいな、
象徴性の考察
その最後一文があるんですけど、
それがすごくそこだけリアルだとか、
っていうふうに本当にいろんな観点で気づきを得てくれて、
すごい良かったなと思いました。
これが教室空間で、やっぱりそういう物語を読む経験なんだなって。
やっぱりテスト、良くも悪くもですけれども、
今までテストが当たり前で、
それに問われるから読んでたみたいな節もあるんですけど、
そういうものだけじゃないよなって。
そういう本当にいろいろ考えていろいろ話してっていう活動自体が、
すごく貴重なものなんだなっていうことを感じましたね。
めちゃくちゃ良かったですね。
で、なんで鶏なんだっていう、
結局愚かな象徴として鶏がおそらく用いられていると思うんですが、
一応やっぱり文学国は前任者がいて途中から変わっているものなので、
前任者がモチーフ、象徴性とかはやってくれていたので、
ああ、鶏は一応ね、みたいな。
こういう熟語がいっぱいあって、
敬明とかがあって、何とかがあって、とかって紹介しながら、
頭がちっちゃいじゃん、みたいな。
だから馬鹿の象徴とかって言うんだよね、みたいな。
で、何とかレース、競うレースあるじゃん、みたいな。
あれ何レース?チキンレースですね、みたいな。
鶏とはイコールではないけども、
何でチキンレースって言うんだろうね、みたいなのとかして、
注意力3万でとか、そういうビビリで、みたいな意味が
マイナスイメージとしてはあるんだよ、とか。
そんなような話をしながら、
あとはイラストレーターで自分も気づかなかったところですけど、
鶏が出てくるんだけど、やっぱりイラストを見るとみんな、
鶏、オスメスどっちのイメージで描いたの?みたいな。
考えてなかったです。
イラストを見てみるとオスだと思います、みたいな。
私、メス?みたいな。
出てきて、めちゃくちゃ面白いね、みたいな。
何かの物事を決めて判断するときに、
オスってイメージがあるのかな、みたいな。
イラストレーションの重要性
確かに、とかっていうような話ができたりだとか。
やっぱりイラストレーターってすごく、
絵でやっぱり画力とかにも寄っちゃうので、
文章、文字を絵で表すことの適比とかも
述べられたりはするんですけれども、
ただ、やっぱり行間を読むではないですけど、
語られてないところまで思いを馳せていくっていうのは、
イラストレーターの重要なスキルかな、力かなと思っていて。
例えば、作中で人間が出てくるんですけど、
人間の表情なんか全く描かれていないわけなんですよ。
そこにはどういう表情で示すかっていうのは、
イラストレーターの解釈が入ってくるんですけど、
表情を似合って描いてるやつがいたりとか、
ふんって険しい顔をしてたりだとか、
っていうところとか。
あとは人間っていうものを具体的に想像せずに、
いわゆるメタンテコナンの犯人のハンザーさんみたいに、
ぼやっと描いていたりだとか、
っていうのとか見てすごく面白かったですね。
だからやっぱり鶏に焦点が当たっている世界観を
みんなは想像してたんだなっていうところは、
いいねいいね、それが語りっていうフレームだよなとかって思って、
すごく楽しくなりましたね。
レシートからもやっぱり前向きな考え・感想が出てきて、
やっぱりそれは文章を書くよとかにも
従って出てきてるかなと思います。
全然なんかできないよとか書けないよとかって
言われてるんですけど、
こんな風にたくさん書けましたとか、
そんな話をしていて、
おー面白いね、いいじゃんいいじゃんみたいなことをして、
すごく授業としても楽しいです。
悩んでるところとしては、
最初は小論文で、
登場人物と自分が近しいと思う点はどこですか?
みたいな、いろんな登場人物から
いろいろ比較をさせようと思っていたんですけど、
それは提示しているので、
今回は外すわけにはいかないんですけど、
3つの文章を読んで、
一番最後の評価というか、
あれとしては、
この3つの文章で共通する要素を
キーワードとして挙げるとしたらどういうことですか?
みたいなタイトルではないですけど、
キーワードでその文章の3つを関連させて、
読ませようかなと思っています。
っていうのも、やっぱり今回のところだと、
カバンも制限込みの自由、
量式版もやっぱり自由がテーマで、
参照文も憧れとかがあるけれども、
他の人の自由を奪ったとかっていう、
自由っていうところでは、
結構共通しているかなと思っているので、
それがうまく最後のもう一本の論述で、
追加お題として評価をしていこうかなと思います。
その評価の方は、
ガッツリっていうよりも、
みんな生徒には、
最初に提示した自分と近しい点というところで、
それが思考判断表現に入れるよとは言っているので、
知識技能のところで結局、
接続とかそういうところ、
何を書いたっていうよりも、
どういうような文法技術でやったかっていうところを
ベースにしながら評価をしていくか、
あとは、2本の小論文を読んで、
この単元のABCをつけていくか、
かなと思っています。
ちょっとそこら辺はまだ最高の余地があるので、
なんとも言えないところではあるんですけど、
ひとまずはそんな感じで。
授業の展望
小論文といえば論理国語の方でも、
パフォーマンス最後やる予定の論文が、
ちょっとぼんやりしているので、
早急にやらなきゃいけないなと思っているんですよね。
まあまあとはいえ、
いろいろと試して、
生徒たちとも考えながらやっていきたいと思いますね。
なので結構、最初のリテラチャーサークル的には
大丈夫かなと思ったんですけど、
2回で見れてみたら、
うん、いけるだ、これ、大丈夫かって、
今見通しがつきました。
この後が短めのものだったんですけど、
次が重めの3章になりますので、
重いっていうか文章が長いっていう意味で、
重いんですけど、
それがどういう風になっていくか、
楽しみですね。
ということで、
また今週あたりから3章に入っていきますので、
3章の紹介もぜひ皆さんと共有しながら、
やっていきたいなと思います。
ということで、リスターの皆様、
改め生まれの皆様、
いつもいつもありがとうございます。
皆さんもね、たぶん様々なチャレンジ、
授業でしていると思いますので、
ぜひ教えてください。
では、ありがとうございました。