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2021-03-03 17:12

エクセレントボーイ(後半)

息子の秀人が学校から居なくなった。
必死に探す愛と由治、そこで見たものとは?

●脚本: ゆきえ/●演出:内田岳志 
●出演:愛: 杉山さくら/由治: 宅間 脩起/秀人: 松見ひな子/ 真奈: 小谷野莉奈/看護師: 椿 祐里佳/担任教師: 吉田大輝/校長: 溝端亮/さえ: 中川奈緒
●編集・効果:昆 優太/●スタジオ協力:専門学校東京アナウンス学院/
●プロデューサー:富山真明/●制作:株式会社PitPa

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00:00
ヒデトの行くべき場所が見つかったのかも知れないという安心を感じたのも束の間、再びヒデトが問題を起こした。
学校から連絡が来たのだ。 ヒデトが学校から消えたと。
学校内はすでに探したが姿がなく、 郊外に出て行ってしまった可能性があるらしい。
学校に向かうと三年生の娘のマナが校門のところで待っていた。
クラスの男の子がヒデちゃんが学校の外を走って行くのを見たって。
どっち行ったって? あっち。
娘の指差す方向。 それはあのフリースクールのある山の方向だった。
家にはいないし、家からここまでもいなかった。 きっとこの前のフリースクールへ行こうとしてるんだ。
マナ、ありがとね。あなたは授業に戻って、パパとママで探すから。 ちゃんと見つけるからね。
ここからフリースクールまでは、 車でも一時間近くかかる。
歩きで、しかも道も定かではないところへ、 なぜ行こうとするのか。
一言言ってくれればいいのに。 でも、
それがヒデトだ。 ADHDの取る行動だ。
思いついたら即やらずにはいられない。 突き進んでしまうのだ。
夫の運転する車の助手席に座りながら、 無意識に握りしめた手のひらに爪が食い込んでいた。
大丈夫。心配するな。 あいつの身体能力は折り紙付きだから。
怪我なんてしないで楽しく歩いてるさ。 そうね、きっとそうよね。
でもその予想に反して、 ヒデトは夕方になっても見つからなかった。
フリースクールの先生たち、 学校の先生も探し回っているのに、
一向にその姿を見ることも、 声を聞くこともできなかった。
ねえ、警察に連絡した方がいいの? 警察か。
このまま見つからなければ。 私、もう一度スクールから学校に戻るルートを歩きながら探してみる。
分かった。 じゃあ、俺は道の反対側を見ていくから。
すでに道を行く車は、 ライトを照らしながら走っている。
幹線道路沿いはすでに多くの先生方が探してくれている。 ヒデトならどこを通るか考えて、
自分の中でヒデトを想像し、 道の両サイドのあぜ道へと降りる。
草が生い茂り、気をつけないと足を取られそうになる。
ヒデト! ヒデちゃん!
03:02
どこにいるの? 返事をして!
でも聞こえてくるのは車の走行音だけ。 もう8時間近い時間が経っている。
ご飯も食べずに歩き続けているのだろうか。 たった6歳の男の子が、
不安に涙が溢れてくる。 泣いている場合ではない。
きっとどこかで私を待っているのだから。 草をかき分け、速攻の中も確認しながら進んでいく。
子供はたった数センチの水で溺れることもあるのだ。 そんなことは起こり得ないと思いつつも、
草をかき分けるたびに、水に顔をつけて倒れている 子供の姿を思い浮かべてしまう。
ヒデちゃん! どこなの?
いたら返事をして!
叫んで辺りを見回した時、 不自然に割れている草むらに気づいた。
そこには小さなスニーカーを履いた足が、 田んぼの水の中に浸っている。
ヒデト! 私はもつれる足で、
草に溺れるようにして走り出した。 ヒデトがうつ伏せで倒れていた。
道の反対側のヨシハルを呼び、 私はヒデトの体を探る。
上向きにしてヒデトの口元に頬を寄せる。 きちんとした呼吸音と吐く息を感じる。
首に触れた指先にも、 力強い脈が感じられる。
よかった! ヒデトは大丈夫か?
うん、ちゃんと生きてる。 きっと疲れ果てるまで歩き続けて倒れちゃったのよ。
通り過ぎる車のライトに照らされるヒデトの顔は、 疲れて青ざめていた。
ヨシハルが上着を脱いで、 ヒデトにかけて抱き上げる。
病院に連れて行くか? そうね、うちの部員に連絡して。
そう言って立ち上がろうとしたが、 なぜか腰から力が抜けて立ち上がれなくなっていた。
あれ?立てない? 自分でもびっくりしてヨシハルを見上げた。
そんな私をヨシハルが泣き笑いのような表情で見下ろしていた。
急にホッとしたからだ。もう大丈夫。 見つかってよかったな。
その夫の言葉に、ぐっと力を入れていた心までもが解放され、
06:05
抑えていた感情がダムの水のように溢れ出た。
涙とともに、子供のような泣き声が自分の口から流れ出る。
恥ずかしいと思うのに、止めることができずに両手で顔を覆う。
ヨシハルがヒデトを抱えたまま、隣にしゃがみ込むと、
私の頭をそっと撫でる。 よく頑張ったな。
愛。 その夫の言葉に、ぐっと力を入れていた心までもが解放され、
抑えていた感情が溢れ出た。 怒涛の一日が終わった。
本当にごめん。 大丈夫。ちょっと熱が出ただけ。寝れば大丈夫だから。
夫の仕事の納期が明日に迫っている中で、私の発熱。
夫は娘とヒデトを連れて、夫の実家で仕事を終わらせてくると言ってくれたが、
ヒデトがどうしてもここに残るとダダンをこねた。 夫の仕事には集中力が必須だ。
手のかかるヒデトをお母さんに丸投げするのも申し訳ない。 夫には娘のマナだけをお願いして、
実家に行ってもらうことになった。 ヒデちゃん、ママお熱出て具合悪いから、隣の部屋で寝てるからね。
静かにしていてくれる? うん。
宛にはできない運だけど、 ひとまず寝よう。
だが、 10分もしないうちに、隣の部屋からは大きな音がし始める。
うるさい。 1年生に静かにしていろというのは難しい。
ヒデトなら、その何倍も難しい。 こうなると一軒家が欲しいなぁ。
庭があったらヒデトも思う存分暴れまわれるし。 なんて、
取り留めのないことを考えながら、 気がつけば眠りに落ちていた。
窓の外暗い。 いつの間にか熟睡していたらしく、
もう午後7時を回っている。
ヒデちゃん? 私は急いで隣の部屋に駆け込んだ。
ヒデトの姿はなく、代わりにキッチンで 泣きながら立ち尽くしているのを見つけた。
09:06
ヒデちゃん何やってんの? 私は一瞬、ゼックしてしまった。
ヒデトの髪にも服にもご飯の粒がたくさんくっついている。 そして次に目にしたものに、
はっと息を飲んだ。 ヒデちゃん、火傷!
ヒデトの両手がご飯に覆われていた。 すぐにヒデトを抱き上げて流しの水で冷やし始めた。
ご飯が水に流されて、小さな手全体が真っ赤になっている様子が、 はっきりと見えてくる。
やだ!洗わなくていいの! 洗ってるんじゃないの!冷やしてるの! 火傷してるでしょ!
手を水の中に抑え込もうとするのに、 ヒデトは泣きながらも、何故か抵抗して暴れる。
ヒデちゃんいい加減にし… 私は大きな声を上げて怒鳴った。
聞き分けのない子供を、 なんとか静かにさせようとして。
でも、それに返されたヒデトの言葉は、予想外だった。
ママにご飯を作ってあげ…
私に? そう言われて、
後ろを振り返ると、 床の上には、
ひどく小さくて、不恰好なおにぎりが並んでいた。 炊飯器にはいつもヒデトが使う、
クマのスプーンが入れられ、 朝ごはんにヒデトが大好きで食べる、
味付け海苔は、 フィルムが剥がされて、床に何枚もまっている。
パパが言った、今日は、 僕がパパの代わりに、
ママは今日ねんねしないといけない日だから、 僕がママにご飯を作って、
それなのに、僕、全然うまくできない。
私はヒデトを床におろし、 悔し涙を流している息子を抱きしめた。
ヒデちゃん、ママのためだったんだね。
怒ってごめんね。ありがとう。 だって、
僕ちゃんとおにぎり作れてない。 ご飯が熱くて、何回も床に落としちゃったし、
12:02
ママみたいに三角にできないし。 ごめんね、ママ。
僕ちゃんと作れなくて。 私は、
知らぬ間に成長していた息子に、 嬉しくなって涙を流した。
私は、今まで何を悩んできたのだろう。
他の子供と比べて、 悲嘆していただけだったのではないだろうか。
私は看護師なのに。 どうしてADHDをきちんと理解してあげられないのか。
どうしてちゃんとしつけられないのか。 考えてみれば、
どれも私がだ。 私が人にどう見られるかを気にしていたのだ。
そうではない。 主役は私ではない。
ヒデトだ。 ヒデトがどんな風に成長しているのかを、
見てあげなくてはいけなかったのだ。 1週間前より、
どこが成長したのかを、 見なければならなかった。
そして今、ここにいるヒデトは、 最高の男の子に成長してくれているではないか。
自分のことすら、まともにできないと思っていたのに、 悪戦苦闘しながら、
私のためにと、おにぎりを作ってくれるような、 優しい子に育っている。
ママ、ヒデちゃんのおにぎり食べたいな。
お皿のおにぎり、食べていい?
うん。 ママ、食べて。
ヒデトはまだ、 溢れてくる涙を拭いもせずに、
お皿からおにぎりを一つ取り上げる。 真っ赤な小さな手で、
一生懸命に握った、不恰好なおにぎりを、 大事そうに差し出してくれる。
ママ、どうぞ。
ありがとう。
一口で食べられる小さなおにぎり。
でも、そこから溢れてくる愛情は、
今までに食べたどのおにぎりよりも大きかった。
すごくおいしい。 ヒデちゃん、ありがとね。
うん。
ヒデトの頬の上を、 涙の雫が流れ落ちていく。
その涙を指で拭って、 もう一度胸の中に抱き寄せる。
15:05
これからも、きっと大変なことは、 たくさん起こるだろう。
でも、今日の幸せがあれば、 乗り越えていける。
この瞬間、私はそう確信した。
ママのお腹、ポコンってなった。
お腹の中のヒデちゃんの弟か妹が、 お兄ちゃんありがとうって言ってるんだよ。
ほんと?
ヒデトがお腹に口を寄せる。
お兄ちゃんだよ。 早く一緒に遊ぼうね。
ヒデトはきっと、いいお兄ちゃんになる。
私は、未来の5人になった家族を思い浮かべ、 幸せな気持ちでいっぱいになった。
そして、心の中でささやいた。
ヒデちゃん、ママの子供として生まれてきてくれて、 ほんとにありがとう。
出演 杉山さくら 拓磨直行
小屋のりな 松見ひな子
脚本 ゆきえ 演出 内田たけし
編集・効果 コン優太
協力 専門学校東京アナウンス学院
プロデューサー 富山正明
制作 株式会社ピトパ
17:12

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