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  2. 148. 美意識を鍛えて実践しよう
2023-06-30 33:58

148. 美意識を鍛えて実践しよう

「美意識」という隠れステータスをどう鍛えて衰えを防止するかという話、美意識の中にある感動と感覚・老いと鈍感・コストとデバフの関係性、制作仕事のクオリティを劣化させないための気合について。

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00:01
美意識を鍛えて実践しよう!
タメになるシリーズ第3弾みたいな感じなんですけれども、
最近ものすごく美意識という概念についてよく考えています。
どういうきっかけで考えるかというと、
もうこれは美意識の問題だから仕方ないんじゃない?みたいな、
そういう会話みたいなものを目にすることが多くなったというか、
自分も言っちゃうこともあるし、みたいな。
これはどういうことかというと、
よしやしを明らかによしかあしかみたいなので、
ある程度広い人が判断できると思うんですけれども、
ある一定の価値観であったりとか、
美しさに対する意識みたいなものが、
それの有無であったり代償であったりで、
分かり合うことがマジで完璧にできなくなるっていう瞬間が結構発生してるんですよね。
その言葉が出るのが、やはりその若くなくなってからっていうのをすごく感じるんですよ。
やっぱりキッズの頃というのはそんなことなかった。
もちろんその有無に気付く、
なんでしょうね、美意識みたいなものが自分に備わってなかったという言い方もできるんですけれども、
いやこれどうやら違うぞと思って、
なんでこういうことが発生するんだろう、
じゃあそもそも美意識って鍛えることができるのだろうかとか、
そもそも鍛えるものなのだろうかとか、
それはセンスという謎の言葉に表されるようなことなのであろうかとか、
いろいろ考えてたんですけれども、
ある程度こういうことじゃないかなって気づいたことがあるので、
今日はその話をしてみたいと思います。
めちゃめちゃ厳しいことを言うと、
美意識がない人は無理ですっていう感じにはなります。
特にものづくりの仕事をしている場合はですね、
全く通じなくなるっていう経験が結構あります。
皆さんもあると思います。
これでいいと思ったの?
すごい厳しい言い方になっちゃってると思うんですけど、
もっと根本的な、マジで本当根本的な話で、
例えば、なんかそうですね、
シャツにめちゃくちゃお醤油のシミがついてる状態でカメラに映るとか、
いや、もっとですね、もっとだと思う。
誰かに渡すプレゼントの袋がビリビリに破けているみたいな、
そんなことあるって思うでしょ。
でもね、あんのよ。
意図っぽいのも存外雑な方だと思うんですよ。
むしろ雑だからこそ、本質的にはかなり雑だからこそ、
意識しないと怒られるというか、
03:04
マジ?っていう感じになっちゃうからこそ、
お仕事の現場ではものすごく意識をしてるんですね。
本質と全く違う努力をしてるんですけれども、
雑なところがいいところとかよく言われますからね、
意図っぽいのの場合はね。
なんですけれども、結構それぐらいやばいのを、
お客様がいる、発生するような、いわゆるお仕事の場所でやっちゃうっていうのは、
実を言うと結構あると思うんですよ。
それに対して、最近意図っぽいのはもう、
やる気の問題っていう言葉で全て片付けているんですよね。
やる気があれば基本的には能力がなくたってカバーできる。
やる気と時間さえあれば、その時間というのはコストとも言えるので、
やる気とコストがあれば基本的にはだいぶできる。
そしてそのコストを払うっていうのは、それもやる気マターである。
すなわち全てやる気なのである。
能力は関係ないっていう。
これ結構自分的にもいい言い方だと思うんですよ。
その、なんでできないの?みたいなひどい質問をしないからっていう。
だって、できないものになんでできないの?っていうのってものすごくひどいことじゃないですか。
というか、だってなんでできないのかもわかってないみたいな状態でしょ。
意図っぽいのもその、マジでちびっこの時は、
っていうかもう、なんでしょうね。
比喩ではなく本当に子供の時は、なんでできないの?って言われたって、
でも、逆切れして泣くことしかできなかった記憶がすごいあるので、
特に親がめちゃめちゃ厳しかったっていうか、
結構もう半分ヒスイックみたいな感じだったので。
まあでも今大人になって考えてみると、
意図っぽいのの、いかれた性格を育てる親ってマジできちいだろうなって思うので、
あ、大変だろうなって思うんですけど、
マジできついだろうなって思うんですけど。
あの、まあやる気がないからできないのであって、
やる気を出せば基本的にはできるっていう風に最近は自分のことも考えています。
それは、やればできるんだという話、
そういうジャーゴンではなくて本当にやる気マターって話ですよね。
ただですね、美意識に関してで言うと、
やる気マターと全く関係ないところにあるっていうところに最近気がついてしまって、
いや別にその、美しくある必要っていうのは必ずしもないと思うんですよ。
生きることに対して美しさというのが絶対に必要不可欠かって言うと絶対そうじゃないじゃないですか。
でも、まあ例えば娯楽品とか試行品とかエンターテイメントのジャンルで言うと、
むしろそういった無意味な美しさみたいなものこそが、
お金を払う価値を生むというのは皆さんわかることだと思うんですよ。
すなわち無駄とされるものこそが実は本質になってしまうというのが、
まあこの世界なわけですよね。
06:01
じゃあそれをどうすべきか。
でそれに対してやる気があれば美しくできるかって言うと、
そうではないってことは今皆さんもピンと、
まあそうだろうなって直感的に理解できると思うんですよね。
じゃあ何がキーワードなのか、
この仕事のクオリティを上げるためには何が必要なのか、
そしてそれはどうやったら身につけられるのかって考えた時に、
まあその正体は美意識だろうなっていうのは思いました。
自分一人でやるんだったら別にいいっちゃいいんですよ。
なんですけれども、人に見せてそれが価値を生むっていうところ、
すなわち他者が絶対に介在するし、
何だったらそれは他者とのコミュニケーションの一環でもあるってなった場合に、
コミュニケーションというのはお互いに文脈を共有しないとできないじゃないですか。
ってなると、その文脈というのが多分美意識になると。
なので全く文脈が足りてないとか、
違う文脈を持ってしまっている同士はコミュニケーションしようとすると、
そこには翻訳やフィルターが必要になる。
で、翻訳というのはものすごく高度な作業なので、
基本的には同じ文脈を持った人同士でコミュニケーションするのが硬いというか、
安心ですよねっていうのはまあわかると思います。
だけれども問題はですね、
例えばすごくたくさんの人が関わって同じ一つのものを作るっていう時に、
一人一人生きてきた歴史というのも違いますし、趣味も違うじゃないですか。
だから文脈というのが結構バラバラになるんですね。
すなわち美意識の統一ができないんですよ。
だからこそ、例えば映画監督とか、
ディレクター、本当の英語の意味のディレクターね、
日本でディレクターって言うと結構下っ端な感じになっちゃうというか、
ゲーム業界だとお金に対する責任はプロデューサーが、
面白さに対する責任はディレクターがって言ったりしますけれども、
もはやディレクターってたくさんいるし、
ウェブ業界に至ってはプロダクトマネージャーって大行な単語だけど、
やってることはディレクターっていうか落ち葉拾いだったりするし、
落ち葉拾い大事ですけどね。
ボール拾いまくるっていうのは非常に重要だから。
だけども、ジャッジをする人っていう意味での監督者っていうものっていうのが、
実はあんまりないんですよね。
それはなんか日本が、よくわかんないんですけど、
もちろん日本だけじゃないと思うんですけど、
業界によっては全員の創発性でものを作るみたいな、
そういう神話が結構信じられているっていう、
いとぽどはそれに対しては懐疑的で、
いやそんなことは絶対にないっていうのを思ってるんですよね。
なぜかというと、人間は全員が全員100%の馬力を毎日出せるかというと、
そうでもないし、お腹が空いていたら判断も誤るし、
もうどうでもいいみたいな、そんなことよりも競馬の結果が気になるみたいな気持ちになった場合、
これがよしとかあしとかマジでどうでもいい生き物になるんですよね。
なので、まあ無理だろうと。
ものすごく強い圧をかけられた人間が判断しないと無理であると。
09:05
それこそ今日、本日収録6月29日の深夜3時なので6月30日に撮ってるんですけど、
タンカーというか船の研究をしている海洋大の先生が来てくださって授業をしてくださったんですよね。
船長っていうのは基本的にはいつ叩き起こされても対応できるようにするんだと。
他の乗組員はだいたい4時間ごとの交代交代でやってるんだよみたいなのを教えてもらって、
やっぱり船長ってマジでそうなんだっていう。
その責任を取るってなんかよくわかんないけど、
さらに上の人がいて、何かしら評価されるみたいな感じだけど、
船の上って本当に生きるか死ぬかだし緊張感もあるじゃないですか。
船長がいるってなると、もう船長がマジトップオブザトップなので、
その人がまあ判断するようにしてるんですね。
だからこそ、もしもの場合にパッと意思決定ができるっていう感じだと思うんですけれども、
クリエイティブの現場こそ本当に大海原というか、
何が正解だかわからないし、生きるか死ぬかもわからないっていう状態でこっちであるっていう
暗中模索の本当に暗闇の中で、その方向をバッって示すのって結構勇気がいるし、
それを全員が走発的にやるって無理だと思うんですよね。
相当仕上がったチームというか、全員がマジでエース級でかつスレイブ的で、
ものすごく連動が高くないと無理だと思うんですよね。
チームが一つの生き物になってるぐらいじゃないと無理だと思う。
で、そんな人いない。
そんな人普通に転がってはいませんからね。
で、そういう時に意思決定の基準になるのが美意識なんだろうなっていうのは思っています。
で、この美意識なんですけれども、いくつか種類があるんじゃないかなと思っていて、
もちろん無限にあると思うんですけど、今回フォーカスして話すのは、
いわゆる再現をするっていうところと、
あとは、それこそ自分で走発するっていう2つの種類があると思っていて、
大きくね、もっと細かく言えばあるんだけど、話しやすいのはこの2つかなと思っていて。
その再現に関しては、自分が良いと思ったものとか、お手本とするものを再現しようとするっていうやつですよね。
で、ここの美意識に関しては攻略方法は明確で、たくさん良いものを見てそれを良いと認識する。
そして何が良いか悪いかっていうのを判断できる。
いわゆるそれはこれと似ている似ていないみたいな、これと同じような共通点があるないとか、
そういうものの見方を得するっていう再現性の美意識っていうのがまずあると思います。
これに関しては、まあコストをかければできると言われればまあできる。
だから大学時代になんかいっぱいいろんなものを見るといいよっていうのの肝って実はここにあって、
12:02
いっぱいいろんなものを見るじゃなくてさ、具体的にこれこれこれこれのためにこうやっていろんなところを見るといいよっていう風に教えてくれればいいんだけど、
そんなことを教えてくれるほど優秀な大人っていうのはなかなか世の中にはいないんですね。
分かってないけど生存者バイアスで言ったりするので。
でもまあ多分肝はそういうことだなと思っていて、
まあだから美大とかに行くと良いものを見る環境にあるよねっていう。
あとは先生がスキルを教えてくれるというよりもそういうものの見方とか教えてくれたりとか、
まあ自分が知らない作品を勝手に持ってきてくれたりするじゃないですか。
ググらなくても。
なのでそういう意味ではいい環境だと思うんですよね。
だって動かなくてもさ、先生の方から教室にやってきて知識をなんかバーって適当に言ってくれてってことでしょ。
動かなくてもいいってめちゃめちゃ最高だと思うんですよね。
なのでそういう意味でインプットはできるかなと思います。
ただこれ残酷な反面もあって、インプットしなかったら絶対に無理ってことなんですよね。
で、じゃあインプットすればいいじゃん、教科書があればいいのかっていうふうに考えたんですけど、
ああそれも無理だなと思ってしまったんですよ。
なぜかというと、ああこれっていいやつな気がするっていうふうに気づくためには感動する必要があるんですよね。
いわゆる心を動かす必要があって。
で、心を動かすって閉じとるとできなくなってくるんですよ。
なんかこれ知ってるみたいな感じでなんか処理しちゃったりとか、
あとそもそも体力がない、心を動かすってものすごく疲れることなので、
体力がないからできないとかもあるんですよね。
だからこそ疲れるものを避けるから感動するものを避けるってあるじゃないですか。
例えば皆さんも覚えあるんじゃないですか、同じアニメばっか見るみたいな。
新しい今期のアニメ見るべきだと分かっているんだけれども、うーん見れないみたいな。
うーんいつも何回も見ている作業用アニメを見てしまうとか。
まさにそれの始まりだとは思うんですけど、
これ糸っぽいの話ね。
ははははは、ふははは、ふははじゃないのよ。
ちょっともうちょっと危機感を持った方がいいと思うんですけど、我ながら。
はい。
で、まあなので大人になっていくにつれ感動がだんだんできなくなってくると、
それを学習するっていう機会もどんどんやってるつもりでやってないみたいな。
だからなんか映画を見るといいよって言うかもしれないけど、
ただただ作業用で映画を流してるのなんて、
ストーリーの内容をなんとなく知るっていうのはいいかもしれないですけど、
ほとんど意味ないと思うんですよね。
だって心を動かしてないからね。
そういう学習的には意味がない。
もちろん映画というのはそんな学習のためにあるようなものではないですけどもね。
はい。
心を動かすというのはそのトレーニング的なものでもない。
それもその通りだと思います。
で、もうあくまでもトレーニングできるのかという、
そういう尺度で今話しているので、
残念ながら教材扱いさせていただきますという感じです。
はい。
まあ心苦しいですが。
はい。
なので、大人になればなるほど、
もちろんいろんなものを知れる。
それは自分が自由に動けるからとか、
ある程度お小遣いをね、
中学生よりは持ってるとか、
なんかそういうのもあると思うんですけど。
でも、その一回のその効能というか、
15:00
その効果がだんだん薄れていくっていうデバフもあるので、
プラマイゼロじゃね?って思うんですよね。
しかも厄介なのが、
うーん、
多分、
なんでしょうね、
そのデバフがかかるのが早いと思うんですよ。
かなり早い。
もうこれ知ってるっていうふうに判断しちゃうので、
多分20代でも判断しちゃうんじゃないかなと思っていて、
そんな知ってるじゃないに決まってるんですよね。
同じのなんて存在しないので。
だけれどもそうして判断してしまうっていうのもあると思うので、
まあ注意したほうがいいですね。
具体的に言うと、
あのですね、
なんでそんなに感動とか美意識について
いとぽいと考えてるかっていうと、
そのね、
気持ちがこもったものってやっぱり伝わるんだなっていうのを、
改めて最近学ばされて、
本当に、
もちろん最初、
すごくいとぽいとそれを気にしてた、
気にするタイプなんですよね。
なので、
2回目の仕事っていうものに対してものすごく警戒心を抱くんですよ、
いとぽいとは。
それは自分がやる側じゃなくて人に頼むときにですね。
1回目はやっぱり感動とかドキドキがあるので、
結構そういう気持ちも筆に乗るので、
まあそれはイラストでありデザインであり、
映像であり、
文章でなり、
あとは出演なりって結構出るんですよ。
だけど2回目から急にね、
クオリティが下がるんですよね。
で、これって絶対に起こり得ることだと思って、
なんでだろう、
もう好きじゃなくなっちゃったのかなと思ったんですけど、
違うんですよね。
感動してないからなんですよね。
でも逆に言うとですね、
そういう最初のドキドキでもって、
その感動が筆に乗っていただけであって、
そもそも作品にその自分の気持ちを込められてないっていう、
めちゃくちゃ厳しい言い方もできるんですよ。
1回目のそれってバフじゃんみたいな。
っていうか勘違いじゃんみたいな。
で、これ自分もまさにそうだなと思って、
もう意図っぽいのはまさにそうなんですよね。
同じ作業するのが全然好きじゃなくて、
というか全然得意じゃないんですよ。
やればできますけど、
仕事って言えばやればできますけど、
やっぱり油のりが全然違くなるんですよね。
で、これなんでだろうと思ったら、
そういうことでそもそも気持ちが込められてないみたいな。
もっと厳しいこと自分に言うとすれば、
込めるだけの気持ちのHPっていうかMPの残りがもう少なくなってるんだろうなっていう。
もうそもそも貯蓄がないんでしょっていう話なんですよね。
そう、なのでやっぱ感動っていうのは結構大事だなと。
で、プラスそれはB式につながる。
B式のガソリンが感動だろうなっていう。
それがB式を育てていくとか、
あとB式を稼働させるためにもガソリンが必要で、
それがある種感動なんだろうなみたいな。
肉体における炭水化物みたいな感じですか。
18:03
ガソリンになる白米食べないと体動かせないし、
体動かせないとトレーニングできないし、
そもそも炭水化物を摂らないと筋肉が大きくならないみたいな。
タンパク質じゃなくて炭水化物の方が体をでかくするのでみたいな。
なんで感動って炭水化物なんだ、白米なんだっていう。
白米食わなきゃしょうがねえよみたいなね。
だからなんか、心を動かさずにやるっていうのは、
できてるようでそれただのこなしであって、
まあなんか自分の時間をその、
時給でその時間をお金と交換するような仕事、
いわゆる単純作業だったらいいんですけど、
そうじゃないんだったら全然、
なんていうか、お仕事の要求をクリアできないんじゃないかっていうのは、
結構我ながら反省というか危機感を持って最近は考えていますね。
話戻すんですけど、感動のためにいろんなものを見る必要があるって、
それって結構お金かかるじゃんとか時間かかるじゃんコストかかるじゃんって、
やっぱ真っ先に思うと思うんですよ。
でもこれはね、はいその通りですというしかないんですよね。
こればっかりはマジでしょうがない。
まあでもインターネットがすごくあるから、
昔よりは絶対にいいと思います。絶対にいい。
ただ、自分の目で見た方が、
その肉体的な感動の方がより人間に対する刺激は強いと思うんですよ。
人間は物理的な生き物じゃないですか。
なので、触覚とか嗅覚とか、その時の空気とかね、
何かを記憶とする時にエピソード記憶と一緒の方が記憶しやすいとかっていう人もいるみたいな話じゃないですけど、
やっぱり何かしら手間をかけてた方が感動って大きいっちゃ大きいと思うんですよね。
だって昨日のお昼ご飯食べながらスマホで見た内容皆さん覚えてますか?
人っぽいとは覚えてないね。
でもそういうのを毎日毎日続けて365日やっても、
なんで自分はこんなに成長してないんだろうと思わない?
そんなたくさん体操にスマホくにくにいじってたくさん見てるのにさって。
思わない?人っぽいとは思うんだよね。
なので、コストかかるんだなっていうのは開き直るしかないですね。
逆に言うと、ものすごくひどい言い方をすれば、
この人はコストかけなかったんだっていう言い方もできます。
それはこの人は筋トレしてないんだっていうのと全く同じだと思います。
でもしょうがないよね、別に。
トレーニングしてないんだからそれは仕方ないよって話だし、
トレーニング始める時間が遅かったら、
それは同年代でもマッチョの人と比べたらそんなに筋肉ないよ、
しかたないよ、始めるのが遅かったんだからって。
それはあるよね。
でも始めるのって遅くても、それは比べてる話だからさ、
遅くはないんだよね。
今からやればいい話だよ。
ただずっとやらないままいくとどうなるかっていうと、
肉体と同じでマジで本当に衰えて、
逆に積む可能性もあるなと思った、美意識に関しては。
21:01
なぜかというと、人間というの性格というのは大人になればなるほど
絶対に変わらないから、そして全く成長しなくなるから、
これは本当にイトポイは痛感しています。
なのでめちゃくちゃ怖がっています。
本当にある程度大人になると全く成長しなくなる、精神的には。
これはやばいですよね。
ジョジョの世界だったらスタンドは精神力なので、
マジでボコボコに負けています。
とにかく精神力を強くしない限りスタンドは強くならないので、
いやもう本当に強くなってると思いきや鈍感になってるだけとかも全然ありますからね。
そして美意識と鈍感というのは敵対してますからね。
これはマジで怖いんですよね。
最近ビビりながら生きています。
それが再現性の話。
もう一つが創発性の話ですね。
これも感動に近いんですけど、
外見を真似るっていうか、なんとなく再現するっていうのが、
再現性の感動なんだけど、
感動の再現っていうのは創発性に入ると思うんですよね。
いわゆる自分のこのうおーみたいな感動そのものを作りたい。
ただそのアプローチはその感動を生み出したものと全く違うものだったりもするわけじゃないですか。
だからこういう気持ちになるのって好きだなってなったものを、
自分の生み出すものでやっぱり作り出したいんだっていうのは多分感動の再現性。
で、それは美意識の創発のジャンルだといとこでは最近考えていて。
でもこれはやっぱり自分の感動というのを覚えてないといけないんですよね。
ただ問題がですね、やっぱり鈍感になってきてしまうっていうのがあるんですよね。
これで本当に自分は感動できるのかっていうのを忘れるっていう場合がある。
で、それはもう何回もやればやるほどどんどんどんどん摩耗していく。
サボっていくから。
やっぱりね、感動っていうのは疲れるんですよね。
本当に心を動かすので疲れるんですよ。
疲れる作業からどんどん逃げていくっていうのがあると思うんですよね。
なので、自分を感動させられないものが他の人を感動させるわけねえだろみたいなことをよく言ったりしますけど、
それに対してキレイおとやんけってそういうのもあるけど、
でも実際に、自分をお客さんとしてっていうのは多分ちょっとずれてるとは思うんだけど、
心を動かさずに心を動くものが作れるかっていうのは多分違うよね。
本当にこの通りに作れば心が動くんだ。
例えばおいしいパンのレシピみたいなのがあって、
それは絶対にこの環境でやれば再現できるんだっていうのは結構あると思うんですよ。
レシピみたいなのがあると思うんですよね。
でも全く持って同じものを同じ人に食べさせたら違うじゃないですか。
これね、これみんな勘違いするんですよね。
同じことをやっても、いわゆる停滞は衰退であるってよく言うんですけど、
24:04
これのミソというのは、同じお客さんに同じものを出し続けてもそりゃ相手キレるよって話なんですよね。
で、毎日渡さなくても3日に1回同じものを出してたら、
このパン屋カスやんけって普通になるじゃないですか。
同じ商品しか並んでないパン屋さんって、
多分毎回違う人が買いに来てると思うんですよね。
で、1回来て2回目リピートになったら結構だいぶすごいぞみたいな。
3,4回って言ったら相当もうマジやばい癖入ってんじゃねえかみたいな。
それかマジ同じルーティーンじゃないと発狂するタイプの性格の人が選んでるんじゃないのとか、
そういう感じですよね。
なので、こうすればいいんだなっていうのって大体間違ってるっていう。
しかもお店屋さんをやったりとか、また自分が何かのクリエイターであったりとかして、
自分が作るものを提供するものというのがある程度価値になって、
ダイレクトに2Cでエンドユーザーに届けるっていう場合は、
同じものやってるっていうのは、
それが好きだっていうのもあるかもしれないし、
同じものはほとんどないぜってなるかもしれないけど、
同じものがほとんどないとして同じものを作ろうとしてるんだったら、
120%と劣化しているはずです。
なのでそこは注意しないといけないし、
それに気づけないと人生がうまくいかないんだろうなっていうのは、
そこでは反省とともに思っていますね。
本当に反省をしています。
反省をしつつも、やっぱり周りの人も大人にだんだんなっていくじゃないですか。
みんな歳をとるので。
で、あ、ちょっと最近この人やばくなってるな。
かつての魅力がないなみたいなのっても、
かなり勝手ながらですね、非常に失礼だと思うんですけれども、
正直感じることも多くなってきています。
やはり体力が低下してるんだろうなっていうのもすごく感じます。
イトポイド自体も体力が低下してるので、恐れしかないですね。
そしてこれは自分では気づけないんだっていうのも思います。
はい。
たまたままだ来てないだけっていう感じですね。
イトポイドの話でいうと。
うん。
なんで、本当に強く意識を持ってトレーニングしていかないと、
心、感動のトレーニングをしていかないとマジでダメだなっていうのは思っていますね。
だからもちろん、これね、ちょっとね、罠があって、
日々その自分自身の心の動き方というのも変わってるんですよ。
だからこそ、劣化していても、劣化しているのでも自分で感動できてしまう場合っていうのがあって、
じゃあそれは劣化じゃないんじゃないかっていうのもあるんですよね。
なので、いろんな人にとっての良し悪しというのはそれぞれ別なので、
そこに関しては悩みすぎなくてもいいと思うんですよ。
絶対的なものっていうのはないから。
自分が良いのか悪いのかっていうのは絶対的なものっていうのはまずないから。
27:04
だけれども、プロとしてものづくりの仕事をする場合はそれはダメですよね。
なぜかというとお客さんがいるからですよね。
自分が変わって、もちろん成長するためには壊して構築っていうのは大事なので、
自分も常にぶち壊して、どんどん進化させないといけないので、
ぶち壊す部分にはいいんですけれども、
サボるとやっぱダメだよね。
非常に今日抽象的な話してるけど、本当に正論しか言ってないと思っていて、
なぜかというと言えば言うほど糸っぽいのも自分で辛くなってるから、
辛いってことは正しいんだなっていう。
本当にそう思いますね。
なので、気合い入れていかないとダメだなっていうのは最近思っています。
だから逆に言うとですね、
これハックの方法もあって、
若い子が言うことはとりあえず全部良しと考えるっていうのも結構ありだと思うんですよね。
もちろん進め方とかそういうノウハウ的なものとかコツみたいなものは、
もちろん年の子を経験というのは上だと思うんですよ。
糸っぽいの先輩方もめちゃくちゃ潤沢に持っているし、
むしろそういうノウハウというのは鈍感酸がないと絶対に使えなかったりするので、
やっぱりそういう役割だと思うんですよね。
糸っぽいのもだんだんそうなってきている感覚がちょっと悲しいかなあります。
だんだん鈍感になっていく。
こういうもんでしょみたいな感じで、
気にしないでおくっていうスキルがだんだん日に日に高まっているんですけど、
それ鈍感力だろうなと思っています。
若い子は最初の感動っていうのがあるんですよ。
最初の感動で持って作られるものというのはやはりパワーがある。
だけれども注意しなきゃいけないのは、
その若い子が2回目やったとしたらそのパワーは劣化しているということですね。
だから若さではないんですよ。
いかに体力があるか×それ何回目の感動かみたいな。
この変数なんですよね。
なので別に年齢が言ったとしても全然関係ない場合もいます。
だって初めての感動だったらいいから。
ただここに隠れ変数っていうのがあって、
感動そのものにもコストがかかるので、
それは肉体と結構結びついている。
なので体力があればいい。
マジで本当にイカれたことを言うと、
無限の体力をつけていって、
無限の体力とともにいろんなものをコストをたくさん払って、
いわゆる出かけたりとかして、
見に行ったりとか並んで買って食べたりとか、
そういうものをすれば、
チートというか攻略ができるという話ですね。
逆にこれと全く反対のことをすると、
音速でダメになっていくという感じです。
だんだん周りがダメになっていく感覚も、
正直ドポエドは感じています。
数年前もやってきてやっていかなくなる問題とか
結構言ってたんだけど、
それはいろんな人生のタームがあって、
ちょっと他のものを頑張りたいからっていう、
そういうのも多かったんですよね。
30:00
でももはや今や大人になって、
本当にダメになっていくっていうのが、
こんなにも近くにあるんだっていうのが、
怖くて怖くて仕方がない。
なので気合い入れていくぜって、
マジで気合い入れていくぜっていうふうには思っています。
ただ一方でやっぱり体力がなくなってくるからこそ、
2回目のやつはそんなにやらなくていいかな、
みたいなのも考えています。
逆に2回目を本当にやるっていう場合は、
これ2回目だから、
相当自分の心を動かさないとダメだなって思ってやらないと、
お仕事の場合は絶対にクライアント隠れて、
めっちゃため息ついてるなっていうのは思います。
なのですごくすごく緊張感を持って、
最近はやれていますね。
それはいいことだなと思うんですよね。
やっぱ緊張感ってそのまま感動にも、
感動と表裏一体のところはあるというか、
ワンチャン心を動かしてるのでって、
もちろん嫌な緊張もありますけどね。
でもね、やっぱ日々感動して、
ダイナミクションになり感動していくことが、
なんでしょうね、
すすにならないようなコツなんだろうなっていうのは思います。
でもこれは、
そうなっちゃってる場合、そしてそれを気づけない場合は、
最近お前センス悪くねって言ってもらえるような
友達がいないと難しいと思うんですよね。
そんなこと言うひどい友達っていないじゃないですか。
だからパートナーの人とか、
普段一緒にずっといる人とかっているじゃないですか。
そういう人に、
たまに最近これ大丈夫とか、
なんか裸から見て私変なふうになってないとか、
たまに聞いてみるっていうのも大事なんだろうなっていうのは思います。
どこでも反省会大好きだから、
基本的に月に1回というか毎日反省してますけど、
だいたい区切りのいい時に大反省会みたいなことをやりたがるんですけど、
棚卸しとか言って反省してやりたいこと、
反省とかやりたいことを過剰げで書くっていう謎の儀式みたいなのを
よくやりたがるんですけど、
それも仲良いことやるとすごい面白いですよ。
それで書くものがないってことはお前ダメじゃんって言える。
全然ダメじゃないみたいな。
選択と集中ができてるんだったらいいけど、
それマジでダメじゃんみたいな。
どうすんだよって。
言ってみろよみたいな。
どうすんだよって。
俺たちこのまま死ぬっつうのかよみたいな。
ふざけて言い合ったりするとめちゃめちゃ盛り上がるよ。
これおすすめです。
そんなお互いにビンタし合うような謎の儀式って感じだけど、
冗談めかしてやるから面白いんですけどね。
もう俺たちはダメだ老人なんだとか言いながら、
そんなこと言ったら本当の先輩方にぶっ飛ばされますけどね。
33:03
でもたまにはやることおすすめしますね。
めっちゃおもろいから。
一番いいのは高校の同級生とかね、
本当に長い、自分の昔を知ってる人とやるとめちゃめちゃ盛り上がります。
なのでぜひやってみてください。
ということでちょっと最近考えてることについて話してみました。
日々頑張っていきたいといとっぽいでは思っています。
よーし、頑張るぞ。
もう疲れたよ。
眠いよ。
眠いじゃない。
心を動かせ。
やば。
やば。
ではまた次回。
33:58

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