はい、10月30日の金曜日です。 ながらcastを始めます。
はい、今日はね、朝から雨と結構すごい風も吹いて、 今は雨止んでます。
雲が覆ってますけども、ちょっと明るめの感じですね。 夜っていうか、夜中から晴れるようです。
明日、実はね、ケイセン・タテシナガーデンに行く予定で、 今シーズン最後の訪問になるんでね、
まあ、明日頑張っていこうかなと思ってますが、 明日晴れてほしいなーってね、
思ってます。 晴れる、多分晴れると思うんですけどね。
まあ、あっちは山なのでね、 またこちらの静岡とは天候が違ってくるかなとは思うんですけどもね、
まあ、なんとか晴れてほしいなと思っております。 では、ながらcastスタートです。
この番組は自分大好きな62歳、 私ササユキの声のブログ、声の日記です。
通勤途中に歩きながら収録してますので、 息がハァハァ上がったり、周りの雑音騒音、
風切音などが入ったりしますが、何卒ご容赦ください。 はい、さて、
えっと、 今日はですね、
ボードゲームの話を時々するんですけども、 今日はなぜか、
レガシーゲームっていうやつの話をしようと思います。
きっかけはですね、僕が聞いているポッドキャストで、ボドの間。
ボドはカタカナ、のが平仮名で、間は間かな。 お茶の間みたいな感じで、
ボドの間っていうね、
ポッドキャストがあって、ボードゲームのことを話す番組で、
ずっと聞いてるんですが、まだ始まったばかりで、
まだ15回とか20回行ってないぐらいの週1配信の番組ですね。
そこでですね、レガシーゲームについて話をしてたんですね。
僕は実はやったことがないんですよ。 レガシーゲームっていうのを。
ただ話を聞いてたら結構面白そうだなーって 思いまして、ちょっと
今朝AIにいろいろ教えてもらってたんですね。
その簡単な歴史とか、なんでこれが生まれて、なぜ受けているのかとかですね。
人気あるらしいんですね。 ボードゲームのジャンルの中でもレガシーゲームって。
いろいろ教えてもらったんで、最終的にですね、
ジェミニーのノートブックの方にデータをちょっと渡して、
音声番組を作ってもらいました。 なので、
後からそれを流そうかなと思ってますんで、
私の方はね、今日はさらっとお話ししていこうと思うんですけども、
一応ね、前提としては、 ボードゲームって基本的には箱の中に
全てのコンポーネントって呼ばれるパーツ、 あるいはボード、カード、
いろんなものが入っていて、 遊び終わったら、
それらを箱に戻して、 また次回ね、
そこから出して、繰り返し遊ぶものなんですね。
前回勝った、負けたって言っても、また次の ゲーム、新しく始める時は、前回の結果は関係ないですよね。
新たにまた新しいゲームが始まる。 これがね、
ボードゲームの基本だったんですが、 このレガシーって呼ばれるシリーズはですね、
あの、 一回やったらその結果を
引き継いで次のゲームをやるっていうことで、 それがね、例えば10回ぐらいのシリーズ
になっていくような ゲームらしいんですね。
この辺は僕もやったことがないんで、 今はただの受け売りになるんですけども、
場合によってはカードを破いたり、 あるいはボードにシールを貼ったり、
あるいはコマに何かペンで書き込んだり、 あるいは新しいパック、紙袋を開けるとか、
新しいコマが登場するとか、そういったものが ゲームの進行とともに起きていって、
そういったものを10回とか12回とか繰り返して遊ぶと。
基本的にはそれがもう1回限りの体験 みたいなんですね。
おそらくレガシーって呼んでいるのは、 前のゲームの結果が遺産として残って、
それを引き継ぐ形で次のゲームが遊ばれる っていう意味でレガシー、
遺産という名前がついているのかなと思いますし、
最終的に結果として出来上がったボードとか、 カードのセット、コンポーネント、諸々ですね、
全て最後まで使い切ったものっていうのは、 一つの遺産、レガシーって考えてもいいんじゃないかなと思うんですね。
この辺がレガシーゲームというもののようです。
さて、それではいつものように、 ジェミニノートブックで音声化した番組を聞いていただこうと思います。
さっき聞いたんですけども、なかなかよくまとまっていますので、 ぜひお楽しみください。ではどうぞ。
あなたは普段、何か高価なものを手に入れたとき、 それをどう扱いますか?
えーっと、そうですね。
例えば何万円もする美しい想定の画手とか、 あとは限定品の時計とかですね、
当然、傷一つつかないように、 指紋すら残さないように大切に扱いますよね。
はい、そうですね。
それが物を所有することの基本的な心理構造ですから。
実のところ、私たちは無意識のうちに、 購入したときの完全な初期状態をいかに保つかということに執着しているんですよ。
ああ、確かに。
それが安心感であり、価値の保存だと考えているからです。
でも、もしその美しい画手を買って家に帰り、 ページを開いた瞬間に、こう指示されたらどうでしょう。
さあ、この本を真に楽しむために、 まずは最初の5ページをビリビリに破り捨ててください。
いや、普通なら正気かって疑いますよね。
大切に保管するという、物に対する不分立への 完全な破壊行為ですからね、それは。
ええ、今回の深掘りで取り上げるのは、 まさにそんなエンターテインメントのジャンルなんです。
1万円以上するボードゲームの箱を開けて、 文字通りビリビリに破り捨てることを強要される。
にも関わらず、なぜか何百万人もの人々が それに熱狂し、病みつきになっているんですよね。
そうなんですよ。
レガシーゲームと呼ばれる、この不可思議な システムの裏側にある人間の真理と体験の価値を、
今日はこの資料を徹底解剖しながら、 紐解いていきたいと思います。
よろしくお願いします。
一般的なゲームというものは、遊び終わって 箱に片付ければすべてがリセットされますよね。
ええ、そうですね。
次のゲームは、何事もなかったかのように、 まっさらな初期状態から始まる。
いわば、毎回がパラレルワールドなんです。
はいはい。
しかし、レガシーゲームはそこが根本的に違います。
つまり、過去のゲームの出来事が、 次のゲームに影響を与えるってことですよね。
ただ、それが単なるポイントの引き継ぎみたいな、 生やさしいものじゃないのが怖いところで。
そうなんです。
プレイヤーには3つの不可逆的ギミックが求められます。
不可逆的?
はい。絶対に元に戻せないタブーですね。
まず、用済みになったカードやキャラクターが死んだ時、 そのカードを文字通り物理的に破り捨てさせます。
いや、ゲーマーからしたら、そんな美しいコンポーネントを 自らの手で破るなんて、もう心臓が止まるほど恐ろしい行為ですよ。
ええ、わかります。
だって、決して安くない商品の価値を、 自分の手でゼロにしてるわけですからね。
さらにですね、美しいメインボードには、 二度と剥がせないシールを直接貼り付けます。
うわー。
そして極めつけは、コンポーネントやキャラクターシートに、 消えない油性ペンで直接名前やルールの変更点を書き込むんです。
それはすごい。心理的な抵抗感は凄まじいものがありますよね。 タブーを犯す背徳感すら伴うというか。
そうですね。
何度聞いても信じ難いんですが、 なぜそこまでして物理的な傷を残す必要があるんでしょうか?
そこで重要になるのが、レガシー、 つまり遺産という言葉の意味なんですよ。
遺産ですか?
ええ。これには二つの側面がありまして、 一つはプレイヤーたち自身が紡いできた歴史の傷跡です。
歴史の傷跡?
はい。あの時、あの街を救えなかったっていう罪悪感を、 ボード上の生々しいシールの傷として背負いながら、 次のゲームをプレイするわけです。
なるほど。もう一つの側面は何でしょうか?
世代の継承ですね。
世代の継承?
元祖であるリスク・レガシーという戦争ゲームがありまして、 そこでは前のゲームで勝利したプレイヤーが、ボード上に自分の帝国を建国して、ペンで名前を書き込むんです。
ほう。
そして次回のゲームでは、プレイヤーたちは先祖が残した領土や文化を引き継いだ子孫たちとして、 全く新しい状況から戦争を始めるんですよ。
へー。自分たちだけの歴史が物理的に刻まれた、 世界に一つだけの盤面が出来上がるわけだ。
そういうことです。
でも、誰かが突然、よし、ゲームを物理的に破壊させようなんていう 狂ったアイデアを思いついたわけですよね。
これ、もともとはちょっとした冗談から始まったって本当ですか?
ねえ、そうなんですよ。2008年に大手玩具メーカーのハズブロ社で、 天才ゲームデザイナーのロブ・ダビオーが、
クルードという有名な推理ゲームの企画会議に参加していた時のことです。
ああ、クルード。屋敷に集まった容疑者の中から殺人犯を突き止める、 古典的な名作ですよね。
はい。定番中の定番ですね。
私も知っています。
彼は、その会議室でふと、こんなジョークを飛ばしたんです。
はい。
なあ、なんでこの屋敷の主人は、毎回毎回大量殺人犯の容疑者たちを ディナーに招待し続けているんだって。
いや、それは確かに。
前回のゲームで誰かが殺されたなら、 次のゲームではそいつを警戒するべきだろうって言ったんですよ。
いや、ツッコミとしてはまっとうですけど、 ゲームの根本的な前提をひっくり返してますよね。
ねえ、この何気ないツッコミが、 ゲームが過去を記憶するという革新的なアイデアの種になりました。
なるほど。
クルードでの採用は見送られたんですが、 2011年にリスクレガシーとしてついに世に出ます。
はいはい。
ただ、発売直前、生みの親である彼自身も、 プレイヤーからものすごく怒られるんじゃないかって恐怖に震えていたそうです。
そりゃそうですよ。いきなりペンで書き込んで、 破れなんて言われたら。
実際、発売直後は、ゲームを破壊するなんて正気勝手、 コアナソーから大激怒されました。
ですよね。
でも同時に、そのかつてない没入感に魅了された人々が、 爆発的に増えていったんです。
そして2015年、歴史が動くわけですね。
ねえ、世界的ヒット作であるパンデミックの作者、マット・リーコックから、 パンデミックのレガシー版を作らないかっていう誘いを受けたんです。
その時、ラビオは、150ポイントという超巨大なフォントで、 イエスとだけ書いたメールを即答で返信したというエピソードがあります。
それは熱いですね。
その熱量が身を結びまして、パンデミックレガシーのシーズン1は、 世界最大のボードゲームデータベースサイトで、 長年不動だったランキング1位の座を奪い取りました。
へえ、すごい。
これで完全に、レガシーシステムは単なる色物ではなくて、 最高峰の表現手法として認知されたんです。
いや、でもちょっと待ってください。 世界ランキング1位になるほど面白いのはわかります。
でも、1箱1万円前後するゲームが十数回遊んだら、 二度と初期状態で遊べなくなるわけですよね。
はい、そういうことになります。
コスパを気にする現代人からすると、投資対効果が悪すぎる気がするんですが、 タダでさえストレスのかかる行為に、なぜそこまでお金と時間をかけるんでしょうか。
確かに一見するとコスパは最悪に見えますよね。
しかし、彼らは単に物を買っているわけではないんですよ。
物じゃない。じゃあ何を買ってるんですか。
数十時間に及ぶインタラクティブな連続ドラマ体験にお金を払っているんです。
そこには他のエンタメでは絶対に味わえない3つの理由があります。
なるほど、その3つの理由って何ですか。
ええ。そうやってプレイヤーの心理を完全に掴んだレガシーシステムはその後さらにぶっ飛んだ進化を遂げていきます。
おお。
既存の名作を改良したものと、最初からレガシー専用に作られたものの2方向があるんですよ。
なるほど。先ほど出たパンデミックレガシーは前者ですよね。
はい、そうです。
プレイヤーは医療チームとして世界をウイルスから救うわけですが、ウイルス感染が爆発した都市にはパニックレベルシールが貼られて、物理的に移動が制限されてしまうという。
ええ。しかもトラウマを負いすぎたキャラクターは死亡扱いになります。
うわぁ。
その時、何時間も暗くを共にして育てたキャラクターのカードをプレイヤー自身の手で破らなければならないんです。
それはきつい。
まるで長年連れ添った相棒を自らの手で埋葬するような物理的な痛みを伴う体験ですね。
いやぁ、胸が痛みますね。でも、もう一つの既存改良の傑作チケットトゥライドレガシー西部開拓機はまた全然違うベクトルですよね。
あれも素晴らしいですね。最初は東海岸の狭いエリアの地図しかないのに、ゲームが進むと謎の箱からパズルのピースが出てきて、それをガッチャンと結合させると、物理的に西海岸へとマップが巨大化していくんです
よね。
はい。しかも素晴らしいのは、全12回のキャンペーンをクリアした後は、出来上がった自分たちだけのオリジナルマップを使って一生通常のゲームとして遊べるように設計されている点です。
それはすごい。破壊の先にある究極の遺産の完成ですね。
それもすごいんですが、私が一番信じられないのはゼロベース設計、つまり最初からレガシー専用として作られたゲームです。
はいはい。
例えばチャーターストーンという対戦型の街作りゲームがありますよね。これゲーム開始時にルールブックがほぼ白紙なんですよね。
そうなんですよね。箱を開けて中身が空っぽのルールブックが入っているってちょっと意味がわからないんですが。
始めてみたら驚きますよね。最初は本当に数分で覚えられる超シンプルなルールから始まります。
そしてゲーム中に新しい建物を建ててボードにシールを貼るたびにそれに付随するルールシールが発行されるんです。
なるほど。
プレイヤーは自分の手で説明者の空欄にそのシールを貼り付けていき、ルールの体型を物理的に関連させていくんですよ。
つまり飛びながら飛行機を組み立てるようなものじゃないですか。
まさにその表現がぴったりですね。プレイしながら自分たちで世界の法則そのものを構築していくと。
既存のルールの枠組みがないからこそできる設計です。しかしですね、コンポーネントだけではなくプレイヤー間の社会的な人間関係すらもレガシー化してしまう究極のゲームが存在するんです。
人間関係のレガシー化。
はい、それがキングスジレンマです。
ああ、プレイヤーが王国の国政を司る貴族となって多数決で国の難題を決断していく政治交渉ゲームですね。
ええ、ただの多数決ではありません。ここには人間の利己的なエゴを炙り出す仕掛けがあるんです。
と言いますと?
多数決の場では次の投票で俺の提案に賛成してくれるなら今ここで現金を握らせるよといった生々しい買収や裏切りがテーブル上で飛び交うんです。
いやー泥沼の政治劇だ。でも国が滅びたら全員敗北になるなら結局は協力しなきゃいけないんじゃないですか?
そこが絶妙なバランスでして二重のジレンマが仕掛けられているんですよ。
二重のジレンマ?
ええ、プレイヤーの各一族は国を極品にするとボーナス点とか戦争を起こせば勝利といった邪悪な秘密の勝利条件を持っています。
うわーそれはひどい。
例えば自国が戦争に巻き込まれるという議題が出た時、本来なら回避すべきですよね。
でも裏の勝利条件で武器商人として儲けるという指令を持っている一族はなんとか国を戦争に導こうと暗躍するんです。
なるほど、自分の利益のために国を売るわけだ。
国を崩壊させないギリギリのラインでいかに自分の甘い汁を吸うかという綱渡りの心理戦になります。
全員が腹に一綱抱えた悪徳政治家になるわけですね。でもそこで下した決断もレガシーとして残るんですよね。
そこが一番恐ろしい部分です。国政の決断を下すと指定された封筒を開けてカードを引きます。そこにはこの決断を下したプレイヤーのサインを直接書き込む欄があるんです。
へー、自分のサインを。
はい。数ゲーム後、つまり歴史上の数十年後にその決断のせいで国が基金に陥ったとしますよね。
するとそのカードが場に出されて書かれたサインが突きつけられるんです。
えっ、ちょっと待ってください。つまり先週の金曜日に自分の先祖が目先の利益でノリで書いたサインのせいで。
えー。
次の週の火曜日に友達からお前の家計のせいだろってガチギレされるってことですか。
えー、笑い事じゃなくて本当にそうなるんです。過去の無責任な決断が物理的な証拠として時を越えて襲いかかってくるんですよ。
いや、それは怖い。
責任の所在から逃れられないというタイムカプセル的な恐怖ですね。
確かにそうです。
失敗してもすぐに帳消しにできる。でも、だからこそ私たちは心の奥底で取り返しのつかない決断とか、消えない傷跡が残るリアルな手触りみたいなものに飢えているんじゃないかと。
非常に鋭い洞察ですね。リセット不可だからこそその瞬間、その決断に真の重みと価値が生まれるわけです。
永久に形を変えてしまうからこそ愛おしいというか。
なるほど。
もし私たちのキャリアの選択や日々の人間関係にもこのリセット不可で全記録継承っていうレガシーのルールがもっと可視化されていたら、私たちはもっと真剣に、そしてもっとドラマチックに毎日を生きるようになるのか
もしれませんね。
本当ですね。
あなたなら自分の人生のルールブックに今日どんなシールを貼りますか。今回も素晴らしい思考の旅でした。次回もお楽しみに。
はい、いかがでしたか。
このレガシーゲームの特徴ですとか、どうしてこれが生まれたのかっていうエピソード、あとは人気な理由ですね。
特にその没入感っていうのかな、そういうところがやっぱり普通のテーブルゲーム、ボードゲームにはない、一回限りの体験っていうあたりの楽しさ。
さらに言うと、10回とか回を重ねていく同じメンバーで、だからこそ生まれる人間関係とか、本当に聖なる一回性というか、体験そのものが共有できる。
だからボードゲームっていう川をかぶってはいるんですけど、本当にこれ体験なんだろうなっていう気がしますね。
例えば一緒に謎解きをやるとか、謎解きは謎解くっていうのが一つの駆動するドライバーになってるんだけども、こういうレガシーゲームってボードゲーム、ボードの上で体験をしていくっていうことになるんでしょう
ね。
ゲームブックに近いんじゃないかなんてね、ちょっと聞いてみたんですけど、AIに。
ゲームブックはゲームブックであるんだけども、やっぱりあれは一人の体験であって、やっぱりレガシーゲームっていうのは複数名で相談しながらとか、時には敵対し合いながら物語、ゲームを進めていくっていう意味では
まただいぶ違ったものになるし、
さっき言った共通言語っていうのかな、一緒に体験したからこそ語れる思い出みたいなものもあるので、なんだろう、ぶっちゃけ旅行に行ったみたいな、そういうレクリエーション、そういう一緒に時間を過ごすっていう
ものの一つっていう言い方も、もしかしたらできるかもしれない。
ただ、俺らレガシーゲームやったことないからさ、わかんないけどね。
ただボードゲームですら、おはようございます。
子供とよくカタンをやったんですけども、カタンも僕なんかやった後に一つの物語を体験したなって思うことがよくあったんですよね。
その中には本当に印象的なゲームもありました。
何回もやるカタンの中のある一回はすごく面白かった。
それをさらに一回性を高めたものなんでしょうね。
そんなわけで、今日はボードゲームのジャンルの一つと言っていいんでしょうかね。
レガシーゲームというものについて、ジェミニのノートブックの音声解説を使ってお話ししてみました。
先ほど話したように、カタンですらドラマ性を感じたりしたんですよね。
当時はちょっと変な言い方をすると、まるで映画の主人公になったような気分。
映画は当然だけども、そこに出てくる主人公たちのドラマを見ているわけなんだけども、
ボードゲームの場合は、自分たちがそこの世界に入って、自分で考えて選択して物語を作っていくという非常にインタラクティブな物語。
そういうものかなと思ったことがあったんですね。
そういうものに没入することによって、その世界に入り込むような楽しみ。
だから自分たちが主人公のドラマを見ているというか、体験している。
それをさらに突き詰めたのがレガシーゲームなのかなという気がします。
非常に面白そうだなと思いました。
なんせ1時間ぐらいかかるのかね、1回。
そういうゲームを10回やるとかって、なかなか難しいですね。
だからこそそれを乗り越えてやり終えた時の達成感は、確かにすごいものがあるでしょうね。
1つのプロジェクトをやり切った、やり終えたような達成感、同じメンバーで。
そんな感じかもしれませんね。
はい、じゃあ今日はここまでです。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
ではまたね。チュース。