NotebookLMの紹介と実験の動機
はい、ミュラーです。ポッドキャスト久しぶりです。 今日は面白い機能を見つけたので、実験を兼ねて配信してみます。
NotebookLMというAIのノートツールを見つけてきました。 既に知っている人も多いかもしれませんし、使っている人もいるかもしれませんが、
私的には目から鱗な機能が最近追加されたということでございます。
何かというと、一言で言いますと、どんなブログでもYouTubeでも資料でも読み込ませれば、
それを開発した音声ラジオ風に音声を作ってくれるんですよ。面白いですよね。
他にも動画を作ってくれる、アニメーション入りで動画を作ってくれる機能もあったりしますので、
興味があったらぜひ無料でできるのでやってみてください。
今回は音声ラジオ風の男女の2人のパーソナリティが読み込ませた内容を解説する。
そしてまた自分なりの知見を織り混ぜながら、本当にポッドキャストを聞いているかのような音声に仕立ててくれたんですよね。
これ本当に面白いので、今回試しに私のブログを読ませて実験してみました。
自作ブログ記事の内容紹介:CDレンタル時代の音楽体験
最近、本当に3年ぶりぐらいに新しい記事を書いたんですけど、
一言で言うと、昔、我々って40代前半ぐらいなんですけど、
CDをね、レンタルショップで借りて家で聴いてた世代だと思うんです。
そういう行為っていうのが、最近はサブスクに置き換わっていると思うんですが、
置き換わっていると言っても、やっぱりその当時の独特な体験っていうのがあって、
要はお金を払ってCDを定期間借りるっていうこと。
これはやっぱり今サブスクで課金しっぱなしの状態だったら全然違う体験じゃないですか。
サブスクだとその場でポチッと再生して気に入らなかったら飛ばすってことが簡単にできるけれども、
まあやっぱり5枚で1000円とかね、安い、シンプルじゃなければそれぐらいで借りれるとはいえ、
やっぱり懐は痛むわけなんで、それなりの覚悟を持ってCDを選んでいた、そんな方も多いと思うんです。
なのでそういうところで当たり外れもある。
でもその当たればいいし、外れたとしても、
なんか後々外れCDがだんだん自分の中で暗金が上昇してくるっていう面白い現象もあったりするわけですよ。
それをもちろん友達から評判を聞いて借りたりとか、
自分なりにメディアとか雑誌とか調べてコメントされたものを借りるとか、
はたはた極端に言うとジャケット見て借りるみたいな、そういう冒険みたいなのも僕はしてました。
そういうちょっとノータルジックな行為を懐かしんだ記事を作ったんです。
これを読ませて解説させてみたら、なかなかちょっと知的な感じの内容に仕上がりました。
AIによるブログ記事の音声要約再生
16分くらいちょっとボリューミーなんですけど、もし暇があればこの後実際の音声を流してみますので、
飛ばし飛ばしてもいいので聞いてみてください。それではどうぞ。
AI音声要約:完璧なレストランの例えと不便さの価値
リスナーのあなたにちょっと想像してみて欲しいんです。
ものすごく気が引く完璧なレストランに行った時のこと。
席に座った瞬間にまだメニューも開いていないのに、
あなたが今一番飲みたい絶妙な温度のコーヒーとか、好みにドンピシャリのケーキがスッと出てくるような。
それは究極のホスピタリティですね。メニューを眺めて迷う時間とか、定員を呼ぶ手間とか、一切のストレスが存在しない空間というか。
そうなんです。最初は絶対に最高だって感動するんですよ。
でも毎日毎日そのレストランに通って、席に座るたびに寸分しがわずあなたの好きなものだけが自動的に出てきたら、
どうでしょう。
なるほど。確かに最初は良くてもだんだん飽きてきそうですね。
ですよね。メニューの端っこにあるシェフの気まぐれ謎スープみたいな得体の知れない料理を頼んで、
なんだこれ辛って笑うような楽しみはそこには全くないわけです。
まあ便利さと完璧さが実は私たちが未知と遭遇する機会とか、適度なノイズを静かに排除してしまっているというわけですね。
まさにそれです。今回の深掘りではこの不便さがもたらす予期せぬ価値について考えていきたいと思います。
AI音声要約:現代のエンタメ消費と視野の狭窄
今の時代、日々無数のアルゴリズムからあなたへのオススメが提示されていますよね。
ええ。スマホを開けば常に何かしらオススメされますからね。
でもその便利さが実は私たちの視野を広げるチャンスを奪っているんじゃないかというテーマです。
情報型の現代において非常に本質をついた問いですね。
今回私たちの議論のソースとして取り上げるのは、1981年生まれで元バンドマン、現在はスタートアップ企業でカスタマーサクセスとして働くミュラー氏が書いた個人のブログ記事です。
個人のブログ記事ですか。
はい。タイトルはズバリ、音をディグる方法論。ジャケ狩り世代だった僕というものです。
サブスク前世の現代において、かつてのCDのジャケ狩りという行為の中に、今後のエンターテイメントや個人の成長に不可欠なヒントが隠されているんじゃないか。
これを二人でじっくり紐解いていきましょう。
過去のノスタルジーに浸るだけではなくて、そこから現代の私たちが何を学び、どうシステムと付き合っていくべきかという視点が鍵になりそうですね。
AI音声要約:著者の音楽体験の変化と受動的な情報収集
よし、ここを少し紐解いてみましょうか。
まず、著者のミラン氏が指摘している、現代のエンタメの消費方法についてです。
今の若者はTikTokとかInstagramのレコメンドとか、あるいはその合間に挟まる広告から、なんとなく音楽を探しているんだろうなと彼は想像しているんです。
自ら音楽という界に潜りに行くのではなくて、タイムラインという川を流れてくるものを、岸辺で口を開けて待っているような状態ですね。
そう、まさに口を開けて待っている状態です。
著者自身も、ディスクガレージが関わるようなライブハウスなどの現場に足を運ぶ行為から、もう10年以上遠ざかっていると告白しています。
10年ですか。それは結構な期間ですね。
理由はとてもシンプルで、忙しいからなんですよ。
20代後半を過ぎると、仕事と家族で1日のほとんどが埋まってしまう。
分かります。大体の大人が通る道ですよね。
結果的に、寝る前に小1時間、スマホ経由で多様化したエンタメを、ただ受動的に浴びるだけで満足してしまうと語っています。
体力的にも精神的にも疲弊していると、能動的に何かを探しに行くエネルギーが残っていませんからね。
本当にそうですよね。これって私からすると、なんか口を開けていれば自動的に最適な栄養素が流し込まれる、SF映画のディストピアな食事シーンみたいに思えるんです。
確かに、ちょっと怖い例えですが、適応しています。
リスナーのあなたも、夜中にベッドの上で、ただ無心に画面をスクロールして、気づいたら1時間経っていたなんて経験、思い当たる伏せがあるんじゃないでしょうか。
ここで重要なのは、リスナーの皆さんが怠惰になったと責めているわけではないということです。
決して責めているわけじゃないですよね。
はい。これは時間の問題ではなくて、私たちがコンテンツとどう向き合うかという構造そのものの変化なんです。
私たちが情報を取りに行く時代から、情報が私たちを通過していく時代へと変わってしまったんですね。
だからこそ著者は、かつての自分の楽園を強く恋しく思うんでしょうね。
AI音声要約:蔦屋でのCDレンタル体験と探索の喜び
楽園ですか?
ええ、彼にとっての楽園は、巨大なショッピングモールであるテラスモール湘南ができるずっと前、辻堂駅に直結したビルにあった蔦屋だったんです。
なるほど、蔦屋ですか。懐かしいですね。
バイトや仕事の帰りにそこに通い詰めて、5枚1000円でCDを借りる、彼にとってはそれが最高の贅沢であり探索の場だったわけです。
物理的な空間に出向き、無数の棚の間は歩き回り、ジャケットの背拍子を眺めるという行為そのものがエンターテインメントの重要なプロセスだった時代ですね。
でもここから議論は確信に入ります。今ならその1000円と同じかそれ以下の金額を払えば、スポティファイなどのサブスクリプションで広告なしで無限に音楽を聴きやすることができますよね。
ええ、圧倒的に便利でお得なはずですよね。
なのに著者はスポティファイは音楽をディグル、つまり深く探求する行為に不向きだと断言しているんです。理由は音のレコメンドが外れないからなんだそうです。
アルゴリズムが優秀すぎるか故の弊害ですね。同類のジャンルや似たようなBPMのアーティストを的確にお勧めしてくれることが逆につまらないと感じさせていると。
AI音声要約:効率と感覚体験の違い、ポッドキャストのレコメンド
でもちょっと待ってください。ここで私から少し疑問をぶつけさせて欲しいんですが。
はい、なんでしょう。
自分の好きな曲調だけが無限にノイズなしで永遠に流れてくるのってリスナーにとって究極の理想郷じゃないですか。嫌いな曲をスキップする手間も省けるし、なぜそれがダメなんでしょうか。
ここが実に興味深いところなんですが、私たちは情報を処理するときと感覚や体験を味わうときで脳が求めているメカニズムが全く違うんですよ。
メカニズムが違うですか。どういうことでしょう。
グログの中で著者はポッドキャストのレコメンド機能は歓迎していると書いていますよね。
あ、はい。古典ラジオ経由で阿部県UKの泥棒会議という別の面白い番組に出会えた実績があるから大いに活用しているとありましたね。
ポッドキャストのような情報や知識を求める場合、脳は効率を重視します。探している工具を工具箱からさっと取り出せるような精度の高さがメリットになるんです。
なるほど。自分が知りたいテーマとか文脈をピンポイントで教えてくれるのは純粋に便利ですもんね。
そうなんです。しかし音楽という感覚や感情の揺さぶりを求める場合、アルゴリズムの完璧さは逆にマイナスに働くんです。
音楽を聴くときは効率を求めているわけじゃないってことですか?
AI音声要約:音楽における感動と予測とのズレ
その通りです。芸術や音楽における感動というのは多くの場合予測とのズレとか意外性、つまり適度な緊張と解放から生まれます。
緊張と解放ですか?
はい。アルゴリズムは過去のデータを基にあなたが好きであろう安全権の正解だけを導き出しますが、それは同時に予期せぬノイズとか価値観を揺さぶるような出会いを徹底的に排除することを意味します。
ああ、なるほど。いつも歩き慣れた絶対に迷わない散歩コースを毎日歩かされているようなものですね。最初は快適だけどそのうち景色に何も感じなくなってしまうような。
そうです。ハズレがないということは自分の感性を今の枠組みから一歩も外に拡張してくれないということと同義なんですよ。
AI音声要約:ジャケ狩りという儀式と投資としての損失
ここからが本当に面白いところなんですが、その絶対にハズレないアルゴリズムへのアンチテーゼとして著者が実践していたのがジャケ狩りという儀式なんです。
ジャケットのアートワークだけを頼りにCDを狩りる手法ですね。
はい。著者はタワーレコードの視聴コーナーも毎週チェックしていたらしいんですが、それだけじゃ神父の波に追いつけない。だから、窒野でジャケットから音を想像するんです。
この知っているアーティストの隣にあるし、このフォントの感じからしておそらくこんな曲調だろうと当たりをつけて狩るわけです。もちろんそれで大ハズレを引くこともあります。
まあ、勘だけが頼りですからね。
でも5枚1000円なら1枚ハズレてもたった200円の損失だから許せたと彼は語っています。これって自分の道への投資あるいはガチャみたいなものですよね。
この200円の損失という痛すぎないけれど確実にあるコストが非常に重要な働きをしているんです。
AI音声要約:ハズレ体験から音楽性の拡大へ
そして最大のポイントは最初はハズレだなと思ったアルバムがだんだんよく思えてくる現象が起きるということなんです。これリスナーのあなたも経験ありませんか。
人生のアンセムになった曲が実は最初の第一印象は最悪だったなんてことはよくある話ですよね。
著者もまさにそうで20代の頃はゴリゴリのロキノン上等主義だったそうです。念のため補足しておくとロキノン系というのは日本の音楽カルチャー特有の言葉でギターがギュンギュンなっているようなオルタナティブロックとかグランジーを一乗主義とするある種のロック好きの壁みたいなものですね。
つまり強固なコンフォートゾーンがあったわけですね。
でもこのジャケ狩りとハズレ体験の蓄積によって次第にフランクザッパのような前衛的なものからヒップホップ、果てはEDMまでも愛せるように自分の音楽性が劇的に広がっていったと語っています。
これをより大きな視点に結びつけて考えてみると、私たちがなぜ最初は嫌いだったものを好きになることができるのか、その心理的なメカニズムがはっきりと見えてきますね。
AI音声要約:サンクコスト効果と単純接触効果
単なる気まぐれじゃないってことですか?
ええ。著者は物理的に筒屋に足を運び、5枚の枠をどう使うか悩み、そして200円という未然を切っています。
はい。
さらに手元には1週間は返却しなくていいCDという物理的な制約がある。ここで強力なサンクコスト効果、つまり切迫お金も手間もかけたんだからもったいないという心理が働くんです。
ああ、なるほど。サブスクだったらイントロを数秒聴いて、あ、自分の好きなロックじゃないやと思ったら一瞬でスキップして二度と聴かないですよね。
その通りです。今の私たちはスキップできる自由を持っていますが、それがかえって未知のものに対する忍耐力を奪っています。
本当にそうですね。
しかし物理的なCDの場合はとりあえずカーステレオで流しっぱなしにしておくかという行動が生まれる。この流しっぱなしの時間が魔法をかけるんですよ。
魔法ですか。
心理学で言う単純接触効果ですね。最初はなんだこの電子音はと思っていたEDMやザッパの複雑なメロディーも3回4回と耳を通過するうちにあれなんだか心地よくなってきたぞと脳の処理回路が変わる瞬間が訪れるんです。
なるほど。コストを払ったことによるもったいない精神が強制的に自分の壁を壊すための滞在時間を作ってくれていたんですね。
そういうことです。不便さと物理的な制約が結果的に彼のコンフォートゾーンを拡張する最強のツールになっていたわけです。
AI音声要約:ジャケ狩りから生まれた具体的な出会い
その結果として著者はこの偶発的なディグリから具体的な名番立つと出会っているんですが、部語具に挙げられているリストがまた面白いんですよ。
どんなアーティストが挙がっているんですか。
例えばスウェード。彼は純粋にジャケットのエロカッコよさだけで手に取ったそうです。結果的にそのサウンドの虜になり、家の玄関にポスターまで貼るほどの熱狂ぶりだったと。
へー、ジャケットの視覚的な魅力から入ってそこまでの深い愛着を生み出したわけですね。
さらにレディオヘッドも上がっています。初期のギターロックサウンドはもちもんですが、当時のロックファンを大いに戸惑わせたエレクトロニカ路線のキッドエイやアムニアックですね。
ああ、あのあたりは確かに賛否両論ありましたからね。
ええ、これらもノリで借りてみたら個人的にアリだと気づけたそうです。これってまさにロック市場主義の壁をジャケ狩りのノリが突破した典型例ですよね。
なるほど。
他にもミューズとの出会いもツータヤのおかげで初期の2枚は彼にとってたまらん状態だったと振り返っています。
単なる情報の取得ではなくて、生々しい感情の記憶として深く刻まれているのがわかりますね。
AI音声要約:物理的プロセスが愛着を増幅させる
つまり、これってどういうことなんでしょう。私が思うに単に良い曲を見つけたという事実以上の何かが起きていますよね。
はい、そうですね。
テンポに行き、ジャケットのビジュアルを眺め、あのそこに収められている音を想像し、家に持ち帰ってコンポに入れる、この一連の物理的なプロセスそのものが音楽への愛着を増幅させているんじゃないでしょうか。
そこがまさに本質だと思いますね。視覚情報から得たエロかっこいいという期待値と、実際にスピーカーから流れてくる聴覚情報、この2つが頭の中で衝突したり見事に合致したりする時の感情の動きが、単なる楽曲の主張を超えた個人的な物語を生み出しているんです。
個人的な物語ですか。
ええ、サブスクのアルゴリズムから、はい、あなたの過去のデータから計算された好きな曲ですと提示されたものには、自分自身が介入する余地がありません。
確かに、ただ受け取るだけですからね。
しかし、自分でジャケットを見て当たりをつけ、ハズレかもしれないリスクを背負って持ち帰ったCDが最高だった時、それは私が見つけた私のための音楽という強烈な文学を持ちます。
ああ、わかります。その達成感というか。
プロセスに投資した労力そのものが、感情移入のブースターになっているんですよね。
なるほどなあ。だからこそ、10年以上経った今でも色あせない記憶として、玄関に貼ったポスターの光景まで鮮明にブログに書き残されなくなるほどの体験になっているんですね。
効率だけを追い求めていたら、絶対に手に入らない豊かさだと思います。
結論:ハズレを引く経験のデザインと人生への応用
さて、ここまでミュラー氏のブログをもとに、音楽のディグり方の変化と、そこから失われたものについて深掘りしてきました。全体を通して、今の私たちにどんなことが言えるでしょうか。
ハズレを引く経験をデザインする、ですか?
はい。これはエンタメ産業の作り手へのメッセージであると同時に、私たち消費者側の生き方へのメッセージでもありますね。
本当にそうですね。偶発的に自分の視野を広げ、自分が知らなかった価値観とか違いを受け止めることを学んでいく。これって音楽に限らず、人生のあらゆる場面で必要なことですよね。
ええ。情報型であらゆることの正解ばかりが最短ルートで提供される現代において、私たちは無意識のうちに失敗や縁回り、そして無駄な時間を極端に恐れるようになってしまいました。
コスパスパってよく言われますもんね。
そうなんです。しかし、その効率化の代償として私たちが本当に失っているのは、予期せぬ感動や自分自身の汚りを大きく広げるためのノイズとの格闘なのかもしれません。
リスナーのあなたもぜひ考えてみてください。自分の生活の中にどうやって意図的な回り道や美しいハズレを組み込むべきか。
日常のちょっとしたスパイスになりますからね。
たまにはアルゴリズムのオススメを完全に無視して、本屋で目をつぶって棚の端にある本を選んでみるとか、全く知らない駅で降りてみるとか、そういう小さなジャケ狩りの精神が今の私たちには切実に必要なのかもしれません。
効率を手放した先にこそ予測不能な面白さが待っているということですね。
問い:アルゴリズムが進化した場合の個性の問題
そういうことですね。では最後に、今日の深掘りを踏まえてリスナーのあなたに一つ問いを投げかけたいと思います。
冒頭で注文しなくても一番好きなケーキとコーヒーが出てくる完璧なレストランの話をしましたよね。
ええ、一切のストレスがないけれど新しい発見も延々にないレストランですね。
もし私たちが日々触れているアルゴリズムがこれから先さらに進化して、あなたが絶対に好きなものしか提供しなくなったとしたら、今あなたがこれは自分の個性だと思っているその趣味や思考は本当にあなた自身のものなのでしょうか。
ほう。
それともただ機械の計算式が見せているだけの鏡の反射に過ぎないのでしょうか。
なかなかハッとさせられる鋭い問いですね。
次にスマホを開いて音楽を聞くとき少しだけ考えてみてください。そしてたまには自分でメニューを開いてあえて変な料理を頼んでみましょう。
今日の深掘りはここまでです。お聞きいただきありがとうございました。
ありがとうございました。
実験の感想とブログ記事への誘導
はい、ということで今回の実験は以上でございます。どうですか。
元ネタを読んでいる私、書いている私からしたら随分ここまでアカデミックな感じになるんだなって感じながら聞いてたんですけど、
まあまあ初見でも普通にありそうな音声じゃないですか。
ぜひこの後でもいいんですけど、概要欄にリンクを貼っておきますので、
このブログよかったら見ていただけると2度美味しいかなと思いますのでぜひご覧になってください。
今回はこんな感じの実験の音声でございました。
また面白いネタがあったらシェアしていきますのでよろしくお願いします。
ではこの辺で今日は失礼します。