ただ、そうね、だからその、この英国のさ、この観客でも知ってて当然、
まあ知ってるけど内容についてはそこまで、もちろん知らん人もいるっていう、
なんかこのギリギリのラインを持ってきたっていうところでも、その挑戦であったみたいだね。
まあそういうのか。
でもあともう一つさ、私たちはやっぱりその宗教観っていうのが、その、ね、理解できないというか、
やっぱその、なんかその、えっとキリスト教、もうちょっと乱暴にくくっちゃうけどさ、
キリスト教って言われる、いわゆるその宗教に親しみのある、そこからやっぱり来てるこの回復プログラム。
すごくこう密接なものがあるなっていうのを、作品を見ながらも感じたし、
その日本ではなんでこういうのがあんまりメジャーにならないのかなっていうのはやっぱりそこなのかなって思ったりもしたし、
作中にもね、すごい神様言及すごいたくさんあって。
冒頭で私は無神論者ですとか、教会行きませんみたいな、大前提として喋ってるんやろうなーっていうのがあったよね。
そうだよね。なんかその、無神論者ですって言うっていうところが、もうすでに神と隣り合わせの生活を、世界で生きてる方たちの会話やなって思いながら。
まずそれが出てこない。
そう、出てこない、出てこないのよ。そうなのよ。
うちらの世界線なので、私は八百万の神を信じております。お米の神様ありがとうとかね、毎日言うてますって言うこともないし。
本当に根底にはあるよ、もちろんその気持ちはね。何かをしようとするときに神様お願いしますって神頼みですよね。
あと豊田神様もね。
豊田神様もいますしね。お守りも買ってくるし、もちろん初詣にも行ったりもするし、なんかただそれとはまた違う生活の根付き方というか。
日本は日本でこういう風土に培われた文化があるので、それだとちょっと理解しにくいところはやっぱりあるよなと思うので、私にとってはやっぱりちょっとまた説明不足のところも否めはしないけど、うちら向けに作ってるわけじゃないから全然。
それはそう。ただなんかその、そうだね、それでいくと私はやはり、すみませんネタバレでお話ししますね。大丈夫ですかね皆さん。ここまではそんなにやったと思うんですけど、ちょっと本編行くんですけれども、最初はやはりその、私たちがジェームスとルカとの初対面のシーンっていうのが、私たちにとっても初対面だし、ジェームスとルカも初対面ということもあって、
最初はなんかこう、どの辺からちょっと私は入っていけばいいのかなと思いながら、だいぶ外から周りから見てたけど、やはりその進むに従って、なんかちょっとこう、それぞれの彼らその役柄に愛着というか、共感できるポイントっていうのもちょこちょこ出てきたりとかして、
そこの部分で、最初はわりとその、今回ブラックコメディっていう風に言われてるけれども、イギリスの方たちが本当に好むような、もうギリギリのラインの話題もそうだし、そのツッコミ方もそうだし。
だんだん私は馴染んできまして、楽しく見れて、ウィリム・デ・フォーが出てきたあたり、すっごい面白かったね。
そこ?っていう。
めっちゃ面白かったな。上手やった、あのルカ。
原映なのか何なのか、スポーツジムで走ってる時に横にウィリム・デ・フォーが来たっていう。
そう。
それはもう神扱いっていうね。わかるよ。
あれは面白かった。あれがあって、私は今回すごくハマれたかなっていう。
二人芝居やのにさ、ウィリム・デ・フォー出てたで、と思って。
微妙なラインついてくるよね。
そうそうそう。
言ってる知らんの境界線を攻めていって、いやでもグリーン・ゴブリンはそれは神ですよって。
たぶんそれぞれの見てるお客さんにその共感ポイントっていうのかな。
グッとまず引き込まれるポイントっていうのが、いろいろ散りばめられてた作品だったんじゃないかなって思うのね。
ちょっとこう、レビューというか感想がバラバラにとっつらかっちゃって申し訳ないんだけれども、今ちょっと思い出したことがあるんで喋っていい?
もちろん。
今回のナショナルシアターライブ、二人芝居じゃない。
二人芝居でセンターステージ囲み舞台でっていう状態でさ、
これが前にね、アンドリュー・スコットさんのワーニャを見た時にもすごく思ったことだったんだけど、
やっぱカメラワーク、たった一個のカメラの位置だったりカメラワークっていうのがすごく影響する作品になるだろうなと思って見に行くの。
今回その上からの俯瞰のカメラっていうのが一個あったじゃない。
決して現地で見たお客さんが見ることのできない構図のカメラね。
あれがね、私はね、ここにカメラ置いたんやって最初見て思ったんだけど、
あれやっぱ言ったら神の視点ってことだよね、一個。
多分ね。
それがさ、すごく意味を持っちゃうっていうことに対して、ここにカメラをこうってライブ撮影チームが決めたのが、
どんな過程であそこに置くことになったのかとか、それは是非にだね、みたいになったのか、すごく興味深いなと思って見てた。
ごめんね、急にちょっと思い出したんで言った。
センターステージって本当に扱い、すごく魅力的なんだけど扱いにくくて、一人の顔が見えてたら一人の顔が見えないのよね。
そうそうそうそう。
基本的に。
だからこれは映像で見るの正解なんやね、ある意味。
ちゃんと撮ってくれる、見やすい位置で撮ってくれるので。
でもあれ、基本的に斜め対角線を撮ったら一番顔がよく見えるはずやし、
演じても、やっぱりちょっとクルクルクルクル顔を動かして、なるべくお客さんに自分の顔をたくさん見せるようにずっと工夫してやってらっしゃったし、
そのシーンシーン、一番二番三番っていうのも構成を構図を変えてやるっていうので、すごくビジュアル的に苦労されたんだろうなっていう、苦労して成功されてるので全然いいんやけど、
ただ結構最後の方とかの激しいシーンとかで、これ方向によってはちょっと捉え方が変わりそうやなっていう、どっちを主観にするかっていうので、物語が捉え方が違う人がいるかもしれないなって思って、
私がこのナショナルシアターライブの作品として見たイメージとは違う印象を劇場で見た人は持ってるんかなとかってちょっと想像しちゃった。
そうかもね。複数回ご覧になった方もきっと現地でいらっしゃると思うんですよ。こっちで見たら次、あっちから見たいじゃない。
そうなの。
ね、それはね、絶対あるやろうなと思いながら。でもね、日本だと座席選べないからさ、ああ、同じ席かいみたいな、あったりするんだけどさ。
こっちじゃなくて。
そうそうそうそう、いいよね。多分ロンドンはさ、きっと選べるからさ。そうなんだけど、めっちゃわかります。
ストーリー的なところにちょっと言及させていただきますと、私がちょこっと調べさせていただいたとこですね、この脚本のデビット・アイルランドさん、非常に注目の劇作家さんだそうなんですが、
この作品はですね、ご本人自身が23歳の時にAAこのプログラムに通ってた経験が元になってるそうなんですね。
で、本人曰く1年間一人で禁止してから通い始めたと。で、2、3年続けてみたけど、まあ自分には合わへんかなと思ったというふうに語られてるんですが、
で、ある日、ジャック・ローデンがあなたの作品に出演したがってますと連絡が来たことがきっかけで、このお芝居しようっていうふうになったそうなのね。
びっくりするわなあ。
びっくりするよね。そうそうそうそう。で、結構そのジャック・ローデンさんとアイルランドさんが見た目に似ているみたいな、そういうことも話題になったりとかもして、で、そのあたりとかも取り組みながら作品作られてたそうなんですが、
今回の作品はマーティン・フリーマンさんなんですが、一応再演的な位置づけになるのかな。ちょっとステップアップしてロンドンで上演してる。もともとはスコットランドで上演された作品だったので、その時はマーティン・フリーマンさんじゃなかった。
なので、初演が2024年か。結構長いことだからずっと2年ぐらいかけてこの作品上演されてたってことになるのかな。演出も結構違ってたみたいで、初演はどうだったのかな。ちょっとその囲み舞台だったのかどうかがわからないんですが、多分ここも変えたのかな。
この遠景舞台にすることで、AAミーティングの雰囲気とスパークリングマッチの両方を表現したと演出家の方が語っているので、そういう感じだったみたいです。でね、今回のナショナルシアターライブ、このナショナルシアターオブスコットランドっていうのがスコットランドにあるんですけど、この作品を取り扱うの初やったみたい。
初のナショナルシアターライブ映像化だ。そうでございます。
スコットランドって書いてるって思ってる。確かに。
そう、で、すごいスコットランドなまりやったやん。
うん。
ね、あいあいみたいな。
何言ってるのかただでさえも分かれへん。それはキツすぎる。何ステップあるんですかって。
いや確かにね、確かにね。いやでも分かりやすかったけどね、そこではね。
まあまあ、半分ぐらい放送禁止用語だったなっていう。
まあそれはね、ほんとそう、ほんとそう。なので、それでね、結構なんか、でもそんなことは皆さん物ともせずに、作品楽しんでらっしゃったイメージですけどね。SNSの話も結構出たらね。
お客さんがね、盛り上がってはるし、まあまああんな近くであんなことやられたら、それはみんな盛り上がるわなと思ったけど。
結構な熱演やったからね。熱量すごいなっていう。
そうやね。今回の作品ね、ごめんね、さっきからナショナルシアター部スコットランドのことばっかり言ってるんだけど、すごい気になってさ、調べてたら、スコットランドの国立劇場になるんだけど、実はね、自前の劇場を持たないんだって。
で、劇場とか、村のホールとか、学校や空港や団地とか、森の中とか、いろんな場所に出向いてツアー講演を行うっていうのが特徴らしくて、めっちゃ面白くない?
すごいね。面白いね。
だから、今回、ロンドンでの上演作品を私たち拝見したわけなんですが、ちょっとまたね、そういう、なんだろう。
国立旅行演一団みたいな。
そうそう。面白いなと思って。
そうそうそうそう。ごめんね。
あり方として正しいけどね。
正しい。劇場ってやっぱ、そうやって欲しいし、そういうものだよね。演劇っていうのはね。
ここでしかできないことっていうのをね、探求して欲しいなって思っちゃうので。
そうだね。ちょっと待って、感想になってんのかな。ごめんね、もうザックバランス過ぎて、今日の会話。皆さんすいません。
あのね、感想っていうのがね、感想らしい感想、正直に言います。モテなかったの、私。
しーちゃんね、そうだよね。そうそうそうそう。
なんか、悪口じゃないよ、悪口じゃないねんけど、この2人が熱演するのは知ってる?って思っちゃって。
そうだよね、それはわかる。
お芝居のレベルとしては、すごいって思ってるから、想定範囲内やって、すごいね、すごいっすよって思っちゃったのよ、どっかで。
そうだね、ごめんね、ナショナルシアターライブのホームページに書かれてる売り文句とか、作家の紹介とかで、
作家さんに関しては最も刺激的で毒のある作家として知られている、みたいなことを書いてあって、
毒か、みたいな。
なんか、毒に感じなかったんかな、私が。
あー、わかるわかる。うん。
そうやね。
って思ってしまって、演出に関しても、視覚的なストーリーテリングとか、身体的なか、ダンスと演劇、マルチメディアの融合みたいなことを書かれてて、
いや、ダンスってジャック・ローデンさんのあれ?みたいな。
ほんまやね、ダンスなんかあったっけ?
あの、ゴスペルに合わせて身体を…
揺らしてた。
重厚無尽に動かすフリーダンスがあったけど、あれのことか?とかって、
売り文句と今回見たやつが、私の中でちょっと合致しなくて、
なんかちょっと、すごく面白い芝居やし、好きだし、
感動はせんかったけど、素晴らしいものを見たっていう感想はあんねんけど、
感想が言いにくいなっていうのが正直なところなんですよ。
そうだよね。
いや、わかるよ、わかるよ。
なんか、ちょっとね、この収録をする前に、
実は私、しんちゃんと、私が最近見た別のお芝居について、全然ナショナシであれば関係ないんですよ。
別のお芝居についての感想もちょっと話したりとかしたんだけど、
やっぱりその、今時の、今流行りのお芝居ってあるよねっていうのが、
私のテーマというか話題だったんだけれども、
それが今回のこれにもゆえてるなっていうのがすごくあって、
今の二人芝居、今の会話劇やなっていう、
なんかそれがめっちゃ新しいとかさ、
すごい思いもよらないこんな演出があってのが決してないんだけれども、
あ、今なんだなっていうのを感じたっていうのでは、
すごくその、ナショナルシアターライブ見に行ってよかったなみたいな、
全然うまく言えないんですけれども、すごくそれをいつもよりも感じました。
そうね、なんかその、
古典をやる、
例えばさ、またこのやりはるから、ふと浮かんだけど、
みんな我が子とかがすごく昔に描かれた劇局なのに、
やっぱり痛みとして現代的に共有ができるとか、
っていうすごさってあると思うんだけど、
今回なんかそういうのではないんだなって。
痛みの共有っていうのがちょっと遠くて。
でも多分そこもすごく掘り下げるっていうよりかは、
結局彼らが言っていたことっていうのが本当に本当のことだったのかっていうのは、
観客にも、そしてなんかジェームスとロッカーのお互いでも分かってないと思うし、
そこの部分っていうのが分からなくてもいいんだろうし、
ただこういう時間をお二人が過ごして、今こんな感じだよっていうのが、
なんかその、そしてふわっとした終わり方ね。
またじゃあみんなで、二人で参加すっかみたいな感じでさ、
集まりに行こうかって終わってた、あの感じっていうのもすごく今っぽいなっていう。
そうなんだよね。
だからもしかしたら、これはされるか分かんないけど、
50年後とかに、なんかこう世界がもうちょっとあり方が変わったときに再演されることがあったら、
そこでなんかまた改めて、あの時ってこうだったんだねとか、
これは今は違うよねみたいな、なんかこう解釈、
私たちみたいなね、解釈求めてあがっちゃう観客が、
新しくその色をつけてくれるものなのかもしれないなって思ったりもして、
なんかすごくその新作二人芝居で、なんかこの出来立てホヤホヤっていうものに関して、
その求めているその完成度の方向の違いっていうのかな。
それがね、特にね、私は好感を持って撮れることができたかな。
っていう感じなんだよね。
妹がね、連れて行ってよかったよって言ってくれたっていうのもすごくあって、
それも大きいかもしれない。
一人で見に行ってたら、また違う感想だったかもしれないけどね。
あーそうね。
っていうね、
もうあと2分で終わっちゃうよ。
なんかちょっと不思議な体験ではあったかな。
そうだねそうだね。
だから、
なんかこういう、最近ね、個展が結構多かったから、
シェイクスピアとかやったからね。
そうそうそうそう。
なので、またこういう新作、舞台っていうのを見たいなっていう気持ちはすごくあるので、
ぜひぜひ、ナショナルシアターライブさん、
すいませんね、今日ね、感想まとまりがなかったんですが、
こんな感じで、新作久々に見て、不思議な気持ちを抱いてますので、
また見たいなと思います。
はい。
ですね。
ちょっと他にご覧になられた方ね、ちょっとあの感想も、
つぶやいている方もいっぱいいらっしゃると思うんですけど、
またちょっと改めてシェアしていただければ、改めてね、
ちょっと考え直す時間が取れたらなと思います。
そうですね。考え直そう。
はい。というわけで、モンスタロンの鍵でお便りを募集しております。
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Spotifyへのコメントも大歓迎でございます。
本当にお待ちしておりますので、
ちょっと私たちのこの感想を叩き直してやってください。
というわけで、今回焦りまくって、
トンズラしようとしておりますが。
こんな感じでね。
またまた次回の野田さんのシアターライブ、楽しみにしております。
というわけで、今日はこの辺りでお別れしましょう。さよなら。
ありがとうございました。
はい、というわけで、
私たち、すいません、これ追加で収録を今しております。
あのね、先ほど、
あのギリギリ40分駆け込みでね、
1本撮り終わったつもりでいたんです。
ただね、ちょっと2人ともでいいんかな。
言い残したことがあって、
もやもやしておりまして。
なんならちょっと撮り直すか。
ぐらいの感じのことまで言ってたんだけど、
そこまでね、
別に私たちは嘘は言ってなかった。
嘘は言ってなかったし、
共有したい情報ももちろんいっぱいあった。
はいはい。
そういうものの後まで。
こういうトーンでお届けする感想の追記になります。
本当に気悪くされる方はもう切ってください。
ガツンと切ってください。
何かっていうと、
私たちは実は見る前も見た後も
めちゃくちゃ大絶賛ではなかったってところがポイントなんだよね。
そうなの。悪くはなかったよ。好きよ。
ただそこの部分っていうのを、
表面を撫でたような感じの確信に触れない、
正直な気持ちどこにも出してなかったやんっていう。
最後にポロッと出かけたけど、
シュッと終わらせるっていうね。
それあかんなって反省してんな。
もうすみません。
嘘つきの大人にはなりたくないので、
どこのブルーハーツじゃいみたいな感じになってますけど。
いいねいいね。
自分の子供心に正直に少しだけ追加をさせていただきたいので、
もし良ければお付き合いいただければと思います。
そうですね。これは本当に作品が良かった、
大絶賛で楽しかったっていう方には、
もしかしたらちょっと嬉しくないというか、
楽しくない内容かもしれないので、
そういう方もここで終わってください。
がっつり。
終わってください。
お疲れ様でございました。
本当にそうなんです。
また次回お会いできれば嬉しいです。
何から話したらいいのかな。
ナショナルシアターライブね、
いつも次はこれやるんだってって情報が出た時にね、
しんちゃんとどんな作品になるのかなみたいな話はするわけ。
あるいは何もこれはネタバレなしで、
何も見ずに行くぞっていう気持ちで行く時もあるわけ。
いろいろある。
楽しみにしているものもあれば、
何の期待もしてなかったのにむちゃくちゃ面白かったやってなるのもあるのが分かってるので、
どっちにしろ楽しむつもり満々で行ってた。
今回に関してはこのキャストなので、
期待値はもうマックスなわけですよ。
私はそこまでじゃなかったよ。
本当?
なぜか話題の人たちだよって思って、
そういうタイミングでやってくれるっていうのがね。
そうなの。
期待値っていう部分において言うと、
その情報出るやん。
ジャック・ローデンとマーティン・フリーの2人芝居、
83分でかつ囲み舞台。
何もないところでの。
忙しい2人にぴったりの演目を、
83分。
稽古時間だったりとか。
もちろん演劇、物理的に稽古時間がめっちゃ必要なやつありますから。
そういう意味で、いい意味でも悪い意味でも、
勢いでやっちゃえる作品を持ってきたなと思って。
2人やから時間かかってないとか豪華じゃないとか、
そういうことを言いたいわけではなく、
例えばさっきも話題に出ましたが、
アンドリュー・スコットさんの、すみません、
名前をどうするしました。
ワーニャ。
一人芝居っていう。
あれはね、
ワーニャのワーニャおじさんの再解釈っていう意味で、
古典を現代に持ってきた、
どう演出するってことがもちろん一番のポイントなので、
まあまあびっくり行点の、
1人で8役を演じるっていう、
今まで見たことのない1人芝居を見せつけられて、
口ポッカン開いたっていうのがあるんだけれども。
実験的だね。
そうそうそうそう。
なんかちょっとやはり、
ナショナルシアターライブに対して、
そのぐらいのレベルの何かっていうのを、
心の中で求める私っていうのはいて、やはり。
そうなのね。
古典は古典でやっぱり新解釈でとか、
えぐられるわっていうのがたくさんあったし、
そうじゃなかった作品に関しては、
正直に言うのがウチらやねっていう。
そうそうそうそう。
今回は宣伝文句、
さっきしんちゃんも言ってたけどさ、
あれ?なんかそんなダンスとか、
そんなすごいのあったっけみたいな。
売り文句に対して内容伴ってたかみたいな、
別に作品の本質関係ないところの話なんだけどさ。
それだったりとか、
私がその2人芝居で、
マーティ・フリマとジャック・ローデンで、
こういう題材で83分のものをやりますって、
言われた時に抱いた印象っていうのは、
なんていうのかな、
以下でも異常でもないみたいな、
非常に失礼なことなんだけれどね、
熱演されてたあの方たちに対して、
それはちょっと抱いちゃったなっていう感じかな。
言葉を選ばずに言うと、
あざといなって思ってしまった。
それはあれでしょ、
マーティ・フリーマンがうさぎの耳をかぶってたからでしょ。
あれあざとかったもんね。
あざとかわいい。
あれをあざといよね。
キャーってなるよ。
いや、かわいいって思ったよ。
思った自分が悔しいわっていうぐらい。
まんまとじゃん。
ね、そりゃそうなんだけど。
でもなんか、
こういうマーティ・フリーマンが、
見たくて見たくてっていうのを、
もちろん作家さんも演出家さんも持ってるとは思うんだけど、
若干見たいんでしょっていうのを感じてしまって。
それはね。
あとさっきチラッと集落外でも話してたんだけど、
いつものマーティ・フリーマンだねみたいな、
知ってる知ってるみたいな、
このマーティ・フリーマンさん何種類かあって、
このタイプのマーティ・フリーマンですね今回みたいな、
このちょっと物足りなさはどうしてもあった。
ジャック・ローデンさんはすごくキャラもね、
とても個性的なとこもあったし、
本当に神を信じる、
なんていうのかな、危うい感じね。
若者の、
あ、なんか俺知らんかった世界にちょっと足踏み抜いたら、
え、実はめっちゃ良かったんやんかみたいな、
あの感じの、え、君そっちいいの?みたいなさ、あるやん。
調べながら見せたらみたいな。
だからその辺とかもすごく好感が持てて、
それは本当にキャラとしても面白かったなと思ったし、
それをジャック・ローデンがやってるっていうので、
新しいジャック・ローデンではあるかと思ったんだけど、
若干俺神になるっていう短絡的な感じね。
そうそうそう。
それはとても楽しかった。
それにね、どうしてもね、マーティ・フリーマンは観客、
私たち観客の目線をさ、代弁してくれてるとこもあるから、
リアクションするしかないからさ、仕方がないと思うんだけど、
なんかちょっとそれ物足りなかったかな、みたいなね。
ということで、ちょっと物足りなかったの。
83分で終わる?
あれ100分はいけるよ。
あれもう一パターンいけるよね。
もう一個、実はっていう、
ジャック・ローデンさんの方、JM、
じゃ、テオか。
ロ、ロ、何だっけ。
ルカ。
ルカ。
ルカです、はい。
の方が、知らない世界に飛び込んでいく。
で、マーティ・フリーマンは隠してた裏の顔があるっていうので、
もうその83分紡いでいくわけやけど、
もう一個なんか転機が欲しかったよな。
でもなんかそれがさ、私さっきも言ったけど、
物語を面白くするために、
ちょっとこう、転換入れる。
どんでん返しだったりっていうのを入れるっていうのは、
今のバイブス的に違うんかなーって思ったりもしたわけよ。
バイブスね。
今なんかなーみたいな。
すいません、使い方よくわかってないのにちょっと言ってみたかったんで言ってみました。
上からさ、紙コップ落ちてくる。
あれオシャレなやつやったなと思ったんやけど、
オシャレやったね。
どの軽さなんやろうなと思ってんよ。
あれ私、軽いなと思ってん。
軽いか重いかで言うとね。
軽く終わらせてくれたなと思って、その重い題材をね。
で、それでいくと、じゃなんか、
結局、さっきも言ったけど、
ジェームズが話してることとか、
あとルカがさ、本当にその不倫相手おったんかとか、
ジェームズの奥さん。
そうそう。
ね。
そのジェームズの奥さんかと思わせといて、
ジェームズもそう信じてって、
ただちゃうんかいっていうのが一瞬で終わってて、
それをほんま?って思う時間が欲しかったんだね、もう一個。
いやそれを、実はじゃねえっていう、
軽くいなして終わるみたいな、
ちょっと今的な、それが本当に現代的やなって思う。
やろ?今やろ?
そうやね。
だから、今がこれやねんなと思って、
ちょっとその部分が、
でも、でも、なんか欲しかったっていうのも本心のとこでもあって、
むずいね。
それか、ジェームズの奥さんでなかったにせよとかね、
なんかもう一個トラブルがあったとか、
なんか重さが欲しかったな。
そうやねよな。
ただ、本当にこれは、
こういう二人芝居とか三人芝居のやつって、
まあまあすられてきたわけじゃない。
で、実はこう、AさんがAだと思ってたのが実は違ってたとか、
実はこの、まあめっちゃわかりやすいので言うと、
なんか医者と患者と思ってたのが実は逆でしたとかさ。
ありますね。もう有名な作品でもあるしね。
いっぱいある、いっぱいある。
そうそうそうそう。
でも、それってもうなんか、すられてきたじゃないけど、
そういうのももちろんみんな想像しながら見てるよね。
わかるよわかるよ、そこの期待値もあるよ。
わかるよわかるよ。
でもね、そういうことじゃないよね、現実ってみたいな。
そんな感じなんだろうなっていう。
そこの部分の落とし込みが、
なんかフィクションとその現実の部分のこの、
なんていうのかな。
まさに今書かれてる新作で、
しかも自分の自伝的な作品っていう部分を紙すると、
ああやっぱりこうなるのかなっていう。
ただフィクションとしてもう一声。
これ結構本家のあたりに対して思った気持ちではあるんだけど。
だからそれが、
演出に関しても、
ちょっと面白い舞台構造になってて、
センターで、どんどんどんどん椅子を片付けていって、
片付け方最高やったね。
あ、ここに片付けるんや、新しいと思って。
ちょっと怖がりみたいなのがついてて、
その下に、
で、この高さのもの入らへんやんって思ってた机も、
なんか破壊衝動に任せて破壊したという風に見せかけて、
折り畳み。
台座外して下に収納して、
そのコーヒーとか、主にコーヒーカップか、
あとケーキの箱とかっていうちょっと消え物とか、
この奥だけがどんどんどんどん舞台上に、
その日数群取り残されていくっていうの、
面白いなと思って。
面白かったね。
あれも今時よね、あの感じね。
そうなの。
今時なの。
で、私そこでなんか、
マルチメディアと融合してくれると思っててさ、
例えば、例えば?
いや、あそこからさ映像がさ、
ブワーって立ち上がってきてさ、
原映の椅子が見えたりとかさ、
それこそ、原映のウィリアム・デフォー出てこねえかな?
ウィリアム・デフォー?
映像で、ホログラムで。
ちょっと待って、それ果たして、
面白いものになったかどうか謎やけどな。
聞こう?聞こう?
マルチメディアって言ってたからさ。
書いてたもんね、マルチメディアの融合って書いてた。
歌い文句で歌ってたからね。
そうだよね、どうなのかな?
向かいが見えてる映像として、
後ろぼんやりとした人影でもいいから、
見えたりしねえのかって思ったんやけど、
確かにね。
そんなマルチなメディアはなくて。
だからこその囲み舞台だったんか、みたいなね。
そういうのもなかったしね。
床に人影がとかって、
やるんかなって思ったのよ。
わかる。
小上がりの下の隙間から煙が出てきてとか、
はいはいはい。
そこまで想像したのよ。
めっちゃ想像してた。
頑張ったの、しんちゃん。
期待しちゃったんだよね。
そういうことじゃないやなっていうね。
ドシンプルやったねっていう。
まあね。
結果ね、もちろん私たちシンプル好きですよ。
シンプル好きやねんけど、
シンプルすらも、本当に本当にすみません。
失礼な言い方なんですが、
それすらも活かしきれてたのかなっていう。
どっかで私が今比較してるのが
イボバンホーベさんなのよ。
同じ、全く一緒。
びっくりした。
実は妹にもその話して、
イボバンホーベってちょっと狂った人がいてねっていう。
またもの見に来ないって。
そうそうそう。
今度ね、みんな我が子で
イボバンホーベ版を見れちゃうわけなんですが。
すごく楽しみなんだけど。
舞台とか、それこそ椅子と。
椅子の名シーンよ。
小道具とかも最小限に抑えた中で。
足からの眺めね。
もしヘッダガーブレルとかも。
まったく何もないわけではなくて、
ただ効果的に使われる小道具とかがあったり。
淡々と進んでるように見えて、
どっかやっぱり視覚的、聴覚的にももちろんやねんけど、
ドキッとさせられる何かがあるって。
そうなんよね。
そこが心が、心臓つかまれるみたいなギリギリギリっていう、
なんか歪みというか、
刺激というのであれば、あれが刺激なんじゃないかなって思うものを求めてしまったの。
わかる。ちょっとなんかシンプルであればあるほど、
やっぱそっち系を求めちゃうんだよね。
ということで、今度こそ本当に締めに入らせていただきたいと思います。
お願いします。
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本当は、そんなことないやろうっていう怒りのメールも、
本当にお時間を許せば、私どもまでご意見をお寄せいただければと思います。
知ってるの。たくさんの妄想ロンドナーさんたちがね、
私もフォローさせていただいているフォロワーさんも、
現地にこの芝居を見に行かれた。
これも私は見てるので知ってるの。
なので、たぶんその方たちからしたら、
いや違うねんと、やはり現地で見るのと、
その映像とね、違うねんっていうお声が絶対上がってるってことも、
分かってます。分かってる。
マーティ・グリマさん、手伸ばしたら触れるところにおったら、
それは興奮せえへんわけないし。
いや、そう。だから本当にそれはもうごめんなさい。
なんだけど、その時期にお話ができて、
今日は良い夜になったなと思います。
やっぱ収録は夜がいいね。
前回昼にしてなんかソワソワしたからさ。
何の世界に、闇の世界にできてんの?
闇の世界で、基本闇属性やからさ。
そうそう、ロンドンもA面じゃなくてB面好きやからさ。
なんかあの煌びやかなさ、英国王室みたいなさ、
アフタヌーンティーと田園みたいなさ、田園じゃないわ、庭園みたいな、
そういうロンドンのね、特集には全然さ、アフーンって感じやんか。
すきついて地下帝国に潜ろうとしておりますので。
そうやねん、そうやねん。
なんか私のことをさ、ロンドン好きやからって言って、
いろんな人がロンドン風のカフェに誘ってくださるのね。
なんか調べてくれて、めっちゃありがたいねんで、
わーって行くんやけど、
でも全然それ私の好きな方のロンドンじゃないから、
ごめんって思いながら、
そうやんな、そうやんなって思って、
いつもお供させていただいてます。
でも本当にありがたいです。
また美味しいカフェとか聞いたんで、しんちゃんも行こうね。
それは嬉しいけど、ただ味のないフィッシュ&チップス持ってこーいって言うかもしれない。
そうやねん、そこやねん、私らが求めてるのはさ、
もうあかんあかん、B面しか歩いてないってことか。
そうやねん、なんかそのさ、おしゃれなさ、紅茶とか求めてないねん。
わかる?
わかってるよ、わかる。
一杯さ、わかる?
香水に濃い渋い茶っ葉のさ、ティーバッグをボドンって入れた、
その紅茶でええねん、みたいな。
むしろそれが好きやねん、みたいなさ。
牛乳ドボドボ入れるの飲まれへんやないか。
そうそうそう、スコーンもさ、なんかボホッて開けてさ、
クロテッドクリームドバーってつけてさ、やっぱそれがスコーンじゃないですか。
なんかおしゃれな、かわいいやつじゃないっていうか。
すいません、なんかセイボリーとかよくわかってないので。
セイボリーっていうやつでしょね。
おしゃれなサンドイッチの綺麗めのやつ。
重なった皿に乗ってくるやつですね。
いいです、いいです、アルミの皿でいいです。
まあまあそういう感じなので。
やるかといってね、やり込んでいくんですよ。
やり込んでいくんやけど、そういうのをね、ちょっと好きな私たちになってしまうので、
だから撮り直してB面のサイドに喋ろうと思ったらさ、どんどん喋ってるやんか。
喋ってる。やっぱB面やんか。
っていう、今回初の追加撮りっていうのをやってみたんですが、
それに関してもお叱りのご意見ございましたら、ぜひぜひ。
ほんまに、いつまで話すねんっていうね。
終わろう、すいません。
終わりましょう。
今日が乗って喋りすぎました。
はい、というわけでまた次回お会いしましょう。
さよなら。
ありがとうございました。
ありがとうございました。