ナショナルシアターライブの紹介
第344回妄想ロンドン会議を始めます。水口です。
清水です。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
はい、というわけで本日は、ナショナルシアターライブの感想会でございます。
ちょっとね、前回もナショナルシアターライブお届けしたんですけれども、
それに引き続きということでですね、
今回は博士の異常な愛情、こちらのレビューをさせていただきたいと思います。
すごいタイトルだよね、よく考えたらね。
そう、これは現代はドクターストレンジラブ。
うん。
なんちゃらかんちゃらかんちゃらって副題がつくんですけれども、
あのー、本当は。
少々お待ちくださいよ。
はい、はい。
日本語訳はね。
うん。
博士の異常な愛情、または私はいかにして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか。
それそれそれ、それでございます。
そうでございます。
そう。
博士の異常な愛情っていうのは、これはもう本当に放題にするときに、
わざとこういうタイトルにしたっていうのであり、
本来はこれあの、
お名前がある?
ストレンジラブ博士。
そうそうそうそう。
あのー、この博士の異常な愛情の出演者、キャスト、キャラクターのうちの一人のストレンジラブ博士がですね、
もともとドイツの方で、
はい。
で、そのドイツ語の名前をアメリカに帰化する際に、
うん。
そうすると、ストレンジラブになったっていうことで、変な名前だねって言われるんだけど、
そういう感じかな。
奇妙博士みたいな感じなのね。
あー多分そうね、多分そうね。
奇妙愛博士じゃない?
奇妙愛博士。
うん、そう。
そうだね。
そう、でもそれだと、まあ放題としてやっぱり面白くないということで、
あえてこの語訳とも取れるような放題博士の異常な愛情っていう。
普通にやっとったら全部の単語を訳して繋げただけやから、大語訳ってなるけど、違うんですね、わざとですね。
わざと、わざとだと私は聞いております。
わかりません。
その、たまたまっていう可能性もありますが、わざとと思っておきましょう。
で、こちらがですね、スタンリー・キューブリック監督ですね。
有名な監督でございます。
彼のですね、1960年公開の同名映画、こちらを初の、全世界初の舞台化した作品ということで、
作品の背景とテーマ
えっとですね、2025年3月27日にシアター・ノエル・カワード劇場、ロンドンの劇場ですね。
はいはい。
で、上映されたものを集計した作品。
これをですね、字幕をつけて日本で見れるようにしていただいたということで、毎度毎度、ナショナルシアターライブさん、ありがとうございます。
ありがとうございます。堪能させていただきました。
本当に本当にね。
えっと、これどんな作品なのかっていうのを軽くご紹介しますね。
私今手元にパンフレットあるんですが、パンフレットよりも、ピアさんがこの作品を上映前に紹介してくださってた記事、これがすごくわかりやすかったんで、
ちょっとここから引用させていただきつつ紹介しますね。
はい。
えっとですね、こちら、キューブリック監督の映画、博士の異常な愛情、またはいかにして心配するのを止めて水爆を愛するようになったかが公開されたのは1964年ですと、
その2年前にアメリカとソ連が核戦争寸前まで行ったキューバ危機という事件がありまして、
まさに世界中が核恐怖の真っ只中にいた時期、この時にですね、キューブリックはこのテーマに真っ向から向き合って、
そしてそれをあえて皮肉たっぷりなコメディに仕立て上げたと、そういう映画ですね、作ったんですね。
で、ストーリーとしては、アメリカ空軍基地の司令官が激しい被害妄想に取り憑かれまして、
で、核兵器を搭載したB-52戦略爆撃機のパイロットたちにですね、アメリカがワシントンが攻撃されたソ連に報復の核攻撃をせよと命令をするんですね。
もちろんそんな事実はなかったんですが、この司令官、勝手に独断でその指令を出しました。
で、指令出した後も基地を封鎖してしまって、もう誰からの連絡も、もうこっちからもしないし、もう相手からももらわない。
もうこの計画を遂行するんだっていうね、そういうシーンからお話が始まります。
で、言うなればですね、もう目の前に核戦争没発の危機、これが迫っているわけなんですね。
この危機を回避するために、アメリカ大統領がペンタゴンの戦略室ですね、政府の首脳軍官部、そして核兵器開発の科学者と、これがドクターストレンジラブですね、と緊急対策を協議する。
ですが、それがとんでもない事態へと発展していくという、そういう筋書きとしてはそういうお話なんですね。
もともとですね、この作品は原作の小説がございまして、で、映画化するにあたって、実はそれはとても、もちろんその題材を描いてたんだけども、シリアスなものだったのね。
だからこれは、そういう急爆機器の再来を描いた、戦争サスペンススリラーとして、本当は映画化するつもりだったけれども、キューブリック監督が、これコメディにしたら面白いんじゃない?っていうことで、非常に風詞も交えたコメディ作品として映画化されて大ヒットしたと。
キャストと演出の評価
風詞でしかなかったけどね。
なになに?
いや、風詞コメディじゃなくて、もう風詞そのものだったけどね。
本当にそう。公開から60年現在経ってるんですが、配信でも大人気コンテンツで、20世紀最高の風詞映画と絶賛する声もあるとのことでございます。
で、今回です。こちらですね。キューブリック監督の意思を受け継ぎまして、幻覚なことで知られている遺産管理団体。いっぱいあるね、こういう系の団体さんね。が、初めて公認した優秀正しき舞台だということで。
おー、そうか。
勝手にやったわけじゃない。しかも結構厳しいんだって、こういうのをやるにあたってね。初の舞台だよ。すごいことだよね、初の舞台か。
キューブリックイズムをきちんと守っているかとか、作品を汚そうとしていないかとか、そういうのをきちんと知的財産として守っているんだね、きっとね。
そうなの、そうなの。で、あの、何でしょうね、感想に入っていく?
そうだね。
どうする?またね、もちろんこれ映画もあって、そして舞台もあるので、いっぱいお話しできる材料とかはあるんだけど、
ちょっとまあ、話しながらね、感想を混ぜて話しながらそのあたりのところも気になるところがあったら、ちょっと突っついていこうかなと。
だね。スティーブ・クーガンさんが主演で、複数の役をやられて、非常に奇妙な舞台でしたね、っていう感じかな、今、概要としてお話しできるのは。
これネタバレいきます?
バレんとしゃあないな。
ではしんちゃん、どちらかのスイッチオフかオンかかけていただいてよろしいですか?
今回も、ではご覧になられた方、ぜひ残っていただいて、やいのやいの言う私たちにお付き合いいただければと思います。ではネタバレスイッチオン。
はい、ではネタバレスイッチオンさせていただきますね。
今回見てない方も残っていただいていいかなと思って、こっちをオンにしました。
なるほど、いいですねいいですね。大丈夫です。見てない方も、見てなかったらわかんないかもしれないけど、一緒に楽しくおしゃべり聞いていただけたらなと思います。
ごめんごめん、はいしんちゃん。
奇妙でしたね。
奇妙ね。
私原作見てないのよ。
私実は見てなかったんですが、歌い先見た後見ました。
ご覧になられました。
見ました。私キューブリック作品見たことないんだよね。
あれ?あれは?
どれ?
ロクワークオレンジ。
見てない。
見てないんか。
見てないんですよ。2001年も見てないし。
よくあるっていうかさ、いつか見ようって思って見てないパターンのやつね。
あるじゃないですか。
知ってるつもりになってて、見てる気になってるけど、私ちゃんと見てないよとかね。
有名シーンは知ってるけどとか。
監督のお名前ももちろん知ってるし、有名シーンだったりとか、テイストとかね、そういうのは知ってる。けどって感じなんですよね。
けどだね。これもその一つだね。
そう。で、私はやっぱり気になったのは、今回舞台化っていうことで、
本の映画化の時もそうなんだけど、映画化って決まってその映画見に行きたいなって思ったタイミングで原作を読んでない場合は、先に映画を見てから原作を読む派の人なんですよね。
しんちゃんよくご存知かと思いますが。
私は全く真逆なんでね。
なぜなら原作の方が面白いに決まってるから、先にメディアミックス化された方を見て、そして後で原作を楽しもうっていう派なんだけど、しんちゃんは原作の方が面白いに決まってるんだから、ファーストコンタクトは原作でしょっていうタイプの人なんだよね。
もう全くもってその通りでございます。
わかる。すごくわかるんですよ。
私はだから今回、先にナショナルシアターライブを見ました。
原作といえる映画を後で見た。
後で見た後で見た。
だから、っていうのも、私はやっぱりどういう風に、舞台と映画、どんな風に変わってるんだろうとか、どこが一緒なんだろうとか、なんであえてこの作品を舞台化しようと思ったんだろうっていうのを。
そこね。
やっぱ知りたくなっちゃって。そのためには、やっぱ原作の舞台、見れるシチュエーション、見れる環境にあるのであれば、絶対見た方が楽しいなと思って、その後で見ましたらね。
いやー、面白かったねー。これはね、見た方がいいしんちゃんも。
今からの私の話を聞くのなら別に見なくてもいいかもしれないんだけど、非常に興味深かった。
入ってくるから、ちょっと待っといてもらっていいですか、2時間ほど。
ねー。
今回はでも多分そのルート、この映画、原作がすごく好きで、これをどう舞台化するんだろうよりも、この舞台、ほんまはどんなシーンを行いしたいんだろうっていう方が絶対楽しいと思う。
あー、その見方をした方がね。
水口流れの方で。
の方がいい気がするなと、今回に関しては。
水口正しいルートただったんじゃないかな。
あ、ほんまに。ただ一つ言えるのは、おそらく体感よ、体感よ。もうこれ古典すぎて、みんな知ってるよねっていう前提で、この舞台化をしてるなっていうのは、すごく感じるところがあって。
言葉にならないんだ。
おそらくその客席にいた方たちも、わかんないんだけども、おそらくは原作ファンだったり、原作ももちろん知ってて、見に来たっていう。だからちょっと違うけどさ、この演出家さんはこのカンパニーはシェイクスピアのハムレットをどんな風に見せてくれるのかなっていう気持ちで見に来るのと少し気持ちが似てるかもしれないんだけど、
それの感じは受けました。で、カンパニー側も原作、偉大なる原作を背負いつつ、でも俺らこんなに面白いものをやったんだよっていう気概がとてもビシビシ伝わってきたし、
なんかただ、そういう意味では原作ありき、原作を抜きにしては勝たれない作品だなっていうのはめちゃくちゃ思った。良くも悪くも。
ただ一つ気になるのは、原作への愛をもって制作人が挑まれてるっていうのは感じれるってことやな。改めて思い返しても。
めちゃくちゃ愛があったと思った。
だから素晴らしい。
まずね、まず大前提としてなんだけれども、映画の方ではピーターセラーズさんっていう方が、主演の方ですね。主演の方ですが、劇中で3役してたんです。
ストレンジラブ博士とワンドレイクタイガーとマフリー大統領。
そうですそうです。本当はB-52のパイロットであるコング少佐の役もやるはずだったけれども、撮影中の怪我でそれを会えなく断念して3役で行ったと。
ちょっと無理やわってなったみたい。
よっぽど無理やったんやな。
なんか足怪我したとかそんな系やった気がするんだけども、なんかすごい重傷とかではなかった気がします。
ただ撮影続行は無理ですってなって3役で。
で、これなぜ4役を彼にってなったかっていうと、このそれぞれの4人のキャラクターの羊がバラバラの地域でその鉛だったりとかが全部違うのね。
まずマントレックさんはイギリス出身、英国出身。
で、パイロット役本当はやるはずだったんだけど、パイロット役の人っていうのがアメリカ西部の出身の方ですごく鉛があると。
舞台版の特徴
なんかちょっと西部劇みたいなことをやろうとしてた。
そうそうそうそう。やろうとしてた。
で、そのストレンジラブ博士に関してはドイツ出身の方なのね。もちろんドイツの周りおかしなね、あの喋り方してたと思いますが。
あれ本当に映画とまんまだったんだけどね。
あと大統領ということで、その4人の全くバラバラの人を1人がやったら面白かろうというので、風刺も兼ねてね。
それでキューブリック監督が、それ4役やろうとしたけど1000役しかできなかった。そこですよ。
映画でさえ3役4役大変なのに、公開の舞台版のドクターストレンジラブは、こちらのスティーブ・クーランさんね。
バフシャーを7回受賞した実力派人気コメディアンです。
彼の作品ね、見れてないんだよね。
映画で拝見したことないけど、舞台は初めてだったね。
そう、でも本当に大人気のコメディアンさんなんですよね。
ミニオンとか声当ててらっしゃったんですよね。
そうなの、そうなの。だからちょっと日本で言うと誰っていうのが今パッと出てこないんだけども、とにかく。
なるほどなー。
大人気で役者もやられてる。
脚本演出とかもされるんですよね。
すごく本当に才能にあふれた方なんですけども、このスティーブ・クーランさんがですね、
当初のキューブリック監督の構想通りですね、
本当はやるはずだったB-52のパイロットのコング少佐役にも挑戦しまして、
なんと生の舞台で4役を演じたっていう。
ここがもうなんて言うんですか、原作リスペクトプラス挑戦入ってるじゃないですか。
素晴らしいなと思う。
それはもう素晴らしい。もう意識高いなって思うんやけど、
なんでこれを芝居にしようと思ったっていうのが、
まず私出てきて思ったことで。
ごめんなさい、はいどうぞ。
全然関係ないんだけど、私は映画見たりとか、
ナショナルシアターライブ体験して帰ってきたら、
ちょっとしたメモ書きを残すようにしてるんですね。
調べたこととか、どう思ったとか、
これはぜひ言いたいとかっていうことを、
ちょびっとちょびっと書いたりするんだけど、
今回ね、書くことなかったよ。
どういう意味で書くことなかったの?
書くことは思ってんけど、これ私止まらんと思って、
見たものが全てだ。
でも正しいかも。
と思ってしまって、今回珍しくメモ書き一切残してないの。
わかるわ。すごくわかる。
何が起こったんだっていう。
わかる。
別に感銘を受けるところはないわけじゃない。
命って大事だなと思ったとか、人を愛するとはとかさ、
そんなこと一切メッセージはないわけやんか。
ないし、これまでにもそんなメッセージ備えに感じる舞台、
え、あった?
あ、そうなの?
そういうメッセージを受け取られていた?しんちゃんは。
なかったとは言いたくないけど。
それはな。
いやでも今回ね、本当になんでこれをやろうと思ったって非常に楽しかったのよ。
いい意味でね。
面白く見たし、興味深かったし、舞台、芝居としても、こんな手法を使うんやとか、
見せ方としてもやっぱり面白いなって。
ドリーフかよみたいな舞台転換楽しいなとかさ。
楽しいね。
思った言葉がたくさんあんねんけど、これ書いてもしゃあないと思って。
ヌイショイのがならん。
あーなるほどなるほど。いやわかるわー、すごくわかるわー。
今回の感想はそれでしたね。
そうね。
私もね、すごく面白かったの。
面白かったんだけど、やっぱり頭の中にどこか、
これはしんちゃんとは別の意味で、
舞台化する意味っていうのがどこにあったんだろうっていうのは、やはり感じてしまって。
っていうのがね、ただそれが原作を見てみないことには、その答え出ないなと思って、
それもあって原作を見たんだよね。
そしたらびっくりすることに、もうね、めちゃくちゃ忠実だったの。
はい、その気配を感じた。
舞台で笑いが巻き起こっていた数々のことは、ほぼ全部原作映画中でやられてることなのね。
で、最初のシーンね、一番最初に空軍基地のシーン、
オープニングのね、一番最初の最初は正確に言うと、ゆるいみんなのダンス的な、
ピックアップしたダンスでしょうか。
あれはなかったです。あれは映画にはなくて、どちらかというと最初にテロップが入って、
この時代背景だったりとかを説明してくれるのね。
こうでこうで、みんな彼らは今こういうところに直面しているのだ、みたいな感じで始まって、
っていうところから始まって、その後すぐに空軍基地のシーンに移るんだけれども、
舞台版はですね、そのゆるいダンスの後に、ピースイーズアワープロフェッションっていう、
ちょっとこう印象的な一文がバーンと映し出されまして、
平和が我々の仕事だ、みたいな、そういうのがバーンと映し出されて、その後空軍基地の、
誰さんやったっけ。
マンドレイクさん。
マンドレイクさんと、リッパーさんだ。
リッパーさんね。
リッパーさんのシーンへ行くんだけれども、あれがね、リッパーさんの部屋、
ブラインドがあって、で、ちょっとこう地図みたいなのがあって。
紙手にトイレがあって。
あの画角、そしてマンドレイクさんの、ちょっとこうさ、
ファックスみたいな、ファックスじゃないな、あれなんだろうね。
壁からさ、一番最初はね、マンドレイクさんの執務室みたいなところで、
暗号みたいなの。
内線みたいなやつ?
そうそう、紙がね、ババババって出てくる。
それを受け取るシーンっていうのが舞台であったんだけど、その一瞬しか出てこなかったんだけどね。
あれが、もう画角から、内装から、全部映画のまんまだったの。
びっくりした。
舞台で見たやつと全く一緒だと思って。
主で。
画角が一緒。
多少のね、縮尺はね、嘘ついてると思うよ。
全く一緒で、だから、あの一瞬でおそらく、
今回のカンパニーはお客さんに、これは映画を終日にやりますよ、みんな期待しててねって、あそこで見せたんだなっていうのがすごく伝わってきて、
だから、みんなが期待してるあんなネタや、こんなネタもやるからね、楽しみにしててねって、
あれで一瞬でお客さんは伝わったと思うの。
なんか。
そう。
さあ、アイシャクってさ、斬新やね。
斬新。あそこなんだと思って。
初めて見たかも、そういう意味で。
あの、決して何かが言いたいわけではないけど、日本の2.5次元とはまた違う。
違うかった。そう、違うのよ。
だから、あの、えっとね、なんだろう、私、それでその原作映画を見たときに、その一瞬で、そういうことかって思ったんだけど、
その、舞台を見たときに、なんでこれを舞台でやろうと思ったんだろうっていうことの答えが、ちょっとそこにも、そこに疑問を抱いてしまったことの答えっていうのがそれにもあったなって思って、
っていうのが、あのね、ちょっとネガティブな言い方をすると、今回の舞台っていうのは本当に映画に忠実に作られていて、
で、私はやっぱり舞台に期待するものっていうのはね、ある意味、原作のエッセンスは残したまま、中心のコアな部分っていうのは残したまま、
舞台ならではの展開だったり、演出だったり、ならではならではの見せ方だったり、あとメッセージね、
映画でのメッセージ、これを舞台では、こっち、ここから見せてくれるんだとか、こういう形で表現してくれるんだっていう、
なんかその、一瞬抽象化を入れることによってのフィルター、舞台というフィルターを挟む意義っていうのをどうしても求めてしまうというか、そこに楽しみを抱く人種なんです、私。
わかりました。謎で舞台をやってるんです。
そうなんですよね、そうなんですよね。で、今回は、もちろん私は、このナショナルシアターライブ版を見ているときに、原作映画を見てなかったので、それがちょっと宙ぶらりんなままで最後まで見終わってしまって、
でもなんかこれ、その舞台ならではの演出の部分っていうのが、あまり感じられない気がするな、どうなんだろうって思って、答えを求めて原作映画を見たのね。
原作映画との比較
そしたらやっぱりそうだったの。
若干違和感があって、これ芝居の作り方として、どのルートから入ったのかちょっとわからんくって、で、おそらくも原作があるのは知ってるし、キャストを複数の方が主人公を、
違う違う違う違う、複数の役を主人公の方がやられてるっていうのもなんとなくは知ってたから、そういうことかって思ってたんやけど、最後のコング少佐、パイロットの人まで映画の方がやろうとしてたっていうのは知らなかったけど、
でもある見せ方で急に来るのがなんかちょっと違和感やったりとか、なんかおやおやって思うことがいくつかあったのは、でも今の水口の検証を聞いて割と負に落ちたし、そうなると舞台でやる意味って今やから?って思うっていう。
もちろんそれもあるよね。やっぱりこの世界の情勢、あるとは思います、本当に。もう一個、ごめんなさいごめんなさい、いいね、大したあれじゃないんですけど、もう一つ、外側から見た風刺を入れ込んでる感じよね。もう一重風刺で巻きましたみたいな、今の現実の。
かなって、でもそのまま映画にするのにはもう多分許可もおりないだろうし、舞台という形で素晴らしいコメディアンの方が演じることによって、笑うよ、笑けるねんけどねっていうのが一個入ったものとして、
当時、ほんまに公開当時に、キューバ危機が起こって、あれでもおもろいけど笑いごっちゃないなって思ってた方々の感覚を、私たちが今釣り体験してるのかなっていうふうに思った。
映画公開当時はそれこそキューバ危機を経ての状態、もちろん緊張っていうのは続いてる状態で、まあそうやね、一緒か。
でもあれもさ、ボタン一個で核戦争みたいなさ、ことがずっと続いてたわけじゃない。そこでピタッと終わったわけではない状況で多分公開したんでしょう。
よくやるなと思うんだけど。
ほんとそうだよね。しかもだいぶ全ての国のことをディスってたからね。キューブリックさんならではの。
これでキューブリック監督が巨匠にと呼ばれたのも意味がわかるんだけど、よくやったなと。
そうだね。
しかもコメディとして、とてつもなくブラックコメディやけど、笑いを交えながら、よくやったなって、ドイツの人怒らなかったんかなとかいろいろ思っちゃうやん。
まあね。ただ、ごめん。
どうぞ。
切ろうとしちゃった。
全然いいよ。
いいですか。ただね、その、なんだろう、映画まんまだったって言ったけど、これ、あのね、やっぱ映画ではできなかった、成し得なかったことをやっぱ舞台ではやってるし、やっぱりこれは映画じゃないとできなかったねってことがあるのよ。
お、それは聞きたいね。
まずね、一番大きいのは、その、一人3役、ないし4役、どっちでもいいよ。これのね、やる、その、おかしみだったりとかっていうのは、もちろん舞台版の方が際立つ。
なぜなら、生だもん。
言いました言いました。
なぜなら生なんだもん。
映画版は編集できますから、そりゃね、3役だろうが4役だろうが、あの、物理的にはできる。
ピャピャっと着替えたら出てこれるもんね。
そうそうそうそう。ただ、それができるがゆえに、なんかその、なんでこの人がやってんだろうっていうふうのは逆に思っちゃうんだよ、映画で。
あー、さっきのこの人が、あの、さっきのこの人がっていうか、ピーターセラルさんが、あー今大統領やってんなーとかって思いながら見るわけなんだけど、そこはやっぱりその、映画だったら、舞台だったら、待ってましたになるわけなんだよね。
次はこんな見た目で、こんな一瞬で現れたみたいな。
で、一番最初にドクターストレンジラブさんが登場する、テレビ電話風に登場したのがあったと思うんだけど、あのシーンっていうのは映画ではなくて、もう一個後から登場するのね。
で、あえてその、同時期に同じ人がやってるの二人を舞台上に上げることはできないんだよっていうネタで笑いも取ってたりとかして、その、舞台だからこそ、そうそうそうそう。
映画と舞台の演出の比較
舞台ならではのその、演出としてうまく機能してたと思うの。
ただですね、ただですね、これ私はてなって思ってて、あの舞台見ながらね、いや原作ではどうなってたんだろうと思ってたところがもう一個ありまして、っていうのがこれ三つのシーンを主に展開していってる話なんだけれども、一つが空軍司令室ですね。
リッパー大佐、大佐だったっけ?将軍がいた空軍基地。で、もう一つがあのペンタゴンですね。戦略室です。で、あともう一つがその飛んでる、今まさにこれから爆弾を落とそうとしているB-52。
その三つが主な舞台とシーンの舞台となってるんだけれども、これがね、舞台版では司令室、そして戦略室、司令室、戦略室ときて最後に飛行機登場したじゃない。
これ映画ではこの三つが割と均等にずっと出て、同時進行感すごくあったのよ。
もうちょっと前から飛んでおったってことですか?
もう最初から飛んでました。その司令を出した時にももちろん出てくるし、何なら一番最初に出てきたのは飛行機。一番最初っていうか、オープニングのカットでね。
それはもう満を持してからになったのかな?
多分だけど、そこまでの早替えできなくて、っていうのもあっただろうし、それを挟むとちょっと冗長になっちゃうから、演出面でも、あと客方面、ちょっとわからんけど、いろいろあったよね。
物理的な部分もあるし。で、最後に出してきたんだと思うんだけども、それはね、舞台としては成立してたと思うんだけども、原作の映画を見ちゃうとこっちの方がいいなと思っちゃったの。
そうなの。今まさに、プランRが発令してさ、で、ペンタゴンでは大変なことになった、どうしよう、わーわーってなってる。で、発令した方の空軍基地の方でもえらいことになってる。
で、同時に、「はい、わかりました。やりますよ。」って言って、飛行機が飛んでて、もう両読みなわけよ。準備がどんどんどんどん進められていってるのね。それが順番に見せられるので、こちらとしては非常に自然に時系列だったりとか、緊迫感っていうのはありました。
全部が動いてる感は、正しく見れるわな。
ただ、どちらにもいいところっていうのがまた一つあって、舞台版はやっぱりね、もうびっくりするほど、より笑いに特化してて、コメディーってもう言い切れる。
うん。
うん。
これは思った、スティーブ・クーヴァンさんが上手すぎる。
そう、めっちゃ面白かった。全員面白かった。舞とかも何もかも。
カナダの人すら面白かった。二言ぐらいしかそれ言わなかったけど。
そう。で、映画版の方は、これシットコムじゃないから、お客さんの笑い声って入んないから、やっぱブラックコメディーのブラックの部分が際立って。
で、なんていうのかな、この、もう酷すぎて笑うじゃないけど、失笑プラス、その舞台版では感じられなかった、その人ならではの、その時代ならではの悲哀っていうのをすごく感じて。
なんかね、舞台版では、このリッパーさんがただの狂った人っていう感じに見えてたんだけど、この映画版では、狂ってる中にも、なんか彼の正義みたいなのが、あとなんかその過去の戦争で受けてしまった心の傷みたいなのをすごく感じることができる瞬間があって、
そのなんか静かな瞬間っていうのが何回かあって、それがね、やはり映画版は際立ってた。
ただただ、お前何言ってんねんみたいな、気狂ってんなじゃないってことね。その気配も深読みしようと思ったらいくらでもできんねんけど、あんまりそこ描いてなかったなとか、その武将さんがどうにかして突っ込もうとしている、それもちょっと理解が至らなくて、ああわかる。
こんなに突っ込もうとしてるんやろうなって思ってしまったところがあって、なんかそこがちょっと、もうちょっとわかりたかったなっていうのが、実際の感想ではあんねんけど、でも映画で見ると、やっぱり丁寧に描くところは描かれてるってことやね。
そうそうそうそう、なんか一人一人にちゃんとっていうか、別に舞台版がちゃんと焦点が当たってなかったって言ったわけではないんだけども、もうちょっとその、なんだろうな、闇の部分だったりとか、あとね、もうこれは、これが一番大きいかもしれないけど、やはり休暇危機直後に作られた映画だから、それをみんなもう地で体験してる人たちが演じてるから、それはリアリティが半端ないなって思った。
そこに立ってるだけで、その出来事っていうのはもう伝わってくるのに、もうこれは仕方ないね、今2025年だからさ、やっぱり終わったことを演じてるよね、当たり前だけど。
そうなの。
っていう違いがあったかなと。
作品の感想と今後の展望
まあ舞台化するにあたって、どれを捨ててどれを拾うかっていうのも絶対精査を重ねてるわけで、今回作品としてはもうとてもなんていうか、
めっちゃ良かった。
本当に奇妙な、でもちゃんと見て心に残る作品ではあったと思う。
本当にそう。なので、とても舞台好き映画好きとしては、こういう形で一つの作品を二つの手法でね、また年月を超えて見せてもらえたってことで、本当にありがとうっていうことでですね、またお時間が。
はい、頑張って私の映画見るわ。
映画良かったら見てみて、ちょっと感想聞きたい。私はすごく面白かった。
まだまだいっぱい語りたいことがあるんですけど、もし機会があれば。
そこら辺ができればね。
そうそうそうそう。
それもいいですね。
思っております。
はい、ということでですね、まもなく終わりますので、妄想論の会議ではお便り募集しております。
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