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薩摩訛りの耳毒ラジオ、miyakenneです。
最近、チャージグループというか、
この前、チャー券の中で、力さんと話してて、
っていうところからの派生で、
ゴンギツネに切なさを感じるかっていうのがね、かつてありまして、
特にチャージグループの力さんが切なさがわからないっていう、
人とちょっと違う感想を持っていたということでね。
それで言うとスカンクさんもそうなんですけど、
なんか感じ方が違うのが面白いっていうのとともに、
その感じ方の傾向が、いわゆるロボ寄りだなとか、
人寄りの人はこう感じるんだけど、
ロボ寄りの人ってやっぱ独特だねっていうようなところがあって、
そんな話があったんですが、
そんな中でやっぱり、特に力さんは切なさがわからないということで、
切なさを探しに行くとかね。
そこにイージーさんもそうですし、すごく興味を持ってですね。
昨日かな、一昨日かな、
力さんとイージーさんがまたそこのことについて、
コメント、配信のコメント欄でいろいろやりとりして、
あと流れでコラボの流れをして、流れでっていうか、
僕がコラボしたらいいのにって言ったからなんですけど、
ただ私はね、家事時間まっぽしだったので、
全然チラッと聞いてだけだったんで、
さっき全部聞きましたけどね。
そんなことがありまして、
要は今日僕は思った、その流れを持って思ったことが、
力さんだけじゃないんじゃないかなっていうことで、
自分が気づかない感情ってあるんじゃないかなって思ったんですよ。
何も思わなければ、そういうことを考えなければ、
みんな人間あらゆる感情っていうのを、
同じように持っているもんだと思い込んでいるけれども、
もしかしたら自分の中で欠落している感情っていうものを、
持っているか持っていないかすら気づけないじゃないですか。
自分の主観だから感情は。
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っていうものがあるんじゃないかなと。
力さんは去年から、
自分は切なさというものをわかってなかったんだ、
みたいなことを発見した上で、
ゴンギツネとか、
あとイージーさんの作ったブチヤギの物語とかについては、
切なさを感じなかったけど、
他の話では切なさを感じたっていうことで、
切なさってないわけじゃないよって言ってたんですけど、
そういうことで自分の中で気づいていない。
今回切なさを力さんは持っていないわけじゃないっていう結論にはなったんですけど、
でもやむをすると自分の中にない感情っていうものは、
自分が持っていないことすら気づいていないんじゃないかということが、
誰しもあるんじゃないかなと思ったんですよ。
例えば、
でも実際言いますよね、
あの人怒りの感情ってないんじゃないの?みたいな。
いつもほんわかしてニコニコしてて、
怒ったところ見たことないって。
怒ることあるの?って聞いたら、
うーん、ないことはないよとか言いながらも、
いや、絶対僕らが感じてる怒りの感情と、
この人がたぶん怒ってるっていう時の感情と質が違うよね、みたいな。
言う人いるじゃないですか。
同じように寂しいとかはあんまり感じない人とかね。
僕なんか寂しがり屋なんで、
結構ちょっとしたところで、
うわ寂しい、また俺一人ぼっち寂しいとか思うことよくあるんですけど、
あるというかあったんですけど、
なんか一人だけど別に寂しいとか思わないけどなみたいな、
むしろ一人が好きとか、
そういうこともよくあるじゃないですか。
で、その人は例えば本当に寂しいという感情が湧かない。
感情って力さんが言うように湧く。
自然と湧き上がるものだから、
湧き上がらないけど、
こういう状況の時って寂しいってみんな思うんだな、
自分も確かに寂しいかな、みたいな。
でも実はそれって、
状況として今これが寂しい状況だから、
寂しい言われれば寂しいのかなって答えてるだけであって、
本当に感情としてグッと胸が締め付けられるような寂しさを感じたことがないとか、
いうことってありそうだなと思ったんですよね。
それで言うと、そういう感じで考えると、
僕一つ思い当たることがあって、自分自身のことで。
結論から言うと、
結論というか結論の仮定から言うと、
私宮剣は感謝の感情を持ってないんじゃないかって思いました。
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昔言われたことあるんですよ。
あなた全然、人に感謝っていうものがないよね、みたいな。
もう一つ言われたら、
信仰心っていうのがないよねっていうのが同時に言われたんですけど、
それは一旦置いておいて。
とにかく感謝っていうのがないよねって言われたときに、
自分的にそれを言われたときに、それは問題だなと思ったんですよ。
信仰心がないは別に問題とは思わなかったんですけど、
感謝の気持ちがないよねって言われたときに、
でも、僕そんなことはないんですよ。
ありがとうって言うしねとか、
こういうことしてもらったらありがたいなって思ってるし、
自分一人じゃ生きていけないよなって思ってるし、
って思うんですよ。
でもね、やっぱこれ思ってるしっていうのは、
結局、理屈的に言えばそうだよなっていうふうに思ってるだけで、
感情としてグワーって、
うわ、めっちゃありがたい、涙が出るほど嬉しい、助かったって、
感情ともなったことがないなって思ったんですけど、
って思ったんですけど、間違ってます。
っていうか、感謝って感情なんですかね、そもそも。
って僕は思ってるんですよ。
だから、人によっちゃ、
いやいや、何言ってんの、当たり前じゃんって、
ありがとうって思うのは感情でしょ、そりゃって。
思う人が大半だとすれば、
やっぱり僕は、ありがたいとか感謝っていう感情が欠落してるなって思います。
いや、感謝とかっていうのは理屈的なものだよねっていう、
状況としてこういう時は感謝するもんだよねっていう風に言うのであれば、
大半の人がそう思っているのであれば、
僕は間違ってないというか、僕は普通だなと、
欠落ではないなと思えるんですけど、
どうですかね、感謝って感情でしょうか。
もし感情だとすれば、僕は感謝の感情は欠落しているなと思います。
そして、もしそういう人によって欠落している感情があるとすれば、
それはなかなか自分じゃ気づきにくいなっていう風に思いました。
っていう話です。いかがでしょうか。
皆さん、どうですかね。
もしかしたら自分自身にこの感情が欠落しているんじゃないかという
思い当たることがあったりするんでしょうかっていうのを
ちょっと考えてみてはいかがかなと思った次第でございました。
私はとにかく一番最初に思いついたのは、
人に言われたことがあるからこそなんですが、
その感謝っていうのが感情だとすれば、
その感情を僕は持ってないな、欠落しているなと思いました。
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で、他にもあるかもしれない。なかなか気づきにくいんでね。
という風に思いました。皆さんはいかがでしょうか。
というところで今日は終わります。
ミヤキンでした。またね。バイバイ。チェスト。