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アドバイスしない私が、1on1で大切にしてること #178
2026-03-14 13:19

アドバイスしない私が、1on1で大切にしてること #178

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サマリー

本エピソードでは、アドバイスをしないスタンスで1on1を行う話し手の考え方が語られます。話し手は、相手の中に答えがあると信じ、問いかけを通じて思考を整理する手伝いをすることに重点を置いています。このアプローチは成果が見えにくいという副作用があるものの、相手の内発的動機づけを促し、自らの意思で変化を起こすことを支援する点に美学を見出しています。

1on1におけるアドバイスしないスタンス
私と私のひとりごと。こんにちは、misaです。今回は、アドバイスしない私が、1on1で大切にしていることっていうテーマでお話ししていきたいと思います。
このラジオでは、願いを生きる過程や自己一致するためのヒントをお届けしております。 本日は3月の4日、水曜日です。よろしくお付き合いください。
えーとですね、もともと1on1たくさんやる人なんですけど、すごいアドバイスはしないようにめっちゃ気をつけています。
そもそも。で、もうちょっとこう正確に言うと、そもそもそのアドバイスっていうのはできないと思っているし、なぜならその人は精一杯生きているし、自分ごとと捉えて問題解決に取り組んでるはずだから、
私がこのちょっと聞いて、こうしたらいいんじゃないの、そうしたらいいんじゃないの、なんていうのはそもそも言えないっていうか、そんなポジションをそもそも取りたくないと思っているんですね。
で、なんかこう面談とかしてると、答えを出せるとか断言できるとかの方を目指している人が多いなーって聞いてて思うのですが、
それってなんかこう、自分が正解持っているんですよってスタンスだったり、そうあらねばならないっていうのって、なんかこうどうしても違和感あるねーっていうところでこの話をしてみようかなと思いました。
問いかけによる思考整理の支援
で、じゃあなんか何をしているのあなたはって感じになるかもなんですが、まあいろんな文脈で面談していくんですけど、なんかこう、何をしてるかっていうと私はひたすら問いかけていくだけなんですね。
問題の整理をしていく壁打ち屋さんですとか言ってるのもあって、その人の中に答えは絶対あるから、それをもうめちゃくちゃ盲目的に信じているので、
その答えをその人が見つけられるように、開けたことない扉を開ける手伝いだったり、考えたことない角度から考えてみるとか、そういうのは手伝えるなって思うので、
なんかなんでそう思ったんですかとか、なんでそれやったのとか、こっちから考えてみたらどうだい、こういう視点を採用してみるとどう見えるとか、
なんか今までそういろいろ喋ってもらったけど、改めてこう感じたことってなんかあります?気づいたことありますか?みたいな感じで、その人の思考をドライブするようなことをめちゃしています。
でこれは、なんかね、隣で面談してるのを聞いていた人に、アドバイスしてるじゃんって言われたことあるんですけど、アドバイスではないんだよな、整理した結果の提案みたいな、
なんかさっき言ってることがこうであると、でそれが正しいんだとしたら、具体的なアクション決めていきましょうかってなったときに、こういうことができるんじゃないかなって思うけどどうですかって、
あ、できると思います、それならできます、じゃあそれやってみましょうか、みたいな感じでまとめるときって、別にアドバイスではないんだよな、その人が出した内容を整理してちっちゃくできそうな範囲にまとめてどうですかって言ってるだけで、
なんか私からのアドバイスでは、私から言わせると、もっとやった方がいいと思ってたりもする、全然、けどまあその人のレベルで、レベルっていうかなんか可能な範囲にするとこんなもんかなとかは、よくあるのかなって思う、なのであくまでこう思考整理の手伝いをしてますよと、
自己変容と内発的動機づけ
そう、っていうのもなんか、まあ大体なんかこう話すゴールみたいなところって自己変容みたいなところかなと思っているんですけど、結局なんか何のために喋るのってなったら、私はその人が変わるために喋ってるって思ってるのもあって、
でもその変化のトリガーって自分しか引けないじゃない?なんかその外的な要因で私がプレッシャーをかけたから、このままじゃダメなんだな、頑張らなきゃとか、こんな自分じゃダメなんだなとか、もっとこれしなきゃいけないんだなとか言って、外発的動機づけっていうんですかね、なんかをしても大したパワーが出ないから、その一時縛ることはできるかもしれないけど、なんかそんなのにあんまり自分が、私が興味がないので、
自分で内発的動機づけにおいて、あ、これをやりたいな、だからこれをやるんだみたいな、その、このためにやるんだみたいなのをちゃんと自分で捕まえさえすれば、勝手にめっちゃ劇的に変化していくと思うし、実際見ててそう思うから、なんか大事なのは何なんだいっていうのをただただ問いかけていくだけというか、どうなりたいんだい、今何をしてるんだいみたいな、それはそこに繋がるのかいみたいな話をずっとしていくことができることかなと思っていて、あれやれこれよれというよりはね。
で、なんか実際その変化のトリガーみたいなを本人が引くかどうかは結構覚悟の問題だから、今これをやるときだって思って、だいたいそういうのって怖いんですよね。自己変容って怖いから、恐怖がすごい伴うので、なんか一人でやると怖いな、やめとこうみたいな、いつもと同じことしようってなっちゃうけど、
こうやって隣で話聞いてる、その人生を誰かが自分の人生を見てるっていう感覚がちょっと後押しして、怖いけどやってみましょうかみたいな、だってこんな効果あるもんねってなったら、じゃあ頑張りますってなったり、頑張りますっていうかな、じゃあちょっとやってみますみたいな感じで、普段だったら踏み出せない一歩が0.5歩ぐらいかもしれないけど踏み出せますみたいになったら、それってすごい大きな変化だし、
なんか、あの、そうそうそう、なんか別れ道になってるよねって私は思うんだけど、本人は結構気づかなかったしますけどね、大きな一歩だったね、今のはって思ってたりするけど、じゃないとずっと同じこと繰り返して、きっとこういうサイクルをずっと回し続けるだったけど、話すことで、ちょっとそのサイクルの外に半歩出たことによって、いつもこう、なんか慣れた道を歩いていたけど、別の道に歩き始めた。
で、それが大冒険なんだけど、本人にはあんまり自覚がなかったりする。トリガーってそんなもんだよなって思っていて、非常に些細なところからふっといつもの日常を抜けたりするから、それによってなんかこう新しい旅が始まってたりとかするのを見ていて、なんかそういうのがすごいささやかだけどめっちゃ大事だし、意識的にそういうことができるような人でありたいなと私は思っているので、
小さな一歩と変化の支援
なんかあんまデカいこと、背中を突き飛ばして動かすみたいなことはせずに、本人がふっとこういつものルートから外れるようなことができるように、なんていうか、そのちょっとした勇気が出せる安心を提供して、安心ってでも怖いんですよ、結局踏み出すことは。いつもと違うことをするのは怖いんだけど、怖いけど、でも大丈夫なんですよと、怖いまま行きますよと。
怖さって別にアラートではないっていう話を基本的にずっとしてるんですけど、そうなんだってなったら、じゃあちょっと怖いけどちょっとだけやってみようかなって言って踏み出してる姿を見ていくことが、私は結構面白いし、なんか良かったなって勝手に自己満でなれるので、なんかそういう人でありたいなと思っていつもなんか問いかけていくし、本人がちゃんと半歩踏み出す覚悟が決まる、本人のタイミングでいけるように、
成果が見えにくいという副作用
あれしろこれしろとかアドバイスとかはせずに、どう思ってるっていうのをずっと聞いていく感じをとっています。なんだけど、今話したみたいに、このやり方には非常にでかい副作用があってですね、でかい副作用は、すごい成果が見えにくいっていうところですね、なんかね、気づいてもらえないことがめっちゃ多くて、実はなんか結構今でかいとこいじったなーみたいなの喋った後に気づいたりするんですけど、
なんかその発想なかったなっていうところを、でも今までその人は点と点で持ってたところを線につなぐことができたりとかすると、あとは勝手に走れそうだなーみたいなのって、大きな工事なんですけど、本人はもともとその点と点を持ってたから、なじみのあるものだから、線でつなぐことに対してそんなに衝撃がなかったりとかしていて、なんかこう、すごいことされたなっていう感覚はね、あんまり持たないんだよな。
でもって、なんかこれは私の美学ですが、あまり気づかれないことこそいい仕事だなと思ってる節があって、なんかすごい良いアドバイスしましたとか、まあ新しいことをなんか提示するとか、なんかそれらしいこう、メソッドの提供とかできるとわかりやすいんですよね。
なんかすごい良い話聞けたなーとか、なんか新しいことが学べたなーみたいな満足感は高いんですけど、そういうのは、なんか一時の寒ふる剤っていうか、そこにピークが来ちゃうから、すごい良い話聞けたわーがピークになって、その後の行動変容って考えると全然動かないから、そうじゃなくて、こうちょっとちょっとずつなじませていって、問いかけていって、自分の中では確かにここ一歩踏み出さないのってなんか違和感あるかみたいな、損するかとか、もうちょっとやってみようかなみたいな、そういうので、
なんかトトトッとポポッとこうなんていうの、なんかこう体を前に先に倒して足がその後ついてくるみたいな動かし方を私はするのですが、で、ちょっと動けたらいいねいいねってすごいねすごいねって言って盛り上げていくみたいな、で、こうだんだんだんだん速度が出ていくようなことをやるんですけど、
とてもわかりづらいので、あんまりなんか手応えはない。私もそんなに手応えはない。なんか気づいたらすごいところまで行ってるなーみたいなのはあるけど、その時は私はもう近くにいなかったりするから、なんかこう、でかい報酬がないっていうのはでかい副作用かなっていう気がする。なのでまあ寂しい時もありますが、寂しい時の方が多いですが、もはやそれが当たり前だと思っているので、
気づかれない仕事の美学と報酬
なんだろう、なんかあの時のあれがきっかけでここまで来れましたみたいな、ありがとうみたいなね、言われることは本当になくて、なんだろう、どれぐらいの割合なのか、たまに気づく珍しい人がいたり、気づいてそれを言語化する人ってもっともっと希少になっていくんですか、本当に100人に1人とかかなーって思うけど、たまに気づかれると、ああなんか見てくれる人いるんだなーと思って、ああよかったなってホッとしたりしますが、どう考えてもなんか報酬は少ないなっていう気がする。
なかなか気づかれにくいというのはでかい副作用ですねーとは思っていますが、でも多分ずっとこのまま行くだろうし、死ぬまでこんな感じだろうなっていう気はする。なんかすごいバーンとわかりやすいもの提供したりとか、なんかやってやったぞーみたいなこう派手な手法を取り入れるってことはおそらくせずに、その人が本当に0.5歩とかを一歩、自分で踏み出せるようにちょっとこう回路をいじるみたいなことをわかりにくいタイミングで、
実はこっそりとやるみたいなことは多分やらないと思うんですね。っていうのもなんかこう、そのでかく派手にわかりやすくやるっていうのは、私は結構侵食してる感じだなーと思っていて、押しつけてる感じになるなって思って、それがしたくないし、自分もされたくないと思うんだよね。なんか自分のタイミングで自分でこう納得感を持って、自分で選んでるっていう感じを持たないと、それってその人の冒険にならないから、
名もなき村人としての役割
なんか勝手に私がこの、勝手にアクセル踏んで走らせるみたいなことはあんまりしたくないので、まあこのやり方はきっと継続していくだろうなーと思っております。なんか強くはっきり言ってあげる、言ってあげるって言うこと?あのー、抗議をするようなことってやりがちだよなって思うんですけど、私はそのやり方好きじゃないから、まあそういう人はそれでいいと思うけど、なぜならまあリターンもわかりやすいし、
循環も、なんていうかな、リターンがわかりやすいからやってるんだと思うんだよな。私のやり方はあんまりお勧めはしないんですけど、なぜならリターンが少ないので。でも結局なんか、私はこうやってこう人と関わっていくことが自分なりの社会貢献だと思っていて、わかりにくいなーみたいな、あんまり気づかれないなーみたいな思いながらも、なんかこう、こっそりとちょっとずつ、なんか誰かの人生をちょっとこっちの方が正しいんじゃないですかね、みたいなのを動かして、
で、だいたいそういう人走り始めたら、もうなんかまた戻ってきたりしなくなるから、なんかあれみたいな感じですね。ゲームでいう道しるべのNPCみたいな係だなーって自分では思っていて、冒険の村みたいな、あ、ごめんゲーム全然知らないんですけど、なんかこう、次の町に行かなきゃいけないけど、そのためになんかクエストをどう受貯していくんだみたいな、次どうやっていくんだろうみたいな時に、
なんか名もなき村人みたいなのに、雑談だと思って話しかけたら、ちょっとでかいヒントもらえたみたいな、あ、そうなんだ、あっちなんだ、とかって、でもその冒険者、ゲームをしていかなきゃいけないから、そんなこと教えてくれたなーみたいな人も全く気づかず忘れて、次の冒険に邁進するみたいな、なんかそういう係だなーと思っていて、そこにこうある種の美学を感じているし、なんかよくわからん境地を持っているので、じゃあそのまま行こうかなーと思っていますね。
多分この基本スタンスは変わらないので、わかりにくいことをずっとわかりにくいやり方でやるけど確実に効果を出していくっていうのは、なんかここは腕を磨いていくところだなと思うのでやっていくんですが、なんかこうさりげなくやることを、なんか許可なく中身をでかくいじらないっていうのは、なんか大事にしていることなので、継続していくだろうなと思いました。
まとめとリスナーへの問いかけ
はい、なんかこう、面談のやり方とかワンオンのやり方について質問されたので、ちょっと答えてみようかなと思いました。整理するとこんな感じです。参考になるか分かりませんが、まあいろんなスタイルあると思うので、自分に合ったやり方がいいと思うんですけど、よかったらどんな風に感じたか、概要欄にレターの投稿フォームをご用意しておりますので、ご意見ご感想ご質問などいただけると嬉しいです。では他のエピソードでもお会いいたしましょう。じゃあまたねー。
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