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2026-01-06 26:08

SP1-3 もぐらゲームスとporoLogueさんとの出会い、そして今後やりたいことを訊いてみた!(#38)

ミライラジオの特別企画。もぐらゲームスや Mogura VR などのライターとしてご活躍されている poroLogue さんへのインタビュー、今回が最終篇!

幼少期や大学生の話を伺った第1回、第2回に続き、いよいよ社会人になってからのライター業や、フリーゲームクリエイターとの関わりについて伺いました!

パーソナリティーの熊澤(noumi)と横江(よこえ)がインタビューをおこなう中で、poroLogue さんに一貫している働く意義も見えてきました!

ぜひ、今回だけでも、SP1-1 から通してでもお聴きください!

サマリー

今回のエピソードでは、もぐらゲームスとporoLogueさんの出会いや、フリーゲームに関する経験について詳しく掘り下げられています。また、様々なインディーゲームの盛況に貢献した思いや、今後実現したいことについても語られています。ポロログさんは、もぐらゲームスとの出会いや、VRに関する執筆経歴を共有し、自身のゲームを含むコンテンツ作りへの情熱を示しています。インタビューでは、フリーゲームの背景やもぐらゲームズの誕生について話し、その熱意が新しい才能の発掘につながることが強調されました。今後のクリエイターとのコラボレーションによる新しいコンテンツの創出が期待されています。

もぐらゲームスとporoLogueの出会い
こんにちは、横江です。今回のミライラジオは、もぐらゲームスやもぐらVRなどのライターとしてお馴染み、
poroLogueさんをお招きしての特別インタビューの第3回目、最終回です。
前回、前々回の放送はお聞きいただけたでしょうか?
前回から大学生時代の話になって、フリーゲームにハマるきっかけまでお話いただきました。
今回はさらにそのフリーゲームの話を深めてまいります。
今はこの回の編集中なのですが、最初の方で当時のフリーゲームについて私が振り返るシーンがちょっと長く感じたんですけれど、
知らない方は、「そういうゲームがあるのか?」と知っていただき、
知っている方は、「それ全部同じくらいなんだ。」と懐かしんでいただければ幸いに思います。
それでは、インタビューの続きをお聞きください。
Nomeと横江のミライラジオ、今週はスペシャルゲストのporoLogueさんにタイトルコールをお願いしております。
それではどうぞ。
新しい技術と文化を楽しむミライラジオ。
セラフィック・ブルーが2004年か。
そうですね。
20年ちょい前で。
そこからいろいろいくつかフリーゲームをプレイしていって、やっぱりすごいなってなって、
モグラゲームスとかの活動にもつながっていくみたいなのがきっかけになった感じがします。
そうなんですね。
年表をまとめていたんですけど、2004年あたりからがすごい時代なんですよね。
そうなんですよね。本当に名作のオンパレードみたいな感じのがここから始まるみたいな。
夢日記の初公開も2004年だし。
ドラえもんのガトリが公開されたのも2004年と。
2005年になってくるとシリフエイド・ゲンソータンとか出てくるみたいな。
ドラえもんのび太のバイオハザードが出てくるみたいな。
そこからまた時代が経って2007年くらいになると、魔王物語物語ができたりとか。
寄生状況も2007年か。人生を渡る大冒険とか。
アイ・ワナビー・ザ・ガイとかも2007年だし。包丁さんの噂とか。タオルゲットをもう一度とかも。
それは2008年か。2008年にはイリス商工軍とかウリターが公開されて、
一度少年来たんとか出て。あとQWOPとか公開されたっていうのも2008年だったね。
今回調べててびっくりしたんですけど、QWOPの作者とつぼうじって言われてるGetting Over Itの作者さんって同じ人なんですね。
今回調べて結構びっくりしました。どっちもVTuber通りもんみたいなね。
すごいですよね。だからもうちょうどポロローグさんが大学生になってるときにはそこら辺の面白いゲームがいろいろ発表された時期っていうところでね。
たぶん自分はさっきのブランクがあったんで、発表結構された後にまとめてプレイできるみたいな環境があって、そこはむしろ青い光ってなってきました。
一気に名作やりまくれるって状態ですね。
それ何年生ぐらいのときなんですか?
大学1年からもう2、3みたいな感じでちょくちょくやったみたいな感じで。
いいですね。
本当にそこでフリーゲームとかすごい好きになって。
こんだけすごい作品を作る人なんだから、めっちゃすごい人なんだなと思って。
大学1、2、そこら辺のときにフリーゲームとかインディーゲームの作者さんに、
コンタクトを取ったらインタビューをするみたいなことを今日やり始めてて。
そこでちょくちょくこのゲームってどうやって作ったんですか?
どんなものを食ったらこうやって作れるんですか?みたいな。
やっぱり本当にすごい作家性にあふれた方が当時も多くて。
それが今のインディーゲームの流れに繋がってるって意味だと、すごい貴重な経験とかできたし。
どこにも上がってないインタビューが存在するんですね。
ありますね。上がってない。
ちょくちょくブログとかの寄稿も以前してたんで。
あと自分も文章とか書いたりしてたんで。
ちょくちょく残ってる気がします。
その頃インタビューさせてくださいとか聞かせてくださいっていうのはハードル高かったんですか?今より。
そうっすね。スペザーとしては高いですよね。
フリーゲームって好きでみんな作ってるから、これやったら迷惑なんじゃないかと思いつつ。
聞かせてくれませんかって言うときは全然快諾とかしてくれるんで。
意外とちょっと壁が最初あるかなと思いつつ、話してみるとすごい楽しそうに話してくれるようになったんで。
そこはなんか良かったなという感じでした。
確かに。最初声かけていいのかなのハードルがやっぱりめちゃくちゃ高いですよね、これ。
そうですね。しかも普通のコンシューマーゲームとかだったらインタビューみたいな名目が成り立つ系。
いわゆる一般人の人みたいな感じなんで、逆にインタビュー的な形式聞いてもいいのかなみたいなのはあり。
すごい答えてくれて非常に良かったなって思いました。
言える範囲内だと、当時どういうことをインタビューされてらっしゃったんですか?
そういうところです。たぶん今残っているやつとかだと、
RPGスクールのコンテストでかなり上位の賞を取った作者さんに、
このゲームってそもそもなんで作られたんですかとか、
このゲームシステムってこうですけど、これはなんていうんだろうな。
結構ちょっと突っ込んだ話をすると、このゲームバランスでどういう思想や調整をしたんですかみたいな。
インタビューっていうかゲームデザインの話みたいなところまで突っ込んでました。
まさにどうやってこのゲームが作られていったのかっていうところを伺ってたんですね、当時はインタビューで。
そうですね。
いいですね。普通にゲーム好きな人が聞くんじゃなくて、
どうやって作るかも自分でやってみたことがある人が聞くっていうと、
やっぱり一段階さらに聞けるっていうのはめっちゃ差別化というか、他と違う感じですかね。
そうですね、確かに。
そこはまさにそれ以降のインタビューとかにも結構つながるというか、付き合えた部分かという気がしますね。
そうですね。その後、モグラゲームスでの執筆を開始したのが2014年なんですけど、
これってあれなんですよね、プログラマーさん先に大手企業に入社する、大学卒業して大手企業に入社するのが2012年なんですけど、
企業にいながら書いてるんですよね、ライターとしての活動。
ここに関してはもう完全にある種、当時はボランティアみたいな感じで、
もうボランティアというか趣味みたいな感じでやらせていただいて、そこは分けてやったみたいな感じですね。
確かに、この時代副業はあんまりできないですもんで。
僕は土日の趣味みたいな感じだったというか。
そうだったんですね。
一番最初の記事、残ってる記事が、連休中に遊んでおきたい、おすすめフリーゲーム10選っていう記事でしたね。
ゴールデンウィーク前に書いてる記事で、当時イヴとかキリサメルフル・ウォンゴー・セカイ。
それは連休中に遊んでおいたほうがいいですね。
イヴとか当時確かに出て、名作みたいな感じになったみたいな感じですね。
2014年は確かに、ちょうどゲーム実況とかもだいぶ盛り上がった時期でしたね。
その時にRPGスクールのアドベンチャーゲームみたいなのがすごい流行って、ニコニコでも実況されてみたいなのが多分1年目目当たった気がします。
確かに、だいたい2012年ぐらいからその流れが来て。
いや、もうちょっと前か。イヴが公開されたのが2012年だからもうちょい前だな。
2010年ぐらいからか。実際青鬼の実況が公開されたのが2009年だから。
青鬼のガミさん、フキさんの実況がだいぶこの時期を象徴してるなっていう感じを覚えてますね。
そこから青鬼が流行して2009年っていうところでしたかね。
2012年にイヴが出て、同年魔女の家が出るみたいなそんな感じか。
マットワーザーも2012年か。
ちょうどここが多分ムーブメントのパピセンチみたいな。
いいですね。この年暑かったですね。
暑かったですね。ここがフリーゲームのメディアミックスとかもすごい流行った時期な記憶があって、まだ一段盛り上がった時期な気がします。
そうですね。小説版とかも出ましたよね。
そっか、2013年にデジゲイ博が初開催されたのって意外と最近なんだな。
だから、モグラゲームスができるのとデジゲイ博が初開催されるのと結構近い時期なんですね。
そうですね。
当時モグラゲームスもインディーゲームの流れがまた一つ盛り上がりつつあるっていうところで、
インディーゲームの文化の後押しをしたいという思いから運営したというところもあるので、
同時期にイベントであったり、いろんな作品とかが出てきた時期かなという気がします。
モグラゲームスの影響
いやーでも、本当にモグラゲームスってすごい自分の中ではめちゃくちゃお世話になったメディアで。
このサイトあってよかったなーってまだ思いますね。
ありがとうございます。
私が本当にフリーゲーム探す時とかにすごく参考にしたサイトで。
このサイトよく出来上がりましたよね。
サイトのデザインとか共同でやってて、別の動画作ってはいるんですけれども、
結構コンテンツの編成とかは自分のほうでやらせてもらって、
ゲーム何線とかのどれを取り上げようかというところでピックアップしたりとか、
その辺りちょっと分担して担当でやったみたいな感じです。
僕も多分お二人ほどはフリーゲームやってなかったんですけど、
フリーゲーム好きなんですよ。たまに触って好きだったんですけど。
たまに触る人にとってフリーゲーム多すぎるんで。
結構その時の流行りとかだったりするじゃないですか。
なんかもうちょい欲しいとかになると、
モグラゲームスとの出会い
ちゃんと詳しい人がこういう人にこれめっちゃいいよってお勧めしてくれてるのがめちゃくちゃ役立ったんで。
ライト層には死ぬほど大事だったんだろうなとか思うんですよね。
フリーゲームってよくも悪くも多いじゃないですか。
はいはい、多いですね。
そうですね。やりづらいゲームいっぱいあるもん、本当にフリーゲーム。
あの名作をやりづらいものがいっぱいあるもん。
むずいですよね、選ぶの。
モグラゲームはそもそもいい作品を掘り起こすみたいなところがモグラっていう、
特徴を持っていくに相応してはまさに一定。
熊井さん言われたように、本当にフリーゲーム100個あったら
どれが遊べばいいんだみたいな。
まずこれはオススメはこれだよっていうのとか、
あとは実はみんな知らないけどこれすごいよっていうところとかの掘り起こしに
貢献できたら嬉しいなっていうところでやってた感じですね。
ちゃんと願った通りに役立ってるのすごいですね。
ありがたい限りですね。
そうですね、ゲーム実況されてるものだけじゃないんだよという、
世の中にはこんだけいろんなゲームがあるんだよっていうところでね。
モグラゲームスの記事って意外と最初の方を見るとVRの記事とかも出てるんですけど、
ポルファグさんはVRとか割と最初の方から興味あったんですか?
そうですね、自分VRは興味あって、VRの記事自体は別の自分以外の作家の記者がやってて、
自分に関してはVRに関してはゲーム文脈とかも好きで、
それでやってたみたいな感じではありますね。
気づいたらVRのお仕事も始めてらっしゃるということで。
のびさんはだいぶVR早かったですよね。
オキラスは最初どれでしたっけ、触ったの?
でも一番最初の流れには乗り遅れで、DK2あたりから触り始めたんで。
今ではだいぶ早い。
DK2入った頃には、あ、2から?っていうマウント取られてたんで。
くそーって思いながら、DK2の時にVRあるあるのリッチな感情を出したいけど出せないからどうするかっていう結論をホラー作り始めるみたいな。
なるほど。
DK2だとホラー作るのが一番やりやすくて、知り合いが作ってたので言うと、
井戸の中覗くと井戸の中からうわーってなんかお化け出てくるみたいな。
ある程度が飛び出る表現としてやっぱりすごいわかりやすくて、
自分で近づいていって出てくるみたいな。
やっぱりホラーだって思いながら自分でもホラーゲーかシューティングっぽいゲーかみたいなのを無限に作って遊んで、
何ができるんだろうって思ったのがDK2あたりっすね。
へー。
DK2って言ったほうが、だって一番最初がDK1だからね。
そっから2年しか差はないけどね。
DK1のキックスタート。
あの時の2年はすごい悔しかったんだよ。
私の一番良い印象だと、のんびさん家に行ってHTC VIVEのために、
HTC VIVEって上にセンサーを置かないといけないじゃないですか。
のんびさん家の部屋の一部の箇所がHTC VIVE用になってたっていうのがすごい印象に残ってましたね。
残念ながら一部じゃなくて、近くにちょうどHTC VIVEのスタジオになりそうな部屋探して、
そこ借りて、そのスタジオに僕は布団を敷いて寝てたんで。
そこしかなかった。
布団しまうとちょうどやれるみたいなね。
布団しまうとちょうどいいっていう。
でもそう、ちょうどあの頃はVR面白くて、
今だと良い対策とか、VRってどういう速度で動かしたらいいよねとか、
どういう要素を置いたらいいよねって結構ノウハウが固まってるけど、
あの時期は誰も分かんなかった。
多分正しく言うと、なぜかよく分かんないけど、
SEGAの一部の人たちはよく知ってたらしいんだけど、
VRの良い対策について。
でもなんか、やっぱりそれ知らない人たちでどうしたらいい、こうしたらいいっていうのを考えてたから、
すごく良い対策からVRが何がいいかっていうところから、
全部考えるっていうのがこのレイヤーだった気がするな。
まさにフロンティアの時期だった気がしますね。
何もない状態からのっていう。
逆にさっきいろいろ作ってたってのもおっしゃってましたけど、
本当にシューティングにおこられるんですけど、
VR×シューティングとかで初めての作品はその時期だった気がする。
本当にみんな試行錯誤で新しいものを作っていくっていう、
すごく良い時期だった気がします。
楽しかったですね、あの時代は。
で、モグラVRでの執筆とかもまさにポロログさんに返されて。
そうですね。
まさに最初の記事がHTC VIVEの話ですね。確認したら。
モグラGamesのVRにまで扱ってたんですけど、
VRのカテゴリーがやっぱり一つ大きくなってきたね。
モグラVRに分離した時の。
結構割とそういう純粋な理由でモグラVRって立ち上がったんですね。
なんかモグラGamesの視聴率もVRの記事増えすぎたよねって。
でもそれももちろんあります。
やっぱりインディーゲームとVRの記事があって、
だんだんと読者層もVR好きとゲーム好きで入ってくるので、
そうやったらメディア違えた方がユーザーBTTでもいいよみたいな話だったんですけど。
今後の展望
当時の、もちろんこれも言える範囲で大丈夫なんですけど、
モグラGamesのいろんな方々がいらっしゃるじゃないですか。
その方々との出会いって最初の企画はどこだったんですか?
もともと大学の卒業前ぐらいの時に、
ゲーム関連のイベントとかがあって、
それこそ当時はゲーミフィケーションとかゲームニクスみたいな、
ゲームを世の中に役立てていこうみたいなのがすごい流行ってたんですけど、
確かそれのイベントで当時のモグラGamesの総一したメンバーと会って、
確か大学生の時に会って、そこでちょくちょく交流するようになって、
今度こういうのをやるんだけど一緒にやらないみたいな話があって、
一緒にモグラGamesに至るみたいな感じだった気がします。
すごいな、大学生時代の時のイベントでの試合だったんですね。
そうですね、ここで知り合ってモグラGamesに会って、
そこでVRのほうの出会いとかもあって、今に至るみたいな感じですね。
すごいな。
つまりイベントには遊びに行ったほうがいいってことですね。
間違いないです。とんじゃけとくっすね、本当に。
お互いそんなにゲームに入れ込んでる人って珍しかったんですかね。
だと思いますね。
総立したメンバーもオンラインゲームとかめちゃくちゃ入れ込んでて、
ゲームを好きみたいな、喫水のゲーマーのメンバーが集まってたんで、
そこは通じ合うことだったのかもしれないですね。
他の方々のスピーチ数も結構えげつないぐらい。
モグラGamesも書いてるし、他の人たちもモグラGames、
モグラVRも書いてらっしゃるという方々がみなさん。
すごいよなって思って。
熱量ですね。
確かにな。ありがとうございます。
そろそろまとめに入ろうかな。
そんな中でも今、フリーゲームとVR、VTuberとかいろんなところでライターだったりとか、
いろいろ活躍されてるわけですけれど、
なんか気になるのが、この先prologueさんってゲームとか作るのかなっていうのが個人的には気になってて、
全ての仕事とか今のポジションとか全てもう何でもいいですってなった瞬間に
prologueさんが始めることって何なんだろうなっていうところにちょっと興味がある。
何してもいいですってなった時って、何するんだろうなみたいな。
やっぱり自分としてやりたいこととすると、
ゲームを含めてコンテンツを世に送り出すことかなっていうのをやりたいと思ってて、
もちろん自分でゲームを作るもそうなんですけど、
あと、一応今でも個人でやってて、
ゲームのパブリッシャーに近いようなことを今やってて、
いわゆるインディーゲームの作家さんと組んで、
世に出るための支援をするっていうところをちょっとやったりするんですけど、
それをちょっとより広げていったりとか、
あとやっぱり自分のゲーム作りたいですよね、やっぱり。
結構ね、仕事とかでもコンテンツとかゲーム制作とか結構あるんですけど、
やっぱりそうですね、自分のゲーム、個人としてのゲームをちょっとそろそろ作ってみたいなってちょっとありますね。
おー楽しみすぎるな、そうしたら。
個人のゲーム制作への情熱
いやこうさ、だって私たち全員だいたい今30仲間じゃないですか。
30仲間ってめちゃくちゃ仕事で走ってきて、
いやー仕事頑張ったな、そろそろ一回自分の好きなことしてもいいんじゃないかみたいなこと思い出せられないんじゃないかなって思ってて。
私は今仕事しないでもうなんかゴロゴロしてますけど。
ゴロゴロしてる。
素晴らしい、もう人生ですよそれが。
人生各あるべしですよ。
私もなんでもいいからなんかあのー、
久しぶりになんかUnityになりUnreal Engine触るなりして、
なんでもいいからなんかちっちゃいものでもいいからなんかゲーム作りたいなみたいなのを感じるし、
でね、Prologuesはまさにこう小っちゃい頃ゲーム作ってきたし、
で本格を触っててプログラミングもできるわけじゃないですか。
全部できる。
なんか作りたいよねみたいな。
思ってはないけど。
ありますよね。
ポロログとの出会い
ありますね。もうちょっとそろそろやらればなーみたいな。
2枚選ばずにいつやるのかみたいな感じがそろそろなってきちゃう。
いやー、作るとしても、でも聞くとしてもやっぱあのー、
結構RPGが好きで、特にシミュレーション系とかも結構好きだったんで、
やっぱサイガドラマみたいなRPGを作りたいなって思った。
対策になりそうなやつですね。
対策になりそうでこれ絶対エターなるなって思ってた。
確かにね。
まずは1回小さいものからね。
小さいものから。
作っていこうかなって思ってた。
最近その話で言うと何に影響を受けたかというと、
日本一ソフトウェアの新井川総平さんが、
あの人社長やってたけど、長いこと日本一ソフトウェアで社長やってて、
社長辞めて、今またパブリッシャーだったりシナリオ描く側に戻ってきたんですよ。
その時に言ってたのが、将来芸妓でいたいよねみたいな。
かっこいいな。
そうだよなみたいな。
あの人見ると結局自分って何したいんだろうみたいなところに、
向き合わないといけないなみたいなのを感じてて。
だから面白いなと思って、この3人とちゃんとプログラマーしてるし、
ゲームと向き合ってるし、やっぱりエンタメ好きなんだなって思って。
職歴とかみたいな。
ポロローグさんのこの経歴でフリーゲームから何からVTuberまで行ってっていうのも、
結構個人の力で新しいコンテンツ作り出すみたいなところ全部ちゃんと抑えるじゃないですか。
これ結構面白いですよね。
言われてみれば確かにそうっすね、そこは。
今もパブリッシャーみたいなことをして、ゲームの支援しながらっていうのも、
多分それこそ出版社のゲーム版みたいな感覚で、
出版社の編集みたいな感じで、ゲームに対してサポートして育ててあげて、
うちから出すよみたいな。
どんどんと才能ある個人とかが、いろんなコンテンツ出せるようになっていくみたいなのを
手伝いながら自分でも作っていくって、結構理想系だなとか思うんで。
ちょっと熱いですよね、この流れ。
結構そうっすね、自分で作るとかもそうなんですけど、
才能あふれる人と一緒に何かするのがすごい楽しいみたいな。
むしろ自分でやるのもいいんだけども、そういう人たちをもっと、
こんなすごい作品という人がいてみたいな感じの支援をしたいみたいなのがあるかなって。
きっとプロローグさんがゲーム作っても、そのゲームを作っても、
きっとプロローグさんがゲーム作っても、そのゲームを実況して活躍して有名になるVTuberがいるかもしれないですからね。
本当に。
それを願ってますね。
この先何してるかはすごい楽しみですね、みんなも。
ありがとうございました。
フリーゲームの未来
今日はこんなところで。
本当はVTuberの人かVRの人か無限にしたいところがあるんですけど、
今回は特にフリーゲームの話をこんなにしゃべれる人はいないだろうというところで、
フリーゲームのところに着目してお話しさせていただきました。
プロローグさんでした。どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
465の横江です。
というわけでプロローグさんへのインタビューを全3回お届けいたしました。
どうだったでしょうか。
本当に私としてはすごい感慨深かったですね。
この自分が言っている感動というのが周りに伝わるか分からないですけど、
めちゃくちゃ嬉しくて、
やっぱりフリーゲームの時代を支えた大事な方であるプロローグさんがどういうふうにできていったのかというのは、
結構伺えたのがすごい嬉しかったです。
今回の本編の部分でプロローグさんが大学生の頃にフリーゲームの作者さんにインタビューしていた理由として、
どんなものを食べたらこんなものを作れるんだみたいなことを思ってみたいな発言がありましたけど、
まさに今回のインタビューって、
どうしたらここまでフリーゲームに詳しい人が出来上がったんだという謎に幼少期から遡って知ることができたので、
すごい面白かったですね。
非常に貴重な機会になったと思います。
モグラゲームズの誕生の話も結構面白くて、
当時フリーゲームをやっていた人たちって、
多分あのサイトを見た時に、
あれ?そういえばこのサイトっていつからあったっけ?みたいなことを思ったと思うんですよ。
あと、結構2014年くらいって、
世の中にソシャゲを紹介する記事広告がいっぱいあったと思うんで、
その中で、なんでこの無料のフリーゲームの記事をこんなにたくさん、
しかもクオリティー高く書いてくれてるんだな、みたいなことを気にあった人って多いと思うんですよね。
やっぱり聞いてみると、本当にゲーム好きな人たちが組んで出来上がったサイトだったんだなっていうことを
分かって、すごいほっこりしましたね。
最後のポロログさんの今後やってみたいことの話の中では、
ゲーム作りたい役っていうのはもちろんあるんだけれど、
それ以上にこんなに良いクリエイターがいるんですよ、みたいなことを伝えたいっていうところが、
モチベーションってなってるんだなっていう、
そういうところがすごい強かったんだなって感じられて、
こういう人のおかげで良いものってどんどん広がっていってるんだろうな、みたいな温かい気持ちになりました。
改めてインタビューさせてくださったポロログさん、ありがとうございました。
新しい技術と文化を楽しむ未来ラジオでは、
今後も最近の面白いテクノロジーや文化の話を、私横江と能美さんでしていきます。
ポッドキャストのフォローもぜひよろしくお願いします。
それではまた次の通常回でお会いいたしましょう。
バイバイ。
26:08

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