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みんなの才能研究所みんラボ、前回の続きです。どうぞお聞きください。
いろんな才能を見つける上で一番簡単なワークは、正解を作らないワーク。
例えば、このチームにとって美しいと思えるものを作ってくださいとか。
それは結構正解がないから、正解を引っ張ろうとしないので、比較的その人の才能が伺えたりする。
タイムを競ったりとかそういうものよりも、みんなで作るとかそういう方が向いてるってこと?
そういう方がバランスよく才能を見れるね。偏りなく。
フィードバックってどうやってやる?奇跡的なフィードバックって言ったら変だけど。
ごめんね、これはグッドフィーリング指標でのワークをまだ作ったことがないし、実は別企画で作ろうとしてるからちょうど今この話をしてるんだけど、
フィードバックは究極しなくていいんじゃないかなと思っていて、自分たちで気づいてもらう方が重要かなって感じ。
なんで違和感が発生したんだろうねって。
誰もが嫌だと思わず、誰もが妥協しないものを作るってめちゃくちゃ難易度が高いじゃん。
でもそれって唯一できるのって方法ってコミュニケーションでしかないんだよ。
お互いを理解しきろうとする精神しかないから、そこしかないから方法は。
なるほどね。
ただ分かんない。高校生とかそれやったら思春期でちょっとなんかめんどくせーとかやりそうかもしれないから分かんない。
それは多分あるとは思うね。一定水準を超えた学生たちだったら、高校レベルだったら多分結構きちんと成り立つかもしれないけど、
そこは多分ね、高校レベル下になって変わる気がするけれども。
なんか気づいてもらったりっていうのをするにあたって、一番これもいいのかなと思うんだけれども、
やった、楽しかったで終わるケースってまあまあ出てくるかなと思ったから、
どういう形のフィードバックとか気づきのコメントじゃないけれども、
っていうのをよりやっていくと、やったことに対しての自分たちでもう一回考え直すっていうプロセスが、
その時間終わっても続くのかなっていうのがちょっと気になって。
まあ継続的にさっき言ったようにやっぱやらなきゃいけないだろうなと思うから、
いろんなワークを月に1回とかやっていくだけでも変わっていくだろうなと思うけどね。
無限にあるからさ、そういうワークって。あと考えればいくらでも思いつくからさ。
それでみんなのことを思いやらないと結局誰も幸せにならないよねっていうことを理解する。
社会性を身につけながら自分の才能を爆発させることがすごいとても重要だということに気づかないといけないなと思って。
もしフィードバックさっきあったけどするなら、唯一やるならみんなのここ良かったねって伝えるぐらいじゃないかな。
なんか悪かったねってしても本当にいらないなと思って。
それってなんでちなみに。
悪いっていう概念を持たせると、なんか才能開花してない時悪いってなっちゃうじゃん。
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才能開花とか才能発揮って、逆は才能開花してないイコール悪いともならないし、
行動一つ一つに悪いことっていうことは特に俺は存在しないと思っているのね、価値観としてだけど。
あんまりそこに対して善悪をつける、癖をつけないためにも悪いフィードバックって究極いらないんじゃないかなと思っている。
どっちかというと新しい視点に気づかせる方が重要かもしれない。
なんでこの人は不愉快に思ったんだろうねって。
その不愉快に思った絵っていうのは〇〇さんが改善したら不愉快じゃなかったのか、
でもこの人にもそこに対しての恐怖心を抱いている過去の経験があるから、
どっちにも責任があると思ってる、究極。
でもそれを悪いと捉えてしまうと、どっちかが悪いみたいな感じになっちゃうなと思って。
もっと良くなるためにはどうしたらいいんだろうねっていう考え方と、
もっと良くなるのにも暗黙に悪が存在するか。
なんか難しいけど、なるべく良いところを見せる方がいいなっていうのは個人的には思ってるかな。
ちなみにできなかった部分を改善するみたいなところは、たかちん個人的にはあんまり効果的じゃないかなって思う?
何かの指標があるなら効果的なんだけど、指標がないなら効果的じゃないなと思って。
テストで100点を取るためならフィードバックをするべきなんだけど、
人生にとっての100点が存在しない限り、フィードバックっていうのはいらないんじゃないかなって俺は思って。
その人がもし優しい人になりたいっていうんだったらフィードバックするべきなんだけど、
そういうものが持ってない人にフィードバックをしても何も刺さらないかなって。
確かにあるね、それはね。
フィードバックっていう言い方が、暗黙的にその改善を伝えるっていう言い方に今俺が取っちゃったからそういう意見だったんだけど、
思ったことをシェアするぐらいだったら別にいいんじゃないかなって思ったりする。
でもその考え方いいね、思ったことをシェアするね。
立場上さ、いいこと言わなきゃいけないとか正しいこと言わなきゃいけないって思いがちなわけより教員ってどうしても。
そうなんだ。
だからなんかちょっとそういう発想になってたけど、純粋に思ったことをシェアって言うとそれだけでちょっとハードル下がる。
そうだよね。そこに正解っぽく見せないようにすることがすごい重要かなと思ったりする。
今まで先生から見えた視点なんだけど、こう見えました。
でもみんなの中でのいい行動だと思ってやったんだよねって。
そこを誰かをいじめようと思ったりとか、誰かを貶めようっていうことは社会的にはあまり良くないと思うけど、
みんなのためにって思った行動なら一ついいことかもしれないねって。
だから一つ一つ取った行動に対してちゃんと背景を確認するようにしようとかまで持っていけたらすごい良いよね。
なんでこんな行動したのってお互いに寄り添えたらすごい最強だからさ。
最強だねそれね。ほんとだね。
難易度高いけど。
それが見えたらやってる方としてはすごい嬉しいよね。企画した方としては。
そうだね。面白いよね。いじめとかでもさ、いじめダメって注意する先生いっぱいいるんだけどさ、
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いじめがなぜすごい無駄な行為なのかっていうのをちゃんと感じられたらもうちょっとやめるんじゃないかなと思ってて。
それ本当にそう思ってて。
実際にあったケースなんだけれども、同じ子が似たような形でもう一度同じ問題を起こすっていう。
やっぱりあって、いじめに近い関係で。
だからいくらそれで最初に自宅禁止とか反省文とかで本人に反省させたところで、
何か本人の中でのきっかけとかが分かってない限りは、
本人理解しながら周りもそういうのを理解していかない限りは、
これって全然変わらないんだなっていうのを今話聞いて思い出した。
そうだよね。変わんないよね。
本人が変わろうと思ってなかったらまず無理だと思うし、
もし少しでも頭がいい子だったら、高校生だったらほぼ理解できると思うんだけど、
いじめたらさ、副作用として何が起きるかっていったらさ、
いじめてる構図が周りから見られることによってさ、怖い人だと思われるじゃんまず。
怖い人だと思われた瞬間にさ、その人に本音が言えなくなったりとかしててさ、
あなたは本音で語ってくれる友達がいなくなるよっていう普通に予定ができたりするし、
いじめることによっていじめられたやつから恨まれるっていうことも起きるじゃん。
いろんな悪いことが起きるよね。
最終的に本人に返ってくるじゃん、その反動が。
反動が返ってくることを多分結構理解してないのかなと思って。
無敵だと思ってるんだよね自分が。
そうなんだよね、本当にそうだと思う。
やっぱね、強く思われたいんだと思うんだよね。
弱さを隠すじゃないけれども。
そうだよね。
その強さって本当は人はどういうふうに感じてるか、メタ認知できてないわけじゃん。
だからそういうのが見えてないのが面白いよね。
それはあるね、全然経路が変わるけれども、
多分社会に入ってからも違った形で出てくるものではあるんだよね、多分ね。
そういうのもね、ワークを通してメタ認知できる機能が適用できたらもしかしたらわかるかもしれないし、
逆にその行為をしてしまって、すごい辛い経験があったようやくわかる子もいると思うし。
確かにね。
あとは何かいじめる子が悪いわけでもなかったりするじゃん。
いじめる子にも何かの原因があって、何かの表明だったりするから。
抱えてる問題があるかもしれないしね、家族の問題とかさ。
本当にそうなんだよね。
家族としてさ、ちょっと発達障害とかさ、そういうのを持ってる子たちとかもやっぱりいるから、
そうするとなんかね、その子自身を責めることだけはできないんだよね、どうしてもね。
そうだよね。
うん。
でもそこまで踏み込むと教育委員会がすごいうるさそうだね。
そうそう。結構ね、ナイーブな内容になるから。
かなりごめん、ワークの話とかの枝葉の話をしてしまったけど、
最初の問いに戻ると、どういう動機があったら挑戦していいのかって言ってたけど、
さっきの動機が生き生きと働いてほしいっていうのと、
自分の強みを発揮できる場所にしたいっていう思いで、
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子どもたちに対して強みを理解してもらうような機会を与えながら、
何か教育指導をしていくってことをしたくて、
これからも教員の正規雇用の目指すっていうのを進めていったら、
なんか普通に夢が叶いそうな気がするけど、
どうなんだろう、これだとまだまだ自分の中ではしっくりこない、もんちゃんの中では。
今回転職で若干クールダウンしたというか、
だから今はしっくり来るんだけれども、
なぜか3月までか、教員やってた時はそこを気づかなくて、
やっぱりもう一回出ないと見えないみたいな、
ちょっとカタクナにそういうふうに考えたところがあるから、
今は大丈夫だけど、なんかそういうふうな瞬間がまた、
教員をまた5年やった後に来ないかっていうのが心配。
来るかもしれないけど、なんか螺旋階段のようによくはなってるんじゃない?
確かに。
新しい発見があることによってビジョンって全然変わる可能性はあると思う。
なんかイメージ、螺旋階段なんだけど、最後迷いながらも一つの点に収集するみたいな。
イメージわかる?三角錐って言うんだっけ?
こういう三角錐のようにどんどん上にくるくる回っていくと最後1個の点に繋がるじゃん。
ああいう形で迷ったりうまくいったり迷ったりうまくいったりが繰り返しながら、
最後はちゃんと登り詰めて上に1個の数字ができるみたいな。
たぶんほとんど変わらないと思うんだよね。
生き生きした社会みたいな生き生きした世界観っていうのはたぶんずっと変わっていないじゃん、教員の時代から。
そこは変わらない気がする。
手段が変わるだけで、ビジョンは実は変わってないんじゃないかなと思って。
手段なんてなんでもいいじゃん、結局。そこにたどり着けていれば。
そこだけだから忘れなかったらいいんじゃないかなと思うのと、
そのビジョンを達成できる場所に居続けることが重要なのかなって思ったりはするけどね。
ビジョンを達成できる場所ってすごいわかりづらいなって思うので、いろいろやってきた中で。
どういう要素とかがビジョンを達成しやすいって自分の中で思いやすいのかなと思って。
考えるヒントとかあれば。
そうだね。それで言うと、これもすごく言語化しづらいから、
この時はすごくビジョンに近づいてるって思うポイントとそうじゃないポイントを、
結構ちゃんとポジネガですごい判断したほうがいいなと思って。
要は今生徒たちと一体手で触れてて面談してる時ってめちゃくちゃビジョンに達成に貢献してる感覚があるなら、
それはめちゃくちゃいいことじゃん。
ただベンチャー企業に行ってウェブを通して見えない相手に対してサービス提供してる時に感じられなかったんだよね。
これはじゃあネガティブなわけじゃん。
ポジティブは明らかに人と何か直接的な接触が図ってる時っていうのが一つのポジティブだから、
一つのヒントとしては接触っていうのがヒントだから。
ビジョンに対して必要な手段は接触。
なるほど。
っていう風にそれっぽいやつとそれっぽくないやつっていう表現でもいいんだけど、
私にとってビジョンに接続してそうなやつと接続してなさそうなやつを結構いつも判断する癖をつけるといいと思う。
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ありがとう。確かに。
洋服選んでるのと一緒。私に似合いそう、似合いそうじゃないって直感でわかるでしょ。
あれと一緒。あれを繰り返すと自分の洋服のセンスが磨かれていくじゃん。
それと同じ感覚。
例えば仕事を繰り返していく中でだと同じ業務になって慣れていくじゃん。
そうするとその接続してるっていろんな枝葉が食いつくされる瞬間みたいなのが来るのかなというか。
あって、どうやったら接続しているものを多く作れるのかなっていうのを今、
それを多く作っていかない限り近づいてる感じもしないのかなと思って。
同じ環境の中でとかでそういうのをより多く作っていくにはどういうものができるのかなっていうのが気になったんだけど。
いろんなことを試し続けることだと思うけどね。
試していく中で精度が高くなるから、おそらくこういうことはビジョンに近づいてるっぽいぞっていうのがわかってくるから、
わかんない間はランダム的にやり続けるしかない。
頭でちゃんと整理しながらノートに書いていきながら、それっぽいこととそれっぽくないことを書いていって、
ここから集中しようとか優先度を決めようってやるしかないかなと思うけどね。
だんだん構造ができてくると思う。
ビジョンは生き生きと働いてほしい。
第2段階目の段階は強みを発揮できる場所を作る。
強みを発揮できる場所を作るにはそういう授業を開催する。
授業を開催するには定期的な活動が必要だから定期開催ができるように校長先生を駆読とかさ。
目的から手段っていっぱい発生するじゃん。
確かに。
これはロジックツリーのようにいろいろと広げていって手段をたくさん作っていって、
この手段がどの段階にあってどこに接続しているのかを、
そういうアプリケーションあるじゃん、パソコンとかでも。
マインドマップとかね。
マインドマップをどんどん作っていって整理するっていう方法もあるし、ノートに書いていくっていう方法もあると思うし。
なるほどね。
僕はちなみにノーションでやってるけどね、いつもそれを。
ノーションってそれは何?アプリ?
ノーションっていうアプリがあって、結構何でもできる議事録を作ったりとか、
表を作ったりとか、優先度入れ替えたりとかできるんだけど、
僕はいつも自分がやりたいプロジェクトと自分のビジョンのためのプロジェクトをバーっと思いついたら、
整理しながら、なんか優先度変わったなと思ったらピュって変えてやっていくって感じで、
いつも調整してる毎回。
やってみたいプロジェクトとかってさ、どうやって思いつくの?
すごい申し訳ない質問なんだけどさ。
思いつき方か。
思いつき方は、まずサウナに入ってる時にめっちゃお服思いつく。
デジタルディドックスしてる時に思いつく。
あ、そうなんだ。
で、もう一つは他人と喋ることで思いつく。
で、壁打ち相手を決めている。
あー、なるほどね。
で、友達に相談する。
あとお酒飲んでる時にヒットすることが多いので、お酒飲んでる時に必ずメモする。
で、次の日に見るようにしてる。
あとはさっき自分のビジョンを決めきる。
ビジョン決まっちゃえば目的と手段ってセットじゃん。
手段から目的ってね、結構考えづらくて。
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目的があるからやっぱ手段が思いつくことが多いなって感覚があるので、目的を明確に決めること。
あとひたすら本屋さんに行って、なんかその目的が決まったらその目的を達成できそうなやつをひたすらその本屋さんのタイトルとか見て、
あ、これいいじゃん、これいいじゃん、これいいじゃん、みたいな感じでどんどん派生してずっと本屋さんに入り浸るみたいな。
なるほどね。それって意外とネットじゃないんだね。
ネットじゃないね。
ネットだとね、パラパラって読めないじゃん、そんな。
目次まで軽く読めるけど、本屋さんってやっぱりそのコーナーが結構ちゃんとカスタマイズされてるから分かりやすいんだよね。
どんどん隣の本行けばまたさらにちょっと似たような本がどんどんあるから、さらにどんどんアイデアが派生していって、発散していくって感じ。
確かに結構、偶発性は起こりやすいよね、本屋の方がね。
起こると思う。
あとはなんか意外な場所に意外なアイデアが降ってんだよね。
結構、自己啓発本を読みたかったのに、なんか違うところに哲学の本が置いてあって、その哲学の本に結構答えが書いてあったとか。
あ、そうなんだ。面白いね。
とかかな。
あと僕はね、よくバー行くんだけど、バー行ったら全然違う人たちと喋って、こういう世界の人たちに届けるにはこういう伝え方をした方がいいのかなとかって、伝え方とかまでアイデアが沢山あったりするかな。
あー、そっかそっかそっか。
例えば、古典の歴史のデータベースって分からない人には、じゃあどうするのかっていうと、うち歴史の研修事業もやってるから、研修事業やってますって伝え方をすると、ビジネスマンは分かりやすい。
その先にそのDX化したのがデータベースになることにもなるんですけどねって説明すると、あーなんとなくイメージ湧くみたいな。
コンサル受けたことがある人だったら、コンサルティングの代わりに過去に起きた似たような歴史の事象を提供しながら、こういうパターンがあるっていうパターンを知ったら、結構面白い発見ありませんか?みたいな。
孫子の兵法とか読んだら結構感じることあるじゃないですかっていうと、そのレベル感だと分かるっていう人が結構いたりするのね。
そうなんだ、なるほどね。
これ人によって結構変えるんだけど、もっと他の人だったら、究極ラジオの会社ですって言っちゃう。
ただラジオの先にこんなことやりたいことがあってねって後から言うと伝わるので、先にラジオって知ってるワードから共感を得てもらうと伝わったりするんだけど、
なんかこれもバーに行くことによって、この人にはこういう伝え方、こういうツールにこういう伝え方っていう新しい発見を得ることで、
人によってアプローチ方法とか伝えるコンテンツとか提供物って変わるなってやっぱ思ったりするんだよね。これもアイディアを加速させたり。
結構そのニーズに合わせてコンテンツが変えるような形を作ってるの?今。
僕はそうだね、今いろいろちょっと実は仕込んでて。
最近毎朝5時から10時まではずっと才能プログラムを作り続けて考えてるんだけど。
そうなんだ。
ちなみにいろんなプロジェクトをもたんでいろいろ走らせていく中で、ダメだったみたいな感じで引き返したりとかも結構あるの?
めっちゃある、めっちゃある。
それってどのタイミングでどうやって決めるの?
どのタイミングでどうやって決めるか。これ以上伸びないなと思った。
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なるほど。
伸びないとニーズがずっとないっていうことなので。
一旦リリースはするんだ。
リリースはしちゃう。
なるほどね。
今回だからバーも作ったんだけど、毎週水曜日に僕とこうやってズームしっかり直接話したことがある人しか来れないバーを一旦今作ろうと思っていて。
そうなんだ。
Twitterでしか発信してないんだけど、Twitterではまだ紹介制とは言い切れてないんだけど、今考えたのは紹介制で考えていて、これを作ったのも僕としてはやっぱり共同で勉強できる仲間たちを集めていきたいなと思っているから、
もちろんいろんな人来てほしいし嬉しいんだけど、それは最後でいいかなと思って。
一旦は知り合いだけ来てもらって、濃度を高くしていくっていう。
それがバーを守るっていう意味ではすごい重要なことなんじゃないかなって俺は思って。
だからもし来たくて、どうしても来たいっていう人はどこかで僕と話す機会を作ってもらえたらまたご紹介できると思うんだけど、
そういう形で今これも一個のリリースがね、どういう風になるのかなと思ったりしてるし、
あとミンラボリスナーのみんなと一緒に集まって合宿をやりたいなって思いも結構あって、
これも今企画で考えたりするし、
あと新しいラジオも今ちょっと考え始めていたりするし、
そうなんだ。
これも全部全て目的からつなげて仮説を立てて、
仮説を持っておけば辞めれる。
あー確かに。
仮説ってさ、どうやって適切に立てられるの?
適切には立てられないから、目的を達成するための仮説であるかっていう仮説を立てる。
簡単に言うと、これは広めるためであると、
これはコンテンツを伝えるためであるとか、
これは才能リテラシーを高めるためであるとかっていう目的を設定するじゃん。
企画を走らせてみて、才能リテラシー高まんないなって思ったら試行錯誤していくんだけど、
もう無理だ、これ以上高まんないと思ったらやめる、その企画は。
例えばさ、その認知度を上げるだったらさ、何人リスナーとかすごい分かりやすい指標があっていいんだけど、
才能リテラシーを上げるとか、私の場合はさ、子どもたちが成長するとかさ、
そういう目に見えないし、一体いつになったらその影響が及んでいるかもわからないみたいな分野でチャレンジするときって、
どういう形で仮説を立ててる?
でもそれで言うと才能リテラシーの定義を立てているから、
その定義を理解しきれるコンテンツになっているかどうかって感じかな。
僕の中での才能リテラシーはいくつかあるんだけど、
そのグッドフィーリングな社会づくりの理解を結構高めてもらわないと、才能リテラシーで高まらないと思っていて、
自分が良くてもダメ、他人が良くてもダメ、社会だけが良くてもダメで、
全員が妥協しなく良い状態を目指すっていう世界観を持っているから、
結構いろんな認知をしていないと、人のことなんてこう受け止められないんだよね。
人間だもんってどこまで領域まで行かないと、結構ヨッシーみたいな沢間してる人じゃないといけなくて、
ああいう沢間をするっていうのを結構目指そうと思っているから、
その中で才能という概念をわかっていて、才能というものを発揮した経験があって、
人の才能発揮についても結構因数分解ができて、
引きどころまで行かないと才能リテラシーで高まったっていう状態にならないんだけど、
そういうところまでを一緒に目指していこうねって言った時に、
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理解する姿勢を持っている人、理解してくれる人までができなければ、
このコンテンツは失敗とみなすって感じ。
理解したはわかるんだけど、いつも教育でぶち当たる壁がこれやってて、
自己満足で終わらないかとかっていうところがあって、
たぶん今回の転職の理由、そこも大きかったんだよね。
目に見えない世界の中で、こうやっていく中で本当に提供している価値が合ってるか間違ってるかって、
そういう世界観から良くないんだけれども、少なくとも良い影響になってるかなってないかみたいなところをどうやって測っていくか。
それは究極だから測れないと思うんだよね。
俺はいいと思ってるけどね。
ただ自己満だと今度人がついてこないので人が集まらないじゃん。
続くとか続かない、人が集まらないっていうのが実は自己満とそうじゃないものの境目かなと思って。
なるほど。
グッドフィーリングだったら他人も社会も良くなってるから絶対人集まってるんだよね。
自分だけ良くて他人が傷ついてたら人集まらないから、たぶんそういうところにあるのかなって思ってるんですよ。
今のめっちゃいいヒントありがとう、なるほどね。
そんななんか言語化もしたことがなかったからちょっと曖昧なところもあったと思うけど、
そういう形でちょっといろいろ試行錯誤していきながらアイディア膨らまして、
あとなんか自分の才能ってここにあるなどうかなっていうのも、やっぱ正直行動以外に方法なくてやってみるしかないから、
ひたすらやって角度を高めていくことしかないのかなと思います。ビジョンを達成するっていうのは。
なるほどね、そうなんだね。
チャレンジある限りって感じ。
そうだよね、結局そうなるよね。
他人と関わる中でのビジョンがある場合はね。
一人で完成できるものは別に、なんかね、究極チャレンジしなくてずっと頭で考えてるだけでもよかったりすると思うんだけど、
他人が関わるものはやっぱりチャレンジ以外の方法ないよね。
なんか理解できたというか納得に落ちた。
ありがとう。そしたらじゃあ、もんちゃんのビジョンはさらにまた変わっていったりとか変化があったりとか、
またブラッシュアップされたらまたラジオに出てもらえたら嬉しいなと思ってるんで。
ぜひお願いします。
今後ともよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
じゃあ今日はこの辺でラジオ終わりましょう。
ありがとうございました。
ありがとうございました。