こうした時にアメリカは
イランという王権を抑えるためにですね
イラクというもっと凶暴な番犬を飼い慣らそうとしたんですけれども
その番犬が腐れを切ってですね、どんどん暴れ出して始めたという
これが中東の秩序がもうぐちゃぐちゃになった原因なんですよね。
そして1980年から90年、激悪の暴走ですね。
ワンガン戦争という転換期を迎えます。
イランイラク戦争が1988年に終わりました。
これでも両国ともポロポロの状況ですよね。
しかし伏線が暴走し始めたために1990年から91年ですね、
ここでワンガン戦争が始まりました。
アメリカのジレンマがここでも起きたんですね。
伏線を完全に倒すべきか。
もし倒してしまったらイラクがバラバラになって
ライバルのイランが喜ぶだけじゃないのかと。
非常に難しい問題ですね。
結局アメリカは伏線を生かしておくという中断歯な選択を選んだんですね。
ここからの10年間、アメリカはイランとイラクの両方同時に封じ込めるという
めちゃくちゃコストのかかる無理ゲーですね。
これを続けていくことになったんですね。
これが後の2003年のイラク戦争への伏線になっていきます。
2003年、イラク戦争ですね。
歴史を決定付ける地爆が起きます。
アメリカによるイラク戦争ですが、アメリカは伏線政権を破壊しましたけれども、
最大のこれが間違いにもなったとも言われていますね。
天敵はなくなったんですね、イランにとっての伏線は。
自分たちにとっての、イランの人たちにとっての強大な壁だったんですけれども、
これをアメリカ自身が取り壊してくれたということで、
イランの目の前の道が全開になったんですね。
さらに影響力は回路によるようにどんどん堪忍をしていきました。
イランはこのチャンスを逃さずですね、混乱するイラクに、
自分たち意気のかかった勢力をどんどん送り込みました。
この結果何が起きたか。
テヘランから地中海までが一方の道でつながってしまったんですね。
どのような状況かといいますと、イラン、イラク、シリア、レバノン、地中海、
これはすべて不遷位という壁によって阻まれていたんですけれども、
これらがすべてスルスルとイランの影響力が及ぶような状況になったということです。
ここでさらにイランは自分たちの代わりに戦ってくれる代理勢力を配置したんですね。
自分たちの手を汚さずに武器と金を渡して戦ってくれる人たち。
なんとなく想像できますね。
責任回避ができるんですね。
このような戦争とか問題を起こしたのは自分たちではないという、
そのような言い訳ができるんですね。
つまり国同士で戦争をしたらイランは負けるんですよね。
しかし他の国の人たちの中にテロ組織や武装組織という盾を並べて、
アメリカが直接自分たちを殴れない仕組みを作り上げた。
これがイランが完成させた防波堤の正体なんですよね。
結論なんですけど、中東の混乱は責任者不在の場所取り合戦です。
ここまでお話ししててね、最初にお伝えした結論に戻りますね。
今の中東は誰も責任を取りたくない空白地帯の場所取り合戦であると。
最後にお伝えしたいのはISOのリスクの定義なんですけれども、
目的に対する不確かさの影響なんですけれども、
今イラン国内ではデモが起きて政権が生き残り必死です。
政権維持という目的のために彼らが広大な防波堤をいっぱい作って、
それにより過激な行動に出るかもしれない。
それによって外側の大国は今がチャンスだと言って
介入すれば予測不可能な状態に陥りますね。
中国もそうです。そうかもしれないですね。
このように中東が分かりにくいというのはもう本当に
100年前の古いルールから壊れた。
アメリカのという警察官も去ってしまった中で
誰も責任を取らないという、
そうした状況の中で生み出された不確かさと言えるかもしれないですね。
ということで1916年から現代までずっとざっくりと見てきたんですけれども、
気がつけばイランがテヘランから地中海まで知らない間に
勢力を伸ばしていったという、そうした構図が見えてくると思います。
ここでいろんな問題を起こしても、
誰もこれを止めることができない状況にまだ落ちていると言えるかもしれないですね。
とりあえず今日はここまでにしたいと思います。
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実野る防災総合事務所の三浦でした。どうもありがとうございます。