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こんばんは、港町レイディオへようこそ。スレタです。
村田です。
この番組は、争いになって森故郷の横浜に帰ってきた二人が、アルコールを片手に浜だんぎは趣味の話し、花を咲かせるレイディオです。
はい、今回は前回の続きで、横浜六大事業について話していきたいと思います。
はい、ということで今回はですね、前回は金沢、ちさき、埋め立て事業についてね。
並木ね。
並木だけじゃないけど。
並木、熱が入ったけど。
並木、熱は入った。めっちゃ入った。
今日は二つ目。
二つ目の。
そう、港北ニュータウン建設事業。
港北ニュータウン来ましたか。
いやー、来たね。これも、街づくりっていう側面を、すごい強くその意識している。
まさにって感じだよね。
まあ、ニュータウンだからね。
なので、今回はその事業について話していきたいなと思います。
はい、お願いします。
じゃあまずはね、前回と同じ感じで、そもそもこの事業についてちょっとイントロの振り返りも含めつつ、なぜ港北ニュータウン建設事業そのものが行われるに至ったかっていう話から。
ちょっと話していきたくて。
イントロでは、急激な都市開発、高度経済成長の中で横浜っていう街そのものの住み心地とか環境っていうのが、郊外とか汚染とかっていう問題で、ある意味怪我されちゃったっていう、ちょっと崩れちゃったよね。
その乱開発によってね。
ゆえに懸念感があったよね。急激な都市開発によって乱開発が進んでいくと、あれ、都市が日本をもうめちゃくちゃにしちゃうんじゃないかみたいな、日本というか横浜をね、めちゃくちゃにしちゃうんじゃないかみたいな課題感がある中で、計画的な都市づくりを行いましょうっていうところから、今回の港北ニュータウン建設事業が出てきましたよ。
その時喋ったのは、都市と農業の調和を図った都市っていうのをニュータウンとして建設しましょうみたいな話を、それがそのこの事業ですよ、今回の事業ですよみたいなお話をしましたと。
ちょろっとプラスで先にね、ちょろんと話しちゃうと、今回のこの港北ニュータウン建設事業は、意図的に住宅開発しない地域っていうのも多く残しておいた、そんな街づくりをしていましたという。
これはちょっとおいおい話していきたいなと思います。
で、この歴史的な当時の背景っていうのを深掘って考えると、東京に人口がガンガン増えていって、東京の地価がすごい上がっていって、人口っていうのは周辺都市にどんどんどんどん移っていきましたと。
で、そのうちの白羽の矢の立った先の一つが横浜。横浜の郊外では至る所で虫食い状に乱開発が進められたんよ。
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で、これがいわゆるベッドタウンっていう感じで、それは各所に開発されていって、ゆえに行政サービスが欠如したりだとか、災害とか郊外問題とか、農業への悪影響みたいな。
農業なんだね。
そうそうそう。当時農業がメインで行われた地域に関して開発が進んでいくと農業に対する侵食ってやっぱり無視できなかったよね。みたいな感じで、いわゆる環境面で結構悪化してっちゃったっていうのが当時の流れですと。
で、そんな状況のままこのまま進んでいくと、絶対未来やばいよねって。ゆえに横浜市自らが計画的な都市開発のモデルを示す必要がありましたっていうのが当時の時代背景。
ちなみにツルポンってさ、スプロール現象っていう単語って知ってる?
わかんない。
初耳?
初耳。
これ結構都市デザインとかその文脈で出てくる単語なんだけども、まさにこの広北ニュータウンってまさにスプロール現象を回避するためのアクションだったんよね。
このスプロール現象っていうのは、例えば都市計画っていうのがしっかり練られないまま無秩序に開発が進むと、例えば不要意に交通渋滞が生まれてっちゃうよとか、いわゆる個別最適よね。
個別最適でガンガンガンガンつけ足しみたいな感じで開発を進めていっちゃうと、予期しない環境のマイナス面が露呈しちゃうとか汚染問題に繋がっちゃうとか、住人とか、シンプルに環境に対して悪影響を及ぼしてしまうよみたいなっていうのがこのスプロール現象っていう単語で。
これは横浜の今回のこの広北ニュータウンっていうのを建設するにあたっても、ちゃんとモデルケース作ろうよっていう。
乱開発避けようよみたいな文脈でこの話が出てきていて、そんな背景がありましたよっていうのが、まずベースのところだね、広北ニュータウン建設の。
なるほど。スプロールの英単語自体も大の字になって手足を伸ばして寝そべるとか。
まばらに広がっていくみたいな。
そうそうそうそう。まさにそんな感じを。
理解した。
秩序を持たせるの大事よねっていうシンプルな話であるよね。
うんうんうん。
うん。それでそんな背景がありましたってところで、じゃあこのニュータウン建設事業っていうのは何を狙ってたんですかっていうところの話に入っていくんだけども、
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分かりやすいスローガンって何個かあって、一つが新しい市民生活の場を作り出すこと。
うんうんうん。
まあ重環境を整えますよって歌ってたわけだから、それは当たり前よねってところで。
うんうんうん。
で、あとはやっぱりそのもともとその場で農業をしてた人たち、旧来の横浜市民が今後都市になるエリア、都市地域内において農業を続けることができて、
そこの都市が緑と融合するというか調和するというか。
うんうんうんうん。
なんかそういう緑と潤いを供給するための新しい都市農業を作り出すっていうことがこのニュータウン建設事業の狙いだったよね。
うーん、都市農業っていう言葉を初めて聞いたよ。
これね確かに今回調べていて、なんかそのすごい明確に語られていた単語で。
うん、都市×農業っていうのの調和っていうのも必須だったよね、これをこの調和を図ることは。
で、それは共存できないともう郊外はその都市になってしまう、あるいは都市が淘汰されて農業だけになってしまうみたいな。
これは両方図られる、この都市農業っていう存在を作り出すことがこのニュータウン建設の中ではすごい目的として大きかったよ。
はいはい。
で、まあそりゃそうだっていうところが最後のところなんだけども、こういった計画策定っていうのを市民の意見を反映しつつ、
一緒に計画していきましょうみたいなっていうのは、これもその建設事業の中で大方針として語られていたことなんだよ。
うーん。
で、ちょっと不対情報的な話になっちゃうけれども、ちょっと次回以降へのイントロ的にっていう観点でいくと、
ニュータウン建設事業っていうのはとても地下鉄と関わりが深くて、
やっぱりおのおのの事業としっかりリンクしてるよね。
一個一個の個別の事業っていうわけではなくて、
おのおのがなぜそれが行われたかっていうのを強い意味合いを持っていて、
この辺めちゃめちゃ面白いなって思うよ。
そうだよね。高速道路はあんま車乗らないからわからなかったけど、
そもそも横浜市地下鉄がだって6大事業の一つで、
広北ニュータウンエリアってあるでしょ。センター北南だから。
そう。
地下鉄線の駅だよね。
そうなんよ。まさにって感じで。
その地下鉄建設事業っていうのはニュータウン建設事業に大きな意味を持っていて、
ニュータウン作りますよってなってくると問題になってくるのは、
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いや、通勤どうすんのっていう。
そりゃそうだね。
前回おっしゃってるけど、都心部計画事業の中で横浜の中で雇用を生み出そうとしてたけれども、
横浜のいわゆる都心部、今でいう港未来と広北ニュータウンって距離があるわけじゃん。
そこに対して通勤対策っていう概念はもうなくてはならない考え方で、
そこにこの地下鉄っていうのはすごい大きな意味を持っていて、
もちろんそれだけじゃなくて、その後ニュータウンに住んでる人たちに都心部に働きに出てきてほしいっていうのもあるし、
あるいはもともと都心部にアクセスすることが難しかった人たちにも新たに都心部に来てほしい。
都心っていうのはこの横浜の都心っていう意味だけどね。
横浜の中心地にどんどん足を運んでほしいっていう、そんな機能も期待されていたっていうのが、
これが地下鉄事業との関わり。
これはイントロ的な話だけども、そんな背景もありましたよっていう。
っていうのがちょっと歴史的背景。
で、ここからね、江北ニュータウンって改めて何だっけっていうのと、
どんな特徴があるんだっけっていう話をしていきたくて、
江北ニュータウンって何ですかって言われたら言える?
センター北とセンター南。
その周辺の新しい雰囲気のファミリー層向けの街って感じ。
多分その感覚は確かにほぼ合ってて、あまり間違ってはないなというのは調べた人間としてもそう思うんだけども。
そうね、確かにその感覚をしっかり持ってるのはすごいな。
実はそんなに江北ニュータウンって言われて、どの辺、どの辺というか、どんな感じのものなんだっけなって、そんなイメージできてなくて。
まあ知り合い住んでるからかな、もしかしたら。
なるほどね。
ちょっとだけね、知識あるのは。
でもそこら辺はでかいのかもしれない。
で、じゃあ改めて何ですかっていうのをちょっと話していくんだけども、江北ニュータウンとはっていう形だと、神奈川県横浜市鶴岐区、千ヶ崎を中心とするニュータウンを指します。
千ヶ崎って地名があるんだ。
鶴岐区の千ヶ崎がある。
で、江北ニュータウンって言ってるくらいだから、江北なんでしょっていうので、昔は。
江北区内市は緑区に属してたんだけども、この行政区が再編されたんよ。
そうだよね。
で、そのタイミングで鶴岐区になってるから、江北っていう名前がつきつつも、鶴岐区の中のニュータウンになってる。
で、この鶴岐区内に広がる多摩給料、約、すごいよ。2530ヘクタールに及ぶ区域に開発されたのが江北ニュータウン。
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2500ヘクタール。
そう、2500ヘクタールは、調べたよ。東京ドームは4.7ヘクタール。
東京ドーム感染。
だから、あるじゃん。東京ドーム何個分って言うかでしょ。
分かる分かる。
あるじゃん。
東京ドーム何個分?
そう、東京ドームが5ヘクタールだとして、およそ500個分。
あー、はいはいはい。
ちょっとだけイメージができたかも。
で、でかいでかい。
めちゃめちゃ広い。
あ、で、これね、すごくて、当時の都市開発としても最大級レベルの、何なら世間的には、え、これ失敗するでしょって言われてたぐらいの規模感だったのよ。
あ、そうなんだ。
日本最大級の。
そう。
えー。
圧倒的なサイズの都市開発計画として、この広北ニュータウン計画っていうのが立案されたの。
あ、もうじゃあチャレンジングな事業だったんだ。
で、この2530ヘクタールの中の、もう約1300ヘクタールに対して、土地区画整理事業っていうのが施行されて、
広北ニュータウンの中にもう外区があるんよね。
外区?
うん。
3つに大きく分かれるんだけども、
一つ目はセンター北を中心とする北部の第一地区と、センター南を中心とする南部の第二地区。
えー、分かれてるんだ。
そう。で、その間に位置する中央区っていうのが、この大きく3つにね、分かれてるの。
あー、中央区ってのがあんだ。
さらにね、いろんな分類があるんだけど、中央区に隣接してタウンセンター地区みたいなのがあったりだとか、
あとは、先ほど出したけどさ、農業っていうのをしっかりと残していこうっていう話があったじゃん。
だから都市農業を営むために、開発が制限された農業専用地区っていうのが6地区ぐらい定義されてたりだとか。
あ、ねー、それさっきそうなんだと思ったわ。
なんかさ、畑とかちょくちょくあるなーって思ってて。
うん、そうなんよ。
だからなんだね。
農業をもともと営んでいた人が、継続的に都市の中で農業を営むことができるっていうのが、
この広北ニュータウン建設事業の中でも大事にされていたポイントだから、畑とかはしっかり残してる。
あー、なるほどねー。
なんか、センター南の1個、横の仲間地帯っていう駅に住んでる友人がいて、
その友人の家にこの前遊びに行ったときに、住んでる人が、
え、なんかめっちゃ畑とかあって田舎なんですよみたいな。
確かに畑あって、田舎っていうわけじゃなかった。
そもそもそういうデザインの町だったっていう。
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ニュータウンとして、都市と畑を共存させる。
都市農業って話もさっき単語として出てたけれども、
それを狙った町がゆえに、それがしっかり今も実現されてるよね、継続的に。
ちょっとじゃあ、住んでる人に教えてあげないと。
別に田舎ではないよ。
そうだよね。
なんなら、ニュータウン。ニュータウンだからさ。
割とニュー。
当時計画してた頃で言うニューよ。
でもその流れでしっかりと自然を残してるっていうのは、
すごい良い取り組みだと思うよね。
ちょっと別解になるかなっていう感じだけども、
高速鉄道建設事業、いわゆる地下鉄の建設事業っていうのは、
この広北ニュータウンに合わせて計画が進行して、
1993年。
この広北ニュータウン自体は、確か1996年かな。
完全に開発が完了してるんだけれども。
そうなんだ。それくらいにできてる。
横浜市営地下鉄は、1993年には地下鉄の3号線、
これが通称ブルーラインね。
おそらく横浜市民が一番なじみのある地下鉄、横浜市営地下鉄がブルーラインだと思うんだけども、
これがニュータウン内に延伸されたのよね。
もともとニュータウンの方まで、要はセンター北、センター南までは届いてなかったんだけれども、
1993年のタイミングでニュータウン内につながるっていう。
なるほど、なるほど。
2008年には横浜市営地下鉄4号線、これが通称グリーンラインと呼ばれるやつが新規に開業して、それぞれニュータウン内を走ってるから、
まさに事業計画当時に見込んだ輸送手段として、ブルーラインないしはグリーンラインが機能してる。
だからニュータウンに住んでる人たちがいろんな場所にアクセスしやすいように、
地下鉄に乗ったら横浜の都心部にイージーに出ていけるみたいな、そんな世界観がしっかりと実現されてる。
今あれだよね、グリーンライン、東まで行くもんね。
やっぱりニュータウンの住んでる人たち向けの開発なんだね、この辺の駅って、キーストモットー。
そうね、それを目指したら間違いない。
だってさ、当時失敗するだろうみたいなの言われながらもさ、
この当時最大規模の都市開発を、江北ニュータウンっていう場所で行ったわけでさ、
それは横浜市としても本気の投資をするよね。
で、ニュータウン周りは最後にね、街の特徴っていうのを触れておきたくて、
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金沢地先埋め立ち事業の中での金沢シーサイドタウンは、具体例出しながらこの前喋ったけれども、
本当に歩いてる中で斜道に遭遇しないのよっていう、そういう都市設計が行われてたっていうのがさ、
歩道設計の、はいはいはい。
そうそうそうそう、それを実体験をもってさ、ちょっと話したんだけれども、
江北ニュータウンも、やっぱりニュータウンと言うからには、設計ってしっかりその都市デザインというか、街の作りっていうのは意識されてて。
江北ニュータウンのその街作りの設計上、2つちょっと気になるポイントがあって、
それをちょっと今持ってきてるからこれを最後にね、話そうと思うんだけども、
1つ目が歩車分離。歩車は歩く人と車ね。
これは正直金沢シーサイドタウン並木と設計は似てるのかなと思うんだけども、
交通安全のために歩行者と自動車の動線を分けるっていうのを徹底してるの。
でもこれ江北ニュータウン住んでる人は分かるわーっていう感じだと思うよね。
で、住宅地と斜道っていうのがしっかりと分離されていて、
で、ペレストリアンデッキ、ちょっと歩道橋プラスアルファみたいな感じの概念によって、
歩道と斜道の連続立体交差っていうのが至る所で実現されてるの。
だから交わらないよね。上手く分離されてて。
で、あとは斜道沿いに一応歩道もあったりするの。平行して歩くみたいなタイミングね。
斜道沿いを歩くみたいな時に、歩行者専用道っていうのがしっかり確保されていて、幅として。
はいはいはい、道が広いんだね。
そう。私ここが歩行者専用ゾーンですよーみたいな線が引いてあるだけではないと思うんだよね。
これは。これね、ちょっと裏取りできてない、正直。
しっかり行ってみたい、江北ニュータウン。
確かにね。
うん。現地調査はしたい。
でも歩行ゾーンっていうのが明示的に確保されている。みたいな感じになってて。
ただ、車移動を前提とした街づくりなのかな。結構強みというか、街づくりの中で謳われてるのが、結構いろんな商業施設が入ってて。
この商業施設に各々大規模な駐車場っていうのが作られてて、駐車収容能力が非常に高い。
なるほどね。車持ちの人多いイメージあるよね。ファミリー層とか多そうだから、やっぱり。
確かにファミリー層多いね。
なるほどなるほど。
そうなんだ。車たくさん停められるんだ。知らなかったな。
そう。
これが一つ目ね。
二つ目の特徴が、これ分かりやすいし、ここが江北ニュータウンなんだっていうのを判別するにもすごい良い指標なんだけども、
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電線レスなのよ。
ないんだ。
いわゆるライフラインと呼ばれる電線とか各種、その線は基本的に地下前施設になって。
埋まってるパターン、それめっちゃ好きだわ。
だから、電線が途中でなくなるの。江北ニュータウンに近づいていくと、途中で電線なくなるのよ。
地下に埋めてるから。
なんか空広いなって思ったんだよな。
これによって江北ニュータウンの境界っていうのを認識することができる。
めっちゃいいじゃん、それ。
これを調べてみながら、改めて並木を思い返すと、並木も道路沿い電線あるけど、街の中は電線ないわ。
埋まってるパターンなのかな。
多分そうだろうね。
やっぱりこの当時の、その時代よね、きっと。
時代的に埋めるのが新しい近代の街設計、街デザインだっていう認識だったのかもしれない。
そう思うよ。僕が前住んでたロンドンさ、ロンドンってめっちゃ空が広いんですよ。
なんでかって言うと全て地下に埋めたんだね、電線を。
そうなんだ、ロンドンってそういう感じのデザインなんだ。
そうそうそうそうそうそう。めっちゃ思い出した。
でもロンドン、すごいだってその広北ニュータウンとかさ、並木とかの規模じゃないよね。
もう超でかい規模で、いつやったか全然わかんないけど、埋めたと、全部。
それを昔イギリス住んでるとき知って、なるほどってすごい思って、空がよく見えるなと思ってたのよ。
東京とか横浜住んでるとき比べると。
なるほどね。
参考にしてるのかもしれないね。
そういうブームがあったんじゃない?
できれば今からでもやってほしいわ、なんか。
山下町とか。
いやむずい。予算難しいと思うし、場所がないと思うけど。
今から埋めるのむずいな、多分もう地下に何が埋まってるかわかんないけどさ、もうすでにパンパンかもしれないけどね。
もうパンパンのパンパンだと思うよ。
というね、ちょっと広北ニュータウンの特徴をちょっと挙げたけれども。
魅力を感じましたわ。
そう、それが広北ニュータウンですよというお話でございました。
ありがとうございます。
次は行ってみると。
いや、そうね、実際に、いや、なんかセンター、北センター、南とか降りた記憶あるけども、その街並みを堪能したまでには至ってないから。
うん、まあ僕も全然知らないな。
でもこれを踏まえてさ、しっかり、あ、広北ニュータウンってこういう街づくりになってるんだみたいな。
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でもね、Googleマップで今回見たの。
結構ね、なんかその、緑と街がなんかうまく融合してるというか、緑のある街というか。
広北ニュータウンの中で完結するような大型の商業施設ってしっかり何個も存在していて。
ああ、そうだね。
うん。だってずいぶんあれよ、ラーメン屋もちょこちょこありそうだったよ。大事でしょ?
うん。
めっちゃ大事だけど、何屋あんだろうな、広北ニュータウンの人は。
分かんない、ちょっと何屋まではちょっと。
気になる。
あ、でもあるな。
ある?知ってる?
昔、あ、でもね、もう潰れちゃったんじゃないかな。
こう、家系の歴史がなんかその辺に移転した。
うん。
ごめん、ちょっと全然覚えてないわ。
でも、なんかあったのはなんだか覚えてる。
で、ちょっと広北ニュータウン行こう。
いいよ。ラーメン食いに。
さすがに行かないわけにはいかない。
そうですね。
うん。
じゃあ、広北ニュータウン、そんな感じで。
うん。満開よ、もう。
じゃあ、今日はおしまいにしますか。
はい。
みなと町レイリオでは皆さんからのお便りを募集しております。
概要欄のフォームもしくはTwitterでハッシュタグみなと町レイリオをつけて投稿お願いします。
ではまた次のみなと町レイリオでお会いしましょう。
さよなら。