「戦後中華街のバーは朝7時からずっと営業していたらしいよ」「ノルゲではモスコミュール。でも中華街でカクテル飲むならばジャックターを飲みたいよね」
中華料理だけではない。横浜中華街、もう一つの側面「BAR」の歴史について語りました。
アメリカ兵・船乗りたちによって大いに賑わったかつてのマドロス酒場を思い浮かべながらカクテル片手にお楽しみください。
◆今回のお酒◆
鶴田:台湾ビール
村田:台湾ビール
◆今回のキーワード◆
美空ひばり 港町十三番地 / 駐屯アメリカ兵・外国人船乗りたちのハッピーアベニューだった中華街 / 戦後の外人バーとは / ウインドジャマー / BAR NORGE (バーノルゲ) / ケーブルカー (CABLE CAR) / バー・マリーン (BAR MARINE)/ 村田流バーのススメ
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00:06
こんばんは、港町れいでぃおへようこそ、鶴田です。
むらたです。
この番組は、ラサーになって生まれ故郷の横浜に帰ってきた二人が、
アルコールを飲みたてに、浜ダンギャー趣味の話に花を咲かせるレイディオーです。
はい。じゃあ今回は、中華街、横浜中華街シリーズの番外編、
はい。
いいようですか?
はい。
はい、やっていきたいと思います。ということで、
今日のお酒は、ソルティードッグです。
嘘はダメだよ。
嘘はダメだよ。
台湾ビールです。
台湾ビールね。
はい、台湾ビールをともに、
横浜中華街の番外編、バーの、
バーできた。
歴史〜。
来た〜、バー来た。
バー話〜。
バーの話来たね。
さてさて、横浜中華街といえば、やはり中華料理はたくさんありますけど、
もう一つの側面があることをご存知ですか?
うん、そっちがメインよ。
バーです。
バーです。
B.A.R.
バーね。
中華街山下町には、約40から50くらいのバーがあると言われて、
そんなにいっぱいある?
おりましてですね、
実は実は、非常に長い歴史を持っているのでございます。
うん。
なので、ちょっとバーの話を番外編としてやろうかなと。
なんならメイン。
なんならメイン。
なんならメイン。
やろうと思いますよ。
主にね、いろいろ調べていく中で、
本とかもあるんだけど、
横浜経済新聞2006年の記事がですね、
非常にたくさん語ってくれたところがあるので、
そこからちょっとふんだんに引用しながら、
今日バーの話をさせていただこうと思いますよ。
ぜひ。
早速引用のとこで、
中華街の夜は早いとはよく言われる言葉である。
確かに、ここを十字四角に共になると、
街に店を連ねる中華料理店の多くは、
店じまいの準備を始める。
だが、中華街はこれからの時間が楽しいのだ。
中華街が位置する山下町界隈には、
実に約40軒ものバーがひしむくエリアである。
ということで、
バーの街でもあるんですね。
横浜中華街って。
山下町って。
記事、ライターさんが書いた記事って、
なんか文章って感じでいいね。
そうですね、いいイントネーションですね。
ちなみに村田くんがよく通うバーは、
いくつか教えていただいてもいいですか?
ヒットバー、ノルゲ。
2番手、ケーブルカー。
いやいや、新生のバーたちですね。
で、第3でマリーン。
マリーン。
時々お邪魔するって感じかな。
ちなみにお好きな定番ドリンクはありますか?
定番ドリンク、それは各バーによって違うんだよ。
おお、各バーによって注文するものが違う。
各バーによって違うんだけども。
すごいね。
ノルゲでは、バー語りしていいの?
え、まあ、1個ぐらい教えてください。
1個ぐらい。
ノルゲはモスコミュール。
モスコミュール。
だけども、
まあ、やっぱり横浜中華街でカクテルを飲むのであれば、
まあ、この後もしかしたら出ると思うけど、
03:00
ウィンドジャマ発祥のジャクター飲みたい。
けど、ポンケット、ウィンドジャマ、ジャクターよりも、
個人的にはケーブルカーのジャクターの方が好きかな。
いいですね。
で、ノルゲとマリーンはジャクターはやらないというスタンスをとっているので、
みたいなね。
なるほど、なるほど。
まあ、そこらへんですかね。
それを飲んでる気持ちで。
ジャクター飲みたいなあ。
いや、僕も飲みたいね。
ケーブルカーちょっと言ってないんだけどね。
じゃあ、それ飲んでる気持ちで歴史を振り返っていければと思います。
てもとはタイアンビールなのだから。
てもとはタイアンビール。
てもとはタイアンビールだよ。
ジャクターの気持ちはなかなかちょっと。
ということで、
1859年、横浜開港します。
また開港します。
毎回開港します。
一旦そこに立ち戻るのね、まずは。
だいたい立ち戻ります。
だいたいすべてそこから始まってるから。
まあ、そうだよね。
その出だしじゃない横浜のネタあんまないよね。
1859年、めちゃくちゃ大事な年だから。
みんな覚えてほしい。
開港します。
開港します、はい。
そしてその翌年、1860年。
横浜市中区山下町70番地。
現在のですね、香りっていう洋菓子店がね。
あー、はいはいはい。
レーズンサンド。
レーズンサンドですね。
があるとこなんだけど。
あそこに日本初の洋式ホテル。
横浜ホテルっていう洋風洋式のホテルが建てられました。
あそこなんだ。
そうなんです、日本初の。
はいはいはいはい。
そのホテルに併設されたバーが日本の初めてのバーだと言われてる。
へー。
日本初のバー。
その横浜ホテルのバー。
だと言われてる。
バーっていうのはどういう定義のもと?
日本初っていう感じ。
いわゆるあれじゃない?バー店さんが行ってカクテル。
振るみたいなさ。
お酒を飲むみたいな場所じゃないかな。
開校前のさ、開校前場に存在してるさ、バー相当のいわゆるその飲み屋っていうのは絶対に存在するじゃん。
それは日本酒とかだけでしょ。だって佐国酒の。
長崎の出島にもしかしたらあったかもしれないけど。
そっか、だからないのか。
みんな日本酒ですよ。
洋酒っていう概念のものがまず。
海外文化がほぼないからね。
密輸ぐらいでしか存在しなかったもの。
だから何提供したのか気になるな。
でもそういう洋酒が飲めるバーと呼ばれるものが初めてできたのが今のその香りがあるところなんだ。
ところなんですね。
以来、主に船員相手、船乗りさんね。
相手に町場のバーとかホテルの併設バーとかっていうのがどんどん発展してきました。
外国人がどんどん増えていくようになって、
この辺りの横浜、横浜界隈とか山下町界隈とかには40店舗ぐらいのいろんなバーがどんどん立ち上がってたと言われております。
シーガーディアンとかもそこのうちの一つになるの?
シーガーディアンはニューグラウンドだっけ?
06:00
ニューグラウンドができたのはいつか僕は忘れちゃったけど、その時くらいからあったんじゃないかな。
その流れの中でどっかのタイミングでできたんだ。
という感じでどんどん発展していきなり時代は飛んじゃうんですけど、
戦後、1950年代、60年代あたりにめちゃくちゃバーが盛り上がります。
戦後ですね、50、60年代っていうのは港町とか船乗りとかの心情を歌った歌謡曲が日本ですごいヒットします。
例えば1954年、横浜出身のスターの美空ひばりさんの港町13番地っていう曲があるんですよ。
そんな曲あったんだ。
これあるんですよ。
歌詞をちょっと引用すると、
長い旅路の航海を終えて、船が港に泊まる夜。
海の黒をグラスの先に、みんな忘れるマドロス酒場。
ああ、港町13番地っていう歌詞がある。
へー、なるほどね。
港町13番地みたいな。
聞いたことないけどそんな感じなんだ。
僕もこれ初めて聞いた。
雰囲気はやっぱ50年代の曲なんで。
ブルースとかそういう。
ブルースっていうか何だろうな。
歌謡曲?
楽器の雰囲気は、
アコースティックライブで
スプラッシュマウンテンとかさ。
ビッグサンダーマウンテンに行った時に流れる昔っぽい雰囲気。
これすげー変な雰囲気を生みつけた。
だいぶ陽気な変なポップな感じになっちゃってるけど。
ポップの楽器の。
ポップの楽器なのは合ってるんだ。
ちゃらんちゃらんみたいな。
ダメだこれ。
スポティファイかアップルミュージックとか聞いてください。
そうだね。
原曲を段々離れていってる気がする。
みんな忘れるマドロス酒場。
港町13番地という。
マドロス酒場。
マドロスって何だろうって言うと。
マドロス?
マドロス。
これね、オランダ語で船乗りとかスイフを意味する。
へー。
マドロス酒場とかマドロスなんとかみたいな曲がいくつか日本でも。
カタカナなのか。
カタカナなんですよ。
マドロスみたいな日本カタカナだよね。
マドロスって言うんですよ。
カタカナの。
カタカナの。
なるほどね。
外国の単語をあんまり持ってきてるのか。
そう。
船乗りを意味する。
船乗りを意味するんだ。
やっぱね、敗戦後日本。
海外の情報めちゃくちゃ入ってくる。
今までさ、全然入ってこなかったけど戦時中は。
で、やっぱ日本人欧米文化にめっちゃ憧れるんだ。
あー。
夢を感じるんだ。
海外に行く船乗り、マドロスたちに
日本人にすごい憧れるし。
あー、なるほどね。
海外のいい雰囲気。
ハワイの憧れとかってさ、
未だにあるけどちょっと。
その辺からすごいあるんですよ。
ふーん。
普段船に乗っていて、
久々にたまに丘に上がるマドロスたちの最大の楽しみといえば
マドロス酒場なんですよ。
マドロス酒場ってのがあるの?
09:00
マドロス酒場とは何かというと。
何かを、何?
やっぱマドロスたちは久々の陸で
ホテル近くのバーに向かって楽しんで、酒をね。
その後、バーの2階のホテルで女性と休憩するっていうパターン。
これが定番のマドロスの楽しみなわけですね。
バーとはいえ、今のイメージするバーとは違って
基本女性が一緒に着くキャバクラとかキャバレーとか
そういう感じのものがマドロス酒場というか
同時の行ってたバーっていうもの。
へー、なるほどね。
を指している。
で、国際貿易機構の横浜には
外国人向けのマドロス酒場がすっごい密集してたんですよ。
50、60年代とかって。
で、130軒くらいのバーがあって
で、みんな酒と女を追い求めて
この山下紹介はハッピーアビニューって呼ばれて
ブラックダウンみたいな話もあったけどね。
だいぶハッピーや。
ハッピーアビニューと言われてた。
ハッピーはちょっと吹っ飛ばしてんな。
やっぱり戦後に駐屯するアメリカ兵とか
各国の船の船員さんたち相手のマドロス酒場。
横浜ではね、これ外人バーって
呼んでたの?
ずっとみんな呼んでた。
外人バー、外人バーって。
そういうキャバクラというか
女性が着くお酒飲むバーみたいなね。
やっぱ日夜、これも中華の歴史紹介しましたけど
路地裏では酔っ払った外国人が殴り合いしてると。
一方では台湾海峰、大陸海峰
でもたまにやったりしている状態。
で、片屋ハッピー。
ハッピー、ハッピーアビニュー。
三つ湯、ワイシュンなどが航行して
日本人は基本近寄らない場所でした。
朝8時からずっと営業とかしてたらしいよ。
ごめん、朝7時だ、7時から。
7時から、いやもう5歳は8時も7時も。
5歳ね。
朝一、朝五に船来て
バーって来る外国人とかもいるから
そういう人たち相手に指示がずっと営業してた。
みたいですね。
そういう店でアテンドじゃないけど
いた女性の人たちは日本の人たち。
早く日本の人が。
そうなんだ。
稼ぎを求めみたいな。
稼ぎを求め。
マドロスたちはお金をたくさん落としてくれたのかね。
全然これ別話だけど
戦後、敗戦ムードでしょんぼりしちゃったら
日本男子たちの代わりに
女性たちが奮闘したみたいな話とかもあったりして
そこは貧乏だし
仕方なく働いてた人もいると思うけど
女性の人たちが頑張って体張ってお金稼いでたみたいな
でもあったと言われておりますね。
朝鮮戦争とかが1950年代頭とかにあって
その時にアメリカ兵とかまだ日本にいたから
盛り上がったんだけど
戦争があってアメリカ兵がみんな帰ってった。
12:00
あとは主にやっぱり外国人戦員相手の
外国人バーという風になってて
でもだんだんだんだんと
横浜港に入ってくる船も
コンテナ船が主流になって
コンテナ船って
ちょっと僕も詳しく知らないけど
朝に超浅い地に入港して
ガーッて荷物バーッと降ろして
夜に出発するみたいなパターンが多いんだって
だから外国人戦員も
横浜に滞在する時間が結構短くなっちゃったんだよ
朝来ても夜行かなきゃいけない
夜ゆっくりできない
一泊してとかっていう感じでもない?
そうそうそうそう
だから徐々に徐々にやっぱ
外国人も減っていったんだって
これだね
コンテナ船でコンテナ化したのは
企画を統一して
多分積み荷とかの
あれのスピードをめちゃめちゃ効率化したんよね
そうなんだと思う
クレーンとかも
この国際企画のコンテナを掴めるクレーンさえ用意しておけば
バンバンバンバン入れ替えができるしさ
しかも同じコンテナのサイズは決まってるからさ
どうやって何個ずつ並べればOKとかっていうのは
先んじて積み荷に問わず
基本はもう固定できるからさ
一定ね
そっか
超効率化した結果なのか
コンテナ船って
だから輸送を最適化するには
常に船は動き続けてるのがベストじゃん
確かに確かに
考えたら入れ替えをしてる時間がもったいない
っていう発想もあって
だと思うんだよね
だから朝来て夜に出発できるぐらいの時間に短縮できた
そこまでに積み荷が追えられるっていう
これ多分技術なのかな
確信の一つ
そうだね
ゆえに
大人バーはちょっと減ってたというか
メノリさんたちの滞在時間減っちゃって
メノリのお楽しみ時間ちょっと減っちゃって
そうだね
ただ1970年代冒頭ぐらいにほとんど減ってたんだけど
例えば2年3年の頃はまだちょっと行って
その頃のバーの様子だとね
バーにハネムーンドリンクっていう
ハネムーンドリンク
1杯5000円ぐらいのドリンクがあったんだって
それ注文すると
そこで働いている女性を外に連れ出すことができるっていう
そういうドリンクも
5000円で?
当時の5000円だった
今でも全然価値が違うと思うけど
その頃1972年ぐらいですね
ヴィトナム戦争に兵士として行って
その後アメリカ軍を除退して
72年に中華街にバーを開いたアメリカ人
ジミーストックエルさんといえば
ジミーさんが開いたバーはウィンドジャマー
なるほど
ウィンドジャマーといえば
さっき村田君も紹介してくれたけど
横浜発祥のオリジナルカクテルジャックター
ライムの香りが口の中に強く広がるストロングカクテル
そんなことを生み出した
ジャズミュージックバーですねウィンドジャマー
そうね今でも演奏してくれるよ
15:00
いいね行きたいね
ジミーさんもお亡くなりになっており
今は息子さんのジェフェリーストックエルさんが
オーナーとしてやられているんですけど
72年にウィンドジャマーをオープンしますと
ジミーさん
ちなみにその10年後くらい83年に
姉妹店としてケーブルカーを
姉妹店なのあれ
姉妹店なんですよ実は同じなんですよ
へー
そうなの
そうなんですよ
姉妹店
知ってた
なんか知らなかった姉妹なんだ
同じオーナーさんですよ
あへー
ケーブルカーと
そうなんだ
ウィンドジャマー
あっちのジャックターガーとか言ってる場合じゃない
言ってる場合じゃない
言ってる場合かもしれない
それは好みの問題だけど
近隣バーがジャックターを出さないけど
ケーブルカーをやってるのはそういう理由もあったのか
そうなんですよ
同じジミーさん
へー
そうか
そう
ジミーさんはね70年代を振り返ってこんなことを言ってます
あまりの喧嘩の多さに
昔の中華屋ブラッタウンと呼ばれていたね
かっこ悪い
外国人が出てって
ほとんどが廃業したり
経営権を日本人に浄土したりして母国へ帰国していったねと
今でも当時の繊維バーの雰囲気を残しているのは
ヌルエ人繊維だった旦那さんの死後
今の後奥さんが毛を引きついたノルゲーぐらいかなと
ノルゲーも1972年廃業って書いてあるね
これはヌルエ人繊維だった旦那さんが亡くなって
奥さんがやってた
船っぽい
バー
確かに
ですね
という感じで
1975年ぐらいにはほとんどのバーが
外人じゃなくて日本人相手の
そこに変わっていった
普通のバーいわゆる今のバーだったりスナックとかパブとかに
変わっていった
村田君が一番行ってると言われていたノルゲー
ずっとオーナーさんの奥さんがやってたんだけど
その奥さんももうお亡くなりになって
一回店が閉まったんだけど
でもそこに通ってた人が
引き継いでオーナーになって
今に至ってるというような感じらしいですね
あとはね
当時から今も残ってるバーといえば
当時のインターナショナルな雰囲気の旅館も気に入って
船に乗ってたんだけど船乗りはやめて
開いたギリシャ人所の
アテネっていう
アテネってあの白い扉のところ?
そうそう
ギリシャレストランバーを開いた
ジョージさんっていう
開いた店がこの頃からやって
今も残ってる
数少ないバーになります
アテネ行ったことなくて
そこもないんですよ
ノルゲーのめちゃめちゃ近く
すぐ横
だったよね
行きたいね
ギリシャレストランバーって
ギリシャ料理を楽しみつつ
お酒を飲むバーかな?
18:02
普通のバーとしても
多分こういうのできると思うんだけど
という感じでちょっとずつ
なんか活気がみたいな雰囲気なんだけど
持ち直します
70年代以降
中国愛のバーが
めちゃくちゃ盛り上がったのは
1980年代の後半ぐらい
といえば
バブルですね
バブルだったよね
ジュミーさんはまたこんな風に言ってますね
あの頃は
回転30分で席が全部埋まるほどだったよ
すごいね
それに比べて
今っていうのは2000年代頭ぐらい
当時の盛り上がりの30%ぐらいだねと
1980年代後半っていうのは
今が30%ぐらい
なるほどね
それのだから3倍以上ぐらい盛り上がった
まあだって
当時中華街でも接待で
何だっけ
一人8万だっけ
なんかのコース
10人
10人?
10人80万個
10人70万個コース
漢民族と
満州民族の王の料理みたいな
いやもう
スペシャルコース
そんなのがさ
通利経費とかでピッとかさ
ピッつってそう
落ちる
わざわざ東京から
おるでしょ
でそれ食べた後にさ
多分バーとか行ったりとかもしたわけでしょ
そうですよ
いろんなバーに行ったんですよ
同じように
ウィンジャーマンのテクチャクにある
グレートウォールっていう
昔からあるバーがあって
そこのオーナーのチンさんという人も
このように言ってますね
バーでお酒を飲むのに
店の前で並んで待ってましたから
今じゃ考えられない
待つんだ
ずっと店の前で並ぶんだ
まだかなって
なんかバー入る時に
待った記憶ほぼない
入れなかったらまあ
入んない
入んない
いやそう
そうよ
入んないよね
いっぱいだったら
いっぱいすぎて
あまりにも
じゃあ別のとこ行きます
そうラーメン屋のごとく
ずっと待ってたの
当時は
ラーメン屋待つけどね
そうそうそう
バーは待たないね
そうなんですよ
当時は並んでたらしいですよ
へえ
というね
まあ感じで
ただバブル崩壊後は
中華街のバー
徐々にやっぱ失速し始めて
理由はやっぱ景気交代で
に加えて
結構大きいって言われてるのは
若年層の
酒にまつわるライフスタイルが
変化したんじゃないかと
いう風に
オーナーさん達は語ってますと
今の若い人は
以前ほどそんな酒は飲まないし
飲むにしても
バーより
割安の居酒屋さんとか
利用する人多いんじゃないかとか
あとやっぱなんか昔は
バーで酒飲むのが
男のステラスみたいな
っていうようなことがあったんだけど
そういう発想は今は
あんまりないんじゃないかな
みたいなことを
車とかと同じ感じなのかな
そうですね
一方で
さっきのグレートウォールの
オーナーの陳さんは
バーで飲む最大の楽しみっていうのは
未知の人との出会いとか
21:00
バーテンダーとの会話なんです
だから酒の知識なんて
全然必要ない
だからバーを楽しむには
ぜひテーブル席とかじゃなくて
なるべくカウンター席に座って
バーテンダーの人と会話を
楽しんでほしいなみたいな
いう風に言ったりしてます
決して資金の高いものじゃなくて
もっと気軽なところなんですよと
ちなみにグレートウォールの
陳さんのバーでは
陳さんのバーのグレートウォールでは
これまで店で
店の中で知り合ったカップル
16組ぐらいが結婚して
それを見届けてきたと
いう感じなんで
素敵な出会いの場でもあると
陳さんは語ってますね
そんなイメージはあるね
そうですね
あと結構
いいところとか優しいところは
昔ながらチャージ料みたいな
あんま取らないスタイルの店が
多いのが
横浜中華街のバーの特徴
チャージ料ないよねそんな
なんかあんまり
そんなにこれがチャージ料で
いくらでとか認識しながら
支払ったことないけど
あるなしをそこまで考えてないけど
結構さ
都内とかのバーとか行くと
お店の看板に
お店の情報に
チャージ300円500円とか
横浜中華街のバーを知った後に
都内のバーとか
あんまり行く気にならなくて
高くない?
お値段は?
お値段もだし
結構違う?
うん
一気に高くなる気がするんだよな
でなんか
うまい酒を横浜で飲めるの
わかってるのに
なんで都内のバー行くんだっけ
みたいな
もちろんその状況によりね
全然行くは行くんだけれども
どちらかというと
要はもう横浜帰ってきちゃって
バー行きたいんだから
横浜帰ってきたほうが良くない
あーそうなんだ
いいところを見つけられてないだけなのかもしれないけれども
さっきのさ
ケーブルカーのジャックターガーとか
ドルゲイって
モスコミュールとウイスキーが
みたいなっていう
このバーで
この定番の楽しみ方みたいなっていうのは
まだないからなのかな
それを探るために
お金を投じるよりも
横浜に帰ってきて
楽しく美味しい酒を飲むほうが
ゆっくり
気楽に行けるがあるな
そう
しかもこっちまで戻ってきちゃえばさ
もう終電も何もないからさ
そうだね
時間も気にせずにさ
確かにね
お酒と向き合えるわけやん
確かに確かに確かに
うん
それがあるからね
中華街のバーがいいな
むらたくんなりのバーのおすすめポイント
バーのおすすめポイント?
バーのおすすめポイントはいろいろあるけれども
なんだろうね
横浜中華街のバーの楽しみ方というか
いいところとか
いいところは
ここに行ったらこれを頼もうとか
最近だけど
さっきさ
バーでお酒飲むよりも
ちょっとスパのいい居酒屋に行ってとか
いう話があったじゃん
でもね
バー一回まず行ってみてほしいね
バー派としては
はいはいはいはい
居酒屋で出てくる酒とね
ちょっと違うやっぱり
24:00
うーん
特に
それこそさ
バーだから洋酒とか基本的には飲むけど
焼酎とか日本酒を飲むんだったら
そういう系の居酒屋に行けばいいと思うんだけど
ウイスキーとカクテルに関しては
ハブとかよりも
そもそも全然なんか味違う
ハブってビールの?
うん
そこの今の言った居酒屋とかまたちょっと
はいはいはい
飲むはコスパいい側だよね
いやこれ
モスコミュールめっちゃうまかった
うまかったでしょ
同じ名前のメニューじゃない感じの
モスコミュールなんかさ
あとソルティードッグとかね
モスコミュールとかさ
ソルティードッグとかさ
なんか大学生とかでハブを知りましたとかさ
でさ
多分しょっちゅう飲むと思うよ
別にジントニックとかでもいいよ
ああいう大堂で
割とどこでもカクテルっぽいの出してるとこだったらありそうなお酒とかを
バーで飲むと変わる
レベルが違うね
いいもの
これねちょっと年もあるのかもしれない
いいものにはちゃんとお金をかけて
美味しくたしなみたいなさ
なんかそのあるじゃん
千葉ちゃんとかわかる?
唐揚げのバガモリとかやってるさ
わかんない千葉ちゃんっていう
店があるんだけど
そういうのは唐揚げ
サイズどうしますかとか
普通大中小なんだけどバカとかがあって
唐揚げバカとフライドポテトのバカお願いしますみたいなさ
そんなのあるの?
そういうのは量でとりあえずコスパで攻めたいみたいな時期があるじゃん
これは別にこの時期があるのは否定しない
でもその次のステージになった時に
ぜひバーに足を運んで
こういう美味しい酒飲めるんだっていうのはぜひやってほしい
そうね
比較的そんなね
この前連れてもらったけど唐揚げ
高い感じは全然なかったね
うん全然そんなじゃないし
この前のさ流れ良かったじゃん
家系ラーメン食って
でその後にバー行ったじゃん
だからもうご飯は
もうポンと食べて
でお酒はお酒のフェーズとして楽しむみたいな
っていうのが組み立て方としては
いいかなっていう
いいですね
こいつずいぶんラーメンが好きじゃん
だからラーメンでキュッと
まずお腹を満たした上で
バーに赴く
でバーでちょっと小腹空いたら
ナッツを少々ぐらいのさ
ちょっとしつまみをねいただくと
ご飯からの組み立てはその辺じゃないかな
いやいいですね
あれだねせっかくこう
横浜に観光して
港未来観光
中華街でご飯とかしていただいた後は
ぜひ最後に山下庁のバーで
閉めて横浜の一日を終えるっていうスタイルを
提案していきたいと
そうだね
ご飯お腹いっぱいの時は
もうノルゲ一択でいいんじゃないかなと
中華街でご飯
27:00
ノルゲ一択
あとかはまあ
押しすぎかな
いやいや全然全然
押しバーあるでいいこと
押しバー
一番こうお腹はいっぱい
満たされてるなの状況で
行きたいバー
かな
確かに他のバーはがっつり
ハンバーガーとかあるもんね
そうケーブルカーなんかは
パスタも
美味しいよねでしょ
そうケーブルカーステーキっていうのがあって
男二人で満足
もう十分満足
この一つステーキがあったら満足ぐらいの
サイズがボーンって来るやつが
凄い
バーガーはこの前
ちょっと前だけど一緒に食べたよね
美味しかった
とかエスカルゴとか
色々あるから
あそこはねご飯込み込みで行っても
全然楽しめる
なんならご飯はね一回
ぜひ楽しんだ方がいいぐらいに
美味しい
でマリンは
ピザとかペンネとか
ちゃんとがっつり食べれるような
ご飯を出してくれる
普通にあるよね
そうそう
ところでウィンドジャマーも
ピザとか
普通にご飯食べれる感じの
ところ
かな
だからまあ
それでちょっとお腹の具合とかで
バー戦略はちょっと変えた方がいいかもしれない
ちょっと僕はウィンドジャマーに
行って
バンドを聴きながら
めちゃくちゃ飲むのは
最近やりたいことですね
2年ぐらい言ってるよね
行きたいって
一向に行かないけどね
出せないんだ
早く行きたい
そろそろやるか
そうですね
やりましょうやりましょう
という感じで
横浜中華街の
満開編
中華街のバーの
お話でした
満開
満開すぎるね
大丈夫なんかもう
ベラベラ喋りすぎてない?
なんなら別に
まだまだ喋れるんだけど
いやいやいや
もういいですよ
全然
やめろやめろ
提案してください
適宜ね
適宜
とりあえずあの
ウィンドジャマーすぐ行こう
行こう
行こう行こう
来週行こう
来週ぐらい
ウィンドジャマー
でも注意は
他のバーに比べて
閉まるのが早い
そうそう
早めに行こう
そう
ご飯を食べてから
2軒目
なんていう組み方を
しようとすると
だめ
遅めスタートのご飯の場合
普通にアウト
そっか
10時半閉店だから
はいはいはいはい
まあでも行くか
行こう
とりあえず
ご飯込めて普通に
夜ご飯としてから
最初に行っちゃえば
いいと思うけどね
それもいいんだよな
うん
ね
という感じで
はい
今日はおしまいにしましょうか
はい
港町レイディオでは
皆さんからのお便りを
募集しています
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もしくはXで
ハッシュタグ
港町レイディオを付けて
投稿お願いします
ではまた次の
港町レイディオで
お会いしましょう
さよなら
29:48
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