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2025-05-10 21:45

#467 私の老害履歴書➊

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サマリー

このエピソードでは、上場企業での新卒採用から始まるキャリアについて語られています。当時の厳しい労働環境や同期との比較が描写されており、特にブラック企業に配属されたことに関する成功や苦悩、人間関係の変化が焦点となっています。また、結婚後にがんを患った社長夫妻の苦労を通じて、人生の選択や経歴が振り返られています。さらに、営業業界での自身の経験と同年代との違いについても触れ、今後の営業活動に対する考えが示されています。

新卒での厳しいスタート
今日はですね、キャリアについて回想したいなと思ってまして、私は23年ぐらい前に、20歳で新卒採用ということで、ある上場企業に入社してるんですね。
その企業っていうのは、もう今はない企業になってます。もう買収されてですね、別の会社になっちゃってるんですよね。
当時は何千人という規模の会社で、多分ね、当時いらっしゃった方、知らない人はいないかなっていう会社なんです。
そこはですね、女性がだいたい7、8割いるようなところで、でもですね、営業職なんですよね。
ですので、女性が当時ですね、20何年前っていう、私の昭和56年、57年ぐらいの方っていうのは、営業職を女性でやるっていう人はあまりいなかったですね。
私は特に短大卒なので、昭和54年の方と一緒に仕事をしているんですよね。
だから自分と同じ年で仕事をしたのは、自分が入社して2年後にやっと新卒が入ってきて、そこで初めて自分と同い年の方と仕事をするんですけど、
その時はもう先輩後輩になっていて、縦社会の会社だったので、そういう感じになるんですよ。
ですので、もうですね、一緒に働く方が、もう2つ年上が同期っていう感じなんですよね。
もちろん同期なので、敬語とかは使わないですよね。当時は若いし、ちょっとサークル感覚っていうのはあったのかな。若いとよくある話だと思うんですけど。
同期がですね、何百人と入ってくるんですけど、その中の関東エリアと関西エリアが分かれていて、関東エリアは50人だったんですよね。
50人の中で、1年間でほぼほぼ辞めるんですよ。残るのは本当に数人、多くて10人ですね。
というところで、私の代は一番辞めたみたいです。それで研修が1週間あって、そこでいっぱい店舗があるので、どこの店舗に配属するかっていうのを上野署が決めるんですよね。
その時に結構大きめの店舗に配属されたんですよ、私は。
1日中忙しいんですよね。特に土日がすごく忙しくて。1日中忙しくて、1日12時間くらい働いていて、朝晩でいったらフル晩って言っても最後までいるし、
おそ晩だったらラッキーみたいな。そんな感じですかね。
月7、8回くらいしか休みがなくて、有給は最初の入社した半年は取れないんですよね。半年間で契約率50%にしないと有給なしなんですよ。
という過酷な中で始まったんですけど、私は結構ついてたんですよね。
同期との競争
多分仕事が合ってたんだと思うんですよ。
というのが、最初の1、2ヶ月でノルマ突破してしまって、1ヶ月か2ヶ月くらいで突破してしまって、有給はもらえるのは確定していたんですよね。
結構早かったんですよ、他の同期に比べると。
同期が3人店舗に配属されて、3人同じ同期が配属されるということはイコール比べられるんですよね。
2人は大卒で結構いい学校の出身でした。マーチかな。マーチの学校出身で、
私はその辺のケパクラ山大みたいなよくわからないところの、しかも関西から来てるようなよくわからない人ですよ。
2人ともやっぱりマーチ出身なので、変な人じゃないですよ、本当に。
本当にすごい、なんていうのかな、機品があって、話聞いてるとお嬢さんなんですよね。
東北の人と東北出身が2人かな。2人だったんですけど、1人は福島だったかな。
お家の出なんですよね、話聞いてると。私より確実にいいんですよ。
大学の学費もちゃんと出してもらって、私立大学行って、卒業して普通に就職っていう。
なんでこんな会社に入ってきたのかなっていうのが不思議でたまらなかったんですけど、
そういう人なんですよね。そういう方がいっぱい周りにいる中で、ブラック企業に配属されるんですよね。
その2人はブラック企業だっていうのをまだ見抜いてなかったんですよ。
私は入るときにブラックっていう言い方はなかったですけど、結構厳しい会社なんだろうなっていうのは分かってたんですが、
その2人は結構お花畑だったんですよ。入ってきて、すぐ結果出さないと多分ここに生き残れないなっていうのが私はもう察知したので、
最初に来たお客さんを対応しろって入ったんですよね。
そしたらそのお客さんは結構お金持ちのお客さんで、話いろいろ聞いてったら、始めますよって言って、
あなた今日初めての方みたいな話になって、気に入ってくれたんですよ、マダムが。
マダムが気に入ってくれて、じゃあここで契約しますよって言って契約してくれたんですよね。
それが結構いい額の契約だったんですよ。なかなか最初で取れないような、本当にラッキーですよね。
それを取ったもんだから、やっぱり2人がすごい漁り出しちゃって、そこから2人がエンジンかかってくるんですけど、
これは全然自慢とかそういうことじゃないんですけど、明らかに申し訳ないんですけど、私の方が多分その仕事には向いてたんですよ。
その2人っていうのはやっぱり断られることにすごい抵抗を感じていて、
3人のうち、もう1人の子は断られることに関しては慣れてきたんですけど、
3人のうちの1人、東北出身の子は、もともと気が弱くてものすごい美女なんですよね。
東北の人っていうのは顔がすごい白くて真っ白で美女で、つけてるものも親がやっぱり金持ちなんでブランドもんばっかりだったんですけど、
とにかく断られることにすごく嫌悪感を感じていたんですよね。
だからなかなか結果が出なくて、ギリギリ半年前にノルマ達成して、有給は3人ともらったんですけど、
3人で比べると成績が一番低かったんですよ。
私は最初からついていて、飛び抜けてよかったんですよね。
こいつ何者だみたいなことを言われてたので、私はよくわからないまま普通に人の話を聞いて、
契約しますって言ってますみたいな感じだったんですよ。
でも周りの同僚たちはびっくりしちゃって、そんな簡単に契約ができないんですよ。
1時間話して何十万何百万払っていくような仕事なんで。
それを契約するって言ってます、契約書どうしたらいいんですかみたいなことを私が言うもんだから、びっくりしちゃって。
やっぱり先輩たちの中でもできる人できない人っていて、完全にできない人は事務方に回っちゃうんですよね。
だから結局できる人の後始末、契約とか云々関連の用意とか、そういう後始末がやっぱり先輩がすることになっちゃうんですよね。
で私はもう察知して、これは多分扱いとしてはやばい扱いを受けてるっていうのは分かったんで、
その先輩には本当にかなり低調に対応したので、嫌われることはなく、
あの子入ってきてすぐ売ってるけど、すごい仕立てで扱いやすいなみたいな感じの印象は受けてもらったはずなんですよね。
で後々ね、事務方にいた人が辞める寸前になって、創価学会の人だって分かって、創価学会会員が始まるのでそこで縁が切れるんですけど、
その後の展開
そういう感じになるんですよね。
で順調にその拠点で売っていって、途中でやっぱりその3人のうち誰か移動の時期が来るんですよね。
でそれはその拠点は売る人じゃないとやっていけないので、売れない人はやっぱり小さいところに行くってことで、
1人はですね、そんなに売れなくはなかったんですけど、やっぱりその視点には合わないってことで、
その視点よりちょっと小さいね、ものすごい小さい視点に移動するわけなんですよね。
でそこで半年、8ヶ月後くらいかな、みんなバラバラになるんですけど、
もう一人いた東北の子は途中で地元に帰るって言い出すんですよ。
それが当時付き合っていた彼氏と東京にいた彼氏と別れて、もう一人彼氏がいたんですよね。
でその彼氏が東北の子で東北の人で、一回り離れている人なんですよ、どっかの社長さんなんですよね。
でその人と結婚前提に付き合うことになったから、東北に移転してほしいっていう移転願いを出すんですよ。
で東北に関してはもちろん視点はあったんですけど、全国にあったんですけど、視点が小さいってことと、誰かが辞めないと空きが出ない。
で地方の方がねやっぱり定着率はいいんですよ。就職率がすごくやっぱり就職難の中入ってきてるから、
地方の方が何を言ってもこうやっぱり動かないっていうところ。東京とか大阪とかそういうところはやっぱり辞めてもなんかあるじゃないですか。
だからなかなか動かなくて、少しね成績があんまり上がらないまま待って、でたまたま3級かなんかで子供ができたから辞めるとかいう人が出てきて、
A点ということで東北の方に帰っちゃうんですよね。で私が一人になってしまって、大きな拠点で1年近くいたんですけど、私はそこからさらに大きい拠点に移動させられるんですよ。
というのがもうその拠点でかなりやっぱり売れるようになっていて、ここまで売れるんだったらもっと大きいところに行ってもらわないと困るみたいなことになって、
私はちょっと行きたくなかったんですけど、一番関東でも本当に一に争うような大きい拠点に、支店に移動するんですよね。
そこでちょっとノートにも書いた通り、体調を崩して1ヶ月でちっちゃいところに移動するんですけど、その後のことはちょっと書いてないんですけど、これからノートに書いていこうかなと思うんですが、
そこからまた巻き返しが始まるんですよね、体調が良くなって。良くなって巻き返しが始まって、そこから全国ランキングに乗るようになるっていうような話をちょっと書こうと思っていて、
これ別にね、なんか自慢話とかね、老害なんですけど、老害なんですけど自慢話とかじゃなくて本当の話で、そういう方があって3年ぐらい働いて、辞めるっていうそういうことなんですよね。
その中で最初に言った、途中からちっちゃいところに移動になった人、この人に関しては途中でマネジメントになるんですよね、マネージャーになるんですよ、出世して。
それがなんでかっていうと、ちっちゃいところで行ったところのマネージャーにすごい可愛がられて、そのマネージャーが結婚期に辞めるんですよ。
辞めて後がまにこの子をマネージャーにしてほしいみたいな感じになって、運良く出世するんですよね。
ところが私は最初の1年であっという間に出世しちゃったんですけど、マネージメントではなくプレイヤーの一番上のランク以降は上がらないんですよ。
その時も一応マネージメントっていうのは機会があればっていう感じで深くは考えてなかったんですけど、今思えばなんでマネージメントに行かなかったのかなと思うのが、やっぱりプレイヤーとしての扱いが使い勝手が良かったっていうところだなっていうのは自分は思っていて、
あとは私がマネージメントに向いてなかったっていうのはあると思うんですよ。
というのが私は結構やっぱり数字が全てっていう会社にいて、数字を出す人は何でも言いたい放題言えるっていう会社だったんですよね。
だからですね、数字を出さない人のマネージャーの下につくとやりづらいんですよその人が。
なぜかというと私が文句言うからですね。
っていうのがあって、すごい数字を持ってマネージャーになった人の下しか働けなくなっちゃったんですよね。
そういう人はすごくやっぱり少なくて、どの会社でもそうだと思うんですけど、よく私はマネージメントとプレイヤーの違いっていうのを20代前半だったので理解してなかったんだと思うんですよ。
だから今だったらね、今はプレイヤーでマネージャーしてる人はいますけれども、今の自分の上司っていうのはめちゃめちゃ売ってきてる人なので何も言うことはないんですが、
これが売ってない上司に就いたときの過去があるんですよね、前の会社で。
その時にやっぱり学んだんですよね。売るのとマネージメントするのは別だと。
これがよくわかっていれば、もしかしたらこのブラック企業の中で上に上がっていったのかもしれないですけど、
ちょっとそういう機会はなくて、ないまま3年が過ぎて辞めちゃったという感じですね。
この後も私じゃなくて別の3人の同期の話が続きがあるんですけど、
私は入社して実は2年で結婚してるんですよ。2年弱で。今の主人と。
っていう形で今まで普通に言ってるんですけど、
あと2人に関してはね、そのうちの1人は普通にまだ結婚した人とずっと続いてるんですが、
もう1人の人はかなり波乱万丈だったんですよね。
それが東北に行っちゃった子なんですよ。
この子はすごく甘え上手で、男の人にものすごくモテるんですよね。
モテて常に2人と付き合ったんですよ。
だから彼氏が2人いる状態が常にあったんですよね。
結婚と苦難
結局2人とは結婚できないので、1人ってなって一回り年上の社長と結婚したんですが、
この社長が結婚した後、末期のがんになるんですよ。
がんになって、末期っていうかステージ3って言ってましたね。
糖尿し始めるんですよね。
ここから結構お金なくなるんですよね、この人。
すごい苦労するんですよ。
苦労して3年くらい治療して、多分完治したんだと思うんですよね。
その間、おそらくその会社にいたはずなんですけど、途中で辞めてるんですよね。
だから多分何かあって辞めてるんですよ。
辞めた後完治して、完治した後子供を産むんですけど、
完治した後子供がなかなかできなくて、結構年いってから産んでるんですよ。
結婚は早かったのに。
多分40近い感じで、ほんとつい最近ですよ。
つい最近で、私より2個上だから、多分36歳くらいで子供がやっとできて、
多分対外受精ですね。
対外受精で産んで、育てるってなった時に仕事をちょっと休んでたみたいなんですよね。
その後外資系の会社に入るんですけど、多分パートですね。
旦那さんに関しては、投票中に会社をどなたかにしようとしてるんですよね。
できないって言って。
なのでちょっとどうなってるかわからないんですけど、結構大変なことになったっていうのはわかるんです。
営業の経験と考察
今連絡わからないです。連絡先が全然わからないですね。
名前わかるんですけど連絡先がわからないっていうところで終わってるんですよ。
もう一人はFacebookで繋がってはいるんですけど、特に直接連絡取るってことはないんですけど、元気そうにしてますね。
転職して、今の会社で割とマネジメントとか助走部の方に行って、
ご主人も会社を立ち上げて、会社はちっちゃいながら続いていて、
っていう感じなんですけど、子供が一人だけなんですよね。
たぶんお互いすごく忙しくて2人目を断念したっぽいんですよね。
結構子供好きな夫婦だったんで、3人子供欲しいって言ってたのは知ってるんですけど、
1人だったんでおそらく会社立ち上げたりしてるうちに機会を失ったんじゃないかなっていう感じですね。
子供自体は今中学生とかかな、たぶんそんな感じだと思います。
早くは普通っていう感じですかね。っていう感じで続いてますね。
そんな感じなんですよね。
だから一緒に用意どんって入っても全然違う人生を歩んでるってことと、
年がやっぱりちょっと違うんですよね。
でも私はたぶん昭和54年生まれの人に会わせてたんですよ。
昭和54年生まれの人に会わせてたんですよ。
だから会わせていかなきゃいけないんですよね。
短大卒の新卒がいないからです。
私以外いなかったんですよ。
行って気づいたんですよね。短大卒の人いないって。
かつ地方から来てるのは私だけで、
あとはみんな東京の学校で東京採用、東京埼玉とかの学校で東京採用ということで、
地方から東京に来たのが私だけだったんですよね。
そして2個下。だからちょっと妹みたいな感じで、
かわいがってはくれましたね、最初。
最初はかわいがってはくれたんですけど、
結局研修開けて、採続されたら同じ扱いで、
かつ最初のうちにぶいぶい言わせてしまったので、
ちょっと溝ができて、ちょっとずつ溝ができて、
今もう何も関係がないっていう感じですね。
それで私の場合は業界的には同じような商材を売ってるので、
同じようなことをやってるのは私だけなんですよ。
あと2人は別のことをしているんですよね。
全然違うことをしてますね。
なので営業じゃないんですよ。
2人とも途中から辞めた後は営業を捨ててるんですよ。
同じ同期の方でも何人か知り合いはいるんですけど、
営業を続けてる人いないんですよ。
みんな営業から去ってるんですよね。
1人マーケティングの人はいたかな。
でも結局全然違う仕事をしてますね、その後。
2社目がマーケティングで、3社目が全然違う仕事ですね。
だから同じ仕事にずっとへばりついてるのは私だけっていう感じになっちゃってます。
振り返ってみてですね、私がやっぱりへばりついたんですよね。
これしかないって思い込んじゃったんですよね、最初のラッキー契約っていうかね。
ここが最初の起点だったので、最初が売れないとかだったら今がないんですよ。
最初から基本的に売れ始めたんですよね。
調子の悪い時期っていうのはもちろんスランプとかあったんですけど、結構短いんですよ。
1ヶ月ぐらいでスランプっていうのは抜け出していて、
そのたんびに新しい発見をして元に戻してるんですよね。
元に戻してさらに売ってるっていう状態を作ってるんですよね。
でも売り方がどんどんいびつになってきたんですよね。
そのいびつになっている自分も嫌でやめたんですけど、そういう感じなんですよ。
一貫して同じようなことをやったのは私だけっていうところなんですよね。
これ良かったのかどうかわからないんですけど、今の時点で割といい環境で仕事をしているということは、
これがもしかしたら自分にとっての、私にとっての正解だったのかなとは思うんですけど、
一貫していたなという感じですね。
一貫していてやっぱり最初の教えてもらったりとか、最初の気づきが今なんですよね。
でも今思うのが、今の自分の営業マンとしての考え方とかっていうのは、
Z世代の人たちには通用しないんですよ。全然通用しないんですよね。
通用する子は一人だけいるんですけど、どういう子かっていうとかなり体育会系なんですよ。
ずっと体育会系の本気のものをやってきて、プロになれなくて営業しているっていう子なんですよね。
だから何が言いたいかっていうのを自分でちょっとまとめると、体育会系なんですよね。
体育会系の人しか自分の本当の本音は通じないということですね。
でももう老害になっちゃうので、本音は言えないっていう状況なんですよ。
本音が言える人っていうのは、やっぱり自分と同じ年代の方で、男性で、
自分と同じような考えを持って営業をしてきて、一定の結果が出てる方じゃないと話が合わないっていうことなんですよね。
だからこれからはやっぱり今の考え方で、今の本質で営業活動をしていくっていうのは、
自分の中だけでしか留めておくことができなくて、
例えば誰かに教えるってなってくると、自分と同じような営業のスタイル、営業の考え方で話をすると、
相手が混乱するからちょっとここは考えなきゃいけないなっていうふうに思ってます。
そんな話をちょっとさせていただきました。
ただの老害でただの階層です。
21:45

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