正しさの影響
むねさん、最近、むねさんが、むっちゃストイックに絞ってるって聞いたんですけど。
絞り始めました。
絞り始めた。なんでですか?
もともとレースをやっていて、トレールラリーですね、山で走る競技なんだけど、それをやっていて、今年の8月末に世界で一番大きな大会の一つに出るんですよ。
150キロ走るんだけど、そのためにトレーニングをするべきだったんですけど、やろうと思ったんだけど、トレーニングしてたんだけど、この間一つ、短い50キロのレースに出てみたら、レースはあんまりしてなかったんで、全然自分のパフォーマンスが上がってないことに気づいて、やばいって思ったんですよね。
なんで、一気に体重を落として、これ全力で全振りでトレーニングしようって思い始めまして、なので、ケトジニックダイエットっていうの分かるかな、糖質制限のきついやつですね。糖質制限して、ほとんどご飯とかパンとかは食べませんってやって、体重を落として、栄養を脂肪中心に切り替えたり、あとレースもたくさん出ることにして、8月末ですね、4つ出ますと、ということでやってます。
50キロとか、150キロとか、知らない人からしたら、その時点で意味わかんないんですけどね。
そういう変態たちがいるということで言うと、僕はその中では、そのカテゴリーの中では普通の人なんで、
マイルド変態なんですね。
そのつもりなんです。なので、トレーニングを始めてます。
きっとケトジニックの話を聞き出すと、多分、むねさん、今から2時間ぐらい喋ると思うんで。
もう最近は言わないけどね。
はい、この辺で切っておいて、始めちゃいますか。
はい、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
人生道すがら、幸せについて語る。
道すがラジオ。
50代の人生後半戦で、ふと立ち止まった経営者、ヌネオと、40歳の壁を前に惑っている小説家、サトノ。
そんな2人が様々な人の生き方に触れ、考えたことを語りながら、私たちはどうやったら幸せに生きられるんだろう、ということを模索していく番組です。
はい、サトノです。
はい、ヌネオです。よろしくお願いします。
今日って何の話をする?
前回の配信で、幸せを遠ざけるその評価の話をしたじゃないですか。
そうですね、しましたね。
で、そこに関連するもう1個のキーワードとして、正しさっていうのもあるっていうのを言ってたので、ちょっと今日はその正しさ側の話をしてみようかな。
そうですね、途中になってたからね、ぜひちょっと聞きたいな。
はい、何を思ってる?
どういうお話だったのかな?
まず評価っていうのは、要はその、自分の中で自分を評価する物差しとかそういう軸を無意識で持ってて、それに照らし合わせて、自分はダメだとか、これだからいいみたいな感じで自分を測っちゃう。
で、それによってダメ出しをすることで、勝手にしんどくなっちゃうってことをやってる人って意外と多い。しかも無意識で。みたいなお話をしたんですね。
そうですね、はい。
で、これは自分の中の物差しの話だったんですけども、これが他人に向けられると、正しさの話になっていくのかなってのを思ってるんですよね。
なるほど、なるほど。自分の評価の中で、評価する軸で、これでオッケー、オッケーじゃないっていうのは、言い換えると自分が正しいことをやってる、やってないだからですよね。
うん、うんうんうん。
それが他人に適応された場合か。
で、この正しさの話は別に私が思ったことでもなくて、私が結構好きで読んでいるブログがあって、それが心理カウンセラーの根本博之さんという方のブログなんですけど、その方がすごくよく、正しさは幸せを遠ざけるとか、正しさの争いが起こるとパートナーシップとか人間関係がね、すごくうまくいかなくなるってことをよくおっしゃってるんですよね。
なるほど。
で、それは私の実感としてもものすごいあって、その、ただ一方で結構無意識で、そのロジカルに考えるとこうでしょって、要はこうが正しいみたいな物言いを、私は割としちゃう方なんですよね。
うんうんうんうん。
で、それがぶつかった時に結構なんか、特に近い関係の人ですね、家族とか。
うん。
まあ結婚する前なら、それこそそのパートナーとかね、恋人とかと、まあ圧力がちょいちょいあったんで、はい。
なるほど。じゃあ自分の経験の中で、そういうぶつかり合いを経験したってことですね。
うん、そうなんですよね。
ちなみにこういう話って、むねさんもなんかその思い当たることとかあったりします?
うん、実はね、そんなにね、自分の中でね、正しさでぶつかったかどうかっていうのね、本当は難しいものすごいあるはずなんだけど、
うんうんうん。
言われて思い出せないぐらい、なんか当たり前にしちゃってるかもしれないです、僕。
うん、なんかあのロジカルな人って、これ無意識でやりがちだと思ってるんですよ。
なるほど、はい。
で、どっちかってむねさん割とロジカルに喋れる方なので、やってることあるかもなって思ったりします。
かもしれない、かもしれない。
うん、それは自分に、じゃあちょっと逆に今日の話聞きながら、あれですね、考えてみたいですね。
はい、ね。
で、まあその事例として、過去私がそのどういうことがあったのかっていう話で、
まあ私、昔ラオスにいた時に、ラオス人の彼氏がいたんですね。
で、その人は外から見ると、まあ割とちょっとその問題が多いと言えるタイプの人だったんですね。
なるほど、やんちゃってこと?
あ、そう、やんちゃ、むっちゃやんちゃ。
私より年下だったっていうのも関係あるのかないのか、まあやんちゃで、
やんちゃの、まあそのマイルドなっていうか普通な分で言うと、やっぱ結構夜遊びが好き。
クラブに行ったりとか、飲んだりするのが好き。
で、まあそこまでだったら、割とそういう人っていっぱいいると思うんですけど、
まあ割とプレーモーイだった。
なるほど。
要は、付き合ってる人がいたとしても、他の女の子にちょっかいを出す。
なるほど、なるほど。
で、割とちょこまかお金を借りたがる。
あーなるほど、なんかヤバそう。
で、これはこういう話をすると、すごく容易にそいつが間違ってるとか、そいつが良くないって判断になるじゃないですか。
なる、なりそうですね。
なので、私もその当時、やっぱりその相手が他の女の子と飲み歩いたりしてたら、やっぱすごい良い気持ちはしない。
うん、当然だね。
で、やっぱそれ、なんでそんなことするのかって、やっぱ攻めちゃうんですね。むっちゃ攻めちゃった。
てか、攻めちゃう、そういう攻めちゃったことのある方、すごい多いと思うんですけど、
その時の攻める理屈は、まあ正しいじゃないですか。
もちろん、そう。
なんでパートナーがいるのに、他の異性とそんな遊んだりするんだ。
で、それで私はすごい、たとえば傷つくとか、嫌な思いをした、なんかやめてほしいっていう主張をする、一見正しい。
ね、相手もそれが正しいことは認めが入りそうですね、ごめんなさい。
ところが、それ私その時ね、心理学とか全然知らなかったから、そういう風にやって、すごいそういう話を何度も繰り返してたんですね。
なるほど。
ところが、一向に全然それがね、解決しないどころか、割とどんどんどんどんエスカレートしていきましてですね。
わかります、わかります。
で、周りもみんなあんなやつひどいやつで、あんなやつと別れたらいい、まあそれも正しい。
でも、その時に、なんか、ただまあ私の側の問題もあって、ただその人、さっぱり切って別れるっていうのができないっていう、私の側のそれは心理的な課題があったんですよね。
まあそれは心理学で言うと、おそらく癒着とかそういうのに近い状態だったと思うんですけども、なんかやっぱ切り捨てることが相手を見捨てる気がして、
それはダメだって自分で思ってたからね。
なんかあの、やっぱできないみたいなのがあって、結構ウニャウニャなった時に、ずっとでもそういう、こうだろう、なんかこうしてほしいとか、これはおかしいみたいな争いをずっと続けてたんです。
でも相手は相手で、例えばもっとその優しくしてほしいとか、その自由にしたいとか、いろんな向こう向こうのいろんな主張があって、それをずっとずっとやり続けて、でも何も解決しなくて一向に幸せにならないっていうことを割とずっと続けてたんですよ。
幸福の追求
このラオスの彼氏の話、今回初めて聞くよね、具体的に。
なんとなく昔大変だったっていうのを昔なんか聞いたことあるけど、今まさに初めて聞いた。そういう話だったんだ。
そういう話だったんです。
なるほど。でもなんかそういうことすごいありそうね。世の中的にもそういう格すごいいるよね、きっと。
そう、浮気とか借金ってちょっと極端なんで、あんまりみんなその彼氏側の見方をしない感じだけど、それがもうちょっとマイルドになると、例えばその時間に遅れる、で、そんなのおかしい、なんで時間を守らないんだ、とかいう話って割とあると思うんです。
あります、あります。
パートナー間で。
あります、はい。
で、時間を守るべきだっての主張は正しいじゃないですか、でもね、そこで私がね、その時にすごい学んだのが、その正しい理屈はわかるけれども、それができない。
そうじゃない行動をしてしまう何らかの、その人の特性とか背景が実はあることってあって、それをダメだと責めてもそれって全然解決にならないっていうのがその時私が得た気づきだったんですよね。
そうですね、わかります。
はい。
あの、正しいで話をしてしまって、相手を変えたいと思って動いてる時なんだよね、それって。
そう、まさに、はい、そうですね。
そこが期待で、正しいから、自分が正しくてこうあるべきだから、相手にそれを伝えることによって、相手が変わってほしいっていう目的があって、
うん。
あの、私が正しいのゲームっていう言い方するけど、伝えてぶつかっていくんだけど、結果それは全然変わらないことになるっていう、
うん。
全然効果的じゃないっていう話ですよね。
そう、だってその裏側にあるのは、私は正しいから、私は変わらなくていいっていう思いだったりするんですよね。
うん。
相手が間違ってる、だからあなたが変わりなさい。私は正しい、だから私は変わらなくていいでしょうっていう。
そうね、そうなりますよね。
遅刻に対する理解
ね、でもそれだと、なんていうのかな、正しいのはわかる、でも目的が、あの、相手をコントロールすることじゃなくて、お互いの関係性をより幸せなものにしていくっていうのがもし目的だったとしたら、
多分違う方法があると思うんですよ。
うん、わかります。
例えばちょっとマイルドな遅刻の話にすると、
うんうん。
なんで遅刻するんだ、お前はおかしい、お前は悪いって言うんじゃなくて、
うん。
どうして遅刻するのかっていう、相手を理解しようとする姿勢。
なるほど、なるほど。
は、まず大事。
で、もしかしたら例えば、相手にその何らかの特性があって、
例えばその、発達障害の人って、
うん。
その、どうしても時間を守りたいけれど、守れないっていう人って一定数いらっしゃるって聞くんですよね。
ありますね、はい。
で、それって本人もわかってる、時間守りたい、でも守れないって苦しみを実は本人も抱えてる。
うん。
で、そこにこちらから、なんで守らないんだって正しさをぶつけても、もうみんな苦しいばっかりになる。
そう、解決できないんだよね、それによって。
そう、そう。
その場だけ、力で攻撃されるから、なんとかしたがわざるを得ないから、したがった形にするけど、
ポンポンの解決ができてないから、また起こるんだよね、それって。
浮気の心理と関係性
うん、うん、うん、うん。
すごいある話だなぁ。
で、さっきのじゃあ浮気の話とか、「浮気なんて絶対浮気するのが悪いじゃん。」っていう意見もあると思うんですね。
それは間違いない。
だから、それを持って別れるって選択するのは、もちろん自由だからいいんだけども、
でも、仮にその人とうまくやっていきたいとしたら、
浮気をするお前は悪いかわれじゃ、やっぱり、その2人は幸せになっていけなくて、
で、その時に私がいろいろ心理学を見て、気づいた1つとしては、
浮気をする相手側のその心理としては、
実は根っこに自分は捨てられるんじゃないかって不安があった。
なるほど、なるほど。
それは、おいたちとかいろんな関係があってですね。
うんうんうん。
で、だから保険として他の女の子を作っておく。
あー、そういうことか。
そう。
へー、面白い。それは、そうなんね。そういう観点で見たことなかった。
そう。で、そうなんだなって思ったのが、私が本当にもう別れるってなって、
ちょっと最後ね、なんか暴力沙汰になったんで、もう私は別れるって決めたんですけども、
そしたら、いっぺんにストーカーみたいになって、いや別れたくないって言って、むちゃむちゃずっと来たんですよ。
救済。
ありがとうございました。
で、他の女の子なんかただの遊びだったんだ、絶対別れたくない、なんとか考え直してくれっていうのを結構1ヶ月か2ヶ月かずっと来て、
要は他の女の子と遊んでたけども、とはいえ私と別れたいって思ってたわけでもなかったっていう、
なんかその本人も多分コントロールできないような、そういうその不安に支配されてってか、
そういうとらわれにから起きた不幸な状況だったと思うんですよね。
不自由だね。だけどでも事実なんだよね、それが。
そう。で、その時に、例えば私があの反省としては、相手が不安にならないようにもっとちゃんと相手にその、
大丈夫だよっていう表現をちゃんとしたかっていうと、私あんまり愛情表現とかしない方なんで、
連絡をむっちゃ豆な方でもないんで、そこで実は不安を与えた面はもしあっただろうし、
あとどうしようもないけど、まあ私日本人で相手がラオス人っていう、あの経済格差とかいろいろあったんで、
それによる不安は相手はやっぱあったと思うんですよ。
なるほど、なるほど。
っていうどうしようもない面もあったけど、だからそういうことを理解をしたら、
じゃあもしかしたら私側で、じゃあ自分を変えてこういうふうにアプローチするみたいな対処はできたかもしれない。
もちろんどうしようもなかったかもしれないけどっていう。
少なくとも正しい自分をぶつけるだけで解決しない時に、選択がもう一個別のものがあったってことだよね。
はい、まさにおっしゃる通りですね。
それはわかるな、ありますよ。
今聞いてて、僕も普通に毎日やってるわって思いました。
毎日やってる。
わかっていて、正しいでやっていけないから、やっていくとぶつかるだけだから、
相手も、僕も例えば僕のパートナーで奥さんがいるんですけど、奥様とやりとりする中で、
日常的にやっぱりあるんだよね、正しいのゲームは。
お互いに?
そう、お互いにやっぱり会っていて、それに対してどういうふうに対処するかっていうことで、
ちょっと一歩引いてはみるけど、またやってるなって思うのをちょっと引いてみることで、
対応の仕方は変わっているんだけど、でもやっぱ正しいをやっちゃうっていうことが、
例えばなんだろうな、すげーしょうもない話ですけど、
毎朝洗濯機をタイマーをかけて、朝起きたら、もう洗ってる状態になってるんですよね。
それがうちの日課なのね。
夜、僕が最後お風呂入って寝ることが多くて、遅いことだから、
夜にお風呂入ってシャワー浴びたりして、洗濯機を開けて、洗濯物を入れて、っていうときにシミを忘れるんですね。
あー、なるほどね。
そして、朝タイマーが動いてないんですよね。
タイマーしてたけど、洗ってないの。
毎日やっちゃうの。
毎日やっちゃう、なんで?
毎日開いてるの。
気をつけようと思っていても、毎日やっちゃうの。
で、毎日怒られるの。
怒られちゃうね。
でも、これ多分さっき言った話で、僕の場合の発達性が良いとは思ってないけど、ダメなところなんですよ。
で、変えれないんですよ。
ポンコツなんだけど。
でも、それをずっと言われるし、こっちもグーってなるし、っていうのを毎日見ている。
やってるんですね。
僕の場合は、そこに関しては、正しいのゲームやってしまいがちだよねって見てるから、
僕に対してダメージは受けないんだけど、でも怒ってるんだよね、毎日。
そして、また閉めないんです、今晩も。
なんでなんですか?
わからないです。
多分、奥様の立場化すると、こんだけ言ってるんだから、ちょっとは対策考えてよとか思うと思いますよ。
でも、そこ解決できてる問題だから思い出しただけなんですけど、そういうことが普通に起こっていて、
それに対してずっと関係を悪化させて、もうめっちゃ戦いをするっていうことが起こりがちですよねって思いました。
本当にやりがちだと思うし、そういう時ってやっぱ正しいだけに自分を変えようと思いにくいっていうのが本当に罠だと思うんですよ。
で、それは感情的に怒っているわけじゃないんです。やっぱりそれについて怒る理由があるんですよ、怒る側には。
それは正しい。それだけに難しい。
でも、そこでその怒る、まぁ怒っちゃう、嫌だって思ったりなんとかしようっていう感情はもうしょうがないんで、
それはいいんですよ、それを持つのはいいけど、その時の対処として正しさをぶつける以外の方法を選択できると楽にはなるかもしれないんですよね。
そうですね。少なくとも解決しないやり方を延々繰り返すっていうことからちょっと離れられるというか。
人間関係と正しさ
で、結局解決しないかもしれないんだけど、ストレスが減るっていうか、そのことをやっているっていうのを客観的に正しいってやってる、正しさでまたやっちゃってるっていうことを見れるとちょっと楽かもしれないですね。
そうやって関係が悪くなる一方の人間関係ってすごい多い。
と思います。はい。特に親子関係と夫婦関係はこれすごい起こりがちだと思うんですよ。
そうね。長期的にあるし、それが近すぎるからそこが問題になるっていうか、普通のそれ以外の関係性だったら離れちゃったりとか、あのなかったことにするとかができるけど、
家族関係はなかなかできないから余計にそことぶつかるよね。
そうなんですよね。これもね、といってその劇的な解決方法があるわけじゃなくて、やっぱりそういう自分に気づく、結局すべて気づきがあるのが入り口っていうのは共通になっちゃうんですけどね。
分かりますね。今僕は対策してないけど、やっぱり洗濯機の蓋は閉めるべきなんですよ。
はい。
方法を作るっていうか、方法解決をするのがいるよねって思いました。
そうですよ。例えばちゃんとアラームをかけておいて、洗濯機の蓋閉めたーってそのアラームが出るようにするとか。
手順がね、仕組み化とか手順がね、それは例としてはしょうもないやつですけど、でも結構シリアスにずっと正しくないで怒りを持って生きるみたいな不自由な生き方をしている人はたくさんいるなーって思いますね。
思います。聞いておられる方も、私の方が正しいのになんで私が変わらなきゃダメなのってむちゃむちゃ理不尽に感じる人もいると思うんですよね、その場合に。
まあその気持ちはそうだけども、じゃあその時多分大事なのは、でも一番大事な目的って何だろうって思った時に、
例えばこの相手、例えばその夫婦だったら、夫婦関係をより良くして2人が幸せに生きることが一番大事な目的だったとしたら、自分の正しさなんて別に捨てちゃっていいんじゃないのっていう視点はもしかしたら持ってみるといいかもしれないっていうのは思いますね。
よくね、欲しい結果は何だろうっていうことをちょっと立ち返るようにはしてるんですよ。
ここでこういうふうにムカーってした時に、じゃあこれで言いたい、伝えたい、こういうふうに言って、言ってやれって思うけど、欲しい結果って何かなーって思った時にグッてこらえて、こうしよう、こう伝えようっていうふうにできるかどうかって結構大きいですよね。
まあ、とっても難しいんですけれども、知ってると知ってないで多分全然違ってくると思うので、もしこれを聞いておられる方で我が身を振り返って、ああそういうこと自分もあるなーって思ったら、ちょっと何かね、別に毎日とはいえさ、自分を抑えてばっかだとそれはそれで我慢するのもまた別な意味でそういう苦しさにつながるので、我慢っていうのをね、幸せを遠ざけるそれはすごい大きな要素としてあるわって今思い出しましたが。
正しさを手放す
おお、また新しいテーマが。
はい。
面白い、それはそうですね、それまた今度言いたいね。
はい、まあとはいえその、むねさんもおっしゃったように、ずーっと正しさをぶつけ続けてうまくいかないときにその正しさを手放すっていうのはやってみていただけたらいいなーっていうのを思いますね。
はい、ぜひちょっとどっかでね、自分がこういうのやってるっていうふうに思うきっかけ、その例がないとなかなか聞かなかったりするけど、僕実はさっき思いつかなかったけど、話聞いてるうちに洗濯機の話を今思い出したので、その問題みたいな話を聞いて誰か思い出すきっかけになるとすごくいいですよね。
はい、じゃあそんな感じですかね、今日は。
はい、ありがとうございました、いいと思います。
じゃあまたあの感想とかご質問とかあったらお便り募集してますので、概要欄にホームのリンクあるのでそこから気軽に送っていただければと思います。
それでは最後までお聞きくださりありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、それではまた。