1. シュウとショウの未知の理への道のり
  2. 録って出し雑談から未知のり~..

1月18日に収録した音源の3本目

シュウはダーウィン進化論と指の皮が厚くなる動きに矛盾がある気がしているが…

しょーまさんはダーウィン進化論と無関係に自然な動きと感じられている

そもそもの動きはエントロピー的に見たら何の不思議もないんだけれども…?


収録日:1月18日


#樋口塾

#シュウとショウの未知の理への道のり

#未知のり


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00:09
しゅうとひょうも、みちのりへのみちのり。
この番組は、文字通り、しゅうとひょうもの、気が向いた時に、
適当に好きなことを話しながら、まだ知らないことはないことわり、
つまり、つまり、みちのり、を探していくみちのりを描く番組です。
下手をしたら、下手をしたら、二人の持ちっぷりを探すだけの気のままな旅。
ゆるーゆるーくお付き合いいただけたら、うれしいです。
前回からの続き。
全部大物の温度が減っていくっていうのは、
エネルギーが高いほうから低いほうに流れていく。
で、あ、あ、あ。
ごめんなさい。
ちょっといろいろ話が折り回っちゃってて、わかりづらい表現になっちゃった。
ごめんなさいごめんなさい。
いいよいいよ。こっちのせいで。
熱いお茶とかがあってテーブルに置いてて、ほったっとしたら冷めるじゃないですか。
エネルギーっていうのは温度の高いほうから低いほうに流れていくんですよね。
そういう風に流れていくっていうのは自然な働きなわけで、意味合い的にエントロピーが増大する方向なんですよ。
自然に起こることっていうのはエントロピーが増大する方向なんですよね。
温度の話でいうと、
ごめんなさいごめんなさい。
いい話を折り混ぜないならいいのかもしれないですけど、
いやいやいや、折り混ぜたい。
温度が高いほうから低いほうに流れていくっていうのは自明の理ですけど、
常にそういう動きが原動力みたいな風に思ってて、
だからそれはエネルギーっていう概念の話ではあるんですけど、
それが高いところから低いところに流れていって、
結局三位図化して全体的に安定する、調和するような状態に動いていくっていうのが自然の説理なのかなという風に思ってて、
03:11
それからいくと、
自己適応的というか、いろんな体だったり変化し得るものっていうのは自然に起きてるじゃないですか。
環境の影響を受けてるんですけど、
環境の影響を受けた、
だからその環境も言ってしまえば自然というか、
自然っていうのが周りの環境がある上で、
その環境によってどう動くかっていう話だと思うので、
何か指に対してギターの弦が毎回当たるっていう環境があったときに、
その環境において指がそういう風に変化していくっていうのは、
一種の自然な動きだと思うんですよね。
なんか変なこと言ってるかもしれないな。
変ではないけどちょっと理解できてないかもしれない。
自然な動き。適応する方が自然。
それがこの世界で言う自然な動きだから、
それが人間には適応しているように見えるというか、
エネルギー的に考えたときに、
弦のときに毎回毎回そういう環境を受けてて、
固いのが抑えつけられるっていう環境を受けてて、
それ自身で圧力っていうエネルギーを受けてますね。
圧力は力ですけど、結局エネルギーが伝達されて指側に行ってるわけなんですけど、
そういうのがあったときに指の表面とか中でのエネルギーの処理に対して、
この表面が固く変質していったほうが、
例えばエネルギー消費とか言っていいかわからないですけど、
エネルギーの流れみたいなのが効率よくなる。
変にエネルギーを損失しないというか、
全然説明下手くそですけど、感覚的な話からすると、
06:03
人間の体とかが何かの環境要因によって変化していくっていうのは、
エネルギー的な視点でいったときに自然な流れだっていうふうに思ってるってことです。
それが目的的に動くんじゃなくて、
もうちょっと大きいエントロピー的な話から見たときの自然な流れっていうふうに考えてるみたいな感じですかね。
なんとなく、そっかーっていう。
そうかもなーって伝わってきた感じはしてるんですけどね。
確かにそうな感じもしますね。
エネルギーさんが引っかかられてるのは、
いろんな変化が目的的に見えるのがたまたまって言えないし、どういうことなんだろうって感じですかね。
まあざっくり言っちゃうとそういう話なんですよ。
そこを多分僕自身も具体的にどこっていうところまで落としきれてなくって、
自分一人で考えててもなかなか落としきれないし、
ポッドキャストで発信しててもちゃんと最後までは行ききれないもんで、
ついつい松本さんの前でそういう話題で話したくなるっていう話で、
そこをもうちょっと細かく深掘れたら一番嬉しいな。
抽象度の高い話じゃなくて、具体的な話で話していけたら嬉しいなっていう感じなんで、
本当に半端なんですけど、
ダーウィン進化論っていうのは、遺伝子で情報が引き継がれていくっていうところが、
たぶんその話のメインなのかなって僕理解しちゃってて。
遺伝子で情報が引き継がれていくっていうより、引き継ぐっていうのは前提にありますけど、
ダーウィン進化論的にポイントになるのは突然変異じゃないですかね。
その突然変異っていうのは遺伝子の変異だって僕理解してるんですよ。
その遺伝子に突然変異があるから、環境が大いに変わってしまったときに、
生物全体で見たときに生き残れる確率というか、生き残れる術が残るというか、
09:04
そこに突然変異が全くなく、遺伝子の交配と継承だけであれば、
最初に起源がどこかですけど、変化がいろいろ多様性がある中で合わさっていくにしても、
それ以上の変化はないじゃないですか、最初のベースの。
だから突然変異がないと進化はないですよ。
突然変異がなかったとしたら進化はないはずですよね。
いや要はそれが変異があるのは普通というか自然な感じがしてるんですよ、僕の中で。
だからダーミン進化論って究極はわかんないのかもしれないけど、
多分合ってるんだろうなみたいに僕考えてるんですけど、
その意味で遺伝子が突然変異、なんかそれはエラーが起こることもあるよねみたいな感じで変異するっていうのは不思議じゃないというか自然な感じがしていて、
だからそこの遺伝子の変異の話をダーミン進化論ではメインで扱っているのかなっていう感覚があって、
ただその遺伝子に対する僕の理解がさっき言ったみたいに設計図的なものになっているっていうあたりがまだちょっと理解が浅いなって僕は思っていて、
その設計図みたいなもんだっていうのもなんかで多分聞いたとかyoutubeレベルとか人から聞いたとかそんなレベルの話なんですけど、
そこでじゃあどこまでのそれが設計図的なものになっているかとか、そんな設計図的なものができる、そこが偶然できるっていうところが多分まだにわかに理解できてないという感じなのかな。
さっきの話で言うと、その設計図をもとにこういうこのぐらいのサイズの体にまで成長するとかいうことが決まってるっていう理解を僕今していて、
それだけじゃなくて寿命にしても代替は決まっていたり、性別も分かれてたりっていうふうに考えたら、
さっきまで、しょうまさんの話を聞く前までは、その指の皮が厚くなることも設計図として書かれてるってことなのかなと思ってたんですよ。
それはさっきのしょうまさんの話で、それそのぐらいのっていう言い方でいいのかわからないけど、それは別に設計図に書いてなくても物質としての自然な動きとしてはエントロピーで考えてもエネルギーで考えても、
12:20
設計図に書かれてなかったとしてもそういう動きになっても別に不思議じゃないよねっていう話なのかなって捉えたんですね。
そうですね。物質的なところでいけばですけど、人間の体の生態的なところで、そもそもそういうふうに組み込まれてるっていう可能性もないとは言えないですよね。
そもそもそういうふうにエネルギー効率がいいように脳も多分変化しますし、体だって多分そうだと思うんで。
でもその設計がそういうふうになるっていうのが遺伝子で書かれてたとして、結局その遺伝子も自然から出来上がってるわけで、もっと大きなレイヤーで支配されてると考えたときに、
遺伝子のつながりとかも結局そういうエネルギーが安定する方向につながったりするわけですよね。
遺伝子が変異系列でいって、いろいろあるんですよね。
よく覚えてないですけど、T、TA、グアニン、チミン、シトシン、アーデニンとかいう4種類の並びで決まってるんですよ。それがどういう並びか。
そいつらがペアで組み合わさるっていうやつは決まってて、
そいつらがなんで組み合わさるかって言ったら、たぶんそういうエネルギー的だったり、やっぱり物理的な意味合いが入ってくるので、
やっぱりそこの設計図が出来上がるとどういうふうになるかっていう、突然変異が起きるとかっていうのにしても、それを司っているところには物理みたいなのがあるやろうなっていうふうには思ってて、
そのレベルでエネルギーが散逸していく。大きい方から小さい方にエネルギーが流れていくとかっていうふうなところはそのレベルからあるだろうなっていうふうには感じてたりはするんですけど。
15:10
うんうんうん。そうですね。そういう感じで捉えると別に、もやもやというか不思議っていうことではないのかなぁ。ないのかもしれない。
そもそもがその想像の世界、どうしても勉強不足っていうところがあって想像の世界だから、そういうところで細かいところまでいくと、全部それが偶然できたって言ってしまえば不思議じゃないのか。
で、最初の話に戻りますけど、全部それが偶然っていう言葉にしてしまえばそれまでなので、なんでたぶんしゅーさんはその先のところを何か新しく言葉にしたいんだろうなとは思ってるんですけど。
うんうんうん。そうですね。そんな感じのうんだからね。もやっとはあるんですよ。もやっとはあるんだけどなかなか。
かなり難解な問題ですからね。
まぁまぁまぁまぁ。知らない中で新しいこと聞いたらへぇーってなるレベルで喋ってるからもちろんそうなんですけど、感覚的なところで、それは違うんじゃないかって思ってるっていう感じではないんですけど、どう捉えたらいいんだろうなぁみたいなところをいつもこう、そういう本当に直感的なところなんでしょうね。
うん。偶然っていうものの中、その偶然が積み重なってできた動きに、なんか恣意的というか、その適応っていうことにしても、そうだし適応みたいな感じに見えてきてしまうっていうのは、でもそもそもの法則がエントロピーが増大するっていうところが正しいんだとしたら、
そりゃそうかっていう話になっていくってことですね。
そうですね。そもそもそれが正しいかっていう保証もなんもないですけど、そこをこう、ベースに考えると、まぁそんな感じですかね、たまたま人間が適応的に見えてるだけで、
ただそういう根本にある法則にのっとってるだけというか。
うんうんうんうん。ちょっとだけ前にメモったのを見てもいいですか?
18:04
はいはいはい。どうぞどうぞ。
まぁまぁそれに今回の疑問と同じようなことが書いてあったかどうかは忘れちゃったんですけど、なんかそのここら辺のことを考えてたときにメモした気がするなと思って、全然違ったらごめんなさいね。
いやいや大丈夫です。
あー全然違う話でしたね。ごめんなさい。
大丈夫ですよ。
でも本当はそれにつながるのかなぁ。
なんかその翔馬さんの竹谷沙織だけの話?
はいはいはい。
聞いたときに、なんか同じものであっても見てるものが違うっていうような話ってちょいちょい聞くなぁと思って、
それもそういう同じ音を聞いてるわけじゃないですか、竹谷沙織だけっていう音を聞いてる、同じ音を聞いてるけど、翔馬さんにとってはオンリーのだけで、
他の人、大多数の人にとっては竹だったみたいな話があって、
そういう認識が違うっていうような話?
でもこれは当たり前の話だなぁ。認識ってそれぞれ違うよねーみたいな話。
赤っていうものを、これが赤ってみんな言ってるけど、自分の見てる赤と他の人が見てる赤が本当に同じなのかどうかって、究極的には絶対に確認しようがないんだって、
っていう話とも通じるのかなぁとか思ったり、
なんかそんな話から広げていったら面白いのかなと思ってたっていうメモでした。
書いてるときはでも、そういう真からのこととかも考えてたような気がするんだよなぁ。
日本の話でいうと最近、せんちゃんのツイッターでこう、あげられてて、
金と白に見えるか青と黒に見えるかみたいな。
あー、あれ。金と白にしか見れないんですよね。
うち息子は金と白で、妻は青と黒で、
僕は半分なんですよ。
半分?
半分というか、金ほど金に見えなくくすんだ黄土とか鈴色っていうんですかね、そんな感じと、
薄紫になるんですよ、白が。
まあそうですね、そんな感じですね。
21:02
でもなんか白と金がはっきり見える人はもうちょっと見えるみたいですよ。
しゅうさんと多分僕同じような感じなのかもしれないですけど。
あ、そんなにはっきりなんだ。
白は薄紫、薄紫ですよね、どっちかというと白というより。
あー、まあ白が影になっているみたいな感覚かな。
でも青みありませんでした?青みというか、
青みはちょっとありますね。
なんかその後塚沼さんがこう、なんか比較できるようなのを、あれ?あれはツイッターかな?わかんないけど。
へー、比較。
なんか背景色を変えたりとかして、どう見えるかっていうのを作ってくださってたのがあった気がしたんですけど、
なんかサッカーはシンプルだっていうので作ってくださったんで、もしかしたら全体のところじゃないかもしれないですけど。
あーなるほど。
まあありにしてもですね、やっぱり人間それぞれ、個体でも補正の仕方が違うというか。
そうですね。
それぞれ多様性があるからですね。
まあちょっとあんまりまとまる話じゃないのかもしれないですけど、雑多に話して、全然違う話かもしれないです。話しちゃっていいですか?
はいはいどうぞどうぞ。
だいぶ前ですけど、塚沼さんがアレクサに、
怒る?
怒りみたいなのが湧いちゃって不思議だったみたいな話。
で、あれの時に僕、なんかこう怖い相手の、怖いお兄ちゃんとかおじちゃん相手だったら、わかんないけど、みたいな話をしたんですけど、
なんか、そこに余白とかスペースが動ける余裕があったら、動いちゃうもんだよなーみたいな感じがあって、そこにも怒りの話も通じるなと思ってて、
それも実際物質の動きと感情?
面白い。面白いですね、その話。
なんか普段感情って、心と体みたいに別物として捉えてるけど、感情の正体もなんか結局そのエネルギーとかエントロピーの話みたいに物質が構成されたものからできてる、物質っていう表現がね、あまり良くないかもしれないけど、
まあとにかく、生命というものが生まれる前からあったものから生命が生まれて、そんなものの物理法則の中から生まれてきたものの延長って思うと、なんか怒りみたいなのも同じ法則が当てはまるのかなーみたいに。
24:12
面白いですね。現象ですもんね、一つの。
ある事象を認識して、脳が処理したときに、中のそういう信号を出して、実際体感覚があるわけじゃないですか。
例えば心拍数が上がったりだとか、胸のあたりがモヤモヤするとかっていうのが体感覚があるからこそ、その心っていうのはここにあるもんだみたいなふうに思われたりだとかっていう話があって。
一つのそういう現象なので、おっしゃるようにそういうのが根本に何か大きな法則があるとしたら、それでは全部説明はできると僕も思いますね。
その余白の方に動くっていうのは、それがまさにエントロピーが増大する方向性だし、エネルギーが安定する方向っていう、全体的に安定する方向にエネルギーが流れていくっていうことと同義だからこそ。
だからっていう接続詞は別に合ってないかもしれないけど。
修法の方で、ちょっと前、4、5日前に、僕ある程度…
次回へ続く。
26:09

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