どうやら宮本さんが話したいことあって、これメディアヌープっぽいかどうか微妙だなって言ってたと思うんですけども、ちょっと話してみませんか?
そうなんですよ。 きっとその中にもね、歴史実践あるから、たぶん。
いや、そうですよね。ちょっとだから、僕の中でもまとまってないから、なんとなく話すんですけど、僕、前のちょっとエピソード、どこかのエピソードの時にもお話ししたんですけど、
今結構、奥州市、岩手県の奥州市っていうところに地元に戻ってきて、今3年目ぐらいになってきて、
もともとこっちに戻ってくる、地元に戻ってくるまでは、地元の仕事は1個もなかったんですけど、この3年目にして、今全体の半分ぐらいが奥州市の仕事になってきて、
特にも基本的には行政との仕事、奥州市役所との仕事が多いので、今だいたい4つか5つぐらいの過渡の仕事を、今、奥州市さんとさせていただいてるんですけど、
でも、今、奥州市役所のいろんな課と一緒に関わって仕事をする場面が多くて、その中でも先週末、5月31日、5月末に、
奥州市の総合計画を行政が市民と一緒に作るっていう動きを、よりつけていきたいということで、それを市民の皆さんとしゃべるフォーラムを開催しようっていうのの、フォーラムのファシリテーターというか、
登壇していただいた皆さんにインタビューをしていく、みたいな役割をやったんですよ。
で、一緒に、僕の隣に市長もいて、市長もコメンテーターみたいな感じで入ってるみたいな感じのことをやったんですけど、
すごい、市長も大変だなっていうか、なんかこう、なんていうんですかね、町って、なんか大変だなっていうか、なんかすごいなって思ったんですけど、
町を経営していくって大変だなって思ったこと?
そうなんですよ、はい。町を経営していくって大変だなと思って、
その時の話、登壇いただいた方々のお話とか素晴らしかったし、市長のお話とかもすごい面白かったので、話してる内容としてはすごいいいなって思いつつも、
じゃあ、この話がどうやって計画に反映される?
なんか、それで?みたいなことを言われたら、なんか、そのための第一歩を、今、この会でお話ができましたみたいな感じにはなるけど、
それで?みたいなところまではちょっと話しできなかったなとか、
あと、結局、なんかボワッととかモヤッととか、なんか抽象的な計画にしかならなそうだなとか、
あと、その時に、こう、登壇者への質問とか感想を匿名で、スライドゥってサービスを使って、参加者の皆さんが上げられますみたいにしたんですけど、
でも、なんかそのリアルな場なのに、すごいネットニュースコメントみたいになってて、
スライドゥとか使うとそうなるよ、もうなんか、ここにもどうだみたいになるよ、そのノリが。
そうなんですよ。市役所に人が提案してくれて、それ入れてやったんですけど、
なんかすごい、登壇してる僕たちも傷つくっていうか、なんか、一緒に話そうよと、その匿名じゃなくて、
名前を載せて、責任のある話を一緒にしようよって思うぐらいの感じだったんですけど、
でも、まあ、そうやっていろんな意見を持ってる人、本当にいっぱいいる中で、
この人たちと一緒に、なんかこう、一つの何かがあって、一つの計画があって、生活したり何かをしてくって、すごい難しいなみたいな。
なんか、隣にいる市長もすごい、すごい、あの、市長がやってることがすごいなっていうか、それをこう、やろうとするってすごいなみたいなのを思ったりもしたんですけど、
でも、なんか、それはでも、やる前からわかっていたことで、じゃあ、その、どう考えたらいいんだろうかっていうのを、前お話ししたときもお話したんですけど、
じゃあ、歴史的に何かどうやってその総合計画作っていってたのかとか、
あの、そもそもの区切りみたいなのがどうやって生きてたのかみたいなことを考えたりもして、
いや、でも、すごい難しいなっていう。なんか、これを笹切さんだったら、まあ、どう捉えるかっていうか、
なんか、どうするんだろうなみたいな、あの、もう関わらないっていう選択肢もあるような気がするんですよ。なんか、そういう要請的なというか、
あの、なんか、そのような大きい括りでみんなと何とかやっていこうみたいなことに関わらず、もう自分は自分のやりたいことをやって、
まあ、そこに反応してくる人たちと一緒に、ここで自分たちの暮らしを作って楽しく生きていくっていう選択もあるような気もするんですけど、
なんか、そうじゃないものに今、僕は興味があって関心があって、そっちが楽しいと思ってやっていこうと思ってる分、なんか、すごい難しいなっていうのを感じているっていう。はい。
なるほどね。いや、ぼわっとした形のまま差し出してくれたと思うんだけど。はい。
その総合計画って、今、言ってるものがあるじゃないですか。総合計画、総合計画って。はい。
それって、毎年やるもんじゃないですよね。そういうふうに言うってことは。うん、うん、あ、そうです。
もう、しかも何年かぶりでもなく、何十年かぶりみたいなやつです?それ。
うん、そうです、そうです。何か年、5か年ぐらいで決めていくけど、今回は一応、なんか20年、20年のことを考えようみたいな、ちょうど節目みたいで。
その前を、前のやつはあるんですか?前の作った人。前のやつは、今まさに動いてるやつもありますね。
それは誰が作ったの?前のやつは。
それは、でも基本的には、もちろん市民にパブリックコメント求めてみたいなのがあったみたいなんですけど、
基本的には市役所と、あとそれを専門としてる業者みたいなのがちゃんとあるみたいで、そこにコンサルタントっていう形で頼んで作ってるみたいですね、報酬士の場合は。
へー、なるほどね。
はい、でも基本的にはその総合計画が、行政が予算執行するときの理由になるっていうか、総合計画で定められているうちの、こういうことを達成する事業としてこういうことをやるので、
こういう予算をつけたい、みたいなことを議会にちゃんと市役所の人たちが申請するとか、みんなの共通言語みたいな感じになるんですけど。
いや、今ちょっと今、思い出した資料を引っ張り出そうと思って。
これ、あ、これ、現代、あ、現代時変が何?
あ、現代時変が、あっちの部屋だ。
何思い出したかっていうと、自分がどうしても党の関連の資料を集めるから、党の志士とかもね、古いバージョンとか、産業誌みたいなやつも集めて読むんですけど、
基本的に古いことに関心があるから、古いの読みたくて買ってるんだけど、なんか近現代のやつがついてくるんだよね。
党の志士とか産業誌とか、そういうのも読んでると、深い関心を持って今まで読んでたわけじゃないんだが、
ヨンさんが今、総合計画ってどうやって立ててるんだって言われたら、確かに総合計画があったなと思って。
いわゆる党の場合はね、今からね、50年くらい前か、50年から4、50年前に立てた総合計画みたいなものがあって。
総合計画。事業の計画としては10年、20年である程度の区切りを迎えてるのかもしれないけど、そのコンセプトが今でも生きてるものがあって。
ある時点で誰かが何か、そういう計画を立てたってことは、なんかはっきりわかるんだよね。
例えばさ、市民センターって、劇場と体育館とプールと美術館とか博物館が一体になってるやつあるじゃないですか。
でもあれもなんか思いつきで立てたんじゃなくて、それも総合計画のなんか一環で、なんかすごい言うとさ、チンプなんだよ。
市民の文化と健康のための総合センターみたいなことなんだけど、言うとチンプじゃん。
でもその建物と一緒に、建物作るだけじゃなくて、イベント?制度みたいなものも同時にやるのね。
そうですね。
で、なんかさ、あの超民同会ってなんかあるんだけどさ。
知ってる?
知らない?
知らなかったです。
これがね、俺も最近知ってびっくりしたんだけどさ、日本全国どこにでもあると思ってたんだよ、超民同会。
超民同会ってその総合計画のときに企画されたものらしくて、年に1回、6月にいろんな何々町とかあるじゃないですか。
その町ごとに競技を競う超民同会っていうのが遠野にあって。
で、それはスポーツを通じて地域コミュニティを活性化するための年齢とか、大人も子どもも一緒になって。
そっか、そんな大義がある運動会なんだ。
そうなのよ。あんなのさ、俺どこでもあると思ってたら。
そうですね。
俺当たり前の文からそう思ってたんだけど、超民同会ってどこにもないのよ。どこにでもあるわけじゃないのよ。
はいはい。
でもあんなの大変じゃん。大変なんだよ。大人とか働いてる人たちがさ。
いや、そうですよね。
子どもたちもさ、年に2回運動会あるのよ。
本当ですよね。学校とそれと。
競技が似てるから、小学校の校庭に集まって屋台とかも出てさ。
なんか似てるからさ、なんで2回運動会やるんだよと思ったんだけど。
それもコミュニティとかね、俺のための同時に発案されたものなんだって。
で、言うと陳腐なんだよ。コミュニティのために集まって運動会やるみたいな。
ところがね、僕今にして思うのは、尖ってるコンセプトよりも、意外と陳腐なものって受け皿が広いっていうか、受けが広いっていうかさ。
はいはいはいはい。なるほどな。
受けが広い上に、後でどんな風にでも尖らせられるっていうかさ、必要とあればね。
で、やっぱり政治っていうか、みんなが税金を納めて、みんなに主権があるからさ、みんな政治参加するじゃない。
その時にさ、一部の人にしか受け入れられない尖ったコンセプトみたいなよりかは、やっぱこうぼやっと丸くなっていくじゃん。
健康と文化的発展のためとかさ。
はいはい。
こないだの大阪万博のコンセプトなんだっけ。それもぼやっとしてるとかって食べられたけど、ぼやっとしてていいものはいいんだと思うんだよね。
でもそのぼやっとしたものでも、あそこで建てた市民センターの劇場とかホールとかって、あれなかったら困るじゃん。
会ってくれてよかったなと。
そうですね。すごい本当にそう思います。
博物館含めて。
で、庁民とかいって当たり前でどうでもいいと思ったけど、意外とあれ面白いんだよ。
はいはい。
なんていうか、いろんな人と知り合えて面白いんだよあれ。
そうですね。しかもね、他世代でね。
そう。そういうのがさ、4、50年たってもさ、今でもさ、やってんだからさ。
うん。
やってんのね。
いや、これなかなかすごいなと思ったですね。思いましたね。
はいはい。
誰が考えたのかわかんないけど。
いや、なるほどな。いや、でもすごい、それはなんかすごい僕の、こう今もやもや、もやもやというか、あれ終わった後にすごい、何だったんだろうと思ったんですけど。
この時間、これでよかったんだろうかって思った感覚を結構解消してくれるというか、結構そのフォーラムシンポジウムの中でも話題になったのは、
まあもちろんあの、えーとですね、欧州市って旧御市町村が合併していて、まあ平成にもともと御市町村あったものが合併してできた町なので、
すごいね。
だから一つの計画作っても、なんかもう全然、あの場所によって、なんだ、あの状況も違うし、あるものも違うし、歴史も違うんだから、
なんかこれって一つでいいんですかね、みたいな話にもなったから、でもそう考えたらあんまり尖らせるもんもあったしね、
誰でもというか、どの地域でもなんとなく当てはまるような目標をなんとなく立てるのがいいですよね、みたいな話になったかと思えば一方で、
やっぱり選択と集中が重要で、むしろこれって入っていって、まあでもそこから、そこを取っ掛かりに全体を良くしていくというか、
まずは教育なら教育と決めて、教育をきっかけに、じゃあもっと人口減少を解決、なんか解決するわけじゃないですけど、そこにも対応していこうとか、
環境的なものも教育を通してなんかやっていこうみたいな、集中するべきだみたいな話もあったりして、ああなるほど、みたいな、
なのですごい議論として本当に有意義な、なんかいろんな意見が出て、どうしようみたいなこと考えられたんですけど、
僕の中では結局わけわかんないというか、よく考えると僕があんまり計画を考えたことがないやっていうのが、個人的には、
なんかその理由の範囲、なんかもう行き当たりばったりというか、基本的には、まあその進んでいる状況に合わせて、
まあ何をするべきかを選択していったらいいんじゃないかというのは、個人的なスタンスとしてはそうですけど、でもやっぱりみんなと進んでいくには確かに計画があった方がいいのか、みたいな、
でもそれがぼわっとしてて、逆にだからこそ自由度があって、こう何かができるっていうのはなんかその通りだなと思いました。
ぼわっとしてても、例えば企業とかだと3ヶ月とか、まあその業績報告するサイクルで言うと3ヶ月とか、
あるいは出資してくれた人たちが回収したいと思う期間で言うと長くても5年みたいな中で結果を出さなきゃいけないから、最長でも5年とか、
短ければ3回で成長するような計画を立てなきゃいけないから、ぼわっとしてるって言ってもね、ちょっと程度があるというか許されない。
そうですよね、確かに確かに。
と思うんだけど、あの行政というか自分が住んでるところだと、例えばさっきの東能の話だと4,50年前の話がまだ生きてるみたいなことをしたけど。
いや本当ですよね。
その4,50年という単位だとぼわっとしてても許されるんじゃないかと思うんだけど、ただぼわっとしてるっていうのはなんとかな、適当でいいとかどうでもいいっていうことじゃなくて、
ぼわっとしてる方向の中では方向があってなきゃいけないと思う。そのなんとかな、ぼわっとしてるっていうのは方向はあってる上で細かい方法はどうでもいい。
そうですね、表現のそうですね。
視点が50年先に向かってるから、50年先に向かってる方向があってるんであれば、この1年の計画は別にもやもや決まってなくたっていいわけよってことね、っていう意味なんだけど。
そういう意味で、例えば東能の計画があってるなと思うのは、50年前の時点で、例えば70年代だから日本の経済が調子いい段階ではあるんだけど、
ただ都会に働き手がどんどん出ていくから、ただ米とかオレンジとか牛肉とか自由化の前だから、まだ農業もまだ儲かってた時なんだけど、
儲かってた時なんだけど、でも次男さんなんかはどんどん都心に人が行くから、緩やかに人は減り始めてる。ただ段階の世代の子どもたちが生まれてくるピークだから、人口的には結構多いんだよね。
つまり経済も伸びている。国内の農業生産でも結構飯が食える。段階の世代の子どもたちもかなりいるっていう感覚なのに、人口が減ることを前提の計画を立ててるんですよ。
つまり各地域、例えば東の小学区だったら10何区まであるとかあるんだけど、その間のコミュニティを密にしなきゃいけないと。
お互い顔が知ってて、例えば若い人から年取った人まで顔見知りになってるみたいなのをやるのに、お祭りだけでは足りないから、秋のお祭りのほかに春に運動会をやるんだっていうことなのね。
人口が減っててコミュニティが素になることを見越した計画になってるわけね。
あとは、東の市民センターとかってのはそんなはっきりとコンセプトないとは思いますが、その中でも東の物語みたいなものを活かした、昔の景観とか昔話みたいなソフトコンテンツ、歴史的なソフトコンテンツをちゃんと保存していくっていうことを売りにしていこうと。
ただあんまりポップじゃないから、それで人が殺到するような世界にはならんけれども、でもユニークな、全国でそこにしかないみたいなものには一応なってるんだよね。
だから50年経つと、やっぱその瞬間すごくヒットするものよりも、日本全国見渡してもそこにしかないもののほうがやっぱり価値があったりするから。
だからボワッとしてるんだけど、50年後みたいなとこではあってたと思うんだよね。
人口が減っていくとか、文化的ソフトコンテンツを橋上に添えるみたいな。
ハードウェアとかじゃなくて、ハードウェアとか建物とかじゃなくて。
なるほどな。すごいすっきりしてきてるっていうか。
その50年後のオフィシュー考えられる、考えなきゃいけないんだと思うんだよね。
そう思います。
そういう意味では、時代的なものを見るというか、社会を見ながら、また自分たちが今いる土地の環境を見ながら、
でもそれこそ歴史とかも振り返りながら、何を大切にすべきかというか、どういう方向性に示すかみたいなものを定めておいて、
ただ具体的な表現みたいなのは避けつつ。
5つの自治体が1つになるって、キングダムみたいな感じじゃないですか。
本当ですね。
中国はもうちょっと遠いけど。
中国は統一みたいな。
そうなんですよ。もう全然多分、1つに欧州市って言っても全然違う環境が本当にあると思うんで。
いやー、でもなるほどな。
でも、それを結構ここにいる人たちで決めていかなきゃいけないのも、すごい難しさも感じるというか、そういう楽しさもありつつ難しさも感じるとか、
今いる僕たちでそれを決めるんだみたいなこととか。
いや、でもさ、例えば企業だったら創業者がいるから、創業者が株主であることが多いから、主要な株主であることが多いから、
5年後の成長を約束するのはこの人であるっていう。
失敗しても何でも、失敗しないように頑張るし、失敗しても責任の所在は明らかだけど、
50年後の欧州市だったら10万人いると思うんだけど、その人たちの生活の基盤の責任とかさ、ある1人の個人が背負えないし、
そもそも政治だから自分たちの代表者を送り込んで決めたりしてる若手だし、どうなるんだろうね。
いや、本当そうなんですよ。
個人が責任取れないもんね。
そうなんですよ。しかも計画作っても、それを誰がやるかみたいなことは決められないっていうか、
何て言ったらいいんですかね、やっぱり指名できるわけじゃないから、ちゃんと公正な何かを経て実施する事業者が決まるとか、
実施する個人が決まるとかっていう、どうしても行政の仕事だとそうなっちゃうので、
なんか計画を作って、じゃあこれはあなたたちがやっていきましょうみたいなことも決めれないみたいなのが、
これって計画なのかなっていうか、どうやってこれ実現するんだろうみたいなのもすごい難しいなみたいなのをすごい色々考えたりしたんですよね。
なるほどね。俺好きじゃないキャッチコピーにさ、永遠の日本のふるさと遠野ってキャッチコピーがあるんだけどさ、
それがその50年前に。
すごい有名なキャッチコピーじゃないですか。
50年前に生まれた永遠の日本のふるさと遠野っていうキャッチコピーで、必ず農村の写真とともに、市のポスターとかJRのポスターとか広報物とか大体その言葉が出てくるんですけど、
僕それに反抗してる。反抗してるからすごいファンタジーの作品にしたり、SFの作品にしたりするわけですよ。
ある時代で固定化された風景だけを綺麗として、今起こっていることとか、もっと古いことに目を向けようとしないキャッチコピーに。僕は反抗してるんだけど。
つまりどういうことかと言うと、反抗しなければいけないほど、あれが大ヒットしたコピーでってことなのね。
で、誰か計画を立てた人とかがキャッチコピーライターに頼んだり、みんなで決めたり、みんなでいいねって選んだりして、あれが選ばれたと思うんだけど、
選んだ後にあれを言い出してる人たちって人々なんですよ。別にキャッチコピーを誰に強制されてるわけでもなく、
例えばさ、タバコの葉っぱを作ってる土淵の農家のおじいちゃんだって、遠野は日本のふるさとだからなとかって言うわけですよ。
どっかで聞き覚えてる。
聞きます、聞きます。
言うじゃないですか。で、そういうストーリーというかナラティブというかキャッチコピーというか、そういう物語が本当に大ヒットした結果として、
みんながそういうふうに言うからそういうふうになってるじゃないですか。だから基本計画とか大趣旨の計画も、なんかすごい大ヒットするストーリーというか、
大ヒットする物語みたいなものを考案して、それを一言で表現する言葉が見つかって、鉄器を叩いてるおじいちゃんも、いやー大趣旨はこういうとこだからなって、
30年50年経っても言うような大ヒットコピーが見つかったら、誰が指揮しなくてもそういう方向に行くんじゃないですか。
確かにそうですね。
遠野はね、それが強すぎて、永遠の日本のふるさと感があるんだけど。
本当ですね。
もうちょっとあると思って、それをブレイクスルーしたくて、打破したくているんだけどね。
確かに、やっぱり景色として思い浮かぶのはね、やっぱりふるさと村とか、なんかそういう感じですもんね、いろりがあって、みたいな。
そうね、だからまあ、ヒットしてるね、ヒットしたね。
だいたいヒットしすぎてるから、その内側にいるから、それを僕は内側にいるから壊したいと思うわけだけど、
外から見たら、まあわかりやすいよね、その椅子に座ってる人がもうそこぐらいしかないから。
そうですね、はい、確かに。
だから、編集執筆宮本の仕事ですよ。
本当ですね、僕の腕が問われてますね。
それに、奥州ってさ、奥州市ってさ、つけるときにはさ、なぜその名前に決まったの?今から20年くらい前に。
確かに、いや、こんなにいろいろやってて、全然説明できないんですけど、
でも、たぶん、ついたときの理由みたいなのを、なんとなく見たやつでは、やっぱ道の区奥州の、古い地名じゃないですけど、
その中から出てきてるっていうのはあって、逆に奥州って名前を背負うっていうのは、けっこうバッシングもあったって聞きましたけどね。
なんでお前らが奥州を名乗るんだ、みたいなのはあったっていうのも聞きましたね。
はい、なんでなんですかね、確かに。
あと、水沢が一番人口が多い場所で、水沢っていう地域が一番人口が多い場所なんですけど、
一方で江差市っていう地域も、リンゴとかが有名な場所なんですけど、
水沢江差市?
そうなんですよ。水沢江差市駅っていう新幹線の駅になってる通り、けっこうその2つの、どっちも市くらいちゃんと規模があって、
だからどっちかになるっていうのもけっこう、かなり難しかったみたいで。
細野晴海が作曲してる曲のタイトルは江差市ですよ。
江差市、そうなんですね。
知らない?
知らないです、知らないです。
大森サイトシングってアルバムに入っている曲は江差市ですよ。
へー、そうなんだ。
そういう意味では細野晴海好きからすると江差市の方が有名ですね。
はいはい、そうですね。あと大竹栄一も江差市に住んでたことがある。
ちっちゃい時は住んでたからっていうのもありますけど。
そうなんです、水沢の、そうですね。
あれか、大洲市は氾濫の芽が。
小沢一郎。
小沢一郎ね。
小沢一郎、はい。
氾濫の芽があるんだね、大洲市には。
そうなんですよ、はい。
町が何個も複数あったりする。
もう江差市の人は江差市でしか飲まないし、今でも。
大体が。近所に町があるからっていうことですけど、そんなに反抗心があってってことではないですけど。
まあ、それが便利でね、発展して得られることがあるから。
そうなんですよ、はい、そうなんですよ。
だから、その意味であんまり一体化してないっていうのもあったりするので、すごい難しいけど、確かに面白いなと思って、色々考えてました。
でも、面白い、色んなとこに学んだんじゃないですか?
イライテッドキングラム、イギリスに学ぶとかね。
そっか。
イングランドとスコットランドと北アイルランドとかさ。
確かに。
なるほど、はいはい、そうですよね、まさに真の中国の話もそうですもんね。
そう、スコットランドの人とイングランドの人はいつも仲悪いみたいな、あっちの方言は汚いとかっつって、してるみたいな。
でもなんか、なんかの時には力を合わせるみたいな、わかんないけど。
そうですね、はいはいはい。
欧州市がさ、なんか名前はいいじゃん、ヨーロッパみたいで、イングランドとかさ、イライテッドキングラムみたいな、そういう感じで。
もうそういう売りにしてくと、もう欧州市には5つの小さな国があるんだみたいなさ。
はいはい、いやいいですね。
いや確かに、でもやっぱり笹切さんにもちょっと欧州市の人、あの欧州市の皆さんにも笹切さんの話を聞いてもらう場面を。
やめろやめろ。
作りたいな。
引っ張り出そうと今してるんですけど。
いやまあじゃあ、ゲロ役としてね、外から来る人は仲の人が言えないようなことを言って、無責任に去っていくっていうのが仕事ですから。
確かにそうですね、是非が、なんか1個そういう話ができたらなっていうのを、ちょっと今温めてるネタが1個あって、
ちょっともう終わりに近いので、なんとなくさらっと話をすると、
欧州市に天文台があって、さっき言った水沢っていう僕がお店を構えてて、僕の地元で、国立天文台が1つあって、
そこの職員の方が、その天文台の中にある観測所を世界遺産にしようっていう、動きを起こしたいっていうので、
いろんな飲食店とか、あとライブハウスとかで、その方がその世界遺産にするべきだっていう話を、
なんかトークイベントみたいなのをやって、毎回説明してるんですけど、
なんかそのトークイベントがうまくいかないってその人がすごく言ってて、
みんな楽しく聞いてくれないみたいな、僕はこんなに楽しいのに、みんな難しいっていうみたいな話をされてた。
天文ね。
そうなんですよ、どうやったら、これをみんなが楽しく聞いてるかを相談に乗ってほしいっていうので、
いつもお店に金曜日の夜に来てくださって、僕がお酒を入れて渡して、
僕がお店側でお客さんとして来てくれて、飲みながら一緒に話をしてるんですけど、
今行き着いたのは、やっぱり湖の底で戦争が始まるの中にも収録されてる、
佐々木流さんのシンポジウムで、それこそ東野の歴史医さんのシンポジウムでお話しされた内容とかめちゃくちゃいいよねっていうのを。
その方読んでくれてたんです。
そうなんですよ、その方も読んでくださって、これめちゃくちゃいいですね。
僕が言いたいことはまさにこういうことなんですよ、みたいなのをその方も言っていて。
本当ですか?すごい嬉しいよ。
そうなんですよ。
あの時言ってたのって、歴史が歴史であるためには想像が必要であるみたいなことの中でだと思うんだけど、
俺ね、なんと最近天文に興味がありまして。
本当ですか?
最近読んだんですけど、星の和名辞典。
星ってさ、僕たち陽明っていうか、たとえばオリオン座とかさ、なんとかアルファとかなんとかガンマとかそういう風にならうけど、
当然ながらさ、昔の人たちはさ、そういう言葉では星の名前理解してないわけじゃん。
はいはい、そうですね。
スバルっていうのは星の和名の中で有名なやつなんだけど。
昔の人たちもさ、たとえば海に出る人とか、あるいは農業をやる人とかで、この星を見たら種を巻き始めるとか、
この星を見てれば海で迷子にならないとか、当然ながらその星を見てたわけだから、星の民族学みたいなのがあるのね。
全国の古い星の和名を収集してるので有名な本が何冊かあるんだけど、それを読んでたらさ、半分は科学なんだよね。
やっぱ天文学だからね。
半分は科学の話なんだけど、その星を見て人々は何を暮らして、なんでこんな名前をつけたのか。
こんな名前をつけたってことはそれに紐づく暮らしがあるからその名前をつくんじゃない。
半分はファンタジーとか民族学なんだよね。
本当ですね。
めちゃくちゃ面白くて、星最高だなと思って。
いいですね、確かに。
その方のお話もちゃんと聞いてないですけど、僕は資料を見せてもらって、公演っていうスタイルではないけど、その資料を一緒にお話ししながら聞いて、
すごい面白かったので、すごいいいと思います。
合いそうというか、二人で話していただいたらどんな感じになるんだろうというので、
一応、僕とその天文台の職員の方とのお話では、今年笹切さんを呼びましょうという話を今、僕たちはしてました。
喜んで。
水沢に行く自由を探してます、僕は。
はい、そうなんですよ。
その方も本当にすごい面白いというか、本当にただの飲食店、ただの飲食店って何て言うんですかね。
トークイベントを普段してない飲食店でも話して、なんかその流しみたいに今、世界遺産にしたいという話を。
流しの飲食店?
なんか流しのように飲食店で、今週はここで、来週はここでっていうので、
同じ話を水沢のいろんなお店でしてたりとか、
いいね。
場合によっては、ライブハウス借りてライブハウスで話してるとか。
それさ、歴史実践家じゃないですか。
いや、本当そうですよ。そうですそうです。そうなんですよ。
はい、めちゃくちゃ面白い方です。
それは、いや、それは本当にこう、歴史実践家ですね。
はい、ぜひ出張歴史実践ポッドキャスト、メディアヌップでぜひやりましょう。
いいね、その歴史実践ポッドキャスト、あなたの土地に行って実践しますみたいな。
実践するっていうのは、こっちだけがやるものじゃなくて、みんながやるものがあるんだけど。
確かに、はいはい。
いや、俺最近さ、ちょっと時間も迫ってると思うんだけど、手短に言うと、
ミョウさんがシーザー買ったって言ったじゃないですか。
はい。
で、俺一人でシーザー買った時は一人で喜んだんですけど、
ミョウさんが買ったって言ったら、反射してテンションが倍増して僕のとこに跳ね返ってきて。
本当ですか、はい。
2台目買おうと思って。
すごい、本当に物理的にも倍になりました。
とある場所にね、倉庫と作業場を兼ねた場所を作ろうと思ってて。
これ店舗じゃない上に、倉庫だから貴重品を管理するとこだから、ちょっと場所を明かさない、場所を明かさずにやろうと思うんですけども、
その倉庫兼作業場を作ろうと思ってて。
その作業、何の作業をするかというと、そこにこう全部、全国の紙の資料を送って、どんどんスキャンしてもらうっていうのを。
すごいね。
ちょっとアルバイトをね、アルバイトを採用して、アーキビアン見習いっていう、アーキビアンのサポートしてくれるアーキビアン見習いっていうアルバイトを採用してやろうと思ってて。
それで何をやりたいかっていうと、東の資料は僕頭の中に入ってたりだいたいわかるからもういいんだけど、
まだ知らない地域の、たとえば新潟の歴史とか民話とかを集めて、
もう2、3ヶ月後に何かそれを使ったコンテンツを作らなきゃいけないときには、
ちょっと機械の力を借りて読まないとスピードが追いつかないから、
その全国の歴史を再利用する形にするためのアーキビアンセンターみたいな、ちょっと大げさなんだけど、ただの部屋なんだけど。
はいはいはい。
作り始めてはして、ちょっとねおさんがやるつってか俺もやるかみたいな感じで。
すごいですね。
ちょっと歴史実践家として足場を固めよう。
すごいですね。
本当にポッドキャスト始めたばっかり思い出しますね。
マイクがどんどん増えていくみたいな。
そう機材から。
そうね、もう機材から入るからね我々ね。
はいそうですね。
主はSM7Bか、7Bから入るから。
そうですね。
はい、というわけで。
じゃあちょっと番組の終わりに、珍しく宮本さんに番組の感想をいただこうかなと思うんですけどいかがでしょうか。
いや本当ですね。
でもなんか確かに歴史実践ポッドキャストって決まったみたいに、街でも何かそういうコピーみたいなのが決まると、何かこう方向性も。
ちょっと歴史実践ポッドキャストってかなり細い道、むしろ広い道ですけど、なんかあれな気もするけど。
なんかそういう視点でいろんな人と関わりながらまたできたらいいなっていうのを、はい佐々木さんの話からも思いましたし。
なんかまずは本当に佐々木さん来てもらわないと。
いやでもね、僕はね、宮本さんがその大洲市の計画を通じてね、大谷に並ぶ仕事をする人になるんだろうなと思ってます。
こっちで、スポーツではない分野で大仕事を成し遂げようとされてるんだなって受け取りました。
そうですね、ちょっとなんかそれもうまく説明、短い時間に説明するやつをつけないとって思いました。
なんかあの登壇者の中で、いやもっと大谷タウンにしましょうみたいに言ってくれた方がいたんですけど、
ああそうですねとかつって終わらせちゃったから、なんかすごいひどいことをしてるのにその理由を明かさないってなんか最悪だなと思ったりとか、
ちょっとそれも課題だなと思ってました。
ちょっとそれは抵抗あるな。それは抵抗あるな。
あの、なぜ抵抗あるかというと、変なプライドっていうのじゃなくて、50年を見据えてる世界だから、そういうものじゃないのよ。
大谷50年後プレイしてますか?みたいなことで。
大貞原タウンがあったところで、今誇りに思うかもしれないけど、でも二度と出てこない人でそれやるかみたいなことを。
そうですね、確かに確かに本当ですね。
はい、じゃあそんなことで。
すみません、入ったんです。
話の続きはDiscordでやりましょう。はい、それではまた来週お会いしましょう。おやすみなさい。
おやすみなさい。
Even an immortal might feel this doubt.
Having known love, I feel truly alive.