第23話、江戸時代から続く大滝町の消化だった建物を引き継いだ話。
この暴走文明ラジオではですね、暴走半島にまつわる様々な歴史、文化、いろんな情報ですね、
っていったものを発表していこうっていうふうに考えてやっていたんですけども、
今回はちょっと自分がやっていることのライフログ的なものを撮ってみようと思っています。
というのはちょっときっかけがありまして、
僕がですね、新型コロナウイルスのパンデミックの時代からポッドキャストにハマっていろんな番組聞くようになったんですけども、
その当時聞いていた番組の一つに、ポッドキャスト総研という番組がありました。
クロニクル代表の野村さんと、あと源頭社のですね、したらさんっていう、
ポッドキャストの番組の制作をいろいろ担当されている方のお二人が、
ポッドキャストについて様々に評論するっていうようなタイプの番組なんですけども、
その番組をずっと好きで聞き込んでいたんですね。
実は最近このポッドキャスト総研という番組自体が復活されて、シーズン2ということで新しいエピソードを配信されています。
気になる方はですね、ぜひポッドキャスト総研という名前で検索かけてみて、聞いてみていただければいいと思うんですけども、
ポッドキャストの制作にまつわる話を、それ自体をですね、テーマに掲げてポッドキャストを撮るみたいなことをやっていて、
シーズン2ではですね、シーズン1の時に話していた内容から、さらに今どういう状況に変わってきているのかとか、
そういった視点からも野村さんシタラさんが話をされていたりします。
シーズン2の第2回と第3回だったかな、聞いた時にすごい自分の中でも刺さる話があって、
それは何かというと、そのポッドキャストを一つの記録としても撮っていく、自分のライフログとしても撮っていくっていうような話だったんですね。
そういった自分の経験的なことっていう事自体がポッドキャストと相性がいいと、
そういうのを残していくメディアとして活用していくっていうのも、
一つ求められていることなんじゃないかっていうようなことを二人が話していて、
僕自身もそれにすごい共感するようなことがあったんですよね。
というのは、他の方々の経験談ですとか、仕事の話だとかを聞いて、
いろんなポッドキャストについて感動するっていうような経験が自分もあったので、
なるほどなと思いまして、
ちょっと暴走半島の様々なこととも繋がってくるかなと思いますので、
自分のライフログみたいなのを撮っていこうと、これからやっていこうと思っていたりします。
そんなライフログの一つとして、今回はですね、
2026年3月に私たちが譲渡された千葉県の大滝町の商店街の中にある
奇襲屋という物件に関しての話をしてみようと思っています。
それでは本編に行ってみましょう。
はい、ここからが本編となります。
先ほど申し上げた通り、2026年の3月に千葉県の大滝町にある
奇襲屋という屋号を持った商家の建物を引き継ぎさせていただきました。
具体的に言うと、譲渡契約を結んで譲渡を受けたというような話になるんですけども、
それまでの話とこれからの話っていうのをちょっとこれからしてみたいと思っています。
まずはその前に千葉県の大滝町について簡単に説明したいと思っています。
大滝町の歴史もすっごい面白くてですね、
これはこれでまた別エピソードでちゃんと掘り下げて話をしたいと思ってるんですけども、
大滝町という町がどんなところかっていうのがわからないと、
この後の話が繋がってこないと思うので、
まず簡単にですね、大滝町の話をさせてください。
千葉県の大滝町は坊所半島、長細い形をしてるんですけども、
それの真ん中ら辺にちょうど位置しておりまして、
海に面してない内陸の町になっています。
ただ内陸の町なんですけども、
ここは江戸時代に徳川家康を支えた武将の一人である本田忠勝。
知ってる人には徳川始天皇と一人として有名な武将なんですけども、
その本田忠勝という方がですね、
この坊所に来て、大滝町という城を開いて、
その城の元にですね、
城下町を形成したという歴史を持つ町になっています。
それ以降、江戸時代からずっと坊所半島の交通と商業の中心地の一つとして
栄えてきた町になっています。
江戸時代に描かれた城下町の風景、城下町の地図が残されていまして、
そこには何々町、何々町という形でたくさんの町が描かれているんですけども、
それを見るにすごい大きな城下町が形成された、
千葉県有数の城下町が形成されたところの一つと言えることができるかなと思っています。
江戸幕府が倒れて後も明治時期からですね、
この辺りは商業の中心地としてずっと栄えてきたというような歴史があって、
商店街も城下町だった名残を残しているというようなところになっています。
それだけの歴史を持ったところなんだということですね。
先ほど江戸時代に描かれた地図があると言いましたけども、
そこにいろんなお店の矢号が載っているんですよね。
何々矢、何々矢っていうような感じで。
江戸時代に描かれた地図に奇襲矢っていう風に描かれたものがありまして、
その描かれた場所に今も存在しているというのがこの奇襲矢という建物になっています。
今度はこの奇襲矢を引き継ぐに至った経緯を簡単になんですけども、説明したいと思っています。
今三住鉄道さんと一緒に私たちはイテツブックスという授業をやっておりまして、
その授業の関係で本を置く場所っていうのをいろいろ探しているんですね。
今もいるんですけども、寄贈を受けた本を倉庫に保管して、
その倉庫の中で整理をして作業をして、
マーケットに出したりだとかネットで売ったりっていうようなことをずっとやってるんですけども、
なので、本を保管する倉庫っていうのがビジネスをしているんですね。
今本自体も8万冊以上私たちは保管していて、
なのですごい量の場所が必要になるんですけども、
今、泉市とこの大滝町を中心にして、
5カ所本を置く場所をお借りしているというような状況になっています。
そういう経緯で私たちは本の保管場所としての倉庫を探していて、
その中で私たちが、ちょうど5年くらい前かな、
非常に泉市内でお世話になってた方が、
自分の後輩がちょっと困ってるから話を聞いてほしいっていうふうに、
相談を持ちかけてくれたんですね。
この方はもちろん地元の方なんですけども、
お話を聞いたところ、これは泉市だとか、
この地方、泉坊所の地方でよくある話なんですけども、
相続をされる方っていうのが、町を固定になられて、
別の場所でビジネスをされていて、
生活の基盤も家族の住む家も築いてしまってるっていう状況だったんですね。
実家としてその消化が残っているっていうようなこういう状況で、
自分に回ってきて、それが管理するっていうのが結構大変。
実際にすごい伝統と歴史のある建物ですから、
これは大変だなっていうのを僕も思ったんですけども、
そういったこともあって、私たちが倉庫として、
そこをまずお借りできないかっていうような提案をさせていただきました。
そういったところ、オーナーのお母様が非常に本が好きな方だったという話で、
これは町の方々もしょっちゅう言われるんですけども、
いつも本をお店で読んでらっしゃった方だったんですね。
そういったこともあって、イテツブックスの事業に非常に共感をいただいて、
それだったらということでお店を貸していただいたんですね。
私たちは3年ぐらい前から、そこを本の倉庫として活用させていただいてたというようなことがありました。
なんやかんやいろいろありまして、いよいよどうしようかっていう話を
オーナーの方と一緒にさせていただいて、
そこの物件を譲渡をいただくというような話の流れになりまして、
司法書士の方に頼んで契約書を作成していただいて、
譲渡契約を結んで、譲渡を受けたというようなことが経緯となっています。
この小民家を譲渡契約を結ぶというのは、
都市部の物件の売買契約とは結構わけが違って、
いろんな難しいポイントだとか、面白いことがあったりするんですけども、
戸籍や当本の情報が明治だとか、明治以前の情報が出てきたりして、
すごいなってなるんですよね。
いろいろそういうことがありまして、無事に契約することができて、
2026年の3月に物件の譲渡を受けたという次第になります。
一つ大きなチャンスだなと思って、いろんな背伸びをしているんですけども、
ここを引き継がせていただこうというふうに考えました。
というのは、まず一つ、この奇襲屋の場所っていうのが、僕にとってめちゃくちゃ大きな意味を持っていて、
一つには、私たちが今イテッツブックスっていう事業をやっていて、
イスミ鉄道さんっていう会社とお取引をいろいろしているんですけども、
そのイスミ鉄道の本社っていうのが、この大滝町の大滝駅というところの真横にあるんですね。
その大滝駅から歩いて見えるところに、歩いて行けるところにですね、
この大滝商店街っていうのがダーンと横に伸びていて、
今もその姿を残し続けているっていう場所になっているっていうのが一つ大きなポイントです。
さらにこの奇襲屋は、その商店街の中心、ほぼ中心、いろんな見方あると思いますけども、
地理的な意味で中心にありまして、
古くから大滝町に住んでいる方々にとっては、
誰もが知っているっていうお店の一つになるのかなと。
今までいろんな話を聞いてきた中で、この奇襲屋さんを知らなかったって方いらっしゃらなかったので、
あそこかって言えばあそこかって言ってもらえる場所、その場所としての意味を持っているところだなと思いまして、
2つの意味でこの場所を守り続けていくっていうことには、非常に大きな意義だとかチャンスがあるのかなと思っています。
ここからはちょっと、このお店を引き継いだことによって何がしたいのかっていうのを話してみたいなと思っているんですけども、
引き継いだ以上は、それを守り続けていかなくてはいけないので、ここで何かしらいろんなことを始めてみたいなと思っています。
まずはイテツブックスの事業の一環として、ここで本に絡んだビジネスを展開してみたいなと思ってはいるんですけども、
一方で、それでお金的な意味で回していけたらなというのはもちろん思っているんですが、
もう一つ、僕はここを大滝商店街っていう商店街がある中で、ここに人を寄せていく、集めていく。
そして、その人たちが新しいことを始めていくっていう場所の一つにしたいなと思っていまして、
いろいろ考えていることがあったりします。
最近、実は長野県の諏訪市にあるリビリーディングセンターっていうところを見学しに行ったことがありまして、
有名なところなんで知っている方多いと思うんですけども、通称略称リビセンって呼ばれることが多いんですが、
長野県の諏訪市を中心にいろんなところでリビリーディングセンターっていう活動をされているところの本拠地に行ってきたんですね。
このリビリーディングセンターっていうのは、いろんな空き家、小民家などから出てくる屋根瓦だとか柱だとか火材道具だとか、
いろんなものを再生させて別のことに使っていく。別の物件で役立たせていくっていうようなことをやっている場所なんですね。
詳しくはインスタグラムだとかでリビリーディングセンタージャパンかっていうのを観察してみていただければと思うんですけども、
ずっと昔から行ってみたいなと思っているところで、実際に行ってきて本当に良かったんですけども。
今、私たちがやっていることの参考になるようなことっていうので、いろんな旅行の時に見に行ってたりするんですけど、そのうちの一つがこのリビセンで。
思ったんですけども、やっぱり商店街って何かしらその強さをまだ持ち続けてるなって思ったんですね。
このリビセンも昔からある商店街の中に存在してるんですけども、行ってみたら平日にもかかわらずたくさんの人が訪れていて、人を吸い寄せてたんですよね。
そういう活動自体が素晴らしいので人を吸い寄せるっていうことももちろんあると思うんですけども、
プラスアルファでやっぱりこの場所の持つ魅力っていうのが、人を歩かせる力になるんじゃないかなと思ってたりします。
他にもいろんなところで今、面白い動きみたいなのが起きてまして、
全部紹介してるとキリがないので今後で終えますけども、
そういう様を見てきて、大滝町でそれやれるかなと思ったときに、僕はやれるんじゃないかなと思っているんですよ。
ご多分に漏れず、いわゆるシャッター商店街っていう形でシャッターを下ろされてるお店が多い商店街ではあるんですが、
ただ、場所の持つ力みたいなのはまだ失ってない場所の一つだなと思ってまして、
なんかそれを自分たちが少し貢献できるようなことがあるんじゃないかなと今考えてたりします。
人口だけで街の力っていうのが測れるわけではないんですけども、
大滝町もですね、ご多分に漏れず、今人口だけで言うと、街の人口が8000人を切ってしまっている状況なんですね。
結構広い面積を持っている街にもかかわらず、人口8000人です。
このままいくと、やっぱり街の経済だとか、学校の教育だとか病院のことだとか、立ち行かなくなってしまうっていうのが未来的に見えているところの一つだと言えるかもしれないんですけども、
だからこそ、何かしら新しいことをやり始めないといけないというふうに思えるのかもしれないなと思ってまして、
奇襲屋というこの場所を、僕は意味を持たせたいなというふうに思っているんですね。
その意味っていうのを今ちょっといろいろ考えているんですけども、3つちょっとやってみたいと思っているキーワードがあります。
一つが交点、交わる点と書いて交点ですね。
もう一つが起点、起きるっていう字に点、起点です。
もう一つが支点ですね、支えるに対して点。
この交点、起点、支点っていうのをこの大滝商店街の中に作れないかっていうふうなことを今考えていたりします。
交点はわかりやすく人と人、あるいは人と街、あるいは歴史だと歴史とか文化と人っていうのが交わる場所という意味での場所ですね。
大滝には大滝高校っていうですね、高校もありまして、そこに通う高校生だとか、
要するに高校生っていうのは若者ですから、若者がまだいる場所になるんですよね。
そういった子たちが街に対して何かできないかっていうのを考えたりするようなところっていうのが、
例えば作れないかなとか、そういうことを考えたりします。
次は起点ですね。
起点っていうのはスタート地点というふうに言い換えてもいいかなと思ってるんですけども、
大滝で何か始めたいっていうことを考えている人がですね、最初に訪れる場所みたいな、スタートポイントみたいなところを作れないかなと思ってたりします。
ありがたいことに、いすみ市周辺も含めて、今、僕らの周りにはいろんな新しいことを始める人たちがいて、
すでに新しいことを始めて、何十年もそれを頑張り続けているっていう人もいて、いろんなネットワークが形成されつつあるので、
こういったネットワークと接続できるような起点ですよね。
スタート地点っていうのができたら、それ自体が新しい人を引き寄せるポイントになるんじゃないかなと思ったりします。
最後に支点ですね。支える点。
これはテコの原理みたいな話になるんですけども、
僕らもそうだったんですけども、何か物事を始めるって、始めることよりも始めた後の方が大変なんですよね。
最初はですね、元気があるので、力技で何とかしようってなるんですけども、どっかで必ずこういうのって限界が来るんですよね。
自分の力だけで何とかしようってすると限界が来る。
そういった時に、テコの原理みたいに力点と支点ですよね。
力点だけで頑張ろうとすると膨大な労力というのがかかるんですけども、
それが支点があることによって効率的に、少しの力で大きなことを成し遂げるということができるようになるのかなと思ってまして、
そういった場所も必要じゃないかなって街にはですね、さっき思ったりするんです。
こういった、その好点、忌点、支点っていうところがあれば、まだまだ新しいこと始められるぞっていうその余地があるのも田舎の良いところで。
特に大瀧町は観光で訪れる方も多いので、まだまだできることはいっぱいあるんじゃないかななんて思ったりするんですよね。
そういう場所がもっと増えればいいなっていうふうに思うので、自分たちがそれをやってみるっていうのも一つあるかなと思ってたりします。
先ほど長野県の諏訪市にあるリビルディングセンターに行ってきたって話をしましたが、
そこにそのお店の中にですね、たくさん書かれてたことがあって、
それは何かというとレスキューっていう文字だったんですね。
いろんなものを空き家だとか、これから取り壊すっていうところから取ってくるっていうこともレスキューっていうふうに表現されてましたし、
その陳列されているものを買うっていうこと自体もレスキュー。つまり救うことっていうふうに書かれてたんですね。
僕はそれにすごい衝撃と感動を受けまして、
残すことっていうのは救うことなんだっていうふうに自分の中で紐づいたんですよね。
この考え方をとると、また新たな力を古いものに対して持つことができるんじゃないかなと思っていて、
これがさらに僕の頭の中では歴史っていうものとも近づくなと思ったんです。
今の時代もAIだとか、新しい最先端の技術で新しいものっていうのはどんどんどんどんこれからますます加速度的に作られていくようになるなと思っているんです。
それは何もちっちゃいものだけではなくて大きな建物もそうだと思っていて、
実際東京なんか行くとビルがどんどん建ってるんですよね。ものすごいスピードで建ってる。
新しいものがどんどん建っていくっていう世界になると思ってるんですけども、
一方でそういった建物が歴史をどれだけ持ってるかっていうと、
建った瞬間は当然ながらどんな建物でもゼロ年からのスタートになるんですよね。
先ほど木札の話も出しましたけど、歴史って人間が新しく作り出せないものの一つじゃないかと思うんですよ。
もちろんスタートさせるってことはできるんですけども、
200年のものをコピー&ペーストしたら200年のものができるっていうようなことが不可能なんですよね。
その年月を重ねないことにはそれが達成されない。
つまりはそういったことに対して意義だとか意味を持つと感じる人たちって一定数いて、
そういったところに集まってくるっていう人たちも必ずいて、
それを残し続けてること自体に価値を生み出していくっていうことができるんじゃないかなと思うんですよ。
観光でもよく歴史があるところに観光地となって人が集まっていくっていうことが起こっているわけで、
それは観光地だけではなくて、物だとかことに対しても同じようなことが起きていく。
文化、伝統とか芸能だとかそういったこともやはり歴史があることによって価値を人々が感じるようになるっていうことだと思うんで。
なんかこの辺りの残すっていうことが救うことであり、
残すっていうことが歴史を保存することであるっていうふうに考えていくと、
何かまた街のあり方として新しい考え方をできるんじゃないかなと思ってたりします。
よく街づくりでこんな新しいものができたとかこんな新しいことが始まったって地方創生の文脈でもよく語られるものだと思うんですけども、
一方でその残すっていうことに対して別の見方っていうのをもっと僕たちは持ってもいいんじゃないかなって思ったんですよね。
そのリビセンのことを通してですね。
その残すっていうことがネイブアクティブではなくポジティブに考えるためには、
残すっていうことに対してそれが救うことになるっていうポジティブな意味をどんどんどんどん付与していって、
さらにそれがいろんな経済的にもビジネス的にも実はめっちゃすごいことなんだよみたいなことが人々がわかってくれば、
また新たな一手みたいなのが街の復活のためにできる一手として浮かび上がってくるんじゃないかなと考えてたりします。
こんな大きなことを考えても実行できなければしょうがないので、
日々一つ一つですね、残していくための必要なことっていうのを実現、実行していかなくちゃいけないんですけども、
やっぱりですね、江戸時代から続くような消化を引き継ぐっていうことになって、
どうしていけばいいんだろうっていうのをいろいろ考える契機にもなったので、
ちょっとそんな大それたことを考えてみたりしました。