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スピーカー 1
一度は完結したメディア後輩期なんですが、どうしても話したいテーマを見つけてしまいまして、今回第5話を再開させることにしました。
今回ゲストにお招きしたのは、第39話でゲストに登場したGOTLプロジェクトの副監督モリウチさんです。
モリウチさんはライブドア時代の同僚でもあります。久々に懐かしい話をしてみたいと思います。
メディアヌープ
(拍手)
こんばんは、佐々木悠です。
こんばんは、晴耕雨読というニュースレターをSubstackで書いてます、morichinです。
ようこそいらっしゃいました。
どうも。
もうかなり久々の登場だと思うんですけども。
スピーカー 2
去年の夏以来ですね。
スピーカー 1
去年の夏ですね。ただ私と森内さんは週に3、4回ぐらいオンラインで声を聞いたり顔を合わす機会があるんで。
はい、全然日常な感じをするんですけど。
僕らの間では日常な感じをするんですけども。
そろそろゲストに呼びたいなと思うきっかけがありまして。
これを撮っている今日は3月12日なんですけども、昨日が3月11日だったんですよね。
3月11日といえば東日本大震災の日なんですけども。
毎年この日に僕、森内さんのこと思い出すんですよね。
スピーカー 2
ああ、あれね。
スピーカー 1
そうそう。あれは2011年の3月11日の午後2時46分だと思うんですけども。
西新宿のビルで森内さんと私で同じ会議に出てたんですよね。多分社内会議なんで。
2人っきりでしたっけ?あともう1人で3人でしたっけ?
スピーカー 2
3人か4人いたと思います。
スピーカー 1
あん時地震があった時に森内さんと言い合わせて行って、みんなで慌ててビルの階段から下窓を入れて、
26階から下りて、僕はそのまま揺れが落ち着いた後に荷物取りに戻ったんですけど、
森内さんは確かそのまま京都に行かれて、行かれてそのままでしたっけ?どうでしたっけ?
スピーカー 2
補足すると、その時は東京で働いてたんですけど、京都が自分の地元に近いところで、帰る家が京都にもあったんですね。
ちょっと今佐々木さん、誇張しましたけど、一旦オフィスには戻りましたけど、
あ、そうでしたっけ?荷物は取りに行きましたっけ?
ただもう、金曜日だったじゃないですか、土曜の始発の新幹線で東京から脱出して京都に帰ったっていう。
スピーカー 1
ですよね。しかも一時的に帰ったとかじゃなくて、以来、今日に至るまで、暮らし方、働き方が、あの日を境に変わっていると。
スピーカー 2
ただ、あの日を境にというか、もともとそういうことがお考えになってたと思うんですけども、
スピーカー 1
具体的な行動としてあの日から変わったという。
スピーカー 2
そうですね。そういう人は他にも多かったとは思うんですけど、
スピーカー 1
いや、そうです。
スピーカー 2
東京でずっと働くものじゃないなって、ぼんやり思ってたものが、もう明確な理由というか、言い訳ではないですけど、きっかけができて、
そこから先は、インターネットの仕事っていうのは続けたかったし、続けてるんですけど、
東京じゃなくてもできる方法っていうのを考えるようになったきっかけではありましたね。
スピーカー 1
なぜそれを毎年思うかといったの?
僕も本当はそういうことをしたかったんですけど、その時はそういうことできずに、
あれから何年も経って、コロナになって、リモートワークが普及して、
自分もそういうふうな働き方を選べるようになった後には、もう以前のあれには戻れなくなって、
スピーカー 2
その時のリーダーが佐々木さんで、僕もメンバーで、あと何人かメンバーがいたので、見に行きましたね。
スピーカー 1
あの映画の公開が2010年だから、さらに震災よりも古い話なんですけど、
みんなで見に行ったのを思い出して、思い出したら忘れたことをいっぱい思い出しまして、
なぜ忘れたかというと、
Facebookの評判が、やっぱりこの10年とは言いませんが、2016年くらいを最初のピークとして、
7年くらい基本的にはずっと悪いと思っているんですね。
特にメディア業界とかニュース業界、私がいたようなニュース業界からすると、
すごい評判が悪い会社というかシステムのサービスなので、
ポジティブなイメージで思い返すことが7年くらいなかったんですけども、
2010年の時は、もっとキラキラしてたというか、今と全然違う風に思っていませんでした。
どうですか?あまりにも昔話したから、覚えているかわかんないですけど、覚えてますか?
スピーカー 2
もちろんです。でもすごく今、歴史は繰り返すじゃないですけど、
その頃インターネットは悪い方向に行こうとしているという、
悪の存在というか悪の現況みたいなものがあって、それをこの新しいまだ20何歳の青年がやっている
ソーシャルネットワークが変えてくれるかもしれないみたいな時がまさに2010年、2011年、
FacebookがデベロッパーズAPIとか作ってた時ですよね。
そうですね。
何がその時悪いものと言われていたかというと、匿名のコミュニケーションだったんですよね。
Twitterだったり、まだその頃にちゃんとかもまだそこそこ悪いイメージとかありましたし、
匿名のインターネットはダメダメという中で、
じゃあ実名なんてできるのかっていうのも含めて出てきたFacebookっていうのが、
実名というのを持ち込むことで何かゲームチェンジャーになるかもしれないとか、
どっち基本的には良い方向、ハッピーな方向にしてくれる、
リアルとネットのバーチャルというものを良い形で繋げて秩序をもたらすかもしれないっていったのが2010年とか2011年だったり。
スピーカー 1
いや、あの辺でしたよね。
スピーカー 2
震災が来て、もちろん会議中断になって、下にみんなで降りて、しばらく上上がれないなっていうときに、僕と峰尾さんと、多分佐々木さんもいたと思うんですけどは、
避難したカフェみたいなところのテーブルでAnchorの会議の続きしてましたからね。
それくらい真面目にやってた。
スピーカー 1
確かにね。正常化バイアスが強くて、大変なことが起こってもどうにかなるだと思っちゃうんですよね。
スピーカー 2
そうそうそう。とりあえず会議の続きしようって言って、ドキドキしながらすると思います。
で、どんなサービスだったかというと、細かいところはまたリンクを貼ったりすればいいとは思うんですけど、
キャッチコピーが「マジレスプラットフォーム」っていう。
スピーカー 1
懐かしい、懐かしい。時代を感じますね。
スピーカー 2
そうですね。マジレスって言葉が、何かに対するアンチテーゼというか、オプションとして通用してたっていう感じですよね。
正しく言うと、日本の未来から思い出のアニメまでマジレスニュージャネレーションアンカーですね。
恥ずかしい。
ちなみに、その資料はどこから出てきたんですか?
もちろん今アンカーってサービスなんですけど、閉じる時に思い出としてたくさんキャプチャーを僕とったんです。
スピーカー 1
なるほど。それがちゃんと。
スピーカー 2
それはやっぱりサービス担当者、生みの親としては親心がありますからやりますよね。
僕のアンカーホールダーの方から頂きましたね。
スピーカー 1
いやー、今思い出してきました。どんどん思い出してきました。
当時あんだけゴリゴリとFacebookのAPIを使ったサービスで、しかもゲームじゃない領域で。珍しかったですよね。
スピーカー 2
そうですね。それは純粋にウェブ開発者として楽しくてしょうがなかったですね。
スピーカー 1
懐かしい、懐かしい。結果どういう風になったんですか?議論できたというか、どんなトピックが集まったんですか?
スピーカー 2
それもですね、トピック一覧のキャプチャーを僕は大事に撮っているので、見ると、さっきお話したように、議論を真面目というか議論をする場所を作りたいという形で、
開発者としてはそういう思いで作ったところはあったんですけど、さっき言ったように機能としてどんなものでも引用できるような機能を持ってたんですね。
言ったらタンブラみたいなものができたので、あの頃って本当にインターネット業界の人が新しいサービスがあると、
いかに俺が早くこれを使いこなしてブログに書いたりとかするかみたいなのがあったので、
そういう人たちが、ありがたいんですけどね、使ってもらうときにどんどんいろんなものを画像とかYouTubeとか動画とかを引用しだして、
なのでその議論をするというよりは大喜利みたいになってきてですね。
大喜利って言うとちょっと軽くすぎですけど、一番人気があったトピックが「死ぬまでには一度行っとけ」という場所を教えて、
「昔使ってたミニ四駆って何?」「浦上春樹で好きな短編あげてけ」「日本最高の温泉ってどこ?」
「バンド経験者の皆さん、初めてバンドでやった曲は何でしたか?」
なんかほのぼろしてますよね。
スピーカー 1
議論っていう感じじゃなく。
スピーカー 2
そうなんです。当然そういった話でも議論はできると思うんですけど、
結構画像だけ貼ったりYouTubeだけ貼っていく人がすごい多くて、
スピーカー 1
だから、懐かしいなと思ったけど、忘れてたな。
スピーカー 2
思い出したんですけど、その頃ってFacebookはモバイル化をすごく遅れていて、
戦いだったというわけではないですけど、
ネイティブで作ろうとしたり、ウェブで作ろうとしたりして、結構失敗があった時期で、
まだまだデスクトップの方が強かったっていうのと、
あと広告のAPI、というかFacebook Asっていうのが出てきたのも、
ちょうどこのアンカーが出る時だったんですよ。
これも終わってるサービスなので話していいと思うんですけど、
アンカーってそんなに予算もなかったし、別にプロモーションとか広告もしなかったんですけど、
Facebook広告を使って何かをやってみる予算だけは与えていただいていて、
なので、今さっき話したような、昔使ってたミニ4駆とか、
全国のおすすめのカレーアを押してくださいみたいなのを、
僕はできたばっかしのFacebook Adの単理画面からターゲッティングして、
Facebookユーザーのフィードにカレーアの話とか、ミニオンクの話が出るようにして、
ある意味Facebookを汚してたような気がするんですけど、
でもその時も全然ネガティブな気持ちはなくて、
こんなこともできて、こんだけインタレストグラフが自動で形成されて、
こんなに気の届いたところにコンテンツを届けることができるんだ、
スピーカー 1
すごいなって思いながらやってました。
いやー、思ってましたよね。
後にそれがケンブリッジ・アナリティカの問題とかなんとかっていう風に、
ものすごく悪用されて影響力があんなに悪い方になるっていう。
その時はそんな風に思わずに、
インタレストグラフってこうやって使えるんだ、しかもそれ開放して僕らも使えるんだ、
みたいなことが面白がってましたよね。
スピーカー 2
そうですね。まだ全然、その時の会社ですらまだこれから使いこなす段階だったので、
Facebook広告のことは森内さんに聞いたらいいとかって、
スピーカー 1
社内で色々教えたりしてたのを思い出せました。
いやなんか、Facebookがあまりにも返信が早いから、すっかり記憶から遠ざかってましたけど、
あの時は確かにそうだったし、さらにその2年ぐらい前で言うと、
まだニュースフィードができる前のFacebookをギリギリ触りました?
スピーカー 2
あのアカウントは作ってました。
スピーカー 1
ボード?ボードっていうか、友達のとこまで行って書き込みに行くみたいな感じでしたよね。
スピーカー 2
そうですね。名前を付けて書くとその友達のとこに出てみたいな感じでしたよね。
スピーカー 1
Twitterを真似したニュースフィードができる前の、
むしろMixiの持ってる機能よりも低いというか、自分のホームだけで全部の情報がわからなくて、
人のとこまで行って見に行かなきゃいけないみたいな。
スピーカー 2
そうですね。大学生が自分のプロフィールを作って、気になる女の子にポークするみたいな、そういうサービスでしたよね。
スピーカー 1
ポーク、そうそうそう。そうそうそうそう。
それが最後ギリギリちょっと触れて、会社の中で「Facebookいっぱい使おうよ」って言って、
僕とかも、レイジさんとかが一生懸命使って、なんでこんな使いづらいものを使わなきゃいけないの?みたいなことを言われながら、
そこそこ使いやすくなって、ニュースフィードができて。
なんかそんなことしてましたよね。それは2010年くらいだった。
スピーカー 2
宇宙は暗い、暗黒森林のようになって、人はたくさん10億人いるはずなのに、いることが存在しているということがリスクとなって、誰も何もしなくて様子を伺うようになっているみたいな話なんです。
まさにその3体の第2部を読んだ人だとよくわかると思うんですけど、何か自分がここにいるよっていう信号を発信すると叩かれてしまうという、そういう話なんですよね。
3体の第2部は。
スピーカー 1
いや、これ見事な比喩だなと思いましたね、僕が聞いたとき。
3体読んだことない人向けに、今日をそがないように説明すると、3体ってSF小説なんですよね、世界的な大ヒットした。
その第2部、第2作目が、ダークフォレストっていう暗黒森林というタイトルなんですけども、これが何の概念をやっているかというと、
もしこの宇宙に人類以外に高度な生命体、宇宙人がいたんであれば、必ず連絡を取り合ったり、コンタクトしたり、ネットワークしたりしてるはずだと。
なぜこんなに広い宇宙、他に絶対知識生命体いるはずなのに、人類というかそれぞれの生命体が孤独なのか、説明がつかないじゃないかという時に、
それを説明する方法っていうのが、なぜなら高度に技術が発達すると、お互いの動きというか、位置とか考えとかっていうものが、かなりハイレベルに補足されるから、
不用意な行動をとると、殲滅させられてしまう。だから高度な生命体はいるんだけど、高度になればなるほどお互い息をひそめるようになるので、故に他の生命がいるということをお互い気づかないんだ。
だからそれっていうのは、暗い森に引きこもるっていうか、そういう状態なのだっていうふうに説明する言葉が、ダークフォレストなんですよね。
それがまさにSNSとかネットワークとか張り目が出されても、みんなどんどん、実はそういう暗い森に引っ込んでいくんじゃないかみたいな、費用として僕見事だなと、2019年登場を思ったんですけど、
それからさらに3、4年が経ちまして、僕見事に暗い森に引きこもってますもんね。ニュースレターもそうだし、ディスコードもそうだし、ポッドキャストもそうだし、なぜかそれらのインターフェースが全部ダークモードなんですよね、ディスコードも。
スピーカー 2
そうですね、ダークモードでやってますね、新しいサービスほど。僕、新しいサービス全部ダークモードでやってるんですよ。僕もそうですね、ディスコードは黒いけど、フェイスボックスは白いですね。
スピーカー 1
もうね、完全にもうダークフォレストにきてるんですけど、僕ね、ダークフォレストの共通点感じたことがあって、広告がないんですよ。当たり前ですよね、スポティファイにも、スポティファイっていうか、ポッドキャストにも、ディスコードにも広告ないんですよ、ニュースレターにも。
だから本当にこのダークフォレストに引きこもるっていうのは、本当に見事な例えであることが、その時も思ったし、そのあと数年経って本当に自分その通りに行動してるなと思って、改めてビリビリときましたよね。
僕が2021年に自分のニュースレターで書いたときは、実は今思うとちょっとまだ浅いところでダークフォレストだなって思っていて、特にフェイスブックが廃れていくというか、全然今も見ているし使ってるんですけど、やっぱり情報量がすごく減っていて、佐々木さんとかもほぼほぼフェイスブックではホストしないじゃないですか。
スピーカー 2
何も書いてないですね、ほとんど。
スピーカー 1
別々の人にいろいろあると思うんですけど、結局残っているものは広告系とセルフブランディング系みたいな。
あと年賀状?新年の挨拶、転職しましたとかね。
スピーカー 2
まあ、暗い森の話でいくと、今佐々木さんがおっしゃったこともそうですし、元のブロガーのヤンシー・ストラクスト・リックラーさんのブログを見ても、主題、彼が言いたかったことっていうのは、今の広告とかデータを食われて捕食される状態を嘆くのが大事。
そのことが大事。自分が暗い森の中に引きこもって活動していることに対して、2019年にこのままで私はよす手人になって大丈夫なんだろうかっていうところで終わっているんですよ。
スピーカー 1
そうかそうか。その時はこれでいいのかだろうかっていうことに不安だっていう結びトーンなんですね。
スピーカー 2
そのまま読むと、検索エンジンにインデックスされず、最適化されず、ゲーム化されない環境だからこそリラックスした対話が私はそこだけでしかできなくなっている。
その時は彼のときはそれがポッドキャストとかニュースグループだったらしい。
本当ですか。
まだディスコードとかウェブスリーはなかったので、主にポッドキャストとニュース系らしいんですけど。
彼はインターネットの主流から撤退し、暗い森にシフトすると主流での影響力を失ってしまう。これでいいのだろうか。
そのが2019年なんです。
スピーカー 1
なるほどね。面白いですね。
スピーカー 2
面白いですよね。今読むと。
スピーカー 1
いや、すごい面白いなと思ったのが、主流に置いていかれるっていうことが恐怖に感じる。
私はこのままではいいんだろうかと。
例えば、そうじゃない同僚たち。
例えば、Facebookにガンガンつながって投稿してGoogleに検索されるような場所にどんどん書いている人たちに比べて、
自分の影響力とか自分の何かが相対的に弱まっちゃうんじゃないかと不安を感じたということですよね。
今だとそういうことを感じずに済むくらい、暗い森があったかく広いくなってる気がするんですけど。
スピーカー 2
そうなんですよ。2019年に自分が書いた時はそこまで見てなくて、そういう結びだったんだというのを今さっき知って、
であれば今の感想としてはそれは暗い森ではないなと思ったんですよね。
なるほどね。
捕食されるような危険な大宇宙みたいなものは今もあるけど、
それとは別に彼が暗い森って言ってるような小さなコミュニティだったり、つながりだったりというものがいろんなところにあるし、
その中で生きていくことに対して、そんなに今の私たちはネガティブな気持ちは持っていないから結構変わったなと思ったんですよ。
スピーカー 1
その暗い森でつながりなくボツンと取り残されて、固く冷たくなっていくみたいな感覚ないですもんね。