1. 名谷教会 podcast
  2. 2012/07/08:聖日礼拝(旧音源)
2012-07-08 42:14

2012/07/08:聖日礼拝(旧音源)

2012/07/08 聖日礼拝(旧音源)


00:00
ご着席ください。 聖書朗読をしていただきます。
信友玲子姉妹に、マルコの福音書5章の11節から20節までお願いします。
ところで、そこの山北に、豚の大群が飼ってあった。 彼らはイースに願っていった。
私たちを豚の中に送って、彼らに乗り移らせてください。 イースがそれを許されたので、
穢れた霊どもは出て行って、豚に乗り移った。 すると、2000匹ごとの豚の群れが、
険しい崖を駆け下り、湖になだれ落ちて、湖に溺れてしまった。 豚を飼っていた者たちは逃げ出して、
町や村々で、このことを告げ知らせた。 人々は何事が起こったのかと、見にやってきた。
そして、イースのところに来て、悪霊に疲れていた人、すなわち、 ビギオンを宿していた人が、着物を着て正気に帰って座っているのを見て、
恐ろしくなった。 見ていた人たちが、悪霊に疲れていた人に、
起こったことや、豚のことをつぶさに、彼らに話して聞かせた。 すると、彼らはイースに、この地方から離れてくださるよう願った。
それで、イースが、船に乗ろうとされると、悪霊に疲れていた人が、 お供をしたいと、イースに願った。
しかし、お許しにならないで、彼にこう言われた。 あなたの家、あなたの家族のところに帰り、主があなたに、どんなに大きなことをしてくださったか、
どんなに憐れてくださったかを知らせなさい。 そこで、彼は立ち去り、
イースが自分にどんなに大きなことをしてくださったかを、 デカポリスの地方に言い広め始めた。
人々は、みんな驚いた。
ありがとうございました。 聖火隊の方に賛美していただきます、新聖火212番。 その後、内田牧師より、家に帰ろうと題して、メッセージしていただきます。
お祈り申し上げます。
03:41
お祈り申し上げます。
お祈り申し上げます。
お祈り申し上げます。
お祈り申し上げます。
06:13
皆さんおはようございます。
今日も、こうして礼拝を捧げ得る特権を感謝をしております。 今日もまた、御言葉をいただきます。
その前に一言お祈りをさせていただきます。 主イエスの御側に隠れがあり、
主イエスの御元に休み場あり、 主イエスの御元に慰めあり。
天の神様、賛美いたしましたごとく、ここに愛があり、 ここに主イエス様がいてくださることを覚えて皆をあがめます。
私たちはイエス様のおられるこのところに帰って参りました。 あなたを慕い、あなたを今日もあがめて、そして賛美を捧げます。
また私たちの心からの礼拝をあなたにお捧げいたしますから、 主をどうぞこれを清めてあなたがお受け取りくださるようお願いをいたします。
それぞれの歩みは異なりましたけれども、 また場所と時を一つにしてここに集い、あなたを今礼拝しています。
どうぞ私たちの一人一人の魂をあなたが探って、 そして慰めを与え、また休みを与え、そして心に平安を与えてくださるように。
また新たなる礼の注ぎを与えて、 ここからまたそれぞれにお使わしくださるようお願いをいたします。
御言葉を通して今日も主御自身がお語りくださるようお願いをいたします。
今日ここに来れなかった兄弟姉妹方のことを覚えますが、 主をどうぞまたここにお送りくださるように、
共に礼拝を捧げる時が来ますように信じて祈ります。
また先週来てくださった一人一人も、 またその場にあって神様を覚えて、
そしてこの作り主なるお方、 そして巫女イエスキリスト、聖霊なるその三味一体の神をまた信じるその時が来ますようにと、
また礼拝にも来てくださることを信じて今祈っています。
今日もまたあなたに賛美とまたこの礼拝を捧げて、
そしてあなたと共に歩むその日々が幸いであることを確信してここを出ていくことができるようにお導きください。
今から御言葉をいただきますが、その御言葉を通してあなたが今日語ってくださるそのお声に耳を傾けることができるように一人一人を支えてください。
09:05
語るしもべを憐んで最後まで支えてください。
ゆだねて主キリストの皆によってお祈りいたします。
アーメン。
先週それぞれが過ごしましたが、私はどうしても一つの映画を見たくて見ました。
DVDを借りて見たんですが、何度も見た映画なんですが無償に見たくなってそれを見ました。
英語のタイトルはSister Act。
日本語のタイトルは天使にラブソング。
もう見るたびに感動するというんでしょうか。
ご覧になった方もおられると思うんですが、あの映画はレンタルビデオ屋さんに行くとコメディのところにあるのでそのあたりを探してくださったらいいんですが、
私のような立場であれを見るときに、教会への本当に通列なメッセージを覚えるんですね。
ストーリーを言うつもりはないんですけれども、歌を通して、まずシスターたちが変えられ、教会が変えられ、そして町が変えられ、
そしてみんな一人一人が神様を覚えて、そして新しい生き方を始めていくという、そういうお話なんですけれども、教会が本当に変わっていくというその様をわざわざと見せられ、
そして私たちの教会、日本の教会、あるいは世界の教会がどうだろうかというようなことを考えさせられ、そしてまた励まされるということを覚えたわけであります。
また良ければ皆さんも見ていただいて、何かそこから汲み取っていただいて、私たちの在り方、一人一人の生き方、あるいは私たちは教会というところに集う一人として、今後どういうふうにしてそれを導いていってくださるのかというのを趣にお願いながら、
歩んでいきたいとそう思うわけです。
今日はマルコの福音書の五章の十一節から二十節を読んでいただきましたが、実はこれの前半のところ、これを読んでおかないといけないと思いますので、五章の一節から十節のところを一緒に読んでおきたいと思います。
12:11
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思うわけですエペソの六章の十 節から読みますのでまた機会が
あれば開いてくださって今は聞 いてくださっていいかと思います
が終わりに言います種にあって その大能の力によって強められ
なさい悪魔の策略に対して立ち向かう ことができるために神の全ての
武具を身につけなさい私たちの 格闘は血肉に対するものではなく
主権力この暗闇の世界の支配者 たちまた天にいる諸々の悪霊に対する
ものであるですから邪悪な日に 際して対抗できるようにまた一切
を成し遂げて固く立つことができる ように神の全ての武具を取りなさい
21:04
神の武具を私たちは身にまとって そして悪の霊に対抗しなさいしっかり
と立ちなさい腰には真理の帯を 締め胸には正義の胸当てをつけ
なさい足には平和の福音の備え を履きなさいそして信仰の大盾
を取りなさいそれによって悪い ものが放つ火矢を皆消すことが
できます救いの兜をかぶって御玉 の与える剣それは神の御言葉それを
受け取りなさい全ての祈りと願い を用いてどんなにもどんな時にも
御玉によって祈りなさい祈りなさい これが悪魔に対抗し得る私たちの
対処法そして神の武具さえ持って そして対抗するならば必ず勝利
できるのだそのように教えられている わけです この五章の一節から二十
節の中で一つはイエス様が悪霊 を追い出しなさったそしてこの
追い出された悪霊が出ていった その男の人は正気に変えたということ
これは本当に幸いなことである そのように思うんですがきょうは
この中で特に十八十九二十節の ところから示されていることを
一緒に分かち合いたいと思うん ですが正気に変えた本来の姿に
変えたこの男の人が十八節イエス 様が船に乗ろうとされたときに
悪霊につかれていた人がお供を したいとイエスに願ったしかし
お許しにならないで彼にこう言われた あなたの家あなたの家族のところ
に帰り主があなたにどんなに大きな ことをしてくださったのかどんなに
憐れてくださったかを知らせなさい この人がイエス様にお供をしたい
のですと願ったイエス様はペテル やヨハネとかアンデレとかそういう
人たちにあなたたちは私について きなさいあなた方を人をとる漁師
にしてあげようそのように言いました しかしこのところでこの人がイエス
様あなたについていきたいのです お供をしたいのですと願ったしかし
ここではイエス様はそれをお許し にならないであなたは家に帰り
24:04
なさいあなたを待っている家族 のところにあなたは帰るんだそう
おっしゃったここに何かメッセージ があるのではないだろうかその
ように示されたわけであります 私たちはこのところからこの人
がなぜこのような有様になって しまったのか家にいないで墓場
を住み家とするようなことになって しまったのかなぜ彼は汚れた例
悪例に取り付かれてしまったのか あるいは悪例が取り付いたのか
これは書かれてありませんから 想像するしかないわけですまた
それが聖書の醍醐味であろうか と思うんですがなぜこの人は悪例
に取り付かれてあるいはその前に なぜ家に住まないで墓場を住み
家とするようになってしまった のかイエス様がなぜこの人には
私について来なさいと言わない であなたは家に帰るんだあなたは
家族のところに帰るんだとおっしゃ ったのかそんなことをいろいろ
と考えてみたわけです ああ彼には ちゃんと家があったんだちゃんと
彼を待っている家族がいたんだ ということがここに示されている
わけです いろいろ考えてみます ときに思い起こすことが一つ二つ
ありました もうどれほど前でしょうか いわゆるこの町にコンビニができ
始めたころローソンとかセブン イレブンとかそういうのが少し
ずつでき始めたころよくコンビニ の前でたむろしている中高生を
よく見ましたそして昼間ではなくて そして夜遅くまでたむろしている
そういう光景があったわけですね 家に帰らないでそして夜遅くまで
あるいはその後またどこかに行 くんでしょうかそういう光景あるいは
かつて暴走族というのがいました バイクに乗ること自体それは決して
悪いことではありませんし私も バイクに乗ってツーリングでも
したいなとそういうふうに思います しかし彼らは大勢でわっと叫び
27:06
ながらそして危ない乗り方をして そして何かぶんをはらしているん
でしょうかしかもそれも夜遅く 夜中まで明け方までそれを繰り返
すというそういうことがあるわけ です私たちは彼らを一概に責める
ことをしないでなぜ彼らは家に 帰らないで夜遅くまでたむろしている
のかそしてバイクを乗り回しているん だろうかそこに焦点を当てて帰る
ときにどうしてだろうか悪魔に とってサタンにとって家に帰らない
そして夜遅くまでたむろしている そういう青少年それはもう願って
もない獲物でありますそして彼ら に取りついてじわじわとその人格
を破壊していく本人も気づかない うちにどんどんどんどん闇の世界
へと引きずられていくもちろん 後この墓に住んでいた人のように
正気に帰ってそして元の姿に帰る ことができたら幸いですけれども
中にはそのままそういう闇の世界 にい続けるそういう事態になったら
大変であります墓場を住み家と していたこの人この人も年齢は
わかりませんけれどもこうした 闇の中に生きなければならない
そういう人たち若者たちあるいは 夜遅くまでそこにい続ける大人たち
も当然います私もかつてそういう ビジネスの世界にいましたから
よく知っております十一時いや 十二時いやいや一時二時もう明け
方まで飲めや歌えやそういうふう にして家に帰らないもちろん仕事
で家に帰れないそういう人もいます しかし帰れるのに帰らない若者たち
大人たちどうしてなんだろうか いろいろと理由はあろうかと思
うんですしかしその一つは家が おもしろくない家がつまらない
家にはいたくないそういうことが 考えられなかっただろうか現在
でもそういうことはおそらくあ ろうかと思うんですねイエス様
30:04
がこの人にあなたの家あなたの 家族のところに帰りなさいその
お言葉が耳に残って仕方がない わけです家とかここでいう家族
それは当然のこととしてそこは 屈辱ぐところあるいは慰められる
ところ外でいろいろな戦いをしている 人たちにとっては家に帰って翼
を休めるところそしてそこで癒 されるそのための家でありまた
そこにいる家族でなければならない ですから家にはそうですね優しさ
といたわりとそして少し笑いが あればいいかなと思うんですね
さらに少しおいしいものがあれば いいかなそういうふうに思うん
ですねそういう家そしていわば 月並みですけれども愛があるそういう
家家庭家族そういうところは誰でも 早く帰りたいもうずっとここに
いたいあるいは出ていかなければ いけなかってもやはり家に帰り
たいそういうふうに思うわけです ある人たちが家に帰らないで夜
遅くまで外に出ているなぜだろう か中には家に帰ると神々言われる
家に帰ると喧嘩しているそこには 優しさはない慰めはないいたわり
もなければ笑いなんかないそんな 家に誰が帰りたいだろうかこの
墓場に住んでいた人も何かの理由 で家に帰らないで出ていったんだ
ろうそのように考えられるわけ ですがそこに汚れた霊悪霊がついて
しまったのではないだろうかそんな ふうに考えるわけです 特に青少年
たちはまだまだ精神的に成長する この土壌にありますからこの青少年
にとっての家とか家族その影響 というのは決して小さくはない
わけです マザーテレサが日本に 来たときに彼女はしばらく滞在
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してこのように言いました日本 は確かに豊かですしかし心に貧困
がありますそれは彼らは愛に飢 えています子供たちは家に愛を
見つけられないでそれを外に求めて いるのですそのようにまさに核心
をつかれたそのように思うわけ です イエス様はここで悪霊を追放
していただいたそのものが正気 になってイエス様のところについて
いきたいと願いましたがあなたの 家あなたの家族のところに帰り
なさいそのように言われたわけ です あなたはもう墓に住む必要は
ないのですあなたの住むべきところ あなたの帰るべきところはあなたの
家なのですあなたを待っている 家族のところに帰りなさいイエス
様はそのようにおっしゃったわけ です イエス様はこの人自身をもう
帰られおそらくこの家家族に問題 があったとしたらもう既にこの
墓場に行く前におそらくこの家族 のことも帰り見て帰ってくださって
いるのではないだろうかあるいは この正気に戻った人が家に帰った
後どんなに大きなことを主がして くださったのかどんなに憐れんで
くださったのかを知らせなさい とあります 彼がそのことを知らせる
ことによって家も変わりそして 家族も変えられていくそのように
思うわけです 主イエスを信じなさい そうすればあなたもあなたの家族
も救われます そのように御言葉 にあるとおりこの人はもはや墓
に住む必要はない帰るべきところ は家なのだその家はあなたがなぐ
さめを得励ましを得そして癒され そしてアガペに満ちたそういう
ところだからあなたはもちろん 私についてくるそれはどんな方法
でもいいしかし今あなたがすべき ことは家に帰ることですあなた
を待っている家族のところに帰 るんです そのようにイエス様は
おっしゃったわけです 私たちは もう一度私の家はどうだろうか
私の家族はどうだろうか子ども たちはどうだろうかいつでも帰り
36:01
たい早く帰りたいいやもうずっと ここにいたいそう思えるような
家だろうか家族だろうかお互い であろうかそんなことを考えさせ
られたわけであります 教会とは 何でしょうかそれは主に召された
人たちの群れそれはイエス様の 体また神の家族といわれるその
ような幸いなる群れであるいわば 私たちのもう一つの家なのかもしれない
その家がこんなところにいたくない あんな教会にはもう帰りたくない
まるでそこは墓場にいるようだ と誰かが言われたら何と残念な
ことだろうかそのように思うん ですね そしてそれは主イエス様
のお体をけがすそういうことになって しまう大変申しわけないことであります
そうではないもっと神の家教会 そこにいたいそこにまた早く帰り
たいもう日曜日が待ち遠しい そういうような家でなければならない
そのように思うわけですそれを 神様は願っておられるわけであります
幸い宮谷教会は平日でももう子供 たちがふらっとやってくる学校
の帰りでもまた来ちゃったというん でしょうか中学生も小学生もその
ときはいらっしゃいという言葉 よりもお帰りという言葉の方が
本当ふさわしい彼らにはもちろん 家自分の家族帰るところがある
わけですが神様のおられるこの 家にまた帰っていこう自分は帰る
場所があるんだそこでは私を迎え 入れてくださるそこで慰め励まし
また癒されるそしてそこにはどこ にもないアガペの愛がそこに満ち
しているそういうところにずっと いたいそこに帰ろうそういう思い
が彼らの中にあるとするならば 本当に幸いなことであります
この墓場にいた人がなぜこのよう になってしまったのかは私たち
にはわかりませんけれども今や 彼は悪霊を追い出していただいて
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そして本来のあるべき姿そして 本来いるべきその家に帰ることが
できたということこれは本当に 幸いなことだそのように思うん
です 私たちは自分たちそれぞれの家
にまた帰りますしまたこの教会 が神様のおられる家そこは本当に
楽しいいて面白い慰められる そしたアガペにあふれた居心地
のよいところでなければいけない し神様がそのように一番願って
おられることだそのように思う わけであります
今日はこのマルコの福音書五章 の中から特に十八節から二十節
のところを取り上げて一緒にこの 人に家に帰りなさいというその
ことをもう一度覚えたわけであります 御言葉をお祈りしてお祈りして
清算式をしたいと思います イエス が船に乗ろうとされると悪霊に
つかれていた人がお供をしたい とイエスに願ったしかしお許し
にならないで彼にこう言われた あなたの家あなたの家族のところ
に帰り主があなたにどんなに大きな ことをしてくださったかどんなに
憐れんでくださったかを知らせ なさいそこで彼は立ち去りイエス
が自分にどんな大きなことをして くださったかをデカポリスの地方
で言い広め始めた人々は皆驚いた お祈りをいたします 天の父なる
神様私たちに家とまたそれぞれの 家族とまたこのような父の家と
いわれる御国とそしてこの地上の 境界が与えられていますことを
感謝をいたします そこに集う者たち がいつもこのアガペの愛をもって
日々過ごしていけますようにまた 家を出て暗闇の中をさまよっている
人がいるならばどうぞその人にも 光とまた見救いを与えてくださって
家と家族のその愛を覚えてそして 家に帰ることができるようにお
導きください私たちもさらにこの イエス様を主体求めイエス様から
分け与えていただくそのアガペ をさらに増し加えて人々にも分け
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与えるものとしてくださるよう 真摯委ねて主キリストの皆によって
お祈りをいたします アーメン
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