00:02
おはようございます。このスーツを着て、礼拝に行くべくしておりましたら、13歳のペットがおりましてね、
まあ、だいぶ、おばあちゃんになりつつあるんです。ですから、我が家はみんな高齢者だなと言って、足腰が弱いんですからね。
そしたら、この間、そのペットもちょっと足を痛めたりしましてね、これから気をつけないとならないなと。
そのペットがね、私の姿をじーっと見てるんですよ。家ではめったにこういうスーツを着るってことはありません。
ですから、珍しかったんですよね。どこへ行くのか、何をするのかっていうのは、そんな興味を持って見ていたのかもわかりません。
今朝、私は、この、人の働きの2章を開いておるんですが、実は昨年の6月、その時はユン先生の健康の状態があまり良くなかったのか
ペンテコステの次の週ですけれども、礼拝の御用を依頼を受けましてね。
そして、その時に、今朝、読んでいただきましたこの歌唱から御用いたしました。
私は、この人の働きは、前に御開しておりました平方の教会でも、3度ぐらい、全体ずっと、公開ということではありませんけれども、教えられて御用いたしました。
また、祈祷会の時にも、この人の働きを学ぶ機会がありました。
ですから、私の記憶では、その一つの教会で3回、ないし4回、この人の働きを開いて、そして共にこの恵みを分かち合ったことを思い出します。
私は、今回も改めてこの二章を開きながら、昨年御用したばかりなのになぁと思いながらですね、
けれども、聖書というのは、読む度にそれぞれ新しい光があって、教えられて、そして来たことを思い起こします。
03:03
前にもちょっとお分かりしたことがありますが、私が40代の頃だったでしょうか、日本教会政庁研修所というのがありましてね、
そこで12人の牧師が集まって、10日間ほど学びの時を持つわけです。
その学びの中で、その講師の一人がですね、「明日は皆さん方に、この箇所から10分間のメッセージをしてもらいます。」と言われましてね、
牧師でも急に言われたりしますとね、「しかも同じ箇所ですから、変なこと言えないなぁ。」と心を騒がせて、
同室の先生に、「先生、あなたはどこからどういう風に話をするつもり?」と言ったらですね、
要するにも今から考えていくんだなぁとか、そういうたわれない会話もしたことを思い出しております。
ところがこの12人がですね、同じ短い箇所ですけれども、それぞれ与えられたメッセージとして御用された。
こんなにまでもね、聖者の言葉というのは広く、そしてまたいろいろと伝わり分けて、そしてメッセージとして与えなさるんだなと、
これは一つの私の若い時代の経験ですけれども、この聖者というこの御言葉の味わいというのが、
どんどん広く深く私たちにそれぞれ与えられるか、前置きみたいになりましたけれども。
私はこの昨年の6月にも同じ箇所から御用しておりますが、重なるところもあるか分かりませんし、
けれども改めてですね、そこで教えられるという、私自身がそうでしたので、皆さん方にとってもそういう一つの光が与えられるかもしれません。
この2章は、御承知のようにまたお祈りされておりますように、
聖霊降臨日、やはりペンテコステというですね、言うならば教会が誕生したその出来事をこのお庭がずっと書き納めているというそういう箇所であります。
教会は2章がなかったならば、あるいは小さな群れとして3無章を消え去ってしまったか分からない。
ところが、この1章の15節を見ますと、その頃120名ほどの兄弟たちが集まっていたが、
06:14
ペテロがその中に立ってこう言ったと言って、その様子を記しております。120名。
ホリントの手紙によるならば、イエス様が昇天なさるその目撃者はしかもとも500名はおった。
そういう数字的な言葉で見てまいりますとね、あと400名近い人たちは一体どこへ行ったんだろうか。
どうしてこの場に居合わせなかったんだろうか。
この120名というのは、この14節にありますように、そこに彼らは心を合わせて、そして共に祈っていたと書いてあります。
これはもうしばしば彼らはそういう祈りの時を持っているわけですね。
イエス様から約束のものを頂くまで、あなた方はそこで祈りなさいと言われて。
そしておったのに、いつの間にか500人が450人になり、あるいは400人になり、
そして不思議に問うと、イエス様からそういう天におかえりになる彼らは目撃者として、その500人の中におったんですけれども、
それが今日においては120名。
どうも教会が、基督会があまり震わないのは、こういう所にもあるのかなと、僕が予防している時に思いました。
祈るということの大切さを教えられながらも、しかし長く祈り続けるということは大変難しい。
しかし神様は約束されたように、あなた方はここに留まってね。
そしてあなた方のうちに、しきの約束があたされるから待ちなさいということをイエス様から言われて、そして彼らはそれを聞いて待つわけです。
この五巡節と書いてありますけれども、これは杉越の祭りを終わって、そして五十日目という時間的なそういう流れの中に、この五巡節の日を迎えるわけです。
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当時の一代においては、この五巡節もそうですし、また杉越の祭りもそうですし、あるいは狩猟の祭りという、この三つがですね、伊達にとっては非常に大切な祭りとして、
それこそ世界に散らばっていたと言ってもいいぐらい、各地に散らばっていたその人たちがみんな嬉しされるものです。そして彼らはその祝い事を神様に捧げる、これを常としてきているわけです。
ですからこの五巡節ということでもって、これは皆さんの聖書のこの八節以下を見てまいりますとね、それぞれの国語でもってペトロスたちが話をしている、それを聞いた彼らは、
一体この人たちはガリラ出身なのに、どうして私たちの言葉を知っているんだろうか。ある人は、パルデア、メジア、エラム、メソポタミア、ユダヤ、カパドジア、ポントト、アジア、フルギア、パンフリア、うんうんと、
それぞれの自分たちが今生活している、それぞれのこの国の言葉がそこで語られているわけです。それこそ父親から返還はもとよりいろんなところに散らばっていた、そしてその土地の言葉に馴染んでしまって、
彼らの中にはもうすでにヘブン語という言葉が、自分たちの母国語というそれが失われてしまった。私も何回かアメリカに行きましたときにですね、向こうの日系人の教会に行きましたときに、日本語が使えるのは、まあ私よりももうちょっと年配の方、ところがもう少し下になると日本がだんだん正しくなってくる。
もう自分のその言葉はアメリカ英語、その自分が生活しているその国の言葉が自分の言葉になってしまう。
イスラエルが世界に開かれて、そして彼らにとっては、このいつの間にかヘブン語がもう古代語みたいになってしまってですね、話すことがなくなってしまった。
それから1948年にイスラエルが転国しましたときに、当時の指導者たちが最終に行ったことは、もう一度ヘブン語を我々の言葉として復活させることだと言って、その働きを始めなさった。
12:10
今のウクライナの問題でもそうですね、ウクライナからロシアの方に行く人たちが、あるいはそのロシアがそのウクライナのそういったところを全部ロシア領土としてやっていくという、その中でもって彼らがやっていることは、言葉をウクライナ語じゃなくてロシア語に変える。
そしてもう一つは、その学びもこれをロシア風の学びをさせるということで、今そういう中に今のウクライナの地位が置かれております。
ですから言葉が失われてしまうと、そうするともう自分のアイデンティティって言うんでしょうか、それがもう無くなってしまって、そのそれぞれの国になってしまう。
当時のこのユダヤ人たちはみんなこんな広い範囲に散らばっていたんですよ。
けれども彼らはね、やはり旧約聖書の教えの通り、戦国時の祭りだ、今度はエルサレンに行こう、狩猟の祭りが行われる、行こうと言って、そして彼らはほたるごとにその三大祭りと言われる、そのためにエルサレンに猛威するわけです。
その彼らが今回はもえがけない光景を見たわけですよ。お互い同士ユダヤ人でありながらも言葉の通じないようなそういう間柄なのに。
ところがそこでもって聞いているその言葉は、一体どこで我々の言葉を知ったんだろうかと思うくらいに、それぞれのこの国の言葉をそこでもって話している。
ですから当時のこのおぞべきようというのが想像できるかと思います。
そのおじゅんせつの日、その日も彼らは一緒に集まって、そして祈っていた。そこに突然精霊が下ったというこの出来事です。
最初に申し上げましたように、教会は精霊によって生まれ、精霊によって守られ、精霊によって養われ、そして精霊によって成長していく。
今日も当時も精霊はそういう働きをもって教会を誕生させ、そして自分の教会としてそれぞれ成長させていったわけです。
15:20
もし精霊がなかったならばという。
私は自分がこのイエス様を信じました時のそのきっかけとしてですね、これは私が新しく来た人たちとか、基督会に来たような人たちとはいつも一緒に膝を交えてお祈りをするということを常にしておりました。
新しい方に、実はね、私も最初教会に来た頃は何が何だかさっぱり分からない。
信じなさいと言われていて、何を信じていいのか、どうやったらいいのか、それもさっぱり分からなかった。
しかもそれだけじゃない、聞けば聞こうといろんな疑問が湧いてきてね、ああでもない、こうでもないという、当時高校生でしたから、そんなエリクスをつけてやっていた。
だから私は自分がクリシアになるなんてことはね、当時を考えたらありえないこと、信じられないことだった。
ところがある時私はね、神様の前に、それは自分から自発的に祈ったんじゃなくてね、祈らざるを得ないような状況に置かれて、
そしてとうとうですね、みんながお祈りをしていく、その最後の方でちょっとお祈りをした。
お祈りというかそのお祈りは、内容も何にも分からなかった。
ただ分かっているのは、そこでお祈りをしたということだけだった。
ところがその年の半ばぐらいに、私はこの聖書を読むとね、何か心にかかる、そういう言葉があるということに分かりだした。
当時はローマミトルの手紙を通読として読み始めていたんです。
私の聖書というのは支援付きの新約聖書ですけどね、表紙も裏表紙もなくなっちゃって、
というのも未だにそれを貼ってあるんです。
読めと言われて読むんですけども、先へ進まない。
いつも途中でもってやめてしまう。
だからそういうことがないようにと言って、私はちょっとね、今日だったら6.5ですか、日にちをつける。
そうすると久しぶりに開いても、あ、この間ここまで読んだんだな、じゃあそこから読んだらいいんだなという、そういうことでね、
18:02
読み進めるということのためにそういうこともしたから、私の福音書の方ではいろいろ数字が書いてあるんですよ。
見せたことがあります。
それぐらい聖書を読んでも分からないし、一体何がそこで持って訴えているのかも分からない。
そういう老人の手紙を読み出したらね、いや、これは私のことじゃないの。
私のための言い言葉じゃない。
いうことで赤線を引くようになりました。
これも当時の聖書であり、私の一つの赤字だと言いました。
で、なんで私はすごく分かりだしたんだろうか。
あの、一生懸命説教を聞いてね、分かったんじゃないんですよ。
何か他の信仰書も読んでそうして分かったんじゃない。
それほど熱心じゃないんですから。
じゃあなんでこう分かりだしたんだろうかな。
で、これは後になって気がついたと言いましょうかね、分かってきたのは、
あの時の短い、いまだに何を祈ったか分からないような、そういうお祈りをしたような、そんな祈りだったけれども、
そのお祈りっていうこととして、私の心が神様の中に開いたんだな。
そして精霊は、そこからこの聖書を理解できるように、知恵と知識等を少しずつお与えなさって、
そしてそれから私は、このローマ人の手紙をもちろんですけれども、
本当に聖書の言葉というのがね、私のために書かれたんだということが分かったんです。
申し上げたいことはね、教会はそうなんですね。
教会は誰から教えられるってことは大切なんですけれどもね、
しかし精霊が働きなさる時にね、全く無知で、読んだこともないような、そんなものでもね、その時に心を開く。
そして聖書の言葉の一つ一つが、私に当てはまるようにね、光を当ててくださったんじゃないかなと、
そう思うんだと言っても、そういう証をいつもしていたんです。
それは今でもそう思うんですね。
ですから、バクストンという先生はね、聖書を開く時には必ずメモ、
しかもノートと、そしてペンを持って読みなさい、必ずそこで持って、
精霊は私たちに必要な知恵と、そしてまた必要な糧を与えなさいと言って教えた。
私はあるところで、バクストン先生のそのノートというのはね、これを見たことがあるんですよ。
21:09
その自分が読んで、そして教えられたところをずっと書き込んでいるんです。
昨年ね、支援の四本絵を一緒に読みましたけれども、その一つのそれはバクストン先生の支援の木曽という書物がありましてね、
それが別に全体を公開しているんじゃないです。
先生がその中の一つの言葉を教えられたという、それを書き記しているという、ただそれだけの内容なんです。
最初見たときに、なんでかなというような、そんな思いでしたけれどもね。
だんだんこう来ますと、ああ素晴らしい光が与えられて、先生の霊的なこう青春に対する理解がこういうことをもとよりとして始まっているんだな、
だから先生は精神を開いたんだね。神様が必ずそこに真理を教えてください。
だからそれをきちっと書き留めるようにしなさい、というのが先生がいつもおっしゃっておった聖書理解への助けだったんです。
ですから私は、なるほどなと思った。
私の乱来の広い聖書があるんですけどね、そこにその都度本を読んだり、あるいは自分がそこで気がついたり、
教えられたりするところを書き込むという、書き込みの聖書を大切にして、
私はそういう風に聖書は、私たちに精霊が働きなさることによって、なんでこんなことが信じられるんだろうなと思っていたのが、
なんでこんなことが他の人たちは信じられるんだろうかな、そして今私はそれを信じられる中に加えられたということは、
私にとっては大きな意味だと思います。
こんな話をしますと時間がないんですけどね。
ですから私は、精霊が下ったということはね、確かにそういう凄ましい炎のような分かれた舌が現れて、
こう書いてありますけれども、想像できないような現象がそこに現されたというのも確かなんでしょう。
けど私はそれも同時に、私たちのうちにね、本当に精霊が一人一人のうちに何かで語られる。
そしてそこから私たちクリスチャンは教えられて成長し、また教会もそこで成長していくということをこの思う。
24:01
この展開を見てまいりますとね、精霊が下った。
その時、何が起きましたか。
この辺りはペトロらしいところか分かりませんけれどもね、
彼が突然立ち上がってね、そこで説教しだしたんですよ。
やっぱり年配者がそこで率先しなくちゃいけないというのがあったのかも分かりませんけれども、
しかし同時にこれはペトロの性格を持ったわけじゃないかなと。
だから神様はそういう人の人その人の性格を持ちなさってね、そしてそのことをなさるんでしょう。
ペトロはそこで立った。
前回申し上げましたけれども、この十四節ではペトロは十一人と共に立って、
そして彼はそこからですね、ペトロの説教が始まっていくわけですよ。
それまでのペトロを通して、一体彼はどこでどういう学びをしたんだろうかと、
そういうことはあまり書いてないですね、福井市に。
彼らがやっていることは、一体我々の中でね、
誰が家様におもんじられて、持ち入られて、一番濃厚の弟子になれるんだろうかという、
そういうお互いの中で持っている葛藤があった様子は、ここに記されております。
ペトロたちは、言うならばそういう世界なんですね。
横浜市の福井市を見て参りますとね、十七章は、そういう弟子たちを残していく、
イエス様の真鍮と言いましょうか。
真鍮というよりも、イエス様がこの弟子たちを残すにあたっての祈りを、
あの横浜市の福井市は、そこに書いているわけです。
そしてイエス様に一番の願いは、どうぞ彼らが私たちを同じように一つになっていくように祈っている、
何回もその言葉を繰り返している、それを十七章は教えて。
それなのに弟子たちはね、一向に一つになるということはあまりなかった。
イエス様が間もなくあの横浜の兵隊たちに捕らえられて、そして処刑所に連れて行かれるという、
その間際までね、あれこそばというような感じの、もう片方こう、自分がっていう感じの様子を見ます。
あなた方のうちに私を裏切る者がいるんだと言った、そう一言から誰だと言って犯人探しをするわけでしょう。
そしたらペトローは、主よ、彼らはいざ知らず、私はたとえ必要なことがあっても、
27:07
どんな目に遭うとも、あなたから離れませんと言ってね、彼は誓うわけですよ。
そしたらイエス様が、そのペトローも含めてね、私はあなたの信仰はなくならないように祈った。
だから立ち直った時には兄弟たちを励ましなさいよ、というのがペトローに対してのメッセージでした。
それでもペトローは分からなかった。
まあ、祈ってくれている、思ってくれているというのは分かるけれども、
何か私の意気込みをイエス様は理解していないんじゃないかなというような、そんな思いがあったか分かりません。
それぐらい彼は一生懇でね、他の弟子たちはいざ知らず、最年長の私は、
もう最後の最後までイエス様に従いますと言った、その口先の変わらない間に、
イエス様がおっしゃっているように、ニワトリが亡くなり、私を三度に殴っていることを言われた。
それを否んでから彼は始めて気が付いたわけですね。
そこには、言うならば肉的な、ただ自分の力でもってとか、自分の決心でもってとか、
あるいは自分が一番目立ちたい、あるいは喜ばれたいというものを自分中心でもって物事を考え、
また人々の関係というものをそれで考えておりました。
しかしそういった事柄はもう全部砕かれた。
手取りだけじゃないですよ。
きっかけは言うながら、銀三十枚でイエス様を撃ってしまった。
そして彼らが対抗に来る。
最初は一生懇でましたけれどもね、
しかしイエス様が捕らえられている様を見た他の弟子たちは、
もう蜘蛛の子を散らすように言ってみましょうか、一斉に逃げ出したんです。
ユダもそうでしょう。
でも彼は銀三十枚というのがありますからね、後でもっとそれをもらえるわけですけれども。
他の弟子たちは、そういうこともありませんから、
とにかくこの危険な状況から自分を守らなければいけないということで去った。
ペトロ方は後ですね、
イエス様はどうなんだろうかということで、
恐る恐る後をついていった。
私もペトロのところに行く、
イエス様のそれを登られた道をずっと辿りましたけれどもね、
ペトロはこの時どんな心境だったんだろうか、
まあ、そういうようなことも思いながら。
30:00
精霊が下る前の弟子たちと申し上げてきたような、
また皆さん方もよくご存知な、そういう状況、そういう弟子たちでした。
けれども、ここでもって彼らが精霊を受けた時に、
先ほど申し上げたようにペトロと、
十一人の弟子たちというよりも、
本当はユダが欠けちゃいましたからね、
それで一生の方ではね、最後の方では、
ユダも私たちと同じように選ばれた、
同じ働きに加わってきた、
そのユダがいないので、
やっぱりそれを補う人を一人選ぼうじゃないか、
ということがそこで議論された。
そういうところから、
このマッテアという十二人目、
というのは十三人目でしょうかね、
がそこで選ばれたわけです。
誰か一人、ユダの後をついで、
そして私たちと同じように、
イエス様の復活の証人として立たなければならない、
ここで私たちはそのことを決めていこうといって、
ここで一人の人が補われたわけです。
ユダの後ということでね、
ペトローナツだったら私は喜んでいきますよ、
というのがおったかわかりませんけどね、
イエス様を裏切ったあのユダの後、
私はもう遠慮しておきます、という、
それが人間の情感で言ってもらえれば、
そういう選択の仕方をするんじゃないかな、
あんな失敗した人の後を、
私はどうしてやらんとなるんですか、
私の言いそうな言葉なんですよね。
けれども、教会は、
まずそこで、かけたユダの後、
彼を同行員じゃなくて、
彼も同じように復活の証人として選ばれたんだから、
その彼のお見舞いとして、
この中から一人選ぶんじゃないか、と。
私は教会役員会の役員の選挙のときにね、
ここにいろんなことがあるんです。
それを油断にするわけじゃないですけど、
ただ必要なことはね、
誰かのことを補う、
それが私たち選ばれるものの大切な使命であり、
大切な立場だと。
33:00
だから、ぜひ私たちが祈って、
一人の人を選ぶにあたっての、
それをこのように復活の証人として、
私たちは選びましょう、
また選ばれた人は本当にそこで思って感謝して受け止めましょう、
そういうことを言ったことがあります。
そして、そういうありみて人間的な賭けを、
彼らがおきなって、
そして、
彼らが心を一つにしたときに、
本当に精霊学だったわけです。
この出来事はそういうことですね。
イエス様にとって、
いつまでもいつまでも祈りの課題としてあったのは、
今から残してやろう、
弟子たちが今のままでは一体どうなるんだろうか。
現に500名おった人たちが120名になってしまった、
こういう現実を見てまいりましたね。
本当にイエス様の思いなさることもそうだろうなと思いました。
けれども、ことは、
この120名、
そして、あと、
夫人たちがそこに加わって、
そして、精霊がそこに下ったことによって、
教会はスタートしたわけです。
私はこの二階座敷と言われますが、
とにかくこの精霊が下ったっていう、
そういう記念の場所と言いましょうかね、
そこも行かせてもらいました。
他はね、本当に活力教会らしく、
キンキンギラギラで飾ってしているんです。
ところが、精霊が下ったと言われたその場所へ行きますとね、
何もないんですよ、そういうものが。
ただ、後に柱の汚れがあるから、
その当時の汚れなんだろうか、
ここに来た人がそれぞれ、
ああ、ここですか、と言って触った、
その汚れなんだろうかと、くだらない人としましてね、
けれども何もない。
私はそのときに思いましたよ。
だから精霊が下ったんじゃないか。
本当に精霊はね、
何にもないところに、
一人一人のうちに臨んで、
その一人一人を通して、
そこそこから立ち上げなさい。
だから、その精霊降臨のなされたという、
この場所にふさわしく何もないということは、
私は一番これが精神的でね、
私は非常に印象に残った。
他なんかみんな一緒、
追ってらっしゃるみたいな感じでね、
あれもこれも同じなんですけれども、
そこだけが強烈に残りました。
精霊はそういう何もないところから、
わずかばかりの弟子たちと、
36:01
集まってきた百二十年、
今ばかりの人たちを捉え、
そこへスタートしたわけですよ。
そこから始まったわけですよ。
ですから当時のローマの権力からいったら、
もうそれこそ比べようがない。
何の比較もできないような、
かたや世界を制覇したローマ帝国。
クリシャンたちの群れというのは、
このあとぞと呼んでいきますと、
できますけどね、
いったいあの人たちは何なんだと。
我々はローマ皇帝のものだと言うで、
そういう誇りを持ちながら、
その比べる対象とした、
当時のクリシャンに対しては、
お前たちは処刑された、
キリストのもんじゃないかと。
クリシャンと言うんだ。
それが出てきたわけですよ。
言うならば差別用語ですよね。
けど私たちは、
本当に自分たちが、
キリストのものとされているという、
そういうところに喜びを感じて、
そしてクリシャンであるということを誇りとして、
そして今日も終わるわけですが、
神様は、
聖霊が働きなさるときに、
聖霊を通して私たちのうちに、
そういういろいろと新しいことをなさる。
ですから、
繰り返して申し上げているような感じになりますけども、
このペテローガたち、
そしてそれを支えるように、
他の十一人の弟子たちも、
そこに立って、
そして彼らは一つになって、
ここで言葉を語る。
聖霊は、
そこから、
彼らがいまだかって、
経験したこともないような言葉だが、
そこで表されていくことに、
彼らは驚いたでしょう。
ただ、もっと驚いたのは、
周りの人々ですよ。
この今の2章を読んでいきますと、
そこに7節を読みますと、
彼らは驚き、不思議に思っていった。
みなさん、話しているこの人たちは、
みんな彼らの人ではないか。
そこに彼らの、
え?何が起こったの?
という一つの興味が、
この人々に向けられたわけです。
自分たちのそれぞれの住んでいる、
39:00
地方の言葉でもって話をしている、
彼らの様子は、
一つの興味が湧いてきたんでしょう。
そしてさらに12節を見ますと、
今度はその興味は、
この人はみな驚き、踏破くして、
一体これはどうしたことかと言った。
一体これはどうしたことだ?
興味を持ってみた、この一段に対して、
今度はこの12節は、
この驚き、踏破くしたと書いてある。
ですから興味を持っている間は、
確かに最初の関心はあるんですけれども、
踏破くっていうのはやっぱり、
自分に関わりが生まれてきたやつ。
そうすると、
今までのみたいにこう、
誰かだなっていうんじゃなくて、
自分に直接ですね、
それが降りかかってくるものですから、
一体どうするんだ?
どうしたらいいんだろうか?
そして37節に飛んでいきますと、
そこでは今度は、
こういう風な驚きから変化してきています。
人々はこれを聞いて、心を刺され、
ペトルと他の人たちに、
兄弟たちに、
私たちはどうしたらいいでしょうか?
そこで今度は、
興味が踏破くなり、
そしてそれだけじゃない、
一体自分がこのことに対してどうしたらいいのか、
っていう、
そういう変化に進んできているわけです。
それこそ、
こういう興味半分から、
やがて驚きと変わって、
そして最後には、
17節から9度へと、
変化していくその様。
これはね、
ペトルのメッセージを読んで、
本当に素晴らしかったっていう、
それは後日言えるかも分かりませんが、
しかし、当時はどうだったんだろうか、
踏破して終わっちゃった、と。
興味を持ったけども、
それ以上ならなかった、とか、
それぞれのところで持って終わってしまったか分からない。
けども、最後には、
一体、
私たちはこの後どうしたらいいのか、
42:00
自分との関わりにおいて、
彼らがどういう道を、
どういう歩みをしたらいいのか、
自分の関わりにおいて、
できたわけです。
最初に申し上げましたように、
お祈りを言われても、
お祈りもできないし、
お祈りしたところで何を言っているのか分からないし、
そんなのもですね、
本当にこの聖書が分かり出した時、
そこから私の、
イエス様に対する、
そういう一つの、
思いもしないような変化が、
私の中で生じてきたわけです。
自分との関わりというのが、
偽言葉を通してそこに見出された時、
いつまでも興味あるのではないか、
問わずだけじゃない。
聖書が自分に語るこの言葉は、
一体私は何を求めているんだろうか、
そういう、
自分との関係において、
聖書というのが、
その一つの人に、
表されてくる。
私は、
ですから同じ、
高校時代のそういうところから、
その、
明けて2月、
その時に、
前に申し上げましたがね、
レスヤキの2章、
1章を読んでおった時に、
私が、
あなたに命じたではないか、
という、
その後半の言葉よりも、
その短い最初の、
我何時に、
命じて死にあらせや、
という、
その言葉が、
私を捉え、
そして、
私はより、
イエス様と、
自分との関係においての、
自分のありを、
というのがそこにも、
求められ、
深められ、
私はどうしたらいいんだろうか、
私が命じたんだ、
私についてきなさい、
というのが、
その後の後半の言葉。
といって、
これからね、
新学校へ行って、
そして、
どうのこうの、
という、
それは全くわからないんですよ。
そんな状況で、
私は別に、
両親がクリスチャンじゃありませんからね。
で、
教会も、
私が新学校へ行く、
と言うんで、
サポートしてくれるから、
そんなこと全く、
頭にも、
考えもないんですね。
そして、
新学校卒業した後、
どうなるのか、
という、
そういうこともですね、
何の計算も、
見通しも、
ないままよ。
ただ、
私が、
あなたに、
命じた、
という、
そういう、
直線的な、
そういう、
お言葉をいただいた時に、
私はただ、
それを受け止めて、
従う、
ということしかなかった。
後のことは、
一つ一つ、
45:00
まあ、
なんであんなさま、
献身したんだろうかな、
という思いは、
ありましたけれどもね。
けれども、
そういう献身して、
その後どうするか、
という心配は、
何にもなくてですね、
まあ、
本当に守られたな、
と。
幸いに、
私の姉の一人がですね、
ちょうど私が、
そういうふうな、
献身していく、
というその頃に、
東京のある教会に行き出して、
そして、
姉が、
じゃあ、
私が、
渡るの、
新学校の、
それを全部、
出すから、
もう行ったらいい、
と言ってくれたんです。
まあ、
他はみんな反対しとったのに、
その姉だけがね、
まだクリスチャンになって、
なってなかったんじゃないか、
と思うんです。
教会に行き出して、
そして、
まあ、
そういうサポーターとして、
言ってくれた、
というところから、
私は、
ああ、
こういうことも、
開かれていくんだな、
と、
教えられましたし、
そして、
それから以降においては、
その一つ一つにおいてね、
土日は、
それこそ、
精霊が教会になったことによってね、
新しい命が生まれて、
そしてそこから、
働きが進められたような、
私の個人的な面においても、
精霊が働きなさることによって、
いや、
その信じますって、
この口が言い出したっていう、
まあ、
言ったらおかしいですけど、
そう決心できたっていうのが、
いまだに私はね、
うーん、
なんかこういうと、
信じられないって言ったら、
本当にね、
まさか私が信じると思わなかった、
みたいな、
その証をしたことも、
その時にありましたけど、
けども、
その後、
精霊が伴ってくださればこそ、
守られて、
今あることができた、
そして、
クリスチャンとしても、
いつ辞めるか、
いつ辞めるかって言われるな、
そんなところをこう通りながらね、
ある先輩から、
斎藤君、
あんたよくこわれ口だね、
その時、
牧師となって、
30年くらい経ってるんですよ、
それなりのね、
認めてくれたらいいのになと、
内心思いましたけど、
本当にその時実感しました、
よくここまで来たね、
そういう周りからの支えや、
そこそ精霊の助けがあったらこそ、
今日まで来れた、
これが私たち、
この精霊との関わりの中において、
私たちのうちになされる、
技だと思います、
これからもそういうことが、
なされてくる、
そう私は期待していきたい、
お祈りいたします。