00:05
おはようございます、ガスです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは、このままでいいのかなと感じているあなたへ、21年余り勤めた国家公務員を早期退職し、今は伴奏コーチ、コーチングス
クール講師、森林セラピーガイドとして活動している私が、自分らしく生きるヒントや日々の気づきをお話ししています。
私は、昨年の秋に21年余り勤めた公務員としての仕事、具体的に言うと厚生労働省の株組織に労働局というところがありまして、そこの労働局というところを退職しました。
本当に間もなく1年、間もなくというかもう1年経ちましたね。1年後ちょうど経った、そんな感じです。
これまでスタイフで、私が公務員になる前とか、それからなってどんな仕事をしていたのか、みたいなことをシリーズで少しずつ話してきました。
前回は、私が5年前に初めて昇進をして、その部門がなかなか大変で、私自身が苦手な業務だったとか、諸々理由が重なって、端的に言うとメンタルを病んで休むことになってしまったという話をしました。
今日はその後の話を中心にしようかなと思います。
ここで5年前に初めてメンタルダウン、病名で言うと適応障害という病名だったんですけれども、メンタルクリニックに行って適応障害という診断をいただいて、それでお休みすることになったんですよね。
その時に、しばらくどうやって過ごしたらいいか分からなくてという話は前回のお話でもしたんですけれども、どのくらい経っての時だったかな、1月くらい経った時だったか、面談をしていただく時間をいただきました。
面談は上司の方、それから人事系の係長さんとですね、今の状況の確認とか、それから今後どうしていくかみたいなことでした。
私はですね、その部分が本当にしんどかったので、とにかく早く移動させていただきたいということを言ったんですけれども、当然ながらですね、人事異動をやったばっかりのところで一人で移動させるということは、誰
かを動かさなきゃいけなくなりますので、さすがに今すぐ人事異動は無理だという話になり、
代わりに提案いただいたのが、復職する方法ということで、違うお部屋ですね、ちょうど私がいた部門というのは、6月から繁忙期を迎えるという保険料の申告の時期が来て、郵便物や問い合わせももう桁違いが増える、
03:09
そうした2個の手も借りたい時期に一層なっていく時期だったので、
そんな中休んでいる私はですね、もう本当に早く帰ってきてもらわないと困りますという状況だったと思います。私もそれもじゅうじゅうわかっていましたし、休んで申し訳ないなという気持ちはすごくあった
ので、
そうやって郵便物、届く保険料の申告書などを専門に扱うお部屋みたいなものを作るので、そこの取りまとめの役をやるという形で復帰できないかという提案をしてもらったんですよね。
そこには上司の方も顔を出して指示するということで、あとは中心になるのがその繁忙期のために来ていただく非常勤職員の方を採用して、そこを手伝っていただく方が中心になっていくので、
そうした方のお世話役というかですね、取りまとめの係としてやってほしいみたいなことを言っていただいたんです。
すごい自信はなかったです、本当に。やっぱり休んでいて、それでその雰囲気とか部門の雰囲気とか、仕事内容とかにだいぶ自分が自信がなくなっていましたので、
本当にやっていけるかなというところはかなり不安だったんですけど、ただすごく思ったのは、このタイミングで復職をしないと私は復職のきっかけを逸する気がするということだけはすごく思ったんですよね。
せっかくそういう形で元いた場所から少し離したお部屋みたいなところで勤務する形っていうのを提案してもらって、それのタイミング的にもちょうどそのお部屋がスタートするときみたいな繁忙期のための特設の部屋
みたいな、
そこのところの係りの人としてということで取りまとめ役の形の復職の提案というのは、本当に助手の方が考えてくださって、それならなんとかできる形にということで自分も見るしっていう風にまで言っていただいて、
すごく本当にありがたい提案だなと思ったんですよね。
自信はなかったけれども、復職することに結局それで決めて、6月から復職しました。
正味一月半でしたかね、最初。それで復職をして、本当にしんどかったです。すごく覚えてますね。復職して、その前の時期はそもそも復職をする前に不安すぎて自主的に通勤訓練してたんですよね。
06:03
数日間は朝、職場の近くまで行って、それで帰ってくるみたいなこと。あとは途中からは仕事の真似事じゃないけれども、職場の近くまで行って、喫茶店とかで昼間過ごすみたいな資料を見てみるとか。
それで職場の自主的な通勤訓練をやって、職場のエレベーターの近くまで行った時に、職場の方が一瞬顔が見えてしまって、それで心臓がバクバクになってしまったみたいな記憶もあります。
自主的な通勤訓練の最終日に、前日に一度職場に顔を出して、それで挨拶だけした。明日から復職します。ご迷惑かけまして、よろしくお願いしますみたいなことを、女子の方と数人の方に挨拶するみたいなことをやった
んですが、
それをやった日の帰り、家の中でぐったりして、本当に横になっていたみたいな記憶があります。ただ行って挨拶する、本当にそれだけなのに、すさまじい疲弊したっていう記憶だけはあります。精神的にたぶんしんど
かったんですよね、それが。
そんな中、本当に明日から仕事できるのかなって、とてつもない不安があった記憶があるんですが、とにかく最初は行って帰ってくることだけでも頑張ろうぐらいな、もうそのくらいな感じで、申し訳ないけれども、そんな
状態でスタートし、最初は行ってもですね、ものすごく頭が働かなかったって記憶はとってもあって、
他の係の係長さんが、その部屋に来て何か聞かれたんですけど、もう全然頭の回転が悪すぎて、内容が理解できなくて、もう返事ができなくて、申し訳ありません、ちょっと後で確認して連絡しますって言うのが精いっぱい
だったって記憶が鮮烈にあります。
頭がもう全然働かなかったっていう感じですね。
そんな中で、すごく幸いだったのが、そこで一緒に働いていただいた非常勤職員の皆さんというのがすごくいい方で、指がワーってきて、それですワーって仕分けしてチェックしてみたいなことを、最初はいろいろルールを
作りながらみたいな感じで、
こうでもない、こうやったらいいんじゃないかとかね、だんだん皆さんの適性というかですね、こういうのが得意とか、こういうところに強みがみたいなこともやっていくうちに、だんだん皆さんの役割分担みたいなのも出
てきてですね、
それでこの方にはこれ、この方にはこれをお願いしてとかっていう感じでですね、協力して郵便の山をですね、仕分けをして業者さんに送るみたいなことをね、毎日だんだんルーティーンでできるようになっていって、そ
09:07
この業者さんとのやり取りとかっていうことも少しずつやったり。
でも、この時はですね、本当にその自己肯定感もダダ落ちていたので、会議とかで、そこのね統括する係長さんがですね、その進捗とかに関して上司の方とかにいろいろと指示とか指導とかですね、出席とかを受けていると
きに、
もうなんか自分がのことのようにですね、非常に私がこんなだから迷惑をかけてるんだから申し訳ないみたいな気持ちがめちゃくちゃ湧いてきて、なんかもうその会議に出るってことがとてもしんどかったなっていう記憶が
ありますね。
なんかもう、それが正直ですね、自分のメンタルも回復しきってない中腹食してるみたいな感じはかなりありましたので、そうしたかなりね傷つきやすい状態っていうか、なんかそんなままいったなっていう感じは
あります。
実際すごく、この時期はですね、なんかどこか割引された自分っていう風にすごく感じてました。なんか本来の期待されているポジションの役割から割引してもらって、戻してもらってやっているっていう。
で、実際、本当にこの当時も割引されないとやっていけなかったっていうのはもう実情あるので、割引していただかないと無理だったんだけど、ただその本来のっていうところがすごく私の中ではずっとありましたね。
なんかその役職が期待しているものって本当はもっともっともっとあるんだろうになっていう。だけどそこを割引してもらって何とかここで犯してもらっているっていう感覚があって、その感覚はですね、その頃から
ですね、結局退職後まで拭えなかったっていうのがありましたよね。
その後、そこで私のこれまでの公務員人生からですね、まあ本当に明らかにね、なんか変わってしまったっていうところはありました。
それまである程度何とかしんどくてもそこそこやってきて、そのポジションとかもそうした感じでだんだん上がっていってみたいな。
自分が大変ながらも期待されている役割は何とかやっていただろうというふうに思えていた時からですね、この病急をきっかけにですね、そこから復職した後っていうのも、
あ、なんかもう自分はどこかね、何か役割、より割引された役割を何とかやる感じになってしまったみたいなね、なんか速攻がありましたね。
で、そうしたところから最終的には自分の中で退職をしていくっていうことになるわけなんですけれども、まだね、そこからすぐには退職という結論には至らなくて、まだしばらくね、私の悩みは続くという、そういう感じ
12:20
です。
その1年はですね、残留したらみたいなことも言っていただいたりとかもしたんですが、とにかくその部門にいるのが辛すぎて、結果的にはお願いをしてですね、移動させてもらったっていう。
なので、そこでね、何とか復職をさせてもらっていた期間っていうのは、そうした自己肯定感が非常に低い、そういう時代だったかなというふうに思います。
ということで、そんな時代もあってのね、今っていう感じでございます。
今ね、仕事でしんどい思いをされている方はですね、本当にそういう時期、私もすごくあったので、とても、今だからこそ言えることとしてはですね、
しんどい時期、しんどいんですけど、でもなんかそれが過ぎた時にですね、あれがあったからみたいなふうに考えられる時も来るのかなと。
今私はですね、やっぱりあの頃がなかったら私は人生を変えようというかですね、公務員を辞めてっていう結論はやっぱり出せなかっただろうなっていうふうに思っているんですよね。
あのメンタルダウンの経験があって、復職し、復職後の自分の中での低空飛行時代っていう。
これがあって、なのでこの先このままいるよりはって、やっぱり人生このままでいいのかなっていうふうに通説に感じさせられた経験でしたし、その後だったしっていうことはあります。
はい、ということでですね、今日はそんなお話をいたしました。
週の始めですよね、まだ火曜日ということで。
はい、お聞きいただきありがとうございました。
皆様もどうか良い一日をお過ごしください。
ヤシでした。