合気道合宿で座禅に間に合わなかった道迷い
おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは、このままでいいのかなと感じているあなたへ、自分に向き合い、国家公務員を早期退職した経験と森の力を手がかりに、これからの生き方を描くヒントをお話ししています。
はい。えーと、連休ということではあるんですが、この私の住んでいる東京は、今日は台風の影響があっていうことでですね、朝から結構激しい雨が降っていました。
そんな中、私、週末ですね、土日に長年稽古している合気道という武道の関係で、一泊二日で合宿に行ってました。
昨日の朝配信で、朝5時半、これから座禅に行きますという短い配信をしたんですけれども、これでね、毎年行っているお寺さんに宿から移動して、車3台に分かれて、そして訪問予定と、そんな感じだったんですが、
結果的にはですね、その座禅は実はできていないっていう、その座禅の時間にね、スタート時間に間に合わなかったっていうことがあり、
昨日ライブでも少しその展末についてはお話ししたんですが、今日はですね、そこから考えたことっていうことをお話しできればと思います。
私は合気道という武道を20数年稽古していて、それで一緒に稽古している仲間とですね、かなり昔から一泊二日で合宿をするっていうことをやってます。
山梨県に行くようになってからもだいぶ経っていて、ここ最近はその宿だとかお寺に行くっていうことが結構もう恒例になっていました。
私が乗せていただいた車は運転にとても慣れた先輩が運転してくださり、お隣助手席には私たちの師範、合気道の先生、
そして後ろ後方座席には私ともう一人の女性の仲間が乗っている4人乗りの車でした。
丹波山村方面へ迷い込んだ車内の体験
もうそのお寺までっていうのも私たち何回か行ったことありますし、それからすっかり運転も上手な先輩ということもあって、
安心してですね、後ろの席の女性や先生たちとなんかおしゃべりに夢中になっていたんですよね。
で、ふとですね、運転してくださってた先輩が、「あれ?こんなところ通ったっけ?」って言って、
それで私もですね、その言葉を聞くのとほぼ同時かそのぐらいに、私も外を見て、「あれ?こんなところ通ったっけ?」ってやっぱり思ったわけです。
で、グーグルマップを見てみると、なんか全然違う道、普段通ってない道の方にやっぱり出て行ったことがわかって、
それでお寺まであと何キロみたいなところを見たら、1時間何十分で出てきたんですよ。
で、べーっと思って、もう何分かで行けるはず、そんなに数分ではいけないまでも、宿からお寺まで30分ぐらいっていうようなイメージのところなのに、
なんかだいぶもう走ってるはずなのに何十分ってやっぱりおかしいわけですよね。
それで気づいたときには、すごい山深い道を走っていて、で、この先、奥多摩町何十キロみたいな標識まで見えてきてですね、
明らかになんで私たち東京の奥多摩町に向かっているんだろうって、おかしいっていうことになったわけです。
しばらくですね、それでグーグルマップを見ながら走るものの標識をね、途中で小さな集落みたいなものが見えてきて、
それで見たら、多摩山村ってあって、実際は丹波の国の丹波山村っていうふうに書いているので、これを多摩山村って読むのっていうのは後から知ったんですけれども、
こちらですね、調べたところによると関東一小さな村っていうことで、人口500数十人ほどの本当にね、小さな集落がある村に迷い込んでしまったんですよね。
この頃にはですね、気づけばあと数十分っていう、グーグルナビの目的地までの時間とかを見た瞬間、もうなんかますますですね、
うすうす感じていた車用品がまだそんなにあるのっていう気持ちが頭をよぎりですね、もう本当にまずい、このままだと本当にしんどすぎると思ってですね、
車用品もだんだん本格的になっていき、もう最後は目を閉じてですね、極力刺激を避けるみたいなね、それで何とか無事に到着してほしいという祈るような気持ちになっていきました。
で、後から聞けばやっぱりお隣の女性も全く同じ状況だったようでですね、2人でね、ほとんどもう目を閉じて会話が消えていったんですよね。
で、お寺に無事何とか着いたんですが、座禅は当然終わっており、皆さんがお茶を飲んで休んでいるところにですね、ご挨拶だけして帰ってくるっていう、そういう話になりました。
で、宿の名物にね、おいしい卵かけご飯っていうのもあるんですけど、あろうかなの卵っていうのを出してくれるんですけど、もう卵かけご飯も食べられず、卵は仲間にあげましたみたいな。
人に任せることと現在地を確かめること
そんなことになったわけですけれども、今回ですね、これは後から振り返っていろいろ気づいたこと、思ったことがあります。
まずですね、運転してくださった方が悪いわけでも、ナビが悪いわけでも、多分ない。ナビのせいには若干したいけれどもね。
でも何度も通っていて道は覚えているつもりで、だけど過信があったわけですよね、どっか。
安心して任せてしまったって、私ももう道についてはまさか違うところを走っているなんて全く思っていなかったし、窓の外をね、実は見ていなかったわけですよね、見ているようで。
人に任せるっていうことは私たち信頼するとかですね、相手の方についていくみたいな、そういうことっていうのは人生の中でもありますし、
その任せること自体は決して悪いことではないと思うんです。
信頼できる相手に任せた、だから安心しておしゃべりもできたし、私たちは車の運転のことを気にしないでいられていたわけですよね。
だけど任せることと自分がどこにいるのかを見なくなることは多分別のことだったんだろうなと。
私たちはお任せしつつですね、この道がちゃんと目的地に行っているのかということをやっぱりどこかですね、気にかける必要があったんだろうなとは思うんですね。
すっかりもうお客さんになってしまうわけではなく、これって道だけの話じゃない気がしているんです。
公務員時代のレールと人生の軌道修正
私は前職が公務員で、公務員の仕事を20何年やってきていたんですが、組織が敷いてくれたレールに乗って、次はここ、次はここって人事異動の旅に移動していって、
そこで大変だって毎回こんなことが自分にできるのかって思いながらも、とにかく必死でやってみたいなことを続けてきたんですよね。
時々本当に車酔いみたいなというか、しんどいなと思ってね、体調を崩したりとか、それからこの先本当に大丈夫なのかみたいな不安もよぎりながらも、
でもその車に乗っていたわけです。
ただある時やっぱり私が行きたかったのってこっちだっけって、本当にこのままこの車に乗っちゃってていいのかなって思ったことがあって、
だけれども気がついたらもうだいぶ遠くまで来ちゃってたって、20何年あれって思うまでの間にだいぶ乗ってしまったっていうのが私の前職の時だったと思うんですね。
仕事もキャリアも人間関係も誰かや何かに任せている部分っていうのは、私たち人生の中でいろいろあるとは思います。
信頼しながら自分の方向を確認する
上司、また会社、ご家族、それから先生と呼ばれる方たちとか先輩とか、信頼してもちろんいいし、それでその方々に自分がついていきたいと思ってご一緒しているってこともあります。
だけれどもやっぱり時々窓の外を見て自分の現在地を立ちかめるってことがやっぱり大切なんだろうなと。
なぜなら私たちは私たちの人生をここに歩んでいて、それで時にご一緒して同じ車に乗って、それで同じ目的地を目指していたりするわけだけれども、
実はその目的地が自分が意図しないところに行っているかもしれないっていうこともあるわけなので、
それに気づかないで乗っているっていうこともあるし、気づいていて乗り心地が悪い車酔いをしていると思いながらも乗っているっていうこともあったりするのかなと思います。
この任せきりにしてしまっているものっていうのが何だろうっていう、結構今回ちょっと考えさせられたんですよね。
結果的にはその後ね、軌道修正して目的地にはいったんですけれども、
そして最初のお寺では座禅はできなかったんですが、2つ目のもう一つお寺に行くことになっていたので、そこで座禅はさせてもらいました。
丸い道をしてもちゃんと着くところには着くのかもしれないと、それもまた一つ言える部分なのかもしれないです。
そんなこんなでですね、道に迷ったそんな経験からいろいろ考えたことについてお話ししました。
お聞きいただきありがとうございました。皆様もこのシルバーウィーク、または通常のお仕事の方はお気をつけて、台風もちょっと心配ですけれどもお過ごしいただけたらと思います。
お聞きいただきありがとうございました。安でした。