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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。
今日は先日、茨城県の土浦近郊の霞ヶ浦のあたりに出かけたお話をしてみようかと思います。
関東の方はご存知かと思うんですけれども、霞ヶ浦って非常に大きな湖がありまして、こちらでですね、サイクリングをしてきました。
私、サイクリング結構好きなんですが、本気のロードバイクとかではなくてですね、ママチャリを借りて、そして近隣をふらふらできればいいというような、かなり緩いサイクリングですね。
そんな中で、どこかでね、走りたいなと思って探していた時に、茨城県は今、すごくサイクリングを後押ししている自治体さんでですね、県内各地にサイクリングロードが整備されているというようなことが分かりました。
いろいろ走ってみたいコースがあったんですけれども、ひとまずですね、比較的借りやすくて、そして難しくないコースということで、まず霞ヶ浦付近を走れればいいかなと。
この霞ヶ浦一周とかっていう本気すぎるものだと、かなり早朝から一日がかりみたいなことになってしまうんですが、私はそこまでですね、気合は入ってないので、
午後に着いてですね、数時間フラットできればいいやぐらいの、そんな感じのあれで来ました。
で、土浦駅の中のですね、サイクルショップで自転車借りることができましたので、ママチャリを借りました。
いろいろですね、ロードバイクとかもですね、借りられる、結構本気のサイクルショップなんですけれども、
私はですね、乗り慣れてないですし、普通のママチャリでいいやと思って、はい、ママチャリを借りました。
それでですね、今回行ってみたのが、これあれですね、実はなんか最初からここをすごく目指していたわけじゃないんですけれども、
コース的にちょうどこのぐらいまでだったらいいかなと思って、行った結果すごく良かった場所っていうのがあって、
これですね、ヨカレン平和記念館っていうですね、
この戦争中に海軍飛行ヨカレン修正という、第一世界大戦後にですね、できた、
そうした若い14歳から17歳ぐらいのですね、少年を全国から試験で集めて、
飛行訓練をさせてですね、それで飛行隊としてですね、戦地に赴いていくための練習生の施設だったっていう、
そこが茨城県の土浦のお隣になるんですかね、阿美町という、そちらの町で、
こちらに霞ヶ浦の海軍航空隊っていうのがあったことからですね、
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このヨカレン修部、いわゆるヨカレンというのがこちらに移転をして、訓練的な施設が勝ちであったっていう、
それをですね、後から平成22年だったかな、こうした記念館を作ってということで、
この記念館の建物もすごく斬新な建物でですね、ちょっと目を引くんですね、現代アート風な感じになっていまして、
ここは何だろうっていうような感じなんですけれども、入ってみると、
ここですね、私はすごい実は行ってよかったなと思っています。
入場料が500円ということでですね、正直一瞬ね、そんなちょっとするんだっていう感じもあったりもしたんですが、
せっかくここまで来たしと思って入ってみたんですけれども、結果すごく行ってよかったですね。
何が良かったかっていうと、言ってみればですね、この本当にあどけない少年たちですよね。
14歳から17歳って言ったら顔立ちもですね、本当にもう少年です。
そうした少年たちの写真が、これ写真家のドモンケンさんがですね、結構写真を撮られて、
当時いたもので泊まり込んで撮影した42枚の写真というのが、こちらも収蔵されているということで、
なんかね、すごくやっぱりね、生き生きした表情とかをね、捉えてるんですよね。
その少年たちが手紙だったりとか、それからこんな暮らしをしてましたということでね、日課とか。
あとハンモックが吊らされていて、彼らはですね、厳しい訓練をする一環で、
ハンモックで寝るっていう、そういうね、それも訓練の一環ということで、
ハンモック吊らされてて、こんな様子で彼らは生活してましたみたいなこととかもわかるようになっていて、
入隊から訓練とか、いろいろと家族との手紙のやり取りだったりとか、
飛行訓練の写真とかですね。
あと、いろいろと戦況が圧迫していて、空襲の様子だったりとか、
戦後にですね、実際に当時を体験した方であるとか、
インタビューしているものとかも映像で流してくださってたりとか。
あとは、最後の方はですね、特攻隊として彼らは飛んでいく人たちもかなりいたっていう。
実際にこうやってね、青春ですよね。若い頃に青春を過ごした、こうした彼らがその後の運命っていうのが、
実はかなりつらい。見ているのがつらいっていう。
彼らは特攻隊として飛んでいったり、
あとは特攻隊の飛行機も、戦況圧迫すると亡くなってきてしまって、
もう本当にその人間魚雷で、回転っていう人間魚雷で特攻するとか、
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それから、あとモーターボート特攻とかでですね、モーターボートに爆薬をつけて、それで体当たりさせるとかね。
もう本当に何か、当時行き詰まった日本軍っていうのは、
そういう自爆テロみたいな、そういうことを若い彼らにさせて、
それで負けていって、命も失っていってっていう、
そういう非常に悲惨な歴史が実はあるんだなという。
非常にギャップがすごいんですよね。
厳しい訓練を乗り越えて、彼らが当時は飛行機に乗って、
飛行機乗りになるってことに対して、すごくやっぱりエリートっていうか、
選抜されて、夢膨らませて、そこに行ったっていう中もあって。
でも、本当に特攻で行ってしまった人の8割はもう実際は亡くなっちゃってるっていうような、
そういう歴史もあったりとか、非常に感慨させられる、そんな施設です。
なかなか行く機会ないかと思うんですけれども、
こういう本当にね、行って、ここはすごく体験型的な、
追体験とか思いを体験できるような、そうした施設の作り方になっているかなと思って、
フラッと立ち寄ったんですけれども、思いのほか長く滞在してしまったという、そんなところになりました。
今日は土浦の近郊をサイクリングして、ちょっと出かけたこちらの施設、
ヨカレル平和記念館についてお話ししました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
ありがとうございました。