まず、ちゃんと聴く。ラジオ。この番組は、私、エール代表の櫻井の書籍、まず、ちゃんと聴く。の内容を中心に、聴くや伝えるについて、ざっくばらに対話しながら深めていくポッドキャストです。
前回に引き続き、今日は実践編としてですね、山さんのお話の続きを伺っていきたいというふうに思います。山さん、本日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。よろしくお願いします。前半お話を終えて、ちょっと休憩をしまして、私もちょっと力みが少し取れたなという感じなんですけど、
改めてなんか、ここからなんかどんな話したいなとか、前半話してみての感想でもいいんですけど、
どんな感じありますか、今。
そうですね、やはりこう、自分の中で、やっぱあまり良い状態じゃないなっていうのを改めて思って、上で、やっぱこう、良い状態って何なんだろう、みたいなことをやっぱ改めて考えてみたいなっていうのはすごく思いましたし、
なんかこう、なんでこう思ってるんだろう、みたいなことをちょっと、この休憩の間に少し思ったりはしてました。
はいはいはいはい。なんか、良い状態って何だろう、というのと、えっと、なんでこういう状態になるのかなって、違う話なんですけど、なんか一人で考えるときに、
こっちの方が自分一人で考えられそうだなとか、ここを人と話してた方がいいなとか、今日はこっち話してた方が良さそうだなとかってありますか。
そうですね、今日は良い状態ってどんなだろう、みたいな話を少しできるといいなと思ってます。
今一旦じゃあ、良い状態って何だろうと言ってみて、良い状態ってちょっと今、こう、山さんの中にありそうなものをとりあえず出してみるとどんなものがありそうとか、
逆に良い状態じゃないが何でもいいですし、良い状態って何だろうを考えていく上での最初にあるものをわーっと出してもらう感じ。
そうですね、やっぱりこう、機嫌の良し悪しによって人に対する態度を変えてしまうっていうのは結構良くないなと思っていて、
それでも周りが戸惑う、あれ何をしたらいいんだっけって戸惑ってしまうっていうのがあると思っていて、それが一番良くないなと思ってるんですよね。
やはりこう、人間なんでどうしてもバイオリズムみたいなものは当然ではあるんですが、かといって良いこと、それに対して特に怒るとか、
っていうシーンにおいて、こうなったら怒るよねっていう基準みたいなものは、ちゃんと一線置いておく。
逆に言うと、こういうことだったら怒らない。怒らないって言っても変だけど、ちゃんと向き合ってしまう。
特に感情的に怒るみたいなのが出てしまうので、怒るにしても怒り方みたいなものが安定しているというか、
一定の線引きがある、スポーツじゃないですけど、線引きがあってこうなったらダメだよねみたいなことを、
持っておきたいな、それを守れる自分でいたいなって思いますね。
そうすると機嫌の良し悪しで周りが戸惑っちゃうような振る舞いは良くないから、何かしらの基準みたいなものがあると良さそうだな。
特に感情的に怒るみたいな感情、強い感情の時には感情的に怒るではなく、怒り方あるよねというところは、
どっちかというと良い状態というよりは、そうならないほうがいいよねっていう話をしてくれた感じが。
そうですね。そこが一定にちゃんと持ててると良い状態なのかなって。
それって一定持ててる状態って、山さんの場合、ちゃんと言語化されて基準になってるみたいなものだと一定持ててる状態なのか、
もうちょっと感覚的に、これが基準だなって自分の中で持ててて、
それと照らし合わせて考えられるぐらい、自分の中の感覚として持ってれば良いみたいな感じなのか、
一定持ててるっていう状態ってどういう状態だと持ててるなっていう感じになりますか。
放射に近いですかね。あんまり言語化してバチッと言語化しちゃうよりも、感覚的にこういう時はこうなるよねっていうのが自分の中で持ってて、
それと照らし合わせて、今ちょっと違うなって思えるかどうかってすごく大事かなって。
どうすか、これまでの場面の中で未来も起こり得そうな場面を想像して、
その時に今言った感覚的に照らし合わせられるものがあるかどうかを今作っていくみたいな感じとか、
確かめていくみたいな感じが良いのか、
何だろうな、その場面を想像せずに割と抽象的に整理していく方が良さそうなのか。
場面を使う方が良いかもしれないですね。
良いかもしれない。
この感覚的に言って、この良い状態を持ててる状態、基準を持ててる状態か、
っていうのを考えるにあたって良さそうな場面で言うと、さっきの子どもの場面ですか、他にもありますか。
そうですね、子どもの場面が一番今の自分の中の比重が大きいかなと。
はいはいはい。
言ってらっしゃいの場面、他にもあります?
いくつか、一旦いくつか出してみると、言ってらっしゃい以外にどういう場面がありますか。
そうですね、子どもに、例えば宿題をやりなさいとか。
ほうほうほう、ありますよね、そういう場面ね。
ちょっと、なんていうんですかね、日記を書いてるんですけど、日記を自分で書くって言って始めている。
まあ最初は書いてみようかみたいなことをやりながら、じゃあやってみるって言って初めて日記を書かないみたいなシーンとか。
なんかそういうシーンが結構思い浮かんできましたね。
ちなみに他にもありますか。
そうですね、あとはそうだな。
本当に例えなことなんですけど、お風呂に入るとか。
今からこれをやるって言ったのに、タブレットを見て動かなくなっちゃうとか。
あとは、当たり前にそれはやってよね、みたいなときにやらないとか。
なんかそういうシーンが結構自分の中で今出てきましたね。
なるほどなるほどなるほど。
当たり前にやってよねのシーンで。
なんかお手伝いをするようなシーンとか、日々これはやろうねみたいなことを言っているのに、
あれ今日これやってなくないって言ったときに、なんかこう崩れるみたいな。
はいはいはいはいはい。
そっかそっかそっかそっか。
そのときに、行ってらっしゃいもそうだし、宿題やりなさいも、日記の話も、お風呂に入るも、手伝いも、
いい状態だと、コンディションというか、バイオリズムが悪くないときにはどんな反応になるんですか。
もう理解しようみたいな気持ちが先に立つんですよ。どうしたみたいな。
なんか他に、なんか今日はなんかあるのかとか、気持ちなのかそのときの気持ちなのか。
例えばこう、今はこう、すごく、
例えばタブレット見ててお風呂行かないみたいな、すごくいいシーンだからあと1分待ってほしいのか。
はいはいはいはい。ありますもんね、それ理解しようと思ったらそういう場面あるからね。
大人でもあるじゃないですか、そういう。
あるあるあるある。
なんかそういうのを。
ちょっとだけ待ってみたいなね。
なんか理解しようとか。
理解しようって。
その状況に対して、やるやらないの判断を子どもがする前に、
じゃあどうなったらできるんだっけみたいなこととかを、ちゃんと向き合って話せるときもあるなって思うんですよね。
そこの理解をしよう、なんか理解しなくていいわけじゃないんですけど、
なんか理解しようとするプロセスみたいなものが自分の中で持ててるかどうかみたいな結構あるかもしれないと思いましたね。
これよりも、なんかその瞬間的にワーって起こるが、
まあ多分最悪というか一番起こしたくない状態だと思うんですけど、
この間はいくつかありますか。
理解しようから起こるの間。
例えば、自分のキャパがちょっとメンタルきてるなみたいなときでも、
1回目とか聴いたりするんですよね。
どうした、今日やんないの?みたいな。
ちょっと待って、みたいな感じで。
そこの粘り強さみたいなのが、
なんていうんですかね。
度合いみたいなのが結構あるかなと思っていて、
本当に自分が切羽詰まってるというかメンタルきてるなっていうときとかは、
今日やんないの?ちょっと待って。
やりたくないならやめればいいじゃん。もうやめろよ。みたいな感じになっちゃう。
はいはいはいはいはいはい。
それはなんかもうちょっと粘り強さ、粘り強いというか、
フラットなときって、今日やんないの?どうした?みたいな話になって、
なんか今ちょっと待って、今なんか見てんの?とか。
じゃあどうしたらできる?
どんくらいになったらできるかって。
自分で言える?みたいな。
なんかこう、
ラリーの回数っていうかな。
はいはいはいはい。
そこのなんかがあるかなってちょっと今思いましたね。
なるほどな、なるほどな。
1回聴くで、ラリーの回数が1回で、
怒る側というか、もういいよ、じゃあやめたらって言っちゃう側と、
なんか理解しようとしていく側にこう分かれると思うんですけど、
1回聴くもできないんだけど怒るまではいかないみたいなパターンもあるんですか?
それはあんまりないですか?
そうですね。
なんか、いきなり怒るは、さすがにまだないかな。
そっか、まだない。
いつか出そうですか?
いつか出るかもしれない。
知れないけど、まあでもないんですね、今まではね。
そうですね。
そうするとじゃあ、大概の人は1回聴くは挟んでる、
それともなんか、ちょっとなんだろうな、
1回聴くこともできないし、怒るわけにもいかないから一旦見ないふりをするとか、
いやわかんないです、全然なんか違う選択肢があったりするのかなっていう。
見ないふりをするというか、
あえてこう、自分としてそこを、
なんか、やってないなって気づいて、
そこでラリーをするのに、
意識を使えない時とかは、
なんかあって、それで確かに見ないふりをするなんですけど、
ほんとに、
それが溜まってる気はするんですよね。
次の日とかに同じことが起きた時とか。
あー、なるほどー。
なんか、
昨日もやってなかったでしょ、みたいな怒り方をした時とかがあるなって思って、
溜まってることによって次の日の、
エネルギーが強くなってるみたいな。
そっかそっかそっかそっか。
ここまで話してみて、
なんか、一定その、
なんていうのかな、
良い状態に、っていう時の基準で言うと、
どの辺までいけてると、
まあ、OKとかなのか、
ここから先はもう絶対ダメ、みたいなものなのか、
なんか、その分けた先ごとにちょっと対処法があるのかとか、
なんかその辺かなと思ってたんですけど、
ここまで話してみてどうですか。
今話していて、
やってる行動ももちろんそうなんですけど、
それ以上に、自分の、
相手に対する、
気遣いっていう言い方が正しいのかわかんないんですけど、
理解しようとする姿勢、
みたいなのが大きいなって思って、自分で思ってですね、
なんかこう、なんだろう、
結局こう、
例えばじゃあこう、怒ってるタイミングの時、
怒るようなタイミングの時に、
あと1分待ってって多分子どもから言われてたら、
多分待てた気がするんですよね。
わかんないですけど。
なるほど、なるほど。
今すぐやれ、みたいな感じになる時もあるんですけど、
それで結局子どもがずっとだらだらしてたりとか、
何もわからないまま、
どうなるのかがわからない状態のまま待ち続けて、
すごい負荷だなって自分で思って、話してて、
なので、どうなるかわかる。
それは例えば何分後にどうなるみたいなことがわかると、
もしかしたらちょっとそこが違うのかな。
そこの受け入れる姿勢みたいなものを、
どれだけ持てるかが結構大事かなと。
どうやったら自分の中でキャパが詰まってきてる時に
受け入れられる姿勢を持てるのかっていうと、
なかなか難しいところはあるんですけど、
なんかこう、一定の基準のもとに、
自分こうなってるなって判断をするみたいな意味で言うと、
今のは結構受け入れの気持ちと、
自分のこうしようねって相手に求める気持ちのバランスみたいなのも、
もしかしたらちょっと測れるのかもしれないと思うんですけど。
相手を理解しようとする姿勢、
受け入れる姿勢っていう言葉を使ったんですけど、
この度合いが自分の中で、
その時その時でこう自覚できるようになると、
なんかいいみたいな話も一個ありそうだなっていうのはちょっと思いながら聴いていたのと、
逆にそのなんていうのかな、どうなるかわからないという状態がすごい、
山西にとってはストレスなんだろうなっていうのを聴いていて感じた時に、
なんかお子さんに協力してもらえることというか、
なんかこういう、そういう時にこういう伝え方をしてくれたら、
こういう伝え方してくれたらすごい嬉しいんだけどっていうのを、平常時にやりとりしていくというとこもありそうだなと思って。
そうですね。確かに。
具体的らしい思い浮かびながら考えてるんですけど。
そうですね。
宿題やってとか、お風呂入ってみたいなときに、
やるかやらないかじゃなくて、自分がどこまでのタイミングだったらやるよみたいなことを自分から言ってほしいみたいなのがあるかもしれないですね。
見てるYouTubeがあと3分で終わるから3分だったらやるよーとか言ってもらえたら3分待つっていう気持ちになるし。
そういう伝え方とか話し方とか、自分の行動として自分で選択をするみたいなことを言ってもらえるのは、もしかしたらヘルシーなのかなと思いました。
プライベートにかけるバランスが低いときでもそこまでストレスフルにならない状態でいられるっていうことはあるかもしれないってすごく思いました。
でも、幼稚園行かないとかはな、ちょっとなかなか。
そうですね、4つさっきシーン出てきましたけど、行ってらっしゃいで、今日は一緒に来てみたいな話のときはどうなるのかなって僕も想像しながらちょっと聴いてましたけど。
そこで子どもに言語化してもらうってちょっと難しいかも。
難しいですよね、難しいですよね、難しいですよね。
思いながら。
このとき、宿題やりなさいとお風呂に入りなさいみたいな話と、時間の話と意思の話とちょっと違う種類な気がするんですけど、このときは何が起きてる感じなんですか。
どうなるかわからない状態ではない負荷を感じてるってことだと思うんですけど。
でも質としては同じかなと思って。
そうなんだ。
いつまでこの、行ってらっしゃいするまでに、じゃあどうなったら行ってらっしゃいみたいなのがもう見えなくなるわけですね。
なるほど、なるほど、なるほど、なるほど。
普段行ってくれるときだったらもう、行ってらっしゃいって門が開いたら行ってくれる、けど行ってくれないときに。
なんか別にその後切羽詰まってるわけじゃないけど、結構こう、え、じゃあこれどんくらい付き合えばいいの?みたいな気持ちとかがやっぱ出ちゃうのかなって思いましたね。
なので質としてはなんか結構似たような感じなんだけど、じゃああと5分したら行きますって言葉がやっぱ言えるわけじゃないよね。
言えないですよね。
確かに。
ちょっとアドバイスチックになっちゃう気がするんですけど、
山瀬さんの性格というか価値観として、どうなるかわかる状態にしておきたいっていうのがあるんだろうなっていうふうに。
わかんないにしても何分後にどうなるとか、わかんないにしてもここまで行ったらこれが終わるとかっていう状態があるということがすごく負荷じゃない状態なんだろうなというふうに思って。
なんかその特性をやっぱ子どもが理解するってすごく大事なんだろうなっていう。
子どももすごく賢いと思うので、お父さんがこれがストレスなんだとしたらこれなくしてあげようって。
だってそうしたら怒られないわけじゃないですか。
それを知っていて、こういうふうに伝えたりとかこういう状態を作ればお父さんが怒らないとわかれば賢いから多分そうしてくれると思うので。
お父さんの特性を子どもに理解してもらうっていうのはすごく、僕は有効なんじゃないかなっていうふうに。
確かにな。
今聴いてて、行きたくないときでも、パパはずっと一緒にいられないからずっとここにいてって言われるのはちょっと辛いんだみたいなことを言っておくと、
今日は一緒に来てほしい気分なんだけど、どこまで一緒に来てとか、何々先生のところまで一緒に来てって言ってもらえたら確かにあれかもしれないな。
いつもは一人で行けるけど今日は一緒に来てほしい気分だから。
どこまでやってほしいみたいなことを言ってくれたら全然違うなっていうのはすごい思いましたねって言われて。
そういう特性とか、一個一個のシーンで全部伝えるか、抽象的に伝えるのかとか関係性の中でありそうですけど、
確かに理解、子どもに理解してもらうみたいな、確かにすごく有効かなって今聴いてて思いましたね。
めちゃくちゃあと15分ぐらい喋りたいんですけど、時間がありましてですね。
ちょっとアフタートークで話せればと思うんですが、一旦ラジオとしてはここで締めようと思うんですけど、
前回、今回とお話ししてみて、何か今思ってることとか感想とか、話は内容のことでもいいですし、全体のことでもいいですし、感想的に何かあれば最後お伺いできればなと思うんですけど。
やっぱり問いかけてもらうってすごくいいなっていうのを改めて思って、
自分だとモヤモヤしてる中で、これとこれは違うことで、ここから掘り下げていこうとか、これを整理しようみたいなのを、
一人でやるのすごく難しいものだと思っていて、
特に今回のテーマの話とか、答えとか着地とかってあんまあるわけじゃないです。
佐藤さんが問いかけてくださったのも、結局こういう特性だからこういうのありそうだよねみたいなのを問いかけてくださったのが、
すごい自分の中では新たな気づきがあったなと思って、すごくいい時間だったなと思いつつ、
やはり改めて自分のことを深く俯瞰して見れる時間になったなと思って、
僕の中ではめちゃくちゃ濃い時間だったなと思いました。
よかったです。そんな風に言っていただけて、後半はもうただ楽しく山さんのことを知りたくて、
時間を過ごしていたという僕の感じだったので、何かいい時間になってたら嬉しいなというふうに思います。
じゃあ今回はこの辺りにしていきましょうか。
改めて山さんありがとうございました。
ありがとうございました。
ということで、まずちゃんと聴くラジオの、まずちゃんと聴くのですね、著者によるまずちゃんと聴くの実践編ですね。
いかがでしたでしょうか。今後もですね、この実践編もそうですし、実践編の振り返りをしていくですね、セッションリプレイという企画もやってまして、
これも僕大好きなので、この山さんとのやり取りもリプレイすると思うんですが、
そしてゲストをお呼びして山田さんとですね、一緒にお話をしていくかにも含めて、交互にいろいろ織り交ぜながらやっていきたいなというふうに思いますので、
また聴いていただけたら嬉しいです。それでは本日はここまでとしたいと思います。皆さんありがとうございました。