ちょっとこれね、先に言っておかないと忘れちゃうんで、結論めいたことを
最初に置いておきますと、えっと僕ね本当にその僕もそれを心がけてるんで、
エールさんの事業としても今エールさんのやられていることって本当にそのある立派な会社の中で1on1っていうものとか聴くっていうことを根付かせるっていうことをやられていると思うんですけど、
あの対話の方法ってまああの皆さんよくご存知だと思う、思いますけど、聞いたことぐらいはあると思いますけど、今オープンダイアローグっていう精神医療の世界では流行っていて、
僕がそのやってる性の哲学対話、恋愛の哲学対話っていうのはまあ一旦哲学にする、つまりあの櫻井さんの本では
そうじゃない方がいいよって言われてた、「なぜ」私はこういう恋愛をしてしまうのかっていうことを一旦
みんなで取り上げて、つまり自分からその「なぜ」を切り離すわけなんですよね。哲学になぜ人間は例えば浮気をしてしまうのかとか、あるいはなぜ浮気をされると悔しいのか、それは自分の尊厳が脅かされるからだみたいなことは
やっぱり哲学は「なぜ」っていうこと扱うわけだ。本の感想にもなってくるんですけど前回も言いましたけど、「なぜ」ではなくて「なに」から入る
「なに」に問いをシフトしていくことによってその人の心に寄り添うって言い方も甘い言葉なんですけど、
視点を同じにするって言いましたっけね、その人の隣に立ってその人が見てる景色を見るようになるっていうこと、僕ここに
非常に感銘を受けまして、やっぱりオープンダイアローグっていう対話のやり方だと、これあの
大きな哲学的な性の問いではなくて、その人個人が持ってる苦しみにフォーカスしていくんですね。その時にやっぱり「なぜ」の問いはダメだって言われてるんですよ
哲学対話では「なぜ」の問いを増やしていくことでどんどん心が軽くなっていくんですけど、それに答えを出さないで考え続けることでむしろ心が軽くなっていくんですけど、オープンダイアローグでは誰かの話を聞く時に「なぜ」ではなくて「なに」があなたにそうさせたか
僕これ早速ね、櫻井さんの本に書かれてたことを応用してるんですけど、マジで、やっぱり誰かの問題に寄り添う時に「なぜ」は禁句ですね。「なに」があなたをそうさせたか。これはまたこの話もすると長くなるんですけど、とりあえず最初に言いたかった結論を言うと、ぜひ今後ビジネスの場でね、そのオープンダイアローグ的なコーチングっていうのが
広まっていくというか一つの手法としてあるとね、いいなと思うんですよね。1on1でなきゃわからない、それによってもちろん上司と部下が仲良くなるみたいなことはあるんですけど
1on1って、精神分析の世界では非常に危険だと言われてて。だから今、カウンセリングが一対一である、危険なんですよね。前回もちょろっと触れましたけど、AV監督がAV女優さんの心の穴に、撮影の前にあんまり入っていきすぎるのも実は危険だっていう。今のポリティカルコレクトネス的に危険なんですよ、確かにね。
人間の心っていうのがすごく脆くなっている部分がある。そうすると、みんなで誰か一人の話を、だがその人を否定しないで、その話を当事者に聴かせる。聴かせるんだけどもお互い傷つけ合わないっていう安全性を持った上で、「なぜ」を問わない。
あなたも一緒に、あなたが何、あなたにそれをさせたのは何かっていう。今、哲学の方の流行りの言葉で言うと中動態っていうらしいんですけど、これも詳しく説明すると、もうそれで5分10分かかってしまうんで、皆さん興味があったらググってください。
おググりください。中動態って、受動でも能動でもなく、中の動く態と書いて、動詞の作り方があるんですよね。それでいった方が安全だっていうのがあって、今の櫻井さんの問いに答えずに先に結論言っちゃったんですけど、言っておかないと忘れるから。
オープンダイアログ的な、みんなで話して、そして問題解決に向かわない。問題解決には向かわないんだけど、なぜかその人の在り方を受容していくっていう、会話の在り方っていうのを、ぜひ研究対象にしていただきたいなと思いました。
で、人間の心というのは、あるいは欲望というのは、子どもの頃に叶えられなかった 欲求から生じていくというのはもう、どう考えてもそうでしょう。
まさにエールがやってることって、先ほど言った仕事もしたい、家庭も持ちたい、結婚もしたい、子どもも産みたいという気持ちをそれぞれ因数分解していったら、実はこれ一つから来ていたっていうことも結構あるじゃないですか。
この分解をしていくということをビジネスにしているわけなんですけど、でもビジネスになりづらくてやっぱりそれって。
これをどうビジネスにするのかって、二村さんがやられていることと、わかりやすい男性の即物的な欲求っぽいものがうまくビジネスになっている。
この本質的なこととビジネスが重なっているのってどうやってやるんですか、みたいな話も1個聞きたいんですけど、それいっちゃうとちょっとあれしそうなので、1個ちょっと脇に置いておいて、それはまた裏でお話とかさせてもらうとして。
もう1個聞いていいですか? 今の話につながるんですけど、セックスの時は嘘をつかなくていい状態でいられる、その自分でいられることが幸せであるっていうふうなことのようなことをおっしゃってた理解を僕はしています。
人間って生きてると、ここでこのラジオの収録をしている自分も嘘がない自分だし、でもそういう場面で自分の欲望が出る自分も嘘がない自分だしって、嘘がない自分っていうのが結構複数出てるんだと思うんですね。
なんならこの会社の中では仮面をかぶって生きるということ自体も、もうそれ選択していればそれもそれで嘘でないような感じもしていて、
二村さんがその時におっしゃってた嘘をつかなくていい状態っていうものって何を言ってらっしゃるのかな。
僕たちのサービスで言うと、多分非日常なんですよ、エールっていうサービス自体が。
日常の世界から切り離された場所だからこそ出せる自分っていうものを扱っていることもあって、
この嘘のつかない状態でいるっていう状態をどういうものと捉えていて、
それを引き出すっていうことってどういうことなんだろうみたいなところにちょっと興味があって、お伺いしてみたいんですけど。
ちょっと適切な答えになるかどうかわからない。今お話を伺っている僕自身もね、すごく考えましたね。
つまりね、だからこれは初めていうことなんですけど、多分一つにあるのは嘘をついている人は苦しそうなんですよ。
苦しい。嘘って言うと、論理的に考えると嘘に対比するものとして本当っていうことが出てきますけれども、
おそらく櫻井さんが今おっしゃったことはそういうことだと思うんですけど、本当なんてないですよね。
本当の自分を考え始めるとえらいことになる。
それはもう、いわゆる自分探しみたいな文脈でも、哲学の世界でも、本当なんてないと。
一人一人の他者と向かい合って、嘘をついていない自分であり、それを総合した完全に本当の自分なんていうものは、
そもそも自分の心っていうのが、さっきも言いましたけど、傷つきから生じているあるいは親との関係から生じて、
そこにいろんな成功体験や失敗体験、成長だったり学習だったりが積み重なって心ができている。
そもそも本当の自分なんてものはないんですよね。
あるとしたら、ユングとかが言いますけど、ちょっとオカルトっぽくなりますけど、集団的無意識。
つまり、みんなにとって幸せな一つの倫理みたいなものは、
人類みんなの心かもしれないけど、でもそれもね、ある共同体の中の心みたいなものであって、
個人の本当なんていうことを言い出したら、まあまあ辛い、ますます辛くなりますよね。
本当の俺は何なんだとか、私が本当にやりたいことは何なんだって言い出したら。
だけどさっき言ったように、自分というものが他者との、その時目の前にいる大切な人との関係によって、
その時その時で生まれるものであるならばですよ。
嘘をつかないことによって苦しくなることは避けられるし、
あとある人と本当の自分ができた、別の人とあるいは会社の中で本当の自分ができた、
その2つが矛盾するっていうことがありますよね。
これみんなあると思うんですけど、そこはね、矛盾を生ききるしかないと思うんですよ、人間は。
多面性を生きるしかない、だから櫻井さんの本に書いてあった言葉で言うならば、
多面性を生きるしかないですよね。
で、その多面性がそれぞれを、どっちも自分なわけですから、それを攻撃しないようにする。
攻撃するんですよね、人間って自分を。
ある自分がAの、Aと他者との間に生成された自分がBという他者なり共同体なりで、
ちゃんとやらなきゃいけない自分のことを。
そんな自分、だから罪悪感とか劣等感ってそうやって生じてくるんだと思うんですけど。
答えになってますでしょうか。
いや、もう脳がめちゃくちゃ刺激されてます。
山田さんここまで聞いててなんか、中動態から始まり。
一個だけ違う話題提供を、今日最後話させていただくと、
ソース原理という、人の創造的な活動は必ず一人創造の主がいるみたいなことの本の翻訳をしたことがあるんですけど、
その提唱者が人の創造性を濁らせるのは、その人の中にある恐れであるみたいなことを言っているんですね。
で、それは心の穴ってお話とまさになんですけど、
その提唱者がなんでそこに気づいたかというと、
人とお金の関係を徹底して見つめていった結果、そこに気づいているんですね。
その提唱者のピーター・カーニックという70代くらいの方と話しているときに、
人が、特に今の世界、タブーとして語るのがすごくはばかられるのがお金と性であるって話をされているんですね。
やっぱりどちらも、抑圧している何かというものが出せていない。
で、そのソース原理というものの提唱者からすると、不安がある。
二村さんの言葉で言えば、心の穴がある部分を埋めたいというその欲を裏返してお金に投影する。
お金ってやっぱり鏡なので、そこに人はいないので、
その道具に見せることによって埋めようとするのがお金に表れるんだって言い方をされているんですよね。
っていうのは、違うアプローチなんですけど、すごい同じことをおっしゃってるんだなっていうのが、
その穴というか、見えない部分を頑張って何かで満たそうとするっていうのは、
同じ構図だなぁというのだけで、ちょっといろいろ伺いたかったんですが、
一旦話題としては出してみたいなって思いました。
いやー、これ話したいな。たぶん、あと10分以上かかっちゃうんですけど、
簡単になるかな。
簡単に言うと、文化人類学では、農業が人間が発明して、
つまり資本主義ができてからですよね。
そこからやっぱり、1万年くらい前だと言われてますけど、
我々の心っていうものがこういう形になったんだって言われてますよね。
つまり嫉妬が生まれたり、そもそもモテ非モテがあるのは、
本来の性的な魅力ではなくて、
それ以外の、あの人と一緒に子供を産めば自分の産んだ子供は
飢えないだろう、みたいなのは、完全に農業のせいですよね。
ある資本家っていうものが生まれたから、
今のモテ非モテってものができた。
だけど、お金が生まれたからであり、
だからお金は恥ずかしいんですけど、お金の話をするのは。
その前に、やっぱり今の我々が考える動物の性とは違う、
人間の性欲、欲望、性っていうより欲望ですよね。
それがおそらく、農業が生まれる前に生まれていて、
だから二段重ねで人間はどんどん恥ずかしくなり、
傷つきやすくなってるんじゃないですか。
だから農業が生まれ、
性の概念がただの生殖じゃなくなった時から、
やっぱり人間は恥ずかしい。
で、それをもう無しにするわけにいかないですから。
ヒッピー文化みたいな、もう裸で暮らしてお金がない世界。
あるいは共産主義でもいいんですけど、やっぱり無理じゃないですか。
なかなか無理。
そうすると、その恥ずかしさとかによって生じる、さっきの話を戻すならば、
自分の多面性、矛盾する欲望みたいなものを、
うまく自分に嘘をつかない、人を傷つけないように、
うまくそこを巧みに乗りこなしていくしかないですよね。
で、その恥ずかしさとか、
恥ずかしさによって抑圧された、
金が欲しいとか、たくさん女を抱きたいとか、男性ならね、
女性であればいい男にモテたい、いい男から評価されたい、
みたいなことをやってると、
本当に自分の子どもの頃の、本当に叶えたい欲望が、
つまり櫻井さんで言うならば、櫻井さんだけじゃないと思うんだけど、
優しくされたいだったり、大切にされたい。
ある人から、自分が愛した人から大切にされたいっていう、
そこがビジネスでも聴くことが大事っていう話に直結する。
当たり前だと思うんですけど、そこに気がつかないと、
権力を得た人は、権力によって女を抱こうとし始めると、
しくじりに結びつきますよね、今の世の中ね。
だからやっぱり、これから金持ちになりたいと思っている人も、
もうすでに金持ちになってしまって、失却が怖い人も、
やっぱり欲望の因数分解をするべきなんじゃないですか。
なんでこれやってるのか。
子ども、一つだけすいません。長くてすいません。
僕が好きな橋本治っていう作家がね、
この人はゲイなんですけど、もう亡くなっちゃいましたけど、
非常にもう、第1回小林秀雄賞とか取った人なんですけど、
彼が、セックスって要するに子どもに返ることだと言ってるんですよね。
彼はゲイではあるし、あらゆる変態を肯定してますけど、
それは僕もそうなんです。僕は全く彼に影響を受けてるんですけど、彼の思想にね。
ただ、やっぱり、いわゆるロリコンはダメだと。