板崎さんからの突然の電話
板崎さんに家を貸した日から数日後、電話がありました。 引っ越し先を知っているのは弟とメイ、あとは数人のお友達くらいなものなので、そのつもりで取りますと、聞き慣れない若い女の人の声でした。
もしもし、かがたさん? 少しかすれたその声に、私はちっとも聞き覚えがなかったものですから、てっきり何かの勧誘だろうと思いました。 そうですけれど、どなた?
板崎です。あの、あなたの家に越してきた。 ああ、思わず驚きの声が出ました。
あの、引っ越しの挨拶に行きたいんだけど、どこに住んでるのかわからなくて。 まあ、あの、ご挨拶なんていいんですよ。そんなご丁寧に。
私は必死でお断りしました。 急なお話でしたし、電話の向こうの板崎さんの声は、ずいぶんと乱暴に聞こえましたから。
でも板崎さんは、私のうろたえぶりなどお構いなし、というふうでした。
私も前に住んでた人が見たいの。ほら、お互いの顔知らないのって、なんか気持ち悪いでしょ? 今の時代の悪いとこだと思わない?
板崎さんの推しの強さに、とうとうこんまけした私が住所を教えますと、
知ってるそこ。駅前に新しくできたマンションでしょ? 近いから、10分で行くわ。
新しいマンションでの生活
と、勝手しったりようでした。 私は慌ててお化粧を直し、もしかしてと思い、部屋を簡単に掃除しました。
前の家に比べると、こちらの家は小さく、お掃除も大変楽です。
お風呂もボタン一つでたきあがりますし、階段の上り寄りをしなくていいのも、切れた電球を管理人さんが変えてくれるのも、とても助かります。
マンションの下はスーパーですし、お願いしたら家まで配達してくれます。
本当、何から何まで弟や姉の言う、安心で楽が詰まった家なのですが、私には何か物足りなく、日々時間を持て余してしまうことがありました。
なので、突然の板崎さんの訪問は、少し驚くことはありますが、でもどこかで楽しみにしているようなところもありました。