古い不眠症を考える、その4として最初の睡眠薬、光と影を持つ薬物との付き合い方です。
いよいよ、薬ですね。
はい、ありがとうございます。今回は、初めて人類がつくった睡眠薬をたどって、今後、私たちは薬に頼っているんですけれども、そういうのをちょっと見てみたいなということですね。
初めて、人類が睡眠薬をつくった歴史をちょっと考えてみたいなと思います。
その前に、そもそもですが、人工物を口に入れることの不安感は感じませんか?
めちゃくちゃあります。
めちゃくちゃあるんですか?
あるけど、口にはしています。
コンビニのおにぎりをしょっちゅう買って食べるんです。
だけど、きっと防腐剤が入っているような。ちょっとドキドキしながら。
本当は自分で炊いたご飯で作ればいいんだけど、忙しいとか言い訳しながら。便利なんでね。
そのぼんやりとした不安感が、陰謀論的なところに行ったりとかね。
あるいは、変な宗教的な、宗教というのはあれですけれど、信念というか、私はこの人工物は口にしないみたいな考えを持つ方もいらっしゃるかと思うんやけれど。
やっぱりね、これってちょっとやりすぎちゃうかなという気もしてるんですよ。
なるほど。
例えばこの薬剤っていろいろあるけれども、漢方薬は別にして、ほぼ人間が作った物、物質なんですよ。
そうですよね。
例えば救急車で運ばれたとしますやん。
はい。
いろんな処置を受けると、病気がどんなにしても。
例えば止血剤だったりとか、感染症だったりとかしても、すべての薬剤は人工物なんですよ。
そうですよね。
だから人工物が嫌っていう人は、救急車に乗って運ばれても何もしてもらえんというぐらいなことなんですよね。
確かに確かに。
だから人類っていうのは、ここ200年、300年、いろいろなのが改善はしてるけれども、その多くはやっぱり人工物が支えてきてるんですよね。
そうですよね。
それなしでは生きられないというか、というのも事実なので。
だから変な不安感だけを取り上げて、そこだけ取り上げるって変なことになっちゃうんかなっていう気するんですよ。
程々がやっぱりいいですね。
程々っていうか、実はどっぷり使ってるよっていうことだと思うんですけどね。
なるほど。
例えば、まだ例えやけど、交通手段あるじゃないですか。
今さ、車とか電車とかがない生活って考えられないじゃない?
考えられないですね。
それがないと何にも動かないと思うんですけど、それと同じようなもんだと思うんですよ。
なるほど。
確かに古代の人間はそういうことがなくて生活はできてたと思うけど、
現代の社会を構成するには、人工物の手段っていうのを借りないと動かなくなってるのかなと思うんですね。
当たり前になってますよね。
そうなんですよ。それがないと本当に現在社会はなっていかないので、
この医療の社会もそういうことやということの始まりの薬をですね、ちょっと言っていきたいなと思うんですよね。
なるほど。薬だけ特別って考えないようにせんとダメよね。
そう。全てのことがやっぱり人工のですね、一定の文明が成長して、僕らがそこで生活しているということだと思うんですけどね。
なるほどです。
そこのところをちょっと見ていきましょうかね。
その睡眠薬の名前なんですけれども、香水クロラールと言います。
香水っていうのは漢字で、いだく水と書いてですね。クロラールっていうのがカタカナなんですけど、
その化学物質の名前なんですけどね。香水クロラールってちょっとあれだから、今回はクロラールという言い方をしていきたいなと思うんですけど。
はい。
このクロラールというのは1832年に合成されました。
ほう。結構古い。
結構古いですね。だから19世紀の初頭ぐらいに合成されて、そこからでも50年ぐらい経って1969年に不眠症の効果が確認されて、そこから睡眠薬として使われる、始まるんですね。
結構広く使われてるんですけれども、依存症とか過量服薬で危険だということが分かったり、味が悪かったり、皮身とかの副作用があったから、
2900年頃から新しいバルビツール系の睡眠薬っていうのが登場して、それにとって買われることになります。
だから30年40年ぐらいはこのクロラールというのが比較的、睡眠薬ではメインに使われてた時代っていうのがあるんですね。19世紀の終わりぐらいから20世紀にかけて使われてました。
はい。これ最初どこでできたんですか?外国。
外国です。ドイツですね。ドイツの先生が発見されて、それでドイツとかイギリスとかアメリカとかでどんどん発展していたっていう靴になりますね。
実は今もですね、残ってます。この薬。
そうなんですか。
睡眠薬としては使われることはないんですけど、転換の薬としてまだ残っていて、ちょっと他の転換の薬との基準が違うので、小児経電の充積発作の時とかに使われてますね。
なるほど、なるほど。
この薬ちょっと苦いもので、普通の薬にするとなかなか苦くて飲めないんですよ。
だから罪悪というかですね、お尻から入れるような薬にすると割と使いやすいというか、子どもさんには使えるということで。
熱性経霊の充積の時とかには日本でも未だに使いますね。めちゃめちゃたくさんは使われないんですけれども、やっぱりこれを使うということが時々あって。
僕自身も小児の方の転換とかを時々見ることがあって、その時にはエスクレ中長剤というんですけど、これを時々処方することがありました。去年もしたことがあった。
だから少しは残ってるんですね。歴史の非常に深い薬ではあるんです。
そうですね。
放水クロラールの話をしようと思うんですけれども、人工物の薬ができた経過なんですけれども、まずちょっとその前になんですけどね。
ヨーロッパのその時期って、宗教と科学とが競い合っている時期だったんですよね。
神様というのがやっぱりいてて、生物というのは無生物とは違うものだというですね、古くからの考えがあったわけですよ。
生命っていうのは神様が与えたものですよっていう考え方です。
今もね、原理主義の人とか考えてる人もあると思うんやけれども。
ありますよね。
まあそういう考え方がわりとメインだったのが18世紀ぐらいそうだったんだけども、ただその科学が発展する中でちょっとそれが怪しいんじゃないかとかっていう話も出てくるんですよ。
生命と無生物との違いはどういうことが違うんかっていうことを、科学の世界でその頃考えられていたのは、いわゆる実験の部屋とかで科学反応とかっていうのを実験してわかっていくんですよね。
でもその科学反応っていうのは、生命が使う科学反応とはまた別だって考えられてて。
普通の実験室で行う、人間が行う死んだものの化学物質っていうのは、その後元に戻ることもできると。
ただその生命が司っているような反応っていうのは元に戻らないよっていう考え方があって。
例えばワインを、ワインっていうのは葡萄ジュースを発酵させてできるじゃないですか。
でも一旦できたワインは、もう葡萄ジュースには戻らないとか。
あるいは卵からひなができますやんか。
でもひなから卵を作ることはできんとかね。
これは生命の動きでやっていることなので、これはやっぱり神様が司っている反応ですよっていうふうに考えられてた。
なるほど。
そう言われてみればそうなんかいなと。
確かにねって感じですね。
ね、言われてみればそうなんかなと思うんですけど。
でもこの19世紀のですね、1932年にですね、ドイツの科学者のフリードリヒ・ビーラーという方がですね、
今まで来た体内でしか作れないと思っていた化学物質の一つを実験室で合成するのに成功するんですね。
それが尿素なんですけども。
尿素を死んでいるいわゆる化学物質を組み合わせることで作り上げることができたと。
すごいな。
ということが分かって、ちょっとだからおかしいのと違うかと。
つまり人体というか生命の体の中で行われていることも実験室で行われていることも同じなんじゃないかなっていうことがこの頃から分かり始めたんですよね。
でもう一つ同じ頃に大きな発見があって、このビーラーさんの友人でより偉大な化学者と言われている、化学者と言われている人がいているんですけど、
ユリティ・スポン・リービッヒさんって言うんですけどね。
このリービッヒさんは同じぐらいにですね、植物が成長するためには地素とかリンとかカリウムとかっていう無機質の元素が必要だっていうのが分かって、
肥料を作るきっかけになるんですよ。
化学肥料の始まりですかね。
だから今まで肥料っていうのは、人粉とかね、コネとかを経験的に畑にあげると植物がよく育つっていうのが分かったんだけれども、
それがなぜそうなるのかということが、この原理が分かったと。
この地素とかリンとかカリウムとかっていうこの無機質の元素が必要だっていうことが分かって、これが化学肥料を使うことになるんですけどね。
いろいろ研究する人いるんですよね。
そうなんですよ。このおかげで実はこの化学肥料が大々的に作られることになって、この20世紀以降の人口爆発が支えられる農業になるんですよね。
食べるものいりますもんね。
その化学肥料っていうのができることで、とても作物が豊富に人間に手に入ることになってっていうようなことも社会変わるわけなんですね。
そういうことが分かり始めて、この19世紀の半ばからにかけて、神様っていうのは怪しいぞというか、化学の世界ではね。
このリービッヒさんっていうのが、この化学肥料の始まりを作ったような方が、作ったのがこのクロロールだったんですよ。
あら、せっかく見つけたのに。
見つけたのに。ただそのおかげで多くの企業がこのクロラルを薬として使うことができたんですね。
わりと世界的に流行することになります。
自由やかで一気に広まりますよね。
クロロフォルムは別にしたら、香水クロラルっていうのが睡眠薬としてその当時結構流行ることになるんですね。
1870年代にわりと流行り始めるということになります。
当時この薬ができた時に言われてたことなんですけれども、速効性があるよと。
耐薬すると20分から30分ぐらいで寝れることができますよと。
これはその通りみたいですね。わりと効果早いと。
あとこの睡眠だけの効果で鎮静効果は自然に近くて、命定とか幻覚とか起こしにくいと言われてて、
飲んだ人によるとアヘンとかアルコールに比べて頭が重くならないと患者さんが言ってたと。
つまり香水クロラルの前はどうしても寝れない患者さんはこのアヘンとかアルコールを使ってたんですよ。
そういうことですよね。
やっぱり依存性が高いし、幻覚も見ることがあるし、いろんな問題が起こる薬とかを使ってたんですけれども、それよりも飲みやすいよということを言われてたと。
ただ後々わかるんですけども、アルコールと同じぐらいの依存性とかもあるし、幻覚とかも起こすこともいずれあるということがわかるんですけど、
70年代の当初はこれがあまりわからなかったよね。わからなかったというか、言われんかったということですね。
この眠る効果以外に不安効果とかもあって、不安症とか不安発作を持つ方にも効果があったり、転換発作にも効果があるということがわかります。
それで比較的容易に手に入るようになってたということです。薬局で粉末とか水溶液として売られてたと。
あ、薬局で?
うん。都市部の薬局では簡単に購入できるようになってたということですね。
このアカサ・クリスティっていう、20世紀ぐらいの初頭のイギリスとかの推理小説であるんですけど、その時の映画とかドラマとかの時にね、睡眠薬とか時々出てくるんですよ。
出てきます。私も好きでよく読みました。
その時に水溶液に溶いて飲むみたいな話が出てくるんですけどね。
ありますあります。
それがね、この香水クロラルかなと思うんですけどね。
そうなんだ。すごいな。そこへ繋がるんだ。
そうそう。だから割と一般的にですね、この睡眠薬として使われてたということですね。
依存性っていうのは、このアヤンとかアルコールに比べて、旧生毒性のリスクが低いと宣伝されました。
実際、幻覚とかを見る率っていうのはアヤンとかに比べて少なかったようなんですけど、
でも慢性的に飲むと依存性にもなるし精神病にもなるし、幻覚も生じることもあるようです。
長期で使うとそういうのが出てくるんですね。
そうなんですよね。ただこの飲み始めのというか、売れ始めのこの時期っていうのはそれがわからないというか、あまり宣伝されないというかっていうことがあるんですね。
ということでわーっと割と広がることになります。
ちなみにこの香水クロラルってどのくらいの値段下かっていうことなんですけど、
ちょっと調べてみたら、瓶単位で言ってたんですよ。
どれくらいの瓶?
1オンス瓶って、1オンスってよくわかんないんですけど、28グラム入ってます。
ちっちゃいですね。
そうですね。でも28グラムって、このクロラルは0.5グラムから1グラムぐらいを飲むんですね。一回にね。
だから28グラムあるっていうことは、1ヶ月から1ヶ月半ぐらいは持つっていう感じです。
なるほど。
だいたいこの瓶が、米ドルで25セントから40セント。英国では1シリングって言われてて、どんなもんやねんっていうのはわかんないんですけど、
だいたい日給の3分の1から1日分って言われてて、これでもよくわかんないんですけど、
例えば1日6時間労働として、今時給って1000円ちょっとしますやんか。
だから1日の日給が、日本で現在で言うと6000円から7000円ぐらいなんかなと思うんやけど、
その日給の3分の1から1日分っていうので、つまり1瓶3000円から6000円ぐらいの間っていうイメージかな、今のお金で言うたら。
今のお金で言うと。結構手頃に手に入る感じですね。
まだ手頃かなと思うんですけどね。ただこの当時としてもまだ高価ではあったみたい。
とっても貧乏な人が買えるようなものではないけど、でも一般的なというか、少なくともお金そこそこある人については買えるぐらいのものと言われてますね。
そうですよね。そりゃ流行るね。
流行るんですよ。流行ったんですね、実際に。
例えばこの1974年のニューヨークタイムズ誌の記載があるんですけどね。
新聞でこのロンドンではクロラールは今流行りの睡眠薬で、心地よい眠りと自然で清々しい回復を促す手段であるみたいなね。
めちゃくちゃ嬉しそうな広告ですね。
広告というか多分記事だったと思うんですけど。
記事か。
記事としてこんなの書かれてたりとか。クロラールというのは比較的好意的に当初迎えられてたんですよね。
多くの人が使ってたということになります。
精神科病院でもですね、実はクロラールというのはよく使われてたみたいですよ。
精神科病院というのは、前回ピネルさんの時でも話しましたけれども、多く収容してたんですよね。
暴力的な方とか精神疾患を持つような方で、鎖に繋がれてたんやけれども、鎖を解いてより人権的に処遇しましょうということにはなってたんですけど。
でもとはいえ、やっぱり暴力的な行為だったりとか、いろんなことっていうのはやっぱり施設内で起こってたということで。
薬でいうとやっぱり、アエンとかタイマとかしか使うことができへんかったらしいんですね。
当然だからコントロールできなかったんだけど、それをこのクロラールを使い始めたと言われてて。
なるほど、鎮静薬ね。
そう、睡眠薬としても効くし、少量だと落ち着くということにも使われることができたみたい。
実際クロラールを使うと、幻覚を生じにくくて、寝ることもできたし、わりとコントロールしやすくはなったみたい。
結構精神科病院では、このクロラールを多用されたという言葉がありました。
面白い話があるんですけど、この当時ですね、1870年代から1900年ぐらいの間ですけれども、19世紀末から20世紀、頭にかけてなんですけど、
精神科病院では目隠しをされていても、ようなしのようなクロラールの匂いが充満しており、そこが精神科病院とわかったみたいな記載がありました。
へー。
クロラールというのは耐久されて、匂いを出すんですよね。結構甘い匂いが出るらしいですわ。ようなしのような匂いというのが出るらしくて。
上品な匂いですけどね。
甘い匂いだったらしいけど、患者さんの息で甘い匂いがして、そこが精神病院だなというのがわかったってね。
すごいたくさんの人が飲んでたってことだよね。
ほとんどの人が精神科病院では寝るときにクロラールを飲んでたんですね。
なるほど。
このクロラールというのが精神医学界の中ではどんなふうに評価されていたかということなんやけれども、