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みなさん、こんばんは。
今日は少し暖かかったですね。
こちらもちょっと暖かかったので、
外のお庭のテーブルにパソコンを出して、
入力、カチャカチャしてました。
書かなければいけないんですけどね。
ずっとさぼってて、
それであの、
昨日、
坊主のね、
僧侶の方、初めて聞いたんですね。
なんていう方でしたっけ、えっとね、
失礼しました。
僧侶国元の座らない座禅っていうのを、
昨日の分、拝聴したんですよ。
そうしましたらね、
あら、失礼しました。
私がね、以前から疑問に思っていた、
お掃除に関するお話だったんですね。
お話の内容は、
その成果を求めて、
掃除をするのではなく、
掃除をするということ自体が存在してて、
で、その結果として、
後からその成果はついてくると、
美しくなると。
ご自身のお子様にね、
3歳のお嬢ちゃまに、
なんで綺麗にしてんの?って聞かれたらしいんですね、
お掃除していらっしゃるときに。
そしたら、
綺麗にしたら気持ちがいいでしょって答えたらしいんですが、
答えた直後から、
いやそれは嘘だって、
重になったらしいんですよね。
それで、
全問答みたいな感じですよね。
お子様に痛いところをつかれたというか、
びっくりしますよね。
ちょっとそれを考えてみたんですよね。
前からね、
お掃除に関して、
僧侶の方々が、
どうしてあんなに力を入れるのかというのがね、
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意味不明だったんですね、私にしましてはね。
で、ご近所の、
ちょっと親しい、
ご住職様にお伺いしましたら、
修行の時代も、
学生の時も、
一貫してお掃除というのは、
仏教において非常に大切なものであると、
修行の一つというふうに、
教えられてきたんだけれども、
それをすることによって、
こういう見返りがあるとか、
こういう、
マイナスのことを避けるために、
あらかじめお掃除をするとかね、
そういったことは、
全くありません。
お掃除をするという行為に、
何かあるんだと思いますというお答えだったんですよね。
今日の、
母医師のご住職様、
前週のご住職様なんですが、
お掃除をするという事実、
お掃除をするということが、
存在はしているんですけれども、
きれいにするためにお掃除するというのは、
おかしいとおっしゃるんですね。
おかしいというかね、
確かに、
宇宙物理学者の先生方とかは、
宇宙というのは、
ほたらかしにしておいたら、
混沌になっていくと、
単純明快から混沌になっていくと、
塵が積もるように。
で、ご住職も、
締め切ったお部屋でも、
どこから埃がこんなに集まってくるのかしらと思うぐらい、
朝、拭き掃除をした時に、
雑巾についてくると。
で、我が身を振り返って考えたんですよ。
そうしましたら、週末さもございましたでしょう。
それでね、私、
土曜日に拭き掃除をして、
日々と完全にサボっていたんですね。
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それで、今日またそのお掃除のお話を聞いて、
全部というか、
一回全部と、
二回の三分の一ぐらい、
二分の一ぐらいでしょうかね。
拭き掃除をしたんですが、
ひょっとしたらね、
きれいにするために、
お掃除しているのであればね、
ピシッと整然と、
お庭も、
枝一本突き出ていない、
きれいに剪定されたお庭で、
はぎき読められた石段、
境内も、
靴を脱いで上がらせていただいても、
ぴかぴか、
扉のさんも、にもほこりがかかっていない。
そういうふうなね、
お寺でね、
私が僧侶であれば、
まだ大丈夫だわっていうふうな感じになると思うんですよね。
一日二日、お掃除しなくても大丈夫だわ、
っていう気持ちになると思うんですよね。
でも、
従職様たちは、朝起きて、
座禅とかお勤めが終わったら、
お掃除をする、
もう決められたルーティーンですよね。
きれいにするためにお掃除をしているんじゃなくて、
お掃除をするためにお掃除をしているというか、
だから、障段審査に受かるために稽古するんじゃなくて、
稽古をするために稽古するみたいな、
大学入試に受かるために勉強するんじゃなくて、
勉強したいから勉強するみたいな、
そういう感覚なのかなと思い始めましたね。
とにかく我々って、
成果物を期待しますでしょう。
成果の上がる、
短時間で成果が上がるものとかに、
若い時はそういう情報に飛びついたりしてたんですが、
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ある日を境にですね、
人参をぶら下げるような情報と、
それと心理を説いたような情報と、
完全に二極化だなというふうに感じたんですよ。
それはどこで感じたかというと、
大きな本屋さんの中で感じたんですね。
わんこの足音がカチャカチャ、申し訳ございません。
本屋さんの中でね、どの本を読もうかとか、
ずっと歩いている時に、
小手先のテクニックというのも私たちは欲しいんですけれども、
例えば、もうちょっと急においしいカルボナーラを作る方法とかね、
そういう情報もはっきり言って欲しいんですよ。
しかし一方で、生きる上で絶対外せない、
そのルールみたいなことを密かにつぶやいている本もあるんですよね。
あからさまにじゃないですけどね、誰かの礼をとって。
そういうことをね、いろいろ考えてたら、
その3歳のお嬢ちゃんがどうして綺麗にしてるのって、
そのお父様であるご住職様にね、
お尋ねした気持ちもね、なんとなくね、分かるんですよ。
私ね、恥ずかしい話なんですけど、
小学校の時に女の子3人でお掃除をさぼったんですよ。
それがバレちゃって、先生に呼び出されて、
すぐその3人でもう一回お掃除しろと、教室の中を。
でね、お掃除出来上がったらね、
職員室に報告しに来なさいみたいに叱られて、
で、どうやって短時間で3人でお掃除を完了できるかどうかっていうのを
3人でね、必死で考えまして、
まず窓際にあるお花にお水をあげる蒸炉。
それにお水をいっぱい汲んでくる係。
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で、後の2人は机と椅子もろとも最前列から後ろに思いっきり移動させる。
相撲のごとく。
それで空いたところに、そのお水を汲んで来てくれたもう一人の友人にお水を撒いてもらう。
そうしたら、そのお水の上から思いっきり残りの2人で雑巾掛けをする。
で、それが終わったら、3人で今度は逆方向に椅子、机もろとも黒板側に寄せる。
それでまた残りのお水をかける。
それで雑巾掛けをして机を並べるっていうことを考えましてね。
それでね、5分くらいでお掃除しちゃったんですよ。
それでね、先生のところにね、終わったって言いに行きましたらね、
一応ね、なんかね、全部床が拭いた跡のような感じ。
それでまあ、一応できてるんですよ。
でもこれからそんなことをしないようにと、きつくお説教されて、もう帰りなさいって言って返していただいた記憶が蘇ってきましてね。
で、小さい時って、きれいにするために掃除をしてるんじゃなくて、お掃除しなさいって言われたので、お掃除をしてるんですよね。
で、大きくなって、家の中をきれいにしようと思って、お掃除をするんですけれども、
何の成果物もないのに、すっごくきれいなお部屋を、それでも毎日お掃除をしたら、とてつもなくきれいになると思うんですよ。お寺さんのように。
お庭の薪なんかでも、ちょっと変な枝が伸び始めたなと思ったら、根元からパチッと切ったり、変な雑草が生え始めたなと思ったら、すぐに取ったりしましたらね、かなりきれいになっていくと思うんですよね。
だから、成果物がないのにできることっていうのは、ある意味本当に素晴らしくて、それができる範囲を広げていかなければいけないんだって、つくづく感じました。
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とか何とか言いながら、また明日寒くなったらお掃除をさぼってしまいそうです。
今日はかなり埃が多くございました。
そんなこんなで、もう明日は水曜日ですが、ちょっとKindleの方の出版の方のお仕事も、お仕事と思わずにちょっと頑張ってみたいと思います。
本当にサボってるので、ちょっと考え方をそういうふうに、日常の至るところで修正をかけてるんかしらとか思いますが、頑張ってみたいと思います。
不動産活動は今日はしておりません。
ランニングもしておりません。朝稽古サボっております。
そういう状態ですが、元気にしておりますので、皆様お風邪など召されませんように、夜は寒くなると思いますので、どうぞお気をつけてお過ごしくださいませ。
ではごきげんよう。