1. まなびのはなし
  2. #043 - AIと大人のまなび
2024-01-13 26:48

#043 - AIと大人のまなび

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2024年最初のエピソードは、昨年末の振り返りで一切触れることがなかった(笑)AIツールの台頭や「まなび」の文脈で感じていることなどを話し合いました。

  • 2023年どんなツールを使った?身近に感じた?
  • 試験や問いを作るときに役立ったChatGPT
  • ChatGPTが一気に普及し始めている中での先生側の在り方の一例
  • 「AIに任せることは、自分のこだわりがない部分」
  • AIをどこで使うか、使わないかの判断ができるかどうか、その出発点を自覚できているかどうか
  • 自分のこだわりがない状態でChatGPTに依頼してもアウトプットを得てもなんか味気ない
  • 人間10%ーAI80%ー人間10%という一説
  • 文字を簡単に可視化してくれるツールと学びの体験
  • AIツールと学習者の自走サポートの事例
  • 手元にツールがあること→好奇心の刺激・新しい問いを立てる行為
  • それが習慣になっている人とそうでない人
  • 新しいツールの台頭で必要なのは学び続ける姿勢
  • とはいえ、やらなくてはいけないことが増えて辛い人たちもいそう

関連情報

関連エピソード

「#まなびのはなし」について

大人の学びをサポートしている二人が、それぞれ見つけた・考えた、ことを、話したいから話しています。話している二人は「英語教育」「コミュニケーション学」「言語コーチング」に専門性をもつemi (⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ウェブサイト⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠)と「インストラクショナルデザイン」「リーダーシップ」「キャリア・ライフコーチング」に専門性をもつtomoko (⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ウェブサイト⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠)。自己紹介エピソードはこちら:⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#001 - 自己紹介⁠⁠⁠⁠⁠⁠。文字起こしは⁠⁠⁠⁠⁠⁠LISTENサイト上⁠⁠⁠⁠⁠⁠で見ることができます。

サマリー

2023年、AIの活用がますます普及しています。生成系AIの利用が目立ってきました。AIのツールの利用は、自分がこだわりを持っている部分がない場合に特に適しています。しかし、AIを使うことは自分の真剣さにも影響しますので、注意が必要です。本日は、AIの生成力から学ぶストーリーテリングと、おとなのまなびについてお話ししています。ゆとり、学校、家庭、サードプレースにおいて、オープンで自由な方向に移行することが重要です。

AIの普及と生成系AIの利用
このポッドキャスト、まなびのはなしでは、大人のまなびをサポートしている2人が、それぞれ見つけた、考えたことを話したいから話しています。
今日もよろしくお願いします。
お願いします。今日話したいことは、AIと大人のまなび、です。
はい、ちょうど1年前ぐらいにAIについて話しているので、ちょっとアップデートしたいねっていうのが、これをテーマに選んだ1つの理由だったと思うんですけれども。
そうそう、1年ぶりっていうのもありますけど、世の中的には2023年、流行語かな?って、チャットGPTが選ばれるぐらい普及した年とされていたのに、この話をするのをうっかり忘れたんですよね。
ね、確かに。おっしゃる通り、これはもちろん日本、アメリカ語わずだと思うんですけど、2023年の振り返りみたいな中でだいたい出てきてましたよね。
なので、年は明けましたが、AIの最近どう?っていうところですね。
そうですね。前回、生成系AIの中でも特に一般的に広まりやすかったチャットGPTが世の中に出て、数ヶ月みたいなタイミングの時に収録をしたのが前回のエピソードだったと思うんですけど、生成系とかそうじゃないものとか、AIってツールすっごく広いと思うので、
おじさんが2023年、ご自身の生活の中でAIツールってどうでしたか?
ツールじゃない気がしますけどね、最近冷蔵庫を買い替えたんですよ。そしたらAIが搭載されていて、例えばいつもこのぐらいの時間に氷が必要だから早めに作っとこ、みたいなのを冷蔵庫が考えてくれたり、
冷蔵庫がごちゃごちゃしてきたら、スマホに通知が来て、この棚整理したら、みたいなのを言ってくれるらしいです。
なるほど。そういうふうに言ったら、ずっと前からね、AI、AIというか当時多分マシンラーニングみたいな感じで言われていたテクノロジーとして、生活の中にはたくさんありません。
例えばルンバみたいな掃除機も、家の間取りとかどういうものが床に置いてあるかみたいなのを何度も何度もやってるうちに学んでくれるっていうのはもっともっと前から存在してましたよね。
たまこさんはどうですか?
そうですね、なんか2023年通してGoogleマップが進化してったなっていう印象があって、いろいろな機能が搭載されているので、全部もともと理解してなかったんですけど、
なんか最近すごく電車に乗るとどのぐらい混んでましたかとか、ちょくちょくフィードバックを求められて、この時期だとこれ混むよとか、この時期だとこのぐらい遅れるよみたいな、多分いろいろ微調整している感じがするんですよね。
このエリアに行くと、こういう人がこういうカフェをオススメしてるよとかがプッシュされるようになって、AIが後ろでぐるぐる回って、そんな感じがするって思って。
やっぱり2023年は生成、何かをゼロから1作るみたいな形でのAIの活用がすごくやっぱり目の前に出てくることが増えたなと思って、
例えば普通にもうGoogleドキュメントを作る時も、昔はただの白い紙というかだったけれども、なんか機械を見つけて何か新しいことを提案してこようとする雰囲気がすごい伝わってきて、
ノーションっていうのを使って、ノーションでもスペースバーを押すとAIアシスタント使いますかみたいなのがポンと出てきたりとか、何か作りますよみたいなのがいろんなツールの端節に出てくるなって思うことがすごく増えたなと思いますね。
私もコーチングの中でノーションを使っているので、ノーションのAIに学習者が書いたものについてどう?っていうお伺いを立てたりとか、簡単に書いたものを改善してくれるっていうのもありますし、
その改善してくれたものについてもう一回突っ込んで質問をしたりとかっていうことで会話をしていくみたいな。そんな風に学習者と一緒にノーションAIを使っています。
私と学習者の間にAIを入れて、3人でネイティブスピーカーでもあるので、ご意見を伺って一緒にやっている感じ。
女子的な使い方だと、私は多分1年前とあまり変わってないんですけど、授業を大学院で受けている時に先生が話しているところをもう少し噛み砕いて知りたいみたいな時に、前だったら多分グーグルとかでウィキペディア見たりとかしてたんだと思うんですけど、会話形式でアシスタント的にちゃんとGBTに質問するみたいな感じで、
AIの利用におけるこだわりの重要性
3人で授業を受けているじゃないですけど、横にしゃべる辞書がいるみたいな。で、使ったりはしてましたね。あとあれですね、私テスト勉強の時も小論文系のテストがあって、練習問題を投げてもらおうというのを先生AIにお願いして、こういうことを学びましたっていうインプットを自分がした上で、小論文の事例みたいなのも投げて、
こういうのが例えば過去の質問とかであったので、10個ぐらい問いを投げてみたいな感じで試験対策をするみたいなのもやりました。家庭教室的な感じですね。
そうですね。質問を作ってもらうっていうのもありますね。例えばプレゼンテーションをした後の想定されるQAみたいなのね。スクリプトとかサマリーとかを最初に投げておいて、こういうバックグラウンドを持ったオーディエンスがしてきそうな質問を作ってもらう。で、それに対する答えを自分で考えてみるっていう。
なるほど。それだとちょっと近いのは4択のテストを作りたくて、正しい答えはこれなんだけれども、人間の頭で不正解のものを作ろうとすると明らかに間違っているような答えが出てきちゃって、なのでこの正解に近いけれども間違っているオプションを3つ作ってっていう風に先生AIに書いてもらうってことはやりました。
なるほど。試験を作るっていうのはね、先生たちもやってることでしょうね。
確認済みだからそれをやってもすぐバレるよフフフって言ってたんですけど、絶対いろんなやり方で全く同じ答えじゃないこともあるじゃないですか。だから学生がもっともっとずるくいろんなことをやれるっていうことをまだあんまり想定されてない5月ぐらいの段階で、何が起こるか僕は知っててあれは間違ってるから絶対そういうことはするなよって言ってたんですけど、それだけだとキャッチできなさそうだなとかちょっとありますね。
普及した後の危機として学ぶべきことを学ばずに答えをもらっちゃうっていう、いわゆるカンニングみたいな使い方に対してどうするかみたいなことはね議論されていますけれどね。
でもバレるからやめなよっていうのは教育的でない感じがするんですよね。そうじゃないでしょって思いますね。
2023年は本当に学生がバーっと使う量が増えて、先生たちがそれをどうするかみたいな議論をよく高等教育の文脈とかで聞いたんですけど、方向としてはJATGPTをどう使ってプロジェクトをやるかとかむしろ排除する方向ではなくて、それを使っているという前提で学びのデザインをするみたいなことを目指すべきじゃないかみたいに言っている先生たちとかが増えている気がして、きっとそうなんだろうなと思いますね。
そうですよね。道具ですからね。どう使うかっていうのは常に考えていかなきゃいけないことだと思いますね。
AIに任せることっていうのは、つまり自分がこだわりがない部分っていうことだと思うんですよね。任せてもあんまりもやもやしないようなことであればまさに第三者に害虫するような感覚で使えばいいけれども、
使ったということはこれは私のメインじゃないよという表明でもあるので、例えば英語を学ぶ学習者が自分の書いた文章かのように出してしまうということは、自分はこの学びに対して本気じゃないよっていう表明になってしまうっていうことは知っておいたほうがいいかなと思いますね。
例えば冷蔵庫の話にしても、わからないけどチョコレートを作る人、温度の変化にすごく敏感な人は多分おまかせAIの機能は使わないと思うんですよね。
Googleマップにしても自分で抜け道探すみたいなこだわりがある人は多分AIに頼らないので、それを使うっていうことはその程度なんだよっていうことを自分で表しているっていうことは知っておくといいかなと思いますよね。
私たちのポッドキャストもリッスンっていうね、使って自動で文字を生成してもらっているのは、私は本当に何も手を入れずに、クオリティチェックもせずにナイスとハブとして置いているけれども、
それをあんまりメインにせずに、私がエミさんの編集した音声を聞いて、特にこういう話をしたなっていうブレッド10個ぐらいをいつも選んで自分の言葉で書いてエピソードの情報欄に入れてるんですよね。
そこは少し自分がこだわりがあって、文字起こしの中でも小段落のタイトルとか色々作ってくれてますけど、あの区分で私はあまりしっくりきてないっていうのもあったりするので、自分で0から作った方が早いみたいなこともあって、
結局そのアプローチを続けたっていうのは、今エミさんが言ったことにちょっと重なるなと思いましたね。
AIの利用が求められる状況と注意点
元々AIを開発している人たちのバックグラウンドを考えると、彼らは専門性のすごく高い部分と興味がない部分っていうのが、はっきりした人たちが元々考え出したものなので、
自分はここにこだわりがある、ここには全くないっていうのがはっきりしている人との方が相性がいいんだろうなというふうに思いますね。
まあステレオタイプになるのを恐れず言うと、日本とアメリカを単純に比べたときに、日本の教育は割とまんべんなく色々できる方が良いとされている部分があると思うのですが、
それだとAIみたいなものをどこで使うのか、どこでは使わないのかっていう判断が難しいんじゃないかなということで。
教育の影響もあるかもしれないですけど、国とかを問わずこだわりがあるかどうかっていう出発点は結構重要なのかもしれないですね。
2023年、私は年の後半に転職活動の一環で、自分の英文の履歴書とかカバーレターっていうストーリーみたいなお手紙みたいな履歴書にくっつけて応募することが多いんですけど、
その2つの編集とか作成をGPTを活用しながらやったんですけど、その時によくやったのはポジションの情報をまずはインプットで流して、
こういうポジションに私は受けたいから、自分の既存の履歴書とカバーレターをカスタマイズしたいっていうオーダーで使うんですけど、
自分のこだわりなしでそういう風に言うと、すごいテンプレが返ってくるんです。
そのポジションにはこういう風なことを強調して、こういう風にここを埋めてタタタタタってやると、一丁なりみたいな感じで出てくるんですね。
それが明らかにつまらないというか、つまらないしそのテンプレにはまるようなものを自分が持ってるわけではなくて、
自分が持ってる材料はこういう風に調理するみたいな、ちょっと自分の中のこだわりというかビジョンがあって、だからこれに応募してるんだいみたいな。
結局なのでそのテンプレをもらうのは意味がないってことが分かって、途中から使い方としては自分のストーリーをどれだけ雑な英語でもいいから、
とりあえずこういう感じで書きたいんだいみたいな感じで言った上で、こういうポジション向けなんだけどって言うと、向こうがチャカチャカチャカって調理してくれる。
なのでインパクトは結構自分から出すっていうことが彼らを活用する上ですごく重要だなと思ったんですよね。
大学卒業した直後とかでキャリアに対するこだわりとか伝えたいストーリーとかがない場合というのは、支持する側として結構難しいかもなとか思って。
こだわりをインプットするっていうプロセスを生むことがすごく重要だろうなとは思ったりしました。
今のお話の中から何段階もトモコさんの学習者としてのスキルの高さが現れてるなと思いますけどね。
調理っていう例えで言うなら、自分で材料を選んで自分で下ごしらえをして、もっと美味しくなるには最後の一振りお願いしますみたいな使い方をするとね、すごくうまく働いてくれて美味しいものが出来上がるっていう気がするんですけれど、
どの部分を自分でやって、どの部分をどう任せるかみたいなね、そこが出来るようになるとすごく有効に使えるなという気がしますね。
そのバランスも結構難しいんですけど、この間聞いたポッドキャストで紹介されてたのが、今後こうやってAIが進化していくとクリエイティビティを発揮する比率が、人間が最初に10%やって80%AIにいろいろやってもらって、最後の仕上げに人間で10%みたいなことになるんじゃないかなって言ってる方がいて、
感覚的に自分の履歴書のやり方もそうですけど、そうかもなぁと思いつつ、世の中ではこれはAIで作られましたっていうディスクレイマーみたいなのをつけなきゃいけないねって言われ始めてたりとか、またはAIの補助を受けて大学の出願のエッセイ書いたでしょって言って却下される人が出てきたりとか、その判断もきっと機械でやってるじゃないですか。
そこが本当難しそうだなぁって思いますね。どこからが人間のオリジナリティがあるままの振りかけとして使ったのか、それとも実は逆転してしまってるのかとか、なんかすごく難しいなぁとは思いますね。
AIの活用によるインパクト
今のところはまだ私たちのヒューマンインテリジェンス、AIでないインテリジェンスの時代がまだ長いので、比較的AIかそうでないかがはっきり出てるんだと思うんですね。
でもこれ前のエピソードでも言ったような記憶が戻ってきましたけど、おそらく近い将来には私たちがAI的な振る舞いをし始めてしまうので、本当に一から私が作ったのにAIが生成したっていうアルゴリズムに引っかかってしまうみたいなことは起きてくると思うので、
そうなってくると今のような取り締まりっていうのは機能しにくくなるんじゃないかなと思いますね。
あとはその学びのサポートをするという文脈だと、生成系AIの0から1に作るとか、最後クリエイティブにフィニッシュしてくれるみたいなところを話せましたけど、そうじゃない。
さっきのルンバルのような昔からあった非生成系のAIっていうのはもっともっときっと身近に学びのデザインをするときに出てくるだろうなと思ってて、
例えばアニメーションを作るのを手伝ってくれる、それは一部生成系かもしれないですけど、スライド作りとかもそうですし、さっき言ったクイズ作りのところを一部手伝ってもらうもそうですし、
あとカリキュラムが分散しているやつをマッピングして整理するみたいなときに動いてくれるAIの使い方があったりとか、文字起こしとかもやっぱりすごく言語の文脈とかコーチングの学習の文脈とか、
マネージャーとかリーダー育成とかのコミュニケーションの部分でもそうですけど、文字を簡単に可視化してそれを客観視して自分でそれについて先生なりコーチと向き合えるっていうのは数年前にはなかった学びのツールというかオプションだなっていうのは考えたりしますね。
そうですね。学びのパートナーとしてAIを使うっていうところもすごく出てきているし、今後特に学習者に自立して持双してもらいたいと思っている身としては、AIを使って自分で学習が進められるようになっていってほしいなっていうのはありますね。
最近の私が学習者とどんなふうにAIを使ったかちょっと例をお話しすると、例えば文法の面では学習者がwhat is incidence rate of…っていうのを書いたときにAIがtheを入れてきたんですね。
それで終わらないで、このtheが何でいるのか、ないとどうなるのか、ないとどんなふうに聞こえるのか、そういうのを質問してみるっていうのを私がまずやってみせるっていうのをすることで、次に同じような例が出てきたときに本人がAIを使って、
もう本当に隣にネイティブの英語の先生がいるかのようにして、細かい文法の違いを質問できるようになってもらうということだったり、もう一つ別の例では、わりとこう特殊な環境で看護師さんで患者さんを手術の日に手術室の前まで連れて行く。
でも自分は手術看護師ではないので、そこでお見送りなんですね。その別れるときに日本語では頑張ってくださいって声をかける。でもこれ英語だったら何て言うんだろうって本人が疑問に思ったときに、本人は英語圏で手術を受けた経験もないし看護の経験もない。
AIを使用した学びのサポート
周りの人に聞いてもその実際の声かけに出会ったことがないっていうときにAIにこういう状況で私はこういう立場なんだけれど、こういう場合にどんな声かけをしますかみたいな質問をしてみると例を出してくれる。
そういうような使い方を実際に一緒にやりながら体験することで少しずつ自分一人でできそうだなっていう手応えを持ってくれているんじゃないかなと思います。
そうですね。しかも新しい疑問が湧いたときに手元にいつでも聞けるものがあるっていうふうに思っていると、やっぱり次の好奇心、次の質問っていうものもね、生成しやすくなるんだと思うんですよね。
そうですよね。それすごい重要ですね。それってどういうことっていうのを言葉にしてAIに聞くっていうのが習慣になっている人とそうでない人でたった1週間でも学びの量が大きく違う時代が来ている感じがしますね。そういう事例を聞くと。
そうですね。一人呼ばりにならずに済むし、クリエイティビティも活発になる気がしますね。
これ多分本当は今の話じゃなくて、昔から例えばYouTubeで小学生が質問とかして、デジタルのやり方とか何々の作り方とかを気軽に検索することがもう習慣になっている世代と、そういうことを体が覚えてない状態で大人になった我々がそっか聞けばいいのかっていうふうになるので、
AIがどうとかで関係なく、ちょっとした疑問、好奇心を問いにコンバージョンして、情報にインターネットを通してアクセスしてた世代と違いももうすでにあるのかなっていうのが思えますね。
その学習者の、またこれはレディネスの話になりそうな感じですけど、そこに至るまでにどういう経験をしているかとか、どういう思考を持っているかっていうのもね、私の場合は1対1なので読み取りやすい部分はありますけど、
例えば教室とかっていう規模になった時に、それぞれにどういう刺激の与え方がより学習を進めるのか、逆に思考を止めてしまうのかっていう判断が難しい部分はあるでしょうね。
以前、リサーチのエピソードの時にえみさんがおっしゃってたことが思い出したんですけど、大学院の結構初めの方でリサーチの仕方を教えてくれたって言ってたと思うんですよ、先生が。
で、私も大学院で結構初めの方に膨大なオンラインライブラリの使い方みたいのが課題に含められていて、1回それをやるっていう体験をしたのがよくて、
えみさんも今1対1の生徒さんと実際にAIを使って3社で学びをやるにはみたいなデモをしながら、自立的にその人が使えるように。
そういうやっぱり最初の体験でこういう感じでやるのねみたいな時の補助というかガイダンス。
3人社から2人社にシフトするときに1人ではできないのとちょっと似ていて、こんな感じねって分かってもらうことが、こういうふうな新しいツールが出てくる時代ってすごく重要なのかもしれないですね。
でも実際すでにね小学校の多分理科の先生でYouTubeとか使い慣れている先生とかも世の中にいらっしゃると思うんですけど、学習者と新しいツールの間につなぎ役としてすごく大事なんだろうなと思ったりしましたね。
今私が知っている範囲ではみんなおそるおそるっていう感じではあるのでね、強い味方にできるかどうかっていうのはね結構大事なところかもしれないですね。
その意味で学びをサポートするというか学びに関わっている我々みたいな人向けに書かれた記事をこの間見てて、タレントデベロップメントや人材開発に関わっているプロフェッショナルとAIの付き合い方みたいな信念のメッセージがあったんですけど、
基本的に重要なのは学び続けることみたいなことが書いてあって、要は私たちもわからないから、けどわからないなりにアンテナ立てて試してみて、それをどんどんどうやったら自分たちが支援する側の人間として取り入れていけるかっていうのを学び続けなければいけない時代ですよみたいなメッセージだったりして最終的には。
AIとおとなのまなびについて
そうだよなと思って、意識してないと全然新しいツールを新しい使い方で試そうって私しないので多分過去1年も自分の使い方を見てても、ねみさんの話を聞いてそういう使い方もあるのかとか、きっとなんかみんな今模索してたりするんでしょうね。
まあね、学び続けるのは大事なんですけど、一方で例えば英語の先生たちがもう今の時点でも手一杯なのにまた新しいものが出てきて、また研修に行って子供たちの先を行かなきゃいけないっていうプレッシャーがいっぱいっていう面はどうしていったらいいんでしょうか。
確かに、学校の先生つらいですよね。日本のその高教育の先生の現状を考えるときに、いやプロジェクトベースラーニングじゃなかったんでしたっけとか、コーチング的な変わり方じゃなかったっけってAIかみたいなもう爆発ですよね。
どんどん楽になっていると私は思うんですけれど、同じ現象を見てどんどんやることが増えてつらくなっている人もいるんじゃないかなとは思うんですよね。
絶対ありますよね。AIの登場は高教育ワールドには結構つらいものがありそう。
何がそんなに違うんでしょうね。楽になると苦しくなるぐらい真逆の感想を似たような立場の人が持つっていうのは何か根本的に違うんでしょうかね。
ゆとりじゃないですかね。ゆとりというか余白がないと新しいことに対してそういう気持ちになることじゃないですよね。
きちきちっとしすぎてると隙間がなくなっちゃうとかもあるんじゃないですか。
ゆとりがある人はゆとりが増えるのに隙間がないと隙間が埋まっちゃうのかな。
それはけど社会のいろんなところで起きてそうですよ。
家電にしてもやっぱり私たちの生活を豊かに楽にしていく道具だったはずなので、それの登場によって圧迫されるっていうのは本来はおかしいですよね。
それにもまだ初期すぎて新しい通常を試してみましょうかみたいなモードになっている世界の人と、
これ入れるなら全部いろいろ変えなきゃいけませんみたいな仕組みがきちっとできている中に新しいものを取り入れるのだとまたちょっとハードルは違うだろうなと思いますよね。
社会人教育とかの文脈だともう少し試してみますかみたいな感じになるかもしれないですけど、
義務教育とかいろいろカリキュラムも決まっていてやることとかスコールもプローチも決まっている世界に急に弊害があるっていうのは、
高等教育ですら揺れているので下の学年に入れていくっていうのはすごくいろいろな圧迫と複雑性と学び直しというのがあるので時間はかかるでしょうね。
そういう意味では大人の学びの学習者及びサポートをする人たちがいろんな実験をして、これ良かったよっていう情報を子どもたちの方に流してあげられるような体制が取れるといいのかもしれないですね。
オープンで自由な方向に移行すること
その前やっぱり学校、家庭、サードプレースみたいな感じで分散になるんだろうなと思いますね。
でも教育が学校内だけでできないっていう事実はかなり知られていると思うんですけど、家庭内だけでやることも無理じゃないですか。
なのでそういう形でAIとの付き合い方っていうのは、それこそねオンラインで見知らぬ人から学ぶこともあるかもしれないし、いろんなところから学ぶっていうジャンルのものなのかもしれないですね。
何も変化と多様な使い方が多いから多分誰かが敬意になるっていうことはなくて。
ぜひオープンで自由であるっていう方向にみんなが動いてくれるといいですよね。
私たちもオープンで自由に募集するって感じだろうと思いますけど、1年後にまた違うことが起きてたりとか使い方変わってたりとか。
2024年1月現在はこんな感じでしたっていうところですかね。
そうですね。
今日はAIと大人の学びについて話しました。
紹介した情報や関連する過去のエピソードへのリンクは情報欄にまとめています。
よかったらご覧ください。
番組をフォローしていただけたら嬉しいです。
それではまた次回。
26:48

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