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#42 セイバリングで喜びを味わいつくす
2026-06-01 29:24

#42 セイバリングで喜びを味わいつくす

喜びをもっと味わいつくしたい🤤

✏️エピソードノート
・誕生日の宣伝が実を結んだ
・喜ばしいことを増幅させたい
・セイバリングで喜びの余韻を味わう
・感謝を伝え、喜びを共有する
・五感で味わう
・ハイタッチで触れ合う
・笑い声をちゃんと聞く
・匂いに注目する
・しっかり目で見る
・写真や日記に記録して見返す
・記録の格差による記憶の格差
・SNS時代の写真の取り扱い
・集合写真をアップされた時の摩擦
・絵的に良いシーンを残したい
・過去、現在、未来で味わう
・抱負はたてる時間に意味がある
・コンペ受注の喜びを一瞬で終わらせない
・飲み会はどのくらい先が良いか
・飲み会の前に近くを散策する
・料理を作るタイプの飲み会の良さ
・事後のラインのやりとりがある余韻
・喜びをダンパニングしない


🌀番組概要
日々のままならない瞬間をテーマに1on1で話す哲学対話ポッドキャストです。 「他人の些細なミスをどこまで指摘する?」「尊敬と尊重の違いって?」「男女って言葉に切なさを感じることはある?」といったトピックなど。 ままならなさに頭を抱える2人と一緒に、「自分ならこう感じるな〜」と楽しんでいただければ幸いです。


❓ままならない瞬間とは?
日常でふと引っかかる小さなジレンマや、自分ではどうしようもない状況のこと。話してみると共感されたり、全然気にならないと言われたりする、正解のない瞬間です。


🎙️スピーカー
🏔️やま(部下)
ISTP/子どもの頃よく言われた言葉は「ああいえばこういう」
🏖️はま(上司)
ENTP/子どもの頃よく言われた言葉は「落ち着きがない」

Xhttps://x.com/mamanaranai1on1


📮お便りはこちら:https://forms.gle/crde93A1mVaQJFoS8

※このポッドキャストでの発言は個人の見解であり、所属する会社や組織とは無関係です。また、配信時点での解釈に基づくため、正確性を保証するものではなく、事実と異なる場合があります。

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サマリー

このエピソードでは、「セイバリング」という、喜びの余韻を味わい、増幅させるための心理学的なアプローチについて掘り下げています。誕生日のプレゼントや仕事の受注など、嬉しい出来事があった際に、それをすぐに打ち消さずに五感で感じたり、他者と共有したり、記録に残したりすることで、喜びを長く楽しむ方法を探ります。また、写真撮影におけるSNS時代の葛藤や、未来の楽しみを計画することの意義についても語られ、日々の喜びを大切にするための具体的なヒントが満載です。

喜びの経験とセイバリングの発見
mamanaranai1on1。最近、誕生日あったんですよ。で、もちろんおめでとうとかのLINEやお言葉はいただいたんですが、今回ですね、なんと8名の方から実際のブーツをもらいました。
特にくれくれとは言わず、これも毎年の自分の誕生日宣伝が身を結んだなって。 確かに。そうだね。完全にそれだったなっていうのは。
そうですね。浜さんからもギフトの練習の一環として。いろいろ文脈があったからね。送りやすい文脈があったわ。
そうですね。この調子で。っていう喜ばしいことがたくさんあったんですけど。なんか前も多分話した気がするんですけど、喜ばしいことがあったときにそれをいかに保持するか、いかに増幅させるかっていうところが自分の中でスキルとして弱いなと思ってて。
で、なんか最近知った言葉で、セイバリングっていう。 聞いたことないかも。
はい。全然見たことも聞いたこともなかったんですけど、なんか味わうっていう。英単語のイングつけたっていうやつで、なんかこうポジティブ心理学の1項目みたいな。
なんか心理学とか、何ですかね。こうネガティブにいかに対処するかみたいな側面が大きいと思うんですけど、そうじゃなくてポジティブなことにどう向き合うかみたいな。のの一つの研究項目としてのセイバリングというのがあるらしく。これをやってないからじゃないかと。
やってない。そうか、概念を知っただけでやれてなかったなっていうことか、今まで。 はい。まあちょっといろいろセイバリングのなんか手法みたいなのはなんかあるらしいんですけど、そもそも濱さんはその喜ばしいことあったときに何してそれを長持ちさせようとしてますか。
長持ち。長持ちだったり、まあその増大だったり。えー意外とでもそれ意識的にやったことないかもな。なんかその何かをしてもらったらありがとうとかいうとか嬉しいですっていう気持ちを言ったりとか感謝をするぐらいまではできてる気はするけど、伸ばすみたいなことは考えたことなかった。反数みたいな。
はい、でもそのありがとうとか感謝いうはなんかその一つの手法としては書いてありました。
それはなんか言ったことによって喜びを自分でももう一回プラスで噛み締められるってこと?何も言わないように。
そうです、なんか再認識できるみたいな感じですかね。自然とやってるっていう。
そこまではね、以上はちょっとあまり意識的にはやってないな。自然とやってることあるかもしれないけど。
喜びを長持ちさせるための手法
他の手法の一つとしては誰かと共有する。喜ばしいことがあったときに。そういうのはやってますか。
でも共有する喜ばしさってなんか例えばチームで例えば目標があったとして達成できたねみたいなのはさ、共有するとしてやってるとして、自分だけが起きたことを共有するは、あ、でもこんないいことあってはしてるか。してるっちゃしてるか。家族に話したりするもんね。
うん。
してるわ。
やってますね。
今日さ、行った店でさみたいなのとか。
はいはいはい。
なんか話すこと会う人がいてとか言って嬉しかったって言われるとか言って帰ってこのまま喋ってとかする。
もう何だかあえて言葉に何か思い出さなくてもやってたぐらいの。
うん。なんか意識はしてないけど自然とやってるかもね。それは普通に。よかったことの共有を。
他には五感で味わう。
それ食べ物じゃなくってことだよね五感だから。笑ったものとか。
何かしら幸せなことがあったときに起きた身体の感覚とかをそこに意識を向けるみたいな。
えー。それなんか難しそうだな。なんかあるかな。パッと思い当たんないな。それをやってるなみたいな。
うん。
でもあれかハイタッチする人とかか。
あーなるほど。確かに。触覚に変換してますね。
触覚に変換してね。喜びを他者と共有しながらしかも。えー何やる。でも俺ハイタッチとかあんまりしたことないかな。あんまりそういう。
あー私ハイタッチ恐怖症なんですよ。
恐怖症。初めて聞いたよ。
あーなんか。
ハイタッチ恐怖症って単語初めて聞いたわ。
あーちょっとどんな出力で来るかわかんないじゃないですか。
だからこっちもそれなりにバシンってやると痛そうだなって思っていつも引いちゃうんですよね。
そこかーなるほどね。
出しかけた手を。
え、ちょっとじゃあスカルの相手もスカって。
まあもう脳裏に腕押しみたいな感じに相手はなります。
あー確かに捨て応えないなーそれ。
ハイタッチはそうね。そういう意味で言うと自然と同じぐらいのタッチになるっていうのがいい関係性な気がするな。
あー。ちょっと自然とハイタッチが出るタイプの人間とあんまり関わってきてない。
あれだね。ボーリングに行ったほうがいいか。一番ハイタッチがこの世の中で行われてるのはボーリングかもしれないから。
あ、なるほど。
でもあれ確かに謎の意識というかさ、別にチーム戦じゃなくて個人戦だけど、なんかストライクしたらみんなでハイタッチするカルチャーあるよね。ボーリングは。
えー。確かにそのイメージある。ありますね。
ある。あるし、ハイタッチ慣れしてないから俺一瞬この前なんか戸惑ったもん一瞬。あ、そうだ。
あー。わざわざ思い出さないとできない。
思い出した。思い出したけど、思い出せばできるから。あ、そうだそうだって思って。ボーリングハイタッチあったなみたいな。
ほうほうほう。
ボーリングぐらいしかやんないかもしんない。
なるほど。
でも他になんか互換であじゃっていうのもあんまり想像できないかも。なんか他にもありそうだけど。
あー。なんかこう笑い声とかをなんかちゃんと聞くみたいな。
あー。でもそっか。だからちゃんと目に見える形とか耳に聞こえる形とかにだからこうこっそりひっそりこうなんて喜ぶんじゃなくて、
例えばちゃんとやったとかもそうだけど声に出すとかして相手に響かせるとかもそうか。
あとは別に一人でも喜ばしいことは起きると思うんで、その時の匂いがどうなのかとかに注目するとか。
いい時の記憶を匂いで思い出すみたいなのもあるし、ちょっと時差で味わうみたいなことか。
はい。それはもちろんしっかり目で見るっていうのもあると思うんですけど。
っていうなんか感覚とドッキングしてやるほうが、なんか記憶に定着するというか。
定着させるんだね。良かった記憶だからってことか。
記録と記憶の格差、SNS時代の写真
はい。で、あとは写真とか記録、あと日記をつけるとか。
今日いいことあったなっつって。
はい。それを見返したりもするっていう。
確かに。写真はするかもな。なんか綺麗な景色だなとかいい場所だなって思ったら撮るわ。日記はあんまりやれたことないかな、これまで。
なんか写真も日記もそうなんですけど、書いた事実と書いてない事実の格差がつき過ぎちゃうんじゃないかって思っちゃうんですけど。
なんか等しくやんないとみたいな。やるな、やると決めたならみたいなこと。
そのなんか、嬉しい出来事を全部写真撮ったり、例えばですけど旅行に行った時に写真は撮るじゃないですか。
で、なんか撮ったやつ、瞬間のことだけがもうずっと繰り返し定着していって。
でも撮ってなかった瞬間の方が遥かに多いけど、なんか格差がめちゃくちゃ出ちゃうなとかで、なんか一時期ほぼ撮らなかった時とかありますね。
それ言うと確かに、なんかこの旅行とか遊びとしてカメラを持ってて不自然じゃないですよねみたいな時とか、相手もそんな撮られるの大丈夫そうだなみたいな時は撮ったりするじゃん。
で、久しぶりに飲み会ですってやった時に、じゃあ飲み会でカメラ出すのはちょっと大げさかなと思うと出せないから出さなかったりとか、
なんかこう空気的に撮る感じでもないかなとか、どうせスマホ出しなとか思うと撮らなかったりとかして。
でも誰かが撮るって言って撮ってる回もあって、飲み会の中で。そうすると確かに写真見返した時に撮ってたやつの方が記憶に残りやすいっていうか。
撮ってなかったやつ忘れてる可能性あり得るなって思ったわ今。
じゃあその集合写真一枚であったとしても。
そうそう。撮った方がいいかもって今ちょっと思った、なんかその半数的に味わうことを考えたら。
あーなるほど。そのイベント個別で見たら、そりゃなんか思い出せるものが確かにあった方がいいと思いますけど。
そのイベント一つだけを見たら、やっぱりなんか格差がちょっと生まれる気もするんですけど。
まあよく考えたら、私結構エピソードをすぐ忘れるタイプなんで。
そう、なんか細かいところをほんま覚えてないよね。なんかね、いつも。そのディティールはみたいな。
結構中期以上のなんか期間が経っちゃったやつ忘れてて、なんで撮ってない。
何も撮ってないよりは、その断片的で格差が生まれても何か残しておいた方が、まあいいんでしょうね。
いやいいよね。なんか最近でも写真また撮ろうと思ってるのよ。
はい。
カメラを持ち歩くようになって、街歩きとかしたときにちょっと撮ろうかなとなってて。
で、人ももうちょっと撮りたいなと思うけど、まだできてないかもね、あんまりそれは。
それはなんでなんですか。
いやなんかそのSNS時代になってから、カメラを向けることへの警戒心が高まってると思うんだよね。
カメラを向けられること自体、なんかアップされちゃうのかなとかさ。
なんかデジタルデータとして撮られることへの抵抗感みたいなことは、デジカメ出始めのときの大学生の頃の感覚と、
今のこんだけSNSとかでアップされたりそれによる問題が出た後だと、なんかちょっと気軽に撮っていいかの感覚が違うようになってきまして。
なんかそれで撮れなくなっちゃった時があった一時期。
その内容がまだあるかもね。
なんか思い出したんですけど、私が学生の時に、何らかの集合写真をその同級生がFacebookかなんかにアップしてて。
あるよね。
で、私がなんかコメントで、これって私写ってますけど、なんか勝手に上げてるんですか?みたいなことをコメントしたんですよ。
まあ、なんかそういうこと大きそうだったよね。
そしたら鍵かけられました。
ブロックみたいな、なんか私を友達からはじかれて鍵かけられて、
で、他の友達づてに、なんかまだ上げてたよっていうか、何というか状況を知るみたいな感じになってましたね。
でもね、撮られるの好きじゃないじゃん。
はい。
私、アップされるとかはさらに嫌じゃん。
はい。
アップされる可能性があるから撮られたくないだけで、撮られることにしたらいいんですよ。
あ、そういうことなんだね。それもちょっと正しく理解してなかった。
はい。なんかその学生の時にそのことがあったんで、それはもう移らんとこって思いました。
ああ、でもその原体験そこだったんだな。
はい。
なんかそれで撮られたくないっていうのは知ってたりするからさ、まあそもそもそうだよなって。
で、そういうやり取りも別にヤマさんに限らずさ、別に見たり聞いたりはするからさ。
実際でもなんかあげたい気持ちもわかるしとか、
まあでもそれを一個一個こうなんかハレーション来た時に対応するの大変だろうなって思うから。
はいはい。
そうするとなんか撮れなくなっていくみたいな。
うーん。
現象はあったな。
そのアップしなければいいんじゃないですか。
でもアップしないにしてももういわゆる構えられることの欠かしであるじゃん、それ自体が。
はい。
一緒かなみたいなとか。
まあそのコンセンサスが取れてれば。
まあそうだね。
いいですよね。
まあ別に今の聞いたらハマさん勝手にアップするやつだとは元々思ってないですけど。
そうね、まあなるべくしないかな。
まあでもなんか、ポートレートが一番好きではあるけど撮れなくなったみたいな感じかな。
でも撮ったらあげたい気持ちもあるけど、こうあげれる人なんていないよなって思って、
そのポートレートを撮らせてもらって勝つあげるができないから。
はいはい。
みたいな。
そういうのはこう、そういう撮られたいよ写りたいよって人探したいなぐらいだね。
じゃあなんかたまにあるじゃないですか、個人で軽く撮影しますよみたいな。
ちょっとやってみたい。
副業的な感じでやってる人、あれいいんじゃないですか。
ちょっとあれはね、なんか選択肢に入ってるやってみたいこと選択肢の中に。
今考えてるのはこう、その町とその人、地元の町でその人を撮るみたいなのやってみたいなとか。
なんかよくあるのは晴れの姿っていうかさ、結婚式の前撮りみたいなとかさ、家族の幸せ写真みたいなやつだけど、
なんかもうちょっと日常的な散策風景をなんかその親しい人と話しながら、
なんかその町歩きを撮るみたいなとかをするみたいなのをやれないかなと。
そういうのを考えたことあんねん。
過去・現在・未来のセイバリング
はいはい。
なんかその、アップするとか公開されることが完全にコントロールできるなら、
いや今あなたたちすごいいいシーンでしたよっていうの、なんか教えてほしい、教えたいなってたまに思いません?
絵的にってこと?
はい。
今めちゃくちゃあなたたちめちゃくちゃいい構図になってるけど、多分それに気づいてるのは自分だけっていう。
そう、だからなんかね、昔とかあったらその自分の撮った写真を喜んでくる人がいた時とかは、
そのまだSNSのマイナス要素がすごい少なかった時は、
基本バンバン撮ってたら、で、共有したら結構喜んでくれるみたいなだけで済んでた時は、
割と撮って共有までセットでやって、
なんか同じ遊び仲間の写真がいっぱいあるみたいな状態になってたけど、
最近はたまに撮って普通に喜んでもらうケースもあったりするし、
あと一応なんかあれだね、共有する時に一応全員が削除する権限がある状態にして、
嫌なのあったらそっと消しといてっていうコメントを添えておくとか、
そのAさんはいいけどBさんは嫌な写真があったらBさんが嫌だと思うならもうそれは消してもらった方がいいと思うみたいな。
まあそうですね。
みたいな。一応こっちでもちょっと嫌だろうなって思うようなちょっと削除するけど撮れたとしてもみたいな。
そこができる精一杯かなみたいな感じじゃない。
だって20人とか10人の集団だったらいろんな写真撮れちゃうからね、撮ろうと思ったら。でも撮らないと何も残らないしみたいな。
撮った後に絶妙に加工して別陣にしてAIでそれでいいことにするとか。
よく分からんけどAIに学習させるのも嫌かもしんないじゃん。
確かに。
AIに合わせるほうがなんかダメだろうって思っちゃう。
そうでした。
セイバーリングの話だったんですけど。
ちょっと戻すか。
写真の話になっちゃいましたね。
セイバーリング。セイバーリングでもっと大変。ちょっと味わい切れてないものがある気するから。もっと色々こう知りたいかもしれない。
目標設定と仕事の喜びの味わい方
なんかこう過去と現在と未来のセイバーリングがあるらしく。
過去はさっきの写真を見返すとか思い出話するみたいな。
現在は食事なり互換なり会話なり、今起きていることに集中するみたいな。
未来については旅行の計画だったり目標を立てたりみたいな。楽しみな予定を想像して味わうみたいな。
そういうことか。
確かにね。先に予定があるのを楽しいって人いるもんね。計画してる時は楽しいって聞いたことあるわ。
はい。なんか私の今まで目標を立ててそれに向かって邁進することが非常に苦手なタイプなんですけど。
はい。だからなんか新年の抱負とかあんま立ててこなかったんですけど。
なんか2年か3年ぐらい前に、なんかこれは抱負を立てるっていうイベントなんだって気づいて。
抱負を達成するんじゃなくて抱負を立てるっていう。
あーなるほどね。こんなことやったら面白いかなみたいなのを考える時間に意味があるみたいなこと。
あーそう。それ自体に意味があるんだなってことに気づき。
あーなるほどね。確かに。
それでみんな抱負楽しんでたんやって思って。
確かに。達成するのる場とかじゃないもんね。
はい。って思ってからはなんかちゃんと抱負を立てる時間を楽しむようになりました。
確かに抱負を言ってくださった時に言ったからには守んなきゃって思ってたら結構言わされるの辛いかもね。
そうですね。
あれ誰のためだって言ったら自分のためだもんなあれ抱負は。
はい。
今年はこういうテーマの1年にしよっかなって考えるワクワクみたいな。
それがまさに未来のセイバーリングなんだと思いますね。
じゃあフルでやってたら結構やれるね。
そうですね。
でもなんですかね。例えば仕事とかで大きな案件が決まりましたって自分の力によってってなった時に私結構喜びが一瞬なんですよ。
めっちゃ上がるそれ。その後辛いもんね。
そうその後の辛さだったり、なんかこれもやらないといけない、あれもやらないといけない。
セイバーリングあんじゃんそれ。
そうなんですよ。
GCTSさん曰くそれを、それはなんかなんだっけな、別のセイバーリングの逆みたいな。
あるんだね。悪いこと味わうみたいなんだ。
そうですねって書いてあったんで、一旦立ち止まって、今喜ばしいということを一旦味わうっていうことを。
確かにな。それ上手い人いるよね。俺もどっちかと言うと苦手というか喜び一瞬派だったね。
特にコンペとかでしょ多分。
コンペはさ、取れるまではさ、さすがに提案して力も割いてるから取りたいしさ、取れたら嬉しいなんだけど、取った瞬間もう嬉しい一瞬でもう、やんなきゃみたいな。
そう現実って感じね。
ママ大変だとかってなるよね。
ダンプニング。
上手い人ちゃんと、受注おめでとうつって飲みに行きましょうってやってた人は上手い人だね。
そうですね、なんかこう最初のキックオフまでは喜びをかみしめましょうとか言ってくれる人いますよね。
待ち時間の楽しみ方と飲み会の工夫
結構あれなんか考えちゃうよね、さっきのことね。
はい、それが一番そのセイバーリングの遅くなる、なんか喜びの打ち消しみたいな。
確かに。
そこそこやれてることもあるけど、未来のやつなー、いやでも予定入れるじゃん。楽しみだなって思うじゃん。
はい。
遅いなって思うんだよね、いつも。
間が長いってことですか。
長いんだよね、いつも。
それはわかります。
なんか、まだ行かないんだみたいな気になっちゃう。
まだ行く。
結構先の予定を決めるなって思ってて、なんか自分でその先を設定そんなしないからさ。
だいたい自分じゃないところで日程決めると先なのよ、自分の感覚より。
はい。
これまだやってないんだみたいな感覚になるね。
でもその間を別の楽しみで埋めればまあいいんじゃないですか。
まあまあそうだね。
そういう意味で言うと、これまだだなっていうのは楽しみを待ってる状態なんだけど、早く行きたいわみたいな。
いや、それはもうわかりますね。
最近楽しみにしてたことで結構先だなって時に、もうわずかな要素をかき集めて、もうずっとジェミニと喋ってますね。
え、どういうこと?それに関することを?
それに関することで、こういう見方もありますか?とか、こういうこともできますか?とか、雨降ったらどうなりますか?とかわからないですけど、そういうことをずっと聞いて。
どのぐらいのレベル?ちゃんとした旅行レベルなのか飲み会レベルなのか。
まあその中間ぐらいのアクティビティーがあるときに。
アクティビティーぐらいか。
遠いなって時に、なんかいろんな仮説、イフの状況を設定したりして、楽しんでいる。
例えばさ、飲み会をさ、約束するとしたらさ、どのぐらい先がちょうどいいんだろうね。
1ヶ月先の予定なのか、2ヶ月先の予定なのか、来週なのかみたいな。
私は2週間ぐらいですかね。
2週間ぐらいがいいんだ。
はい。その1週間、来週とかだと、店どこにしようっていうタスクが自分に降りかかってるとすると、なんか予約取れんのかなみたいなのがよぎっちゃって。
なるほどね。確かにね。まあ人数にもよると思うけど。
はい。なんかこう、うんちゃわが焼いてる感じとかは、なんかわりかし今でもよぎる感じもあるし。
アフターでね。
はい。エリンギが意外と食べれるという事実とかはなんか、比較的味わってるかなと思いますね。
でもある意味にそれで言うとあれか、早めに築島行って文座通り歩いたりしてたのは、ある意味セーバリングしてたね。
はい。
めっちゃ五感でやってんじゃん。それだわ。
結構わかりやすいセーバリングじゃないですか。
確かに。築島で文座食っただけじゃなくて、築島を歩いて雰囲気を味わって文座も味わったのよ。ちょっとプラスしてたわ自分で。
はい。してます。
飲み会ちょっと早めに行ってその辺散策するの結構できるな。
そうですね。あと文座っていう香ばしめなやつとアクティビティ風味なことが割かし残りやすい感じがしますね。
なんかその身体制でそういうことかでも、さっき言ってた五感で味わいやすいのかもね、そういう料理の。確かに作る料理の方が楽しいイベントになってる記憶あるかもしんない。そのバーベキューにせよ、文座にせよ、この焼き屋とか。
なんかただ居酒屋的に出てくるやつより残ってる感じありますね。
そうだね。なんか味以外の何かの要素は高いよね、そっちの方がね。
なんかあと、飲み会の後にすんってタイムラインが終わるグループとそうじゃないちょっと続くグループあるじゃないですか。文座は写真の共有とかがあったりしてちょっと続いたのが何かいいのかもしれないってちょっと思いました。
確かにそれをセイバリング。確かに。なんかそうやって見ていくと結構あったな。
ありますね。
やってたことあった。確かにてかその比較が分かりやすいな。やってないやつあるなって。
セイバリングの本質と実践
はい。友達と遊んだ時とかに結構丁寧めな友達だと、今日は楽しかったね。久しぶりに会ってくれてありがとうみたいな言ってくれる人がいるんですけど。
セイバリングしてる。
すごいセイバリングを感じる。
してるっていうかくれてるよね。
はい、してくれてるし、その人にとってのセイバリングがそれなのかもな。
確かにな。結構あったな。意外と回答度上がるな。何かをした時の前後とかでしてることしてないこと。面白いわセイバリング。ちゃんと調べておかずで。
なんでさっきのコンペの話もそうなんですが、いいことが起きた時に例えば褒められて嬉しいなって思った時とかに、いやー社交事例なんじゃないとかすぐよぎることは打ち消す行動はセイバリングを妨げることらしいんで。
セイバリングの本質は無理に喜ぶことじゃなくて、起きた喜びを自分で即座に打ち消さないみたいな。
なるほどね。打ち消してるジャンルはあった気がするから、ちょっと今知識を得たんで、打ち消さない回数は減らせそうな気がする。なんか特にコンペ受注やったみたいなのはちゃんと喜ぶみたいなのね。
そうですね、もう結構病で消しちゃってたんで。
それはちょっともったいないかもね、人生の中でね。
というセイバリングの話でした。
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