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こんばんは、おはようございます。こんにちは、楽しくおしゃべり❗まこにぃの部屋です。
今日もやっていきます。いつも聞いてくれてありがとうございます。
そしてね、いつもコメントやいいねくれてくれる方、聞きに来てくれる方、本当に本当に感謝しております。とってもとっても嬉しいです。
では早速ですね、今日は金曜日ということでシリーズ古事記やっていきたいと思います。
ではですね、早速いきたいと思います。改めまして、まこにぃです。
まずはね、いつものように大切なお知らせからしていきたいと思います。
本、龍と美穂、夢の虹際ですね。本当に大切なものはすぐそばにあるというメッセージと、大切な仲間の美穂さんへの感謝、そして野党支援の思いが込められたチャリティーの絵本になっております。
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陰陽天皇の愛と三角関係
さて今回は古事記の3部の全体を通して第22章、陰陽天皇のお話です。
陰陽天皇は仁徳天皇の三男、前回3人の兄弟がいて後継者争いをしていて、最初に長男さんがなって、次男はなれなくて三男がその次になったらしくて、その三男のお話ですね。
兄弟たちの後継者争いを静かに見守っていた人です。
彼自身は争い事をこどもわないという性格で、人の声をよく聞くことで信頼を得ていくタイプだったようですね。
まさに聞き上手で資料深いリーダーでした。
資料深いって何だろうなと調べました。資料深いっていうのはですね、慎重で冷静に物事を判断し、他者や状況に対して配慮をもって行動することだそうです。
資料深いってね、あまり聞いたことなかったので、そんな話で、そういうリーダーだったということですね。
そんな陰陽天皇はとても印象的な二人の貴族がいました。
一人目は大夏香姫の御子と、難しいね。
押坂の大夏香姫の御子と、二人目は大旗の姫、乙姫の御子と、乙姫。
この二人なんと姉妹だったんですね。姉妹を妃にしたんですね。
しかもどちらも陰陽天皇を心から愛していました。姉妹で一人の男の人を愛していたということですね。
でもここでちょっと切ない三角掛けが始まってしまいます。
陰陽天皇はもともと姉の大中津姫を妃としていました。
けれども時がたらずれて、次第に妹の乙姫に惹かれていくようになります。
乙姫もまた兄の妃であることを知りつつ、自分の気持ちを抑えきれないと。
そしてついに二人の関係は深まっていきます。
おお、なんか切ないですね。
これに心を痛めたのが姉の大中津姫ですね。
でも彼女は怒りをぶつけるでもなく、悲しみを抑えて天皇の愛を奪うのではなく、ただ静かに身を引いたんです。
うわ、なんでしょう。この奥ゆかしさ。
誠実な政治とその影響
なんか大和なでしこみたいな。大和なでしこってこんな感じなのかな。ちょっとわかんないですけど。
なんかね、そういう感じの。
すごいですね。その姿に陰陽天皇も心を痛めて、私はお前を決して忘れないと語ったと言われています。
怒りをぶつけるよりも、全てを受け入れて、なんかそういう風にしている方の方が、やっぱり相手も気になるなということになっていくんでしょうかね。
そしてもう一つ陰陽天皇は、誠実な政治を大切にし、嘘をつかず人の話をじっくり聞く姿勢で知られていました。
当時まだ人を裁くルールが曖昧だった時代に、そんな中で陰陽天皇は一つ一つの事件や問題にきちんと耳を傾けてですね、公平な判断を下さうと努力していたと伝えられています。
そしてこの陰陽天皇の子孫たちは後の、ちょっと読めません。
これ何とか天皇と繋がっていく、漢字振り金入れてってAIに言ったのに、これ何て読むんだろう、ちょっとわかんないですけど、2人の天皇と繋がっていくんですね。
ここから先の日本はですね、再び激しいドラマの渦に巻き込まれていくことになります。
でもその前にはこの愛と忍耐の天皇がいたことを古事記はしっかりと伝えてくれているということですね。
力で支配するのではなく、心で寄り添い言葉で人を導いた天皇、陰陽天皇はそんな存在だったんだと思います。
次回はそんな優しさの自在から一転、強さと権威を体現した、ここに書いてあった雄略天皇の登場です。
さっき出てきた雄略天皇と清井に丁寧の姉かな、だから清帝というのかな、その中の雄略天皇の登場です。
暴れん坊なぐらいのパワフルな彼の物語、またガラリと雰囲気が変わるのでお楽しみにしてください。
それではまた次回です。
今日も最後まで聞いてくれてありがとうございました。
今日のお相手もマコニーがお届けしました。
それでは皆さんお幸せに。
またね。
今日もありがとう。