サマリー
ポッドキャストでは、真剣な中に潜むユーモアについて考察しており、特に「ていうボケやん」の概念を紹介しています。これに関連して、3人のコントグループやAKBの複雑なエンターテインメント構造にも触れています。このエピソードでは、真剣さが面白さを生むというテーマに基づき、「ていうボケやん」の構造について考察されています。プロレスシステムやディズニー映画の影響を受けた笑いの多層構造が紹介され、ボケとツッコミの重要性が強調されています。「ていうボケやん」という概念は、手遊ボケやんの多層構造を通じて面白さを生み出すプロセスについて考察されています。また、西野さんのプペル小学校の例を通じて、本気で取り組むことがもたらす成果や心理的防衛についても触れられています。
ユーモアと真剣さ
さて、やって参りましょう。
おはようございます。 ラッセイの精神科リブラでございます。
今日はね、また思ったことを 話そうと思うんですけどね。
何を思ったかというと、 昨日自分の配信で思ったんですけど、
自分の言ったことで思って、またそれで 配信撮ったらもう世話ないなっていうかね。
何て言うのかな、これ。 自家発伝みたいなことするのかわからないけど。
無限期間ですね、これね。 自分の言ったことに、自分の発言に
インスパイアードで、また何か思うっていうね。
思い続けますね、こうなるとね。 思い続けて思ったんだけど、
昨日あげた僕の配信で、 僕としてはさっきあげた配信なんですけど、
昨日の配信で思ったことがあって、 言ったのは、
3人のコントグループがあるじゃないですか。 3人展の人たち。
銀さんとイージーさんとキムショさんのね。 何て言う名前なのかな、あれ。
何ですかね、何だろうな。 何て言うタイトル。
3人組の名前はわかりませんけど、 3人展の人たちね。
あの3人展の、列号3人展か。 列号3人展がですね、
ボケなんかマジなんかわからん っていうようなことがね、
本気で僕は思ったわけですよね。 わからんでしょう、あんなのボケかマジかなんて。
めちゃめちゃむずいよ。 銀さんはまだね、
あれ仕事なんですよ、あの人。 なんでボケに見せかけてマジみたいな部分もあるわけです。
あれで収入得てるからね、ある程度ね。 ただあれで、この写真では収入得てるけど、
例えば壁の写真を成り割にはしてないわけなので、 だからやっぱしボケの可能性があるというふうに見えちゃうけど、
とはいえプロのカメラマンなのでおそらく実際に、 だから僕がカウンセリングをしたらやっぱりこれは本気だろうなと思うだろうし、
ボケですと言ってもね、 いやいやいや先生と、いうようなことになるわけで。
写真を撮ったらやっぱり、 マジなんかいいなという感じがするんで、
それをボケと撮るかなとは思いにくいところがありますね。
ただね、イージーさんは電気工事をやってるんでしょ。 勤務所さんはマーケティングをやってるサラリーマンでしょ。
その人たちが絵を描いたり、お茶を入れたりする、 それを展示会だって言ったら、
これボケなんかなと、それは思うでしょ。 ボケかもしれないよね。
で、真面目にやってるのがボケかもしれないというのはよくあってですね。
例えばね、大阪やら関西圏の人たちには 馴染みがそういう感覚があるんだろうけど、
結局真面目にやるときに、 手言うボケやんっていうのがあるじゃない。
手言うボケやん。
ボケはボケでボケですと言ってやったボケは あんまり面白くないわけで、
真剣にやってるのが面白いじゃん。
だから手言うボケやんって言ったら 面白くないわけでしょ。
AKBの多層的視点
これボケですと言ってボケたら面白くない。
手言うボケやんは基本的には使わないじゃないですか。
手言うボケやんっていうボケっていうのも あるじゃないですか。
ね、マサイさん。
手言うボケやんボケがあるじゃないですか。
なので、手言うボケやんボケのときは ボケやんはマジに見せていってっていうさ、
そういう構造じゃん。
で、その手言うボケやんがあると思うんだよね。
例えばね、よくさ、本気にせいよとかって、
俺を馬鹿にする、プペルを馬鹿にするなとか 西野さんやってるけど、
あれさ、あれ大阪の人に、関西の人に 受け入れてもらうためにやってる技でさ、
真面目にやって、俺のプペルを意地になって言ってる、
真面目にやってるっていうのが ボケだっていうボケやんですよね、あれ。
プペルとかって。
で、ある週、西野さんとかやってるのは、
お笑い芸人が本気で子供のためとか言って、
やってるっていうボケじゃん、あれ、はっきり言って。
っていうボケにも見えるでしょ。
そこでボケのキレを増すために 実際に子供の役に立っちゃったりとか、
実際にどっかアジアの国にプペル小学校作っちゃったりとか、
本当にできてるわけよ。
とか、本当に日本アカデミー賞取ってしまったりとか、
なんなら、今一番やろうとしてる アメリカのブロードウェイのミュージカル、
一発成功させたりとかね、したらね、ものすごいじゃん。
それをお笑い芸人がやってるっていう、 っていうボケやんっていう、
その本気でむちゃくちゃやるっていうの、
っていうボケだけどねっていうのが 一番面白いっていう感じの噂じゃないですか。
あれボケじゃん、はっきり言って。
っていうふうに見せたらボケじゃなくなるから、
一部のもう少し信者と言われるような 濃い目の人たちは本気にとっていて、
その一層外側の人たちは っていうボケだよなって思っていて、
それが見えない人たちはなんかムカついてるみたいな、
そういう構造になってるわけですけど、
だから、なんていうかな、AKBがね、
なんかで喧嘩したりしてたじゃないですか。
なんか小選挙みたいなやつやったりで、 本人たちの争いみたいになったりとかね。
あれってさ、見る層によって あれを本気だと問う人もいるし、
プロレスだと問う人もいるし、
その裏の事務所間の争いみたいなものを、
政局みたいな感じでプロレスっていうかな、
裏の事務所間の争いみたいなものも 楽しんだりしてる人がいたりとかして、
AKBって、なんていうかな、
賢い人でもアホの人でもみんなその層ごとに、
見る人によって違って見えるという複数から、
いろんな視点で見れる、 そういう構造になったんですよね、AKBってね。
その表面の物語を信じて、
この子たち可愛らしくて一生懸命やってるな、
その表面で喜んでる人もいれば、
その裏に隠されて、あんまり隠してないんだけど、
隠されている本人たちの画質みたいなやつを 楽しんでる人もいれば、
ていうのも含めてこれエンタメでしょ、 っていう風に見てる人もいれば、
その裏の、ていう風なのをエンタメですよね、
ていう風にやりながら、 本当は事務所間が争ってるよね、これって。
これってAKBって一つの事務所の人じゃないもんね、
いかに自分の事務所の人を売るかっていう、 マネーゲームのところがあって、
これ面白いなって思ってる人もいれば、
ていう3層4層に、層ごとに違って見える構造になってましたね、 AKBって。
これって、岡田斗司夫さんが時々言う、
ディズニー映画の考察
ディズニーの最近の映画とかと同じなんだよね。
ディズニーの最近の映画って、
アナと雪の女王とか以降、
あれって表面的にも見ることができるし、
よーく見ると、エルサの表情がちょっとおかしいとか、 岡田斗司夫さんが言うには。
コマ送りで見ると、セリフとかの言い回しが、
英語の意味がよーく考えると、 ちょっとこれは意味ありげだね、
みたいな風になってて、
表面で見ると、兄弟愛の美しい物語みたいになってて、
もう少し深く見ようと思うと、
エルサの冷たい心みたいなものが、 本当に冷たい心が見えてきたりとかして、
例えば、これも岡田斗司夫さんが言ってた話ですが、
鎌倉の十何人みたいなやつの、
大泉洋さんの泣いた理由みたいなものも、
深く考察すると別に見えて、
吉宗、源義経を殺した時の涙みたいなものを、
弟を殺して悲しいという見方もできるが、 そうじゃない見方もできるよねみたいな、
何層かに分けて、深く考察する人には深く見えて、
浅く見たい人には浅く見たいというか、 浅くしか見れない人には浅くしか見れなくて、
それはそれで面白く見えるという、
非常に複雑な構造を取ってますよね。
三谷幸福さんの話とか、
ディズニーの話とかね。
僕としてはAKBがそういうふうに見えていたんです。
これは岡田斗司夫さんの話じゃなくて、 僕が見てて思っただけなんですけど、
AKBが一番流行ってた頃、 総合選挙とかやってた時って、
いろんなファンの人たちがいたけど、 あの時すごく賢そうなんで、
僕の好きな小林…
小林…なんだっけ?
小林…なんだっけ? 五音マニズム宣言のおばちゃまくんの。
小林…あれ?小林…小林よし…
小林よし…あれ?
小林よしのみ?小林よしひろ?
小林よし…のり?
小林よしのり?かな。
なんかしっくりこない。小林よしのり。
小林よし…小林じゃないのか。
小林じゃないか。小林よしのり。
とにかく、傍慢かましてよかですかの、
小林よしのり。ちょっと違うかもわかんない。
あの人なんかが、AKBのディープなファンになっていたりね。
あんな人がファンになるっていうね。
賢げな人たちが結構ファンになって、楽しんでたんで。
それを見てて、あーっと思ってね。
3層、4層にね。
表面でも見れる。もうちょっと奥でも見れる。
もうさらに奥でも見れる。
確かにあの時思ったのは、4層ぐらいの構造になってるなと思ったんですよね。
笑いの多層構造
そういう意味でね、やっぱり総構造になってないと、
多くのファンはつかめないんだろうなと。
アホも賢もみんながそれを見て面白いと思わないと。
アホ用に作るとアホしか喜ばんし、賢用に作ると賢しか喜ばんので。
そうするとね、人口の多くを抑えられないので、
アホでも賢でも面白いというね。
こういうものを作るときには、
全体に一律に刺さるような作品を作るのは非常に難しいので、
総構造に分けて、どの層にどう刺さるかっていうようなことでね。
多分プロレスとかを参考にしてると思うんだけど、AKBとかって。
プロレスとかも何層にも分かれていると思うんですよ。
最近プロレスは流行ってないけど、
プロレスっていうのはすごく3層、4層。
すごいシャバンじゃん、表はね。
そのシャバンの裏側に色々見えるように作ってあるんですよ。
あれってやらせでしょみたいなこと言うと、
僕の友達の賢いやつが、プロレスファンのやつがいたんだけど、
そいつが違う。あれはシャバンじゃない。
あれはエンタメだっていう風に同級生がいましたよね、大学のときのね。
彼に言わせると、これはシャバンじゃない、これはエンタメなんだ。
君分かってない、リブラ君分かってないなと。
これ何層にもなっているんだみたいな。
そういう風には言わなかったかも分かんないけど。
みたいな風で、総構造になっているものが多いんです。
ていうぼけやんの発動
それは僕はプロレスシステムって呼んでるんですけど、
そういう意味で、最近のディズニー映画はプロレスシステムを撮っているし、
もちろんAKBなんかはプロレスシステムの最たるものだと思うんですね。
っていう風なことを思ったときに、
そのプロレス構造を作る一つのエクスキューズとして使われるのが、
ていうぼけやんなんだと思うんですね。
という風に、ていうぼけやんをどんだけ重ねるか、
ていうぼけやん、ていうぼけやん、ていうぼけやんの
総構造を作っていくときに、
このていうぼけやんが効いてくると思うんですよね。
西野さんなんかも、大阪の人なんかは、
ああいう風に真面目にやったり、高すからな、西野と。
何やってるんだ、それ。本気か、これ。
ってなったときに、ていうぼけやんがあることによって、
面白いよねっていうことで、心にうまく刺さるという風になっていて、
もうちょっと関東の単純な人たちには、
その表面の優しいみたいなところが刺さるし、
そういうのを気恥ずかしく思う関西の人たち、
関西の人たち、京都の人たちを中心に、
言った言葉を言葉通り取ると、
アホに思われるでしょ、関西の人たちはね。
子どもたちを助けたい、子どもたちのためになりたいってことを言って、
そのまま正直にそうだって言ってたら、
アホと思うでしょ、関西の人たち。
ていうぼけやんって言いながら、実際小学校作っていて、
ていうぼけやんって言いながら、実際西野さん小学校作ってるじゃんって。
ていうぼけ、すげえなと。ぼけがすげえなと。
人のためになってたら、これ。
ていうぼけやんって言う。
すごいぼけだなってなるわけじゃん、関西の人たち。
だから真面目にやったってアホに見えるでしょ。
だから、というふうにして、ていうぼけやんが発動するわけですけど、
そういう意味で西野さんなんかは、
そういうていうぼけやんをやってるわけですよね。
そしてそれはね、やっぱりね、
冷めた目線みたいなもので、
僕らの何か調整みたいなものってやっぱり茶化されるんで、
その冷めたものを茶化するっていうのは、
僕ら名古屋の人も結構それやるけども、
関西の人とかもすげえやるじゃないですか。
それを防ぐというか、
防御して、
僕らの心を自分で支えながら突破していくときに、
やっぱりていうぼけやんはすごく役に立つなと思ったんです。
そういう意味でね、
あの3人の3人展とかもね、
列号3人展の人たちのやつも、
ボケとツッコミの効果
ちょっとぼけに見えるじゃん。
イージーさんとか常にぼけてるし、
で、金正さんとかもなんか真面目そうにぼけるじゃん。
大きめに。
だからあれ、たぶんね、
ていうぼけやんがもうすでに発動してると思うんですよね。
彼らの、
あれ、これこっちでいいのかな。
ちょっと違うか。
ちょっと待って、これわかんないぞ。
こっちじゃない。
これこっちか。
わかんねえな。
こっちか。
コンビニに行って買い物してあるね。
もう10分か。
あと10分しかないな。
続きましょう。
ということで、
3人展が僕にはぼけに見えたというのは、
みんなにはどう見えたかわからないけど、
それはたぶん僕が、
関西的なお笑いのノリがもともと好きだっていう、
僕は関西人じゃないんです、全然ね。
名古屋民なので、
全然関西人じゃないんだけど、
名古屋民は子供の頃からずっとね、
吉本を見て育つんですよ。
ちっちゃい頃から。
吉本新喜劇一発見て土曜日は、
それから猛烈志向教室という、
狭間寛平とか木村進とかが出てくるね。
司会は西川清和山康のね、
康清が司会で、
そこにオール阪神巨人、
猛烈志向教室というのを見て、
それからもう一回ね、
島屋だしと書いてあるね、
あれを見るんですよ。
まず最初は、
で、幕が上がるっていうあれ。
あれを見て猛烈志向教室あって、
もう一個のやつはね、
ちょっと違うかも分かんないけど、
こういうやつで、
これで幕が上がるっていう、
多分やってる場所が違うんですよ。
ナンバーグランドか月と京都か月とか、
知らないです、全然知らないですけど、
ナンバーグランドか月とそうじゃない、
多分どっかの劇場でやってる別の新喜劇。
昔ね、いろいろあったんですよ。
今は多分そんなないかも分かんないけど、
昔いくつもね、やってね。
それをね、だから1時間ずつ、
大阪は多分もっと早い時間にやってたと思うんですけど、
名古屋はね、夜11時とかに、
火曜日だったかな、なんか遅めにやってたね、
あちこちでちというね、
なんだっけ、
コント55号じゃなくて、
コメディナンバーワンのね、
アリガトさんの人をね、
前田さんのコメディナンバーワンをやってたんですよ。
それをね、
1時間ずつ、
3時間、
学校から帰ったら3時間、
アリガトさんの人をね、
前田飲んだ、
相方ね、前田誰だっけ、
なんとか住み子、
忘れちゃったな、
っていう2人が出てて、
ここにやっぱりカンペちゃんとか出てくる。
狭間カンペは大スターでしたからね。
この西日本ではね、
名古屋を含む西日本では狭間カンペの人気ものすごいからね。
アヘアヘオヒカって言ったらね、
カイーノですよね、
チースータロカーね、
東京の人たちでは、
全然感覚わからないと思うけど、
ものすごい人気ものだったから。
狭間カンペの人気はすさまじかったですよね。
アメマバッチをね、
大借金をするという狭間カンペすごかった。
そんなようなことで、
そういうボケ文化みたいなものにどうしても若干染まるもんですからね。
大阪の影響がちょっと強いんでね。
東京よりは大阪の影響が強いんだよね、名古屋っていうのは。
どうしてもそういうボケの文化みたいなものを浴びてね、
どうしても育った世代なもんですから。
ということでコンビニに着いたので一回止めましょうかね。
ということでですね、
コンビニに寄ったわけですけど、
コンビニに寄ったまま、
そのまま結局収録を再開することはなく、
1日経ってしまいました。
ということで最後、
まとめて終わりにしようと思いますけど、
なので、
今朝アップするつもりが、
1日ずれてアップすることになりますね。
残念。
なので1日抜けてしまいましたが、まあいいや。
ということで先ほどの手の話をまとめましょうかね。
まとめますと、
手遊ボケやんによって僕らは、
手遊ボケやんの進めというか、
レッツゴー3人組がやった手遊ボケやんの構造が素晴らしいと。
僕らは手遊ボケやんを使うことによって色々効果があると。
まずは1個1個の手遊ボケやんの階層構造ですね。
その1階層ごとに面白みが生まれますよね。
だってボケだから。
ボケとツッコミが生じるので、
手遊ボケやんの構造
そこで1つ1つ面白みが成立するということ。
もう1個は手遊ボケやんで何かがある。
手遊ボケやんっていう何かがある。
手遊ボケやんっていう構造がある。
手遊ボケやんっていう構造があって、
手遊ボケやんっていうふうに階層構造が起こることによって、
認知特性のどこまで理解できるかっていう、
3層まで理解できる人、1層しか理解できない人、
それぞれにとって面白みが生じる。
AKBだとかプロレスだとか、
最近のディズニー作品だとか、
というのに共通する複数の階層構造による面白みというのが出るわけですよね。
西野さんの作品なんかもそうですよね。
子供たちのためにって言っているっていうのでもいけるし、
手遊ボケやんでもいけるし、手遊ボケやんでもいけるということで、
西野さんのやつなんかも3層4層になっているように僕には見えます。
本人に聞くとマジですというふうに、ボケですとは言わない。
実は実はお笑い芸人と一緒にやってるYouTubeとかでは、
時々ボケですって言いますよね。
実は実は言います。
それは種明かしというわけではなくて、
そういう複数の構造だっていうことで、
それも事実っていうことだと思うんですけど。
ということで多層構造にすることによって、
大勢の人に、いろんな層の人に刺さるよねというのが一つね。
もう一個は手遊ボケやんにすることによって、
実際的に二重構造にすることによって、
マジで行くわけだからっていうボケなんですけど、
マジで行くからこそのボケなんだよね。
本気でやっていてなんで本気でやってんのと、
僕らがたとえば、
ベテラン、僕ちょっとあんまりそこまで熱心になってないけど、
もっとこれは本当は熱心にやったほうが面白いのでやって、
めちゃくちゃ練習してくるとかね、お金かけちゃうとかね。
要は列合3人組ですよね。
本気の成果と心理的防衛
あれだから本気でやっちゃってるよね。
もうボケにも見えますよね。
ということで本気にやることによって、
実際本気の成果も上がる。
この話の中で出てきたのは西野さんのプペル小学校。
本当に小学校作っちゃったんだから。
何やってんのよってね。
なんで小学校作っとんねんっていうね。
作ってんねんですよね。
っていうボケやんですね。
だけど本当に小学校はできるんだよ。
ということで実際に本気の成果になるんですね。
2つの意味で、
1つはっていうボケやんっていうことによって、
何か熱心にやってることへの冷笑的態度みたいなものを
跳ね付けることができる。
何真面目にやってんだっていうのに対して、
っていうボケやんっていうことで、
ボケだということにすることによって、
冷笑を跳ね返すことができる上に、
次本気の成果が出てくるから、
プペル小学校ができるわけだから、
銀さんの写真が出てくるんだから、
壁の写真が出てきて、
なんで壁の写真やねんから、
壁の写真のパワーみたいなものが出てきて、
今度壁の写真本気じゃんみたいな、
本気のお茶が出てきて、
本気のイージーさんの創作物が出てきて、
それでその作品の力でも押してくるし、
ということで、
作品の力でも押してくるっていうボケやんで、
冷笑は防げるということで、
そういう心理的な防衛をしながら、
後ろで大きな成果を見ることができるという、
そういう大きく言うと3つかな、
面白い、その面白さが多層構造に刺さる、
もう1個は冷笑に対する心理的防衛を図りながら、
4つかな、防衛を図る、
そしてその後ろに大きな作品を作ることが、
本気の成果を作ることができるという、
4層構造、4層じゃないな、
40の効果が、
ていうボケやにはあるかなというお話をしました。
分かったかな、
僕の話またよく分かりにくい話をしてしまいましたが、
だから本気でやってね、
本気でシーンで何かやりつつ、
しかしそれを複数に見えるように、
ていうボケやん構造を上に重ねると、
さらにいいのかなっていうことを、
今真面目に言ってみたわけです。
ということを皆さんにお伝えしたかった、
ていうボケやん。
はい、さようなら。
切れない、切れはしない、
さっきので切っとけばよかったね。
はい、そこではここでさようなり。
23:25
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