サマリー
このエピソードでは、精神のPライン特別版にて三人展について語られており、銀さん、イージーさん、金主さんのユニークな関係性が紹介されています。芸術の本質や物語性についての深い考察も行われています。また、三人展の作品において特にお茶の役割が注目され、ボケの要素について再考されています。参加者たちの意図がはっきりしない中で、作品の理解が難しいものの、様々な概念の共有が感動を生む可能性が示されています。
Pライン特別版の紹介
はい、こんにちは。バスエの精神科のリブラでございます。
本日も思ったことをちょっと話していきましょうかね。
昨晩ですね、もうかなり遅くの時間にね、 精神のPライン特別版みたいなのがありましたね。
三人展のお三人、銀さん、イージーさん、 金主さんを招いてですね、
久しぶりにまたPラインやりましたけどね。
Pラインではどうせ三人展の話ししないと 銀さんは思ったみたいで、
お題を持ってきて三人展の話しするつもりは ありませんかみたいなスタートで、
なかなか銀さんで、三人展あれですね、 銀さんがリーダーなんだね、やっぱね。
三人のコントグループみたいに見えましたね。
コントグループのリーダーは銀さんなんですね。
基本的にはイージーさんがボケてくるんですね。
イージーさんがボケで、それを銀さんが突っ込むっていう。
なんでだよっていう略で。
おそらく並びだと一番右端に多分ね、 金主さんがいると思うんだよね。
おそらく左側にイージーさんがいて、 真ん中に銀さんがいるんですね、並びにいると。
一番右の金主さんが大ボケなんですよね、きっとね。
ボケに大ボケで真ん中で突っ込むと。
時に一番右の大ボケが真ん中の銀さんを突っ込むというね。
芸術の本質
そういうトリオ漫才ですね、あれね。
トリオ漫才だなと思って。
一番大きくボケてくるのは実は金主さんですよね。
そういうパターンよくありますよね。
僕の好きな、並びは違うかな、だけどシティボーイズさんたち。
あれコントをするから漫才しませんが、
真ん中に大竹誠さんが来て、大体左に北朗さんが来て、
向かってね、向かって右側に埼玉茂さんが来て。
基本は北朗さんボケで行って、 大竹誠さんがそこに突っ込んでいくと。
時々一番右から大外から埼玉茂さんが、
全然関係ないタイミングでボケを入れてくるというふうですよね。
烈豪三匹は真ん中に昌司さんがいて、
左側に烈豪純さんがいて、右に、何だっけ。
何だっけ。昌司吉さんじゃない。何だっけ。
何だっけ。忘れちゃったね。歌うまい人をですね。
歌ー、みたいな急に歌いだす。
あれ名前忘れちゃったね烈豪三匹。
烈豪三匹知ってる人も50代から60代ということで、
どうせ皆さん分からないでしょうけど。
烈豪三匹。烈豪純。
純。何だっけ。
忘れちゃったな。
純と真ん中が、
忘れちゃった。昌司。
右側が、
何だっけ。
何だっけ。何だ言ってこない。
タキシードみたいなのが来てるでしょ。右側ね。パリシパーマのね。
民謡歌ったりするでしょ。右側の人ね。
烈豪三匹とシティボーイズと同じ構造ですよね。
今時の笑いの人どうかな。今時の笑いの人もそうじゃない。
何だっけ。
良い子じゃなくて。
あれ何だっけ。よくテレビに出てくる人ね。
出てこないね。
誰だっけ3人組。
よく見る人だけど分かんない。出てこないな。
出てこない。残念。
残念。残念。残念。
よく見るのに出てこない。
良い子じゃない。そういう感じの名前。
まあいいや。非常に残念ですが。
真ん中にツッコミの人がいて、
向かって左側につるっとした、
私も烈豪順に似てるな。つるっとした色のね。
テカテカっとした人が左側にいて、
右側にメガネのちょっと静かな人がいて、
あの人が一番大ボケでボケてくるっていうね。
あれもそうじゃない。インスタントジョンソンもそうでしたよね。
大つかりちゃんは左側にいましたよね。
あれもそうじゃない。
ダメになっちゃった。おたけさんが右側にいるよね。
左側に斎藤ですと言わないか。
人がいて真ん中にツッコミの人がいて。
あれもそうじゃない。
ロバートも、
コントばっかりやるから並ばないけど、
真ん中に山本さん来て、左に秋山さん来て、
右側にババさん来るみたいな。
漫才で左側がボケて右側が突っ込んでいて、
その大外の右側に大ボケが来るっていう構造ですね。
なんで僕の中では一番右に金武将さんでしたよね。
真ん中に銀さん。
左側にイージーさんっていう三人組でしたね。
列号三人組がそういう風に見えました。
ということでその列号三人組とやったんですけど、
なかなかでも良かったですね。
いくつか他のコラボも聞いたりしましたけど、
銀さんが、いやいや三人だけのやつを聞いたんだ。
いくつか聞いてるからどれがどれかわからないけど、
裏側を話してるんだけど、
あんまりその裏側は言わない方がいいと思うような裏側の話をしてる回とかもあって、
聞きながらそれは違うよなと思ったんで、
勝手にいろいろ思ってるだけですけど、
今回のやつはあんまり僕が必要ない裏側の話を、
銀さんがそもそも三人手の話をしないところと思って来てるということもあって、
余計なことは言わなかったね。良かったですね。
一方、ちょっと面白い展開になりましたよ。
そもそも芸術とはっていう話になったしね。
共有概念の話ね。そもそも芸術とはとかね。
言葉の説明がいるのかいらないのかっていうね。
言葉で説明をしないにせよ、言葉で説明をしないにせよ、
言語を使わないかという問題はあれど、
やはり大きな感動を生むためには、
ヌードみたいな本能に訴えるもの以外はっていうことですけどね。
本能に訴えるものであっても、本能だけに訴えるわけじゃないので、
例えばヌードみたいなやつもね、
ただの裸の場合と少し薄い服を着ている場合は違うでしょう。
これは本能じゃないんだよね。
そこに物語性が隠しているのが見えるみたいな物語性が発生してるから、
これは言葉で説明してないけど物語性を発生させているんですよ。
同じヌードでも。
本能みたいなところに訴えているような作品であっても、
本能だけに訴えているわけではなかったりするので、
やっぱり物語性というのは必ず芸術にはいるんだろうと僕は思いますよ、それは。
物語性がもし全然ほとんどないような作品というのは単純なヌードとか、
もしそんなものがあるとすれば、猿が見てもそれで猫の話が出たんだけど、
猫が出ても猫がニャーと、ニャー。
猫が立ち止まる作品がもしあればね、
それは哺乳類に共通する、もうちょっと本能に近い場所を揺さぶるんだけどね。
多分モナリザもね、僕が描いた絵も猫にとっては一緒だよねと。
猫にとって一緒となると、犬にとって一緒となると、
それは知らない未開の地の僕みたいな人にとっては一緒なんだよってね。
そこに物語性があるから、絵が美しいと言うけど、
絵の美しさというものは、それは料理の美味しさと同じで、
物語性の中で僕らは感じている可能性が大いにあって、
僕らはそれを無意識だけども、
そこには実は物語性を感じていることがあると、
往々にしてあるというか、それがかなりあると思うんで。
なので物語性を無視した芸術作品というのは、
あまり成立しにくいんじゃないかと僕は思う。
そしてそれがが一緒になって、そしがになったんだけど。
それが仮に言語での説明があるかないかはまた別の問題で、
言語で説明される場合もあるだろうし、
言語は使わないけど物語を伝えてくることはあると思うので、
そこはやりようだと思うんですね。
言語で言いすぎちゃうと下水でしょ。説明しすぎたら下水からね。
だから説明せずに伝えてくるっていう。
だけど伝えてるんで、何かをね。
という場合があると思うんで、
芸術というものはそういう二つあるかなとは思うんです。
珍しい反応とアイデア
そのものじゃなくて物語性がいるかなとは思うんです。
という話になりましたね。違ったかな。
僕にはそう思った。
さらに話を進めますと、大ボケの役のボケのイージーさんは
あんまり普通にいつも通りボケてらっしゃったね。
銀さんは何とか回そうと一生懸命やってましたね。
銀さんも自分の絵の2次元と3次元を説明してくださったり。
ほとんど語らなかった、そもそもミュートにしてらっしゃった
金主さんが少し反応して、
今日の金主さんの配信でも言ってらっしゃったけど、
お茶入れるの体験型にしたらどうすかっていう。
ちょっと一旦止めます。
よいしょっと。
止められないんじゃない。
よいしょっと。
はい戻ってきました。
昨日の一昨日の3日前のカレーを食べて、
家に忘れ物を取りに来てもう一回行かないといけないんですけど、
マウスを忘れてね。
今から到着するのにマウスがないと非常に困りマウスということで、
日本全国助かりますということで、
マウスを取ってきましたね。
あれマウス?
あれちょっと待ってマウス一回止めますか。
はいマウスありました。
マウスを取りに来て、
マウスを持たずにカレーだけ食って帰るとかよくあることなんでね。
今日はまたやっちゃったかなと思ったんですけど、
マウスはカバンの中に入っておりましたね。
よかったよかったね。
これで助かりますということで、
えーなんだっけ。
そう、木武書さんがね、
列号調査区調べました。
左側の列号3匹。
順でーす。
右の人がね、向かって右の人がね、
調査区でーす。
真ん中の人がひょうじさんなんですけど、
必ず何か違う子っていうね。
南春男でございますね。
で、両サイドから同時突っ込みされるっていう。
そういう僕の記憶によると、
列号3匹はそういうオープニングでしたね。
だからですね、
木武書でーす。
イージー、違う逆だ。
イージーでーす。
イージーでーす。
木武書でーす。
と、南春男でございます。
こういう風に、
両方から突っ込む。
まあいいんじゃないかな。
ということで、そういうことじゃなくてでしたね。
やっぱしょうじさんだったね。
順です。
調査区です。
南春男。
真ん中がしょうじさんということで、
列号3匹はね。
だいたい合ってましたけど、
調査区が出てこなかったね。
列号調査区。
で、何の話だったかな。
うわ、ちょっと待てよこれ。
上!
一回止めまーす。
ガラスがね、車のガラスが割れてるのかなと思ったらね、
真ん中に赤いような、茶色いような何かがあって、
その周りにエコーを引っ張ったみたいな、
なんていうかな、
アクスティックシャドウがあったんでね。
お茶の役割
えーっと思って、
え、ガラス割れた?と思って。
車の真ん中から。
マジで?と思って見たら、
鳥の糞でした、ちっちゃいのね。
鳥の糞で何かそれが見えただけだね。
足の短い犬だなあ。
よし、ということで、行ってまいります。
えーっとね、
鳥の糞だったよ。
ガラス割れてなかった。
で、調査区さんじゃなくて、
勤務所さんが、ほとんど喋れなかったんですけど、
それでね、
スカンクさんが、
お茶に関して勤務所さんが来ないってことで、
お茶を体験型で、
自分で淹れるようにしたら楽なんじゃないっていう、
案を出したら、
勤務所さんも自分でも言ってたけど珍しく、
それは絶対ないっていう。
それはもう、
全体として考えているお茶の、
自分の作品としてのお茶の構造を考えていて、
いつもとは違うもっといい入れ物っていうのかな、
みたいなものを準備して、
何て言ってるか忘れましたけど、
マイセンって言ったかな、
忘れましたけど、
ノリタケじゃなかった気がしますけど、
何かのカップを持っていこうかなと思っていると。
カップの選び方も込みで自分の作品として出しているのに、
それを紙コップでいいって言われてるみたいな気持ちなので、
それはもう絶対ないと。
もう台無しだというようなお話をしたのでね。
だから、
ふかんくさんとしては、
お茶の機能としてのお茶を思ったんだよね。
機能としてのお茶は多少色が違っても一緒じゃないかとね。
紙コップは言ってなかったけど、
大げさに言えば紙コップだって気持ちさんが言ったってことは、
そういうふうに聞こえたってことは、
紙コップで飲んだって味一緒じゃないかっていうのように聞こえたんだと思うんですけど、
それはもう全然納得いかないということで、
パチンと否定という。
珍しいというのは、
気持ちさんが全否定してくるのが珍しいってことですけど、
というふうなことがありましたね。
そこで初めて思ったんだけど、
この三人展の一番わからなかった部分は、
お茶なんですよね。
絵はわかるですよね、まだ。
絵の良い悪いというのがあまりわからないけど、
それは僕経験が少ないんで、
共有概念が少ないからですけど、
良い悪いは概念の共有が大事ですけど、
共有概念が少ないから絵はわからないってことなんですけど、
維持さんのものを作る造形みたいなものも、
そこが良いものはあまり見てないから、
良いものっていうのはいつも言ってます。
良いとされているものをあまり見てない。
良いかどうかっていうのは個人の価値なんで、
そうじゃなくて、
良い作品とか、
芸術的に良いものっていうのは、
良いとみんなが思われているものという意味ですね。
という良いものを僕はあまり見たことがないものですから、
今一つわからないですが、
でもね、まだわかるわけ。
わからないなりに。
一番わからないのはお茶。
お茶が絵と、
絵を中心とした何か創作物と、
お茶ってどういう意味なのかなって思って、
なんかボケてきてるのかなみたいな、
なんかのボケなんかになっていうね。
あの人よくボケてるでしょ、
だからどこまでがボケかマジなんかわからへんねんっていうようなことでですね。
三重風に言うと、わからんやんていうね。
わからんやんていうようなことでですね。
つかめてないんでね。
ところが、
清さんのその反応を見たらですね、
同じだったんですよね結局だから。
絵と写真と、
清さんのお茶は、
何かいろいろその、
要は上等なもの、
上品なもの、
創作的なもの、
クリエイティブなもの、
いろんなイメージを持ってらっしゃって清さんが、
そのイメージに、
彼のイメージがあり、
そしてその絵、
維持さんの絵や創作物、
銀さんのフォトグラフみたいな、
ものからによって、
邪気されるイメージ、
みたいなものを、
清さんはお茶で表現を、
してみたということなんですよね。
表現ってそういうことだと思うんだよね。
みんなの概念の共有、
自分の中の概念の共有を、
から感覚を、
出して、
それが人に伝わろうが伝わらないが、
っていうものもあるんで、
伝えるための表現と伝える、
根本的には、
伝えることなんでしょうけど、
あえて積極的に伝えるつもりのない、
ような作品もあると思いますが、
というふうなことだと思うんです。
どういうことかわかったわけです。
それってさ、
やっぱ聞くまでわからなかったですね。
イージーさんの絵なんかもそうなんだよね。
ネタなんか、
本気なんか、
どこまでどういうつもりなのかがね、
測りかねるんだよね。
スタッフの人たちみんな、
冗談言ったりするでしょ。
それはもっとね、
わかるのかもしれないけど、
僕らロボなので、
いくぶんなり、
僕やら力さんを筆頭に、
筆頭じゃないね僕たちはね。
力さんは筆頭かもわかりませんけど。
ロボとしてはね、
言ってもらわないとわからないところが、
若干あるのと、
なかなか難しい、
ちょっと水飲ませていただいて。
そこでわかったわけ。
というとこでね、
思ったんだけど、
やっぱり物語が必要なので、
感動するためというかな。
その物語というのは、
共有されているところから出てくるので、
僕らスタンドFMを一緒にやって、
お互いにやっているので、
いろんな概念の共有ができているので、
感動しやすいとは思うんですよ。
ただね、
やっぱりね、
それがボケなのかどうかわからないと、
やっぱり感動できないということで。
ボケの要素
だから金正さんのお茶はボケじゃなかったんだよね。
銀さんの壁の写真がボケだったかどうかは、
微妙なんですけど、
イージーさんの作品も、
どうもボケじゃないっぽいんですよね。
なので今回の3人展は、
あれボケじゃないっていうことがわかりましたね。
やっぱね、
ボケじゃないならボケじゃないって言ってもらいたいですね。
本人たちが、
ボケのときって、
これボケですって言わないじゃん。
これマジですって言いながら人はボケるじゃん。
だからさ、
しっかり見てないとわからないんですよね。
今回僕らがPラインでどうですか?
皆さんPライン聞いた人いますか?
何人いますか?
Pライン聞いてみてどう思いました?
ボケじゃなかったね。
ということがわかったということでね。
やっぱり、
なかなか概念の共有って難しいねということと、
今回の3人展はボケじゃなかったということが、
収穫でしたねという話で、
今日はやめておきましょうかね。
もっといろんな話をしたような気がしますけど、
前半のやつはもう覚えてないので、
ちょっとまとめられません。
はい、さよなら。
18:54
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