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2026-02-13 18:12

「騙されて、よかった」ジャパネットたかたの戦略と、アドラー心理学の落とし穴

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00:05
おはようございます。12月12日、精神のPラインディナーショーを控え、まだ計画があまり進んでいないが、一応ディナーショーを控えている。
細かいことが発表できませんが、そのうちにできますよーでおなじみ、バスエド精神科医リブラでございます。よろしくお願いします。
また今日も思ったときに思ったことを言うべきなんだが、それがですね、
昨日、おとといかわからないけど、ノリコンブさんがネガティブ配信みたいなやつ。そんなに僕にはね、正直そんなにネガティブには聞こえなかったんですけども、
一応本人的には、あるいは周りの人的にはネガティブだと捉える。僕あんまり何だろうな、人のことに興味がないからかな、あんまり何かそれがネガティブなんだって気がつかなくて、
普通にまた言ってるよ、いつものように、フーフーと思って聞いてたんだけど、ネガティブな気持ちで言ってたんだね。
ネガティブとは口では言ってたけど、どんな気持ちなのかあんまりよくパッとわからないですけど、とにかくネガティブ配信をしたのに対して、
マサヤさんが話してたのを聞いて、コメントしようと思ったんだけど、いっぱい思ったので、配信しようと思ったんだけど、その時思ったんだけど、もう忘れちゃったよ、マサヤさん。
その時思ったときに、書いて上で言えばよかったのに、めんどくせえなと思っちゃった。いっぱい思っちゃったもんだから。
ちょっと忘れちゃったんで、一瞬8秒くらい聞いて、ちょっと思い出したことだけ言いますけど、また違うときに言います。
覚えてないからしょうがないでしょ。覚えてないものはしょうがないじゃないか。
パッと今聞いて思ったのは、一つ思ったのは、全然非難してるわけじゃないんだよね。
でもあれだなと思って、そこから思いついたっていうだけのことなんですけど、
おっしゃる通り、価値というのは本人に従属してるものであってね。
つまり、その10万円は高いと思うか安いと思うかは本人次第だから、それに他人が問いかく言うことはないと。
それはその通りだねって思うんですね。
ノリコンブさんは、その高額商品にちょっと燃えあったみたいな話なんだけど、それを高額化というか本人たちが決めるから、関係ないよねっていうふうにマサヤさんおっしゃる。
終始マサヤさんはいつもそういう姿勢だよね。
気にしなさんなんてあんたに関係ないことだということで、
終始そういうお釈迦様的なことを。
なんかお釈迦様みたいなこと言うよね、っていうね。
そりゃそうなんですけどね。
03:02
お釈迦様的な思想がちゃんとあの人に本気で言ってる感じがするから、奥の方まで入ってて面白いなと思いますけどね。
僧侶になったからじゃないと思うんだよね。
子供の頃から影響されてるんだと思うんだよね。
両方でしょうけどね。
だって別にお釈迦様的なこと言わない僧侶いっぱいいるもん。
どう思いますけど、全然あの俗世間で、
俗な欲望の話というか、まみれてる。
そういう僧侶もいれば、俗世間の価値みたいなものに強めにコミットしているというか、
俗世間の価値をね、関係あること、関係性の中でしか物を言わないぐらいの仏教の会派ありますよね。
あんまり言えませんけど。
ということで、そうじゃなくて一般的なお釈迦様的だよねと思いますけど、
でも俗世間の価値に寄っている方のやつもこれがお釈迦様の教えだって言ってるんで、
まあなんていうかな、ちょっとやめましょうこれはね。
終始そういうふうに舛添さんは言うようなと思いますが、
僕もそっちの考えに基本的には近いですよね。
僕も仏教のそういうの好きなんですけどね。
だけどね、思ったんだけど、値段がいくらでも関係ないというふうにおっしゃったね。
だけど、だからのりこむさんはそれがもやると。
のりこむさんがもやる理由っていうのは、いろいろあるんだけれども、
僕は自分の配信でも昨日あげましたけど、あれのりこむさんの話だったんだけど、
途中からこれ始まったんですかって言って、力さんが入ってあげちゃったけど、
あれはわざと途中から始めたんですよね。
今日はその話はしないとこと思いますけど、
あまりしっかり言うと批判感が出ちゃうかなと思って、
何言ってるかよくわからないようにしようと思って急に始めたんですよ。
思ったことを思っただけにパッと言ったんですね。
流れ知らないと何のこと言ってるかわかんないでしょ。
何のこと言ってるかわかんないようにしたんです。
だから挨拶もなしに急にしゃべってる。
パッと終わりはいつも通りに終わったっていう構造なんですけど、
昨日のやつを見ると、やっぱり、
昨日の配信でも言ったようにまとめて言うと、
鳥井博文さんが言うように、
純粋な消費者無き社会だというふうに鳥井博文さんは言うわけで、
今は消費者というものがどこにも存在しない。
ディズニーランドにさえ存在しない。
ディズニーランドを楽しんでる人たちは、
あれは自分がまたTikTokに載せるために、
自分がインフルエンスするために、
外に言うために見に行ってるみたいな。
そういうふうなことに特化して、そういう人を寄せようとして
ディズニーランドもやっていて、
もはや純粋な消費者というものはいなくて、
傷ついた提供者と傷ついてない提供者しかいない。
06:01
失敗した提供者と失敗したと思っていない提供者がいるだけだということで、
明確にすべての消費は、もちろん経済活動はすべては搾取でもあるし、
すべては提供でもあるし、
それは交換ではあるんだけども、交換やら雑用ではあるんだけども、
だけど構造として、
要は嘘を言ってるんだけどさ、
ある種騙してるんだけどさ、
騙し方がえぐいっていう話だよね。
そこにもやるんじゃないかっていう話ですよね。
それはそうかなと思うんだよね。
だから僕らはそれを怖がっていて、
そういうのを売るのを怖がっているのは僕だとかつかんくさんだとか、
よく言うのは、宮剣さんもよく言うよね、
友達に売るのが嫌だってね。
要は騙してる感が出ちゃう。
そういうつもりがこちらにあるからだと思うんだけど、
でも僕も嫌ですね、友達に物を売るのは。
どうしても嫌ですね。
あげるならいいけど。
そこは僕らが自分の商品みたいなものに自信がないっていうのが、
ちょっと違うんだけど、
そのへんの気持ちがあるんだと思うんですけど、
だけどね、一つ僕が目指すべきというか、
そういうものでこれは素晴らしいなと思ったのが一つあって、
それは今のジャパネットタカタの社長がいるんですよ。
タカタ社長がね。
1万9千8百円のあの社長じゃない、
あの人の息子さんが今社長なんだよね。
あの人は商売の人で、自分がフロントマンで出てきて商売するでしょ。
あの人の息子さんが今社長なんだけど、
息子さんは東大での秀才なんであんまりあんな感じの人じゃなくて、
ジャパネットタカタは実は社長が変わって息子の代になってから中身が随分変わってですね、
中身が変わってからの方がジャパネットタカタは伸びてるんです。
だからお父さんがテレビ出てきてうわーって売ってる時もすごかったんだけど、
そこよりも何倍も今すごい会社になっているんです、実はね。
何をやったかっていろいろやったんだけど、商品店主を絞ったりとか、
本当に価値ある安いものみたいなものに商品を絞って、
機能も絞って、必要最低限のものをして、
ターゲットを絞って、ターゲットはネットとかでも買えないおじいちゃんとおばあちゃん。
おじいちゃんとおばあちゃんにターゲットを絞って、そこに特化して、
つまりエアコンであれば余計な機能がネットに繋がる機能とかを全部削ると。
なんでそんな削ることができるかっていうと、
削ったやつを電化製品、家電屋によって作らせてる。
あえて作らせて、それを大量に一気に購入して、
自分専用のオリジナルモデルを作らせて、しかもそれが安く作らせる。
その安い理由は余分な機能がついてないから、
おじいちゃんとおばあちゃんにいらない機能を全部省いて、
どうせこれしか使えないでしょ、これさえ買っときゃいいよというものを作り、
09:01
必要最低限なので安い。
大量に買うから安い。
だけどこれで何の文句もないはずだというのを大量に作る。
そしてそれを高田社長が一番これすごいなと思ったのは、
僕がやってることはネットで煽って衝動買いさせるんです。
悪いやつだなと思ったわけ一瞬。
衝動買いさせて、いかに衝動買いさせるか。
そして衝動買いさせただけでは一回で終わってしまうので、
衝動買いしたお客さんがこれ買ってよかったなと、
衝動買いした上によかったなという気持ちにさせるような商品構成にしている。
そうしてリピートさせると。
リピーターをいかに作るかが勝負だと言ってたわけ。
またやっぱり高田で買おうと。
買ってよかったと思わせるようにすると。
衝動買いをさせてそれをポジティブに後で思えるようにすると。
これこそだなと思って。
僕はジャパネット高田っていうのは、
このマーケティングのネット時代にもずっと生き残ってる。
それはお年寄りを騙してるわけじゃなくて、
騙してるんだけど、騙した上で騙されてよかったと思わせるっていうのが、
これが一番僕らのゴールかなというふうに思いましたが、
一つ。
一つ。
もう一つ。
ということでもう一個マサヤさんの話に戻る。
マサヤさんは人のこと気にしなさんなとおっしゃる。
お釈迦様のようなことをおっしゃる。
それはお釈迦様が言ってることだし、
それはその通りだろうと僕も思うが、
難しいなと思ったのは、
気にしなさんのはそれはもうその通りなんだが、
僕はそんなような仕事をしてないなと思ったんです。
例えばね、
人が何をいくらで買うかは勝手。
まさに勝手なんだよね。勝手なんだけどさ。
じゃあさ、
じゃあさ、僕らがさ、
ちょうど、
例えばね、
例えばね、
どうしようか。
ビックリマンチョコを100万円で買うのは別に、
マサヤさん勝手だって言ったよね。
勝手だって言ったよね。
僕も勝手だと実は思うんですけどね。
それね、
それをね、
本人の意思次第って言うとね、
相状態っていうのを判定することが大事なんですよ。
なんだ相状態って。
無駄なものを買ってしまうとかね、
消毒会するとか言ってるでしょ。
何無駄なものって。
その人が無駄だと思ってなければ無駄じゃないでしょ。
それを一応相状態っていうのを病気だと定義して、
その時は良かったと思う。
それは病気の時だから。
だけど冷静になったら後悔することだから、
だからそれは病気であるっていうふうに規定したんだけど、
そんなの連続的だよね。
相状態は結構おかしく見えるんで、
いいんですけど、
でもさ、実際は相状態は連続的ですよね。
相状態はまあまあ連続性が
少し断絶しているように見えることもないから、
これはギリいいとして、
認知症はどうですか。
MCIはどうですか。
アルチャーマンは病気だから、
ある程度線が引けるとして、
脳梗塞の混合性とか、
12:02
血管性の認知症はどうですか。
少しずつ動けるんだよ。
少しずつ。
少しずつだから、
連続的にボケるんですよ、脳梗塞なんかは。
もうダラボケみたいな感じでね。
そうしたらどうしますか。
えっとね、
なんていうかな、
なんていうかな、
一番極端な例は、
詐欺とかですよね。
だけどさ、詐欺とかってさ、
本当に見たてじゃん。
僕らがこれは詐欺だと思ったりさ、
これはネズミ子だと思ったりするけど、
それってある程度、
実は連続的じゃないですか。
そこに断罪することができなくなるよね。
全ての精神科の患者さんは、
正常と異常の連続性の中にいらっしゃるし、
全ての認知症は、
治法の状態と、
認知症の状態と、
正常の間の連続性にいるんだよね。
実はさ、それはさ、病気の人はだめでしょ。
病気の人は別よってことにしてるけどさ、
それはさ、
正常の範囲においてってことにしてるけどさ、
正常の範囲においてっていうものと、
正常と異常っていうのがはっきり分かれてると思い込んでるのは、
精神科医やらに、
その判定を委ねてるからでしょ。
僕らが言う、
神様に任せるってことと一緒のことだからね。
神様の負託を受けた、依頼を受けた精神科医が、
正常と異常の判断をできるんでしょ。
だから精神科医が正常といったものは正常なんでしょ。
精神科医が異常といったものは異常なんでしょ。
裁判所もそれを採用してますよ。
精神観点のあるものをして、
精神科医なり、
精神科医が正常といったものは正常として扱ってるでしょ。
裁判所は。
恣意的に裁判所が、
いろんな意見を出させて選んだりするっていう、
そういう恣意性は否定しませんけども、
実は宮崎務事件なんかではね、
幼女殺害事件なんかではね、
有罪になるように、
責任能力があるという判定が出るまで、
裁判所は、
判定を何度もやったという認識をしました。
あれば認識だと思います。
何度も何度もいろんな先生に判定させて、
宮崎務が判断能力がなかったみたいな、
統合主張症の要素があったみたいな、
判決では否定できないんで、
それは採用せずに、
次に次に次々と判定をさせて、
3つ判定しました確か。
3個目にようやく責任能力がありみたいなのが出てきたんで、
それを採用しました。
そんなインチキじゃんと、
永遠にやっとけばどっかの先生が、
責任能力はいろんな意見があるから、
みたいなね。
ないというのが出たら、
もうやっちゃダメっていうのはまだわかるけど、
あるというのが出るまでやり続けるっていう、
責任能力があるが出るまでやり続けるって、
これもう死刑にするつもり満々じゃんっていうようなことで、
あれは特殊な例だし、
社会があの人死刑に、
世間がね、
僕ら人間社会ですから、
人間たちがあの人を死刑にしないというのを許さなかった、
だろうとは思いますけども、
特殊な例、あれはだから法律でさ、
分かれてないように僕は、
まあね、それも含めて法律ですね、
15:01
みたいなことがありますが、
正常と異常、何の話か、
正常と異常をさ、
分けてるのは僕らですけど、
それはだからそこにさ、任せているから、
異常は、みたいなこと言うけど、
実際は連続性ですよ。だからさ、
本当にさ、だから本当に本当に、
本人の習慣だけで全部決められると、
それは正しいかもしれないが、
というふうには世の中はなっていないし、
自分たちもそこまで思っていないかもしれないよね、
ということが一つね。
もう一つ、もう一つ、次。
もうでも病院に着いちゃったんで、
もうここでやめないといけませんが、
ちょっとまとまってませんけど、
そのお釈迦様的な話っていうのは、
よくある話で、結局あれと似てるなと思いました。
何だっけ、
ラカンじゃなくてさ、
何でしたっけ、
ラカンじゃなくて、
ラカンではなくて、これはなんだっけな、
嫌われる勇気の、なんとか心理学、
アドラ、アドラ。
アドラなんかは、嫌われる勇気でしょ。
それはマサイさんの言いたいことと似てますよね。
アドラ心理学では人のことを気にするなと、
そういうふうに囚われてる間幸せになれませんよというね。
つまりマサイさんが言ってるのはアドラ心理学であり、
お釈迦様の言葉であり、
それってさ、ロボなんだよね、自閉症なんだよね。
だから神経症的に他人のこととか周りの評価ばっかり
囚われてる人が多いので、
その人たちに対してその関与を捨てようということで、
でもそれ全部切ってしまったら人間じゃないと思うんで、
だからお釈迦様は人間じゃないと思うんだよね、
ド自閉症みたいな。
それってさ、それって本当に人間なんだろうかって思うんですよ。
お釈迦様が言ってることっていうのは、
確かに下脱してしまえば、
そういうことから隔離されてしまえば、
人との関係性みたいなことから離れてしまえば楽にはなると思うけど、
アドラが言うように人のことを全く関与しないようにすれば、
それは楽かもしれないけど、
それって果たして本当に人間なんだろうかね。
自分がやりたいことだけやるっていう。
人間なんだけどさ、
本当に突き詰めたら自閉症だからね、
ひどい状態だとね。
それが人間の生活、自分が望ましい状態に見えるだろうかってね。
お釈迦様の状態が僕らの憧れなんだろうか、
っていうふうには実は思っていて、
なので僕らはそうして苦しんだり、
人のことをやったり泣いたり悲しんだり、
悔しいと思ったりするっていうこと、
これこそがノリコンプさんのやってること自体が、
そもそも我々人間のありようで、
あれこそが人間で、
それでダメだな、私また気にしすぎちゃった、
マサイちゃんに言われちゃった、先生に言われちゃった、
リブラ先生に言われちゃったって言ってまた反省したりするんですよ。
あれそのものが、
あれがそれこそが、
それこそが人間のありようなんじゃないかとね、
18:01
って思ったという話でした。
もうダメ、もうついちゃった、終わり、終わり、終わり、
さよなり。
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