1. リブラの 精神科のバックヤード
  2. Chikaraさんへアンサー(でも..
2026-01-23 31:04

Chikaraさんへアンサー(でもこれは一部に過ぎない。まだ全部言えてません…)

📻🦨スカンクとリブラの精神のPライン🐘
https://stand.fm/channels/6161e521afa93b18fcd77817

ヒーロースカンクさんのスタエフ
https://stand.fm/channels/664b1a48316143a771f4d710

リブラ X(Twitter)
https://x.com/okawari

#健康 #子育て
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6349996e0cee2a08caf592dd

サマリー

Chikaraさんとイージーさんは、鏡に関する議論を展開し、他者との相互理解や認識についての深い洞察を示します。また、三次元ユークリッド空間における人間の認識についても考察が広がります。このエピソードでは、三次元ユークリッド空間における方向性の認識を論じており、特に横方向、前後方向、上下方向の概念が互いにどのように従属しているのか、さらにその成り立ちが理解にどのように影響を与えているかが展開されています。また、鏡に映った自分とシンメトリーの概念について考察し、左右の認識がどのように形成されるのかについても議論しています。さらに、キラリティの問題がこれらの認識に与える影響について掘り下げています。

Chikaraさんの議論の始まり
さあ、こんばんは。よいしょ、こんばんわっしょい。 ちょっとマイクをつけさせていただきます。
マイクをつけまして。さあ、こんばんは。 1212、精神のPライン 次大賞開催決定!やりますよー!でお馴染みまっせんの 精神科リブラでございますが、
Chikaraさんと若さんの鏡胸像が反対向く問題ね。 あれ思いのほか面白くなりましてね、僕たちの中ではね。
僕よりも先にイージーさんが答えにたどり着いた感じがします。
なんか負けましたね。相変わらず負けるという感じですけど。 イージーさんはやっぱし、なんか自頭がいいんだね、あの人は。
やっぱなんか空間の認知が僕よりもいいからですかね。なんか早いな、理解するのが。 イージーさんに言われて、後から追いかけて、ああそうかって思ったりするっていう感じですね。
どっちかというとね、僕が言い出したことなのに。 ということでイージーさんには負けましたが、
まあそれはいいとして、あの何だっけ、だからね、あの若さんの鏡問題は意外にも面白いところに行きましてね。
で結局、Chikaraさんがなかなかね、ちょっとね、 あれなんだよね、食い下がってね、なかなか納得してくれない。
イージーさんは僕より先に行ったんで、僕が後からイージーさんのところに行ったみたいな感じですけど、
あまりに先に行くもんだからですね。 僕はイージーさんの言ってることがちょっとわかんなくて、
違うじゃないかみたいに言ったんだけど、違ってなかったですね。 向こうが先にたどり着いただけで、だったんですけど。
で、Chikaraさんが配信をあげてらっしゃって、 実はね、コメント欄である程度解決してしまった話なんで、
これあえてあげる必要もあれだなと思ったんですけど、 解決はしたんだが、多分ね、Chikaraさんもう一回迷うんだよね。
他者との認識について
多分ね、またあれってなると思うんで、 また迷うとは思うんですけど。
僕も行ったり来たりしましたから、 まだ僕も迷うかもしれませんが、
でもだいぶイージーさんにも教えてもらって、 だいぶ迷わなくはなりましたけど、
まだちょっと言葉が、言葉が呪いであるってことはね、いいんですけど。
でね、Chikaraさんが何度も言ってるのは、 あれだね、Chikaraさんはね、あれがわかってないんだよな。
あのね、わかってないというかね、 Chikaraさん言ってることはあってるんだけど、真実だと思うんだが、
それは神様か何かの話ですよねって言ってる。
僕らが人間であるっていうところを採用してくれないんだよね。
つまりですね、Chikaraさんが言ってるのもね、 イージーさんもね、完全にここは共有だと思うんですけど、
これね、この話にあれ似てるっていう話ですよ。
えっとね、他者がいなければ事故ってないよねっていう話です。 これわかります?皆さん。
事故っていうものってどこから発生するのかっていうね。
いやいや、宇宙空間でもし一人ぼっちでね、 生まれたら寂しいよねみたいな話を持ったときに、
宇宙空間で一人っていう概念が成立… 宇宙空間に自分しかいなければ一人ぼっちっていう概念は発生しないんじゃないかってこういう思考実験ですよ。
他者がいて初めて他者でない私というものが生まれるんじゃないのと、 こういう話、これにそっくりなんだけど、
Chikaraさんの話だと、Chikaraさんは、 いや、私は私なんだから他者がいなくたって最初から私でしょってなんか言ってるように聞こえます。
つまりね、そういうことです。
他者がいなければ事故は生まれないんじゃないかっていう疑問が、 イージーさんにはあるわけですね。
イージーさんと共有できるわけ。 確かになって思うわけ。イージーさんも多分そう思ってる。
イージーさんも、僕がそうやってコメント欄で書いたら、 イージーさんが、僕も実はそれを思ってましたと。
この話なんか似てるなと思って。 これって他者がいなければ事故は発生しないんじゃないか、自分ね。
他人がいて初めて自分というものが定義できるんじゃないか、 意識できるんじゃないかっていう話に、
これ似てるなと僕実は思ってました。 わら、みたいなコメントで。
なので、僕とイージーさんは同じことを思ったというかね。 これって似てるよねって思ったわけですね。
に対して、僕はこの話が他者がいなければ事故がないっていう話と似てると、 力さんが感じてるかどうかってことが気になりますね。
そっくりだよね、イージーさん、これ話。一緒ですよね、言ったら。 同じ構造じゃんって思うわけですけど。
三次元ユークリッド空間の理解
ここですよ、僕とイージーさんは同じ構造だと思ってるんですよ。 僕は雑に見てるわけ。
力さんがこれを同じと思わないんだってするとやはり精細に見てる。 いや、なんで他者と事故の話とこのリンゴの上下深さの話と何が一緒なの?
こっちはリンゴの上下の話、こっちは他者と事故のありをの話。 何言ってんだ、この人たちみたいなふうに力さんに思われるのか、
ああ、なるほどねと思ってくれるのかというところですね、イージーさんね。 これは面白い。
これは僕がこの前言っていた概念を共有するその前提として概念を作る。 その概念を作るときに機能法を作る。
機能法を作るためには多くのサンプルがいる。 多くのサンプルが集まるためには何かを同じとするしかなくなるみたいな。
同じにするためには雑な理解をしなくちゃいけなくなる。 雑すぎるとアホになる。何でも一緒くたのアホになる。
細かすぎると何でもが全部別のカオスになる。 地平線側に行くと細かくなっていって詳細になっていく。
アホ側に行くとだんだん雑になっていく。
何が似ているかというと、何が売っているかというと、この世界に x 軸、y 軸、z 軸というのは、
これも自然界にあるものではないが、 自然界にあるものは空間にあるものは点と方向というものだけですね。
角度というか距離というかね。点と距離しか存在しない。 それを数値で表すために僕らはそこに座標軸を当てるわけですよね。
それはある種の恣意性はあるわけだけど、軽く恣意性があるだけですね。 恣意性には重い軽いがあるんで、
座標軸を作ったりするわけでしょ。 なのでこれはある種の恣意性を持った一方的な人間からの見方ではあるけれども、
x 軸、y 軸、z 軸というのは恣意性の低い比較的客観的に思える基準ですよね。
ここに僕らは上下左右前後という概念を当てるわけだよね。 ここが問題なんですよね。ここがポイントなんだよね。
この上下左右、左右上下、前後という、このものはそれぞれが、
この x, y, z はどれでも等価なのでどこに当ててもいいわけですけども、 この x, y, z のこの3次元の座標軸に対して僕らがそこに
奥行きとか高さとか横幅とか横とか左右上下前後みたいな言い方をするわけね。 この3つの軸に当てているんですけど、
さあここに問題がある。何かというとですね、 僕たちはそこに上下とか左右とか前後とかという言葉を当ててますけど、これはもう主観なんだよね、すごくね。
これ主観なんですよ。僕らがこの3次元ユークリッド空間、この現実のこの3次元社会、これを3次元に物が点在している、これを3次元ユークリッド空間というわけです。
この名前ですよ。この3次元ユークリッド空間を僕たちがどうやったらこれ把握できるかというね。 人間というものがね、僕らの主観がね。僕らがこの3次元ユークリッド空間をどのように認識できるだろうと思った。
つまり人間が自分をどうやって認識できるようになったんだろうと思った時に他者がいて初めて事故が生まれるようなって思うっていうね。
他者がいなければ事故はいないということは、宇宙空間に一人ぼっちだったら自分は一人ぼっちだと気がつかないかっていうような、
こういう発想、こういう試行実験で行った時に、僕らがこの3次元ユークリッド空間をどのように把握することができるだろうというふうに僕らが考えた時に、
まず僕らが今現実に何を思っているかというと、僕らは上下というもの、前後というもの、左右というものを知っているじゃないですか。
これはどこから出てきた概念だろうというふうに想像するわけですよね。
そうした時に上下というのはおそらく重力があったから僕らは気づいたと思うんですよね。
気づいたというか、一軸設定したと思うんだよね。そもそも人間がね。
人間がもともと宇宙空間にいたら上下という概念結構難しくて、どういうふうに作りましたかね。
あっちの惑星とこっちの惑星の位置関係でこちらを上としましょうみたいなふうにしたかもね。
だから太陽月とか、もし重力がなければ太陽地球とかね。
地帯は太陽が上で地球が下みたいなね。
重力がないんでね。別にどっちが下とかもないんだけどみたいな。
太陽地球みたいな。太陽が上、地球が下みたいな感じで。
こういうふうに上下を設定したかもわかんないよね。わかんないですよそれはね。
そういう僕らは存在じゃないからわかんないけども。
少なくとも僕らはこの地球という重力がある惑星に住んでいて、この重力に支配されている。
そこで僕らの上下というのはこの上と下でしょ。
ということはこれは重力で、僕らの上下という概念はこの非常に重力と非常に親和性が高いところから考えて、
僕たちはおそらくこの上下というものは重力から導き出したんだろうと。
重力のある方が下で、反対側、石を落としたら下に行くからこれが下。
下に行くというか下に落ちていく。
こちらの側が下で、それじゃない方が上。
みたいなふうに上下というのを設定したかもしれないなって思うわけね。
前後という言葉は僕らが移動する前後視野が僕らは顔が前についているので、
ここに前が見えるわけで。
だけど顔がついている側と決めたわけではおそらくない。
それじゃわけがわからない。だったら耳がついている側だって言うわけで。
何がついている側でもいいんで。それは結果ですよね。
目がついている側と思ったのは結果だよね。
これはだから二次性の話ですね。
そもそもどうしてそっちに前後という概念が僕らに生まれたかと考えたときに、
僕らは移動するからだよねと思ったわけね。
移動すると景色が流れていく。何かに近づいていく。
だからそっちの近づいていく、そちら側を進んでいくほうが前という概念を
僕らがここで獲得することができるだろうと。
逆方向が後ろだということでそれはいけるだろうと。
前後と上下というものがどんなものかというね、
僕らにとってどんなものかということを想像して、
その概念がどこから来た概念だろうというふうに想像することができるわけですよ。
そうしたときにこの重力で上下というものは決めたんだろうね。
僕らは理解したんだろうな。
理解というかはめたんだろうな。
進む方向が前、そうじゃないほうが後ろというように。
移動の変化によって、運動によって前後というものが設定できたんだろうなと思う。
じゃあ左右はとなったときにこれが言いようがないんですよね。
左右というものが前後とか上下に関して物理的な力とか移動の運動とか重力とかね、
そういったもので自然界にもともとあるもので僕らが感じ取って、
つまり僕らがこの三次元ユークリッド空間を認識するときに
上下と前後は割と簡単に認識することができると思うんだけど、
縦横逆さでこの奥行きはいいんだけど、
この横の広がり、横の幅、この幅、
方向には僕らはどうやって認識することができたんだろうというときに、
ここに定義を載せることが、自然界の法則で載せることが非常に難しいわけ。
思いつかないわけ。
重力がある方向が上下、これはいいでしょうね。
進んだときに進行方向にある方を前とする。
これはいいでしょう。
右はどうやって自然界から持ち込むんだというときにこれが出てこないんです。
ここが左右の特殊なところ。
横方向っていうのは、これ横方向って言っちゃってるから、
横方向っていうのは縦じゃない側になっちゃうから、
方向性の認識と従属関係
横方向をどういうふうに他のことで定義するかということをいくら考えても出てこないんですよ。
調べても出てこない。
調べてみたらこれは縦と横が決まって決めたものだみたいなことが
たぶんどこかでGPTかジェミリーが出てきて、
ああ、なるほどと、ここ従属的じゃんっていうふうに思ったということですね。
縦と横というものはどういうふうに決めたかというと、
進む方向前後と重力方向上下の軸が90度に交差したものに対して、
これに対して垂直にこの面に対して、前後面と上下面で作ったこの二次元平面に対して、
垂直方向のものを横にするというふうにするしかないなと。
そういうふうに思ったわけですね。
なのでこの横を物理法則、僕らが知っている物理法則で定義するっていうのを、
それを上下と前後の概念を抜いた状態で定義することができないんです。
横方向ということね。横方向というのはあくまで横方向になっちゃうんだよね。
これをだから、二軸、上下軸と前後軸というものに対して、
前後軸、上下軸によって作られた平面に対して垂直成分を横とするというふうにしか決められない。
これだとどっちが右でどっちが左かというのは決められないので、
右前足の法則みたいなもので、
例えば、手のひらを上下の上の方に向け、
手のひらの指先を前後の前の方に向けたときに、
指を折り曲げてみたときに、
右前足の法則みたいに、
指先を前に、前って前にね。
手のひらを上に向けたときに親指の向いている横方向が右。
そうじゃない方が左。
逆いうと、これが右手系の左右の決め方。
左手系で決めることもできるので、
左手系の左右の決め方は、
左手系でやったら左右が反対になるので、
左手系でやったら左右が反対になりますが、
今の現実の社会というのは右手でできている。
右手系の基準で右と左というのを言っているわけですね。
左手系で言ったら反対向くだけのことですけど、
反対向きの系もあるでしょうけども。
ということで、右手系における右というものを決めるときには、
前に手を差し伸べて、
上に手のひらを置いたときに、
指が向いている方向をそっち手方向ということで、
こちらが右手左手というふうに、
僕らが間隔で右左手のものがあるのであれば、
右手があるほうが左手、
左手があるほうが左手、右手があるほうが右なんだよな。
それを横方向というのを定義付けるためには、
そんな右手があるほうが右、左手があるほうが左じゃんってことで、
チンコがあるほうが前じゃんみたいな、
お尻があるほうが後ろじゃんってことで、
これは後から付けた、
右手があるほうが右って後から付けた言葉なんで、
そもそもそれに対応する物理法則がないってことで、
左右に関してはね、僕らが感じ取れる物理運動がないってことですね。
必ず横方向に吹く風があるわけでもないし、
僕らがどっちを向いたとしても絶対横に吹く風があれば、
僕らは風の方向で横を知ることができたと思うんですけど、
そうはなっていないですよね。
なので、そういう意味で僕らが、
この三次元ユークリッド空間を認識するときに、
X軸Y軸Z軸という方向性を認識するときに、
僕らがどうやって認識できたかっていったときに、
この前後左右という言葉があるわけね。
それを認識した上にX軸Y軸Z軸という軸を置いてしまったら、
もうこれは3つの軸は等価であるから、
XYZは等価なんですよ。
XYZは等価なんだが、
それを僕らが発見するときに用いた上下左右前後という、
この3つの概念が等価ではないんですよ。
なので、僕が言っているこの3つが等価ではないというのは、
僕らがこの三次元ユークリッド空間を認識するときに用いた、
概念を作るこの構造において、
ここに従属関係があって、
横というものを知るためには、前と上がなくてはならなかった。
それがもう決まってしまって、
僕らが知ってしまった後では、
上は前と横によって規定されるし、
前は上と横によって規定されるので、
これは等価になってしまうので、
ここの一から三はずっとこの等価。
それは他の二軸が決まればもう一軸が決まるということだから、
別に左右だけが特別じゃなくて、
上下だって左右だって前後だってこれ等価ではないですか。
他の二軸が決まれば後の二軸が決まるっていうのは、
別に全部同じでしょと言って、
左右だけが特別じゃないでしょと言って、
彼はこの三つの軸の成り立ちを無視して、
あり方に対してコメントするわけですね。
ありようとしては一緒ですよ、左右も前後も。
それはユークリッド空間におけるXとYとZの関係のことです。
そうじゃなくて僕が言ってるのは、
XYZの話をしているのではなくて、
前後左右上下の話をしているので、
これはこの言葉は、しかもそれが今のありようの話ではなくて、
僕はありようの話をしているのではなくて、
これが人間がこれをいかに認知するかという、
これというかな、この三次元空間を認知するかという話に関して、
僕は言ってるわけですよ。
なのでそこのリンゴ、置いてあるリンゴに関してはどうですかって話は全然違うわけですよ。
これは僕らが三次元ユークリッド空間を認識する過程の話というかな、
その過程において僕らは横というもの、左右というものを知るには、
上下前後を先に知るしか方法がなかっただろうという意味で重則関係にあり、
しかもそれが未だに尾を引いていて、
体のシンメトリーと鏡の話
右手系の右というもので僕らが定義しているとすると、
なんとこちらが前でこちらが上で、
そしてこの手のひらの右側に向いているものが右だと決めたんだとすると、
この前後を逆にすると、
僕がこの前後を逆にして上下を逆にしないということは後ろ振り返るということですけど、
後ろ振り返って手を出せば左右逆になりますよね。
逆側が右になるでしょ。
あるいは上下を逆にする。
この皆さん手のひらを下に向けてください。
前に手を突き出したまま手のひらを下に出してください。
親指の方向は逆向きました。
上下をひっくり返すと左右もひっくり返るんですよ。
前後をひっくり返しても左右はひっくり返るんですよ。
左右というのは上下と前後に引っ張られるんですよ。
このひっくり返る話を力さんがするんだと思うんだけど、
左右を前後を変えずに左右をひっくり返したら上下も変わりますよねということになると思うんですよ。
だからこれは他の二軸に残りの一軸が従属しているじゃないですか。
同じじゃないですか。
多分このことを言っているんじゃないかと思うんですけど、
もちろんそれはそうなんだけど、
そうじゃなくて僕が言っているのはこの概念が登場したいきさつのことを言っているんだよね。
というのがあるわけです。
面白いのは左右というものの成り立ちに、
やっぱりわからなくなっちゃったんですよ。
だいぶ時間が経ちました。
走行している間にですね、
今日はこの雪の中大阪に向かっております。
本当は電車で来たかったんだけど遅れちゃって、
準備していたらやっていないことが多くて、
明日精神保険指定の研修会が大阪であるのでそれ受けないと指定更新できないので行かないといけないんですけど、
証明写真を持っていなかったりとかね、
これ証明写真いるじゃんみたいな。
明日8時半受付みたいな早いもんだから、
明日の朝やるのはちょっとあれなんで今はやっとかないと。
いろいろなったらないぞみたいな。
いろいろ書類書いたりとかいろいろしてたら遅くなって、
10時台までしか新幹線がなかったんで、
大阪行きの。
もう10時超えちゃって。
眠たい。これでもう全然夜中になっちゃって。
これもだから朝方ですよ、大阪着くの。
だったら朝行けばよかったなこれ。
宿取っちゃったんだけど。
夜中に宿着くんだよな。
車、駐車場もないしな。
大阪梅田なんだよ。
まあいいや。
ということで今梅田に向かっておりますけどこの大雪の中で。
全然降ってねえなこの辺はまだ。
まだ愛知県だからね。
さっきまで降ってましたけど全然降ってないな。
それより工事中で東三半道リニューアル工事中で全然。
あ、開いた。
よかった。
ということでですね、
続きの話をしましょうかということですね。
間違えた。
こっちか。
凍ってる。
ガラス凍ってる。
マジかい。
ちょっとごめんなさい。
溶かしまーす。
溶かしまーす。
溶かしまーす。
オッケーイエー。
続きのお話をしましょうか。
何の話だっけな。
そうそう迷っちゃってね。
やっぱりわからなかったんですけど。
でも今もう一回戻りました。
ちょっと待ってどこまで話したかな。
ゆっくりと企画。
僕が言ってるのは
上下方向が出てきた成り立ちと定義ね。
面白いのは
上下方向は重力によって僕らは独立で理解することができて
前後方向は僕らの移動の視点で独立して理解することができたんだが
左右方向を独立で理解することができなかったために
左右方向に関しては上下と前後を決めた後に
それがわかるようになった後に
それに対して垂直成分で
右手系はこっち側が右と
こっち側としか言いようがないよね。
言えば前の方に手を差し伸べて
手のひらを上に向けた時に親指が向いた方向が右と
いう風に言うしかないわけですよね。
右手においてですけどね。
この辺がちょっと難しいところですけど
とにかくそういう風に
二次的に決めるしか仕方がないわけじゃないですか。
ということで二次的に決まったのが右と
右あるいは左と左右と
こういう横軸というものですよ。
それが何が面白いって
それがそのせいで僕らは
鏡に自分が映った時に
そのせいだけじゃないんだが
そのせいで鏡に映った自分を
左右反転して見てしまうということが
起こり得るということですね。
ここが面白いところですよ。
鏡に戻りますよ話が。
なぜかまずね
一番左右を間違う
大きな原因は
三宅さんがおっしゃるところの
人間の人体が左右にシンメトリカルであるから
実は右手は右に左手は左に
自分から向かって映っているはずなのに
これが軸を回転させて
軸を回転させて
自分の偽物と対面していると
軸を回転させた自分と
自分が向き合っていると誤解をしてしまうために
本来左手であるところが右に来るという風に
見間違うと。
なので右手だけ
カニの爪みたいにお腹がついてて大きければ
そういう間違いは起こりにくいと。
それはおっしゃる通りなんですよね。
だから三宅さんの言っていることが
その通りだなと一つは思うわけですけど
ただそれだけじゃないというか
シンメトリカルだけで間違えているわけではない
という風に思って
それが上下と左右と前後の話になるわけですけど
エピソードの概要
まずですね
よく言っていますけど
鏡の面というのは
3次元ユークリット空間上の3つの軸
XYZの軸の
いずれでもいいんだけども
鏡面の平面に対して
平面の鏡を仮定したときに
鏡面の平面に対して
垂直成分の軸方向だけを反転させるんですよね
ベクトルをね
そういう風に映ると鏡面というのはね
正面においたら前後方向が反対に向くわけですよ
顔がこっち向いている
頭が向こう側
間違えた
お尻が向こう側行くでしょ
向き合う形になるでしょ
それはその時に
右側左側って逆に見えるわけですけど
この時に僕らが
シンメトリカルだから間違うんだが
シンメトリカルだとなぜ間違うかというと
相手側の
相手側というか鏡に映った自分が
こっちを向いているもんだから
こっちを向いているので
視点を想像してしまうんです
投影してね
そうすると相手側から見ると
鏡の向こうの自分から見ると
僕の方向が前後の前になるわけですよね
僕の方向がね
そして上下というのは
鏡の向こうの子も僕も同じく上下なんで
ここは共有しているわけですね
そうすると上下は同じ方向で
前後が逆向くと何が起こりますか
前後と上下がつくる平面に対して
右手を出して
その右手の手のひらを手に掲げて
その掲げた手の親指の方向が右だという風に
僕らはそういう風な定義で
そういう認識をしてしまうが故に
向かい合った彼の親指は
僕から見て左側に向くんで
そうするとこれ左右反対だなという風に
そういう風に誤解
シンメトリカルだからなんだが
そういう誤解を生じてしまいがちだということですね
ここに定義の問題が関係
定義というか
三つ目の左右というものが
そもそも前後と上下から導き出されたということが
関係してくるんじゃないかと
そういう風に感じるという話なんですね
なので例えば
分かりやすいのは
自分の体の立った状態で
右側に
僕の体の右側に
平面の鏡を置いたという風に仮定すると
どう見えるかというと
僕の右手は隣の仮想の
これシンメトリカルですが
僕の右側にいる
僕の偽物の鏡の僕は
僕が右手を動かすと
相手の左手が動くわけで
やっぱりこれは左右が反転しているというのは
この動きで分かるわけですね
さっきの鏡だって見は分かるんだけど
でもそこは自然に思うわけですよね
これは思うわけね
左右が反転しているのか
あるいは左右が反転して見えない人もいるかも分からないけど
いずれにしても
右側に置いた場合において
隣の偽物の僕と
この僕とは前後方向は
絶対間違いないですよ
僕の前後方向は右の人の前後方向は一緒だもん
鏡に対して平行に立てばね
上下方向は共有してるでしょ
鏡を足元に置いた時に上下方向が
反転するんですが
それは良いとして
僕らの鏡の鏡面における
5階の
右側
鏡に映った自分が
左右反対に見えるのはもちろんシンメトリカルだからなんだが
ここにそうじゃなくて
右左
左右上下
左右という概念を
僕らがどうしてそういう概念を
持つことができたか
どうしてそういう風に思ったか
みたいなことに非常に関係ある
だなと思って
その上下左右と
上下と前後
上下と前後
上下と前後
ごめんなさい
上下と前後
それからもう一つ左右
というものが
10日ではないということに
ようやく気づいてこれ面白いね
というようなことで
これはだから
イージーさんと僕が共有している
やり取りで多分そう思うんですけど
そういう話をしているんですよ
どうかな伝わったかな
どうでしょうかね
キラリティの問題
今ステイ研修会の
昼休み中ですけど
ここで全然語られていないし
まだ
到着していない
思考がまだ全然追いついていないんですけど
この議論はね
キラリティの問題を考えないと
収束しないんですよ
僕もそれがちゃんと分かってないんですよ
分かったような気持ちになったり
分からなくなったりするんですよ
この問題はね
キラリティの問題を解決しないと
収束しないんですよ
左右という概念が上下と前後とは
質的に違うというのは
僕らはそれをどう認識しているか
XYZの三次元空間
みたいなものを
左右を使ってしまったために
起こる問題ですけど
これキラリティの問題があるんですよ
このキラリティを解決しないと
最終的には終わらないです
だけど僕はまだそこに
完全に収束していないんです
この話題全然終わっていないんだけど
これ以上やっても
もう誰も聞いている人がいなくなるので
やめないといけないでしょうけど
これはキラリティの問題を考えましょう
キラルの問題ですよ
よろしいでしょうか
31:04

コメント

スクロール