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スピーカー 2
プログラミングスクールとかね。
スピーカー 1
すごい多かった時期な気がするんですよね。
プロゲーマーとかも出始めというか、
有名になり始めて、みんながやり始めてみたいな。
そういう流れに乗ったっていうのもあったかもしれないですね。
スピーカー 2
そうなんだ。
当時のイマジン少年が、チヤホヤされたいと思って、
勉強スタイルとしては、
code.orgから派生して動画コンテンツとか、
いわゆるセルフトートプログラマーみたいな感じでいいんですか?
それとも流れを受けて、
キャンプみたいなのとかにイベントも行った?
スピーカー 1
キャンプ、プログラミングと英語が学べるセブトー留学みたいなのがあって、
スピーカー 2
セブトー?
スピーカー 1
はい。
それには行ったんですけど、
正直遊び放棄てて、
あんまりもうその、夜は飲み歩いてみたいな、
昼は綺麗な海に飛び込んでみたいな生活をしちゃってたんで。
旅行だね。
あんまり、その時はしかもPHPのララベルだったんですよね、それ。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
なんで、そこで勉強したっていうよりは、
iOS自体は、
そうですね、UDEMYとかが一番多かったかな。
最初に出したアプリが、
そのインスタグラムみたいな見た目のタイムラインのあるアプリだったんですけど、
で、ちょうどUDEMYにインスタグラムを作ろうって、
Firebaseをバックエンドにして、
インスタグラムを作ろうみたいのがあったんで、
それを見よう見真似に作って、
見た目をちょっと変えて、
みたいなことを最初はやってたと思います。
スピーカー 2
チュートリアルドリブンというか。
そこでさ、最初はWebというかPHPを勉強した後で、
他にも選択肢あったと思うんですよ。
例えば他のRuby & Railsを習ってWebでチャレンジしてみるとか、
別にAndroidだっていいわけだし、
そこでiOSを選んだのは何か特別な理由でもあったんですか?
手元に持ってたからみたいな、割とライトな感じで。
スピーカー 1
そうです。
なんとなくかっこいいイメージはあって、
高校生ぐらい、最初に持ったスマホがiPhoneだったんです。
スマホというか携帯というかiPhoneで、
高2、高2じゃないな、中3?
中2ぐらいでiPhone4Sかなんかを手に入れて、
すごい自慢だった記憶があって、
そこからAndroidを使ったことがなくて、
なんなら今まで1回も使ったことないんですけど、
スピーカー 2
原体験みたいなね。
スピーカー 1
そこからずっとiPhoneで、
毎年新しいiPhone出るのでワクワクみたいなのをしてた記憶がなんとなくあったし、
スピーカー 2
それめっちゃわかるわ。
スピーカー 1
かつ手元で間違いなく動いてるっていう楽しさ。
確かに。
特にiPhoneユーザーだったのであったかなと思いますね。
スピーカー 2
それめちゃくちゃわかりますね。
僕も最初のパソコンMacに惹かれたのは、
パソコン買うより先に店頭でMacFunという雑誌を見つけて、
なんかかっこいいってパラパラめくってて、
お小遣いを貯めてそれを買うんだって思ってたんで。
中学生ぐらい。
スピーカー 1
スタバでMacみたいなのがネタにされがちですけど、
自分は本当にど真ん中でそれに憧れてというか、
スピーカー 2
スタバでMacでiOS開発みたいな。
スピーカー 1
そういうのに本当に純粋に、
Twitterのそういうネタにされてるような雰囲気とかも知らないんで、
シンプルにかっこいいなと思って、
かっこつけたいなと思って始めたと思います。
スピーカー 2
いいじゃないですか。
だってiOS開発するためにはMacも必要だしね。
それでチュートリアルを見て、
インスタグラムみたいなものを作って、
それは公開までしたんですか?
スピーカー 1
しました。
それを作った時は本当に人生で一番頑張ったんじゃないかなと思いますね。
スピーカー 2
だって聞ける人もいなかったわけでしょ。
チュートリアルベースで。
スピーカー 1
そうなんです。
で、なぜか自分の20歳の誕生日かなんかにリリースしようって決めてたんですよ。
かっこいいね。
誕生日が12月なんですけど、
素敵だね。
で、その2、3ヶ月前ぐらいに勉強を始めて、
で、誕生日に出したいって思った理由が、
誕生日ってFacebookにおめでとうめっちゃ届くじゃないですか。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
1年に1回だけ。
最近あんま開かなくなっちゃいましたけど。
で、そのタイミングでアプリを自分で作ってみました。
使ってみてくださいみたいなのを言ってかっこつけたかったら、
モチベーがめちゃくちゃあって。
スピーカー 2
確かに、そこに合わせて公開したら多分みんな見てくれたもんね。
スピーカー 1
そうなんですよ。
で、もうそのためにもう、
満員電車でも手にMacBook持ってこうやって、
手で支えながらやったりしてたし、
もうとにかく、
なんで動くみたいな部分分かんないんで、
Wattの回数を増やすしかないんですよ。
ネットでコピペして貼ってみて動くか動かないかをもう、
その試行回数を増やすことでしか正直前に進めなかったんで、
もう本当に時間かけてやって、
で、あとは確かだけどネットで師匠になってくれる人いないかなみたいので、
DM送ったりして、
会いに行って、
一応分かんないところを聞いたりとか。
スピーカー 2
したんだ。
すごいですね。
スピーカー 1
したと思いますね。
いや本当になんとしてでも出すというか、
無手っぽさというか、
あの時の頑張りはあれ以降できてないなっていつもたまに反省するんですよね。
最近頑張れてないなって思うときは、
電車で立ってまでアプリを作ってた、
あの時に及ばないなって思うようになってますね。
スピーカー 2
当時の自分を褒めたいというか、
なんか昔の自分が一種、基準になるってなんかいいね。
なんか頑張った時のね自分みたいなさ。
例えばその時当時聞きに行った人とかはここでよく教えてくれたの?
スピーカー 2
そっかじゃあ遅れて誕生日メッセージ送ろうとした人には見れてたかもしれないけど。
スピーカー 1
そうですね。
だいぶ反応があってやっぱり自分のコミュニティに一人もまずプログラミングにちょっとでも触れてる人なんていなかったし。
高校から自分は外国語よりの文系の高校だったんで本当にパソコンに強いみたいな人も少ない環境だったから。
かなりチラフやされましたね。
どうやってやってんのみたいな。
そこで周りからチラフやされたいいフィードバックをもらってじゃあ2本目作るかみたいな感じでそのままモチベーションは続いたの?
いや本当にその時はまだ野望というかアプリで大富豪になると思ってたので。
スピーカー 2
今はないの?
スピーカー 1
いやいやまだあると思って頑張ってますけど。
YouTubeで見たマーク・ザッカーバーグとかの自分の大学の寮の一室でパソコンで一人ポンって作ったものが今や世界中の何十億の人に使われてみたいな話を聞いてそれだけを見て作ってるんで。
自分のも出したら俺はこれはもうマーク・ザッカーバーグほどはいかないけど数億円はいくだろうみたいな。
スピーカー 2
いくんじゃないかと。
スピーカー 1
でもアマジョそこまではいかず。
けどやっぱりまだそこでは折れてなくてそこからも。
スピーカー 2
素晴らしい。
スピーカー 1
10個以上、十数個はもうそこから立て続けに2、3ヶ月置きぐらいに何ならポンポンポンポン出してて。
で大半はもうメンテもちょっと厳しいんで閉じちゃってますけど。
なんでそこからは本当に自分で課題を見つけて解決するみたいなそういう手法とかも結構調べたら転がってたりするじゃないですか。
アプリを作る前の話どうやって課題見つけてきてみたいな話を頑張って勉強して作ってみて失敗してみたいのをずっと繰り返してたら
気づいたら就活の時期になって。
で就活はエンジニアとしてしようと思って結局新卒でCookpadに入りましたね。
スピーカー 2
そうだったんだ。
Cookpadに入ってきた時も学生で文系なのにたくさん個人開発しているすごそうなやつがいるみたいなチームで盛り上がってすごいねみたいな話をしてたんだけどそんな背景があったんですね。
10本ぐらい作ったって言ったアプリで自分にとって思い出深いアプリとかって何かあったりします?
スピーカー 1
やっぱり最初に出したのが本当に
スピーカー 2
さっきのインスタグラムの?
スピーカー 1
インスタグラムみたいなやつなんですけどそのハイクのインターネットソーシャルネットワーキングサービスを作ろうと思って
それを作ろうと思った理由はスナップチャットがその当時アメリカの10代ティーンで結構流行ってるみたいな情報を見たりとか
アメリカに友達がちょっといたのでそういう人たちのスナップチャットの使い方とか見てて
インスタグラムっていうものがあるのにスナップチャットがこんだけ流行ってるのかっこいいなと思って
あの時やっぱ24時間で消えるとか今でこそインスタもありますけど
そういう何かしらの制限を設けてその体験を研ぎ澄ませるというか
クリエイティビティをより高みに持っていくみたいな
そういうアプリの作り方もシンプルにかっこいいなと思って
これが後発の戦い方なんだなと思って
今ある大きい市場の中でどうやって尖らせてやっていくかみたいな
それを身を見真似でやろうと思った時に
そうだ日本には俳句があるじゃないかと思って
俳句なんて本当に制限の最たるものじゃないですか
17音でとか記号ありでとか
そういう制限の中だからこそクリエイティビティが生まれてるようなものであって
それをSNSに持ってこれたら結構相性もいいし
その時はあんまりまだ俳句のアプリなんてなかったし
っていうのでインスタグラムみたいにタイムラインに俳句
写真の上に俳句を乗っけてみんな投稿できるアプリを作ろうと思って
出したんですね
それがやっぱり今でも思い入れは一番強いし
一番強い理由もやっぱり最初の2、3ヶ月の苦しみがあるからだと思うんですよ
作ってる間の
最近出してるアプリとかってやっぱり1ヶ月とか
そのぐらいでその仕事終わりに
細々やって作れちゃうようになってきてるじゃないですか
経験が増えることに
スピーカー 2
経験値が増えるとね
スピーカー 1
かけてる時間が間違いなく短くなってくる
その最初のミニマムで出す状態に持っていくまでが
そうなるとそれを作ってる過程で
このアプリがどんな人に使われるかとか
どんな機能をつけるべきかみたいなのを考え込む時間も短くなってくるし
っていうのでやっぱり最初に一番時間をかけた
あのアプリが最も思い入れはあります
もう断トツだと思いますね
スピーカー 2
そうか
なんかそのハイクのアプリの話覚えてるな
どこで見たか
クックパッドの時の社内の記事か
その会社のインタビュー記事か
結構ユーザーさんもついてくれたんじゃなかったっけ
スピーカー 1
そうですね今
20万
10万後半ぐらいのハイクの
複数は多分上がっててハイク社長
スピーカー 2
めちゃくちゃすごいことだよね
スピーカー 1
そうですねありがたかったですね
やっぱそのユーザー同士がつながって
そのハイクのチームができてたりとか
このアプリベースの
あとは自分が考えて入れた機能とか
ちゃんと意図通りに使われたりとか
そういう経験があったから
めちゃくちゃ今にも生きてるなと思いますね
クックパッドの時に
誰が言ってたか忘れましたけど
一番好きだった誰かの格言が
一行のログの向こうに一人のユーザーさんがいるみたいな
スピーカー 2
ありましたね
スピーカー 1
誰の言葉だったかちょっと記憶はあやふやですけどあって
自分は自分的にそこを結構
それを強く思えることが自分の強みだと思うようにしてて
っていうのも最初にアプリ出した時とか
スピーカー 1
プログラミングいざ書くってなったらやっぱり足りないことばっかりで
でもただその中で他の人がやらないことをやろうっていう精神みたいのはまだあって
例えばそれまで定例というかキャッチアップの会みたいなのがあんまなかったチームに
もっとコミュニケーションを円滑にするために新卒入ってすぐのやつなのに
ミーティングやろうぜみたいな
そういうことを言ってた気もするし
本当にたくさんご迷惑はかけながら他の人がやらないことで
チームに良さそうなことをどんどんどんどん物を言う
物を言うというかやっていこうぜみたいなことを言うキャラは貫いてましたかね
スピーカー 2
そっかそっか他の人がやらないことをやろうぜって口に出すって結構貴重だよね
スピーカー 1
それがまだかっこいいと思ってたからですね
それは変わったのその後の
今はもうやっぱり他の人があんまり言いたいけど言い出せなさそうだなみたいな
こうした方がいいんじゃないっていうことは割と言うキャラではありますかね
今の会社でも
スピーカー 2
その話そのスキルめちゃくちゃ大事で
なんか昔のエピソードで聞いてくれたかわからないけど
なおさんと3人でリーダーシップマネジメント論したときに
仕事を進めるためにみんなが聞こうと思って聞けない聞いてない
難々になっているものをちゃんと質問で当てていくみたいな
ちゃんと開いていくスキルってすごい大事だよねみたいな話をして
スピーカー 1
まさにそれを思い出しながら今の話を聞いてたんだけど
スピーカー 2
それってさちょっと遡っちゃうんですけど
例えば大学時代外大に入ったわけじゃないですか
そこで外大を選んだみたいなのも何かわからないですけど
何か理由が高校の環境から比べると
例えば海外志向なのか外国語志向なのか
そういう人があんまりいなかったから大学を選択したみたいな
そこまで遡れちゃうわけですかもしかして
スピーカー 1
そうでもないな言われてみると
スピーカー 2
間違った完全に偏見だった
スピーカー 1
高校が国際高校だったんで
そうなんだ
外国語系に進む人はすごい多かったので
何なら主流ではあったけど
不死不死にちょっと逆張りみたいなことは多分してて
外大も後期でしか後期受験で行こうとして
後期で行ったりとか本当にそういう細かい
あとは例えば塾に行かないで
おばあちゃん家に引っ越して
おばあちゃん家で受験勉強したりとか
みんなが予備校でやってる中
おばあちゃん家の部屋で勉強してるの違くてかっこいいなみたいな
本当に全部そういう
それ普通にかっこいいよ
そういうちょっと逆張りですね完全に
大学選びもフランス語の専攻だったんですけど
そこが一応もう一個軸があって
中学生の時に自分サッカーやってたんですけど
クラブに入ってて部活じゃなくて
クラブチームみたいなのに入ってて
クラブチーム自体がまあまあ強かったんですよ
自分はその中ではかなり落ちこぼれだったんですけど
チームが強いおかげで
チームでバルセロナ遠征に行く機会があったんですよ
スピーカー 2
すごいね
スピーカー 1
中二とか
スピーカー 2
ワクワクするね
スピーカー 1
それが初めての自分の海外で
そうなった
現地でFCバルセロナっていう
世界の何番目かに
もしかしたら一番有名なぐらいのサッカーチームのスタジアムで
リオネル・メッシがゴールを決めるところを見たりとか
スピーカー 2
マジか
スピーカー 1
その時になぜか中学生で行ってるはずなのに
座席バラバラだったんですよ
生徒同士が
選手同士が
チケットだけ渡されて
カンプのスタジアムで
席まで行ってくれって言われて
もちろん中二とかなんで
英語も本当に教科書の中二までの状態で行って
そこで外国人に囲まれて
もはや英語でもなくスペイン語の外国人に囲まれて
経験したあの
世界の広さ感
いいね
すごいその時の感動を覚えてて
そっからもう
帰りの飛行機とかで
俺はもう絶対に日本だけじゃなくて
世界で働く人になるんだみたいな
で確か卒業文集も
そのまま同じようなことを中学では書いてて
っていうのがあって国際高校行って
国際高校から一応その時はまだ国連で働いてみたいと思ってたんです
国連で働くには
言語的にフランス語がいいだろうと思って
フランス語にはそのまま進んで
ただ途中でプログラミングの方がかっこいいかもと思って
進路変更したって感じですね
スピーカー 2
いやそのスタジアムの話めっちゃ聞きたかったわ
なんかちょっとタイムスリップじゃないけど
すごい感動する
胸が湧き立つというか
今地さんねすごいサッカー好きだということ
僕も知ってるんですけど
中学生の時にそれはすごい良い経験したね
スピーカー 1
本当に親に感謝してますね
その時正直3年間ずっと辞めたい日々だったんですよ
自分めちゃくちゃ下手くそ
チームの中でかなり下手くそだったんで
同い年の人たちが出てる大会とかに
メンバー選ばれずに1個下と
自分たちのホームグラウンドで練習してるみたいな
その時はメールでセレクションのメンバー
遠征メンバーとか発表されてたんですけど
それに名前がないのを見て
泣きながら自転車で帰るみたいな
苦しい競争世界にいたんだね
そこの中で本当に1個だけ強烈に覚えてる
バルセロナの経験のために
親は3年間
部活だったらだいたいただなのに
わざわざ月謝を払って
クラブチームに通わせてくれたんだなと
今になったら思うんですよね
スピーカー 2
親だね
スピーカー 1
素敵なご両親だね
本当にありがたいですね
スピーカー 2
そんな現体験があったとは実は知らなかったですね
スピーカー 1
ちょっと遡りすぎてますね
中学校の話なんて知ってることあります?
スピーカー 2
中学校はないかな
でも高校大学ぐらいだったら何回か知ってる気もするけど
そうなんですね
クックパッドまで入ったわけですけど
今は個人開発に対しての距離感はどういう感じなんですか
昔作ったいいアプリをメンテナンスしてる感じ
それともちょくちょくまた新しいのチャレンジしたりしてる
スピーカー 1
昔作ったやつはもうちょっとずつ
閉じつつ新しいのは常に作ってるって感じですかね
やっぱり昔のとか本当に行動的に