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  2. Yosuke Asai さんゲスト回
2022-12-03 1:06:04

Yosuke Asai さんゲスト回

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今回は、Yosuke Asai さんをゲストにお迎えしました。

00:00
ken
はい、みなさんこんばんは。Ken Wagatsumaです。
今日は、たぶん7回目になると思いますが、なんと初回のゲスト回となります。
今日お呼びするのは、僕がもともと知り合いとして、同じ大学の方なんですけれども、SREという同じ領域で働いている、Yosuke Asaiさんです。ようこそ。
Yosuke Asai
どうも、こんにちは。Yosuke Asaiです。
ken
こんにちは。
よろしくお願いします。
今日は、2人とも同じ大学、文系大学として、ソフトウェアエンジニアになったみたいなキャリアと、
あと、Asaiさん、今、海外に外資を転職活動していたりとか、キャリアとか、現体験とか、文系エンジニアとしてキャリアを積んでいるということみたいな、
そこら辺を中心に話していけたらと思います。
よろしくお願いします。
最初に、じゃあ簡単に自己紹介してもらっていいですか。
Yosuke Asai
そうですね。自分は今、SREとして働いていて、ちょうど社会人歴としては5年目くらいになります。
エンジニア歴も同じくらいと考えてもらってよくて、今は会社は暗号通貨の取引所で働いています。
こんなもんですかね。もうちょいってことですか。
ken
はい。
いいですよ。
一番最初のジョブロールは何でしたっけ。バックエンド。
Yosuke Asai
そうですね。一番最初は、サポートエンジニア的なことをやってたんですけど、バックエンドのバグ修正とかをしつつ、お客さんへの問い合わせ対応とかをするような職種を一応最初はしてました。
ken
サポートエンジニアになったんですね。
に近いですね。
サポートエンジニア的に近い。
Yosuke Asai
修正もやってたんで、一応エンジニアリングをしてたんですけど。
ken
おお。
スマート直でコミュニケーションするっていう。
Yosuke Asai
主にメール的なテキストでやり取りをして、それを元にソースコードを読んで調査したりとか、SQL書いてデータを見たりとか、そういうことをしてましたね。
ken
おお、いいですね。それはなかなか貴重な経験ですよね。
そうです。
なんか、一回Coreのプロダクト開発のほうとか入るとね、なかなかサポート側の気持ちとかね、カスタマーに近いところで働くみたいな機会も減ってきたりするんで。
そうですね。
それがCoreになるっていう意味だと、かなり貴重な経験だと思います。
Yosuke Asai
そうですね。すごい面白いというか、実際にお客さんと喋る。喋ってないんですけど、お客さんの声を聞けるっていうのはなかなか、エンジニアソースの経験がしにくいところだと思うんで、よかったですね。
ken
うん。
はい。
割とスキルセットとしては、超デバッグ、SQLとか、あとはバックエンド、どういうスキル使ったんですか、最初に。
03:07
Yosuke Asai
そうですね。
ken
そうですね。
言語はバックエンドがJavaだったんで、Javaのコードを読んだり、修正、必要があれば修正をしたりっていうことをしてたのと、あとはそうですね、今オラクル使ってたんで、SQLは結構書けるようになったのと、あとフロントも一応、フロントでもバックが起きるんで、それも見てて、それは全然、地元で手回ってないDelphiっていうのを使ってました。
何倍?
Yosuke Asai
デルファイ。
ken
デルファイ。
初めて聞きました。
Yosuke Asai
多分、ほとんどの人は知らないと思うんですけど、Windowsとかで動かすクライアントとかを作るのに使うアプリみたいな。
ken
なるほどね。
Yosuke Asai
Webじゃなくてですね。
ken
なるほど、なるほど。そこでは何ヶ月、何年ぐらいいたんですか?
Yosuke Asai
Worksアプリケーションっていう会社にいたんですけど、その会社には、
うん。
大体3年半ですね。で、その職種自体も2回くらい変わっててっていう中ではあったんですが、全部で3年半くらいですね。
ken
うんうんうん。
で、その次に転職して、さっきおっしゃってた暗号通貨の取引所に。
Yosuke Asai
そうですね、はい。
ken
来ました。
昨日、転職活動はどんな感じでした?割とスムーズに行きたいところに行けたって感じですか?
Yosuke Asai
そうですね。転職活動をそもそもしたきっかけが、結構海外に行きたいなっていうのがあって、海外に行ける仕事とか、すごい海外の外資の会社で日本にオフィスがあってみたいな会社を結構受けていたんですが、それはすごい難しかったです。
うん。
多分全部で、書類出した数で言うと30回出してて、結局最後に相手もらったのは自分が良かった一社だけだったんで。
素晴らしい。
結構大変ではありました。
ken
なるほど。でも努力した後に内定を勝ち取ったということですね。
Yosuke Asai
そうですかね、はい。
ken
面談プロセスは言える範囲で、日本語?英語?
Yosuke Asai
今の会社ですか。今の会社は人事の方が日本人だったんですけど、あとはみんな外国人の方で英語でやりましたね。
ken
そうなんだ、全部英語でやったんですね。
そうですね。
Yosuke Asai
結構、一応取引所といっても結構外資っぽいカルチャーがあって、なんで、そうですね、外国人の方も多くて、英語で面接してました。
ken
へー、面白いな。
逆に、今日どっちかというと深掘ってみたいのは、その後というかその前なんですけど、そもそも最初に、僕と同じ文系大学出身ですもんね。
06:07
Yosuke Asai
はい、そうですね。
ken
うん、なんかその、文系大学、多分僕らのその仲間とか友人って結構、銀行商社に行ったりとか、僕の時代は外資コンサルに行ったりとか結構多かったんですけど、あれ、浅井さんって何年卒だっけ?
Yosuke Asai
僕は20…
ken
私は2015年卒で…
Yosuke Asai
18ですね。
ken
そっか、3年違うのか。じゃあなんか、世の中の状況もそんなにかも違わないですよね。
Yosuke Asai
そうですかね、きっと。
ken
そこら辺ちょっと突っ込んで聞いてみたいんですけど。
はい。
Yosuke Asai
斎さんが転職活動した頃、周りは、どうですか、なんか斎さんみたいに、テック企業とかエンジニアになろうみたいな人いました?
いや全くいなかったですね。
そうですよね。
はい。
ごはん、いえ自分もエンジニアになろうと思ってなかったっていうのはありますね、その中で。
うんうんうんうん。
結構、そのただITには興味があって、そのSIRとか受けるような人は結構多かったんですけど。
そう。
ゴリゴリのテックみたいな人
多分いたんですけど
かなり少ないと思います
ken
なるほどね
その中で
割と
プログラミング経験はあったんですか
Yosuke Asai
ほぼないです
ないって言っていいです
ken
すごい
Yosuke Asai
パソコンというか
が得意じゃなくて
コントロールCで
コピーできるのを大学2年の時に知ったっていう
すごい恥ずかしい
そのくらい
コンピューターとかは
できなかったですかね
正直に申し上げると
ken
マイクロソフトオフィス
Yosuke Asai
なんとか使えますみたいな
Excelとか
その後一応
いろいろ
あって
ブログを書いたりとか
サークルのウェブサイトを
ちょっと見たりとか
いうのはしたんですけど
実際に
ken
そうなんですね
Yosuke Asai
プログラムを書くっていうところまで
至らなかったですね
ken
その学生時代は
そうなんですね
ちなみにそのサークルって
そもそも僕とアサイさんが
知り合ったきっかけって
アサイさんが
なんかホストしていたイベント
Yosuke Asai
そうですね
僕が留学してたんですけど
留学後に
学生団体で留学生サポートする
学生団体みたいなのがあって
そこで
卒業した先輩に
話を聞いてみようみたいな
イベントを企画したんですよね
そこで
我が妻さんを
たまたま見つけて
呼ばせていただいたっていう
流れになります
ken
そっかそっか
そっかあれは留学か
あれは留学つながり
Yosuke Asai
留学つながりですね
ken
多分
自分もちょっと
何の話をしたか
Yosuke Asai
ちょっと忘れかけて
09:00
ken
そうかそうか留学か
Yosuke Asai
きっかけはそこで
あれをやってなかったら
出会えなかったかもしれない
と思うと
すごいよかったですね
ken
そうですよね
なんかさっきおっしゃってた
サークルってのは
そのことですか
Yosuke Asai
それはまた別で
なんか野球とかやってたんで
その野球サークルの
ホームページみたいな
のホームページ担当になったんで
それで
ちょっとメンテみたいな
でもほぼ
そうですね
まあ誰でもできるようなことだったんで
ken
すごいすごい
結構いろいろされてたんだ
Yosuke Asai
そう
ken
あれ?
学部って何学部でしたっけ?
Yosuke Asai
学部は社会学部にいました
ken
僕と一緒ですね
一緒です
なるほど
じゃあその転職活動で
エンジニアになる時の
その面接というか
のはどういう感じだったんですか?
テック系のことは聞かれず
就職活動ですか?
Yosuke Asai
そうそうです
はそうですね
ken
よくあるエントリーシートとか
そういうやつ?
Yosuke Asai
そうですね
入った会社結構特殊で
名前言っちゃっていいと思うんですけど
ワークスっていう会社に
ワークスアプリケーションっていう会社にいたんですけど
その会社は
インターンで採用するみたいなのがあって
そのインターンにたまたま僕も行ったんですよね
それで何とか内定をもらって
インターンの中でもらえて
特に最終就職活動みたいなのすることなく
内定をもらえたっていう感じになりますから
ken
そっかそっか
そのインターンっていうのは
なんか1週間2週間とかそういう
Yosuke Asai
1ヶ月くらい
一応プログラミングの課題をするみたいなインターンがあって
まあそうですね
そこで一応さっき言ったデルファイテ言語を使って
プログラミングする課題があって
とっとうたって感じですね
ken
なるほど
Yosuke Asai
それがもしかしてプログラミングデビュー?
そうですね
一応それで初めて
なんかifとかfor文とか知りましたね
ken
そうなの?
なんかなかなか聞いてないですよね?
なんか聞かないデビュー方法ですね
Yosuke Asai
結構特殊です
結構そのまあ経験でも
まあ受け入れるというか
まあ優秀であれば採用するみたいなスタンスだったんで
ken
それにうまく乗っかれたっていうところはある気がしますね
そっかそっかじゃあポテンシャルを感じてもらったってことですね
Yosuke Asai
そうですね
ken
うんうん
じゃあ結構入ってからそのギャップとか感じました?
Yosuke Asai
そうですね
ken
割と楽しみました?
3年間ぐらいいらっしゃったってことなんで
Yosuke Asai
えーっとそうですね
まあギャップなんかいろいろあるったんですが
まあ最初の頃はやっぱり自分がそもそも開発とか
まあエンジニアリングに向いてるかどうか全然わからなかったんで
そもそも自分がそうなりたいかどうかも自信が持てなかったんですけど
12:01
Yosuke Asai
まあいろいろ運良くたまたま開発の部署に配布できたんで
まあそっからはやっぱり全然自分のスキルがなかったこともあって
すごいまあ苦労をしてたというかすごい大変でしたね
先輩の社員とかの方に教えてもらいながら
少しずつ成長していくみたいな感じでギリギリやってたんですけど
まあただそうですねやっぱり自分でもできるっていうのが分かる瞬間があって
まあそれをきっかけにやっぱ自分やっていけんじゃないかなみたいな
思い始めたっていう感じです
感じですかねざっくり言うと
ken
ああいいですね
なんかその目玉となる印象的なプロジェクトもしくは機能があったって感じですか
それともなんか小さい例えば自分のプルリクがプロダクション出てみたいな積み重ねで徐々に感じていったって感じですか
Yosuke Asai
そうですね徐々に感じていったっていう方がまあ近いですかね
途中であの一回移動の制度があって移動させてもらったことがあるんですけど
まあその後に結構まあバックエンドというよりはよりインフラ寄りのことをところを触る機会ができまして
でそこで結構そのまあリナックスにオラクルをインストールしてとかそういう結構基本根本的な作業をしている中で
ああこういうことだったんだみたいなのがつながってくることがあったりして
まあそういう経験はすごい良かったですね
ken
なるほどなるほど
それってもう少し言うと例えば今まではアプリケーションレイヤーとか
を書いていたけれども一段レイヤーを下がってインフラ側で見ることによって今まで抽象的な理解だったものがもっと自分の中にこうふと落ちてくるって感じだったんですか
Yosuke Asai
そうですまさにそういうこと
ken
うんうん
そっかそっかその移動をしたいなと思ったきっかけは何だったんですか
Yosuke Asai
ああえっとそうですその時から海外にやっぱ行きたいなって思いがあったのでその移動の公募リストの中に
結構
うん
日本人の人でも海外にいる部署があってまあそこに行けば行けるんじゃないかなと思って
えっと部署を応募してまあ無事通ったっていう感じですか
ken
あそうなんですね
もちろんあのワークスアプリケーションさんは名前も知ってますし過去の同僚にも元そこで働いてたみたいな人いますけど
実は中の様子はあんまり知らなくて
はい
あの海外にブランチがあるんですか
Yosuke Asai
そうですね
えっと
上海に開発拠点があって
上海
はい
あとインドにもあって
ken
うん
Yosuke Asai
他にもあった気がするんですけど
まあ3つくらいですか
ken
うん
うん
ああなるほど
じゃあアジアのいろんなところに部署があって
そうです
なるほどね
でもなんか最初のスキルがない中で現場叩き上げで業務をしながらキャッチアップって結構大変じゃなかったですか
15:01
Yosuke Asai
そうですね
かなり
まあ
うん
苦しかったです
大変でした
なんか
まあ結構
あの
ken
そう
Yosuke Asai
幅広い
ことを一気に学ばなきゃいけなかったので
うん
まあその
分からないことが多くて迷惑かけることが多かったですし
という意味では
うんうんうんうん
最初の1年くらいは結構苦しかったかなっていう
うんうんうん
あとまあそうですね
ken
そうっすよね
うん
Yosuke Asai
はい
あの結構会計のソフトウェアを作ったんですけど
うん
結構その会計だと
機能の追加とかが難しくてあの入れづらくてその少しでも機能追加によって
どういうことですか
うん
残高とか仕分けとかに影響出てしまうと結構大きな問題になってしまうんで
例えばそのバージョンのjavaのバージョンを上げるとかまあ大きな機能追加するとかアーキテクション変えるとかって結構難しかったんであまりまあモダンとは言えない環境ではあったんですよ僕がいた部署は
うん
ken
まあそういう意味で結構取っ付きづらいことも多かったんでまあそういうのは結構大変でしたね
うん
なるほどいわゆるドメイン知識がすごい求められるっていう状況で
Yosuke Asai
そうですねはい
そうなんですね
ken
いろいろ会計の知識が求められしっていうのはあったんで
うん
うん
とか勉強されたと思うんですけど
アサイさんにとって
ヒットした勉強スタイル
キャッチアップスタイルって何かありますか
例えば人によっては本を読んで
独学でやる人もいれば
ブートキャンプ入ったりとか
もしくはすごい良い上司
メンターみたいな人であって
ペアプロでやってきたとか
いろんな試行錯誤があると思うんですね
割と僕とか文系エンジニアとか
周りに
教えてくれる人がいない環境で
始めた人って結構割と試行錯誤して
やると思うんですけど
アサイさんにとっての試行錯誤体験
みたいなのを
聞きたいなと思って
Yosuke Asai
そうですね
一つは
やっぱり
どうしてもやっぱり
分からないっていうところが出てくるんですけど
やってて
それが出てきた時に
いかに人に聞けるかみたいなのは
すごい大事かなっていうのは思って
結構基本
嫌だったと思うんですけど
ken
人に聞くね
Yosuke Asai
自分が考えても
分かんないことは
結構ずっと分かんないんで
頼り得る人を
うまく見つけて聞く
っていうところまではやっぱり
しないと
全然進めないなっていうのは
思いました
頭がすごい良ければ全然自分でも解決できると思うんですけど
そうではなかったんで
人に聞かなきゃなっていうのはあったんですけど
あとは
そうですね
人に聞く関連で言うと
18:01
Yosuke Asai
全然自分が知らない領域とか
全然触ったことない領域とかを
人に説明とかしてもらうと
そうなんだって結構分かることが
多くて世界が広がったんで
そういう意味では
若妻さんとかに色々
教わったりした時にも
世界が広がりましたし
そういうのやっぱり人の繋がりとか
色んなことをしている人がいる次第がいるのは
すごい大事だなっていうのは
最近思います
ken
なるほど
結構人から学んできたっていう感じなんですね
ネットワークとか
Yosuke Asai
それが結構でかい気がしますね
自分は
ken
すごい分かりますね
なんか
自分が特に
例えば私は今SREですけど
例えばモバイルエンジニアの人とか
フロントのエンジニアの人とか
自分と違う領域とか
そういう領域で働いてる人と話すと
すごい発見があるんですよね
例えば
Swiftについて最近こういう変更が入ってね
Swiftのメモリ管理モデルはこうでね
みたいな聞くと
あ、こうやって自分の知ってる知識と加えると
あそこが共通点あるなとか
なんかこう今まで全然
例えばSREとして
iOSプログラミング書かないので
Swiftって結構遠い技術だったんですけど
そういう話を通すと
なんかすごいグッと身近になって
あ、じゃあ週末ちょっと書いてもらうとか
そういう話を通すとなんかすごいグッと身近になって あ、じゃあ週末ちょっと書いてもらうとか
見てみようかなみたいになったりとか
やっぱりすごい分かる
僕も同じですね
人と話して
なんかこうインスピレーション受けたりとか
なんかキーワードもらって
分かんないから調べたりとか
もちろん刺激を受けたり
モチベーションもらうこともあるけど
そういうの大事ですよね
Yosuke Asai
結構なんか解決したい問題が
いろいろ
シンプルじゃないっていうか
複合的であったりするんで
そういう時になんか
パッとそういう話を思い出したりして
あ、そういう話を思い出したりして
あ、そういえばみたいな
繋がりができると
ken
分かる分かる
Yosuke Asai
なんか解決できたりみたいな
ありますよね
ken
コネクティングだどっと
みたいなね
点と点が繋がるみたいな
Yosuke Asai
ティーブジャブルさんが
ken
そうそうそうそう
あーそうなんですね
なんかそれで言うと例えば
実習学習の学とかは
どういう風な向き合い方ですか
例えば業務で必要なものを
中心に例えば
勉強してきたのか
例えば業務は業務でやりつつ
自分では
例えばなんか
中長期的な目標だったりとか
なんか興味があって
勉強したりみたいな
Yosuke Asai
そうですね
これはあんまりかっこよくないんですけど
自分自身ではそんなに
なんか作りたいものみたいなのが
あまり思いついて
少ないのと
思いついてもできる気がしなくて
やらない
あんまりやらないんですよ
なんで業務でいろんなことに
首を突っ込んで
それをちょっと深掘りしてみるとか
そういうスタイルが自分は
向いてるかなと
っていう気がしてますね
ken
なるほど
21:00
ken
自分のスタイルを
ちゃんと自己認識できて
Yosuke Asai
全然かっこいいと思いますけどね
ありがとうございます
ken
こうなりたい自分みたいなのに
シュガーコートしちゃいがちですけどね
人ってやっぱり
なるほどね
Yosuke Asai
ちなみに岡田さん
スタイルとかありますか
私は
ken
最初は結構
多分2,3段階
ken
ぐらい変わって
大学時代に
プログラミング始めた時は
周りに本当聞ける人いなかったんですよ
先輩もいないし
仕事先でも
同じぐらいのレベルだったので
最初は本とか
やっぱネットのリソースとかで
なるべく咀嚼しようとしてました
結果として僕はそれは
なんだろう
すごい時間かかったなと思ってて
やっぱりメンターとか
ペアプロできる人とか
聞ける人がいるっていうのは
そういう環境にお金を払ってても
身を置けるなら
僕は置いた方がいいかなっていうのを
その自分の失敗体験を通して思ってます
それで仕事を始めてからは
やっぱり周りに
聞ける人が増えたんですよね
文系大学で
独学でやってる時期から
プログラマーとしてキャリアを始めた
そうするとやっぱり
こういう人になりたいなとか
困った時に助けてくれる先輩とかが増えたんで
まさに多分
浅井さんがさっきおっしゃったような
フェーズに僕もなって
周りからキャッチアップしたり
ペアプロでキャッチアップしたり
っていう風になりましたかね
Yosuke Asai
さらに勝本さんでやっぱり
一人じゃそんなに
一人でいるよりは
他の人に教わった方が進捗がいいというか
いろいろ理解が深まりやすいっていうのがあるんです
ken
そうですね
それで多分
5,6年ぐらいはずっと
そういう感じでキャリア積んできて
多分9年目ぐらいになるんですけど
最近はさすがにそれだと
それはそれで限界を感じるんですよね
というのも
やっぱり周りの人ベースに
感化されるっていうことで
常に環境を変えて探さなきゃいけない
つまり他人依存の学習環境になってしまうんですよね
そうするとやっぱり
今自分のポジション
シニアエンジニアですけど
今後スタッフとかプリンシバルに上がっていく
みたいな考えた時に
どっちかというと自分で課題を見つけて
それに対するソリューションを
ちゃんと自分がリサーチした結果から
当てはめて
周りを動かしてっていう風になっていかなきゃいけないので
そのネットワーク
ネットワークはもちろんすごい大事なんですよ
ネットワークだけに依存するってのも
多分それは限界なので
例えば逆にもともとの
戻って自分で
本だけじゃなくて
いろんなニュースレターとかブログとか
キャッチアップして
それを今の現場にどう適応するかっていうのを
ちゃんとサステナブルに継続的に
できるようになりたいなって思ってるのが
今って感じですかね
Yosuke Asai
確かにそうですよね
自分から発信する側とか
自分でしたり動かないと
っていうか
ある壁は越えられないような気がしますね
24:01
ken
そうなんですよね
本当そう思います
じゃあ次
もうちょっとキャリアを進んで
転職してからの話で
話せる範囲でいいので
業務内容とかってよりは
多分インフラ寄りとかSREに
転職して
変わってったと思うんで
そこの自分の
キャリアの進め方とか
あとSREになったりとか
変わってみてどうだったかみたいな
そこら辺を中心にちょっと教えてもらっていいですか
Yosuke Asai
そうですね
キャリアの進め方
ken
まずワークスアプリケーションから転職した時の
仮想通貨取引所のジョブロールは何でした?
インフラエンジニア
Yosuke Asai
ワークスにいる時のですか
ken
から転職して
Yosuke Asai
そうですねSREデブオプスの職種
みたいな感じの職種
一応会社ではデブオプスの職種なんですけど
やってることはSRE的なところもやってるんで
自分ではSREやってるんですけど
ken
オンコールとかもありました?
Yosuke Asai
オンコールはたまにありましたけど
全然ないです
多分普通の会社さんに比べたら
かなり少なかったんじゃないかなと思います
夜中にフェイジャーデューティーみたいなの入れてなくて
夜中に出会いが来るとかもないんで
ken
基本的には
そうなんですね
Yosuke Asai
そういう意味ではなかった
ken
じゃあロテーション自体が少なかったってことか?
インシデントとか?
インシデント発生数が少ないって意味じゃなくて
Yosuke Asai
そうですね
なんかそもそも朝対応するみたいな感じでしたね
ken
なんか起きたら
大体それでよかったって
それはプロダクトが許すならいいですよね
Yosuke Asai
そんなに起きなかったですね
ken
インシデント自体そもそも
じゃあ普段の業務としては
どういったところが多かったんですか?
インシデント対応とか
あとその
テクトとか色々あると思うんですけど
Yosuke Asai
そうですね
自分は結構最初の方は
かなりCICDのパイプライの改善みたいのをやっていて
結構コンコースCIっていう
あんまり世間に広がってないやつなんですけど
使ってて
それがちょっと分かりにくかったんで
結構マニュアルな作業もあったんで
それを置き換えていくみたいなことを
をやってました
環境インフラがKubernetesだったんで
それをR5CDっていうのを使って
自動デプロイできるようにみたいな
結構主体的に進めてましたね
ken
なるほど
今後CDをR5CDに置き換えるっていうプロジェクトってことですか
Yosuke Asai
そうですねざっくり言うとそんな感じです
もうちょいいろいろあったんですけど
置き換えてできる限り自動化していくみたいな作業ですね
ken
なるほど
27:00
ken
結構イニシアティブ持って朝日さんが進めてたっていう感じ
Yosuke Asai
ほぼ一人でやってました
あとはエンジニアのデベロッパー側の協力がいるんで
そこと話をしながら進めていくみたいな感じだった
ken
なるほど
このプロジェクトはどうですか
朝日さんにとっては割と大きいマイルストーン的なプロジェクト
それとも普通にこなすだけのみたいな
Yosuke Asai
結構大変でしたね
今動いてるものがかっちりそこでハマってるものがあって
それを変えるのが結構難しかったっていうのが一つあるんで
すごい多分3ヶ月くらいかかってやったっていうのはあるのと
あとは結構Kubernetesをがっつりそこで触って
かなり詳しくなったというと
ちょっと語弊があるんですけど
結構いろいろなことを
そういう意味ではすごい
自分にとっていいマイルストーン的なプロジェクトではありましたね
ken
いいですね
技術以外のところでのチャレンジって何かありましたか
例えばステークホルダーマネジメントとか
あとはプロマネー的なプロジェクトマネジメント的なところとか
Yosuke Asai
そうですね
やっぱり自分がそもそも触ったことのないKubernetesとか
CDとかものが多かったんで
そういう意味でやったことを戻さなきゃいけなかったりっていうところがあったんですよね
自分の決断が間違っててやり直してみたいなとか
実際に作ったけど使われなかったみたいなものが結構あって
そういう意味ではやらなきゃ分かんないけど
もっとよくできたんじゃないかなみたいな思うところはいくつかありましたね
あとはプロジェクトとか
プロマネー的なところで言うと
あとは思ってる時間かかったんで
それも農機とかが特になかったからよかったんですけど
もしあったときにこのうちだったらダメだったなというか
もっといつまでにこれやってこのタイミングでできてなかったら
プランBにしようみたいな
そういうものがあったりとか
試行しなかったんで
そういうのができたらよかったのかなみたいなのはちょっと思います
ken
なるほど
そういった気づきは自分の後の振り返りで気づけた感じですか
Yosuke Asai
そうですね
後で後々振り返ってみてっていうのは
ken
なるほど
でもCDパイプラインの置き換え的なのと言うと
割とDevOpsエンジニアプラットフォームエンジニアに近い
Yosuke Asai
そうですね
ken
そういうこともしつつって感じですよね
Yosuke Asai
はいそうなります
ken
いいですね
他には何かありますか
30:04
Yosuke Asai
他には
ken
仕事内容プロジェクト
Yosuke Asai
そうですね何したっけ
あとは結構データベース寄りの作業で
なんかデータベースを
ken
データベース
Yosuke Asai
データウェアハウスのサーバーを
普通にホストしてるのがあるんですけど
それについては何かの作業をしているのか
それの容量を縮小していくみたいな
作業もちょっとやって
良くあるやつですね
はかなり思ったより大変でしたね
コストオプティナイゼーションの一環で やったんですけど
AWSとかでサーバーのストレージ
そのまま減らせないじゃないですか
それは結構大変で
一旦データを新しいディスク作って移して
みたいなことを作業したんですけど
ken
うん
Yosuke Asai
結構時間も量が多くかかるし
その間貯めなきゃいけないのがあったりするんで
結構大変でしたね
シンプルに見えて
ken
なかなかね
銀の弾丸的なのがない
ちまちまとした
たまに中規模ぐらいのいいのがあるんだけど
積み重ねで
ちょいちょい
コストを削減していくみたいな
ものになりがちですよね
なんかこう
データベースエンジンバージョンアップグレードして
一気にみたいなのたまにありますけど
圧縮アルゴリズムを変えて
17%削減みたいなのたまにありますけど
基本は
調査して
ボトルネックを見つけて
みたいな
いろいろ試作したと思うんですけど
ここら辺僕の好きな領域
面白かった
データベースはやっぱり好きな領域なんだけど
なんかこう結構
変わりネタだった
オプティマイゼーションのネタとか
試作とか面白かったのあります?
割と泥臭い感じですか?
全体的には
Yosuke Asai
そうですね
泥臭い感じでしかやってないですね
何かありますか逆に
ken
逆に
最近会社で出たのが
カフカ
アパチカフカで
大量のトピックが
データが流れてきますと
そこで圧縮のアルゴリズムって
自分で選べるんですけども
それを
今までのデフォルトだったやつから
あれなんだったっけな
Googleが出してる
ちょっと忘れちゃったんですけど
圧縮アルゴリズムを変えただけで
まず流れるデータサイズとか
全体のコスト
インフラコストが20%弱ぐらい下がりました
みたいなのがあります
僕のチームがやったわけじゃないんで
ちょっとスラックメッセージのアナウンスメント
というかアウトプットだけ見て
すごいねって感じたくらいなんですけど
うん
ただ多分そもそも流れてるデータ規模とかが
33:01
ken
多かったりしたものなので
そういう
もちろん変えるって言っても
ただコンフィグ1行変えて
デプロイするだけではなくて
その調査とか
あとそのステージング環境での結果とか
あと特にデータのコンプレッションとか
アルゴリズムとか変えると
そのデータの整合性とか
あとはやっぱり見ていかなきゃいけないと思うので
まあそれ一つとっても
割とちゃんとしたプロジェクトだとは思うんですけど
うん
Yosuke Asai
まあなんか分かりやすくていいですよね
データを実際に圧縮するってことはしなかったんで
確かにそういうのも
チャレンジできたら面白そうですね
ken
そうそう
まあどこがボトルネックになるか次第ですよね
例えば圧縮するってことは
どこかでそのCPUを使わなきゃいけないので
そのデータサイズは確かに減るんだけども
まあデータサイズが減って
ネットワークを流れるトラフィックは下がるので
まあAWSとか使ってると
多分そのトラフィック取れるだけ
流れるかでコストがかかったりとかしてくるので
まあただそこはやっぱ
ボトルネックがそこにあるとやっぱり
データサイズを下げたい
基本的にはCPU使う方が安いのでみたいな
まあこっちを下げるとこっちが上がって
Yosuke Asai
こっちを下げるとこっちが上がってみたいな
難しいですよね
ken
感じで
そうそうそうそう
今後はしばらくSRやっていきたいなって感じですか
Yosuke Asai
そうですね今のところはそう考えて
はい
もっとコードを書く
書きたいんですけど個人的には
ただなんでSREの仕事をする中で
コードを書く機会を見つけてて
まあ書いた方がいいことが多分結構あると思うんで
書いて解決できることがいっぱいあると思うんで
ken
そういうことをしていきたいなと思ってます
そうですよねSREがコードをどこまで書くかってのも
また一つ面白いトピックで
Yosuke Asai
そうですね
ken
多分一昔何だろう普通のインフラとかネットワークエンジニアとかよりは
コードを書くことが求められてる職種だと思うんですよ一般的にはね
グーグルが提唱したときからそうだと思うんですけど
ただやっぱりどこの会社のSREやってるかとか
プロジェクトによって波はあるので
例えば自分が今いるとこだと
やっぱりこのキーとなってくるは
ステークホルダーマネジメントとか
あとその人ソフトスキルのところとかだったりするんで
そこさえやればあとはコード書くだけ状態に持ってく方が実は難しくてみたいな
これもあったりするんで難しいですけど
SREさんの場合はこうコードを書いてみたいっていうのはどういう
なんかなんだろうねモチベーションというか
どういう気持ちなんですか
Yosuke Asai
そうですねまあ
エンジニアをしているのであればコードを書けた方がいいかなっていう
36:00
Yosuke Asai
ちょっと安直な考えなんですけどあって
いずれというか今後SREに限らずもうちょいバックインであるとか
幅広くて言ったらいいですけど
違う職種にもチャレンジしたいなっていうのは思ってて
っていうのもSREだけしかやってないと
例えば個人でなんか作りたいと思ったときに
何も作れないんですよインフラだけ準備しても
設計とかできるかもしれないですけど
自分でこうやってるとかそういう感じで
コードを書けないと出てこないん で
そういう意味でも自分がもっと 書けるようになってれば
より選択肢が広がるのかなっていう のは思っているんで
だから職種としてもsreにはこだわ らなくていいかなと思ってはいます
ken
おーいいですね
Yosuke Asai
ただ自分の強みを生かすのであれば sreとして次のステップを目指して
いくのが結構硬いかなっていう 気はしてるんでそっちに進めて
いこうかなっていう
ken
そっかそっかそれはsreの中でスペシャリティ を持っていったりとかあとはタイトル
を上げたりとかそういう話って ことですね
そこはもうちょっと深掘ると漠然 と考えてるものありますか例えば
sreの中でもオブザーバビリティ 深掘っていきたいなとかなんか
こうkafkaに詳しくなっていきたい なとか
Yosuke Asai
そこは今のところは全然これが 特にやりたいみたいなのはない
ですね
興味がある領域は確かにkafkaである とか結構データベースとかは自分
も最近興味が出てきたんで詳しく なりたいとは思ってはいるんです
が必要に応じてどこでもどの領域 でもやりたいなっていう状態ですか
ね今は
ken
おーいいですね
はい
好奇心
好奇心
Yosuke Asai
そうですね
ken
いやでもなんか浅井さんと僕の 関係ってなんか珍しいですよね
同じ大学出て同じようにエンジニア になって同じようにsreやって同じ
ように海外で興味あってみたいな
Yosuke Asai
確かになかなか自分の大学だと 本当にエンジニアになる人がそもそも
全然いないんでかなりあれですよ ね珍しいというか
そうですよね
そうですよね
はい本当に
ken
一応プログラミングクラブみたい なのありませんでしたっけ知って
ます
Yosuke Asai
いやー
存じ上げてないですねそれは
ken
あったんですよ確か多分10人も いなかったんじゃないかなあん
ないけど
Yosuke Asai
そうなんですか入ってましたか
ken
いや入ってないです入ってない です
Yosuke Asai
何してたんですかね
ken
わかんないただあどうぞ
なんか授業でも統計とかでまあ pythonとかrとか使うみたいなの結構
Yosuke Asai
あったりはしたんですかね
そうですよね
はい
でできる人はいたと思うんですけど なんか社会学部の授業でも一応
39:02
Yosuke Asai
僕の年にはプログラムでなんか統計 するみたいなのが一応あったんですよ
ken
ね確か
Yosuke Asai
そうなんだ
どのくらい本格的か分かんない ですけど
ken
僕の時はね統計の授業もありました けどやってrかな基本エクセルで
ちょっとr触ったみたいなpythonを やってないからね
Yosuke Asai
パイソンはちょっと自分も分かんない ですよ本当にやったかどうか
ken
まあでもその僕と浅井さんの3年間 で多分ねパイソン多分きてたん
でしょうね2017年ぐらいですよね
Yosuke Asai
そうですかねはい
ken
確かrだった気がするなr入れた な
Yosuke Asai
rがあった気がしますね僕はやって ないんですけどちなみに
ken
うん
プログラミングの授業も一応ありました ね
ありましたね
rubyrailsをあれはすごいよかった
Yosuke Asai
rrailsそれは知らないですね僕は 情報基礎っていう授業でhtmlとか
どんなやつ
それですか同じ授業ですか
ken
いや僕はそれ逆なくて外部講師 の方が来てくださって
Yosuke Asai
そういうのがあったんですね
ken
ruby会話では有名ないがいがいが さん五十嵐先生ってrubyrailsの本
書いてる方と
そんなのがあった
そうあとは浜崎さんっていう今 アメリカでエンジニアされてる
方がいらっしゃってて
その二人が
僕が多分初めて会ったプロのソフトウェア エンジニア
Yosuke Asai
大学時代にそういう経験があったん ですね
ken
そう唯一あれは大学で一つだけ あったプログラマーになるという
Yosuke Asai
意味ですごいよかったですね
ken
そういう意味ですごいよかった 出会いですかね
逆にその一つだけでその道に 進むのすごいですね
うん結構ビッグインパクトだった すごいすごい
Yosuke Asai
そんな授業があったと
ken
そうなんですよ
でその時のそのtaとして来てくだ さった浜崎さんっていう方が
すごい方だなと思ってお二人の ことをネットでいろいろ追って
途中でそのアメリカに行かれたん ですよね浜崎さんがもっかり
へえ
そういうのもあってやっぱり僕も 海外に行きたいなぁと思ったん
Yosuke Asai
ですけど
ken
海外に行く 59
выс井さんもね海外に行きたいっていう のを何回かキーワードを
おっしゃってたんですけどなんか そこらへんもちょっと深ぼって
聞いてみていいですか
はい
何かいつから海外に行きたいの かとかなんか留学もねされた
Yosuke Asai
みたいですけど
海外行きたいって思ったのは結構 もともと小学校の頃だから英会話
とかも通ってて
うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんはい始まっているよ
英語には親しみがあったんです
そんなに英会話言いたくは全然しゃべれたわけじゃないんですけども
英語をもっちり頑張ろうかなみたいなのは高校時代から思ってて
42:04
Yosuke Asai
英語に入ってから英会話の練習するサークルとかにもちょっと入ったりとかしてて
あとは友達に誘われてバックパックの旅行とかに行って
最初に行った国が
ken
どこ行ったんですか
Yosuke Asai
2012年の時にズーベキスタンとかキルギスっていう
全然名前も大きくないような国に行ったんですけど
それがめちゃくちゃ良くて
ken
何が良かったですか
Yosuke Asai
キルギスの自然とかがすごい
まず素晴らしかったんですよね
本当に湖とかが高さ
ken
日本じゃ見られないような
Yosuke Asai
500メートルぐらいのところにあったり
標高高いところに見られない景色があったりとか
あと意外と人が優しいみたいなのに気づいて
なんか現地の人とすごい喋ったり
現地の食べ物食べてみたいなのがすごい楽しかったんで
ken
いいな
Yosuke Asai
そういう経験を本当に海外
結構住みたいなって思いが自分は強いです
できるだけ長くいたいというか
長くいてみたいなのが
一応仲良くなってご飯食べてみたいな
そういうことをしたいみたいなのが
結構根底にはありますかね
ken
割とそこが現体験的な感じになるんですか
浅井さんにとっての海外
Yosuke Asai
そうですね
自分としてはやっぱり
好奇心的なところが強い
それに加えてやっぱり
キャリア的な意味での優位性みたいなのも
乗ってきてはいるんですけど
今はそうですね
ken
キルギスの方はキルギス棒みたいなのがある
どうやってコミュニケーションしたのか
Yosuke Asai
キルギスの言葉もあるんですが
一応ロシア語が公用語というか
公用語じゃないからみんな使えるんで
ロシア語のなんか
手帳指差し手帳みたいなの持ってって
それで頑張って
ken
いいですね
なんかそれ体験
Yosuke Asai
ネットとか言って
ネットってノーって意味なんですけど
そういうたかってくる人にはネットって言って
追い払うとか
そういうことはしてましたね
ken
めちゃくちゃいいですね
一応泊まったのはホテルとか
なんかそれともなんか
カウチサーフィンとかそういう
今エアビンはなかったと思いますけど
Yosuke Asai
そうです
ken
どういうので探したんですか
ローカル
Yosuke Asai
そうですね
最初にやるだけ
なんかブッキングとかみたいなの取って
あとはなんかブログとか読みながら
現地で決めたんですけど
結構ゲストハウスっていう
なんですかね
トミトリみたいな感じのところとかを
使ってましたね
そこに行くとなんか旅人の方が結構いて
日本人もたまたまいるようなところがあって
45:00
Yosuke Asai
そこでいろんな情報交換したり
面白い話を聞いたりっていうのは
結構楽しかったです
ken
なんか同じようなバックパッカー仲間が
集まるようなそうした安宿みたいな感じです
Yosuke Asai
あんな感じです
同じ部屋にベッドが4つとか8個とかあって
夜はフリースペースでちょっとお酒飲んでたりとか
みんなでみたいな
ken
そうですよね
楽しかったですね
Yosuke Asai
そういうのやられました?
松本さんも
ken
私もね
北京にとか上海
北京じゃない上海じゃない
北京と天津に
合わせて1ヶ月ぐらい行ったことがあって
僕もそういうゲストハウスに泊まりに行って
ほぼ無一文で行ったんですけど
Yosuke Asai
それは学生時代ですか?
大学生とか
ken
学生時代です
大学1年の終わりかな
Yosuke Asai
結構早いですね
ken
唯一の知り合いが
大学の中国語の先生に
Yosuke Asai
実家のご両親を紹介してくださって
北京とかですか?
ken
その方つながり
そうそうそう
その方つながりつながりで
ご飯ごちそうになったりとかして
すごい良かったです
すごいみんな優しかったし
多分経験としては似たような感じ
場所は違うけど
Yosuke Asai
そうですよね
行く前はすごい怖いじゃないですか
やっぱ全然知らない土地だし
ken
そうですよね
Yosuke Asai
言葉も通じないしみたいな
でも行ってから
ken
なんかそのギャップがすごくて
Yosuke Asai
欲しいですね
だと思う
ken
そうですよね
なんかコミュニティの強さというかね
Yosuke Asai
はい
ken
一人ですよね
たださっきも言ってた
そのプラクティカルな
そのマーケットとかのことを考えると
多分英語圏とか考えてるんですよね
Yosuke Asai
今は英語圏ですね
ken
うんうん
あのー
Yosuke Asai
やっぱ自分が使える言語だと
まあいろいろ楽だろうなっていうのと
それこそ現地の人とも喋れる言葉だしっていうのは
ken
ありますかね
そうですね
確かに確かに
なんかこれは話せる範囲で全然いいんですけど
そこら辺をじゃあチャレンジしてみて
今なんだろう
一番学びというか
例えばなんだろうな
日本から探すのが大変でとか
Yosuke Asai
はい
ken
なんだろうね
ネットワークの大事さがすごい分かって
なんかこうテイクアウェイみたいなのがありますか
今から海外
同じように朝井さんみたいに
頑張ってる仲間が
もしいるとして
Yosuke Asai
いや難しいです
僕まだ行ってないんで
アドバイスできること少ないと思うんですけど
アドバイステクマ
ken
現在進行形の
努力されてる身として
Yosuke Asai
いやなんだ
自分がアドバイス欲しいくらいなんですけど
自分がアドバイス欲しいって言うとしたら
48:02
Yosuke Asai
エンジニアなのであれば
日本でやっていければ海外ではできると思うんで
あとはもうビザを取るだけみたいな感じかなと思ってるんですけど勝手に
頑張ってビザ取りましょうっていう
ビザを取れる国に
国ってビザを取れるように
頑張るというか
っていうところは結構でかいのかなと思って
ken
逆にこれ多分海外で働いてる人とか
聞いてくれてると思うんで
逆になんかアドバイスもらいたいぐらい
こういうアドバイス欲しいですみたいなのがあれば
宣伝じゃないですか
Yosuke Asai
リファラル欲しい
ken
コネクションがないので
Yosuke Asai
海外に
ちょっと
とはいえ急によくわからない人にあげられないと思うんですけど
リファラルっていうのもあるのと
そうですねあとは面接とかですね
やっぱり全然面接は経験しないとできないことも多いと思うんですけど
やっぱ日本に行ったらあまり英語の面接とか経験ができないと思うんで
そういうの練習とか
もし手伝ってくださる方がいたらすごいありがたいなっていうのも思いますね
ken
はい
ぜひ
聞いてる方がいたら
あさひさんに
Yosuke Asai
お願いします
ken
ショーノートの方には何か連絡
ありますけど
ツイッターアカウントなりますかね
Yosuke Asai
ツイッターか
リンクトゥインとか
大丈夫ですどちらでも
ken
ちょっと状況
ツイッターの状況が状況なので
ツイッターのアカウントだけを残しておくっていうのが
ちょっと不安になってきましたよね
Yosuke Asai
最近なんか新しいの
なんか新しいのが
フィードが読み込まれないとか
通知がそのままになっちゃうとか
見てもありますよね
ken
あとなんかね
フォロワーフォローイーの数が全部
一旦ゼロにリセットされて戻ったりとか
キャッシュの問題っぽいのとか
あとそのサーチが
なんか今までみたいな体験じゃないみたいな
言ってる人もいましたね
Yosuke Asai
あんまり
ツイッター見ても楽しくなくなってきた気が最近しますね
ken
うん
人もねちょいちょい消え始めてるので
Yosuke Asai
そうですか
ken
うん
ツイッターやめますみたいな
なんだっけな
コホートかな
僕も一応アカウント作ったけど
みたいなの始めた人とか
あとマストドンに行った人とか
ちょいちょい出てきてるんで
あとインスタ
インスタに行きます
51:01
Yosuke Asai
ツイッターとリンクトインとか残して
はい
ken
あとで貼っときますが
二折してみの reasonable
これ見ても式が悪い
だから
Yosuke Asai
一般の聞いてない人ばかり
やすな
ken
いやそれ全然
Yosuke Asai
毎回やっててね
何と言うんだろう
何、何で
ここだ?
これ
にふ protective
ビッグ
ウカーン
Death
という
なんか
二音の音楽
ken
すごく edge いいな
Yosuke Asai
子育てとか向こうでする可能性があるなと思ってて
トピックとしてはそういう海外での子育てみたいなのが
すごい気になってますね
あとちょっと結構これ話長くなっちゃったと思うんで
別の回とかでもいいんですけど
やっぱり例えば海外で出産がどのくらい大変なのかとか
幼稚園とか保育園とかどういうふうに見つけてるのかとか
そういう事情とかは国によっても違うと思うんで
気になってますね
ken
そうですよね
いや本当そうで
多分気になるポイントがたくさんあるんですよ
教育ってなると
まずおっしゃったように
出産周りでまず
やっぱり出産ってすごい不安だし異業じゃないですか
やっぱりなるべくリラックスできる環境で
産んでもらいたいなと思った時に
やっぱり自分の親とかがいる実家で産むのか
実家の近くの病院で産むのか
誰も知らない夫しかいない海外で産むのかって全然違いますから
Yosuke Asai
そうですね
大変ですよね
やっぱり多分妻としては日本で産みたいっていう気持ちがあると思うんで
それが自分海外行きたいというのは
ちょっとバッティングするところがあるというか
あって海外でも安全にというか
安心してそういう人とかできるような
そういう環境であればすごいいいなって思うんですけど
難しいです
ken
本当に奥さんの気持ちが一番ですからね
私もこっち来て出会った人々とかで
結構現地で一人目を産んだ人とか
一人目は日本で産んでから
二人目こっちで産んだ人とか
あとは産むタイミングでだけ単身で帰ってみたいな
いろんなケース聞きますけど
やっぱり日本で普通に実家の近くで産んでも
すごいあるんですよね
そういう感じで
あれ大変なことなので
やっぱ産後鬱とか
普通なりがちになっちゃうので
本当にできる
例えば帰りたいなと思っている気持ちがあるなら
54:00
ken
例えばなるべく帰るとか
ご本人が全然海外で産んでみるで大丈夫
例えば海外ではいいんだけど
日本語が話せる病院がいいとかだったら
そこ探すとか
本当に産む本人が
国の希望を最優先ですけど
ただそうなってくると
例えば日本語の医師がいる病院とかってなると
多分国は都市は限られると思いますね
例えばイギリスでも
ロンドンは多分あると思うんですけど
例えばロンドンの北の方とか西の方とかに行くと
日本語話せる医師がいないから
地元の病院で産めなくて
あとちょっと産むタイミングでロンドンに行ったりとか
アメリカとかだったら結構あると思うんですけどね
そういうリサーチとかで
とかも入ってきますよね
Yosuke Asai
それこそ選択肢も多いし
初めてなんで
めちゃくちゃ悩みそうですよね
悩んだり考えたりっていうのは
ken
そうそうそうそう
そうなんですよ
意外とソフトウェアエンジニアとして海外転職するっていう
エンジニアとして海外転職するっていうパートって
実は悩み事の1割ぐらいで
Yosuke Asai
なるほど
ken
残りの8割ぐらいは
やっぱりプライベートなこと
家族とかお金とか住宅とか
Yosuke Asai
プライベート結構多いですね
ken
もちろんね
なんですよ
ビザの問題さえクリアして
最低限の技術力さえあれば
転職は
仮にできたとして
本当にやっぱり
大事にしていかなきゃいけないのって
他の残りの8割の
プライベートファミリーの方なんですよね
結構やっぱり
周りでも
無事転職しました
ビザも取りました
家族で来ました
子供も
教育移住みたいな目的で
連れてきましたって時に
例えばお子さんの年齢が
小学生ぐらいで来たタイミングだと
お子さん数人も日本語話せて
日本語の友達がいて
日本語のコミュニティがあったじゃないですか
それを切り離してきちゃうので
お子さんが
やっぱり日本帰りたい
イギリス会わない
アメリカとかね
海外会わないってなって
Yosuke Asai
泣く泣く帰る例とかも聞くので
あるんですね
ken
ご本人は
仕事的には全く問題ない
なんなら昇進もして
給油も上がって評価もされて
礼風はもちろんなくて
だけどお家族の理由とかで帰る
みたいなのはもちろんあるので
Yosuke Asai
子供の頃小学生の頃とかに
親が仕事でシンガポールに行く
みたいな話があったんですけど
その時絶対嫌でしたからね
今だったら絶対に行く行くって言ったんですけど
なんか行きたくなさすぎて
行かなかった時に行く
でも子供ってやっぱそうですよね
環境の変化
ken
小学生ぐらいだとそうですよね
Yosuke Asai
友達と離れ離れになっちゃう
57:01
Yosuke Asai
っていうのはちょっと考えられないことですもんね
ken
そうそうそう
そうやっぱり
小学生って位置ぐらいがやっぱ
一番多いんですよね
中学生高校だとちょっと遅いので
なるべく早く来たい
でも
1歳2歳はまだ
日本でちゃんと育児して
落ち着いたらいくぞってなっても
ただお子さんの
コミュニティとか人格とか
思いとかができてくる頃なので
すごい難しい
うまく適応する人もいますけど
だからねやっぱそういうのも込みで
助け合えるネットワークとかね
友人知り合いコミュニティとかが大事ですよね
Yosuke Asai
今は加藤さんやっぱり
結構discordとかで
いろいろコミュニティ作りとされてると思うんですけど
そういうところもやっぱり踏まえてるんですよね
そういうところもやっぱり踏まえてるんですよね
助け合いみたいなのをしようっていうのは
プライベート周りとかでも
ken
そうです
それがやっぱり一番
自分が欲しくて作りたいっていうものなんで
作ってるんですけど
仕事での悩みは
そんなに
妻に聞いてもらって
あと自分で頑張って消化するで
なんとかできるぐらいで
ただ例えばパパ友が欲しいとか
なんかこう
育児大変な愚痴を
言い合って
育えるパパ友が欲しいとかさ
あとは現地でなんかこう
週末に子供連れてきる
ネタが欲しいとか
こっちの方が
やっぱり
欲しいなっていう最近思ってて
Yosuke Asai
そうそうそう
やっぱりそれは
日本人のコミュニティの方が
安心というか
逆に外国人とかの
現地人とかの人に頼ろうっていうのは
あるんですか
ken
どっちも
頼ればいいと思うんですよね僕は
別にそのなんか日本人の
コミュニティがあるから別に
日本人だけと接するわけじゃないし
なんか現地のコミュニティだけと
付き合うわけじゃなくて
なんかどっちもあればいいかなと思ってて
その現地の人々とのコミュニティと
比べた時の日本人のコミュニティの
大きなメリットって
あの
海外で置かれてる状況が
違うんですよ現地の人と
例えばビザ持ちだったりすると
そのビザ持ちと
あとシチズンシップを持ってるかどうかで
例えばアクセスできる情報とか
あと払わなきゃいけない金額とか
タックスの話とか全然違ってくるんですよね
例えばどんなに現地の人と
友達が持ってても
その人たちは移民として
住んでる日本人である自分たちの
悩みっていうのは全く知らないので
相談できないんですよ
これはそういうのは
別に日本人コミュニティがあれば
そこで共有できるし
Yosuke Asai
はい
はい
1:00:26
ken
みたいに
有機的に情報が回るみたいなのがあって
そう考えるとやっぱり
日本の移民としてのコミュニティ
っていうのはやっぱり一つ重要な要素だと思うんですよね
Yosuke Asai
それがあると
大違いというか
ken
そうそう
あと浅井さんも
教育に関して言ってたんで
一つ言うと例えば
お子さんにどの言語を話したいかってなるじゃないですか
Yosuke Asai
そうですね
ken
どの言語を覚えてもらいたいか
日本人同士の親だと
日本語も話せるようになってほしいと思う人が
大半だと思うんですけど
そうすると
親以外で日本語を話せる
日本語で遊ぶ友達って結構重要になってくるんですよね
Yosuke Asai
確かに
ken
親とばっかり日本語を話してると
話し方とか
覚える語彙って限定的なので
ナーサリーとかレセプション
保育園とか幼稚園みたいなとこで
英語で友達作るのと同じように
例えば週末
日本人家族と遊んだりとか
そういうのがあって
あとは日本語学校
日本人学校に行って覚えたりとか
そういうのもあるので
やっぱりその言語
日本語という言語に着目した
コミュニティとかネットワークしてやるっていうのも
それはそれで
教育という観点でも割と重要かなと思ってますね
Yosuke Asai
バイリンガルに育てるっていうのは結構難しいというか
日本語の面の方でも結構考えることが多いですね
それが結構意外でした
多いと思います
ken
バイリンガルの方々ってすごい努力してるんですよね
勉強してるので
自然とバイリンガルにはならないんですよ
ちゃんと母語も他国語も勉強してるので
海外に行っただけでバイリンガルにならないので
ならないです
Yosuke Asai
なったら最高ですけどね
ken
そうですよね
Yosuke Asai
そうそうそうかな
外国語を覚えてほしいですけど
やっぱり日本語喋れないっていうのは
すごい寂しいですよね
ken
やっぱりあります?
子供にはバイリンガルになってほしいなとか
Yosuke Asai
そんなに考えてなかったんですけど
親とかと喋ってくれたら嬉しいし
自分とは別に英語でもいいんですけど
ken
おじいちゃんおばあちゃんとかね
そうですね
Yosuke Asai
将来自分も日本に戻るのかなっていうのを考えると
確かに
日本に喋ってくれたら選択肢広がりますし
1:03:01
ken
そうですよね
特に日本語やっぱ難しいとされてるんで
外国語を習得としては
漢字とかカタカナとかがあるし
読み書きとかね
結構難しいですよね
Yosuke Asai
難しいですよね
小学校の頃ひたすらやりましたもんね
よく思い出して
ken
今とかは
Yosuke Asai
日本語は難しいですよね
ken
うちの子は物の数え方にすごい苦労してますね
英語だと
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10
1horseとか2horsesとかってなるじゃないですか
日本語だと1匹2匹
1人2人1つ3つみたいな
なんでなんでってなるわけですよね
Yosuke Asai
そうですね
ken
言語ってロジックがある部分とロジックがない部分があるので
そことかね
Yosuke Asai
覚えなきゃいけないところですよねもうそれを
ken
そうそうそうそう
Yosuke Asai
一回もなんとかして
ken
うん
確かに
Yosuke Asai
日本語理不尽ですよねそう考えると
ken
そう
いや
でも本当にここら辺もね
教育ネタもいろいろありますよね
海外に行くと
Yosuke Asai
ありそうですねいろいろ
ken
うん
かな
いや結構話しました
はい
なんか
文系エンジニアとして
とかから始まり
転職活動をしての話もして
Yosuke Asai
教育の話もして
ken
今日はこれぐらいかな
うん
はい
いやぜひ
初回ゲストを飾っていただきありがとうございました
いやいやちょっとこれでいいのかすごい心配ですけど
ぜひまたね状況変わったら出ていただきたいなと思います
Yosuke Asai
よろしくお願いします
ken
はい今日は楽しかったです
ありがとうございました
Yosuke Asai
すいませんありがとうございました
ken
はい
じゃあ最後に僕の方から
ロンドンテックトークではご意見ご感想を募集してます
StandFMのレター機能を使ってぜひご意見やご感想を聞かせてください
質問でも構いません
その場合は番組内で取り上げて答えていきます
それではまた来週
01:06:04

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