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2025-12-26 16:24

配信340:「国道16号線」異国文化とどこまでも続く日常

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日本各地の道路を歌った歌はたくさんありますが、その中でも首都圏の環状線でもある国道16号線はとてもよく歌われているルートです。なんでや?

今回は、国道16号が持つ歴史やルートとしての特性を見ていきながら、都市の発展と歌の関係を紐解いてみました。


▶番組紹介 

ご当地ソングが好きすぎるワタンドによる、偏愛に満ちた街と音楽についてのポッドキャスト。毎週金曜に配信予定です。愛するご当地ソングを取り巻くすべてについて話をします。


▶こんな人におすすめ!

・音楽が好き 

・日本の文化が好き

・SNSで発信することが好き

・知らなかったことを知りたい

・不動産開発・まちづくり・鉄道が好き 


▶コミュニティラジオ局でDJもしています

国内唯一のご当地ソング専門のラジオ番組「ご当地ソング捜索隊」(コミュニティFM・ラジオTAMAリバー)のバックナンバーも月イチでお届けします。

ちなみにラジオ放送は、毎月第4土曜日 ~で放送中、聞いてね。


▶プロフィール

ワタンド

「ご当地ソング」や「地名が出てくる歌」のコレクター|2児の父|仕事はまちづくり|東京・府中にいます|よさこいの踊り子|推している日本酒は「喜正(東京)」「伯楽星(宮城)」 

Twitter:https://twitter.com/RRwatandia

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サマリー

ポッドキャストでは、国道16号線の歴史や文化の影響について語り、特にその道が多くのご当地ソングにどのように表現されているかを探求します。シルクロードとしての役割からアメリカ文化との接点へと変遷する中で、音楽や日常生活との関連性が明らかにされます。国道16号線は異国文化が根付いた場所として描かれつつも、日常的な風景として人々の生活に深く結びついています。また、この道がつながることでさまざまな思い出が生まれ、文化の変遷が見られる点にも焦点が当てられています。

国道16号線の概要
5番です。ご当地ソングが好きすぎるワタンドによる変愛に満ちた街と音楽についてのポッドキャストです。
愛するご当地ソングを取り巻く全てについてお話をしていきます。
今回のテーマは国道16号線、首都圏をぐるーっと囲む環状の国道になっています。
実はこの道、ご当地ソングですとかポップスに非常にたくさん登場する場所なんですよね。
道路を歌った歌っていうものはたくさんあるんですけれども、その中でも特に出てくる場所だなというふうに思っています。
歌になるということは、みんなが思い入れがあったりとか、歌いたくなる何かがあるっていうことだと思うんですよね。
今回はちょっとその謎に迫りたいなというふうに思っています。
話すにあたっては柳瀬ひろいちさんが筆記されました国道16号線、日本をつくった道という本、こちらも参考にしながら、
また国道16号に関するネットの情報なども踏まえて、私の歌などを聞いた中での解釈、その辺を踏まえてお話をさせていただこうと思います。
話の大きな構成としては、前半では国道16号についての歴史だとか位置付けみたいのを確認した上で、
国道16号が出てくる歌を紹介しながら、どういうふうに解釈されている場所なのかなというのを迫って、最後まとめるという感じでお届けしていこうと思います。
どうぞよろしくお願いします。
歴史的背景と文化交流
国道16号の話をする上で、まずは歴史を遡ろうと思います。
歴史をひも解く中で、この国道16号はシルクロードだったという話が重要なポイントとしてあります。
明治時代ですね、日本が江戸幕府から開国しまして、近代化していくという流れの中で、海外と取引しようという中で、最大の輸出品としてシルクが登場します。
このシルクは当時群馬とか埼玉とか山梨の方で作られた糸を一旦八王子に集めて、八王子から横浜の港に運んでいくというふうな形になっていました。
八王子ちょうど群馬の方にも山梨の方にもそれぞれルートがつながっている場所なので、ちょうどいい結成地点だったというところです。
八王子はその頃から桑の都と呼ばれるようになって、このシルクが主要産業という形で発展してきた街でもあります。
ここで八王子に集まった大量のシルクを輸出港である横浜まで運んでいくということになります。
この時に八王子から南下していくためのルート、これが現在の国道16号線ですとかJR横浜線の原型になっていたルートとなります。
そこから八王子から港に向かって運んでいくということになるんですけども、行って終わりというものじゃなくて、
交易という中では逆に持って行ったものもあれば、逆にいただくものというものもあるわけですよね。
八王子から横浜にシルクを下っていく、その帰り道、横浜から八王子方面に行く中では西洋の最新文化というものが取り入れられていったそうです。
開港したばかり、江戸時代の頃鎖国してたところから大量の外国の文化が入ってくるようになって、
例えばガストとか写真とか新聞とかまた文化的なものですね。
音楽とかファッションとかそういったところもこのシルクロードと呼ばれるような16号とか横浜線沿いに通って取り入れられてきたというところだったようです。
そういう意味で遡ると16号線エリアは海外の新しい文化が流れ込んでくるルートだったというところが言えるのかなと思います。
今でこそ16号線沿いは生活の道というふうな印象が色濃い場所ですけれども、
さらに時計の針を進めて戦後の時期になりますと16号線沿いはアメリカに近い場所になっていきます。
終戦した以降米軍基地が日本国内に置かれることになりまして首都圏の中でもこの16号線沿いには非常に多くの基地が配置されることになります。
横須賀、厚木、福生、そういった場所に基地が配置されます。
そうすると米軍が滞在することになりますし、実際にあまりそれまでなかったアメリカ人が大量に町に住むようになるわけですよね。
それによって大きく文化というものもその地域にもたらされることになります。
インターネットとかもないしね、本なんかもそんなに流通してなかった時代的に考えると、
ダイレクトに異国の人がいる町というものは本当に色濃くその文化を受け継いだ町になったというところなのかなと思います。
基地のフェンス越しにそこから向こうには全く知らない文化がある町というところになってたのかなと思います。
この16号線沿いがアメリカの入り口、アメリカの文化の窓というような環境が日本の音楽文化にも大きく影響をもたらします。
音楽と日常生活の変化
その象徴的な存在として松戸屋雄美さん、雄名がいます。
雄名の実家は八王子にあるんですけれども、中大の頃から16号線を通って福生ですとか立川の基地がある町に出入りしていたそうです。
そこで日本にはない空気を知って、音楽文化も広く知ったり、アメリカならでの食文化も知って、最新の西洋文化に多く触れて、彼女の音楽センスがそこで大きく磨かれていったというところになっています。
また雄名以外にも大瀧英一さん、彼も福生に今日構えて16号線沿いで音楽の訴状を育まれた方というふうなところになっています。
そういう意味で16号沿いに住みながら異国の文化に触れることで独自の音楽文化を育むきっかけ、そういった人たちが輩出されていったというところはあったようです。
フェンスの向こうにある憧れのポップスへとつながる文化輸入のパイプライン的な位置づけだったとも言えるんですかね。
雄名なんかは悲しみのルート16という曲を歌われています。
ここで描かれる16号線なんかは非常に映画のようなドラマチックなある歌になっていまして、当時の若者にとってはなんか16号が今のような日常の道というよりはちょっと異文化にアクセスするような少しドラマチックな特別なルートだったんじゃないかなみたいな雰囲気も少し漂っているなぁとそんな雰囲気を感じさせてくれる曲になっています。
さらに時計の針を進めます。憧れのアメリカの窓であった16号線沿いの景色が90年代以降からまたさらに大きく変わっていきます。
今私たちがよく知るロードサイドのお店ユニクロとかニトリとかドンキホーテとか回転寿司とかなんか複数流通センターとかねブックオフとかなんかそういういわゆるロードサイドの店舗が続々と進出して延々と続く景色今につながる風景が誕生したのがこの頃の時期になっています。
この90年代以降なんでこんなことになったのかというところを遡ると大きく2つの要因がありました。
1つ目はモータリゼーションの成熟というところです。
道路はどんどん伸ばせ伸ばせという形で16号線がバイパス化していき非常に便利になっていってみんながここをよく車で通るようになっていったというところが1つあります。
車が市民の交通手段として本当に定番になっていったというところがあるのかなというふうに思います。
もう1つはまちづくり的な視点で大店法の緩和というものがあります。
この大店法というのは正式には大規模小売店舗法というものになっています。
昔の日本では駅前の商店街を守るために郊外に大きい店を作ることは禁止していたんですよね。
駅前の商売が上がったりにならないようにというところです。
ですが90年代アメリカからの外圧という形でこの規制の緩和が求められることで郊外エリアでも大きい店を作れるというところになりました。
それによって郊外の広い土地で大きい店を作っていくという流れが生まれて郊外型のショッピングモール全国のチェーンの専門店というものがロードサイドにどんどんできていくという風になってきました。
これは首都圏の郊外だけに限らず日本各地大きい観戦沿いにどこでも見るような風景だと思うんですね。
保守系の評論をされています三浦篤さんはこういった日本どこでも見られるロードサイドショップがあふれる観戦沿いの風景のことをファーストフードになぞらえてファーストフードというようなことで呼んでいたりもします。
そういう固有名詞がつけられるぐらい日本全国で定番の風景となってロードサイドにショッピングセンターができていくというものができていて16号線は結構その筆頭的なところになっていたというところがあります。
かつてはフェンスの向こうのアメリカ文化そういったものの入り口であった16号線がアメリカからの寄生緩和の圧力で日本中どこでもある巨大な生活道路に変わっていったというところですからね。
因果なものを感じるところではあります。
この変化によって16号線は通過する街通過する道というところから買い物をしてご飯を食べて遊ぶという形で生活する場所というところに役割を変えていったというところではあります。
そんな感じで生活の場所になった16号線が歌の中でどういう風に歌われているのかというところについてここからは具体的な曲も含めて見ていこうと思います。
16号線はかつてシルクロードとして八王子と横浜を結ぶような道線であったように港につながる道だったというところがあります。
そういったルートであることを色濃く残している歌として中部灼熱ラブや織田一雅16号を下ってファンキーモンキーベイビーズルート16こういった歌では海につながる道というところで描かれています。
そこが少し海というふうな非日常の場所への逃避行ルートとして描かれている場合もあれば、友達と遊びに行くワクワクする楽しいレジャールートというような形で描かれたり、少し描かれ方は歌によってというところなんですけども、海につながるルートとして結構よく描かれるなというふうにも思います。
また、時を歌えばの国道16号やサムシングエルスの国道16という曲では、会いたいあなたと結ぶルートという形、遠い街を結ぶルートという形で16号線が描かれたりしています。
誰か意中のあの子が暮らす遠い街についても16号線を経由してつながっているというところで描かれるんですよね。
国道16号の魅力
16号線というのが全然違う街も一本でつながっているというところはあるので、一つの道で同じ16号という言葉ではあるけれども、あなたの住む遠い街ともつながっているというところで、近さを感じさせるような遠さも感じさせるような使い方として描かれているなというふうにも思います。
また、ドライブの定番ルートとして描かれることもあります。
薬師丸ひろこさんの日差しのステディーボーイ、この中では車中のドライブを楽しんでいるような感じで、カーラジオとかアクセルとかエンストとか、そういったドライブデートを楽しむような様子が描かれたりしています。
車っていうと結構個室でもあるし、音楽も流せるし、誰にも邪魔されない動く個室みたいなところがありますよね。
16号っていうのが、ある種道路って考えちゃうと無機質な場所だし、ただ移動するための動線というふうにも考えられる一方で、あなたとずっと一緒に過ごせる場所として16号というような描き方もあるんだなというところで、この16号ならではの長さだったり、車で通る定番の場所というところでも描かれているなというふうにも思います。
その他、Do As Infinityのルート16ですとか、遥か未来の幽露を見る朝という曲では、若かりし頃の思い出の場所として16号が出てきます。
若かったなーと楽しかったなーみたいな思い出の地として16号が描かれるんですよね。
16号線沿いが生活感のある場所になって久しいという中で、16号自体が今と変わらないままあの頃の思い出の場所という形で描かれているところも、16号が今の形になって久しいことを感じさせてくれる表現だなというふうにも思います。
こんな感じで国道16号を描く歌をいくつか紹介してみました。
表情は人それぞれだし、ポジティブな切り口もあれば、ちょっと切なさもあるような切り口で16号を歌うケースもあるなというふうにも思います。
過ごす相手も恋人みたいなのもあれば、仲間と騒ぐみたいなところもあるし、一人で海を目指すみたいなちょっと物思いに吹けるような感じもありますね。
共通して言えるのは、かつての異文化の場所ではなく、非常に日常的で生活のすぐそばにあるような場所だなというふうなところです。
さっきの過去を描いた歌の舞台としても出ると言いましたけれども、もう16号というものがずっと変わらないロードサイドショップがずっと続いているような、そして遠くの街をつなぐような場所というところで文化というよりは本当に暮らしというようなところの場所として描かれるようになったなというふうにも思います。
国道16号がいろんな街をつないでるんですよね。柏もあれば八王子もあって横浜もあって横須賀もあって千葉の方もあるからね。
全然見ている16号の風景は人によって違うんですよ。
だけど16号っていうとロードサイドのお店があって、結構車がビュンビュン通ってて、生活のすぐそばにあってよく買い物にも行ってみたいな、地域が違くても結構同じ風景を描ける言葉なんですよね。
この言葉でそれぞれの16号があるはずなのに同じような風景をどことなく描くことができる。
ロードサイドの夕暮れみたいのもあるでしょうし、車のヘッドライトがチカチカとする、トラックが行き交う夜の道かもしれないし、なんかそういったところで共通言語になってるんですよね。
全然違う場所の人たちでも同じように16号の風景ってこんなだよねっていうのを共有できるっていう風なところが、なんかこの16号が不思議な場所になったなという風なところで、
それぞれの生活の場所でありながら同じようなものを描く言葉にできるというところで、なんか唯一無二の場所性があるなというところが16号には感じられる場所です。
首都圏に暮らしていて国道16号を使うなという人にとってはあなたならではの16号の風景というものがあるのかなというふうにも思いますし、
16号が出てくる曲なんかにちょっと共感できるポイントもあるのかなというところで、よかったら今回紹介した曲なんかも合わせて聞いてみてください。
このポッドキャストでは毎回配信内容を受けて1曲放送のテーマソングを紹介させていただいています。
今回は16号の文化を大きく切り開いた松戸弥生美さんの悲しみのルート16、こちらをテーマ曲にさせていただこうと思います。
この16号で生まれた文化が花開いていって、大きく日本のポップスを変えていったアートとともに、16号という風な位置づけがまたガラッと変わってきて、今ではいろんな人の日常になっていたというところになっています。
車での過ごし方、自動車文化というのも変わっていくだろうし、ロードサイドショップというものもの、街づくりの形というのも変わっていく中で、きっとまた16号という位置づけが大きく変わっていくと思うんだよね。
16号がかつては文化を育てる場所であったというところ、異国の文化が取り入れられて、日本に大きく新しいカルチャーが生まれた場所であったというところ、
それから今は大きく生活の場所になっていったという中で、次はどういう経過をたどっていくのかというのは非常にまた楽しみだなというふうにも思いますし、
暮らしの変化とともに新しい歌の世界がまた広がっているなというところが非常に楽しみだなというものが感じているところです。
そんなわけで、今回お届けしたのは国道16号線についてのお話というところでした。
番組からのご案内です。
ご当地ソングが好きすぎるでは皆様からのメッセージ、リクエスト、お便りなど募集しています。
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その他、noteやXのほうでも地域と歌にまつわる情報の発信をしていますので、よろしかったら覗いてみてください。
そんなわけで、また次回お会いいたしましょう。
ほうばんでした。
16:24

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