子供のころの神社の印象
おばんでーす。この配信は、地名が出てくる歌のコレクター渡ンドが、その偏愛について語らうポッドキャストです。
面白いと思ったら、いいね、シェアよろしくお願いします。 そんなわけで、前回から続き、バンプオブチキン透明飛行船に絡んだお話をしていきます。
このバンプオブチキンの透明飛行船という曲には、千葉県桜市にあります宮田公園という地名が出てきます。
この歌の中では、公園の中にあるおやしろが出てきまして、普段は怖いおやしろが、その日は少し優しく見えたというふうな感じの内容が出てきます。
ちっちゃい頃、神社とかお寺とか、そういったものが怖かったなぁという記憶あります?
僕は、お寺はあんまり怖くなくて、普通の施設の一つのイメージがあって、一方で神社はちょっと特別なイメージを持ってました。
お寺は結構自分の身近なところにあったのは、大体お坊さんもいて、人が管理している場所っていうような感じのイメージがあったんですよね。
かつ、行くとしても目的があって、お墓参りの時とか、お参りの時とかいう感じで、賑やかなところに行くことが多かったんですよね。
一方で、ちっちゃい頃親しんだ神社が、山の奥にある無人の神社みたいなところが印象的で、そういう意味で、人の手つかずの少し神秘的なイメージを強く持ってました。
小学校の裏山があったんですよ。ドラえもんだよね。 学校の裏山っていうのがあって、結構生い茂ってて、その頑張って上に行くと、ちっちゃな親しろがあったんですよね。
もうガッサガサであんまり管理してなかったんじゃないかな、あれ。 で、年に1回行くか行かないかみたいな
感じだった場所なんで、かなり特別な印象的な場所でした。 恐怖とかそういうのではなかったけど、
なんかふざけていくような感じじゃないイメージを持ってました。 この歌でも、普段は怖かった親しろっていうようなことが出てきて、
みんなが同じ神社とか親しろに対して印象を持っているかはわからないけども、僕の中では結構このバンプが言うようなイメージを持ってます。
で、この神社が怖い存在。 まあ、怖いってみんな思ってるのかな。 怖いっていうか、なんか特別な存在、神秘的な存在っていうのは結構イメージ、共通のイメージを持っている人多いんじゃないかなと思うんですよ。
これは自然にとかっていうよりは、神社を描く、神社の取り扱い方がそもそも神秘的に取り扱われているなっていうような気がするんですよね。
ちっちゃい子が触れるような、それこそ物語とか漫画とか、はたまたゲームとかの中で神社って結構特別な祠とかね、
場所じゃないですか。なんかね、回復スポットなのかな。回復スポットじゃないけど、なんかね結構ピンポイントになる場所だったりとか、はたまた
肝試しの場所みたいな感じで、恐怖の象徴として描かれる場合もあるよね。 恐怖の象徴というか、何かがいる、何かやっぱり神様がいる特別な場所というようなことなのかな。
だからそれ故、少し知らないから怖い。 よくわからないから、
少し距離を置いてしまう。なんかそういった位置づけで神社ってインプットされやすいんじゃないかなと思うんですね。
あなたの家の近くにある神社がね、ジャンボな神社でこう賑やかな場所だったりしたら、あんまり神社って楽しいとこじゃん、みたいな。
いつもお祭りやってワッシュイワッシュイする場所でしょ、みたいな。テキ屋の屋台がガンガン出るところでしょ、みたいな。
イメージを神社に持っている人がいてもおかしくないんだけど、なんか共通的な日本でのコンテンツとしての扱われ方は神秘的な場所なのかなとに思うんですね。
神社の文化的な背景
というのも神社ってやっぱりそもそもの起こりからして、神の怒りを沈めるとか誰かを祀るみたいなところから起こってきてるわけですよね。
僕の愛するワンピースの中でゴッド・エネルというキャラクターがいるんですけども、エネルも言ってるわけですよ。
恐怖という気持ちこそが神だと。神を恐れるんではなくて、恐怖が先にあって何か得体の知れないものを神に置き換えてるんだと言うんですよね。
だから、太古の人々が何かよくわからない災い、疫病かもしれないし、地震、雷、火事かもしれない、そういった恐ろしいよくわからないものを神の仕業だと見立てて、
さらに神のいる場所という形で神社を設けることで、ここに神様がお住まいだということで、なんとか偶像化して理解しようとした場所だと思うんだよね。
そういう意味では、そもそも恐怖を置いたものが神社っていうことだとすると、そういう意味では少し存在として最初からそうだというインプットでコンテンツも描かれてきたというのは納得なのかなというふうにも思います。
お寺はもう少し、仏教も神道も宗教ではあるけれども、少し恐怖とはまた違った信仰の場所というふうなお寺というものとは少し起こりが違うのかなという意味で、
もう少しやっぱり神社、おやしろというのは恐怖に近い恐れがある神秘的な場所というようなイメージが強いのは当然なのかなと思ったりもしました。
こういった神社のコンテンツでの扱われ方みたいなのを見ると、もうちょっと人々が思っている神社のイメージとかがもう少し一体的に見えるのかもなとかも思ったりもしました。
そんなわけで、今日は透明飛行船から見えてきた神社というものへの恐れの正体というものについて考えてみました。
またお会いいたしましょう。お晩でした。