1. ご当地ソングが好きすぎる
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2025-05-20 07:32

配信241:炎上が怖くて、変なことを言わないようにしてた

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炎上が怖くて、これまでのオブラートに包みまくった表現をしていました。少しずつ、オブラートを溶かして行きたいと思います。

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【番組紹介】
地名が出てくる歌のコレクターによる、偏愛に満ちた配信です。出来るだけ毎日配信しています。
国内唯一のご当地ソング専門のラジオ番組「ご当地ソング捜索隊」(府中コミュニティFMラジオフチューズ)のバックナンバーも、時々お届けします。ラジオ放送は、毎月第4土曜日 ~絶賛放送中。

【パーソナリティ】
◆ワタンド
本配信のメインパーソナリティ。地名が出てくる歌のコレクター。都市と音楽が大好き。多摩地域で暮らす。
◆しゃり
ラジオ放送のパーソナリティ。ご当地ソングは素人。オーストラリア在住のエンジニアで主にリモート参加。

【Twitter】
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【note】
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サマリー

このエピソードでは、炎上を恐れて発言の自由を制限している現代の情報発信について考察されています。特に、ノートやXのプラットフォームでの表現に対して慎重になっていることが語られています。

炎上を恐れる現代の発言
お盤です。地名が出てくる歌のコレクター、わたんどによる、偏愛に満ちた音声配信です。
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今回は、炎上が怖い、という話です。
今、テキスト系の情報発信と、こういう音声系の情報発信、両方やってます。
で、やっぱり書く時とか言う時に、非常にこの内容で炎上しないか、不適切なことを言ってないか、みたいなことをめちゃめちゃ気にしてます。
今の時代ね、何かあったら揚げ足取られて、めちゃめちゃ叩かれるみたいなことがあるから、そういうのも非常に警戒するようになったなというふうに思います。
例えば、誰かを批判するみたいなことで傷つけるということも避けますし、違法性のあることはそもそもしてないけど、グレーだと解釈されそうなこととか、そういうのに近い話とかは全くしないようにしてます。
代表例としては、大学時代の飲み会の話とかはあまりしないようにしてるんですよね。
正直僕が大学生の頃とかは、もう大学1年とかだと飲んでたりもしてました。18歳とかでね。
けど、なんだろう、その時の大学の後半の話だとしても、大学1年生がその場にいたと誤認されそうであれば、飲み会の表現を避けるみたいなことをしてます。
誰が聞いて誰が炎上させるんだって話だけど、社会通念上グレーな話ではあるからやめとこうみたいな感じですね。
こないだノートで大学1年生の頃のお花見の話を書いたんですよね。それなんかは、花見だからさ、もちろんお酒入っている花見だったんだよ。
だけど、大学1年生とか未成年がいる環境での飲み会だったのか、お酒が入ってたのかみたいな感じの大っぴらにノートという場で触れるのはちょっと危ないかなと思って、お酒がある記述は一切やめたというのがあります。
この辺の表現がとにかく当たり障りのないようにしちゃってるかなというところも少し書く上で気になっているところではあるんでね。
昔、ノートをやる前はブログをやってました。はてなブログね。そこでは見てる人は基本的に友達ばっかりだったから、
まあ結構、内輪の人しか知らない固有名詞を使ったりとか、内輪のノリみたいなことも結構書いてたなと思います。
それを見てコメントくれるみたいなのがあって、本当に仲間うちのコミュニケーションの一つとしてブログをやってたかなとにも思うんですよね。
一方でノートを中心に書くようになって、かなり公衆の面前感があるんだよね、ノートは。
誰が見てるかわからないというか、かつ検索文にも引っかかりやすいというのもあるので、そういう意味で広く見られているということをかなり意識するようになりました。
そういう意味でノートに転換してから表現をかなり気をつけるようになったというのが印象として強いかなと思っています。
これはXも同じで、ノートに連動したご当地ソング系のXの方では批判的なこととかはできるかないようにしています。
それこそさ、地名が出てくる歌について書く場合も、ちょっといじるとかいうことは結構前はしてたんだよね。
この曲すごいちょっと変じゃない?みたいな。 ぶっ飛んでる曲でしょ?みたいな。
いう感じのことも書いてたんだけど、それもなんかで歌っている人とか作曲の人とかが目にしたときにどう思うかなというのも思っちゃって、
表現の自由の模索
基本的には褒めるような感じしか書かなくなったなというのも思っています。
いや、これはそういうXとかノートとかが広く見られる場で、かつ実際にその人に会った時にも同じことが言えるかという視点で考えればそういうふうな表現をした方がいいかなというのも思う。
一方で本音が言えてないところもあるかなというのも思うんだよね。 言葉をかなり選んでやっているなというのは思っています。
今の社会的にはそっちの方がいいと思うし、何かあった時のためのリスク管理というところもそうだし、コミュニケーションを円滑する意味でもいいのかなというのも思います。
ただ、悪意じゃない批判的なというか評価的な独自の目線というものがもしかしたらその周りを気にすることで封じられちゃっているのかなというのもちょっと思うところがあるんだよね。
ノートでそういうスタンスだったからか、音声配信でもかなりこの言い回しはまずいかなとか、これはちょっとグレーな表現かなというようなことをかなり気にしていました。
例えばその他気にしているなと思うのは下ネタだね。
普段友達と話すことであれば下ネタっぽいことは全然言うんだけど、このノートとか下ネタ的な表現とかは一切触れないようになっているなというのも思います。
そういう意味でポッドキャストとかはもうちょっとあまり自分の枷を外してというか、表現に縛りをしないでいってもいいのかなというのも思うようになってきました。
実際そんな聞かれているわけでもないし、聞かれていたとしても他の発信に比べて非常に拡散性が低いところだと思うんだよね。
あと正直自分の音声配信とかを撮った後毎回聞き直しているんだけど、あまりそこら辺の忖度をしないで自由に喋っていた方が面白い話になるかなと思うんだよね。
これ無難な丸めた表現を使っているなという場合は結局何言っているのかわからなくて、この人何考えているんだろうみたいな感じに落ち着いちゃうんですよ。
そういう意味で自分の本音はどこにあるのか、それを残しておく意味でもあったし、自分の本音をアウトプットする練習もそうだし、
実際に出してみてこれ言い過ぎだなっていうのは聞き返してわかるかなと思うので、そういう自分での線引き、手前にボーダーラインを引いて絶対安全ラインで表現していた気がするから、
もうちょっと踏み込んでボーダーラインがどこなのかを知っていく意味でももうちょっと表現は出していってもいいのかなと思いました。
そういう意味でちょっと下ネタっぽいこと言うかもしれないし、批評的なことも言うかもしれないし、丸めすぎない表現は意識していった方がいいかなと思っている次第です。
音声配信の場ではね。ノートとかはXは引き続きリスクを回避した表現になっちゃうかなと思っているけど。
はい、そんなわけで炎上怖くてそんな感じになっているというところを最近気づいたので、一旦残すかつ今後は少し踏み込めるといいなというような思いで今回は話をしてみました。
またお会いいたしましょう。ご番でした。
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